Fate/Iron-Blooded Orphans《完結》   作:アグニ会幹部

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そろそろ第一章と第二章を見直さなければ。
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#27 タクティクス

 夜が明け、太陽の光が街を照らし始めた頃。

 衛宮邸の前に、黒い車が停車した。

 

「着いたぞ雑種ども」

 

 車を運転していたギルガメッシュが、運転席を離れて外に降り立った。後部座席に座っていた士郎とイリヤも、合わせて外へ出る。

 

「――貴方、運転出来たのね。騎乗スキルも無いのに」

(オレ)は全能の王だぞ? この程度造作もないわ。――何故か、言峰は全く運転させてくれなかったがな」

 

 でしょうね、とイリヤは思う。

 全く信号を守らず「(オレ)道交法(ルール)だ」と言わんばかりに突き進むギルガメッシュを見れば、良識有る者なら運転させないだろう。ついでに言えばスピードもかなりのモノだった。

 夜明け前、かつ物騒なニュースばかりのせいか人が全くいなかったのが幸いした。でなければ、間違い無く事故が起きていただろう。

 

「…これ、完全に路上駐車だよな」

「家の目の前だし、良いんじゃない?」

「逆に問題な気もするな…」

 

 かと言って、「近隣の皆様のご迷惑となりますので車を敷地内に入れて頂きたく」などと言えるハズも無い。言ったら殺されかねない。

 とにかく、近隣住民の皆様には全てが終わったら平謝りするとして、三人は衛宮邸へと帰って来た。

 士郎はヘトヘトになっていたのでとりあえず床につき、イリヤもそこへ潜り込んだついでに眠ってしまった。特に士郎が目覚めたのは、既に日が落ちかけている時間帯だった。

 

「ふああ…」

 

 士郎は目をこすりながら、夕食を用意すべく居間へと入る。ほぼ丸一日寝てしまっていたコトもあり、腹はペコペコだ。

 

「おはよう、衛宮くん。よく眠れた?」

「ああ、おかげさま――で…」

 

 居間には、士郎の予想だにしない人物が座っていた。

 

「…って、遠坂!?」

「何よ、オバケでも見るような顔して」

 

 そこには、昏睡状態だったハズの遠坂凛が座しており、右手に持った湯飲みでお茶を啜っていた。

 

「いや…お前、しばらくは絶対安静だって」

「確かに、戦えはしなさそうだけどね。聖杯戦争も佳境だって時に、うかうかと寝ていられないわ」

 

 凛は左腕を吊っており、赤い服で隠れているものの、胴体は包帯でグルグル巻きにされているハズだ。激痛だって走っているだろうに、涼しげな顔をしているのは、遠坂家当主たるプライド故か。

 

「リンってば無理して。どうせ今も痛んで、全く動けないんでしょ?」

「――悔しいけど、イリヤの言う通りよ。こんな身体じゃ、足手まといになるだけでしょうね。でも」

 

 凛は湯飲みを机に置き、人差し指を立てて右手を前に突き出しながら言う。

 

「円蔵山の地下大空洞への入口は、冬木の管理者(セカンドオーナー)たる私しか知らない。イリヤだって分からないハズよ」

 

 イリヤは反論しない。

 第一次聖杯戦争の際、アインツベルンは遠坂に土地を提供してもらった立場だ。現状、この土地のコトは凛が最も詳しい。

 

「円蔵山って、柳洞寺の有る山だよな…地下大空洞?」

「そ。あの山の地下には大空洞が有って、冬木の大聖杯はそこに保管されてる。そして、桜と臓硯は恐らく、その大空洞にいる。そこで全てを終わらせるつもりなのよ」

 

 いよいよ、第五次聖杯戦争も大詰めだ。

 勢力は士郎達と臓硯に分かれ、サーヴァントの二騎のみが残った。遠からず、雌雄を決するコトとなるだろう。

 

「――奴らの願いが叶えられたならば、聖杯に宿る『この世全ての悪(アンリマユ)』が溢れ出す。今ならば、まだ逃げるコトも出来るが?」

 

 ギルガメッシュの最後の忠告を受けても、三人の意志は全く揺るがない。代表として、士郎が口を開いた。

 

「逃げない。俺は臓硯を殺して、桜を助ける。聖杯も好きにはさせない。

 ――約束したんだ、桜と。桜が悪いコトをしたら、俺が止める。俺は桜を守る。桜が桜を赦せないなら、俺が桜を赦し続ける」

 

 間桐桜は人を殺した。

 彼女に敵対する者も、全く無関係の者達も。そしてこれからも、多くを殺そうとしている。聖杯の――「この世全ての悪(アンリマユ)」の意志のままに。

 

 だから、士郎は桜を助ける。

 永遠の贖罪に付き合い、背負うべき罪と咎を共に背負い、ずっと守り、赦し続けるのだ。

 

「とにかく、桜を一回ひっぱたく。セイバーにだって、邪魔はさせない」

 

 そう、士郎は断言した。

 今更逃げたりなんてしないし、出来ない。

 衛宮士郎はまだ、間桐桜を救えていないのだから。

 

「――それが貴様の覚悟か。

 では、セイバーの相手はこの(オレ)が請け負ってやろう」

 

 と、傲慢なりし黄金の王には珍しく、自分からそう言い出した。

 

「…任せて、いいんだな」

「そうだと言っている。あの半端者に、真の英雄とはどういうモノか、しかと見せてやろうではないか」

 

 人類最古の英雄王として、あの最新の英雄とやらには見せつける必要が有る――と、ギルガメッシュは言った。

 何であれ、セイバーをギルガメッシュに任せられるならば、士郎は桜の相手に専念出来る。

 

「…本当は、私が桜と戦うべきなんだろうけどね。準備は結局間に合わなかったし、この怪我であの子の前に出ても、今度こそ殺されるだけか。

 ――衛宮くん。桜のコト、頼んだわよ」

 

 無念そうに、凛は士郎に託した。

 それから、彼女はイリヤに視線を向ける。

 

「イリヤはどうするの?」

「私も行くわ」

 

 曲がりなりとはいえ、アインツベルンの悲願たる第三魔法「天の杯(ヘヴンズ・フィール)」の成就は、間桐臓硯と桜の手で果たされんとしている。成ろうとも成らずとも、せめてその結末を見届けたいのだろう。

 

「じゃあ、大空洞の入口は地図に描いて衛宮くんに渡すわ。その間、夕食を作ってくれないかしら?」

 

 腹が減っては戦は出来ぬ。まず腹ごしらえをし、準備して臨まねばならない。これが、最後の決戦となるのだから。

 凛の命令を受け、士郎は速やかに和食一式を作り上げ、机にズラリと並べてみせた。

 

「ねえシロウ、一人分多くない?」

「え?」

 

 机に並べられたのは四人分。

 イリヤの言葉で、三人の注意はとある一人の王に集まった。

 

「――贋作者(フェイカー)。察するに(オレ)の分まで作ったらしいが、どういうつもりだ? この(オレ)に、このような質素な食事をしろと申すか?」

「ああ、いや…サーヴァントって飯食べるのかなって思いはしたけど、受肉してるなら要るかなと――思いまして」

 

 士郎を睨み付けるギルガメッシュ。

 一方、暫定として彼のマスターである凛は、プラプラと右手を振って。

 

「まあまあ。コイツの料理、なかなか…いや、かなりイケるわよ? とにかく、座るだけ座って食べてみなさい」

(オレ)に命令とは、相変わらず良い度胸だな貴様。…その甲斐性が、少しでも時臣に有れば良かったモノを」

「口に合わなかったら残してくれて良いし」

「当然だ、何故貴様に許しを乞わねばならん」

 

 今一度士郎にジト目を向けた後、ギルガメッシュは膝を降ろした。かくして、若干の確執を生みながらも、夕食が始まった。

 聖杯戦争前、桜と藤ねえとの三人だったのが随分変わったモンだ――と、士郎は嬉しいような悲しいような感覚を抱いた。

 

「シロウ、このスープ美味しいわ!」

「良かった。これは味噌汁って言う、日本の伝統にして最強の汁物だ」

「あー生き返る…一日中寝てるコトしか出来なくて、ロクなモン食べられなかった後だと一層しみじみ感じるわ…」

 

 ご満悦に息を吐く凛に、思わず士郎は軽口を叩いてみる。

 

「おばあちゃんみたいな顔だぞ遠坂」

「何か言った?」

「いえ」

 

 その結果、現れたのは満面の笑み。

 本能的な恐怖を抱いた士郎は、即座に発言を撤回するコトで難を逃れた。

 

「――これが庶民の喜びという奴なのか?」

「そうよ、この味を私は求めてたのよ」

 

 その茶番を見ながら、ギルガメッシュは見事な箸使いで焼鮭を口に運んでいる。特に罵倒が出ない辺り、及第点は貰えたと取るべきか。

 

「ところで、昨夜の戦いで戦況は変わった?」

「え? …ああ」

 

 唐突な凛の質問に対し、士郎が答える。

 まず見れば分かるが、目的であったイリヤの奪還には成功。その過程で、ギルガメッシュがアサシンを撃破。更に逃走時、士郎は投影魔術を使って、セイバーが顕現させた「モビルアーマー ハシュマル」を撃破。

 しかし、士郎と共に向かった言峰綺礼は、臓硯を引きつける為に単身残り――今なお、戻って来ていない。

 

「そう、綺礼が…。――借りを作りっぱなしになっちゃったか」

 

 意識が無かったとは言え、瀕死の凛を治療したのは言峰だった。兄弟子として後見人を務めてくれていたコトも有り、凛としては複雑な想いが有るのだろう。

 

「誕生とやらを見届けずして、奴がくたばるとは思えんが――いや、あの娘が『呪い』との一体化を果たしているとすれば、そもそも詰んでいたか」

「…どういうコト? 桜が聖杯の呪いと同化すれば、綺礼にとっては願ったり叶ったりなんじゃないの?」

「奴は十年前の戦いで死んでいる。心臓を撃ち抜かれたらしくてな。それから十年、奴は心臓を聖杯の呪いに代替されるコトで動いていた」

 

 初めて知る事実に、凛はひとまず驚愕し――それから、何かに気付いたらしかった。

 

「――それじゃ、綺礼がこの戦いを生き延びるコトは」

「無い。聖杯の降誕が成功しようが失敗しようが、言峰綺礼という男の運命はこの戦いで途絶える。(オレ)の眼にも、奴が生き延びる未来は見えなかった」

 

 だからこそ、自らが心より祝福出来る、聖杯の誕生を見届けようとした。最期だと分かっている所が有ったからこそだろう。

 

「――って、それより! 衛宮くん、投影を使ったってどういうコト!?」

「え? 文字通りだぞ? セイバーの剣を解析して、もう一本投影して、それであの…天使? と戦ったんだ」

 

 アグニカ・カイエル――「ガンダム・バエル」の剣は、幾多のモビルアーマーを殺した剣。ハシュマルにとっては、まさしく天敵と言えるモノだ。

 

「それで戦ったの? 二本の剣なんて、マトモに使えないでしょ」

「ああ。だからセイバーの技術を投影して、それで」

「技術を…投影した!?」

 

 何でそんなに驚くのか、士郎は分からなかったが、とにかく頷いた。凛は息を吐き、困った時はと言わんばかりにギルガメッシュを見る。

 

「説明してちょうだい」

「貴様、(オレ)を辞書か何かだと思っていないか?」

「ええ。全知全能の王なんでしょ?

 それとも、もしかして知らないのかしら?」

「戯け、知っておるに決まっていよう!

 こやつにとっての投影はそういうモノだ。それが『起源』だからな。一目見たモノを固有結界に記録し、投影によって引き出す。それには物だけでなく、技術も含まれる」

 

 不愉快だがな、とギルガメッシュは最後に付け加えた。あらゆる宝具の原典(オリジナル)を収集した彼にとって、模倣し複製する衛宮士郎の在り方は気に入らないモノだ。

 とは言え、そんな衛宮士郎だからこそ、ギルガメッシュに対抗出来たりもするのだが。

 

「『起源』に直結する魔術、か。それなら、例外でも不思議じゃないのかしら。

 ――で? その投影魔術で、貴方は桜に対抗するつもり? 今のあの子は聖杯そのもの、第三魔法(ヘヴンズ・フィール)すら実現するわ」

「遠坂。その、ヘヴンズ・フィールってのは何なんだ? 臓硯も『マキリ五百年の悲願』とか言ってたけど」

 

 その問いに答えたのは凛ではなく、士郎の隣で静観していたイリヤだった。

 

「端的に言うと――『魂の物質化』ね」

「魂の、物質化?」

「ええ。かつてユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンが到達し、失われた黄金の杯――第三の『魔法』」

 

 当然、魂に実体なんてモノは無い。

 魂は物質界より上に有る星幽界に属し、人間が認識する物質界へは、肉体を介して干渉している。魂だけなら滅びるコトは無いが、物質界で肉体を得ると、やがて死が定められる。

 

「第三魔法『天の杯(ヘヴンズ・フィール)』は、魂を物質化させるコトで、肉体に囚われない魂だけでの物質界への干渉を可能にさせる。肉体を得るコトで死を設定される魂が、肉体を得ないまま物質界で活動出来るようになる。

 それは即ち、不老不死の実現。魂は永久機関だから、第三魔法の使い手には魔力切れが起こらなくなったりもするけど」

 

 そもそも、魔術と魔法は別物だ。

 魔術が人間の科学で再現可能なモノであるのに対し、魔法はそれが出来ない。故に魔法は魔法として成立する。科学技術の発展で、大概の魔法は魔術へと墜ちた。

 

 しかし――今なお、世界には五つの魔法が存在している。

 

 はじめの一つは全てを変えた。

 つぎの二つは多くを認めた。

 受けて三つは未来を示した。

 繋ぐ四つは姿を隠した。

 そして終わりの五つ目は、とっくに意義(せき)を失っていた。

 

 何はともあれ、魔法とは魔術師達の最終目標たる到達点「根源の渦」から引き出された力の発現であり、魔術協会が魔法と認定している五つの中でも、第三魔法(ヘブンズ・フィール)は禁忌中の禁忌とされている。

 

「始まりの『御三家』の目的は、その第三魔法(ヘヴンズ・フィール)なのよ。

 聖杯を造り上げて、聖杯戦争のシステムを構築して、四人のマスターを招いて、七騎のサーヴァントを召喚して。魔術協会だけじゃなく、聖堂教会まで巻き込んで。――とんでもない大事よ。あのキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグまで、聖杯の敷設には立ち会っているくらいだもの。

 そこまでしてでも、叶えたい願いが有った」

「――成る程な」

 

 ギルガメッシュが頷く。

 流石の英雄王と言えども、現代の魔法については疎いようだ。実に興味深いと言わんばかりである。

 

「何であれ、今の桜はそれすら実現するでしょうね。魔力は無尽蔵で、人を殺す聖杯の泥と一体化した正真正銘の怪物なのよ。それに、剣と投影魔術で対抗出来るの?」

「…やれないコトは無いと思う。セイバーの言葉通りなら、セイバーの剣はあらゆるモノを斬り裂く。物理も概念も問わないらしい――魔法に通じるかは分からないけど、やってみる価値は有る」

「――あのね、通じなかったらどうするのよ?

 そもそも、魔力切れになったら終わりよ?」

 

 通じなかった場合は、どうしようも無い。

 だが、通じたとしても、無尽蔵の魔力を持つ桜と戦っては、士郎の魔力が持たない。

 

「じゃあ、私と経路(パス)を繋げば良いんじゃない?」

 

 と。さも簡単に、イリヤは言った。

 士郎は「そんなコト出来るのか?」と言ったが、凛は「名案ね」と頷いた。

 

「成る程…イリヤの魔力量なら、多少は持つ。イリヤの魔力と士郎の魔力、全部尽きるまでにケリを付ける短期決戦ね。

 本当なら私も繋ぎたい所だけど、私は桜に吸われてから、全然魔力が回復してないし」

 

 経路が増えると複雑になる上、繋いだとしても雀の涙程度の魔力しか送れない。凛は今回、本当に静観するしか出来なさそうだ。

 

「士郎がオッケーならそうしましょう」

「ああ、それで行こう。俺は桜で、ギルガメッシュにはセイバーを任せる」

 

 作戦は決定した。

 先に有るのは救済か、あるいは破滅か。

 

 ――今夜、全ての因縁が清算される。

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 そこは、祭壇であった。

 だが、華やかなモノでは決してない。

 

 地下に出来た大空洞の中で、赤い柱が突き立っている。黒き(もん)を支えるかのようなそれは、肉塊が押し潰されており、醜く蠢いている。赤く染まったその空間は、いるだけで息が詰まる。悪性に照らされ輝く空間は、常の者がいるべき所ではない。

 

 柳洞寺直下、円蔵山の地下大空洞。

 大聖杯が敷設されている、始まりの地。

 

 そこには、理性を失った黒き少女が立っている。

 虚ろな瞳を揺らすコトすらなく、瞬きすら忘れたマキリの聖杯。棒立ちになった間桐桜を見て、

 

阿々々々々(カカカカカ)。もうしばらくは保つと思うたが、呆気ない幕引きよのう』

 

 間桐臓硯は、さぞ嬉しそうにそう嗤った。闇に意識を呑まれた少女は、その嗤いにすら一切反応しない。

 サーヴァントを失い、身体としていた蟲のほぼ全ては死に絶えたが、臓硯はまだ滅びていない。臓硯の本体は、最も安全な場所にいる。如何に手足たる蟲を潰し尽くそうと、その本体を殺さない限り、この世から臓硯の魂が離れるコトは無いのである。

 

『いやはや、これでは仕方が無い。このままでは、あの化け物を制御する者がおらぬからな。

 ――非道と分かってはおるが、孫娘の身体を食らわねばなるまいて』

 

 その声は、少女の喉から発されていた。

 臓硯はくつくつと嗤い続けている――間桐桜の身体を使って。

 

『残念じゃ、いやはや本当に残念だぞ桜。聖杯を手に入れ、勝者となる栄光は、ここまでアレを育てたお主に譲ってやりたかったのじゃがなあ。

 恨むのならば、己を恨むが良い。お前の意識が保つ間に儀式が終わらなんだのは、イリヤスフィールを逃したお前の落ち度故な。さぞ無念であろうが、これも仕方の無いコトだ』

 

 一匹の蟲が、少女の首をすげ替えんとする。肌を這い上がっているのではない。

 

 その蟲は、少女自身の心臓から出発した。

 

 間桐臓硯の本体、魂が宿る蟲一匹。

 それは、間桐桜の心臓に潜んでいたのだ。この世に臓硯の腐魂を繋ぎ止めるは、間桐桜に寄生した擬似神経体。

 

『身体は変わりきっておらぬが、何、贅沢など言うまい。

 さらばだ桜。実験作の分際でよくぞ幾億の苦痛を耐え抜き、よくぞここまで儂を愉しませてくれた――!』

 

 心臓から首を上がっていく臓硯の本体が、今まさに桜の脳に食らいつく――

 

 

「その必要は有りません、お爺さま。わたしは大丈夫ですから」

 

 

 ――直前。

 間桐桜は、その意識を取り戻していた。

 

『ほう。とうに呑まれたと思うておったが、未だに踏み止まっておったか』

「そうですよ。――哀れなお爺さま」

 

 そして、桜は――自らの身体に、自らの指を突き刺した。

 

 

『何…が、ギィッ!?』

 

 そのまま桜は心臓から喉までを(まさぐ)り、一匹の蟲を体内から引きずり出した。どれだけ血が溢れようと、桜には最早どうでも良いコトだった。

 

『さ、桜――何をする…!?』

 

 臓硯はこの時初めて、桜に恐怖を抱いた。

 桜の擬似神経体となった臓硯の本体を引きずり出すなど、正気の沙汰ではない。特に心臓なら首にかけてなど、人体の急所だ。

 

 それを桜は涼しげに、笑みすら浮かべながら――いとも容易く、やってのけたのである。

 

「なあんだ。意外と小さいんですね」

 

 光の宿らない、赤くベタ塗りにされたような眼で、桜は自らの祖父である蟲を眺める。

 

 本来、臓硯が本体とする蟲は、指二本だけで摘まめてしまうような蟲ではない。桜の心臓に宿ろうとした際に、臓硯はそれに適した蟲へと依り代の姿を切り替えたのである。

 心臓に棲むからには、その大きさは心臓以下でなくてはならない――その奇怪な嗜好こそが、今こうして、臓硯をかつて無い窮地へと陥らせるコトとなった。

 

「あの神父さんには、感謝しないといけませんね。あの人がお爺さまを消していなかったら、本当にわたしは食べられていたでしょうし。

 ――最も、もう殺しちゃいましたけどね」

 

 今この時、桜は初めて臓硯に刃向かった。

 そして――臓硯は、完璧に詰まさせられた。

 

『ま、待て桜…違う! お前に取り付くのは最後の手段だ、お前の意識が有るというなら、お前に全て与える! 儂はただ、間桐の血統が栄えるのであれば、それで良いのだ! お前が勝者となり、全てを手に入れるのなら――』

「じゃあ、尚更ですね」

 

 と。自らの指に摘ままれ、無力に悶えるコトしか出来ない蟲を、桜は無感動に眺める。

 

「もうお爺さまは要りませんから。わたしだけでも門は開けられる」

『――待て、待つのだ! 待ってくれ桜…! 儂は、儂はこれまでお前のコトを想ってやって来たのだ! それを、恩を仇で返すなど…!!』

 

 臓硯の過ちは、ただ一つ。

 あまりにも、老人は少女を育て上げ過ぎた。

 

 ――孕まれた闇に気付かず、純粋なモノと見誤ったまま。

 

 

「さようなら、お爺さま。

 ――もう消えて頂いて結構です」

 

 

 プチリ、と。

 親指と人差し指の間に挟まれたそれを、桜はあまりにも容易く、潰してのけた。

 

「フ、ふふ。

 あハ、はははははははははははははははははははははははははははははははははは――!」

 

 

   ―interlude out―




次回「悲願の果て」
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