Fate/Iron-Blooded Orphans《完結》   作:アグニ会幹部

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今回は最初のシーンで、視点がコロコロ変わっています。
一貫してないのは大変申し訳無いんですけど、何とかして頂きたく…(丸投げ)
桜視点でお送りする予定だったんですが、士郎の心中での独白は絶対に入れねばならないと思ったのでこんな感じに。


#14 レイン

 暗い空。降りしきる雨。

 吐く息は白く、凍える身体を抱える。

 

「――もう、本当に帰る場所…全部、無くなっちゃったな」

 

 間桐桜には、もう行く場所など無かった。

 家には怖いコトしか無い。大好きな先輩は、自分が傷付けてしまった。どんな顔をして会えば良いのか分からないし、そもそも会わせる顔なんて無い。

 

「桜」

 

 

 それなのに、何故――この人は、来てくれるんだろうか。

 

 

「―――先、輩」

 

 桜の下に、士郎がやってきた。

 突っ立った桜に歩み寄りながら、士郎は何もなかったかのように、こう言った。

 

「帰ろう、桜。風邪、治りきってないだろ?」

 

 嗚呼。この人は、何て優しいんだろう。

 甘えてしまいそうになった自分を抑えて、桜は――

 

「…帰れません。今更、どこへ帰れるって言うんですか」

 

 ――ハッキリと、士郎を拒絶した。

 

「さっきの薬――毒でも何でもない、ただ感覚を敏感にするだけの薬です。私はそれだけで自分が分からなくなって、先輩を傷付けました」

「傷付いてない。あんなの、俺は平気だ」

 

 しかし、士郎は歩みを止めない。

 一歩一歩、着実に桜に近付いて行く。

 

「ッ…私は間桐の魔術師で、それをずっと隠してました!」

 

 桜は訴える。自分がどれだけ汚くて、狡い人間なのかを。

 そうやって、士郎を引き離す為に。

 

「俺も、マスターになったコトを桜に言ってなかった」

 

 しかし、士郎は進み続ける。

 

「私が先輩の所に行ってたのも、お爺さまに逆らうのが怖くてです! 先輩を手伝うって言って、ずっと騙して来ました!」

 

 桜は叫ぶ。己が悪事を。

 自分に言い聞かせるように。

 

 私には、先輩の下にいる資格なんて無い。だから、先輩を帰らせなきゃいけない。

 

 まるで悲鳴みたいな声だな、と桜はヒトゴトのように思う。きっと今、私は酷い顔をしているんだろう――けど、構わない。

 それで、先輩が止まってくれるなら。

 先輩がこのまま帰ってくれるなら、どんなに嫌われても良い。…良いんだ。

 

 それでも、士郎は足は止めない。

 桜が苦しんでいて、桜を助けたいから。

 

「いつも思ってました。

 ――私は先輩の側にいていい人間じゃない。だからこんなのは今日限りにして、明日からは知らない人のフリをしようって。

 廊下で出会ってもすれ違うだけで、放課後も見知らぬ人みたいに知らんぷりして、ちゃんと一人で家に帰って…今までのコトは忘れようって」

 

 桜の頬に、一筋の涙が伝った。

 紫色の瞳が揺れ、感情と共に吐き出される。

 

「でも、出来なかった!

 死のう、って手首にナイフを当てた時よりも怖くて…先輩が遠くなってしまうのが怖くて、周りはみんな怖いコトだらけで…!

 もう一歩も動けなくなって――どうして良いか分からなかった!!」

 

 泣きながら、絶叫する桜。

 その姿を見て、本当に――士郎の心は、完全に決まった。

 

 俺が守りたいもの。

 俺にとって、大切なもの。

 それをこれ以上、泣かせたくないのなら。

 誰も桜を責めず、桜が自分で自分を責め続けるしかないのなら。

 

 俺が手を引いて、ちゃんと日の当たる場所に連れて行って――

 

 

「――俺が桜の代わりに、桜を赦し続ける」

 

 

 潤む目を見開いた桜に、士郎は笑いかけた。

 

「もう泣くな。桜が悪い奴だってコトは、もう分かったから」

 

 ――ダメだ。この人は、私を捨ててくれない。

 誰よりも優しくて、純粋な人だから。――だからこそ、私みたいに汚れた女が、側にいちゃいけないんだ。

 

「私はいつ、さっきみたいに取り乱すか分かりません。今度はきっと、取り返しの付かないコトをします。そんな私が、どこに帰れって言うんですか!」

 

 突き放すように言う桜へ――士郎は、いつか渡した鍵を見せ付けた。

 

「―――!」

「ここが、桜の家だ」

 

 赦してくれる。この人なら。

 このままじゃ、また甘えてしまう。

 

 そんなの、ダメだ。絶対に離れないと。

 どんなに嫌われて、軽蔑されても。絶対に。

 

 

「先輩――私、処女じゃないんですよ?」

 

 

 何としてでも、先輩を拒絶しなきゃ。

 私はきっと、また流されてしまう。

 

「初体験なんて、とっくに終わってるんです。それからもずっと、よく分からないモノに身体を触られて来ました。

 そんな私が、先輩の所にいる資格なんて――」

 

 桜が、その先の言葉を口にするコトは無かった。

 言葉の途中で、迷い無く士郎が駆け出し――

 

 

 ―――桜を、抱き留めたからだ。

 

 

「俺が守る。この先、何が有っても。桜自身が桜を赦せなくても。

 ――俺が、桜を守るよ」

 

 涙が溢れ出す。身体が熱い。

 ダメだって、分かってるのに――

 

 

「――俺は、桜だけの正義の味方になる」

 

 

 ――どうしてこの人は、こんなに。

 私なんかの為に、ここまで言ってくれるんだろう。

 

「ダメ、です先輩…それじゃきっと、先輩を傷付ける――傷付ける、のに…」

 

 傷付ける前に、離れなきゃならない。

 そう思ってるのに、身体は言うコトを聞いてくれない。さっきまで寒かったのに、今はこんなにも暖かい。

 

「――帰ろう、桜」

 

 鍵と共に、手が握られる。

 すごく大きな手。無骨だけど逞しくて、何よりも暖かかった。

 

 

   ◇

 

 

「――良かったのか、マスター。みすみす見逃しても。彼女は…」

「言うまでもないわよ、バーサーカー。――私はシロウの味方で、お姉ちゃんだもの」

 

 手を繋いで帰路についた二人の背中を、イリヤとバーサーカー…マクギリス・ファリドは見送った。

 覗き見なんて悪趣味なコトは、淑女(レディ)のするコトではないと思ったが――イリヤはどうしても、士郎が上手くやるか心配になったのだ。結果として、全く心配無かったのであるが。

 

「――バーサーカー、帰りましょ。今日はもう、ランサーのマスターもゾォルケンも動かないだろうし」

 

 雪の少女は軽快に回り、士郎に背を向けた。そのままステップを踏み、迎えの車に向かって歩き出す。その足取りは、とても軽い。

 

「―――」

 

 誰もいなくなった公園を一瞥して、マクギリスはイリヤを追って歩き出し、霊体化した。

 

 

   ◇

 

 

 公園を出て、坂道を下りて行く。

 士郎と桜は決して、手を放そうとはしない。

 

 そんな二人の前に、遠坂凛が立ち塞がった。

 

「――桜」

 

 凛は桜を見据える。

 なお、凛の背後に立っているアーチャー…ラスタル・エリオンには、何かをする気は無いようだ。ただ無言で腕を組み、士郎と桜を見据えるだけである。

 

「…姉さ――遠坂、先輩」

 

 一瞬口を滑らせた桜だったが、すぐに言い直してしまう。そして、士郎の手を引き、桜は前へと歩き出す。

 

 凛は動かない。

 士郎と桜は、凛の横を通り過ぎ――そのまま、去って行った。

 

「――アレが、あの二人の選択か」

 

 ラスタルの呟きを受けて、凛は息を吐いた。

 

「…立場、無いわね」

「いや――お前は、お前の義務と責任を果たそうとしただけだ。何も恥じるコトではない」

 

 合理で動くラスタルとしては、士郎と桜の選択は肯定し難いモノだ。

 ――一方で、否定もしないのだが。

 

「この選択に於いて、正誤は問題ではなく、善悪も存在しない。唯一有るのは、悔いるか悔いぬかと言う事後評価のみ」

 

 士郎が、桜に救いを差し伸べたコト。

 桜が、差し出された手を取ったコト。

 凛が、むざむざ二人を見逃したコト。

 

「正しかったか、誤りであったか。

 全ては、終わってからしか判断出来ない」

 

 凛と桜。

 姉と妹は、すれ違ったままだ。

 

 

   ◇

 

 

「疲れたろ? ゆっくり休め」

 

 衛宮邸に戻って来て、桜を部屋まで送り届ける。桜は風邪を引いていたのだから、早くゆっくり休んでもらわないと。

 

「はい――あの…いえ」

 

 ドアを閉めようとしたのだが、桜が俯いて、何かを言おうとした。しばし怪訝な表情で見つめてしまったが、察するコトは出来た。

 

「…魔力が足りないのか。

 俺でも何か、力になれれば良いんだけど」

「は、はい。その、私…私を―――」

 

 桜はそこで、言葉を飲み込んだようだった。

 

「い、いえ! 血を、少し分けて頂ければ大丈夫です」

 

 …一体、何を言おうとしたのだろうか。

 とにかく、血をあげれば良いらしい。俺は人差し指を軽く噛み切って、血が滲み出たコトを確認して、桜に差し出す。

 

 眼前に差し出された指を、桜は咥える。

 滴る血を労るように舌で舐めとり、傷口に吸い付いて来る。

 

「………」

 

 ――落ち着け。これは一種の治療だ。

 心を平静に保て、俺。断じて不純な行為ではない。桜の為に必要なコトなんだ。

 

 それからしばらく(実際は数秒だったのかもしれないが、俺には長く思えた)経ち、桜は俺の指から口を放す。

 唇に零れた唾液を、桜は舌で舐めとる。イヤに艶めかしく見えた。

 

「え、えっと…良いのか?」

 

 顔を僅かに火照らせた桜は、無言で頷いた。妙にいたたまれなくなって、俺は「おやすみ」と一言言い残し、ドアを閉めてしまった。

 それからそそくさと、自分の部屋へと戻る。

 

「士郎、だったかしら」

 

 廊下を歩いていると、背中から声をかけられた。名を呼ばれて振り向くと、そこには。

 

「――ライダー?」

 

 桜のサーヴァントである、ライダーが立っていた。

 

「一つ、お前に聞きたいコトが有るわ」

「…何だ?」

 

 攻撃して来る気配は無いが、ライダーの瞳は真剣だ。赤い眼は真っ直ぐに、俺の目を射抜いて来る。

 

「桜にとっての幸福は、お前が側にいると言うコトよ。彼女にはそれ以上の、望むべき幸せなど無い。

 ――私は、桜を死なせたくない。私は、桜の笑顔を守ると誓った」

 

 それは、俺だって全く同じだ。

 俺は桜を守りたくて、桜の手を取った。――桜に残された時間は短いと、知っていながら。

 

 

「衛宮士郎。お前は本当に、桜の味方か?

 例え、これから先に――()()()()()()()()()

 

 

 

   ◇

 

 

 翌日の朝。

 士郎と桜は、いつも通りに朝食を取る。

 

 ただ、一つ違うのは――二人の前に、机を挟んでライダーが座っているコトだ。

 

「――私は、食事を必要としないのだけれど…」

「そう言うな。人数が多い方が楽しいだろ?」

「そうよライダー。遠慮なんて、しなくて良いんだからね?」

 

 士郎と桜に言われて、ライダーは箸を取り、厚焼き玉子を口に運ぶ。二人が思わず目を見張るほど、完璧な箸使いだ。

 

「――今後の方針だけど。

 俺は桜を勝たせて、聖杯を使ってもらう」

 

 かける願いはただ一つ。

 桜の体内から、刻印蟲を完全に除去するコトである。

 

「けど、桜は家から出ない方が良いと思う。臓硯と直接会うのは危険だからな」

 

 桜に刻印蟲を埋め込んだのは、間桐臓硯だ。

 直接会ってしまえば、何をされるか分からないし、どう唆して来るか知れたモノではない。

 

「それは私も同意見だわ。けど――お前はどうやって、あの老人を倒すのかしら?」

 

 臓硯はキャスターとアサシン、二騎ものサーヴァントを従えている。ライダーだけでは、この二人を相手にするコトは出来ない。

 

「他のマスターと、協力すべきだと思う」

 

 だが、凛とアーチャーの陣営には期待出来ない。昨夜あのように分かれた以上、士郎と凛の協力関係は瓦解したと等しい。

 となると、残る陣営は限られて来る。

 

「イリヤの――バーサーカー…?」

 

 後はランサーとバーサーカーのみ。

 ランサー陣営は、マスターが未だ不明の為、交渉のしようが無い。なれば、残るのはバーサーカー…イリヤだけだ。

 信頼に足るし、可能性は充分有る。

 

 これしか無い。

 士郎は、そう直感した。

 

 

「――大丈夫でしょうか」

 

 朝食を食べ終わり、士郎と桜は玄関にいた。

 士郎はこれから、イリヤと交渉する為、郊外のアインツベルン城へ向かう。以前イリヤから話を聞いていた為、場所も分かる。

 不安げな桜に向けて、士郎は笑顔を見せる。

 

「ああ、多分。それじゃあ、桜は家から出ないようにな」

 

 そう言い残し、士郎は玄関から出て行った。

 残された桜の側に、ライダーが立つ。

 

「――後悔しているの?」

「…後悔なんて、今更出来ないでしょ。

 ライダー、貴女は先輩と一緒に行って。もし危なくなったら、先輩を連れて帰って来て」

 

 ライダーは頷きつつ、桜に忠告する。

 

「桜。私はあの老人より、教会の神父をこそ警戒すべきだと思うのだが――」

「――ええ。私も、本当はそう思うわ」

 

 それを受け止めつつ――

 

「でも、大丈夫よ」

 

 ――桜は、顔を歪めて。

 

 

「だってあの人――()()()()()()()()()

 

 

 さも当然のように、そう口にした。

 対するライダーは何も言わず、霊体化して桜の前から消え去った。

 

「――はぁ…」

 

 一人になった桜は、壁に手をつき、床へと倒れ込んだ。

 

 身体が熱い。

 熱を帯びた身体は、ただひたすらに、快楽を求めている。抑えは効かない。

 桜はただ、それを自分で慰めるコトしか出来なかった。

 

 

   ◇

 

 

 夕日の入る洗面所で、手を濡らしていたモノを洗い流しながら、桜は思う。

 自分の手を取ってくれた、あの人のコトを。

 

 あの人はまた、危険な場所へ行って。

 私はまた、それを見送って。ただ、あの人の待っているコトしか出来ない。

 きっとこれからも、あの人は危険な目に遭って、傷付いてしまう。

 

 

「――そうだ。外に出さなければ良いんだ」

 

 

 ふと。

 名案を思い付いて、彼女は嗤った。

 

「外に出られないくらいの大きな怪我をしちゃえば、危険な目に遭うコトも無いよね」

 

 それだ。何て良いんだろう。

 初めからそうしてしまえば良かっ――

 

「――あれ? 私、何を考えて…」

 

 貼り付けたような、不気味な笑みを浮かべたまま、桜は自分の部屋に戻って行く。

 

 

 夕日の中に、影を残して。




終わり方ァ! 不穏ッ!!
…どうしてもここで切るしかなかったんです、許して下さい何でもしませんから。
この後は壮大な戦闘シーンなので、その回のド初っ端に自慰の後始末シーン入れるよりは…ねぇ?




次回「パワー・ゲーム」

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