Fate/Iron-Blooded Orphans《完結》 作:アグニ会幹部
密かな楽しみが復活して嬉しい…嬉しい…!
内容的には最終決戦開始。
いよいよ終わりが近づいて来た感じ。
岩で隠された入口から、洞窟の中へと入る。
今ここにいるのは、士郎とギルガメッシュの二人だけ。イリヤは何かしら準備が有るとのコトで、後から合流する手筈になっている。
中は光ゴケのようなモノに照らされ、岩が緑色に淡く輝いている。あちこちから水の滴る音が聞こえ、鍾乳洞のようになっているらしい。
しかし、その奥には、禍々しい気配がする。息が詰まり、吐き気すら覚える空気。
「――持って行け、雑種」
「え?」
洞窟を進む間、ギルガメッシュは士郎にとある物を投げ渡した。それをキャッチして、士郎は無意識に
「…これって」
「餞別だ。この
士郎が受け取ったのは、片手で握れるサイズの、黄金の輪。あらゆる悪を祓う浄化宝具であるらしいそれは、白い光を淡く放っている。
「――分かった」
しばらく進むと、開けた空間に出た。
横幅は実に数百メートルにもなり、高さも十メートルを超えている。しかし、奥にはまだ道が続いているらしいコトから、ここが件の大聖杯が安置された場所ではないようだ。
そして――
「来たか、士郎」
その空間の中央には、漆黒の剣士が立ち塞がっている。
「――セイバー…!」
セイバー、アグニカ・カイエル。
泥で汚染され、反転したその姿は、以前と全く異なっている。炎のように赤かった髪は、氷のように白く染まり――凪いだ海のように青かった双眸は、血のように赤く変わった。肌には赤い刺青が走り、纏う「ガンダム・バエル」の白青の装甲は、赤と黒に塗り変わっている。
「間桐桜はこの先だ」
変わり果てたアグニカは、しかし――あっさりと、士郎の道を開けた。
「…セイバー?」
「お前はあちらに用が有るのだろう? ならば俺が止める必要も無かろう。――せいぜい俺の剣でも使って、無駄に足掻いて来るが良い」
士郎はギルガメッシュを一瞥してから、走り出す。アグニカの脇を通り抜けて、士郎は更に奥へと進んで行った。
「――本当は行かせてはならんのだろう? 何故あの雑種を通した?」
「確かに、マスターには『誰も通すな』と命令されたがな。…何にせよ、結果は変わらない。俺が殺そうとマスターが殺そうと、士郎が死ぬというのは同じだ。だったら、せめて殺させてやり、殺されさせてやるのが救いだろう」
僅かに口元を吊り上げながら、アグニカはそう言った。そこに慈悲は無い。何にせよ、彼はこの世の人類が全て死んでくれるのなら、それで良いのだから。
一方、黄金の鎧を纏ったギルガメッシュは鼻を鳴らし、自らの背後に「
「その割には、随分と手厚いコトだな? 非情にもなりきれず愉悦にも浸り切れぬとは、全く半端なモノだ」
アグニカは無言のまま、両手に赤く変わったバエル・ソードを握る。門から数多の宝具をせり出させたギルガメッシュは、顎を突き出して宣言した。
「来るが良い、厄祭の英雄とやら。真の英雄とはどういうモノか、この
アグニカが剣を振り、ギルガメッシュは武具を射出する。
最古の英雄と最新の英雄。
最後のサーヴァント同士の対決が、始まった―――
◇
先へと向かった士郎は、しばらくして――大空洞の最奥へと、辿り着いた。
天を突く肉の柱。赤い光に黒い太陽。
濃密な魔力が蔓延する空間は、いるだけで息が詰まり、人心を恐怖させる。
そして――その前には、暗黒の少女。
「桜――!」
黒き聖杯と化した間桐桜は、ノコノコやってきた士郎を見下ろし、口元を歪めた。
「先輩――そう。来てしまったんですね。
セイバーったら…わたしは一人も通すなって言ったのに」
目元に影を落とし、くすくすと嗤う。
士郎は周囲を見回し、間桐臓硯を警戒しているが――赤子をあやすかのように、桜は士郎に言った。
「お爺さまならもういません。目障りでかわいそうだったから、わたしが終わらせてあげたんです」
「――殺したのか」
「はい、プチッと潰してあげましたよ。
あの人は、先輩を傷つけました。先輩を傷つけるのも、先輩を殺せるのも、わたしだけの特権なのに。だから殺したんですよ?」
何でもないコトのように桜は言い、嗤う。
士郎は背負っていた竹刀袋からセイバーの剣を取り出し、構える。
「…俺は言ったな、桜。覚えてるか?
桜が悪いコトをしたら怒る」
「ええ、勿論覚えています。だからその剣で、わたしを殺すんでしょう? 全く、出来もしないくせに――」
「違う」
くるくると身体を回しながら、桜が言った推測を、士郎はハッキリと否定した。桜は面食らったように、士郎を見る。
士郎は剣の切っ先を持ち上げて桜に突き付けながら、頑としてこう言い放つ。
「俺は桜を助ける。この剣は桜を縛るもの、その全部を斬り裂く為の物だ。桜を殺す為のモノじゃない」
「――ふ、ふふふ…あははは、ははははははははははははははははははははははははは!!!」
桜はひとしきり哄笑し、手をかざした。
すると、桜の背後から巨大な影が現れる。のっぺりとした「影」の人形。彼女の虚数魔術により、聖杯の呪いがこの世に落としたモノ。
「ああおかしい。大好きですよ、先輩。アナタのそういう所が、わたしは大好きです。本当に愛しています、先輩。
だから――お願いします。 どうか、ここで死んで下さい。
例え先輩でも、わたしからこの力を奪うのは赦さない。わたしはやっと、やっと強くなったんです。姉さんより強くなって、これで先輩を独り占め出来るようになったんですから」
世界すら食らい尽くさんとする少女の冷徹な声が、場を震わせる。聞く者全てを震撼させるような少女の声が――少年には、泣いているように聞こえた。
「――行くぞ、桜。歯を食いしばれ」
黄金の剣を握る士郎に、桜の影が向かう。
赤い光で染まった大空洞が、一転して暗黒に塗り潰される―――
―interlude―
地を蠢くモノが、一つ有った。
人ではない。元々は人であったが、人としての面影など、最早この怪物には残っていない。
『お、おお…おおおおお――』
死は目前だ。どうあっても助からない。
それが思うコトはただ一つ。
――死にたくない。
妄執と言うに相応しいその一念だけが、彼の魂をこの世界に繋ぎ止めていた。もっとも、その魂もとうに腐り果てているが。
――死にたくない。
間桐臓硯は、ただそれだけを思ってこの世に留まっている。その執念だけで、彼は地を這い続けて、大空洞の入口付近にまで来た。
…彼が求めてやまない聖杯とは全く逆の方角だが、彼には最早、聖杯が何処に有るかを知る為の眼すら無い。故に彼は、自らの進む先に聖杯が有ると途切れ行く意識の中で信じて、ここまで這いずって来たのである。
死ぬのはイヤだ。死んでたまるモノか。
このまま消え去るなど、出来るハズもない。
五百年だ。
五百年もの時を苦しみ、生き長らえた。その悲願の結晶たる聖杯が誕生する直前だと言うのに、どうして消えてやらねばならないのか。
彼の生には、苦しみしか無かった。
衰退の運命を定められたマキリの宿業。故郷たる冬の国を追われ、流れ着いた極東の地で、最後の後継者たる男は今、死に絶えようとしている。
冬木がマキリに合わなかったのではない。
マキリの限界は三百年。マキリの祖から三百年の探求は、ゾォルケンの代で衰退すると定められていた。
その運命を知り、それを覆すべく抗った。間桐臓硯――マキリ・ゾォルケンの人生は、それが意義の全てだった。
苦しんだ。苦しんだ。苦しんだ。
死ぬ訳には行かない。求めた不老不死は、第三魔法「
「―――そこまで変貌したか、マキリ」
その時。
鈴が鳴るような美しく尊い声が、執念の怪物にかけられた。
「な、に…?」
臓硯は視線を上げた。
いや、視界は失われている。ただの蟲の一匹に視線も何も無い。視覚情報を捉える器官は、もう臓硯には存在していない。
だが、臓硯は確かにその姿を見た。
アインツベルンの、黄金の聖女。
大聖杯を築き上げる為、自ら生贄となった――天の杯であった、かつての同胞。
『ユス、ティーツァ―――』
ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルン。
始まりの聖女。今や聖杯そのものと化した、アインツベルンの最高傑作。第三法の具現。
「――問おう、我が仇敵よ。
汝は何故、死にたくないと思ったのか」
あの日と同じだ。
在りし日の輝きは全く衰えていない。
彼が焦がれていた女、そのままの姿だ。
『おお―――』
懐かしく麗しい声での問いに、臓硯は苦しみを忘れた。妄執を忘れた。
何故。
何故。
何故――?
何故だろう。おかしいではないか。
何故そこまで、死にたくないと思ったのか。
何故、彼は死ぬわけには行かなかったのか。
死してしまえば、生の苦しみから解放されると言うのに。あらゆる苦しみを抱いたまま、それでも生にしがみついたのは。
――一体、何の為だったのだろう?
『思い出しなさい。
私達の悲願――奇跡に至ろうとした切望は何処から来たモノなのか』
臓硯はふと、ユスティーツァの模造品たる少女の言葉を思い出した。取るに足らぬ真似事と一蹴したハズの。
『私達は何の為に、人であるコトに拘り、人の身であるままに――人ならざる地点へ、到達しようとしていたのか』
――そう。思い出す。思い出した。
最初に、ただ崇高な目的が有ったのだ。
万物をこの手にし、あらゆる真理を知り、誰にも届き得ない地点へと行く為に。
肉体という有限を越え、魂という無限へと至る為に。
人間という種――予め限界を定められ、脳髄という名の螺旋で回り続けるモノを、外へ解き放つ為に。
あらゆる憎悪、あらゆる苦しみを全て癒やし―――その悉くを、消し去る為に。
楽園など無いと知った。
その悲嘆の後――この世に無いのならば。人の身では創るコトすら赦されぬのなら、それが赦される場所へ旅立とうと考えた。
新しい世界を創るのではなく、自身を変えるコトで。人という命を、全く新しいモノに変えるのだと。
見上げるばかりの、
その果てへ新しく生まれ変わり、何人たりとも想像出来ない地平――人間では思い描くコトの出来ない、真なる理想郷へと到達する為に。
その為に、彼は聖杯を求めた。
人の手に余る奇蹟を求め、それに至るまで消える訳には行かなかった。幾度と無く運命に打ちのめされ、何度もこの身では辿り着けぬと悟りながら、生きている限り諦めきれなかった。
―――ユメみたモノはただ一つ。
この世、全ての悪の廃絶の為。
叶わぬ理想に、その生命を賭したのである。
ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンが、聖杯の礎となり。
遠坂永人が、寿命を迎えて死んだ後も。
――マキリ・ゾォルケンは、ただ独りでこの世に残った。生にしがみついた。
生きる限り、苦しみが続くと分かっていた。その苦しみが如何なるモノかを理解しながら、ゾォルケンは死ぬわけには行かなかった。
自身の肉体を蟲に置き換え、人の血肉を食らい、取り込んで生きるような怪物になり果て。そうまでして、彼は運命に抗った。
それが間桐臓硯の生き方であり、マキリ・ゾォルケンが出した答えではなかったのか。
例え、その生の先に。
報いが何一つとして、無かったとしても。
『――そうか。
そうであったな、ユスティーツァよ』
それを思い出し、理解した瞬間。
ようやく、マキリ・ゾォルケンは己が運命を受け入れた。
初めから、全て定められていたコトだ。
ゾォルケンが何処で果てるとしても、マキリの旅はそこで終わり。所詮はその程度である。
だが、それは永い苦痛の果てに待つ、惨めな終焉などでは断じてない。
彼らの旅は今、始まったのだ。
五百年がどうした。たかだか五百年程度の時間は、取るに足らない些末事だ。
たったそれだけの年月で、どうして彼らの悲願に届き得ようか。
彼らが望んだモノは遥か遠く、眩く、尊く――しかして、必ずや果たされるモノ。
幾星霜の時。千の年月、万の年月の末に人間が手に入れる、人間という種の成長。たった五百の年月が、一体何だと言うのか。
これから始まる彼らの旅は、遠き日に見たユメと共に、遥か彼方を回って行くモノである。
『だが無念よ。いやはや、後一歩だったのだがなぁ』
と、魔術師は嘆息する。
如何に崇高な目的があろうとも、彼は悪行を良しとし、他者の苦しみを食い物とした外道。彼は怪物として、怪物のまま死ぬ。
最後の一人が、その生を終える。
二百年もの間、奇蹟を巡る聖杯戦争を見守った彼は今、崩れて行く。
そしてそれは――冬木の地に縛り付けられた、妄執の解放。
五度に渡り再演された、奇蹟を描く為の戦い、その終焉と言えよう。
『五百余年―――ク。
今思えば、瞬きほどの宿願であった』
―interlude out―
次回「Mighty Wind」