Fate/Iron-Blooded Orphans《完結》 作:アグニ会幹部
意外と早いようなそうでもないような…。
アサシン――三日月・オーガスは、案外アッサリと逃亡に移った。戦場を士郎がいる本堂から引き離したかったセイバー――アグニカ・カイエルとしては、思惑通りである。
「よっ!」
全身に「ガンダム・バエル」の装甲を纏ったアグニカは、三日月との距離を詰め、斬撃を繰り出す。三日月は飛び上がるコトで二連撃を回避し、そのまま更に本堂から離れ、奥へと移動していく。
「来い」
「上等だ」
それをアグニカは追う。やがて本堂から離れた御堂の外縁に着地した三日月に対して、アグニカは上空から三日月の前へと回り込む。
「!?」
「ふっ!」
突如眼前に現れた(ように三日月には見えた)アグニカが振り下ろした二本の剣を、三日月は巨大なメイスで受け止める。しかし、剣撃の重さにより、三日月はメイスを押し戻され、アグニカの前で腹に隙を見せるコトになった。
そして、当然ながらアグニカはそれを逃さない。アグニカは右足で三日月の腹を蹴り、後方へと跳ね飛ばした。
「ぐ…!」
蹴り飛ばされた三日月は、欄干に背中から叩き付けられた。全身に装甲を纏っている以上、大したダメージにはなっていないが、文字通り一蹴された形だ。
(素の戦闘力は、向こうが上か…)
冷静に、三日月はそう判断した。
例えバルバトスの力を全て引き出しても、目の前の男には届かない。三日月にはそう確信出来てしまったし、そう確信させるほどに、両者の戦闘力には差が有る。
三日月は彼が生きた時代において最強のパイロットと言えるが、アグニカとは生きた時代のハードさが桁違いだ。たかだかモビルアーマーを一機殺した程度の三日月では、数え切れぬほどのモビルアーマーを斬り伏せてきたアグニカには及ばない。
厄祭戦の英雄――アグニカ・カイエルは、それほどまでに絶対的な「力」を有している。
三日月でさえ、厄祭戦時代においては、一般的なガンダムのパイロットと同等以下の実力でしかない。そんな時代に「最強」だったアグニカは、強さの次元が違う。モビルアーマーを超える、本物の化け物だ。
「ここまでだ。俺のマスターがピンチなモノでな――大人しく倒されろ、バルバトス」
右手の剣の切っ先を三日月に向けて、アグニカはそう言い放った。
だが。今回に関して言えば、正面から直接アグニカを倒す必要は無い。
「いや――倒されるのはアンタだよ」
三日月は、そう言い返した。
それを聞いた瞬間、アグニカは怖気立って、反射的に空へと飛び上がる。
直後。
黒い影の触手が、外縁の床下から伸びた。
「コイツは――!?」
アグニカの足下で、柳洞池の水面が膨らみ、開き――無数の「影」が、アグニカに向かって凄まじい速度で伸びて来る。
「クソが…ッ!」
たちまち四方を囲まれたアグニカは、絶望を味わいながらも、二本の黄金の剣で全周囲に斬撃を放ち、まとわり付く影を一度は弾き返す。
しかし、アグニカが神速で放つ連続斬撃を以てしても、影を完全にシャットアウトするコトは出来なかった。
「チ…!!」
アグニカの足に影の触手が巻き付き、滞空するアグニカを引きずり降ろす。外縁の床に叩き付けられたアグニカの全身に、影が次々と巻き付き、霊基を蝕んで行く。
「ッ、がああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
激痛がアグニカを苛む。
サーヴァントには抗いようが無く、宿す呪いによって霊基を汚染し、能力を貶める。それが「影」である。
まさしく天敵。
どんなに戦闘能力が高かろうと、関係無い。
サーヴァントである限り、絶対に影には勝てないのだ。
「貴様…初めから、これが狙いか――!」
アサシンのクラススキル「気配遮断」を用いている三日月は、アグニカよりも影に狙われにくい。アグニカはまんまと誘い込まれてしまった、という訳だ。
伸ばしたテイルブレードを背後で機動させ、三日月はアグニカに言い放った。
「――悪いけど、アンタはここで死ぬ」
影に捕らわれた今、アグニカの戦闘能力は著しく減少している。それこそ、そこらを漂う悪霊と大差が無いほどに。
全身から訴えられ続ける激痛に耐えながら、アグニカは三日月を見据えた。
◇
本堂では、もう一つの戦いが行われていた。
セイバーのマスターである衛宮士郎と、間桐臓硯。そして、そのサーヴァントであるキャスター…オルガ・イツカの戦いだ。
「うおおおおお!!」
本堂の壁にかけてあった木刀に強化魔術を施した士郎は、それでオルガに立ち向かう。
しかし、オルガが振ったパルチザンに呆気なく弾かれ、オルガの蹴りに吹き飛ばされる。
「
臓硯が嘲笑する。対して士郎は左手を握り、刻まれた三画の令呪を掲げた。
令呪が輝き、絶対命令権が公使される。用途は単純明快――サーヴァントの、強制転移。
「セイバーッ!!!」
◇
「うおおおおおおおあああああああッ!!!」
影に捕らわれたアグニカが、叫ぶ。
溜め込まれていた魔力が一気に解放され、その全てが二本の黄金の剣へと集束されていく。
「――ッ!」
三日月は目を見開き、危機感を抱いたままテイルブレードをアグニカの心臓に向けて放つ。
対するアグニカは、影にまとわり付かれながらも、魔力を纏って黄金に輝く左手の剣を掲げ―――
「『
その宝具を、全力で三日月に撃ち込んだ。
魔力を剣に纏わせ、射程と威力を増大させる単純な宝具――しかし、それ故にその力は絶対的に、厄祭戦の英雄を象徴する。
「!!!」
放たれた黄金の光は、伸ばされたテイルブレードは愚か、三日月本体をも飲み込み――剣の先に有った御堂の外縁を、還付無きまでに粉砕した。
「が、ああ…ッ!!」
直撃こそ辛うじて避けた三日月だったが、纏っていた装甲の全てを剥ぎ取られ、ほぼ裸の状態で何十メートルも後ろに有ったハズの壁に叩き付けられた。
戦闘続行は不可能と判断した三日月は、霊体化しての撤退にまで追い込まれてしまった。
アサシンは撃退した。
そして、剣はまだ後一本、残っている。
アグニカは身体の向きを変え、残った右手の剣を逆手に持ち替える。そして、思い切り後方へと身体を逸らし、投擲姿勢を取った。
「うらァッ!!!」
魔力が籠もりまくった残りの一本を、アグニカは全力で
アグニカが狙ったのはただの一ヶ所――士郎がいる本堂に立つ、臓硯とオルガの間の空間。剣は障害物を悉く貫き、その一点に向かう。
「ぬうッ…!」
「うおああああああ!!」
命中。
狙い通り、臓硯とオルガのちょうど間に突き刺さった剣は、爆発を引き起こした。衝撃波と膨大な魔力が本堂の中を荒れ狂い、障子の全てが内側から吹き飛ばされる。
「うわああッ!」
士郎は、近くの柱にしがみついて耐える。
オルガは本堂の外へと放り出され、死体となって庭をしばらく転がった後、生き返って撤退した。
『おのれ、セイバー…! ――だが、まあ良い。目的は達成されたからのう。
臓硯は身体を構成する蟲の大半を死滅させられ、負け惜しみを吐きながら去って行った。
「ッ…セイバー!?」
臓硯とオルガを一掃した一撃の余波に何とか耐えた士郎は、剣が飛んで来た方角に視線を向ける。アグニカの攻撃で障害物が一掃されたので、距離こそあるものの、士郎はアグニカの姿を視認出来た。
全身に影が巻き付いており、魔力を出し切ったコトで呪いに冒されきった、凄惨な姿を。
「――セイ、バー…?」
一目見て、士郎は理解してしまった。
もう手遅れだ、と。セイバーは、もう――
「…すまない、士郎―――」
アグニカがよろめく。
やがて背後に倒れ、アグニカは影のひしめく池へと落ちた。
「セイバー!!!」
上がった水しぶきも、すぐに収まった。
士郎の右手からは、赤い刻印がフッと消滅してしまった。
「―――セイバー…」
令呪の消滅。
それは、サーヴァントを失ったコト。マスターではなくなったコトを意味している。
士郎は呆然とし、床に膝を付いてしまった。
そして――眼前に、黄金の剣が突き刺さっているコトに気が付いた。
◇
「フザケてんじゃないわよ!」
遠坂凛は、憤りのままに拳を床へと叩き付けた。
その背後には、アーチャー…ラスタル・エリオンが、眉を
凛とラスタルがいるのは、間桐邸の地下室。
無数の蟲がひしめき合う――「修練場」だ。
「『修練場』?
これが、こんなモノが…!?」
理解出来ないモノだった。
こんな場所で、身体を蟲に明け渡すコトが、間桐の教えだと言うのか。そんなモノの何が教えだ。何が修練だ。ただの拷問、苦痛でしかない。
なら、あの子は―――?
◇
冬木市郊外、アインツベルン城。
そのバルコニーから、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは街を眺めていた。
「鳶がいるわね」
「――鳶、でございますか?」
「ピーヒョロロー」
イリヤの呟きに、側で控えていたメイドの二人、セラとリーゼリットが反応する。鳶の鳴き声を真似したリズの方は、セラに肘で小突かれているが。
「…セラ、車を用意しておきなさい。
明日からは、私も街に出るわ」
イリヤは右手を前に伸ばし、拳を握る。
そして、こう宣言する。
「誰だか知らないけれど――それは、アインツベルンのモノよ」
◇
血が広がる。
路地裏に連れ込まれた女性が、蟲に食い尽くされ、地面に転がった。
これが間桐臓硯の限界である。
人の血肉により、自身を繋ぎ止める。昔は数年に一度で済んでいたコトを、今は一、二ヶ月に一度行わなければ延命出来なくなった。
吸血鬼まがいのコトをしているせいで、日の下を歩くコトも出来ない。
他人の命を奪い、僅かな時を生き長らえる。
五百年の時を生きる、蟲の化け物。それが、間桐臓硯――マキリ・ゾォルケンと言う男だ。
「――軽蔑してくれて構わぬ」
その醜悪な姿を、キャスターとアサシン。
オルガ・イツカと三日月・オーガスは、冷徹な瞳で眺めていた。
◇
雪が降りしきる中、俺は家へと戻って来た。
既に積もり始めており、足場が悪い。肩からかける、セイバーの剣が重くのしかかる。
「――俺は、マスターじゃなくなったんだな」
俺にこの剣は使えない。分かっている。
それでも、あのまま残しておくコトは出来なかった。…流石に剥き出しで持ち帰るのはまずいので、柳洞寺に有った竹刀袋を拝借したが。
家の門が見える。
…その前に、傘を差した少女が立っている。
「…桜」
ワンピースの上に桃色のダウンジャケットを着た、桜だった。桜は俺を見るなり、目尻に涙を浮かべて、傘を取り落とした。
「――先、輩…どこ、行ってたんですか」
「…ごめん。ごめん」
謝るコトしか出来なかった。
桜の足下に多くの足跡が有るコトから、ずっと待っていてくれたのだろう。桜の体調は良くないのに、こんなに心配させて――先輩失格だ。
「―――ただいま、桜」
「…はい。お帰りなさい、先輩」
桜は笑顔を浮かべて、答えてくれた。
肩にかけた竹刀袋の紐を握り締めながらも、俺は桜に向かって歩き出す。
――なあ、切嗣。
何をすれば、正義の味方になれるんだ?
―interlude―
落ちていく。沈んでいく。
浮遊感を感じつつ、目を開ける。
(――何処だ、ここは)
俺は「影」に捕らわれ、退場した。
マスターだった衛宮士郎との繋がりが切れているコトは、もう察している。ならば、俺は消滅し、聖杯の元へと還ったハズなのだ。
周囲を見渡すと、深海のような深い蒼が広がっている。しかし――眼前には、白い円のような光が有った。
(…聖杯、か?)
見たコトは無かったが、サーヴァントとしての直感で理解した。
アレが自分を喚び出したのだと。自分が魔力へ還り、あの中に貯蔵されると言うコトを。
(万能の願望機――もしそうなら、俺の願いも叶うのか?)
ごく在り来たりの願いだ。珍しくもない。
だが――誰しもが、一度は願うようなコトだ。
「――会いたい」
戦いの中で、死んでいった人達に。
…自分が、その中で見捨てた人達に。
自業自得なのは分かっている。
見捨てたのは俺だ。人類を救う為に、一人でも多くの人を助ける為に犠牲とした。士郎に言った通り、その決断に後悔は無いし、正しいモノだったとも思っている。
――それでも。浅ましく、無駄なコトでも。
俺はもう一度、アイツに―――
『本当に?』
――何?
『本当に、そう思うのか?』
声――誰のだ?
何を、言っているんだ?
『お前は、本当に後悔していないのか?
本当に、間違っていないと言えるのか?』
――後悔はしていない。間違ってもいない。
今更、後悔出来るモノか。今になって「間違っていました」などと言えるモノか。
俺の選択の為に、アイツらは犠牲になった。
後悔してしまえば、その死は無駄になる。間違っていたとしたら、ただの無駄死にだ。
『――それは違うな。
お前は後悔していないんじゃない』
…何だと?
『お前は、
後悔したら折れるから。戦えなくなるから。後悔しているのに、後悔していないコトにしている』
――やめろ。
『自分を慰めているだけだ。後悔しているコトを後悔していないコトにして、間違っているコトを間違っていないコトにして。
仕方が無かったんだと。アイツらを犠牲にした自分は悪くないんだと――』
「やめろ!」
やめろ。そんなハズは無い。
アイツらの死は無駄じゃない。アイツらの死は、そんな風に言われて良いモノじゃない。
『アイツらは、お前が殺した。救えたのに見捨てたんだ。人類の為、より多くの人を救う為だなんて詭弁を吐いて。お前は結局、自分を正当化したいだけだ。
何故お前は「会いたい」と願う? お前は納得して、正しくアイツらを殺したんだろう? だったら語るコトなんて無いハズだ。会ってどうするつもりだ? 赦しでも乞うつもりか? そうやって赦されて、楽になりたいのか?』
…違う。違う、そんなハズは――
『お前も分かっているだろう。
アイツらの死は無駄だった。お前の戦いは無意味だった。それはお前が救ったとかいう、人類自身が証明している。人類が戦い続けているコトこそがその証。お前が救った人類は、他ならぬ人類によって殺されている。三百年経っても、何一つ進化していなかった。
救う価値など無い。存在する意味など無い。この世で最も愚かな生き物だ』
…そんなんじゃない。
俺はそんなモノだと思って、戦った訳じゃ――
『憎め。呪え。怒れ。
世界を憎め。人類に怒れ。運命を呪え。英雄は人類を救った、人類は英雄を救わなかった。人類は人類を救わないし、救えない。どうしようもない愚物、不要なゴミクズだ」
「だから、終わらせてやろう」
―interlude out―
今回で第一章「presage flower」は終了となります。
大体三分の一が終わった感じ。多分。
ちょこちょこ原作と違って来てますが、今後どうなって行くか――今後もご覧頂ければ嬉しいです。
次章「lost butterfly」
次回「イノセント・マーダー」