Fate/Iron-Blooded Orphans《完結》   作:アグニ会幹部

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遂に第三章主題歌「春はゆく」のMV(short ver.)が公開されまして、歌詞が「I beg you」以上に桜過ぎて泣きました。
「花の唄」の時も「I beg you」の時も「これを超える桜の歌は無いだろ」と思ったのに、二連続で天高く飛び越えて来ましたね…ホント梶浦さん&Aimerさん恐ろしい。

いつの間にか折り返してます(一章が十話だったので全三十話予定)
しばらく戦闘無いかと思いますが、私的「ここすき」ポイントが続きますね。すき。


#17 クラック

 アインツベルン城での戦いが終わり、士郎は凛とイリヤを連れて、桜の待つ衛宮邸へと戻って来た。

 

 今回の会戦で、戦況は大きく変わった。

 ランサー、アーチャー、ライダー、バーサーカー。四騎ものサーヴァントが、影に呑み込まれて消滅させられたのである。

 

 そして――セイバーは黒化し、敵となった。

 

「…遠坂。セイバーに、何が起きたんだ?」

 

 土蔵で、士郎は凛に聞く。

 凛は神妙な面持ちで、それに答えた。

 

「多分、影に触れたコトで反転したのよ」

「反転?」

「そ。アレは間違い無く悪性に属するモノだから、その影響を受けて性質が変化したんでしょうね」

 

 見た目が変わったのもそのせいよ、と凛は言う。

 とはいえ、反転(オルタ)になってどれだけ歪もうと、本質的に変わるわけではない。特に今回のセイバーは、反転前のコトもキッチリ覚えていると考えて良いだろう。

 

「――ところで遠坂。俺をここに連れ込んだのは、どうしてだ?」

「私達は、サーヴァントを無くしたわ。私のアーチャー、イリヤのバーサーカー…桜のライダーもね。衛宮くんのセイバーに至っては、敵になった。

 でも、私達は間桐臓硯と戦って、勝たなきゃいけない。キャスターとアサシン、二騎のサーヴァントを従えてる臓硯とね」

 

 言うまでもなく、サーヴァントの力は人間を遥かに上回る。今臓硯と戦えば、全員まとめて一蹴されるのがオチだろう。

 

「だから、戦力は少しでも多い方が良い。貴方みたいなへっぽこ魔術師でも、鍛えれば少しはマシになるでしょ」

「…つまり、俺に魔術を教えてくれる、ってコトか」

 

 凛は頷いた。それは、士郎にとってもありがたい。

 

「早速始めましょ。とりあえず、使える魔術を一つ使ってみて」

「分かった」

 

 士郎は木刀を手に取り、深呼吸をして集中力を高める。

 

解析(トレース)開始(オン)

 

 神経に楔を打ち込まれるかのような感覚。魔力を通し、魔術回路を創造する。

 

 基本骨子、想定。

 構成材質、解明――補強。

 

「…よし。今回は上手く行った」

 

 士郎の強化魔術の成功率は、かなり低い。

 ランサーと戦う時や臓硯との戦闘、ライダーとの戦いで立て続けに成功したので、コツが分かって来たのかも知れない。

 

「――貴女、バカじゃないの?」

 

 しかし、凛は一言でそう切り捨てた。その声音には、若干の怒りすら宿っている。

 

「な、何がだよ遠坂」

「何がって、何もかもよ! 貴方、まさかずっとそんなコトやってたの!?」

「あ、ああ…ここ五年くらいは」

 

 士郎の答えを聞いて、凛は大きな大きな、それはもう大きな溜め息を吐いた。そして、説教するかのような声で言う。

 

「良い!? 魔術回路ってのは、一回開いちゃえばずっと使えるのよ! なのに何で、毎回新しく作ろうとしてるワケ!? 背骨を毎回入れ替えてるようなモンじゃない!」

 

 極めつけに、もう一度溜め息を吐く。流石に士郎もムッとしたが、凛は有無を言わさず命令する。

 

「予定変更! まずは貴方の魔術回路を開かせるわよ! ホラ、さっさと服を脱ぎなさい!」

「なんでさ!?」

 

 身体を庇うように両腕を胸の前で交差させた士郎に、凛は青筋を浮かべて続ける。

 

「直接肌に触れた方が効率が良いのよ! 脱がないってんなら脱がせるわよ!」

「ぎゃーっ!」

「変な声出すな!」

 

 それから、士郎の背中に凛は右手を当て、調整を始めた。

 

「――ありがとう、遠坂」

「…な、何よ急に。協力関係を結んだんだし、当然でしょ?」

「―――」

 

 土蔵の中の声を聞きながら、桜は土蔵に近づいていく。自分が行って出来るコトなんて無いと分かっているが、士郎が凛と二人きりになっているコトが気にかかったのだ。

 

「…それ、少し違う。貴方がどうかは知らないけど、私は貴方のコト、随分前から知ってたんだから」

「――え?」

 

 扉の前で、桜は立ち止まった。

 ――今の凛の言葉に、既視感を覚えたからだ。

 

「四年前くらいかな。貴方、校庭で走り高跳びやってたコトが有るでしょ」

 

 ――それは。

 

「出来るハズも無いのに延々と跳んでたバカを、やっぱりバカみたいに眺めてた。私、自分には出来ないって判断すると、すっぱり手を引くタチなの。根本的に冷たいのよ」

 

 私の、私だけの――

 

「でもまあ、魔術師ですし? 私の人生、そんなモンかなーって諦めかけてた所に、全く正反対のバカを見せつけられてさ。結構ショックだったのよね」

 

 やめて。

 それは私だけの、先輩との思い出なの。

 何の取り柄も無い私が、唯一姉さんに勝ててる、大切な思い出なのに――

 

「――取らないで」

 

 自分の身体を抱いて、桜はうずくまった。

 土蔵の中には聞こえていないだろう、本当に小さな声で、桜は乞う。

 

「その思い出まで、取らないで―――」

 

 

   ◇

 

 

 ひとまず遠坂との鍛錬が終わり、部屋に戻って来た。

 魔術回路のスイッチは出来たし、これからは使えそうな魔術は教えてもらわないといけない。黒化前のセイバーが残していった剣の使い道も、イリヤも交えて考えなければ。

 

「――先輩、いますか?」

「…桜?」

 

 部屋の隅に置かれた剣を睨みながらで考えていると、部屋の襖の向こうから、声をかけられた。桜だ。

 

「どうし――ああ、魔力が足りないのか?

 入って待っててくれ」

 

 そう言ってから、俺は襖の反対側にある窓の方を向き、その下に置かれた机の引き出しを開ける。

 以前は指を噛み切ったが、アレはどうにもいかがわしいコトをしてる気分になるので良くない。どうせなら一瞬で終わらせたい。

 

「えっと…カッター、どこやったっけ?」

 

 引き出しを漁るが、見当たらない。どこかに移動させただろうか。それとも、以前使ってから戻していなかったか――

 

「――先輩」

 

 その時――桜に、背中から抱きしめられた。

 

「…さ、桜?」

 

 振り向こうにも振り向けない。

 背中に当たる…当てられているのかも感触に動揺し、固まってしまった。

 

「先輩はどうして、こんな私を庇ってくれるんですか?」

 

 どうして――そんなの、決まってる。

 

「俺が、桜にいてほしかったんだ。俺には桜が必要で、離れるなんて考えられなかった」

「…それは、家族としてですか?

 それとも――一人の女の子として、ですか?」

 

 …分かってた。聖杯戦争が始まる前、ずっと前から意識してたのに、気づかないフリをしてただけだ。

 でも、それももう出来ない。出来なくなってしまったし、してはいけないだろう。

 

 

「ああ――俺は、桜が好きだ」

 

 

 桜が数日で死ぬ、と言われた時。

 どうするのか、と言峰に問われた時。

 

 そうなった時――どうやっても、自分を誤魔化せなくなった時にようやく、俺はその気持ちに向き合えた。

 

「――なら、抱いてください」

「さく――ら!?」

 

 驚いて、思わず振り向いてしまった俺は――今度こそ、本当に呆然と固まってしまった。

 

 桜はワンピースを脱いでいて。

 下着姿になって、綺麗な肌を晒していた。

 

「先輩――私、先輩のお部屋に来ただけで、こうなんです。あの時、姉さんが先輩を連れて行ってしまっただけで。私だけの思い出が、私だけのモノじゃなくなって、本当に怖くなって…」

 

 土蔵での会話を聞かれてたのか、などと考える余裕は無かった。好きな女の子の下着姿を目の前にして、俺の思考は完全に停止していた。

 

「おかしいですよね――こんな、汚らわしく…」

「――違う」

 

 思わず、口が動いた。

 それだけは絶対に違う。否定しなければならないと、ほぼ反射的に言った。

 

「汚らわしくなんかない。桜は綺麗だ」

 

 右手を、桜の頬へと伸ばす。

 桜は微笑んで、頬を染めながら呼んでくる。

 

「せん、ぱい――」

 

 我慢なんか、出来るハズも無かった。

 顔を寄せ、桜の柔らかい唇を、自らの唇で塞ぐ。一度は離れたが、より深く求めて、もう一度口付けした。

 その甘美で、艶やかな時間。

 

 

 窓から差し込む月光に照らされた桜の影が、ノイズで歪んだ。

 

 

「――桜…」

 

 俺はそれを振り払うように、より強く桜の身体を抱きしめる。そしてそのまま、桜を布団へと押し倒した――

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 空が朝焼けに染まり、世界に光が差し込み始めた頃。

 

「祝福しよう」

 

 礼拝堂の扉を開き、朝日に照らされたマリア像を見上げて、教会の主――言峰綺礼はそう言った。仏頂面をたたえるその口元は、僅かに吊り上げられている。

 

「――祝福? 何をだ、言峰」

 

 言峰の背中に、玉音がかけられる。

 礼拝堂の長椅子にふんぞり返った金髪の青年――「英雄王」ギルガメッシュは、苛立ちか不機嫌さかを滲ませて、神父に問う。

 

「生まれつつある、もう一つの聖杯。

 それは『この世全ての悪』という、人々に生み出されながらも、人々に望まれなかった何者かを孕んでいる」

 

 ギルガメッシュに背を向けたまま、言峰は淡々と述べる。

 

 彼は求道者にして破綻者だ。

 彼がいつから破綻しているかと問えば、それはもう生まれた瞬間から壊れていたとしか答えようが無い。

 彼は常なる者が幸福と感じるコトを、幸福と感じるコトが出来なかった。彼が幸福とするのは人の悲痛であり、人の辛苦である。

 外道と言うのは簡単だが、そのように生まれたモノなのだから、彼自身にもどうするコトは出来ない。ただ、そういうモノだと言うだけでしかない。

 

 だが、それ故に――彼は、生まれ落ちるモノ。

 誕生するモノを祝福する。

 

 それが善であるか悪であるか。それは、生まれ落ちてからしか問うコトが出来ない。

 誕生せしめるモノが、悪であると目に見えて分かっていたとしても――未だ生まれ出でぬモノに、罪科を問うコトは不可能なのである。

 

「善悪の所在――答えを出すのではなく、答えを生み落とせるモノが誕生するとしたら、どうなる?」

 

 対する古代バビロニアの王は、蛇のような赤眼を以て、言峰を傍目にする。

 英雄王たる彼にとって、全ては自らが裁定するコトであり、されるべきコトである。今現在誕生しているかいないかなど、未来を見通す眼を持つ王にとっては、取るに足らない些事だ。

 彼はただ、己がマスターの行く末と、この聖杯戦争の顛末を見届け、裁定するのみ。

 

「答えは近い。仮にこの問いが神を冒涜すると言うのなら―――」

 

 言峰はマリア像に背を向け、ギルガメッシュを見据えて、宣言した。

 

 その行いが悪であろうとも。

 彼は、その信念を曲げるコトを決してしない。絶対にだ。

 

 

「神前に於いて、全霊を賭け――我が主さえ問い殺そう」

 

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 翌日、昼。

 台所は、来訪者によって占拠されていた。

 

「世話になるんだから、昼食くらいは作らせてもらうわ」

 

 怪しげで赤い、具体的には中華系の調味料をドサッと持ち込んで、遠坂凛はそう宣言した。

 いや、昼食を作ってくれるのは別にいいし、中華に不満は無いが――この前ヤバい中華飯店に行って、ヤバい料理をヤバい勢いで食しているヤバい神父と遭遇したばっかりなコトも有って、ちょっと気が気でない。

 

 普段朝食の台所支配権を争っている桜に視線を向けると、ちょうど目が合った。

 

「「………」」

 

 互いに昨日のコトを思い出し、気まずくなって二人揃って目を逸らす。うう、目の前に座っているイリヤの視線が心なしか痛い。

 沈黙に耐えられなくなったらしい桜が立ち上がり、拳を握って言う。

 

「――わ、私…遠坂先輩のお手伝いして来ますね!」

「あ、桜。ちょっと待ってくれ」

「はい?」

 

 せっかくだ。桜を援護するついでに、遠坂に一泡吹かせてやろう。

 

「うーん…」

 

 顎に右手を当てて、食材を見つめながら思案する遠坂。何を作るか考えているようだ。

 そんな遠坂の横に進み出て、桜はチラリと横目で遠坂を観察。そして、意を決したように声を発する。

 

「ね、姉さん! このお野菜、洗っておきますね!」

「ええ、お願いする―――わ?」

 

 遠坂、停止。

 それから間を置いて、遠坂は桜の方を向く。顔が真っ赤で、口も開いている。普段の優等生ぶり、学園のマドンナがウソのような顔だ。

 

「…やっぱり、おかしいですか? 姉さん」

「お…お、おかしくは――ない、んじゃないかしら…桜」

 

 言葉を絞り出しながら、頬を抓る遠坂。どうにも緩んで仕方が無いらしい。

 

「はは」

 

 並んで料理を始めた二人を見て、俺も思わず破顔する。

 まだまだぎこちないが、本当の姉妹なんだ。すぐに慣れるだろう。

 

 ちなみに、二人が緊張しまくって失敗を繰り返した料理は、それはもうチグハグでメチャクチャなモンだった。米は炊き忘れるし、調味料の量も完全に間違えてるし、盛り付けもかなりグチャっとしていた。

 しかし、二人とも幸せそうだったので、全て良しとしよう。

 

「全く、不器用ね二人とも」

 

 明らかに唐辛子を入れすぎている辣子鶏(ラーズーチー)を食べて舌を出しながら、イリヤはそう言う。俺はその言葉に頷きつつ、料理は全てありがたく頂いた。

 

 

 昼食が終わった。

 遠坂とイリヤは「話が有る」とのコトで居間を去り、俺と桜が後片付けを請け負った。

 

「先輩、その…ありがとう、ございました」

「え?」

 

 桜の唐突な感謝に、間抜けな声が出た。…礼を言われるようなコトは、やってなかったと思うんだが。

 

「姉さんって呼べて、本当に嬉しかったです」

「これまで、呼んだコトは無かったのか?」

「はい。私も姉さんも、事実として姉妹だって知っていただけで、交流はほとんど有りませんでしたから」

 

 家の取り決めとかも有るのだろう。

 両親が早い内に死んでしまったらしい遠坂はともかく、特に桜は厳しいと想像出来る。

 

「それに、私の魔術を知られたら、きっと嫌われる」

「…? 嫌われる、ってどうして」

「間桐の魔術は、初めから『他人から奪う』コトに限定した魔術なんです。ただ奪うだけで、他人に還元する教えが無い」

 

 …安易に頷けないコトだ。

 どんな教えを受けて来たかも知らない。

 

「――桜は、間桐の魔術が嫌いなのか?」

「確かに、教えは厳しかったですけど――厳しさで言えば、先輩には敵いません」

 

 ――俺の鍛錬の方が厳しい、ってコトか?

 あんな基本から間違っていた鍛錬が?

 

「…先輩が夜にどんな修練をしているか、見ちゃったコトが有るんです。先輩の鍛錬は、危険なモノでした。まるで自分で、自分の喉を貫いているようでした」

 

 …それは、まあ。

 遠坂にも「フザケてんのアンタ」みたいに言われたからなあ。

 

「何度も止めなくちゃ、って思ってました。でも先輩は、それを誰に強制されるのでもなく、一人きりで頑なに守って来た。

 ――きっと私たちの中で、先輩が一番強い。魔術師としての強さとかじゃなくて、心の在り方が純粋だからです」

 

 すると、桜は少し、哀しげに微笑んだ。

 

 

「出会った時から、分かってたんですよ?

 この人はきっと――何も裏切らない人なんだなって」

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

「うあああああああああ!!!」

 

 本を掴み、投げ飛ばす。椅子が倒れ、掛けられた絵が床に叩き付けられる。

 

「お前が! 取ったんだぞ!! 衛宮あああああああああああああああ!!!」

 

 間桐邸に有る、桜の部屋。

 そこで間桐慎二は、荒れに荒れていた。

 

 マスターではなくなった。全て否定された。

 従順だった妹にも逆らわれ、ちっとも帰って来やがらない。あらゆるコトが、彼の神経を逆撫でていた。

 

「ッ―――」

 

 慎二はズボンのポケットから、一つの小さな瓶を取り出す。手のひらに収まるサイズの瓶には、魔術回路を持つ人間に反応して光る液体が入っている。

 魔術の素養が有れば、それは輝く。

 だが、魔術回路の無い慎二が持った所で、寸分たりとも光りはしない。

 

「何で、何も――起きないんだよ!!!」

 

 こんな、こんな無様が。惨めなコトが有ってたまるものか。

 間桐慎二は全てを手に入れて来た。

 学業は常にトップの成績を収めている。学校では間違い無く一番モテているし、弓道部の副部長になったのは、弓の腕が非常に優れているからだ。

 

 それでも、魔術回路が――魔術の才能が無いと言うだけで、間桐臓硯は間桐慎二を認めなかった。それは父親である間桐鶴野も同じだった。

 昔は当然のように、自分が間桐の後継者なのだと思っていた。後からやってきた反抗しない愚図な妹に対しても、常に優越感を持って接していたし、自分の方が優れていると思い込んでいた。臓硯も鶴野も、慎二にそう言っていた。

 

 しかしある時、地下の修練場を見た。

 

 自分の知らないコトを、桜は知っていた。

 自分の持たないモノを、桜は持っていた。

 

 それからは、臓硯も鶴野も、慎二を気に留めなくなった。ぞんざいな扱いになった。

 所詮は落ちこぼれ。当然、魔術を使えない魔術師の跡取りなど不要だ。

 

 優れていたのは桜であって、慎二ではない。

 

 桜が聖杯戦争で戦えないと言って、マスター権を得られた時は気分が良かった。やはり間桐の後継者に相応しいのは自分だと、自分の優秀さを臓硯に見せつけられると息巻いた。

 

 だが、それがこのザマだ。

 

 見下していた衛宮士郎は魔術師で、認めていた数少ない人間の遠坂凛には見向きもされず、人形のような妹は逆らった挙げ句、帰って来なくなった。

 

「ハ――ハハハハ、ハハハハハハハハハハハ」

 

 渇いた笑いが、慎二の口から零れた。

 間桐桜は、まだ帰って来ない。

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 夜。

 ニュースでは、新都での殺人事件が報道されていた。

 

「ホラここ、雑草が黒く変色してる」

 

 事件が有ったのは中央公園。

 現場の様子が映されたテレビ画面を指差しながら、凛は士郎に言う。

 

「…臓硯がやらせたのか?」

「どうかしら――あの臓硯が、こんな証拠を残すとは思えないけど…」

 

 ――というコトは、あの「影」の仕業か。

 やはり臓硯も、影を御しきれている訳ではないのかもしれない。

 

 テレビの前で唸る士郎と凛を傍目に見て、桜は煮物を口に運び、咀嚼する。

 しかし――

 

 

(――あれ? 味がしないな)

 

 

 味覚が消えたかのような感覚を、桜は味わった。

 それから桜は、三人に味について聞いたが、三人とも疑問は持っていなかった。首を傾げながらも、桜は無味の夕食を胃に入れた。

 

 

   ◇

 

 

 深夜。

 士郎の胸板に頭を乗せて、桜は考えていた。

 

 分かってる。おかしいのは自分だ。

 自分はだんだん、壊れ始めているんだと。

 

(暖かい)

 

 身体は暖かく、安心する。

 感覚は消えていない。まだ残っている。

 

 

(今が、ずっと続けば良いのに―――)

 

 

 桜はそう思いながら、睡魔に身を委ねた――

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 空に暗闇が落ちた。

 星も月も輝かぬ、真なる暗黒の世界で、松明の光のみが、白亜の壁をボンヤリと照らし出している。

 

 冬木教会、礼拝堂の奥。

 中庭を囲む廊下を、黄金の王は歩んでいた。

 

「――どこへ行くつもりだ? 『英雄王』ギルガメッシュ」

 

 王の前に、教会の主たる神父が立つ。背丈だけで言えば、神父は王よりも大柄だ。

 しかし――その身より放たれる威厳は、比べモノにならない。

 

「裁定の時だ。これまでは容認していたが、此度に至っては看過しかねる」

「…マキリの聖杯を殺す、と?」

 

 漆黒を宿す神父の瞳を、王は真紅の蛇眼で睨み返す。神父の言葉を訂正する気は無いらしかった。

 

「アレはまだ誕生していない。生まれ落ちておらぬモノに、罪科を問うと言うのか?」

「裁定は(オレ)が手づから、下すべくして下すべきモノだ」

 

 この世の全てを掌中に納めた王――それがギルガメッシュと言う英霊だ。

 人類最古の英雄王にして、人類の裁定者。

 例え堕落し無駄を増やしすぎていても、それを間引くのはギルガメッシュでなければならない。ギルガメッシュは、自分以外の者が人を殺めるコトを良しとしない。あくまでも、裁くのはギルガメッシュなのである。

 

「しかし、アレがここまで完成するとはな。惜しいと言えば惜しいのだが――最早、見るに見かねるわ」

「ほう? 英雄王ともあろう男が、慈悲をかけるとはな。どう言う風の吹き回しだ?」

「人が人を屠らば、つまらぬ罪罰で迷おう。その手の苦しみは愉しくもない」

 

 ギルガメッシュは、再び歩み出す。言峰の横を通り過ぎ、その先へと向かう。礼拝堂を抜けて、外へと出る為に。

 

「お前はお前で、やはり英霊だな。生の苦より救う為に、死を遣う。お前の望みは死か?」

「当然だ。現代の世は、無意味で無価値なモノばかりだからな。一掃するコトこそが正義であり――終わらせてやるコトだけが、情けと言うモノだろうよ」

 

 問いこそしたが、言峰にもギルガメッシュを止める気は無い。止めようにも止められるモノでもない。

 英雄王の決定は絶対だ。例えマスターであろうとも、ギルガメッシュの妨げとなるならば、その先には死しか有り得ない。

 

「――せいぜい注意するが良い、英雄王」

 

 振り向かず、ギルガメッシュが去ったと分かっていながら、言峰はこう口にする。

 

「無価値なモノこそあれ、無意味なモノなど無い。お前に敗北を与えるとするなら、それはその一点のみだろう」

 

 神父の声が、王に届くコトは無かった。

 預言者の神託が如き男の言葉は、無人の教会で孤独に反芻した。

 

 

   ―interlude out―




劇場版準拠ではありますが、大分私なりに補完しております。
今回はギルと神父の幕間が多め。
まあ、次回は問題のあのシーンなんで、布石というコトで…赤色タグさんに頑張って貰わねば…(白目)




次回「悪夢
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