それはあまりにも唐突に起こった。瞬きをする間に濁った血のような赤に染まる空。全てを蝕み、塗りつぶすような赤い霧はそれまでの平穏な空気は破壊された。紅霧とでも言うべき現象は、人里にいた人間を大いに困らせた。
そんな中、一人の少女が立ち上がる。紅白の衣装に身を包む可憐な少女。名は博麗霊夢という。そして一人の少女が立ち上がったと共に、もう一人の少女も立ち上がる。紅白とは対照的に白黒の衣装に身を包む勇敢な少女。名は霧雨魔理沙という。彼女らは、「異変」と呼ばれる異常事態を解決できる、抵抗の出来ない人間達のかつてない希望だった。
「おかしいわね。今更あいつが?」
「何かあったに違いない。早速紅魔館に行こうぜ」
彼女たちは原因を知っていた。何故なら、この異変は既に一度起こっている事だからである。
彼女たちは空を舞う。赤き館、紅魔館を目指して。
しかし途中、霊夢に似た衣装をまとった別の巫女が、彼女たちに声を掛けて来た。緑髪が分かりやすい少女、東風谷早苗という。
「霊夢さん、魔理沙さん、これは一体?」
「さあね。今から紅魔館に向かうところよ」
「早苗も付いて来るのか?」
「はい! 私も異変解決を久しぶりにしたくなりまして!」
少女たちは笑う。余裕な三人は、大きな池を飛び越え、慣れた様子で紅魔館に辿り着いた。
紅魔館につくと、早速違和感に魔理沙が気づいた。門番がいないのである。本来、この大きな館に侵入する者は、それ相応の実力を持った門番が、仕事の出来栄えはともかくとして存在しなければならない。しかしどうしたことか、その門番がまさかの不在であった。正面突破するには極めて好都合だが、どこか怪しさも残る。
「美鈴がいないなんて、きっと何かあったに違いない」
「庭の手入れでもして…無いみたいね」
堂々と門を開放し、霊夢は花庭を見渡す。しかしそこに美鈴という門番はいない。庭の手入れをしているようだが、今は花は生気を奪われたように萎れていた。まさか庭の手入れをサボるとは到底考えられない。
「やっぱり何かあった…と見るべきですか?」
「この様子じゃ、それしかもう考えられんだろうな。多分レミリアが関与しているはずなんだが」
「私は天辺から行くわ。あんたたちは館の探索でもしてなさい」
「あ、おい! ずるいぞ一人だけ!」
霊夢は宙に浮き、紅魔館の最上階へ直接向かう。魔理沙と早苗は、仕方なく紅魔館の現状を知る為にも一階からご丁寧に入室する。
~魔理沙サイド~
入って真っ先に気付いた違和感は、まるで何者かが暴れ回ったように、引っ掻いた跡や殴ったような跡があった。メイド服を纏った妖精たちが地面で座り込んで怯えている様子も見受けられた。明らかに異常事態である。
「こりゃあ、派手に暴れた感じか?」
「そうみたいですね。なんというか、普通の弾幕ごっことはまるでハッキリと違います。妖精達もケガをしてるみたいで」
「手当は後でやるとしよう。まずは聞き込みに限る」
まだ平静さを何とか保っているようなメイド妖精を探す魔理沙と早苗。やはりほとんどが口を開きたくないと態度で示しており、聞き込みは難航した。
2階に上がった時、まだ冷静そうなメイド妖精を発見したため、魔理沙達は早速声を掛ける。
「ここで何があったんだ?」
「レミリアさんの身に何かあったのですか?」
「…い…」
「あー…?」
「お嬢様が…妹様と…」
妹様。レミリアの妹もどうやら異変に関与しているようだった。しかし、このメイド妖精もそれ以上喋らず、口をきつく閉じて魔理沙達の尋問を拒んでしまった。
有益な情報は、レミリアとその妹が何かをしでかしているのは間違いないという事だけ。更に情報に詳しそうな他のメンバー、門番やメイド妖精を纏めるメイド長などがいないのが更に違和感を強めた。ここ紅魔館では、入室すればほぼ確実にメイド長に遭遇するはずなのだ。しかし今はその気配を全く感じさせない。
「異変というか、もう事件だなこりゃ」
「霊夢さん、大丈夫ですかね…?」
「当たり前よ。霊夢は異変解決のスペシャリストさ。今更レミリアやフランに後れを取るような奴じゃない」
魔理沙はそう言うと満面の笑みを浮かべて笑った。その自信に、早苗もつられて笑う。根拠もないのに、絶対大丈夫という信頼感で霊夢の無事を祈っているようにも見えた。
その時だった、二人の背後に淀んだ気配が現れる。背中を刺されたような痛い視線に、魔理沙と早苗は振り返る。
「誰だ?」
「敵!?」
そこにいたのは、紅魔館とは無縁のはずの者だった。
~霊夢サイド~
一番屋上に辿り着いた霊夢。しかしそこには二人ほど地に伏している人物がいた。赤髪と緑の中華衣装の女性と、銀髪で魔理沙達が見て来たメイド服を着ている人物だった。霊夢は二人の所へ駆け寄る。
「どうしたの?」
声を掛けると、銀髪の女性…十六夜咲夜は答えた。
「霊夢…お嬢様と妹様を止めて…」
二人を見ると、凄いけがを負っているのが分かった。それはケガという生ぬるい言葉では済まされないほどだった。弾幕ごっこにしては、傷のつき方が違った。まるで直前まで殺し合いでもしていたかのようにボロついている。
「私と咲夜さんで止めようとしたけど、お嬢様方はあまりにも強くて…」
「ふーん。今どこにいるか分かる?」
傷が多くとも、咲夜は立ち上がって答えた。
「館内の何処かだわ。恐らく、今なら図書館のはずよ。空間を弄って最短で着くようにするわ」
「ありがとう。異変解決だって出来るあんたでも止められないんじゃ、今回は相当暴れているってことね」
霊夢はそう断定すると、屋上のドアを開ける。咲夜の能力で直通となったため、図書館へと入室する。
部屋を開けた段階から分かっていたが、やはりというかこちらも魔理沙達が見た時同様に無残な状態になっていた。正しく収納されていた本は散りばめられ、破り捨てられていたり、本棚の一部は砕けている。ここで何かしらの激戦があったことはほぼ確実である。
「いっそ崩れたほうがマシよね。私の神社だって倒壊しているんだから、一旦更地にしてしまえばいいかも」
自身の経験から、少々辛辣なコメントを吐き出す。しかしそんなことを言っている場合ではない。寧ろこうやって自分自身の精神を強く保っているのだ。
霊夢は何度か弾幕ごっこという概念が通用しない相手と対戦している。しかしその時は相手がまだ遊びで加減したから良かったものの、一歩間違えば死んでもおかしくないような圧倒的なパワーと威圧感、そして緊張感で思わずいつもの自分でいることが出来なくなるほどに焦っていた。今回の異変は、それと同じ緊張感を感じさせる。
その時だった。霊夢の目の前に紫色の衣装を纏った少女が吹き飛ばされ、地面に体を撃たれながら目の前を横切った。霊夢はその少女を知っていた。名はパチュリー・ノーレッジ。この図書館に居座る動かぬ魔女である。しかし何故か彼女は何者かに傷つけられたように酷い怪我を負っていた。
「パチュリー?」
「いたた…。今日は不調じゃないのに…」
霊夢は上を見る。そこには、コウモリの羽を背中に付けた少女と、宝石のような羽が特徴的のその少女に容姿が似ている少女が浮いていた。
「お姉さま。霊夢がいるわ」
「そうね。また一人、犠牲者が来たようだわ」
「はぁ。全くあんたたち姉妹は」
二人の少女は姉妹である。コウモリ羽の少女はレミリア・スカーレット。宝石羽の少女はフランドール・スカーレットという。フランの羽が派手だが、彼女の方が妹である。そして彼女らは、共通して吸血鬼という種族である。
「人の血肉が欲しいって言いだしてね。紅魔館の外に出ようとしていたのよ。でもそれだけじゃ止まらないわ」
パチュリーが何とか起き上がり、霊夢に説明する。
「ゴホッ、フランが急に暴れはじめて、それを止めるためにレミィがすかさず駆け付けたのだけど」
「駆けつけてなんで暴れているのよ」
「手…ね。どこからか干渉してきた紫色の手がレミィを襲ったのよ。それであの有様よ」
「そう。まずはあの二人を止める必要があるわね」
「私も加勢するわ。あなた一人じゃ確実に負けてしまう」
霊夢はお祓い棒を取り出し、パチュリーの頭を軽く叩く。痛くはないが、体力が殆どないパチュリーはだらんと足が崩れるように座り込んでしまった。
「別に私ひとりじゃないわ。魔理沙と早苗も来てるから。来るまで粘るのなら誰だってできるわ」
幼く不穏な笑みを浮かべる吸血鬼姉妹。霊夢は気持ちを整理しなおし、魔理沙達が図書館に来るまで耐久する事を選んだ。
~魔理沙サイド~
「あ、お前たちは!」
魔理沙がそう声を上げる。彼女たち二人の目の前にいたのは、この紅魔館とは無縁の存在であるはずの、小鬼と小人だった。この二人は紅魔館の住民ではなく、それぞれ独立した居場所を持っている。
早苗は指差しながら思い出したかのように言う。
「この人達、前の花火大会で乗っ取ろうとしていたあの__!?」
「正邪に針妙丸! お前たちまだ懲りてなかったのか!」
小鬼の方が正邪、小人の方が針妙丸である。この二人はとある異変の後、幻想郷が抱える問題児として悪い意味で有名になってしまっていた。しかし、正邪の方は全くそれを気にしておらず、寧ろ誇りに思っている。それは針妙丸とて同じ事だった。彼女らは波長が合う。これらのことから、魔理沙や早苗は今回の異変はこの二人が主犯であると断定したのだ。
「懲りる? 私が? あり得んな。弱者が強きものに打ち勝つ時代が来るまで、私は簡単に降りるはずないだろ」
「チャンスがある限り、私達はいつだって転覆するさ! 今回みたいにね!」
魔理沙は魔法の箒に跨り、早苗は特製のお祓い棒を取り出す。いよいよ話だけでは解決できないと判断したのだ。
「だったら、弾幕ごっこで勝負だ!」
「私達は異変を解決するもの。そこに弱いも強いも関係ない!」
ため息一つ、正邪は煽るような顔を見せつける。
「お前たちは弱者を冒涜した。そしてこれからもし続ける。吸血鬼は弱者を守る為に異変を起こした。これが同胞の声よ!! 最高につまらないだろう!!」
「そしてお前たちは私達の手によって打ちのめされる。強きものに縋り続ける時代は間もなく終わりを迎える。天邪鬼は最高潮さ! もう花火大会の時のようなヘマはしないぞ!!」
そして二人は笑った。二人の笑いは、ここまで順調に計画が進んでいる事から来るものだった。魔理沙達に見つかる事で、あえて霊夢と合流させない様にしたのだ。何を隠そう、魔理沙達の後ろのドアは、図書館に繋がるドアなのである。そして、前述した通り、霊夢は一人では勝率が低くなるため、魔理沙達が図書館に来るまで耐久する事にしているのだ。全て、正邪たちの思うがままの結果となっていた。
~霊夢サイド~
飛び交う無数のエネルギー弾。美しさを彩るはずのその弾は、今や一発一発が殺意を持って縦横無尽に飛んでくる。霊夢はパスウェイジョンニードルによる攻撃で、レミリアとフランに攻撃をしていた。何故ならば、もうあれから30分はゆうに超えている。
「おかしい。魔理沙達が来ない…」
レミリアが素早く霊夢を掴もうとする。霊夢は間一髪体を上手く反らしてレミリアの攻撃を回避した。反撃でニードルを飛ばすが、コウモリ状態になられてまともにダメージが通らない。ならばとフランに目線を向けると、既に禁忌「レーヴァテイン」を発動させ、剣のような弾幕を無茶苦茶に振り回しており、まともに攻撃を当てられそうにない。何も考えず攻撃すれば、下手すればこちらが致命傷を負ってしまいかねない。
霊符「夢想封印」
霊夢はスペルカードを取り出し、簡易的に宣言して虹色の光の球を発生させて解き放つ。目が痛くなるほどの赤い視界は途端に綺麗さっぱり無くなっていく。ボムと呼ばれるものを使用して攻撃しているため、弾幕を一方的に掻き消せるのだ。だが、それを使ってもレミリアは依然としてコウモリの姿を維持したまま。フランは直前で気づいたらしく、能力を駆使して虹色の光の球を、右手で握りしめて全て破壊してしまう。
「やるじゃない。…想像以上にまずいわ」
「言ったじゃない。確実に負けてしまうって」
パチュリーが事前に警告した通りの結果となった。しかし、まさか相手が能力をフルで使って来るとは、霊夢も正直そこまでは考慮しきっていなかった。そしてある一つの可能性も出てきたのだ。フランは先ほど見せた通り、右手で何かを握りしめることで対象の物を問答無用で破壊できるのだ。即ちそれは、フランの機嫌次第では霊夢は避ける事も、防ぐこともできず体が木端微塵になるのだ。まだ機嫌がいい方だが、もし下手に彼女の逆鱗に触れれば、待ち受けるのは避けられない死である。
やはり霊夢は回避に専念するしかない。激化する姉妹の攻撃を何とか当たらない様に動き回る。しかし相手は人間の身体能力を大幅に上回る吸血鬼である。いくら霊夢がスピードを上げようとも、相手は簡単に追いつけてしまう。それは今まさに起こっていた。いつの間にかコウモリの姿から元の姿になっていたレミリアが、霊夢の背後を取っていたのだ。殺気を感じた霊夢は祓い棒を振り払って攻撃するが、それを見透かしたように、レミリアは更に速度を上げて一撃を避けてしまう。そして変わりに飛んできたのは赤き鎖。霊夢は鎖に拘束されてしまう。
「しまった…!」
しかし、それを見たパチュリーが呪文を詠唱する。
「火行の力…これなら…」
開けた本をレミリアに向け、そこから火の玉を発射する。サマーレッドという攻撃だ。チラッとパチュリーの方を見たレミリアは、それを察知して片翼で火の玉を跳ね返してしまう。パチュリーは急いでその場から離れ、火の玉の爆炎に飲まれることは無かった。
霊夢は一瞬相手が気を反らした隙に鎖を解いてしまい、お札を投げながら脱出。お札はフランが持っている謎の黒い武器で叩き落とされたことで、レミリアにもフランにもダメージは与えることが出来なかった。
しかしパチュリーの援護が無ければ、あの瞬間恐らく自分は死んでいただろう。彼女のサポートは少なくとも口に出さなくとも感謝はしていた。しかし、その感謝の気持ちに浸っている場合ではない。話が通じない上、能力を最大限使ってくる相手にこれ以上の対策は無い。秘儀こそあるが、勝つことは出来ないだろう。
「魔理沙、早苗、あんたたち今どこにいるのよ」
少女の声は、仲間の元に届くことは無い。
…と思われていた。しかし霊夢の背後から、星の弾幕がサポートするように飛んで来たのだ。吸血鬼姉妹は片手で跳ねのける。
「また犠牲者かしら? 今日は良く来るわね」
「私もっと遊びたいわ」
霊夢の肩に手を置き、ニカっと笑う。紛れもなく魔理沙だ。隣には早苗もいる。
「あんたたち、やっと来たのね」
「ちょっと軽く運動してたんだ。準備運動は終わってるからさっさとこっちも片づけるか!」
「大丈夫ですよ霊夢さん。真相は後で話しますから!」
グッと構えた三人は、一斉に反撃に出る。霊夢はもう我慢する必要は無いと思い、お札から強い光を放って見せた。さしもの吸血鬼姉妹は、光には弱いため、僅かに隙が出来る。
「よし、一気に決める!」
「息を合わせて、魔理沙さん!」
魔理沙と早苗は互いにスペルカードを出し合い、高らかに宣言する。霊夢が放った光の所為で行動を遮られてしまった吸血鬼姉妹は、相手のスペル攻撃に反応が遅れてしまう。
儀符「オーレリーズサン」
奇跡「白昼の客星」
魔理沙と早苗はレーザー系の弾幕を張り、吸血鬼姉妹に大ダメージを与えた。両者はゆっくりと地面へと降ろされていく。そこへすかさず、霊夢がとどめを掛けに行く。
霊符「夢想封印」
二度目となるスペルカード宣言。今度は姉妹にしっかりとヒットし、二人ともダメージで立てなくなるほどにまで追い込んだのだ。
「やっぱりこの二人は分かりやすいな。何も変わっちゃいない」
「初めて手合わせしましたが、歯ごたえ的にはまあまあですね」
「あんたたちねぇ…。ん?」
レミリアの身体から紫色の小さな球体が飛び出してきた。それは魔理沙や早苗をスルーし、霊夢の所へと譲渡されるように彼女の手に収まる。
「…なにこれ?」
見るとそれは、レミリア本人が描かれた黒いカードだった。スペルカードの類のようだが、今までレミリアがこのようなスペルカードを提示したことは無い。ポイ捨てしようとしたが、どうも霊夢の手元から離れないようだ。
「霊夢だけいいな~。私にもくれよ」
「まあこれが私を推薦してるんだし、別にいいじゃない」
「私達も頑張ったんだから何か欲しいです」
頬をぷくっと膨らませて訴える早苗。しかし霊夢は軽くそれをあしらった。場の収集が着かない為、パチュリーが声を掛ける。
「魔理沙達が得てきた情報を教えて欲しいわ。誰がレミィを狂わせたのか」
「あー、そのことなんだがな」
魔理沙はポリポリと顔の側面を指でかきながら説明を始める。
「犯人は正邪と針妙丸さ。なんでも…レミリア達を自分達の方に引き入れて、紫や隠岐奈を一泡吹かせようとしたらしい。多分花火大会の一件で痛い目を見たからだろうな。で、あいつら自身は何にもしてないって言うんだ」
「何もしてない…というか、あの口ぶりだと誰かほかにも協力者がいる感じでした」
~魔理沙サイド(少し前)~
霊夢が紅魔館の代名詞ともいえる吸血鬼姉妹と戦っていた時、こちらもまた戦いを繰り広げていた。じわじわと正邪と針妙丸を追い詰め、勝負は今まさに決まろうとしていた時だった。正邪と針妙丸は地面に座り込み、魔理沙と早苗がそれを睨みつけている状態である。
「お前たちってホント性懲りもないよな。私達に阻止されるって分かっているのに何度も何度も…」
「転覆した後どうするつもりなんですか? 何も考えてないってことは無いですよね?」
強く迫る二人。それに対し針妙丸が答える。
「また転覆を狙うわ。だって、強い奴が弱い奴に負けて、強くなった弱い奴が弱くなった強い奴に負ける、この入れ替わりを見るのが面白いんだから」
「へ。それに私達がどうしようが、お前たちには関係ない話だ。幻想郷を支配しようだとか考えちゃいない。でも弱きものの救済ならいくらでも考えるね!」
魔理沙と早苗は呆れた様子だ。早苗はともかく、魔理沙は一度彼女らと戦っている。当時と何ら変わらない態度は、寧ろ尊敬に値すべきか。しかし魔理沙は現実を叩きつける為、そしてこれ以上反逆できないようにと、警告を促すように言った。
「花火大会の時も分かっただろ?
「それだよ」
正邪は怒りに満ちたような声を出した。それは静かだが、確かに「小さきもの」故の訴えにも聞こえた。
「
「大会の時の恨みもあるんですね。…魔理沙さん、どうします?」
「そうだなぁ…」
そう考え始めた時、ふと魔理沙に直接声が聞こえて来た。声の主はパチュリーだ。
「魔理沙、いるんでしょう? 早く図書館に来なさい。霊夢が死んでしまうわ」
「えっ!?」
素っ頓狂な声を出し、驚愕する魔理沙。それに勘付いた早苗は、一旦逃がさない様に正邪と針妙丸をお札で動きを封じ込めた。これで二人は逃走することが出来なくなった。
「ちっ。作戦失敗か」
「あー?」
「仕方ない。気づかれたならばらしてあげるよ」
そして針妙丸は、勝ち誇ったように言った。
「私達がこうやって無駄に長い話をしたり、弾幕ごっこを長引かせたのは全部作戦さ。吸血鬼の二人はすっごく強いから、あえてリミッターを外したのよ。霊夢はもう命は僅か。助けに行っても無駄よ。今更ひっくり返らない!」
「この!」
「魔理沙さん、早く行きましょう!」
早苗が何とか制止し、魔理沙は平常心を取り戻した。二人は正邪と針妙丸を引っ張りながら、奥の扉を開ける。確かに、ドン、ドン、と何か鈍い音が聞こえて来た__
~合流後(現在)~
「ただ、正邪達に味方するような人たちがいるかって聞かれたら微妙ですけど」
「そのあたりなら、パチュリーが言ってた「紫色の手」がやったに違いないわ」
「ええ。その手は紫色の雷でレミィの人格を書き換えたのよ。どういう原理で変えたのかは分からないけど。でも魔法の類じゃないのは分かるわ」
「成程。これなら合致するな。後はその紫色の手が誰かって言う話になってくるな」
チラッと魔理沙は視線を傾ける。脱出を試みようとしていた正邪と針妙丸は、冷や汗をかいていた。素っ気ない笑顔で逃がしてもらおうと試みるが、余計に4人の逆鱗に触れ、刺激することになった。
「あんたたち、知ってるんでしょ?」
「教えてくれたらちゃんと解放するぜ」
「でも教えてくれてないと…」
「私の魔法で最も醜い姿になるわ」
4人が近づくと、突如として正邪と針妙丸の上空に黒い渦のような空間の裂け目が現れた。あまりにも突然のことで霊夢達はいったん引き下がった。すると空間の裂け目から、先ほどから話題に上がっていた紫色の手が現れ、正邪と針妙丸を掴んでそのまま裂け目に引きずり込んでいった。
「逃がしたっ!?」
「結界なら!」
霊夢が干渉しようとお札を投げる。しかし手は紫色の稲妻を発してお札を焼き消してしまう。空間の裂け目が修復され、折角捕まえた正邪達を逃がしてしまう形となった。
しかし、彼女たちの背後に、青い目が発光ながら現れる。青い目を中心に黒いオーラが人の形を作り、その正体を現した。黒い仮面のようにとがった目元、頭には龍を思わせる角を2本持ち、霊夢達と同じ肌色の顔をしている。肩には赤い角らしきものがアクセントを利かせたように生えた肩パッドが、手は黒く爪は銀色に尖っており、攻撃的な印象を持つ。紫色の法被らしき服を着て、その上から黒いアーマーで覆う。下は何かしらの布で縛ったズボンを履き、靴先が上に反りあがった特殊な靴でズボンの裾すらも少し覆っている。その姿たるや、クリーチャーとは程遠いが、妖怪と言われてもしっくりこない化け物だった。
「あんた誰?」
霊夢が最もな質問を投げる。魔理沙、早苗、パチュリーはその人物に警戒の眼差しを向けている。その人物は口を開いた。
「私はマゴグナ・ライオート。以降よろしく」
性質からは男であると断定できる。礼儀正しそうだが、言い方に少々棘がある。どうもこちらを煽っているような感じだ。
「…おやおやぁ? そういえば皆さんお揃いで。何かありましたか?」
間違いない。こいつは私達を煽っている。倒れている吸血鬼姉妹、激戦の後を感じさせる図書館の損害具合、突如として現れた手に連れ去らわれた正邪と針妙丸。ここまで衝撃の展開が続きながら、何も無いというはずがない。そう霊夢達は結論付けた。そして疑惑は彼が紫色の衣装を纏っていることから、確信に近づいた。
「次から次へと厄介事を…」
「お前が元凶だろ? なら話は早い。」
魔理沙がそう威嚇のように牽制する。
「正邪達と関りがあるのは確定しました。あなたは異変を起こした黒幕。ここで成敗します!」
「レミィも、フランも、あなたが狂わせたのね。二人に変わって私が相手するわ」
早苗も、パチュリーも、やる気を出してきた。霊夢はお祓い棒を振り回しながら、マゴグナを指さす。
「人を狂わせて、正邪達とも手を組んで、そんな貴方を許すはずがない! 幻想郷を管理する者として、異変を起こしたものは粛清をくれてやる!」
4人は完全に本気モードだ。弾幕ごっこをする必要などないだろう。今まで発生してきた異変は、大概は弾幕ごっこで解決できたが今回は絶対に不可能だと断定できる。マゴグナは下に俯きながら、ヘラヘラと笑っていた。
「熱いねぇ…。寧ろ、私は冷めている方さ。はぁ…」
首を横に傾げながら、ゆっくりと歩いて近づくマゴグナ。霊夢達は一斉に空に飛び、各々の攻撃を披露する。
先に動いたのはパチュリー。本を開き、金行の魔術を読み上げる。本から発生したのは金属の歯車。それを高速回転させてマゴグナに向けて飛ばす。オータムブレードという攻撃だ。マゴグナはこれを見ると、歯車を片手で跳ねのけてしまう。金属同士が接触した時の甲高い音が響き、不快感をもたらす。
これをサポートしたのが早苗。風起こしにより、機動性と回転力が低下したオータムブレードを風邪で拾い上げ、威力と速度を格段に上昇させて更に投げうった。しかしマゴグナは、この攻撃に対して手刀を振り下ろしてオータムブレードを破壊して対処してしまう。手を後ろに組んで、余裕そうな状態を決して崩さない。
霊夢は無数の強力なお札を投げ飛ばす。拡散アミュレットという、滅多に使わない攻撃だ。マゴグナの対処を遅らせようとしたが、マゴグナはノーガードでこれを全て受けてしまう。過信した霊夢はとびかかり、お祓い棒による一撃をお見舞いしようとした。しかし、これはあっさりと掴まれてしまい、霊夢は空中から叩き落される。
「うそっ、わっ!?」
霊夢は急いで起き上がるが、背後を取られてしまい、腕を掴まれて捕らえられてしまう。霊夢は抵抗するが、掴む力が強くなかなか抜け出せない。
「博麗の巫女というのは、普通の人間とは訳が違うのだよ」
「あー? 急になんなのよ」
「昔も今も、博麗の巫女は遥か高位の存在。神に近く、神のお告げを聞き、人を導き、人を救い、大きな器で寛容的でなければならない。しかし、博麗の巫女はどうも勘違いを起こしていてねぇ。歴代の博麗の巫女はその権限を使い、妖怪撲滅の為、或いは人の気持ちすらも考えたことなど微塵もない。そして全員が、たった一人の強大な妖怪の指示にヘコヘコ従っているのみ。自分でどうにかしようとしたことなどない」
それは、所謂ポエムだ。霊夢の耳元で囁くように、自身の届かない論を述べる。普通に見るならば、彼の言い分は決して間違いではない。しかしここは幻想郷、普通が通用するような常識的な世界ではない。霊夢は反論する。
「誰を受け入れるかって、そんなものは
「外道だ。だがその歪み具合が面白い…」
その一言で会話を強引に切り上げると、マゴグナは霊夢を解放した。しかしその代わりに霊夢の腰辺りに押すようにヤクザ蹴りをする。霊夢は転がるように蹴飛ばされ、何とか受け身を取って態勢を立て直す。
「霊夢さん!」
早苗がすぐに駆け寄り、霊夢を支える。霊夢は大丈夫そうに早苗の手をどける。
「あいつ、想像よりもとんでもない奴よ」
「そうみたいですね。さっさと倒しましょう!」
「よーし、だったら私が決めるぜ。でもちょっと紅魔館が吹き飛んじゃうけどな!」
魔理沙は八卦炉を取り出し、スペルカードを宣言した。そして八卦炉に光が収束していき、魔理沙はマゴグナの正面に立って打つ体勢を整えた。
恋符「マスタースパーク」
瞬間、ズドンっという音と共に八卦炉の小ささから考えられないほど大きな光のレーザーが発射される。魔理沙の定番であり、この技を放って無事で済んだ相手などいない。これまで何度も魔理沙の危機を救ってくれた、一発逆転の攻撃だ。
「フフ…」
マゴグナはマスタースパークに包まれた。マスタースパークの威力はすさまじく、風圧が発生するだけでなく、紅魔館の壁を破壊して通気口を作ってしまう程だ。
「以前よりも成長しているわ…」
パチュリーは冷静に分析する。一度くらったことがある彼女は、マスタースパークの威力を知っていた。直前でバリアを張ったとはいえ、一発で体力切れを起こしてしまう程の威力。少なくとも、とある人物の熱線と同等以上と目されるが、今回のマスタースパークはそれすらも上回っているような気がした。
「これなら流石に参ったでしょ!」
八卦炉のエネルギーが尽き、魔理沙は八卦炉をしまう。帽子をクイっと上げて状態を確認する。彼が着弾したであろう地点は、黒い煙が立ち込めている。霊夢達は心の声で喜んだ。
「残念」
そう嫌な声が聞こえて来た。悪い予想をしている人もいるかもしれないが、それが当たってしまった。マゴグナは黒い煙の中から浮いて登場した。しかも見たところ傷が一つもない。バリアを張った様子もないため、ノーガードで直撃してノーダメージという事である。最悪の現実を叩きつけられ、霊夢達は驚きを隠せなかった。
「今のはちょっとした小手調べ、本調子はこれからだよ!」
魔理沙はそういうが、マゴグナは笑っていた。手段はいくらか残しているだろうが、それらを使ったところで、叶うはずがない。魔理沙も手が僅かに、肉食動物ににらまれた草食動物のように震えていた。霊夢と早苗もスペルカードを宣言しようと取り出す。
「さて…」
マゴグナは両手に紫色の雷を纏う。明らかに危険な攻撃が来るという事は分かった。マゴグナがそれを放とうとした時、音もなくナイフが数十本も飛んで来た。マゴグナは身体反らしてそれを回避する。ナイフの持ち主は咲夜だ。傷が何とか癒えたようで、戦闘モードに入っている。そんな咲夜について来た美鈴も構えを取っていた。
「咲夜、美鈴!」
「パチュリー様、無事でしたか!?」
「ここからは私達も加勢します!」
「ほう…」
「あら、私達も忘れないで欲しいわね」
みんなが声のした方向に振り替える。再生したと思われるレミリアとフランが理性を取り戻して立ち上がっていたのだ。マゴグナも流石にこれはため息をつき、戦闘の意思が消失したように見えた。
「お嬢様!」
「安心なさい。こっちにはフランもいるわ。ね?」
「えぇ。この強そうな人、何分くらい持つかな?」
「さて、あんたどうする? 4人やってもまだ4人いるわよ」
流石に8人という大勢で来られては、対処も難しいと判断したのか、マゴグナは逃走という手段を取ることにした。
「ギャラリーが多くては美しくない。少数で戦うからこそ、焦燥感と緊張感が生まれる。そこから大きな勝利をつかむ姿がたまらなく美しい。そしてそれを壊すのもまた美しい。では、これにて」
「待ちなさい!」
霧のように消えたマゴグナ。流石に誰も追うことが出来ず、正邪と針妙丸に続いて取り逃がしてしまう事になった。戦えると思っていたフランは何とも言えない表情で拗ねており、レミリアはため息をついていた。
「独り言の五月蝿いやつね」
「今までにないタイプで、ちょっと気色悪いわ」
何も気持ち悪いと思ったのは霊夢だけではない。その場にいた少女達全てが、満場一致で不快感を示していた。異変を起こしてきた人物は、荘厳だったり、話が分かる奴だったり、どちらかというと複雑ではなくストレートな人物が多かった。しかしかの者は違った。独白、陰湿、不気味とこれまでにない要素を併せ持った、この世の悪を凝縮したような存在だった。
後にレミリアが詳しい経緯を話してくれた。どうやら最初に、何かしらの手段で地下に侵入した正邪と針妙丸がフランに歩み寄ったらしく、彼女の破壊衝動を何かしらの術で刺激して覚醒させたらしい。それに誰よりも早く気が付いたレミリアは、フランを止めるために戦闘を嗾けたが、それ自体が裏で手を引いていたマゴグナの罠で、まんまと嵌められてしまったのだ。しかしせめてもの抵抗として、レミリアは理性が残っているうちに紅い霧を再び放ち、霊夢達を呼び寄せようとしたのだという。つまり、あの赤い霧はレミリアが異変を再度起こしたのではなく、レミリアによるSOSだったということである。
この一件を気に、霊夢達はいずれまた似たような異変が起こるだろうと確信していた。しかし異変が発生しない以上、対処することが叶わない為、今日も少女達は平穏が訪れた幻想郷でのんびりと暮らしていた。
To Be Continued…
元ネタが分かりやすいかもしれないですごめんなさい