泥のように眠っていた。
薄暗い部屋には、カーテンの隙間から陽の光が射し込んで、そこで埃たちがダンスしている。
少しだけ頭が痛い。目頭が重い。きっと泣きじゃくったせいだ。
部屋の壁に貼ってある大きなポスターに視線を移す。ビリビリに破られた憧れのオールマイト。昨日カッターナイフでおもいっきり破ってやった。
それだけじゃない。あれだけ大切にしていたフィギュアもタペストリーもありとあらゆるオールマイトグッズが部屋の床に散乱していた。
それを見ても何も感じなかった。もう僕には必要ない。足の部分が折れてすっかり死にかけているオールマイトのフィギュアが僕を見上げていた。
なんだよ。文句があるのか。お前が悪いんだろう。あんなひどいこと言うからっ!
「無個性ではヒーロになれない」
頭の中にあのときのシーンが甦る。
睨み返す僕のことを嘲笑うように白い歯をこれでもかと見せて笑っているオールマイト。
僕は足でおもいっきり踏みつけてやった。
下半身が折れたオールマイト。
それを見ても僕のモヤモヤした気持ちは晴れなかった。
いつか、あなたを殺す。もっと無惨な姿で。僕のすべてを否定したあなたを僕が殺すのだ。
刹那、頭の痛みも心のモヤモヤを消えていた。
最初に視界に入ったのはコンクリートの無機質な天井。そこで年老いたファンがゆっくりと回っていた。
「ああ、また夢か」何度も見ている夢なのに、いつも現実だと思い込んでしまう。きっと、夢というよりは嫌な記憶を呼び覚まして見てしまっているのだろう。
そんなことを考えていると、自分の右側に温かみがあるのを感じる。
僕はすぐに察しがついてため息をつく。
「トガさん、起きて」
体を揺すっても、彼女は起きない。それどころかマーガリンのようにべったりと抱きついてきた。
もう一度、息を吐く。僕は何事も成り行きに任せる癖がある。他人に対してこうしてほしいとか望むのは無意味であって、川の流れに逆らって歩いていくようなものだ、つまりはものすごくエネルギーを使う行為だってこと。川の流れに身を任せれば疲れずに済む。意外とこれに気づける人間っていうのは少ないようだ。僕はこの状況をもう流れに身を任せて彼女とこのまま寝ることにした。
扉をノックする音。
少しだけ頭を上げて扉の方を見ると、ヘッドフォンを首にかけた女の子が立っていた。
「緑谷、あんた見かけによらず猿だね」
アンニュイな瞳で僕にそう投げかける彼女を無視して僕は目を閉じる。
「ふーん、話す気力もないくらい2人で楽しんでたわけか」そう言ってこちらに近づいてくるのが足音で分かった。
けれど、気にせず僕はトガさんと夢のな、、
「痛い痛い痛いっ!わかったよ、起きるって」頬を引っ張られ、無理やり起こされる。
「やあ、耳朗さん」頬を擦りながら僕は言った。
「ハァイ、緑谷。気分はどう?」
「誰かさんのおかげで最高だよ」
「オールフォーワンがそろそろ起きる頃だって言ってたから、見にきた」そう言って彼女はカウチに腰掛ける。
「で、何個目だっけ?」
「3個目。今回のは皆のサポートができる個性だからきっと戦闘で役に立つよ」
「ふーん、どんな感じなの?個性もらうって」
「眠くなる」
「それだけ?」
「起きたら隣にトガさんがいる」
「それはあんただけのオプションでしょ」
左右の足を組み直しながら彼女は続ける。「トガとは深く関わらない方がいいよ」
「仲間なのに?」
「いやいや、女として、その危険だから」
なんとなく分かる気がした。例えば、掃除機を使っていると、段々コードが机の足や柱なんかに引っかかって動きに難くなる。面倒臭くて、そのまま無理やり使っていると、完全に絡まって身動きがとれなくなってしまう。彼女はきっとそんな存在なのではないか?と耳朗さんと話しながら考えた。
「うん、分かった。気を付ける」
僕は忠告を素直に受けることにした。
「賭けてもいいよ」彼女が指を弾く。
「なにが?」
「明日の朝もあんたはトガと寝てる」
そう言って彼女は部屋から出ていった。
どうやら全く信用されていないらしい。
「トガさん起きてよ」もう一度、彼女の体を揺らす。今までの僕だったら、このまま彼女の隣で寝ているところだが、どうやら先程の忠告の効力が効いているらしい。
「嫌です」
乾いた声が聞こえた。
「え?」
「わたしは起きません!出久くんからも離れません!」
「起きてたの?」僕がそう聞くと小さく首を縦に振る。
「響香ちゃんはいじわるです!わたしから出久くんを取ろうとしています!」
「いや、それはないよ」僕が首を振ると、彼女は食いぎみに続ける。
「わたし決めました!センセーに新しい個性もらいます」
「君が寝込んでいる間に僕は隣で寝てあげたりしないんだよ」僕がそう言うと、彼女は大丈夫ですと喉を鳴らす。
「出久くんとくっついていないと死ぬ個性をもらいます!そうしたらずっと一緒です」
「それはもうこせいじゃなくて弱点だよ」僕は呆れながら答える。先生は個性を生み出せるわけではなくて、奪って付与するわけだからそのへん彼女は理解しているのだろうか?と心配になる。
「いいや、メリットしかありません」
そういって、彼女は再び僕に抱きついてくる。
「それに、僕がくっつくのを拒否したら君は死んじゃうよ」
「出久くんは優しいので絶対にくっついてくれます、わたしには分かります」
そう言って顔を近づける彼女。
彼女の甘い息。
彼女の少し潤んだ瞳。
そのなかに僕がいる。
彼女は僕に口づけをする。
すべてシナリオ通りに事が進む。分かっているなら、拒めばいい。けれど、僕は流れに逆らったりしない。
目を閉じた彼女の表情をしばらく眺めながら僕も目を閉じる。
闇に落ちていく。
ああ、そうそう、これだ。
この浮遊感。安心感。
彼女は危険だ。
気づいた時にはもう遅いのだ。
どうやらとっくにコードは絡まってしまっているらしい。
賭けは私の勝ちだね。
明日、耳朗さんからそう言われるに違いない。