まだ夜更けには遠い時刻、クリスマスマーケットでは人々が夜と寒さを存分に楽しんでいた。
その喧噪の中心地から少し離れた川沿いの場所に、少女は居た。
そこは小さな公園のような場所であり、人々がくつろげるベンチと、イルミネーションに彩られた大きなモミの木が立ててあった。
少女は寒空のもと、一人、木の下で立ちつくしていた。
少女はサンタクロースの様な出で立ちをしていたが、楽しそうにしている様子はなく、ただ不安げな表情で立っているだけった。
その傍らには巨大な袋もあり、子供たちへのプレゼントが入っているのか、中はぱんぱんに膨らんでいる。
「はぁ……」
少女は思わず、ため息を深くついた。
吐く息は雪のように白く、冬の儚さを思わせた。
両手には手袋を着用しているが、それでも手がかじかんでいくようなので、両手を握り合わせて祈るように寒さに耐えぬく。
凍てつくような寒さが足の先から頭の頂点まで徐々に浸透していくようで身震いする。
これでは雪が降るのもそう遠くはないだろう。
じっとしていても余計に寒くなるだけなのだが、冷えと不安でこれ以上動けなかった。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
大通りの暗闇から何かの音が近づいてきていた。
遠目からでもハッキリと見える白い息を弾ませながら、誰かが走っているようだった。
呼吸は一定のリズムで安定していて、走り慣れているように感じた。
その人影が少女の前を通り過ぎようとしている。
寒さに震えながらも、少女はそれを目で追っていた。
──その時、不意にモミの木に飾られたイルミネーションの明かりが北風に揺れて、偶然にも前を通り抜ける人影の姿を鮮明に照らし出した。
闇夜を走るのは少女だった。それはまさしく……。
「──燐!!」
少女はつい咄嗟に周りを気にすることもなく大きな声を上げていた。
だって今、一番会いたい人が目の前に現れてくれたのだから……。
「……? 蛍ちゃん!!」
立ち止まってこちらを振り向く、燐もまたサンタの様な衣装に身を包んで、大きな白い袋を肩に担いでいた。
頭にはやっぱり赤い頭巾を被っていたのだが、白と赤のサンタ風の仕様になっていた。
燐が振り返った先には、同じようにサンタの衣装を身に纏った蛍が立っていた。
大きな瞳は細かに揺れていて、鼻を赤くしたままで。
「燐──!」
不意に蛍が抱きついてきたので、燐は驚いてバランスを崩しそうになる。
咄嗟に腰に力を入れ、重心を安定させて蛍を抱き留めた。
「っと、蛍ちゃん、どうしてここにいるの? 今日はもう帰ったとばかり思ってたのに」
あの工房からの帰り、林道の分かれ道でお互いに手を振って今日は別れたはずだった。
そんな蛍がここにいるだけでも疑問なのに、なぜ自分と同じようにサンタの格好をしているのだろう。
「どうしたの、蛍ちゃん。こんな寒い夜に泣いてると涙まで凍り付いちゃうよ」
出来る限りの優しい口調で燐は語りかける。
燐の胸の中で、目を赤くして泣きじゃくる蛍を見ていると、とても愛おしくなった。
燐は蛍の頭を優しく撫でてあげた。
柔らかく美しい黒髪を梳くように、丁寧に撫でる。
抱き合った二人の姿を、青白い月とイルミネーションが照らし出しだす。
重なり合った長い影を石畳に伸びた。
「うっく……り、燐。わたし、心細かった、よぉ……」
蛍は燐の背中に手を回して、その胸に縋りつく。
燐の体温、声色、そして鼓動、すべてが柔らかく伝わってくる。
外は寒い夜なのに、燐の温もりは暖炉の前にいるかのように心地よい暖かさだった。
蛍の欲しいものを全て濃縮してぎゅっと集めたように心が満たされていく。
「大丈夫、蛍ちゃん? そんなんじゃわたし、何時までも傍にいてあげたくなっちゃうよ」
燐は瞳を閉じて、少し呆れた口調で言うが、悪気のようなものは一切無く、優しさしか含まれていなかった。
その言葉の通り、ずっと傍に居て欲しい。ずっと何時までも燐とこうしていたい。
蛍はその秘めた想いを思わず言い出しそうになり、寸前のところで口を噤んだ。
暫く抱き合っていた二人だが、やがてゆっくりと離れる。
「……もう大丈夫だよ。燐に会えただけで元気でちゃった。ありがと」
ちょっと照れた表情の蛍。その瞳にはもう不安の色は感じなかった。
「それなら良かったよ。それにしてもどうしてそんな恰好でこんな場所に?」
蛍が落ち着いたみたいなので、燐は改めて聞いてみることにした。
「子供たちのお菓子を配るボランティアに参加してみたの。まだ募集してたみたいだから急きょ参加してみたんだ」
(ホントは燐にまた会えるかもしれないってこと、だけど)
本音は口にしなかった。
「なるほどねー。じゃあ偶然会えたってことかぁ」
「本当に、すごい偶然だね」
燐の住む街は割と大規模なので、この場所で少女達が再び出会えたのは、まったくの偶然としか考えられなかった。
「でも結構大変だよねこれ。こんなに重労働とは知らなかったよ……」
学校や教会等を回ってプレゼントを渡すだけなのだが、十数か所回る必要がある上に、渡す数も多く、華やかな衣装とは裏腹にかなりの肉体労働となっていた。
「そうだよねー。わたしも同じお手伝いをしているけど、結構忙しくて。ごめん、蛍ちゃんのヘルプできなさそうかも……」
燐も同じ奉仕活動に参加していた。
割と幼いころから手伝わされていたので、既に恒例の年中行事となっていた。
「ううん、もう大丈夫だよ。燐に元気もらったって言ったでしょ。わたしが自分で受けた仕事なんだから、最後まできっちりやるよ」
蛍は燐から受けた優しさを他の子にも分け与えようと思っていた。だから辛くてもこれは自分一人でやらねばならぬことだと、蛍はこの仕事の意味を見出すことができた。
「分かった。じゃあ終わったらここで待ち合わせしよ。来るまでずっと待ってるから」
蛍の表情に決意の色を見たのか、燐はもうこれ以上は心配しなかった。
「うん、わたしが先でも待ってるね。あ、でも燐の方が直ぐに終わりそうかな?」
それは仕事の量ではなく単純に要領のことを差していた。
出会ったばかりの二人だったが、燐は以外にもしっかりしていると、蛍は薄々感じていた。
お互いの年齢を聞いたら偶然にも同い年だったので、余計にビックリしてしまった。
”深窓の令嬢”と”働き者の街の少女”その差は蛍が考えている以上に大きいものだった。
「そんなことないんじゃないかな? あ、ごめんね蛍ちゃん、わたしそろそろ行くね」
燐は荷物を担いで自分の仕事に戻ることにした。蛍を背にして目的地へと急ぐ。
ここで結構時間を使ってしまったので遅れを取り戻さないと。でもとても素敵で有意義な時間を過ごすことが出来た。
(わたしも蛍ちゃんに元気貰っちゃったね)
燐は途中で立ち止まってこちらに降り返ると、元気よく笑顔で手を振ってくれた。
「頑張って~蛍ちゃん。蛍ちゃんなら絶対大丈夫だよー!」
燐には助けられてばかりだ、と蛍は少し恥ずかしくなる。
──でも。
「うん! 燐も頑張ってねー!!」
だからわたしも笑顔で手を振り返した。
口角をしっかりと上げて出来る限りの笑みを作った。
燐の姿が見えなくなるまでずっと……。
大きなモミの木の下で、また蛍は一人取り残された。
だが先ほどまでと違って、心がとても暖かくなってるし、体も驚くほど軽く感じる。
両手を水平に広げ、ぶんぶんと振って気合を入れなおしてみた。
これなら子供たちの前で堂々とサンタになることも出来そうだ。
正直まだ不安はあるけれど、これ以上燐に頼りっぱなしにもなりたくない。
出来れば燐とは友達以上の関係になりたい。
そんなことを思ったのは初めてだった。この想いをとても大切にしたい。
だから今、頑張ってみよう。
蛍も荷物を抱えて走り出す。冷たい風が顔に当たって痛みを感じるが気にすることなく走った。
カップルや家族連れの人々とすれ違うが、少しも気負うことなく通り過ぎる。
──終わったら燐と何しよう?
蛍はそれを想像して楽しくなったのか、普段人前でやりもしないステップを軽く踏みながら、子供たちの待つ教会へと駆けていった……。
先ほどまで青い月が煌々と照らしていたのだが、何時の間にか雲が瞬く間に広がっていた。
灰色の雲が月を覆い隠し、鉛色の空模様となっていた。
雪の予感を感じさせる空の下、少女は足早に路地を駆けて抜けて行った。
「はあっ、はあっ」
白い息を作りながらもサンタ姿の少女は石畳の上を駆けた。
友達と待ち合わせているあの場所まで……息つく暇もなく足を動かす。
燐は、待っていてくれるだろうか……少し不安がよぎったがそれ以上は考えなかった。
あのモミの木の前で立っている人影があった。こちらに気づくと大きく手を振って合図を送ってくれている。
「蛍ちゃーん。こっち、こっち!」
自分の名を呼び掛けてくれている少女。それに目掛けて、蛍は最後の勢いをつけて駆け出した。
「燐──!」
蛍は思わず、がばっと抱きついてしまっていた。この喜びを体全部で燐に表現したかったのだ。
自分のことを友達が待っていてくれる喜び、それは何物にも代え難かった。
燐は蛍がそうくるかもと、それなりに覚悟を決めていたのか、今度は一切よろけることなく抱き止められた。
「良かった、燐、ちゃんと待っててくれたんだね。ごめん、随分待ったでしょ? もう帰っちゃったかと思ってたから気が気じゃなかったよ」
燐の温もりに包まれたことで、蛍はようやく安心することが出来た。
「そんなことないよ、わたしも今来たばっかりだから……お帰りなさい、蛍ちゃん」
二人は暫く抱擁してお互いを労った。
先ほどよりさらに気温が下がっていたが、二人の心はそれ以上に暖かかった。
少女達は手を取り合って、モミの木の近くにあるベンチに並んで腰を掛けた。
寒空の下で、すっかり冷えたベンチとなっていたが、二人で座ると何故か冷たさもあまり気にならなかった。
「それよりはい、これ。頑張った蛍ちゃんにプレゼント」
燐が赤と緑の包装紙にくるまれた、とても小さな箱を蛍に手渡してきた。
掌に収まるほどのサイズの箱だが、大きさは問題ではない。
燐から貰ったことが何より嬉しいのだ。蛍は両手で箱を包み込んで胸元でぎゅっと抱きしめた。愛しさが零れ落ちそうだったから。
「わぁ! ありがとう燐。わたしも燐にプレゼントがあるんだよ」
蛍はそのお返しにと、リボンをあしらった紙製の金の袋を、燐に贈った。
まさか蛍からプレゼントを貰うとは思わなかったので、燐は驚いたように一瞬、目を丸くしてしまった。
だが、すぐに気が付いて蛍に微笑み返した。
「ありがとう蛍ちゃん、すごく嬉しい! ね、ね。今、開けちゃってもいい?」
「うん、いいよ。わたしも燐からのプレゼント開けちゃうね」
嬉しさで気持ちが高まった燐と蛍、二人はほぼ同時にリボンを解いていた。
そこにはそれぞれの想いが詰まったプレゼントが入っていた。
「わあ~、マフラー、だね。すっごく可愛い!」
蛍から貰った紙包みを開くと、中には恐らく手編みであるだろう、マフラーが綺麗に畳まれていた。
燐は嬉しくなり、思わずマフラーに頬を寄せていた。
手縫いのマフラーからは蛍の甘い香りが残っていて、胸いっぱいに満たされていく。
燐はその甘い香りに蕩けそうになっていた。
「これは、
燐から受け取った小さな包みの中は、変わった模様のマッチ箱が一つ入っているだけだった。
箱をスライドさせてみると、色とりどりの少し変わったマッチ棒が整然と入っていた。
中のマッチ棒を一本取ってみる。大きさは既製品と一緒だが、芯棒まで色が塗ってあった。
「蛍ちゃんって編み物上手だね。これいつ頃作ったものなの?」
燐は何気なく尋ねてみたが、その質問を受けて蛍はビクッ、と体を雷に打たれた様にこう着していまっていた。
そして、悲しい瞳で燐を見つめていた……が。
「ごめんね。燐……」
「えっ!? 急にどうしたの蛍ちゃん?」
突然、蛍に謝られて燐はビックリしてしまう。マフラーに寄せていた顔を蛍に戻して、その真意を図るべく、じっと見つめ返した。
その視線を受けた蛍は、燐から視線を外して、躊躇いがちにぽつぽつと話はじめた。
「そのマフラーね。本当は別の子に渡すために編んでたんだ。でも途中までで止めてたの。だから……ごめん燐」
以前まで仲良かった女の子に渡そうと蛍が編んでいたマフラーなのだが、喧嘩別れのような形になってしまってからは、ずっと引き出しの奥にしまっておいたのだ。
何だそういうことか、と燐はそっと胸を撫で下ろす。
「でも、蛍ちゃんは最後まで仕上げてくれたんだね。ありがとう」
マフラーには解けている箇所はなく、キチンと細部まで仕上がっていた。
「うん。あの後、急いで仕上ちゃったからちょっと微妙な出来かも。もし、気に入らなかったら好きに処分していいから」
蛍は自分の家──城館に戻ってから、引き出しの隅に置いていたマフラーを急いで仕上げてから街に来たのだ。大切な人に特別なプレゼントを贈りたくて。
「捨てるなんてとんでもないよ! このマフラーには蛍ちゃんの想いが詰まってて、すごく暖かい……その人の分も一緒にわたしが大切にするからね」
燐はマフラーを首に巻いてみる。
蛍の繊細な気持ちの一端に触れた気がして、たまらなく愛おしくなる。
作った経緯とかはさほど気にしていない。蛍から送られたものならなんでも嬉しかった。
燐はそれだけ”蛍”という今日知り合ったばかりの少女に、強く惹かれていた。
「そういえばこれ、ちょっと長いよね。蛍ちゃんも一緒に入ろう。すっごく暖かいよ」
マフラーは一人で使うにしては少し長めに出来ていた。急場だったので、途中からの採寸まで考えなかったのかもしれない。
そこで燐は、一旦マフラーを解いて、蛍と二人、一緒にマフラーを巻きつけた。
「本当……燐と一緒だからかな、すごく暖かいね……」
「うんうん。蛍ちゃんの体温を感じられて、ぽかぽかになっちゃうよ」
二人の少女が1本のマフラーで結ばれて、お互いの鼓動を身近に感じる。
友達同士にしては仲が良すぎる行為だったが、二人ともこの場では特に意識はしなかった。
「そういえば、燐。このマッチって何かあるの? あ、もしかして」
蛍は先ほど貰ったマッチ箱を掌に乗せて燐に尋ねる。
燐はその質問に待ってましたとばかり、少々大げさに身振り手振りで説明してみせた。
「うん! そう、これはただのマッチじゃなくて、”錬金術”で作った特別なマッチなんだよ!」
「やっぱり……じゃあ普通のマッチと違うものなんだね」
女の子へのプレゼントにマッチはちょっと変わってると思ったけれど、やっぱりそういうことなんだ。
そういえば燐は錬金術師見習いだったよね。
錬金術って色々なものが作れるんだ……蛍は燐の器用さが少し羨ましくなった。
「蛍ちゃん、試しに擦ってみて。多分、爆発とかはしないと思うから」
「うん、分かった。それじゃあ……いくよ」
爆発と聞いて、少し緊張しながらも、蛍はマッチ箱の側面でマッチ棒を擦る。しゅっと火花が散って、小さい火が小さい棒の先端に灯った。儚げに見える炎だがしっかりと熱を持っていた。
蛍はその赤い燈火の中に、陽炎の様な何かを見たような気がした。
眼を凝らしてそれを更に見つめると、火の奥に何かが居る様子が見えて、蛍は思わず口に手を当てて驚愕した。
あれは──燐、と自分、そしてオオモト様の姿だった。
それは3人の食事の風景で、今日の少し前の光景がそこに再現されていた。
さすがに音は出ていないようだが、ちゃんと動いているようにも見える。
蛍は瞬きを忘れるほどに見入っていた。
「うん、上手くいってるみたいだね」
何時の間にか燐も蛍と一緒にマッチの火を間近で見つめていた。
お互いの頬が密着する程、近づいていたのだがまったく目に入らなかった。
それだけこの不思議な光景に蛍は魅入られていたのだ。
「燐……これって、どうなってるの?」
マッチを持つ蛍の手が小刻みに震えていた。寒さからではなく、”奇跡”を目の当たりにした驚きが手の震えを止まらせなかった。
「これはね。マッチの火を灯すと、自分の心が覗けちゃうものなんだ。原理は……良く分からないけど、適当に調合していったら偶然出来ちゃったんだよね」
「わたしも試しに擦ってみたんだけどなんか上手くいかなくてねー。だからこれはレシピ変化させた改良品ってわけ。調合の精度を上げてみたんだ」
燐はネタを解説したが、蛍には正直何を言っているのかイマイチ理解出来なかった。
だが、この錬金術のマッチを擦ることで、人の心の内が見えることだけは辛うじて分かった。
「だから……午後の3人の会食が火の中に見えたってこと?」
蛍は小首を傾げた。
「そういうこと、それにマッチの色で、其々違った情景が見えるみたいなんだ」
「今、蛍ちゃんが擦ったこの赤のマッチは過去の出来事が見える。こっちの黄色のマッチは現在の出来事が。そしてこの青のマッチはなんと、この先の運命──未来……が見えるかもしれない掘り出し物だよ! 更に、今ならもう一個オマケがついて、お買い得だよ、お客さんっ!」
燐は箱から一本ずつ色の違うマッチを取り出して、丁寧に解説した。
だが、その胡散くさい様子は、さながら他国から来た怪しい行商人の様相だった。
(って、いうか、これはわたしが燐から貰ったものだよね……それとも、燐はこういう商売もしてるのかな?)
突然の流暢なセールストークに、蛍の思考は別の方向にいきそうになっていた。
「えっと、過去と未来は何となく分かるけど、現在ってどういうこと?」
蛍は燐の台所事情が少々気になったが、特に言及はせずにマッチの疑問だけ聞いてみた。
「あー、正確には今、自分が欲しいものとか好きなものが分かるって感じなのかなぁ? まだ全然検証が足りてないんだよね~」
先ほどのセールストークとは裏腹に、燐の答えはぎこちなかった。
「え、凄いねそれ! じゃあ今、何が欲しいとか、食べたいものとかが分かっちゃうってことだよね」
蛍はその効果をかなり前向きにとらえていた。
自分の心の内を見られるのは恥ずかしいけど、嘘や誤解を招くことはなくなるかもしれない。
かなり画期的な発明だと蛍は感心しきりだった。
「まあ、ね。でも見られたくないことも見えちゃうのは、なんか問題あるのかも? それにまだ良く分からないけど、無意識なことでも関係なく見えちゃうみたいなんだよね」
燐は腕を組んで頷きながら言った。ちょっと哲学者っぽい仕草だった。
「そっか。でも、裁判とかそういうので役に立ちそうじゃない? 嘘は分かっちゃうみたいだし」
「ううーん、実はね、蛍ちゃん。あんまり錬金術は人に見せないほうが良いみたいなんだよねぇ。なんか、強すぎる力は人の欲望を膨れ上げさせるとかなんとか……って、オオモト様にも最初に言われちゃったし」
燐は複雑な表情で錬金術師になるに至っての、決まり事を語った。
「そうだよね。こんなに便利なのがあったら、みんな欲しがっちゃうしね」
蛍はこの燐の作ったこの奇妙なマッチをいたく気に入っていた。
これがあれば裁判や
──だが、それは浅はかな考えなのかもしれない。
強すぎる力は幸せだけを呼ぶだけではないし。
それに好きという気持ちだけでなく嫌いという気持ちも分かってしまう。
それは新たな火種を呼びかねない。
知らなくていいことも知ってしまう、それは結局、
蛍はちょっと憂鬱な面持ちでマッチ箱を見つめていた。
「そういえば、オオモト様って、昔から錬金術師なんだよね? あの人も錬金術で作ったものを人に見せたりしたのかな?」
暗い考えが過ぎってしまったので、蛍はなるべく言葉を選んで話を変えてみた。
蛍が昼間着ていたオオカミの衣装は、オオモト様が手掛けたものらしいが、錬金術で作ったものだとは全然知らなかった。
だとしたらこれ以外にも、オオモト様は何かを作ったりしたのだろうか。
「オオモト様って、あまり昔の事話してくれないんだよね。前はどこかの国の偉い錬金術師だったらしいんだけど、何か怪我をしたらしくって、それを理由に辞めちゃったみたい」
ぱっと見分かり辛いが、オオモト様は以前に怪我をしていたらしい。
そんな様子は微塵も見えなかったが、燐に嘘を言ってるわけでもなさそうだ、多分。
それにもし、その事が真実なら、今の燐は……。
「え、それじゃあ今、錬金術をやってるのって──」
「そう、わたしが一人でやっているよ。オオモト様は手を怪我してるからって、全部わたしにやらせてるの。一応、たまに指示はしてくれるんだけどね……人使い荒いけど」
燐にしてみれば一人前に見てもらってるという訳でもなく、単にサボりたいだけじゃないかとすら思ってはいた。
しかし、それだとしてもお互いの利害は一致していたので、特に不満はなかった。
錬金術を自分の力にする。それが今の燐の目標だった。
そうすれば
なかなか人前には出せる能力ではないけれど、いざという時の切り札的に、モノにしておきたかったのだ。
「そっか、だからあの時も、燐が一人でやってたんだね」
昼下がりの工房での事を蛍は思い出していた。
あの時、燐は一人で大きな窯の前に立ち、錬金術を披露してくれたのだ。あれはとても衝撃的で、今でも脳裏に焼き付いている。
だからこそ、赤いマッチの炎の中に、その時の情景が映し出されたのかもしれない。
「そーゆーこと。それより蛍ちゃん、他の色も試してみてよ。次は何が見えるのか、すっごく興味津々、なんだよね」
自分のことよりこの不思議なマッチで蛍の心の中を覗く方が、今の燐は気になって仕方ないようだ。
何時の間にか、危ない実験に付き合ってる感じになってるが、燐と一緒ならどんな事にもつきあっていこうと蛍は思っていた。
「それじゃあ、今度は……青い、マッチにする、ね」
一瞬、蛍は迷いを見せた。黄色いマッチから擦るのがなんとなく正しい気はしたのだが、今の心の内を燐に見られてしまうのは、さすがに恥ずかしかった。
たとえ、想い人が目の前に居たとしても……。
蛍は、えいっ、と一気に青い頭薬のマッチを擦った。
恥ずかしさを隠すかのように、少し大振りにマッチを擦りきってみる。
一瞬の閃光の後、青い澄んだ炎が闇夜にぱっ、と咲いて、とても美しい光が舞った。
その青白い炎の奥の空間を、二人は真剣な眼差しで凝視する……。
……
…………蛍の瞳には青い火の揺らめきしか映らなかった。
燐も同じ反応なのか、炎を恐れることなく瞳を近づけていく。
いくら瞬きを繰り返しても、青と白の火の奥には何のイメージも映りこまなかった。
「やっぱりダメか~。前に作った時も青色のマッチには何も見えなかったんだよね~。多分、未来を知るって、すごく高度なことなんだろうね」
燐が頬を掻いて弁明する。以前と変わらない結果にがっかりしていた。
蛍は燐の期待に応えられず、落ち込んでいたが、燐の発言で少し気持ちが楽になった。
「そうだったんだ……でも、何も見えなくてよかったかも、よ?」
「そう、かも、ね……うー、ごめんね蛍ちゃん。まだまだ改良の余地あり、だね!」
燐は蛍の助言に救われた気がしたので、これ以上結論を急がず前向きに考えること決めた。
「ううん。気にしてないよ。じゃあ次は黄色のマッチでやってみようよ。この黄色のマッチは燐が、一人の時でもちゃんと見えたんだよね?」
「えっとぉ、一応……見るには見えたんだけど、ね……」
歯切れの悪い回答をする燐。蛍は聞いちゃ不味かったことかと思い、後悔していた。
「あ、ごめんね。大丈夫だよ蛍ちゃん、気にしないで……ええーっと、それじゃあ最後の黄色やっちゃってみてください!」
蛍が心配しているのが分かったのか、燐は無理に声を張り上げて蛍を囃し立てる。
「燐……」
燐が無理をして、はしゃいでいるのが分かったので、あえてこれ以上何も聞かないことにした。
「それじゃあ、いきます、燐。ちゃんと見ててね」
燐を元気づけようと、蛍は黄色いマッチを手に取った、後はそれをマッチ箱の側面で擦るだけ、ただそれだけなのに……。
振り上げた手がとても重かった。
蛍はかつてないほどの緊張感に際悩まされていた。
(わたし怖いんだ。自分の”今”を燐に見られるのを怖がってる……)
自分で自分の内を曝け出すこと、それは誰もがしたいことで、誰もしたくないことだった。
燐を想っているのは間違いない。だがそれが見えるとは限らないのだ。
違うものがみえるかもしれないし、燐が言った”無意識”の部分が出てしまう事だってある。
そう考えると今、頭の中で何を考えていいか分からなくなる。
蛍はワザとマッチを落とそうかとさえ考えるほどに臆病になっていた。
過去や未来よりも、今を知ることがこんなに怖いなんて。
蛍はどちらかと言えばおとなしい子なので、何を考えてるのか分からないと言われたこともあった。
本人にしてみれば特に
陰鬱な考えに押しつぶされそうになったとき、マッチを持つ右手に暖かいものが触れて、思わず振り返った。
「……燐!」
燐の手がやさしく蛍の手の上に添えられて、後ろから抱きすくめられていた。
「蛍ちゃん、一緒にやろう。わたしも今の自分を見てみたいから」
燐が目の前で微笑む。暗い心を照らす様に、まっすぐで揺らぎのない瞳で。
だから蛍はもう怖がらなかった──。
「燐……。うん、じゃあ二人一緒に……ね?」
燐の微笑みに蛍は頷き返した。迷いのない瞳を輝かせて。
「それじゃ、いくよ!」
「うん!」
「「eins twei ドラーーイ!!」」
燐と蛍の声が重なり合って見事なハーモニーを紡ぎ出された。
その掛け声に合わせて二人は黄色いマッチをマッチ箱に当てて擦る。
しゅーっ、と乾いた音がすると同時に黄色い炎が、細いマッチの先に燃え上がる。
今まで擦ったどのマッチ棒よりも光り輝く、熱い焔だった。
その黄色い光の中を少女達は覗き込む。髪の毛が燃え移るのではないのかと近く接近していたが、二人ともそんなことは気にも留めなかった。
──黄色い炎の奥深くに、見えるのは……。
「なにも……」
「見えない、ね……?」
二人は顔を見合わせる。
黄色いマッチの炎は二人の少女に何も見せてはくれなかったようで、ただ鮮やかな黄色の炎を少女達の手の先で揺らめかせるだけであった。
蛍は思わずため息を深くついた。それは安堵からくるため息だった。
燐もつられてため息をついていた。
二人の吐いた白い息が寒さを間近に感じさせた。急に寒気が増したように感じてしまった。
燐が不意に空を見上げると、上空から粉雪がひらひらと降ってきていた。
何時の間にかモミの木の葉も、うっすらと白く染まっていた。
「これも……」
「うん?」
「これも、失敗だったのかな?」
蛍が何気なく呟く。悪気はないがどうしても気になって燐に尋ねていた。
「んー、かもしれないねぇ。前に試したときは確かに見えたんだけどなあ」
燐が頭を巡らせる。
前に一人で試したときは、黄色いマッチの火の中に確かに見えたものがあったのだ。
優しい顔の母親と、今は家から居なくなってしまった父親が戻ってきて、今はもう無理な、家族3人で楽しく談笑している姿が、炎の先に見えていた、のに……。
燐はその時の事を思い出して、少し切ない表情で瞼を閉じていた。
蛍は心の内を見透かされなかったことに安堵したが、拍子抜けというか、何故か残念な気持ちもあった。
(自分の本心を燐に知ってもらいたかったのかな。わたし欲しがりなんだ……)
「ね、ねえ、燐、もう一度やってみよう? まだマッチはいっぱい残ってるよ」
蛍がマッチ箱を手に持ってしゃかしゃかと振るった。音からするとまだ十分にマッチは残っているようだった。
何故か元気がなく黙ってしまった燐を、何とか励ましてあげたかった。
「……うん、製作者が落ち込んでちゃダメだよね。こうなったらあるだけやってみよう」
燐は目を擦って、蛍の提案に賛成する。
今は余計な事を考えずに蛍と一緒にいることを楽しもうと思った。
……雪は音も立てずにやんわりと降り続いていた。
初めは粉雪だったのに、今は灰雪となって新雪を街に積もらせていた。
そんな雪の中でも少女達はマッチの火を付けることだけを、憑りつかれたように没頭していた。
「…………」
「うむむむ……」
「なかなか、上手くいかない、ね」
あれから色々試してみたが、赤いマッチは相変わらず、過去の出来事を見ることが出来るが、割と直近のことばかりで、とりわけ燐と蛍が出会った前後位までしか見れなかった。
青いマッチと黄色のマッチは何度やっても何も映し出すことはなく、ただカラフルな炎を見せるだけの大道芸と化していた。
実際、通りがかった小さな子供たちが見て、大うけしてくれていた。
結局マッチは殆ど使い切ってしまっていた。後は、擦り終わった軸を入れた箱だけが、掌に残っているだけだった。
辺りの景色はすっかり雪に覆われていて、燐のサンタを模した頭巾と蛍の帽子にも雪が積もり始めていた。
モミの木も雪がさっきよりも降り積もっていて、雪の重みのせいでイルミネーションも幾つか消えてしまっているようだ。
「ねぇ、燐は雪って、好き?」
蛍が掌の上のマッチ箱に視線を落としながら、唐突に質問してきた。
でも燐は特に驚くことはなかった。
「わたしは結構好きだなあ。雪が降ってくるとテンション上がっちゃうよ」
でも、降り過ぎると除雪しないといけないから大変だけどね。と燐は付け加える。
「そうなんだ、なんか燐らしいね。わたしも雪はすきだよ。こうやって雪が降ってくるのをずっと見ていられるよ」
蛍は落ちてきた雪を掌に乗せて微笑んだ。
その横顔は雪のように白くて、透明に見えた。
「……もしこのまま雪がずっと降り続いたら、わたし達の世界はどうなっちゃうのかな?」
蛍は燐の方を向いて、大胆な事をさらっと口にした。
その発言の意図は分からない。
「それは……さすがに大変なことになっちゃうよね、色々と」
燐は困った顔で蛍に微笑み返した。
「だよね。ごめん、変な事言っちゃって」
しんしんと雪は降り続いている。
このまま朝まで降り続いていたら、この辺りだけでも結構な積雪になるだろうと予測できた。
「そろそろ帰ろうか。蛍ちゃんの家の人たちも心配するだろうし」
燐が蛍の手を引いて立ち上がろうとするが、蛍は燐の顔を切なそうに見上げるだけで動こうとしなかった。
「大丈夫? 蛍ちゃん。寒くて動けない?」
「あ、ううん、そうじゃなくて、もう少し燐とここに居たいんだ。だめかな?」
「……ううん。いいよ、大丈夫」
燐は蛍の隣に座り直す。二人は改めて顔を見合わせると笑い合った。
「ねえ、燐……青いマッチの火の中に何も見えないのは何となく分かる気がするんだ。だって、未来は偶然の積み重ねで出来るものだから、人の先を見ることはとても難しいことだと思うの」
蛍は舞い落ちる雪を見ながら、自身の見解を語りだした。
螺旋を描いて落ちてゆく雪の結晶。美しくも儚い情景だった。
「でね、黄色いマッチはきっと……ね。今は見る必要がないってことなんじゃないかな?」
「え、それって?」
燐が首を傾げて疑問を口にする。
「だってわたし、今、燐と一緒にいるだけで幸せなんだもん。これ以上何も見たいものはないよ」
蛍は燐の手を取ってぎゅっと優しく握りしめた。お互いに手袋越しなのに何故か暖かく柔らかかった。
二人の気持ちが伝わっているようで、目を合わせると同時に微笑みあった。
「そうか。そうかもね……わたしも蛍ちゃんと一緒の今、とても幸せだよ」
今日出会ったばかりの二人なのに、まるで十年来の親友のような奇妙な結びつきを感じていた。
二人の心の在り様が同じなのかもしれない。
運命とかそういうのではなく、偶然が結びつけた少女の出会いだった。
「……燐。このままここでずっと雪を見ていようか? 燐が一緒ならわたしは何時までもここに居てもいいよ」
「それも、いいかな。でも……」
燐は蛍の顔を覗き込んだ。防寒対策もしないでここに居続けることはさすがに危険すぎる。
蛍はその燐の意図を察したように微笑み返した。
「大丈夫だよ、燐。わたしは燐さえ居てくれれば、どうなっても後悔しないよ」
「蛍ちゃん……うん、わたしも綺麗な風景を綺麗な蛍ちゃんとずっと眺めていたい」
星さえも消えて、降り続く雪は、空も街も白く覆い隠していた。
青い月明かりも今は白い影に隠れ、雪景色に変化した町並みを、淡く照らすだけに留まっていた。
二人の居る場所は白く冷たい街並みへと変化していた。
それでも二人ともベンチから動くことはせずに、ただただ空から降る雪を見上げていた。
黒い空から延々と降りそそぐ白い雪。
それは燐と蛍、二人の少女を美しく、そして切なく彩るアクセントとなっていた。
────
──
──明けましておめでとうございます──
クリスマスの話を年明けまで引っ張るやつはさすがに居ないやろ──だが、ここにいるのだった……。
年末年始は妙に忙しかったし、書いても書いても終わらないしで、結局分割することにしちゃいました……。
前の作品も終盤まで書いてから、分けちゃったし計画性無し無しなのは性分みたいです。
そんなわけで一応4話目があります。
大体出来てはいるけれど、推敲次第によってはまた期間空いちゃうかもしれません。
ちなみに今回の3話はマッチ売りの少女が元ネタとなっておりますが、一応4話目にも引っ張りますのでネタの詳細は割愛しておきます。
それでは良いお年を──ではなくて、本年もよろしくお願いします。