Fate/Iron-Blooded Orphans《完結》   作:アグニ会幹部

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アニメの放送延期は哀しい…。
無理にやってクオリティ落ちるより、万全の状態でやってもらった方がありがたいコトではあるんですが。
ほぼ自社だけでやってるufotableは大丈夫だと思うんですが、ドラえもんみたく公開延期になったら私は泣く。


#26 聖者の死

 森の中を、神父の黒衣が駆ける。

 それを追うは蟲の大群。神父が如何に黒鍵を投げ打とうとも、間桐臓硯が決定的なダメージを受けるコトは無い。

 

「チ――」

阿々々々々(カカカカカ)。さて綺礼よ、これで貴様の剣は、後何本だ?』

 

 舌打ちして走る言峰を、臓硯が嘲りながら追い詰めて行く。臓硯の身体を構成する無数の蟲の中で、臓硯の本体たる蟲は僅か一匹。その一匹も、恐らくはこの場にはいない。

 黒鍵でどれだけの蟲を殺そうとも、臓硯が痛痒を感じるコトは無い。牛の骨すら噛み砕く蟲に集られた言峰は、それを黒鍵で斬り捨てながら逃げ回っているが――それも、もう限界が近くなっている。

 

『よくも逃げるモノよ。阿々(カカ)、これは虎の子を出さねばならぬかな?』

 

 森の中の廃墟に辿り着いた言峰だったが、それを二メートルは有りそうな巨大な蟲が二匹、這って追って来る。言峰は黒鍵を三本ずつ二回投擲し、寄られるより速く蟲を仕留めた。

 しかし、それで全ての黒鍵を使い切った。

 

『ホホ、よくぞ此処まで逃げた。しかし、それももう終わりよな」

 

 蟲が集まり、臓硯の身体が構成されていく。

 

 ――その瞬間こそが、言峰の待ち望んだモノであった。

 

 言峰は殺人蟲から逃げながらも温存しておいた力を振り絞り、全力で地面を蹴り飛ばした。

 臓硯の周囲に飛んでいた蟲すら意に介さず、その頭を掴み取り、そのまま突き進んで廃墟の壁へと叩き付ける。

 

「ぬぅう…ッ!?」

私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒やす。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない

 

 言峰の狙いは、ただその一つ。

 臓硯を殺すコトこそ、彼が残った理由だ。

 

「おのれ綺礼、貴様ァ…ッ!」

打ち砕かれよ。

 敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え。

 休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる

 

 洗礼詠唱。

 魔術を否定する聖堂教会に於いて、ただ一つ習得するコトが赦されている奇蹟――主の教えの下で迷える魂を浄化し、還るべき「座」に送る簡易儀式である。

 

()阿々々々々(カカカカカ)…!

 そうか、儂を殺すか綺礼! だが無駄よ、そんなコトでは何も変わらぬ! それでお前の望みが叶うとでも思うておるのか――!」

装うなかれ。

 許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を

 

 淡々と、言峰は詠唱を続ける。

 これに対し、死を忌避するがあまり怪物となり果てたハズの臓硯は、自らに死を齎さんとしている男をなおも嘲り嗤う。

 

「全く、何とも救いようの無い男よ! ここに至って、未だに人並みの幸福とやらを求めておるとは! そのようなモノ、絶対に与えられないと理解したのではなかったか!」

 

 かつて代行者(エクスキューター)であった言峰は、魔を殺すスペシャリストである。魂の浄化は本来「死徒(アンデッド)」と呼ばれる吸血鬼に対するモノだが――人の血肉を食らって存命する臓硯も、似たようなモノと言えよう。

 

休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。

 永遠の命は、死の中でこそ与えられる。

 ―――許しはここに。受肉した私が誓う

「そう、お前には幸福など永遠に訪れぬ! 綺礼よ、お前は生まれながらの欠陥者に過ぎん! この世の道理に溶け込めぬまま、ただひたすらに静観者で在り続けるが良い…!」

 

 

―――『この魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)

 

 

 臓硯の哄笑が、消えて行く。

 世に迷う魂を「無に還す」摂理の鍵は、大いなる慈悲を以て、五百年の時を生きた怪物の妄念を浄化したのである。

 

 間桐臓硯は、蟲を触媒として現世に干渉する霊体であった。故にその蟲を千切り、潰した所で効果は期待出来ない。

 殺す為には、蟲を跡形もなく、一匹残らず擦り潰すか――霊体そのものに攻撃する必要が有った。悪霊払いの代行者は、臓硯にとってまさしく「天敵」とすら言える存在だった。

 

 臓硯が己が願いを叶えるには、聖杯と化した間桐桜の身体さえ有ればコト足りる。

 臓硯が生きていては、聖杯の中で受胎した「呪い」が誕生するコトは無い。せっかく孵化を間近に控えた「この世全ての悪」でも、その窓口たる間桐桜が臓硯の操り人形となっては意味が無い。

 

 だからこそ、言峰は全力を懸け、臓硯を排したのである。

 全ては誕生を見届ける為、その生まれを祝福する為に必要だったコトだ。

 

 

『そう、お前には永遠に無い。

 お前は生まれながらにして、欠落しておる』

 

 

 臓硯の言葉が、言峰の脳裏に響く。言峰は廃墟の壁に身体を預け、明け始めた空を無感動に見上げた。

 そして――ふと、昔のコトを思い出した。

 

 

   ◇

 

 

 言峰はかつて、幸福を知ろうと努力した。

 生まれながらにして道徳が欠落していても、常識と信仰は持っていた。だからこそ、自らが幸福を幸福と感じられなかったコトに苦しんだのである。

 

 やがて成人した彼は、一人の女を妻とした。

 

 愛したからではない。ただの実験だ。

 人の身が感じる最大の幸福とは、妻を娶り、子を成し、暮らすコトだと彼は教えられた。無論それが全てではないが、そう夢想しない人間はいない。

 だから、自分もそれで幸福を感じられるかも知れないと、全く期待せずに女を娶った。

 

 女は病弱で、数年で死ぬと言われていた。

 どうやら生まれながらのモノらしく、その髪も肌も病的に白く、血の滲んだ包帯をあちこちに巻いていた。片目も閉ざされ、唯一開いたもう片方の瞳だけが、白ではない美しい黄金をしていた。

 

 どうしてその女を選んだのか。

 その女しか選べなかったのか。

 何はともあれ、二人は二年ほどを共にした。

 

 男は女を愛そうと努力し。

 女は男を愛そうとし、事実男を愛し、子をすら成した。

 

 女は幸せそうに笑った。それでも男は、その幸福を理解出来なかった。

 男からすれば聖女のようであったその女は、完璧だった。だがそれでも、男は女を愛せなかった。幸福を感じるコトが無かった。

 

 女が死の淵に瀕した時、男は失望と共に、別れを告げに行った。

 失望したのは女が死ぬからではなく、その女ですらも自分は愛せなかったのだという事実。

 会いに行ったのは悲しみからではない。実験に付き合わせたにも関わらず、結局自分には愛せなかったと告げる為だ。

 

『私は、お前を愛せなかった』

 

 感情の無い声でそう告げた男に、女は頭を振って、微笑みながらこう返した。

 

『いいえ、貴方は私を愛しています』

 

 そうして、女は自刃した。

 元より先の無い女だ。最期に分からせようとしたのかも知れない。

 

『だって貴方、泣いているもの』

 

 鮮血の海の中で、女はそう言って事切れた。

 あまりに細く、軽すぎる女の身体を抱きながら、男にはたった一つ、思ったコトが有った。

 

 

 どうせ死ぬのなら、私が手を下したかった。

 

 

 それで完璧に、諦めが付いた。

 自分は完全に壊れている。どうなるモノでもなく、初めからそのように生まれてしまった。

 

『私が殺したかった』

 

 女の死に対し、思ったコトはそれだけ。

 その事実に悲しんだのではなく、女の死を愉しめなかったコトを悲しんだ。

 その思いが、自らの歓喜によるものなのか。

 

 ―――愛したものだったからこそ、せめて自身の手で終わらせてやりたかったのか。

 

 答えは無い。有ったとしても、それは知るべきではないモノだと決めつけ、言峰は思考を常に止めていた。

 それは永遠に沈めるべきモノだ。女の死は無意味だった。彼女の献身すら、言峰の心根を帰るコトは出来なかった。そう在るべくして生まれたモノを、ねじ曲げるコトは叶わなかった。そうするには、彼女に遺されていた時間は、あまりに短すぎた。

 

 だが、例え女の死が無意味であろうとも。

 それを無価値にしてしまうコトだけを、男は嫌った。

 

 その為には、答えを出さないコト。

 答えを出すコトを止めるコトが、必要だったのである。

 

 

   ◇

 

 

「―――」

 

 ふと、その女の名を口にしようとして、言峰は止めた。無意味な行為だ。今はただ、先行する衛宮士郎を追い、この森を後にしなければならない。

 そう考え、言峰は再び歩き出そうとしたが。

 

 

「いいえ、どこにも行けない。

 だって――貴方はここで死ぬんだもの」

 

 

 少女の声が、その足を踏み出させなかった。

 いつからか言峰の側に、「影」を纏ったマキリの杯――間桐桜が、立っていたからだ。

 

「――完全に汚染されたな、間桐桜。精神まであの『呪い』に同調しなければ、そこまでの変貌は果たせん。自らが怪物だと、開き直ったというワケか」

「そうですよ、神父さん。けど、これは仕方のないコトなんです。もっとみんなが優しかったら、私だってもう少し我慢しました。

 わたし、この世界がきらいです」

 

 桜を捨てた遠坂。

 桜を虐め抜いたお爺さま。

 桜と違って、不自由無く生きる姉。

 桜が自分の物だと思っていた、哀れな義兄。

 桜の痛みを知ろうともしない、どこまでも平穏な街並み。

 

 全部。間桐桜は、嫌いだった。

 

「八つ当たりですけどね。

 今まで私を助けてくれなかった全てに、わたしを思い知らせてあげたら――どんな顔をするんだろう?」

 

 暗い笑みを浮かべる少女を、神父は冷徹に見据える。そう出来るだけの力を得た桜に対しても、言峰の態度は何一つ変わらない。

 

「随分と変わり果てたな」

「ええ、変わりました。わたしは今までの、弱かった間桐桜とは違うもの。

 みんなが今まで、私を苦しめて来た。だから今度は、わたしがみんなを苦しめてあげるんです。ただ耐えるだけの間桐桜(ワタシ)は消えました」

 

 その変わりようは、見た者に二重人格すら疑わせるモノだが――そんな()()など、言峰の前では児戯に等しい。

 

「――何を隠す必要が有る?

 お前は別人格などではない。泥に呑まれ、暴力に酔う今のお前もまた、間桐桜だ。人格が入れ替わったから間桐桜は悪くない、などと言い訳をする必要など有るまい」

「…何を――貴方が、貴方が私をこうしたのに! こうさせた、くせに!!」

 

 歯噛みし、憎悪をぶつけて来る桜。

 地面を影が覆い尽くし、触手が背後に揺らめく。今までとは比べ物にならない規模だ。

 

「ああ。私がお前を生かしたのは、アレのマスターを続けさせる為だった。そしてその期待通り、お前はアヴェンジャーを誕生させようとしている。――私では出来なかったコトを、お前は難なくやってのけた」

 

 そんな彼女に、言峰はそう言ってのけた。

 口元には、笑みすら浮かんでいる。

 

「難なく、なんかじゃない…! 私がどれだけ苦しかったか、今もどれだけ苦しいのか、知りもしないで――」

「知らぬし、知る必要も無い。小娘の恨み言を聞くほど酔狂でもないし、暇でもないからな」

 

 突き放した言峰の言葉に、桜は再び歯噛みし――俯き、口元を歪めた。

 

「フフ…ええ、そうですね。そんな簡単に同情なんてされてやらないわ。わたしはこれから、一方的に思い知らせてあげる立場なのよ。

 ―――こんな風に、ね?」

 

 その時。

 言峰は、膝から崩れ落ちた。

 

「ご、が――!?」

 

 口から血が吹き出る。息が詰まり、吸おうとするほどに鉄の味が広がって行く。

 身体が動かない。全身から力が抜け、意識すら霞んで来る。

 

「――これ、は…!?」

「フフ、どうですか? 直接、心臓を鷲掴みされた気分は。貴方はどうやったって、わたしから逃げられない――初めから、貴方の心臓はわたしの手の上だったんです」

 

 桜は右手を突き出し、その中に有るモノを弄ぶように、握ったり開いたりしている。

 

「ま、さか――貴様…!」

 

 掠れる意識の中で、言峰は自分がそうなった理由に辿り着いた。いや――思い出した、と言うべきか。

 

 言峰綺礼は、十年前に死んだ。

 第四次聖杯戦争最後の戦いで、衛宮切嗣に心臓を撃ち抜かれ、聖杯の泥の中に倒れた。

 

 しかし――ほぼ同時に聖杯に呑まれた「英雄王」ギルガメッシュは、汚染されるどころか泥を飲み下し、受肉して現世に帰還した。

 

 呪いはギルガメッシュに繋がれた魔力の経路(パス)を通して、言峰に流れ込み――失われた心臓が呪いの塊に代替され、言峰は蘇生した。

 アヴェンジャー――「この世全ての悪(アンリマユ)」から魔力を供給されるコトで、活動を続けていたのである。

 

「ええ。今、貴方を生かしていた仮初めの心臓(のろい)を潰してあげたんです。お望みなら、中身も全部潰してあげましょうか?」

 

 言峰はアンリマユと繋がっていた。

 だが、そのアンリマユが間桐桜と一体化した以上――言峰を生かしていたのは、間桐桜というコトになる。

 間桐桜がアンリマユとの一体化を成し遂げた時点で、言峰綺礼の命は間桐桜の匙加減一つになったのだ。

 

「――フ…よくも言う」

 

 言峰には分かっている。

 桜に言峰を生かして帰すつもりは毛頭無い。

 この場で言峰が桜の足下に蹲い、泣いて助けを請うたとしても、桜はただ笑って言峰を殺すだろう。

 

「さようなら。わたしを助けてくれたコトだけは感謝しますね、神父さん」

 

 ゴキリ、と音がした。

 言峰の身体がへし折れ、全身の関節が逆向きに折れ曲がる。首があらぬ方向へと回り、その骨が完全に粉砕された。

 

 ボロ雑巾のようになり、動かなくなった神父を、桜は「影」の触手で適当に放り捨てる。

 最早、あんなモノに用は無い。

 

「――これはまた、随分と容赦が無いな」

 

 邪魔なモノをどかしてご機嫌な少女に、黒い剣士が言葉を掛ける。泥に汚された英雄は、その光景をどのように受け取ったのか。

 桜が言い返すより早く、剣士は再び言葉を紡ぎ始めた。

 

「ハシュマルはやられた。士郎とイリヤスフィール…それと黄金のサーヴァントは、この森から去った」

「そう――まあいいわ。あの金ピカの人じゃ、もうわたしをどうにも出来ないもの」

 

 桜はそう断言する。

 一方、先ほどまんまと逃げられたアグニカは眉を顰めたが、深くは聞かずに続けた。

 

「士郎はどうする?

 アイツがあのまま大人しく、聖杯の完成を見ているハズも無いだろう?」

「―――殺すわ。わたしの邪魔をするならね」

 

 そう言いながら、桜はくすくすと嗤う。

 アグニカは鼻で笑って、それ以上言葉を発するコトも無く、彼女の影へと帰って行く。

 

(ここまで壊れたか。後少しと言った所だが――さて。小市民の我がマスターが、本当にそんなコトが出来るのやら。

 彼女を止めたいなら急げよ、士郎。後二日も経てば、間桐桜は精神まで変わりきるぞ?)




次回「タクティクス」
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