光の国の帝王と影の国の女王   作:アデノシン

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死と生と

それは遥か古の時代(とき)のことだ。

その頃はまだ太陽と月が共に空に浮かんでおり、昼夜の区別もなく、ただ物言わぬ生命たちがやっと芽吹きを迎えていた。2人の兄妹が降り立った地はそんな静寂に満ちたところであった。

顔立ちの良く似た彼らはまだ幼く、目の前に広がる漠然たる平野をきょろりと見回すと、どちらかともなく顔を見合わせる。青にも緑にも見える髪色を持つ少年は、赤にも紫にも見える髪色を持つ少女に微笑みかけると小さな手を引いて走り出した。

少女は戸惑ったように眉を下げたが、少年の手をぎゅっと握り締めるとその背を追うようにひたすら足を動かす。

 

何処までも続く大地を、頬を撫でる風を感じながら、2人は駆け抜けていく。

いつしか少女の顔にも笑みが浮かび、2人は笑いながら緑芽吹く大地を踏み締めていった―――。

 

 

 

 

 

ぷつりと何かが切れた音が聞こえ、赤紫の瞳は見開かれた。

影に満ちた寒々しい世界にひとり君臨する女王は、取り乱したように息を震わせる。

 

「これは……っ、どういうことだ……?」

 

許されていた唯一の繋がり(いと)が、ふと揺らいだ。

その(いと)は決して目に見えないが、冷たい世界で生き続けるスカサハにとって掛け替えのない己の宝具(たからもの)ともいえる大切なものだ。

彼女は持ち得る速さで、いつも兄と会話を交わすあの池へと向かう。兄の住まう天と、妹の住まう地を結ぶ唯一の場所へと。

その池に張られた水は影の世界にありつつも清らかで澄んだ水を湛えているのだが、駆け付けたスカサハが目にしたのは、黒く濁り淀んだ汚濁の池であったのだ。

 

「あ、ああ……」

 

それが意味することを、彼女がわからない筈がなかった。

スカサハとてその“異変”は感じていた。影の国に迫る“終焉(おわり)”に最期まで抗い続けようと、己が槍を振るい続けていた最中であったから。それでも、あの兄の治める国が簡単に“堕ちる”わけがないと信じていた。死を許されぬ片割れが、自分を置いていくわけがないという自負があった。だからこそ濁り切った池が示すものに、スカサハの気高き膝は呆気なく折れたのだ。

 

「そん、な……。兄、よ。……わたしを、置いていったというのか……!

潰えるときは共に、と互いの剣槍(いのち)を交わしたあの誓い(ゲッシュ)は、……偽りであったと!!」

 

予測されていた“人理の崩壊”は、予想以上に早く訪れた。

人類史の滅亡は人類だけではなく、神々にまで影響を及ぼさんとしている。

その証拠に影の国の門は今にも破られようとしていた。だが、それよりも早く、光の国の門は破られ、侵略者共に踏み躙られたというのか。スカサハはいつもの冷静さをかなぐり捨てて慟哭をあげる。

 

「……ソラスハ、……あに、さま」

 

光は影を抱き、影は光と共に在る。

影の消失は光の孤独を意味し、光の消失は影の滅失を意味した。

暗い色をした地に広がるスカサハの髪がぬらりと揺れる。

顔を上げたスカサハは幽鬼を想わせる動きで立ち上がると、緩慢に天を仰いだ。

噛締められていた唇が徐々に解けていき、ふと微かな笑みが宿る。

 

「光亡き今、どうして影が在り続けられようか」

 

手にした朱槍をくるりと回したスカサハの赤い唇には、淡い笑みが刻まれていた。その可憐な少女を思わせる表情は、女王の名に相応しい堂々たる立ち姿とも、暗い影の落ちた世界とも似合わず……。いやこれ以上ないほどに似合いであろう。非の一点の打ちようもないスカサハの顔は、ぞくりと背筋を震えさせる狂気を孕み影の中を浮きあがる。

 

「ふ、ふふふ……。

生まれてこの方光の中にいた貴方には、冥府の闇はさぞ冷たかろうな。

安心してくれ兄上。貴方をひとりにはさせないさ。

私はこの名を懸けて、誓いを果たそう」

 

幾千、幾万の心臓を穿ったその朱槍が、最後に貫くもの。

槍先を心臓(やくそく)へと突き付けたスカサハは、今にも歌いださんばかりの表情で、濁り切った水面を覗き込む。そこには、歪な笑みを浮かべた彼女の顔が映っていた。

 

「待っていろ、我が兄(ソラスハ)

今、このスカサハが……お前の傍へ参る」

 

憎愛という矛盾はいつしか過激な執着へと変貌を遂げていた。神代を生きるものにとって、血の繋がりがあろうが、既婚者だろうが、関係はない。自分の気に入ったものに執着をし、子を成させる。神話にも当然のことのように記された感情を、スカサハもまた当然のことのように抱えていた。しかし、彼女には影の国という誇り(しがらみ)があった。そして幸いなことに、ソラスハとは自由に連絡が許されていたので、抑止力になっていたのである。それが、今、崩壊を迎えている。

 

「……憎き(いとしき)わたしの(あに)

ふふっ、ふふふふ……――――あははははっ!!」

 

気高き武人であり、誇り高き女王が唯一“素”を見せるのがソラスハであった。ある意味では、彼女の逆鱗ともいえる存在である。それが、今、破壊された。

 

影の国の女王スカサハは、影の国の消滅と共に“解き放たれた”のである。

 

余談であるが、彼女の書物を解読した近代の人間はこう表現した。

―――影の国の女王スカサハは、最古のブラコンにしてヤンデレであったと。

 

 

 

 

 

「……寒っ。……ああ、雪か」

 

背筋を氷で撫でられたような、嫌な寒気に少年は体を震わせた。

細やかな雪がぱらぱらと降り注ぎ、石畳を白く染めている。

雪の“白”に紛れそうで紛れない色を持つ彼は、体にぽつりぽつりと落ちる雪を払いつつ目の前に広がる建物をまじまじと見上げた。

それは酷く荒廃しているが、大きくて立派な東洋の“寺”であった。

聖地である筈の寺は暗澹たる様子で、足を踏み入れることすら憚られる禁足の地へと変貌していた。どうやら自分は招かざる客のようだと、少年は目を凝らす。

あの炎上するカルデアから、知らないうちに知らない場所へと飛ばされていたらしい。動じることなく少年は視線を左右させて周囲を伺った。

 

「なにか、いるな」

 

意識を取り戻してからというもののずっと感じていた、“視ている”気配の主が此処にいると少年は確信した。炎に呑まれていった同胞たちが彼に投げたそれとは、全く違う視線から相当な手練れがこの先に待ち受けることを知る。

 

とある方向へと視点を定めたと同時に、ブンと空気が震えたかと思うと何かが少年の頬を掠めた。つうと頬を生温かいものが流れ落ちるが、構わず目を滑らせて後ろを見るとそこには“矢”が刺さっていた。

 

「……ほう? 避けたか。

子供が迷い込んだのかと思ったが、どうやら違ったらしい」

 

「……!」

 

「ふむ。上等な魔力を持っているじゃないか。

ということは……貴様は魔術師(マスター)か。

だが何故この場所がわかった?」

 

黒い空から降る白色の中に、“それ”はいた。

屋根の上に立ち少年を見下げる“それ”―――赤を脱ぎ去った体に、罅割れた片目は黒に潰されており、退廃的な雰囲気を漂わせ立つ青年―――の手に握られているものに、ローズレッドは見開かれ、そして鋭く細められた。

 

「……お前が、サーヴァントか」

 

「サーヴァントを見るのははじめてかね?

それは悪いことをしたな。始めて目にするサーヴァントが“真っ当なものではない”とは、君も運が悪い」

 

少年の反応を見たそのサーヴァントは、自身を見上げて呟かれた言葉が『初めて目にするサーヴァントに対するもの』だと思った。だから自傷の意味を込めて返した笑みが、言葉が、多大なる地雷を踏み抜くことになるとは知らなかったのである。

 

「……サーヴァントだろうが何だろうが関係はないな」

 

「ふっ、自信があるのは結構。だが、過剰な自信は身を滅ぼすだけさ」

 

「ふふ、……お前がそれを言うのか」

 

「なに……?」

 

兵器ともいえるサーヴァントに人間が勝つことはまず有り得ないので、人間は自分のサーヴァントを召喚して戦う。それが聖杯戦争だ。魔術師なら誰でも知っている常識(こと)であるにも関わらず、少しも怖じた様子のない少年に彼は眉をひそめた。サーヴァントは弓兵(アーチャー)の“特殊な目”を以て少年を見通すも、彼と縁を繋いでいる存在は見えない。

この寺の境内は、今、1人のサーヴァントの領域となっていた。だからもし、少年と契約を結んだ存在が潜んでいても感知することは容易い。となれば、もしやこの子供は1人でサーヴァントに挑もうというのか。なんと愚直で愚策なのだろうとサーヴァントは口元に嘲笑を浮かべる。

 

少年はただ静かにサーヴァントを見上げた。

そのローズピンクの瞳が不意に、ぎらりと輝く―――。

 

 

 

 

 

 

「    」

 

 

 

 

 

少年の口から洩れた言葉をサーヴァントは聞き取ることはできなかった。

―――ばちりと光が爆ぜる、と同時にサーヴァントの頬に“何か”が掠った。

それは、サーヴァントの目であっても捉えきれぬ一筋の()であったのだ。

 

「……なっ!?」

 

「おっと、加減を間違えたか?

すまないな。サーヴァントを相手するのははじめてなものでね。

ついうっかり、やり過ぎてしまうかもしれない」

 

「はっ、その心配には及ばんよ」

 

禍々しい空気に汚染された境内に、2つの魔力が満ちていく。

闇の中でも尚光を放つ白金の髪を靡かせ、手にした“弓矢”を構える少年にサーヴァントは暗く笑う。

 

「魔術を用いた武器の生成か。その技、どこで覚えた?」

 

「昔ちょっとな。何処かの愚か者(ゆみつかい)の真似事で、大したものではない」

 

「……そうか。この弓兵(おれ)に、矢を向ける勇気は賞賛しよう。

同時に思い知るが良い。無謀な勇気など……」

 

きりりと弦が軋む音、構えたのはどちらが先であったか。

お互いが構え放った矢は、2人の真ん中でぶつかり合い“消失”した。

少年は再び矢に手を掛けようとして、身を引いた。

間髪入れずに、少年の顔があった位置を“刃”が貫いたのだ。

 

「……っ!」

 

「ほう? 避けたか。

初見で避けられる人間は珍しい。

どうやら君の力を認めざるを得ないようだな」

 

サーヴァントは生身の肉体を持たないので、人間の肉体の限界を遥かに超越した力を引き出すことができる。力も、敏捷さも、基本的に人間が上回ることができない存在との、対峙に、少年は……笑った―――。

 

 

 

 

 

「仕 置 き が 必 要 だ な」

 

 

 

 

 

開いた瞳孔、高まり続ける魔力……。

要するに少年は“ぶちぎれ”たのだ。

それが何に対する怒りであったのかを、サーヴァントが、そして少年自身が知るのはもう少し先のことになる。

 

 

 

 

 

◇*◇*◇*◇*◇

 

 

 

 

 

「―――—というわけだ。カルデアにおけるレイシフト実験は失敗し、先発したAチームは全滅したかのように思えたけど、まさかあのマスター候補1番、レイ君が生き残ってくれていたとはね」

 

「ドクター、そのレイさんというのは」

 

「ああ。今回選ばれたマスター候補の中でも、ずば抜けた魔力の持ち主……なんだけど、どっちかというと魔術よりも武芸に才能を発揮してね。

これまで用心棒として彼女の傍にいたんだ。……そうだね? 所長」

 

「ええ。そうよ、レイ……。

レイ・アニムスフィアは私の弟です。

ただ私とは違って、マスターとしての才能はあった」

 

「だから今回白羽の矢が立ったってわけさ。

……君たちにしてもらいたいことは、3つ。

今いる特異点の攻略と、レイ・アニムスフィアの捜索。そして、他に生き残っているものがいないか確認してきてくれ」

 

「ほかの、生き残り……?」

 

「……。これは、あくまでも僕の勘だ。

こちらの解析でも生存者の反応はない。でも……」

 

赤茶けた空の下で、生身から発せられる声が響いていた。

モニターを覗き込みながら作戦を練るは、3人の少女。生き残ったマスター候補の1人リツカ・フジマルと、彼女のサーヴァントとなったマシュ・キリエライト、そしてカルデアの所長オルガマリー・アニムスフィアである。

 

真剣な表情で話し合う彼女たちの周囲は炎が燻っており、あらゆるものが焼ける嫌な臭いが街全体に漂っていた。

マスター候補としてこの度の実験へと参加したリツカは、例によってカルデアの“爆発事故”に巻き込まれ此処にいる。あの爆発に巻き込まれ無事であった理由は、彼女が類稀なる幸運の持ち主である証であったのかもしれない。特出すべきものがない“一般人”である彼女が、マスターとして検出され、デミ・サーヴァントとして覚醒したマシュとの契約に成功した。これだけでも実験の結果としては大成功といえようが、当のカルデアは崩され、あまりに大きな犠牲を払った挙句、人類史崩壊という最悪の結末を迎えた今、最早これは実験などという軽いものではなくなってしまった。

 

この度のレイシフト実験における責任者の1人であるオルガマリー・アニムスフィアは、素人丸出しのリツカに呆れつつも、特別取り乱してはいなかった。彼女の平常心はとある存在によって保たれていたからである。それは彼女たちの会話の中でも上がった彼女の弟―――レイ・アニムスフィア。オルガマリーが最も信頼する人間であり、実験における最有力候補として名が上がっていた人物である。

 

「わかりました。では、レイ・アニムスフィアの捜索を最優先とし任務にあたりましょう」

 

「ああ、それが良いと思うよ。

対サーヴァントにおいて君たちの戦力となるのはマシュ、君だけだ。

如何せん今のままではこの特異点を切り抜けるのは不可能に近いだろう」

 

淡々とそう言ったオルガマリーは1つ頷くと冷静に判断を下す。

モニターに映る桃色髪の男は視線を揺れ動かしながら、歯切れ悪く言葉を返した。

あからさまに動揺を隠しきれていないその男―――ロマニはそれほどまでに焦燥に駆られていた。

 

「あ、あの……ドクター?」

 

菫色の髪の少女マシュは心配げにモニターを覗き込んだ。ロマニの様子を、この緊急状態に実質トップとして対処しているが故の異常だと判断したためである。

 

「いや、なんでもない―――。

そんなことよりも、敵の反応だ。しかも複数……!」

 

「えっ! マシュ!」

 

「はい、センパイ!」

 

そんなマシュにロマニは淡く微笑んだが、すぐにそれを崩した。

モニターには複数の生体反応が示されており、彼女たちを囲むようにして続々と出現したのだ。リツカは己のサーヴァントに声を上げると、マシュもそれに応える。

動きはどんなにたどたどしくも、二人はこの短期間でマスターとそのサーヴァントとして信頼をし合っていた。守りに特化した宝具が構えられ、リツカとオルガマリーは一歩後ろへと下がった。

 

いつの間にかロマニとの通信は切断されており、これ以上のサポートは望めないようだ。

黒く塗り潰されたサーヴァントは声にならぬ声を上げて、リツカたちを囲う。

それがどういう存在であるのか。魔術の知識も戦う術も知らないリツカには到底想像ができなかった。しかし、それらが今自分たちを亡きものにしようとしているのだけは、明確なことなのだ。ならば抗わなければならない。せめて、もう1人のマスター候補を見つけるまではリツカが要となり戦い続けなければならないのである。

 

「……仕方ないわねっ! ほんっとズブなド素人なんだからっ!」

 

ロマニとの通信では威厳のある所長として振る舞うオルガマリーだが、素は中々のじゃじゃ馬というか“口の悪い少女”そのものであった。リツカとマシュの戦う姿に痺れを切らしたらしい彼女は、後ろから襲い掛かって来た敵目掛けて魔術をぶち込んだ。

マスターの適正は持たないが、魔力も魔術回路も一級品以上であるオルガマリーの放った攻撃魔術は、少しばかりではあるが敵の動きを止める。その隙を突いてマシュが武器を振るい、敵を打ち砕くが、次々と姿を現す敵を1体1体丁寧に倒しても意味はない。

 

消耗戦は明らかにリツカたちが不利である。

しかし大勢の敵を一掃できる術を彼女たちは持ち得ていないのだ。

 

 

 

 

 

「おっと、こりゃ俺の出番だな」

 

 

 

 

 

万事休すかと思われた彼女たちに、1つの光が差したのはその時であった。

 

 

 

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