Fate/Iron-Blooded Orphans《完結》 作:アグニ会幹部
まあ、一話でガエリオがちょろっと言ってましたけど。
―interlude―
言峰は、祭壇に置かれた燭台に立つ消えた蝋燭に、火を灯し直す。
月光にのみ照らし出された礼拝堂に、僅かな光が戻って行く。灯されたばかりの炎が、少しの風によって小刻みに揺れる。それをしばし眺めて、言峰は目を伏せた。
「あれから十年か。
予想より早く始まったな――言峰」
声が響く。
それを発したのは、礼拝堂に幾つも設置されている長椅子の内の一つに腰掛けた、金髪の青年である。蛇を思わせる赤い瞳は、妖しげな光を宿している。
「前回の戦いは、結果が出ぬ内に終わった戦いだ。異例の早さでの仕切り直しは、聖杯の意志だと考えるべきだろうな」
言峰の言葉を聞き、青年はくつくつと笑う。
「聖杯に意志が有る、と? 単に杯が満ちただけであろうよ」
「――そうか。…そうだな。聖杯自体は、単なる無機物に過ぎぬモノだ」
「しかしだ言峰。此度の聖杯戦争、些かの異常が見られるな?」
笑いながら言う青年に対し、言峰は疑問符を浮かべる。そして、それを問いかけた。
「何がだ? 『英雄王』ギルガメッシュ」
「面子の話だ。
金髪の青年――前回の聖杯戦争でアーチャーとして召喚され、それから現世に留まり続けている「英雄王」ギルガメッシュは、長椅子にふんぞり返りながらそう述べた。
「――ランサーは、未来の英霊だったか」
「未来ではない。
「架空? 本来なら存在しないモノだと?」
全能の眼を持つ王は、さぞ愉快だと言わんばかりに口元を緩め、言峰の言葉を肯定する。
「然り。この世界のモノでない架空の存在、正確には英霊ですらない。在るハズが無く、有り得もしないモノだ。
何故か喚ばれたかは知らん。運命の悪戯、と言う他に有るまいて」
「…儀式への影響は無いのか?」
「無い。架空とは言えサーヴァントとして召喚され、存在しているのだからな」
サーヴァントは、撃破されれば聖杯にくべられ、五騎が敗退するか、一定期間が経過した時点で聖杯は起動する。これまでの聖杯戦争と全く変わらない。
「しかし当然、格などは
英霊としての格と戦闘能力が一致する、とは一概には言えないが、少なくともギルガメッシュはその両方において別格の英霊だ。別世界の架空の存在など、取るに足らないと言える。
「だが――架空であるとは言え、奴らは己が意志を持って現界した。奴らが奴らの世界で如何にして生き、この世界でどう絡み合うか。それを裁定するのも、この
ギルガメッシュは、史上稀に見る冷酷にして無慈悲の暴君である。
されど、彼は人類の裁定者だ。手前勝手な物差しで、私情すら交えながら裁定を下す。しかし、如何なる時もブレるコトの無い全知なりし王が下す裁定は、並ぶモノが無いほど正しく、確信を突いたモノでもあるのだ。
「飛び入りの役者、継ぎ接ぎの舞台。あまりに不始末だが――なればこそ、
―interlude out―
遠坂と分かれ、俺は帰路についていた。セイバーも霊体化して、付いて来ているようだ。
冬木大橋を渡り、川辺の公園に入るべく、階段を降りる。この公園を横切ると、近道になるからである。どうやら、あまり知られてはいないらしいが。
「…?」
公園に降りた途端、違和感を感じた。何かが反響するような、常と違っているような感覚。
しかし、それは気のせいではないらしい。
「――マスター」
「セイバー?」
セイバーが実体化した。何事か尋ねると、セイバーはこう答える。
「この公園には、結界が張られている。人払いの結界だ。…近くに、サーヴァントの気配が有る」
「――遠坂じゃないのか?」
「アーチャーの気配ではないし、ランサーやバーサーカーとも異なる、全く別の気配だ。一日の間に三騎ものサーヴァントに出会うとは、運が良いのか悪いのか」
肩をすくめつつ、セイバーは無言になり、目で問うてくる。――どうする? と。
「行こう。姿くらいは見ておかないと」
公園に出て、周囲を警戒しながら進む。
あちこちには球場に有るような照明塔が立っている為、夜とはいえ視界は充分だ。
「近いぞ、気を付けろ」
セイバーが注意を促してくれた時、植え込みの反対側から声がした。
「この愚図が! 何度言えば分かるんだよ!」
男の怒声。何やら揉めているようだ。
しかし、その声には聞き覚えが有った。
「アレは…慎二――!?」
「…あの男は知り合いか? ワカメみたいな髪型だが」
植え込みの側にしゃがんで、気付かれないように視線を上げる。やはり、叫んでいるのは慎二だ。
…てかセイバー、ワカメって酷いな。
「さっさと喰えよ! そいつの魂を喰え、ライダー!
お前はサーヴァントで、お前のマスターは僕なんだぞ!? お前はただ、僕の言う通りにしてれば良いんだよ!」
「だとしても! イシュー家の名にかけて、私はそのような下劣な非道を決してしない! 家の名に掛けても、この少女の魂を喰らうコトなど絶対に出来ない!!」
隣にしゃがんだセイバーがほう、と呟くのが分かった。笑みを浮かべて、顎に手を当てている。
「…セイバー、気になるコトが有るのか?」
「いや何、聞き覚えの有る名が聞こえたというだけだ。…イシューか。成る程成る程」
何やら満足げに頷くセイバー。
よく分からないが、とりあえずどうするか。
「――ライダー、と言ってたか? あのサーヴァント、人間を一人抱えているぞ」
「え? …って、美綴!?」
ライダーのサーヴァントが横抱きに抱えているのは、同級生にして弓道部の部長である、美綴綾子だった。気を失っているらしい。
魂を喰え、と慎二が言ってたのは――まさか、美綴の魂を喰えとライダーに命令していたというのか。それをライダーが拒否したコトが、慎二の癪に触ったと。
「チッ――!」
「マスター? って、オイ!」
「慎二!」
立ち上がり、植え込みを踏み越えて慎二の名を叫ぶ。…何をやってるんだ、お前は!
「――へえ。誰かと思えば、衛宮じゃないか」
「美綴を離せ!」
「おっと、そうは行かないなぁ。我らが弓道部部長には、ちょっと手伝ってもらおうと思ってた所なのさ」
いつもの笑みを浮かべて、いけしゃあしゃあと慎二はのたまう。しかし、俺の後ろに立ったセイバーを見た瞬間、慎二は歯を見せて笑みを深めた。
「それ、お前のサーヴァント?
ッハハ、ハハハハハハハハハハハハ!」
「―――」
セイバーは無言、かつ無表情のまま、俺の前に進み出た。その蒼き瞳に、慎二はどう映っているのか。
「紹介するよ。コイツが、僕のサーヴァント。
…そうだ、戦わせてみようぜ衛宮。僕はサーヴァント同士の戦いを見たかったんだよ」
「――慎二、お前。何でマスターに…?」
「間桐は由緒有る、旧い魔術師の家系でね。聖杯戦争においちゃあ、『御三家』とまで呼ばれてたんだぜ? まあ、お前みたいな素人に知られたくはなかったけど。
その長男である僕が――」
慎二は懐から、赤い装丁の本を取り出した。本は紫色の淀んだ光を放ち、一気に開かれて頁がパラパラと捲れる。
「―――聖杯戦争に参加するのは、当然だろ?」
謳うようにそう述べて嗤う慎二。
その傍らでは、慎二のサーヴァントであるライダーが武装し、剣を構えた。
「慎二!」
「相変わらずノリが悪いなァ! もう分かってるんだろ!? ――この遊びは、ちょっと本気の遊びだったってコトをさァ!!」
ライダーは両手で剣を握り、セイバーに切っ先を向けた。対するセイバーも、右手に黄金の剣を召喚する。構えは自然体で、剣はぶら下げたままだ。
「やれ、ライダー!!!」
「――カルタ・イシュー、参る!」
背中のバーニアを全開にし、ライダーはセイバーに向かって突撃をかけて来る。セイバーは「何の機体か知らんが…」と呟きながらも。
「よッ!」
ライダーが間合いに入った瞬間、下げていた黄金の剣を神速で振り上げ――ライダーの剣を、天高く弾き飛ばした。
「な…!?」
白銀の剣が宙を舞う中、ライダーは呆気に取られ、セイバーの前に大きな隙を晒した。そして、そんな俺ですら見て取れた隙を、セイバーが見逃すハズも無い。
セイバーは左手を後方へと振りかぶり、ライダーの腹部に拳を叩き込んだ。
「がッ…ァ!」
骨が軋み、へし折れる音が聞こえた。ライダーは吐血し、海老のように身体を仰け反らせ、四肢を前方へ突き出した体勢のまま、思い切り後方へと吹き飛ばされる。
慎二の横を音速でかっきり、二十メートルも後ろの照明塔を支える柱に激突させられたライダーは、その場で崩れ落とさせられた。
「―――はァ?」
爽快に叫んだ表情のまま、慎二は固まっている。…自分のサーヴァントが、一瞬で撃退され無力化させられたのだ。放心するのも無理は無いだろう。
「…ええっと――」
実際、俺もセイバーの強さには驚いている。
召喚されてからと言うもの、ランサー、バーサーカー、そしてライダーの三騎ものサーヴァントと立て続けに交戦しているが――その全てで、セイバーは圧倒的な強さを見せた。これが「最優」と称される、セイバーのサーヴァントが持つ力なのか。
「速さは悪くないが、単調だな。ああいう力押しの戦法が通用するのは、モビルアーマーに対してだけだ。覚えておくと良い、イシューの末裔」
セイバーは、ライダーに評価を下した。
モビルアーマーだのイシューだのは良く分からないが、どうやらセイバーはライダーと何かしらの関係が有るらしい。ランサーといいアーチャーといいバーサーカーといい、知り合いが多過ぎるのでは。
その時――宙を舞ったライダーの剣が突き立つと共に、ライダーが衝突した照明塔が倒れた。轟音が響き、照明は幾つか割れ、乱雑な光を不規則に撒き散らし始める。
「マスター。今の内にあの少女を」
「――そうだ、美綴!」
セイバーに言われて、俺は美綴に駆け寄る。
一方、一瞬でやられたライダーに、慎二は無言のまま歩み寄った。そして、紫光を宿した本を翳す。
「オイ。誰がやられて良い、なんて言った?
立て」
本が強い光を放ち、ライダーに雷のような魔力が走る。内臓が粗方潰され、背骨まで折れるような重い腹パンを食らったライダーには立ち上がるコトなど到底出来ず、声を上げてもがき苦しむコトしか出来ない。
慎二は激昂し、更に叫ぶ。
「立て、立てよ! クッソ…! これじゃあ、僕の方が弱いみたいじゃないかァッ!!」
すると、慎二の持っていた本から放たれていた光が消え――本は、紫色の炎に捲かれて燃えだした。驚いた慎二は本を取り落としたが、すぐに消火すべく叩き出す。
「クソ、消えろ! 消えろ! 消え―――」
しかし、慎二の抵抗も虚しく、本は炭と化してしまった。四つん這いになった慎二は表情を歪め、悲痛な声を絞り出している。
その傍らで、ライダーが消える。――消滅した、のだろうか?
「――お前には荷が勝ちすぎたな、慎二」
暗闇から声がした。水気が全く無く、しわがれた声――それでいて、背筋が凍るような感覚。
その声の主を視認したらしい慎二は、目に見えて怯え始めた。
「あ、あ…あ――!」
「これで間桐は敗退じゃ。残念至極」
「お…お、お爺様!!」
現れたのは、腰が曲がりきっており、木製の杖を突く一人の老人。
和服に身を包んでおり、髪の毛は一本も生えていない。見た目、声からしてかなりの老齢のようだ。――慎二に「お爺様」と呼ばれたコトから、恐らくは慎二の祖父にあたる人物。
「ま、待って――待ってくれよ! 僕が、僕が間桐の魔術師なんだ…僕がァ!!」
「無能は何処までも無能よな」
慎二は、老人に必死にすがりつく。
だが、当の老人は慎二をたった一言で切り捨てた。
「間桐――マキリの血筋は地に落ちた。
そう吐き捨てた老人は、その全身が無数の蟲となり、夜の闇へと消えて行く。
だが、俺にはその異常な光景よりも、得体の知れない老人の言葉の方が気にかかった。
「待て、待ってくれ! まさか桜も、こんなコトをやらされているのか!?」
「――ッ!」
這い蹲る慎二から、息を呑む音がした。慎二はゆっくりと起き上がり、言い放った。
「何で、アイツの名前が出て来るんだよ…! 僕がいるのに…!
あんな愚図が、魔術なんて知るもんか!! 間桐の教えは、僕だけのモノだったんだ!!」
そう叫ぶ慎二に、いつもの余裕に満ちた様子は全く無い。俺には、それが悲痛な訴えにも見えた。
消沈した慎二は、トボトボと夜の闇へと消えて行く。しかし、なおもその瞳には濁った光が宿されていた。
「――美綴は…!?」
「外傷は無い、気を失っているだけだろう。
とは言え、彼女は聖杯戦争の被害者だ。ならば、監督役に頼るのが正道になる」
セイバーがそう言う。…正直、あの神父には会いたくないのだが――美綴の為にも、ここは頼るしかないだろうか。
「………戻るコトになるけど」
「了解した。彼女は俺が運ぼう」
生身の俺よりもサーヴァントであるセイバーの方が、体力は多いし揺れずに済むだろう。妥当な判断だ。
「――連れて行こう」
そうして、俺とセイバーは元来た道を引き返すコトになるのであった。
年内の更新はこれで最後です。
皆様、良いお年をお迎え下さいますよう。
次回更新は水曜日、元日となる予定。
次回「ディザスター」