先輩は後輩を見捨てない 作:クローン・イレイザー
美紀の親友であり、元気いっぱいな明るい女の子。
美紀がある時から秦野に関しての愚痴をこぼし始めた時に秦野の事を知り、美紀を悪い男から引き離そうと気合いを入れて接触。
しかし実際に話してみたら意外と気が合う事が分かり仲良くなった。美紀の視線が秦野を追っている事に気付いてからは美紀の本心にも勘づいたが見守っている。
…もっとも、本人も例外ではない。
あれからどれだけ経ったのだろう。携帯で時間を確認する気力も湧かない。
圭と2人で試着室に隠れてから先輩の帰りを待つも、まだ先輩が戻ってくる気配はない。
最悪の状況が先程から頭に思い浮かんでは無理やりそれを振り払う。先輩は普段からだらしないけど、やる時は平気な顔でやる人だ。運動神経だってかなり高いということはよく知っている。
「美紀…先輩、遅いね」
「うん。だけど先輩なら大丈夫。いつもみたいに何食わぬ顔で帰ってくるよ」
停電してからもう既に外も暗くなってきており、もしかしたらこのまま夜を超えなければならない可能性も考えなくちゃいけないかもしれない。
こういう時にするべき事を先輩から聞いた事があったけど、何があったっけ…
「…美紀、何か聞こえない?」
「え…」
圭の言葉を受けて耳をすませば、コツコツと静かに歩いて来る音が確かに聞こえた。
しっかりとした足取りのような音にも聞こえるが、彼らの可能性も捨てきれない。先輩じゃなくて先程の生存者のものかもしれないし、迂闊なことは出来ない。しかもその足音はまっすぐ私たちがいる試着室へと向かってきている。
迫る得体の知れない恐怖に耐えながら近くにあったハンガーを手に取った。いざと言う時はハンガーで殴ってでも怯ませて圭と逃げる。
(先輩……!助けて……!)
脳裏に浮かぶ先輩の姿にギュッと目を閉じてから、覚悟を決めてハンガーを構えると同時に無造作にカーテンが開かれた。
思いっきり振りかざそうとした瞬間、ずっと求めていた姿が私と圭の目の前にあった。
「悪い、遅くなった。2人とも無事だな」
この場に似つかわしくない笑顔で私たちを迎えに来てくれた先輩は返り血なのか制服に血を付けながらも怪我なく戻ってきてくれたのが見ても分かる。その瞬間私と圭は血で制服が汚れる事も構わず飛びつくように先輩へと抱きついた。
「先輩!本当に無事で良かった…!」
「もうどれだけ心配したと思ってるんですか!先輩のバカ!」
「えっそんなに?ちょっ!ごめんごめん!俺が悪かったから泣かないでくれ!」
長く感じられた恐怖感や不安は私も圭も先輩に抱きついた時にはすっかり晴れていた。まだ最悪の状況は始まったばかりだけど、この時ばかりは先輩の体温に安心感を抱いていたのは間違いなかった。
「よし、あんまりここにいてもヤツらが更に寄ってくるだけだしさっさと移動するぞ。後輩らがわんわん泣いてくれよったおかげで集まってくるだろうしな」
「「うっ、すみません…」」
「気にすんな。それより早く合流するぞ」
「合流…?」
首を傾げる圭に先輩はニヤリと笑うと上に向かって指を立てた。
合流と言えばそれは1つしかない。私たちが何とかやり過ごしたあのグループ。
「あぁ。生存者グループとな」
先輩は得意気にそう言った。
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直樹後輩と祠堂後輩を連れて最上階へと向かう。そこが現在の安全地帯であり、目的地でもある。事前に話は通しておいたし問題は無いだろう。
「お、来たな。待ってたよ」
「遅くなってすいません。これで全員ですよ竜巳さん」
最上階に作られたバリケードの前で人当たりの良い顔で待ち構えていた人物は高山竜巳さん。このリバーシティトロンの生存者たちのリーダーだ。彼はこの異常事態にいち早く順応し、生存者たちを集めて協力体勢を築いた動けるタイプの人だった。
後輩たちにはあぁ言ったものの、結局ここを拠点とするならば彼の率いるグループと干渉することは避けられない。ならばさっさと個人で接触し話をつけておく事が必要だった。その話し合いをしていた為に後輩たちを迎えに行くのが遅くなってしまった。
「初めまして。俺の名前は高山竜巳。いつの間にか流れでグループのリーダーをしてる者だよ。皆リーダーって呼んでるし、気軽にリーダーって呼んでくれ」
「わ、私は祠堂圭です。よろしくお願いします、リーダーさん」
「…直樹美紀です。よろしくお願いします」
「よろしくね。2人の話は少しだけ秦野君から聞いてるよ。とにかくこれ以上ここで話すのもなんだし、中に入ってくれ」
竜巳さんの後に続いて俺たちもバリケードの中へと入っていく途中、直樹後輩が俺の隣に来て小声でこの状況の説明を求めてきたので、サラッと内容を教えてやればため息を吐かれた。
「はぁ…そんな大事なことを一人でやらないでください。私や圭にも頼って欲しかったです」
「んー、話しても良かったが…いや、悪かった。今度からは相談してみよう」
「お願いします。私は先輩に頼ってばかりは嫌なので」
「はいはい。そんじゃその時は頼むわ」
膨れっ面な後輩の様子に少し笑ってやれば、顔を少し赤くしながらそっぽを向かれた。まぁそっぽを向いた瞬間を狙ってか祠堂後輩が直樹後輩の頬を突っついていたが。今はキャイキャイと仲良く喧嘩している。
「ふふ、面白い後輩たちだね?秦野君」
「えぇ。楽しませてもらってますよ」
後輩たちの喧嘩を楽しみながら声をかけてきた竜巳さんに返事を返しつつ、今後の事を思考する。
俺にとっての最優先は後輩たちの無事。次点で俺の無事。この2つは必ず優先させる。だから使えるものは全部使わせてもらおう。
(どうせ仮初の秩序なんて長くは続かないのがオチだからな)
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バリケード内で他の生存者たちと会うと、幸いな事に皆俺たちの合流を喜んで受け入れてくれた。最悪の場合は直樹後輩と祠堂後輩の2人が皆と馴染めるように手回しするつもりだったが杞憂だったようだ。
「ほらほら、疲れたでしょ?座って座って」
「よかったなぁ。ほんとによかった」
「今日の探索はここまでにします。皆お疲れ様!」
「あの…何がどうしてこうなったんでしょう」
皆からの労いの言葉を受けながらも直樹後輩が尋ねると、竜巳さんは「うーん…」と頭を抱えると周りに呼びかけてみるものの。
「バチがあたったんだよ。みんないい気になって…地獄があふれたんだよぉ…」
「ばあさん、やめなさい」
こんな感じで誰も状況を把握出来てはいない。無論こんな状況を把握出来る人間なんてそうそういないだろうから仕方ない。
直樹後輩はロザリオを握って震えるお婆さんを一見しつつ、周りを見渡していた。それはまるで俺が普段からやっている観察のようなものだった。あれ、もしかして俺の癖でも移ったかもしれない。
「あー、まぁこんな具合だよ。それと悪いけど2人ともあとで身体検査させてくれるかな。ご存知かと思うけどあれは噛まれると感染するんだ」
「そう、ですね…圭も良いよね?」
「うん」
「ありがとう。後は…秦野君、君にもあとで聞きたいことがある」
「えぇ、そうでしょうね。こちらも時間を頂きたいと思ってました」
竜巳さんに返事を返せば、何故か不安そうにこちらを見つめる2人に大丈夫だと笑ってやればコクリと頷いた。
事実あとから竜巳さんと話すのは今後の事とこの状況の整理だ。別に取って食われる訳では無い。
「よし!じゃあ皆布団を敷いて寝る準備をしよう!明日からは引き続き物資の調達と内装の調整だ。俺たちで住みやすい環境を作ろう!」
「「「おー!」」」
こうして竜巳さんの号令の元テキパキと動き始めた彼らを尻目に俺と竜巳さんは皆とは離れた場所へと腰を移した。
彼の雰囲気は先程とは違い真剣なものになっており、この状況を深刻に受け止めているのだとよくわかる。
「さて。それじゃ俺たちも寝る前に話をしておこう。まずは秦野君。君が知っていることを教えて欲しい」
「そうですね。俺と直樹後輩、祠堂後輩はこの状況が起こるまではのんびりショッピングと洒落込んでいましたが、途中から悲鳴が聞こえてきて外を確認したら人が人を食う状態になっていましたね」
「ふむ。俺も大体同じだね。まぁ俺の場合は館内で既に襲われている人たちを目撃したってところかな。その後は食われた人もヤツらと同じになってしまった」
「確かに竜巳さんが言っていた接触による感染…いわば噛まれたら感染するという映画でもベターなものは確実だと思います。そこに加えて俺は空気感染も視野に入れていました」
「空気感染だって?」
俺の予測に竜巳さんは驚くも、考え込むように顎に手を当てて唸り始めた。
「どうしてそう思ったんだい?」
「理由はいくつか思いつきますが、ひとつは感染力の速さです。後輩たちが避難の為にエレベーターに向かったら、中では既に人喰いが発生していたようです。前提としてもしヤツらが紛れ込んでいたとしてもその異常性に気付かないはずが無い。乗ろうとした時点でもっと騒ぎは大きくなっていたでしょう」
「なるほど…でも、それはエレベーターに乗り込む前に誰かがヤツらに怪我を負わされた可能性もあるんじゃないか?」
「そうですね。その可能性もあるとは考えています。なにせあの時俺たちがいたのは3階。エレベーターは1階から上がってきたので、怪我を負った感染者がエレベーター内部でパンデミックを起こしたのかも知れません。ですが……」
腰を上げて窓の近くに寄り、暗くなった外を眺める。時期的にそこまで暗くなる訳では無いのでぼんやりと外の様子が伺えるが、そこには人の形をした、しかし人ならざる者たちがエサを求めて跋扈していた。
「仮に初めに感染した人が接触感染だったとして、ここまで爆発的な速度で感染するものでしょうか。警察の制圧によって被害は出てもここまで酷くなる事は無いと思っています。竜巳さんはどう思いますか?」
「俺は……うーん、さっぱり分からん」
「……まぁこれはあくまで俺の推測に過ぎません。俺としても見落としがあるとは思いますし、もしかしたら俺たちはとんでもない勘違いをしている可能性もありますからね」
「それはどういう……?」
「さぁ?なにせまだ悪夢は始まったばかりです。今の段階じゃ何を言っても目の前で起きた事象以外はただの推測でしかないってことです。とにかくありとあらゆる感染リスクを考慮しておくことに越したことは無いと考えますが、どうです?」
「それには同意するよ。明日からは除菌水とかも探しておこう」
「それがいいですね。それでは俺たちも寝ましょう。実は寝不足で体が気怠いんですよね」
「ぷ、はは!そうか!じゃあさっさと寝るしかないな」
積もる話を一旦保留とし、皆と合流する。宛てがわれた布団に包まりながら最後の思考に落ちる。
空気感染もあるとしたら、今俺たちが感染していない理由はなんだ?化け物となったヤツらと俺たちになんの違いがあったんだ?
接触感染の方は噛まれれば感染するのは確認した。後は噛まれる以外での怪我で感染するのかどうかも確かめておきたい。
だけども、それでもだ。
(明日もやることいっぱいだな……めんどくさい……)
今だけはどうか愚痴ることを許して欲しい。
・高山竜巳
リバーシティトロンの生存者たちをまとめ上げた人物。原作では美紀と圭を発見している人物であり、この作品ではネームドキャラと化した。明るくみんなを引っ張るリーダーに相応しい人物で、頭の回転も早い。
秦野が美紀や圭と合流する前に接触した際に、秦野の身体能力を目の当たりにし少し顔を引き攣らせていた。秦野と関わることでありとあらゆる感染リスクを考慮するようになり、原作よりも慎重になった。