Fate/Iron-Blooded Orphans《完結》 作:アグニ会幹部
同じシングルに収録されている「marie」「Run Riot」「花の唄 end of spring ver.」もとても素晴らしいので是非(以上ダイマでした)
ちなみに、今回で最終回です。
後書きとの同時更新になっております。
影が蠢く。堕ちし聖杯の赤い光で輝いていた大空洞が、漆黒により塗り潰される。
無尽蔵の魔力を得た間桐桜の影。
触れたが最後、肉体は瞬く間に溶かされ、悪意の満ちる聖杯へと吸収されるだろう。
攻撃は止まず、一度でも触れればゲームオーバー。
まさしくクソゲーと言える状況で、しかし。
「
衛宮士郎は未だ、その姿を保っていた。
戦闘開始から既に五分。士郎は黄金の輝きを以て、黒い影人形を両断し続けている。余波は大空洞の壁を、空を砕いて揺るがす。
「ッ、どうして…!」
桜の無尽蔵の魔力、聖杯の呪いに対し、士郎が持つは一対の剣。あらゆるモノを斬り裂く黄金の剣――セイバー、アグニカ・カイエルが操る「バエル・ソード」。
彼はその剣と共に技量を「投影」し、イリヤから受け取り続けている魔力によって斬撃を放ち続け、影を押し返している。
「うおおおおおおおおおお!」
一歩ずつ、しかし確実に、士郎は桜へと近付いている。当然、近付くたびに攻撃の手は増していくが――その全てを、黄金の剣が跳ね返す。
一歩。また、一歩。
士郎は駆け寄る。桜の所へ。
士郎の瞳に映るのは、桜の姿だけ。
そのどこまでも真っ直ぐな視線を浴びた、黒化し聖杯の呪いと一体化した桜は。
「どうして、どうしてですか!!」
涙を溜めながら、絶叫した。
そこにいるのは、絶大な力を手に入れた黒い聖杯、マキリの杯ではなく――ただ一人の少女だった。
「どうして、そこまでするんですか!?
わたし、私は…わたしは、先輩を殺そうとしてます! それだけじゃない――今までいっぱい、たくさんの人を殺したんです! 色んな人を傷付けて来ました!
私は悪い人で、先輩は『正義の味方』なんでしょう!? だったら、わたしを――私を、殺して下さい! それで、それなら先輩は
士郎は進む。あの夜のように。
そんな言葉では、足が止まるハズも無い。
「もうイヤなんです!! 生きるのは辛くて、苦しくて――私は死にたい、わたしは死ぬべきなんです!! なのに、どうして…!!?」
影人形が一気に五体、士郎の前から起き上がる。何十メートルもある大空洞の天井にまで届きそうな、逃げ場など全く与えない絶対の死。
それを――
「約束したからな」
――黄金の斬撃が、消し飛ばした。
「桜が悪いコトをしたなら、俺が桜を叱る。
桜が自分を赦せないなら、俺が桜を赦す。
みんなが桜を責めるなら、俺が桜を守る」
投影で造られた剣が弾ける。
それでも士郎は、影人形を突破した。
「いつか冬が過ぎて、春になったら――一緒に、櫻を見に行こうって」
叶わぬ夢と分かっていながら、約束した。
本当に小さな、桜のわがまま。それを絶対に叶えてやろうと、士郎は誓った。
理想なんてもう必要無い。
もうそんなモノが無くたって、衛宮士郎は生きていける。間桐桜という、たった一人の少女がいてくれるから。
桜の為に、自分自身の望みの為に。
衛宮士郎は、間桐桜だけを救うと誓った。
例え、世界の何もかもを敵に回すコトになるのだとしても。
独りぼっちだった女の子を、独りぼっちにしない為に。
愛する少女を、最期まで守ってみせる。
「俺は桜が好きだ。だから俺は、桜を助ける。
好きな子を助けるのは、当たり前のコトだからな」
それはエゴかもしれない。
だから何だ、それがどうした?
「俺は桜を失いたくない。だから殺さない。
俺が助けたいから助けるんだ」
もう、失いはしない。
無くすのはもうゴメンだ。
「せん、ぱ――」
影が止まる。桜は顔を上げて、潤んだ瞳で士郎に手を伸ばそうとし――
「ッ、が…ああ、あああああああああああああ…!!」
――自らの身体を押さえ、苦しみ出した。
彼女の背後に在る聖杯が、その禍々しい輝きを増す。黒い
「桜――!?」
その理由は、最後のサーヴァントに有る。
セイバーオルタが敗北し、聖杯へと還った――七騎全ての魔力を捧げられた聖杯が、完全な願望機として完成した。
間桐桜の意識は、もう消える。
その圧迫に、彼女の自我が耐えるコトなど、出来ないのだから。
「あ、いや…イヤ、嫌、いやあッ!!
わたしは、私はまだ消えたく…死にたく、ない――!!」
生きたいと願うのは、初めてだった。
士郎に出会って初めて、桜はそう思えるようになった。
むしろ死にたいと、これまでずっと思っていた。生きていても苦しいだけで、怖いコトしか無いから。いっそ死んでしまえば楽だと分かっていて、それでも彼の優しさに甘えて、死ぬコトすらも怖くなった。
死にたくても死ねなかった、その理由をようやく、彼女は理解した。
自分を、こんな私を助けると彼は言った。
彼を裏切りたくない。己が理想を裏切ってまで、そう言ってくれた彼の想いを裏切るコトなんて、絶対に出来ない。しちゃいけない。
「いや、イヤ――い…」
「クソ――!」
士郎は全力で走って、桜に駆け寄る。
だがその道を、無数の影の触手が阻む。
「桜あああああああッ!!!」
それを士郎は、右手の剣で打ち払う。
触手は弾かれるが、酷使された黄金の剣が折れ、失われる。丸腰になった士郎だったが、もう関係無い――彼女への道は、拓かれた。
「や――?」
士郎はポケットに入れていた、ギルガメッシュから受け取った浄化宝具を取り出し、それを桜に翳す。
光輪は桜に触れた瞬間、その光を極端に増し――桜が纏っていた影を、瞬く間に打ち祓った。
「――あ」
倒れる桜の身体を、士郎は抱き留める。
桜の髪色は紫に戻り、肌に走っていた赤い刺青のような模様も消え去り、瞳も紫に戻った。――聖杯の呪縛から、桜は解放されたのだ。
「せん、ぱい…?」
思い切り、士郎は桜を抱きしめる。
もうずっと離さない。絶対に、離してたまるものか。
「―――桜」
久方振りに感じる、その暖かさに――桜は、涙を流して抱きしめ返す。
永遠にも思えたその抱擁は、しかし。
「はいはい、抱き合うのはまた後にしなさい」
大空洞に現れた白い聖女が手を合わせた音を合図に、終了した。
見られた、と認識した途端に二人は恥ずかしくなり、素早く離れる。そんな二人を見て、冬の娘は微笑みつつも呆れるように溜め息を吐いた。なかなかの高等テクニックだ。
「…って、イリヤ?」
「それ以外の誰に見えるの?」
「いや、イリヤはイリヤだけど――その服は」
士郎の問いに、イリヤはクルリと一度回って見せてから答える。
「ユスティーツァも着ていたアインツベルンの正装、天の
得意げにイリヤは笑う。
その屈託の無い笑顔に、思わず士郎も笑みが零れるが――今は、そんな悠長に笑えるような状況ではない。
「――聖杯が完成した。このままじゃ、中身が流れ出すわ」
「流れ出す、って…」
「簡単な話だ。十年前の火災が、世界規模で発生する。アレは人類を根こそぎ殺し尽くす絶対的な悪性、人類悪の一つだからな」
完成した聖杯を讃える大空洞に、最後の一人が現れた。…その姿は、あまりに凄惨なモノであったが。
「ギルガメッシュ…!? お前、その怪我――」
「触れるな戯け。――追い詰めたハズの悪魔に、手酷く咬まれたわ」
ギルガメッシュは、右腕を失うだけでなく、右肩から胴体を袈裟斬りにされており、血をとめどなく吹き出させている。霊核すら損傷させられた、間違い無い致命傷――だというのに、消える素振り一つ見せないのは、王としての矜持が成せる業か。
そんな血みどろの王は、聖杯が開けた暗黒の
「イリヤ?」
「聖杯は、私が閉じるわ。それが聖杯戦争を始めた
「俺達は、って――イリヤは」
背後からの士郎の問いに、イリヤは振り向かないまま、ただ聖杯を見上げて答える。
「私は行けない。私の存在理由は、聖杯戦争に勝って、聖杯で
だから、ここで終わらせなくちゃ。聖杯戦争も、アインツベルンの妄執も」
影を退ける為に士郎が放った黄金の斬撃で、大空洞はかなり砕かれた。既に、崩壊すら始めている。そうでなくとも、
それでも――この戦いは、ここで終わらせなければならない。
「ダメだ、イリヤ!」
「――シロウ。私、シロウに会えて嬉しかった。一緒に暮らせて、楽しかったよ。
大丈夫、私はシロウのお姉ちゃんだもん。弟を守るなんて、トーゼンのコトなんだから」
満面の笑顔を浮かべて、イリヤは更に進もうとした―――が。
「戯言を抜かすな」
ギルガメッシュに後ろ襟を掴み上げられ、士郎の方へと無造作に放り投げられた。イリヤは「きゃっ!?」と声を上げつつ、驚いたようにギルガメッシュを見る。
「この世の財は全て
呆気に取られた三人に、ギルガメッシュは鬱陶しそうに左手を振る。やがて士郎と桜、そしてイリヤは、外へと通ずる洞窟へと向かい、大空洞から立ち去って行った。
ただ一人残ったギルガメッシュは、穢れきった奇蹟を無感動に眺める。
曲がりなりにも、この聖杯は完成している。ギルガメッシュの目的である、現世の掃除にも大いに役立つだろう。ただ破壊するには、いささか惜しい物ではあるのだが――
「
――ただ「惜しい」だけであり、相応しい物では全く無い。
「だが、言峰への義理立ても有る」
結局、言峰は此処に現れなかった。
生きていればまず間違い無く現れる、とギルガメッシュは予測していた。よもや本当に、あの言峰が殺されていたとは。
「せっかくだ。誕生とやらは見届けてやろうではないか」
乖離剣を左手に握り、ギルガメッシュは今まさに溢れ出さんとしている聖杯の中身を待つ。ギルガメッシュとてそう猶予は無かったが、聖杯はギルガメッシュがそう決めてから一分と経たずに、その中身たる泥を溢れ出させた。
聖杯はこの瞬間、誕生した。
この泥はたちまち外へと流れ出し、数多の人類を呑み込むのであろうが――黄金の王が此処にいる限り、そうはならない。
「―――」
無言のまま、ギルガメッシュは乖離剣を天に向けて掲げた。
その刀身が回転し、赤い暴風を生み出す。これより齎されんとしている破壊に気付いてか、聖杯の泥が速さを増し、津波のようにギルガメッシュへと襲いかかる。
「――『
だが当然、ギルガメッシュが宝具を解放する方が速かった。
荒れ狂う暴風が、泥を一瞬で吹き飛ばし。
―Epilogue―
目が覚める。
視界は白い天井で、開け放たれた窓から吹き込む柔らかな風が、純白のカーテンを舞い上げている。その暖かさが、身に染みるようだと感じた。
「――やっと起きましたか、ヴィダール」
目を擦らせる、目覚めたばかりの男――ガエリオ・ボードウィンは、横から不躾な声を掛けられる。その声の主は、軍服を纏う女――ジュリエッタ・ジュリスだ。
「よくもこんな時間まで寝ていましたね。今日はラスタル様が特別にいらっしゃるから、さっさと起きろと言ったハズです」
「あ、ああ――ラスタルは大忙しなんじゃないのか? 何で今更、俺なんかに」
「私には理解出来かねますが、見舞いをしたいと仰られたのはラスタル様です。何かしら考えがおありなのでしょう」
さっさと寝癖を直して下さい、とジュリエッタは言う。しかしその直後、病室に大柄の男――ラスタル・エリオンが入室して来た。
機械の補助を受けながら、ガエリオがベッドから身体を起こす一方、ジュリエッタは慌ててラスタルに敬礼する。
「敬礼は良い、ジュリエッタ。今日はただのプライベートだからな。たまの余暇に友人の様子を見に来たに過ぎん」
ラスタルは見舞いの肉セットをジュリエッタに渡しつつ、ガエリオのベッドの近くに椅子を置き、そこに陣取った。
プライベートという言葉通り、ラスタルの雰囲気は全く軽いモノだ。最近ヴィーンゴールヴで出て来るステーキの気合いが足りないだとか言う文句も有れば、職務上の愚痴も有る。他愛も無い会話であるが、その中で。
「最近、妙な夢を見てな」
「妙な夢?」
「ああ。どこか知らぬ地、知らぬ時代で戦う夢をな。最後には私は消えたが、なかなか興味深い夢だった」
「――お前もか、ラスタル」
それから話を進めると、ガエリオの見た夢とラスタルの見た夢は、かなり似通っていた。
二人は顔を見合わせ、首を傾げる。
状況が理解出来ないジュリエッタは、二人の呆けた様子を見て困惑しつつも。
「まあ、悪夢とかではなかったなら、気にするコトも無いのでは? 運が良かったと思っておくだけでも」
「…まあ、確かにそうか」
「ここで考えても、答えが出るワケでも無いからな。――ところでジュリエッタ。そこの土産は私も食ったコトの無い肉でな。これより肉パを催す、肉を食って帰るぞ!」
「何と! では早速開けましょう!」
「俺が貰った物じゃなかったのか」
◇
「ん、んん…」
「オルガ」
オルガ・イツカが、その瞳を開ける。
ふと周りを見回すと、寝転がる自分の顔を、三日月・オーガスが覗き込んでいるコトが分かった。
「おう、ミカ」
「目覚めたか、オルガ団長」
そして、三日月の近くにはマクギリス・ファリドが――
「准将!」
――いたので、とりあえずオルガはその顔を殴り抜いた。どこからともなく現れた石動・カミーチェが、吹き飛ばされたマクギリスの身体を受け止める。
「…で、ここはどこだ?」
「待てオルガ団長、まだ私はアグニカみを感じてバエっていないぞ。何故殴った?」
「どうせ殴るコトになるからだろうが」
周囲を改めて見回すと、そこは――雪山らしかった。
よくよく考えると寒い。雪山にいるには、少しばかり今のオルガ達の服は薄いのである。
「――いつもの感じか」
「そうみたいだね」
何度もやれば、流石に慣れてきた。
状況的にいつものアレだ。またどこかしらの異世界にやって来たらしい。何の世界かは分からないが。
「前はちょっと酷い目に遭ったが、今回は今回だ。気ィ引き締めて行くぞ、ミカ」
「うん」
「俺は非常に素晴らしい経験をしたがな!! ――とにかく、状況とどんな世界であるかを掴まねばなるまい」
かくして、三人は歩み出した。
前も後ろも分からないが、やるコトはいつも同じだ。
ただ、進み続ける。
止まらない限り、道は続いて行くのだから。
◇
春が来た。
夢にまで見た、待ち望んだ春が訪れた。
「先輩、どうですか?」
「こっちは出来た。桜は?」
「はい、私も大丈夫です」
衛宮邸の厨房で、士郎と桜は弁当は詰め、蓋をする。バスケットに入れて、肘に掛けた。
一際寒かった冬は過ぎ去り、すっかり暖かい春になった。上着をかけずに外へ出た士郎と桜は、先に支度を済ませて玄関前で待っていた凛とイリヤ、大河に合流する。
「あ、シロウ!」
「早く早く!」
「遅いわよ、二人とも。さっさと行かないと、座る場所無くなっちゃうんじゃない?」
「はは、すまん」
笑いながら言った凛に、士郎も笑顔で返す。
玄関から出て来て鍵を閉めた桜に、凛は気兼ねなく、微笑みを滲ませながら、こんな問いを投げる。
「桜。―――幸せ?」
その時、桜の脳裏には、様々な記憶が駆け巡った。
辛いコトも有った。かなしみも、痛みも抱え込んで―――その全てを受け止めて。少しずつだけど、受け入れられるようにもなって。
柔らかな春の風が頬を叩き、桜の伸びた髪を靡かせる。遠くから運ばれて来た花の香りが、物憂げな桜の鼻腔を震わせる頃には、桜は自然とはにかんでいた。
「―――はい」
満面の笑みで、桜は迷い無く答えた。
凛とイリヤ、大河が歩み出す一方、士郎は何も言わず、桜の隣に立つ。――それは、さも当たり前のように、さり気なく。互いに目を合わせるコトも無く、手を取るでもなく。
ただ同じ方向を向いて、全く同じタイミングで、二人は未来への一歩を踏み出した。
―――さあ、約束の櫻を見に行こう。
これにて終幕となります。
至らぬ点も有ったかと思いますが、楽しんで頂けたと仰られるならば、それ以上の喜びは有りません。
ここまでお付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございました。
お暇が有れば、私がダラダラと胸中やら裏設定やら解説やら感想やらを書き散らした後書きもどうぞ。
※8/22追記
第三章公開を受け、エピローグを少し弄りました。