Letztes Weihnachten   作:Towelie

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燐と蛍は無言のまま、肩を寄せ合って雪を眺めていた。

少女達の帽子や肩、並んで座っているベンチも、舞い落ちる雪で覆われていて、周りの風景と同じように白く、溶け込むように染まっていく……。

「……燐、わたしね。ちょっと寂しい、かも……」

瞳を潤ませながら、蛍が上目遣いで見つめてくる。

その瞳の奥が何を訴えかけているのか、燐は瞬時に理解出来ていた。
でも、それに応えられるだけの気持ちの余裕が、今の燐にはまだ足りていない気がしていたので……。

……その代わり。

「──あ、燐!?」

蛍にぎゅっと抱きついた燐は、少し体重を掛けた。
そのままベンチに倒れこむかたちで横になった。
マフラーに繋がれたまま重なり合う二人の少女、額が触れ合うぐらいに顔が接近しても、お互いを見つめ合うだけでそれ以上何もしようとはしなかった。

「蛍ちゃん……耳、寒いんでしょ? 痛いぐらいに真っ赤だよ……可愛そう……暖かくしてあげる」

さっきから蛍の耳は寒さで赤くなっていた、冷たい風と雪にむき出しのまま晒されていたので、痛々しいほどに赤く腫れ上っていたのだ。
そんな蛍の横顔をみるたびに、その赤い耳がちらちらと視界に入ってしまい、燐はずっと気になっていたのだ。

「……うん、燐にだったら……いいよ……」

燐はおもむろに手袋を外して蛍の髪を優しくかきあげる。
小さく可憐な蛍の耳が露わになった、その小さな耳元に燐は愛おしそうに唇を近づける。
燐の可愛らしい呼吸音が耳に響いて、とてもこそばゆい。

「蛍ちゃん、手、握ろ。そうすればくすぐったくっても我慢できるよ」

「うん……」

蛍も手袋を外して生身の手を寒空に晒す、でも燐が直ぐに握ってくれた。
それはむしろ手袋に包まれるよりも、温もりが直に伝わって一層暖かく感じるものだった。

「はぁーっっ……」

燐は蛍の耳に暖かい吐息を出来るだけ優しく吹きかけた。
熱を持った吐息に燐の可愛らしい声が重なって、耳元から溶かされそうになる。

オオモト様の工房でされたときには、ただくすぐったかっただけなのに、今は寒さのせいなのか、余計に敏感になっているのかもしれない。

耳から春が舞い込んできそうになっていた。

「蛍ちゃん……お耳食べちゃうよ……ちゅっ……」

燐は蛍の耳の外側を口に入れて、くちゅくちゅ、と甘噛みした。
未知の感覚に蛍は慌てて片手で口を抑えて、くぐもった声をあげる。

「ん、蛍ちゃんの耳、美味しい、ね……」

燐が何かを言っているが、蛍には何を言っているか判断出来なかった。
耳のすぐ近くで言っているのに、刺激が強すぎて頭に入ってこない。
代わりに燐の手を強く握りしめる。

「り、ん、燐! あっ、好きだよぉ、燐……」

あまりの刺激の強さに、つい意味もなく告白をしてしまう蛍。
突然の告白に耳をしゃぶっていた燐も、ぴくっと反応してしまうが、それの告白に応える様に、舌を大きく動かして、耳を更に奥まで嘗め回してあげた。

その度に蛍の腰がびく、びく、と跳ねあがり、声にならない嬌声を上げていた。

燐はその行為を無我夢中に続けていた。
蛍を暖めてあげるよりも、蛍の可愛い反応を引き出したかった。

耳への艶めかしい責めに蛍は目を瞑って堪える。
瞳には薄らと涙が浮かんでいたのだが、これは痛みからではなく快楽からの反応だった。

「大丈夫蛍ちゃん? ごめんね。でも、これでこっちの耳は暖かくなったみたいだね」

何時の間にか燐の耳なめは終わっていたらしい。
長いようで短い、蜜月の時間だった、

燐はハンカチで蛍の耳を丁寧に拭き取ってあげた。
手で触ってみても、耳が赤く熱を帯びているのが分かる。

「うん……ありがと、燐……」

蛍は目に涙を溜めて、ほっと溜息をついた。
強い刺激のせいで、何か変な事を口走った気がしたが、多分気のせいだったのだろう。

きっと心の中の声だね。
蛍はそう結論付けた。

(でも……もし、そうじゃなかったら恥ずかしくって消えちゃいたい、かも)

耳だけでなく頬まで真っ赤になっていた。

「えっと、どうする? 反対の耳もやって……みる?」

燐は蛍の反応を伺う様に、耳元で優しくささやいた。
その気遣った声に、考え込んでいた蛍の思考は解けてなくなりそうになる。

「お、お願い、します……」

蛍は素直に従って、首を少し捻って反対の耳を燐がやりやすい角度にしてあげた。
またあの快楽を期待しているのか、耳が脈を打つように、ぴくぴくと反応してしまう。

その様子に燐は、くすりと柔らかく微笑んだ。
そして先ほどと同じ様に、反対の耳にも熱い吐息をため息交じりに吹きかける。
それだけで蛍は可愛らしい声で小さく喘いでいた。

「くすっ、蛍ちゃんはやっぱり、可愛いね。()()()()蛍ちゃんのこと、大好きだよ……」

そう耳元で囁くと、耳の外側に舌を這わせて甘噛みをする。
その言葉にどきっとした蛍だったが、燐の暖かい唇に耳が包まれると、それまでの思考が何処かにいってしまったように思考が白くなる。

こちらの耳の方がより感じやすいのか、耳への過剰な刺激で思考が全く定まらなかった。

「あ、あう、り、りん……燐っ」

蛍は声にならない声を懸命に紡いで、耳への快楽に酔った。

外でこんなことをされているのはすごく恥ずかしいのに、嫌悪感は全くないのが不思議だった。
普段の蛍なら決してやらせはしないだろう、たとえ強制されたとしても。
でも、燐にはすべて許してしまっている、それに疑問を感じることなく、無防備で。

大好きな人に耳を()()()()とされることがこんなに暖かくて気持ちいいなんて夢にも思わなかった。

ずっとこの快楽に浸っていたい、誰に見られててもいい、何を言われてもいい、燐とずっとこうしていたい……燐になら何をされたって……。

幸いにもこの間、人通りはなかった。
雪の降る中、燐が耳を舐める音と、それに悶える蛍の艶めかしい声は、静かな夜では僅かに周囲に漏れていた。
それが蛍の羞恥心をより感じさせてしまい、余計に嬌声が出てしまう。
快楽は耳から脳に達してしまったのか、雪が頬に落ちても冷たさをまるで感じなかった。
やがて蛍の脳裏は白く、雪の様にゆっくりと落ちていった……。

「……どう、かな。少しは暖かくなった?」

少し意識を失っていたのだろうか、気が付くと燐が顔を覗き込んでいる。

こちらの耳も、何時の間にか拭き取られていたようで、自分で触ってみてもすでに湿り気はなく、燃えるよう熱くなっているのを感じた。

「うん……燐のおかげですごく暖かくなっちゃった……ありがとう。大好きだよ、燐」

蛍は暖かい幸福感からか、自然にまた告白をしていた。

「それはもう、さっきも聞いたよ。蛍ちゃんが……耳を舐められるのが好きなんだ、ってことを、ね」

自分に向けた告白であることは分かってはいたが、あまりにも恥ずかしかったので、ここは誤魔化すことにした。

燐はまだ涙目の蛍の頬を両手で包み込んだ。
頬も十分に暖まっていて、マシュマロの様に柔らかい。

「燐ってば、そうじゃないのに……燐って結構意地悪だよね。あの時だってわたしのことベッドでいっぱい苛めてたし……」

蛍は頬に寄せてくれた燐の両手を優しく解いて、手をぎゅっと握り合わせた。
あの時のように互いの視線が重なり合う、蛍は期待で胸が張り裂けそうだった。

「蛍ちゃん、人聞きの悪い事言わないでよ~。あれは蛍ちゃんが可愛いからついやっちゃっただけで、今だって可愛い蛍ちゃんが寒そうにしてるから、暖めてみただけだよ~」

「そうかなぁ? まあ燐にされたことだから気にしないんだけどね。でも……わたしたち、出会ったばかりなのに、こんなことしてるのって、おかしいかな?」

「そんなことは、ないと思うけど……蛍ちゃんが可愛すぎる問題があるのかも……」

燐が眉根を寄せて苦笑いする。

「燐がえっちすぎる問題なんじゃない?」

蛍もつられたように苦笑いで返した。

「うーん」

「ううーん」

二人とも一緒に首を傾げて考え込んでしまっている。
割とどうでもいい問題を真剣に考える少女たち。

それでも二人は手を離すこともなく、お互いの気持ちが寒さに負けないようにより強く握り合っていた。




Feuerwerk

「あ、えーっと、すっかり忘れてたんだけど、まだマッチって残ってるよね。残しててもなんだし全部いっぺんに使っちゃおっか?」

 

燐が突然思い出したようにマッチ箱を開けて中を確認してみせた。

全て使い切ったと思っていたのだが、まだ使えそうなものが中に数本残っていた。

 

「え、う、うん。燐に任せるよ……そういえば、一度に複数のマッチを擦ったことないよね。大丈夫なの、燐」

 

燐が急にマッチの話に戻ったので、蛍は少し戸惑い気味に答えた。

 

「ま、まあ何とかなるでしょ、多分……あ、蛍ちゃんにあげたものだから、蛍ちゃんがやってみる?」

 

「ううん、燐のが扱い上手そうだし、燐がやってみて」

 

自分には難しそうだったので、ここは製作者の燐に任せることにした。

 

「うん、分かった。じゃーいくよ、ええいっ!」

 

燐は残ったマッチを全て手に取って箱に狙いをつける。

謎の緊張感に包まれる中、燐は手を大きく振りかぶって、勢いよくマッチを擦った。

 

ずしゅしゅゅゅ──!

 

と、今まで聞いたことがない何かの叫び声にも似た音が、静かな雪の夜に響きわたる。

手にしたそれぞれのマッチに一気に火が灯り、3色の火が複数、同時に燃えていた。

 

しかし、勢いをつけすぎたせいなのか、燐は思わず手からマッチを離してしまう──。

 

「あっ!」

 

思わず燐は手を出してしまっていた。

慌てていたので、火のついたマッチを拾おうとしてしまったのだ。

 

──だがマッチは何故か全て燐の手をすり抜けて、雪の地面へと……。

落ちてはこなかった。

 

色とりどりのマッチ棒は火をつけたまま重なり合って、空高く急上昇したのだ。

 

そして──。

 

ぱぁん!!

 

と、大きな破裂音を出して空中で四散してしまったのだ。

 

その音と同時に冬の夜空に、マッチの色と同じ、色とりどりの大輪の花が、幾つも咲き乱れていた。

光で出来た花が、雪降る夜空に煌びやかに打ちあがった。

 

その不思議としか言えない光景を、燐と蛍は呆然と見上げていた。

 

火の花の光が様々な色に変化して、白い街並みと少女達を彩っていく。

その最中、何かが光の奥に見えた気がしたが、二人ともそれを口に出すことはしなかった。

何か起きたのかは全く分からないが、とにかく綺麗な光景をただ呆然と見つめているだけだった。

 

たった数秒の出来事なのに、その光景は瞼の裏に焼きついたように何時までも残っていた……。

 

 

「……なんか、すごく綺麗だったね」

 

「うん……そうだね」

 

二人は惚けたような声色で話す。

まるで同時に夢から覚めたように現実感がなかった。

 

「今のも……錬金術なの?」

 

燐の腕に体を預けたままの蛍が、囁くようにつぶやく。

 

「んー、こんなことになるとはさすがに予想出来なかったなー。自分で作ったものだけど、全然理解出来ないよ~。火薬とか混ぜてないんだけどなぁ……」

 

燐は困ったようにぽりぽりと頬をかいた。

 

あんな特性をつけた覚えはないのだが、想定外の変化が出たということだろうか。

それだけ錬金術は奥が深い、という事だろうか。

また未熟な燐にはそんな単純な結論をしか出なかった。

 

「ねぇ……燐」

 

「うん?」

 

「やっぱり帰ろうか? このままじゃ二人とも凍りついちゃうかも」

 

燐の腕を取ったままの蛍がベンチから立ち上がろうとする。

その瞳は先ほどまでとは違って、生きることに希望と楽しみを持っている瞳だった。

 

「そうだね、氷漬けになっちゃうのは、まだまだ早いよね」

 

蛍に引かれて燐も立ち上がる。

燐の瞳に蛍の姿が移り込んだ、その眼差しの奥は蛍に対する愛情で満ち溢れていた。

 

「それに……ちょっと大事(おおごと)になっちゃったかも……」

 

燐はひそひそと蛍に話しかけた。

 

少し前までは誰も通り掛からなかったのに、あの爆発音があってからは人が徐々に集まりつつあった。

 

人々は口々にあの爆発について論議を交わしているようで。

クリスマスの演出で華やかだったと言う人もいれば、誰かが大砲を撃ったとか、紛争の狼煙だとか穏やかではない意見も出ていた。

 

だが、ここに居る少女二人の仕業だと思うものは、誰一人としていないようだった。

 

燐と蛍は目を合わせて小さく頷き合うと、少し腰を低くして忍び足で後ずさる。

二人は人ごみに紛れながら、この場をひっそりと後にした。

 

────

 

少女達は手を取り合って、喧騒から離れた人気のない通りまで来ていた。

ここまで来れば安心だろう、二人は大きなため息をついた。

 

落ち着いて辺りを見回すと、暗闇でもハッキリ見えるほどに白く染まった街並みに変わっていた。

どの家の屋根にも雪が高く積もっていて、先ほどまで駆けていた石畳も、白い雪ですべて覆い隠されていた。

 

雪に覆われた道に足をとられないように、二人はしっかりと手を握り合わせて、慎重に歩を進める。

歩くたびにぎゅっ、ぎゅっ、と新雪を踏みしめる感触が靴から足に伝わってきて、何だか小気味よかった。

 

蛍は不意に立ち止まり、何かを探すように周囲を見渡した。

中世の頃から変わっていない町並みは、塗料で染めたように白く、美しかった。

 

そして、今、思いついたことを燐にそっと提案した。

 

「あのね、またオオモト様の所に行くっていうのはどうかな? あそこなら朝まで居ても寒くなさそうだし、オオモト様も一人で寂しいかも……」

 

今日はまだ燐と一緒にいたかったし、家に帰る理由も蛍には特になかった。

 

「あぁ、それはいいね。ついでに何か美味しいものも買って、オオモト様と一緒にクリスマスパーティーしちゃおっか」

 

蛍の提案に燐は手を叩いて、笑顔で同意した。

 

「でも夜の森ってやっぱり危ないかな? 雪だって結構、積もっちゃってるだろうし」

 

蛍の住んでいる城館は山の中腹にあるのだが、人が切り開いた歩きやすい林道に面していた。

対してオオモト様の居る工房は、道なき道を進んだその先の、森の奥に建っているのだ。

真冬の夜に訪れるには、いくら道を知っていても些か危険な感じは否めなかった。

 

「明かりを照らすものは持ってるけど……それだけじゃ、ね」

 

燐はホオズキの実の形に似た、ランプのようなものを何時の間にか手に持っていた。

今もその明かりが雪道を淡く照らしている。

何の原理で光っているのかは分からないが、多分、これも錬金術で作ったものだろう。

 

「このまま行ったら遭難する可能性だってあるのかも」

 

「そう、かもね……」

 

「どうする、蛍ちゃん。それでも行ってみる?」

 

燐は蛍の瞳をじっと見つめて返事を待っている。

これは脅しでもなんでもなく、分かりやすい危険な行為だった、だからこそ燐は蛍の反応を待ってくれているのだ。

 

それが分かるだけに蛍は逡巡する。

 

(そこまで危険を冒してでも行ったほうがいいのかな? でも……燐ともう少し一緒に居たい、それに、もしわたしが怖気づいてたら、燐は帰ることを促すよね、多分……)

 

蛍は不安な気持ちを胸の内に留めて、燐の目をまっすぐに見て答えを返す。

 

「大丈夫、燐と一緒ならきっと平気だよ。わたしが保証する。それに……」

 

それに、もし燐と遭難することになっても蛍には後悔の念はないと言い切れた。

だって大好きな人と共に最後を迎えられるなんて、人として一番良い形での迎え方ではないのだろうか。

 

綺麗な白い雪の下で燐と二人一緒に……蛍は少し病んだ妄想に浸っていた。

 

「それに、わたしが錬金術師だから、ってことでしょ? だったら期待に応えないとね!」

 

蛍の想いとは違って、燐は錬金術師としての自分が頼られていると思っていた。

錬金術は実はそれほど万能ではないのだけれど、蛍を守る為なら何でもする覚悟は、言われるまでもなく出来ていた。

 

「まあ、そういうこと、かな?」

 

蛍は眉を寄せて、困った顔で苦笑した。

自分の考えと違っていたので、少し気まずい思いがあったのだが、燐が納得してくれたのならそれでも良かった。

 

「うん、蛍ちゃんは絶対、わたしが守るからね」

 

燐がぎゅっと手を握っていてくれる。その手の暖かさと決意だけで蛍には十分だった。

 

「ありがとう。それじゃあ、行こうよ」

 

蛍もまた燐の手を強く握り返す。雪の寒さにも負けない少女の暖かい絆があった。

 

燐と蛍はまず、夜中でもまだ煌々と明かりを照らすクリスマスマーケットへと足を運んだ。

 

 

───

───────

 

 

こん、こん。

 

軽くノックをする音が、静かな山奥に木霊した。

雪の降る夜、音も立てることなく降り続いている真っ白な雪。

短時間の間にかなりの降雪があったのか、積雪の重みで小屋の屋根が軋んで音を立てている。

 

暖炉にくべた薪がぱきっ、と乾いた音を室内に響かせた。

 

山奥の工房。そこに女性は一人で居た。

美しい黒髪の女性はその長い髪を、床上ぎりぎりまで垂らしながら椅子に腰かけている。

誰かを待っているわけでもなく、ただ一人、暖炉の前で椅子にもたれ掛かかり、安らかな寝息を立てていた。

 

こん、こん。

 

もう一度ノックの音。

その音で女性は、はっと覚醒した。

どうやら何時の間にか暖炉に当りつつも、寝入っていたらしい。

 

ノックの音に気付いて、返事をしようとしたのだが、ドアの前でひそひそと声がしていた。

聞き覚えのあるような少女の声が二人? 何やら小声で話をしているようだった。

 

(燐、もう寝ちゃってるんじゃない?)

 

(かもね。暇さえあればすぐ寝ちゃってるんだよね)

 

(え、そうなの?)

 

(食べてるときぐらいしか起きてないからね。仕方ないよ)

 

本人がすっかり寝てると思い込んでいるのか、酷い言われ方をしていた。

 

(もうちょっと強めに叩かないと起きないかもねぇ)

 

(えっ、でも怒られないかな?)

 

(大丈夫、大丈夫。わたし、いっつも結構強くドア叩いてるから)

 

(そ、そうなんだ……)

 

最近ドアの立て付けが悪くなっていたのはこのせいだったのかもしれない。

長い髪の女性、オオモト様はドアの前で深くため息をついていた。

 

このままだといずれドアが壊されるのも時間の問題だと思い、その前に青いドアを、オオモト様は自ら開けてみることにした。

 

そこには……今まさに、大きな袋でドアを叩く、というか壊す勢いで振りかぶっている燐の姿と、それを止めようとする蛍の姿があった。

 

「あっ!」

 

「わわっ!」

 

二人はほぼ同時に声を上げて驚いていた。

中でも燐は、勢い余って転びそうになっていたが、すんでの所でこらえることが出来た。

 

突然出てきたオオモト様の姿を見た二人は頷き合って合図する。

予定とちょっと違うが打ち合わせで決めて置いたポジションに二人はついた。

そして、手に持っていた何かを空に放り投げて、燐と蛍は声を合わせて叫んだ。

 

「「──せーの、Happy holidays!! オオモト様!!」」

 

燐も蛍も自分がそれなりに可愛いと思っているポーズをそれぞれ取ってみせた。

 

少女二人による、突然のパフォーマンス劇が工房の玄関先で繰り広げられていた。

頭上からは、先ほど投げた煌びやかな紙吹雪が、きらきらと反射しながら雪と共に舞い降りてきて、さながらイベントショーの様相だった。

 

オオモト様が先に出てしまったことに驚いて、タイミングを外しそうになったのだが、なんとか上手くポーズを決めることが出来た。

体中に雪を纏った格好だったのだが……先の経験が役に立ったようだ。

 

……

 

燐と蛍はここに来る前に、クリスマスマーケット前でサンタのアトラクションの様なものを、成り行きで披露していたのだ。

二人とも全くその気はなかったのだが、周囲の大人に囃し立てられて、何故かやらなくてはいけない状況になっていたのだ。

 

特に蛍は大人のこういう場が苦手だったので、嫌悪感を示していたのだが、そんな蛍を見て、燐は優しく手を差し伸べてくれていた。

 

「蛍ちゃん、折角だから一緒にやってみようよ。二人一緒だからきっと楽しいよ」

 

その言葉は蛍の心にこれまでと違う、新しい好奇心をくれていた。

それは自分の意思で壇上に上がる勇気をもたらしていた、もちろん燐と二人で。

 

燐と蛍はボランティアの時と同じ要領で観衆の前で、歌ったり、踊ったりしてみせた。

二人の演劇は、以外にも周囲の大喝采を浴びることになったうえに、チップまで頂いたのだから何が起こるか分からないものである。

 

観客が皆、酒で酔っていたせいなのかもしれないが……。

 

考えてもみたら、年頃の少女が、丈の短いサンタの格好で、二人仲良く夜の街を歩いていたのだ。

何か間違いがあってもおかしくはない状況だったのだが、蛍も燐もその自覚はまだなかった。

 

 

「……こんばんは。こんな夜更けに燐と蛍は何をしにきたの?」

 

二人のパフォーマンスを見ても一切反応することなく、オオモト様は淡々と話している。

予想の範囲内のことだったが、急に寒さが増してくるように感じるのはなぜだろうか。

興奮で火照っていた心と体が一気に芯まで冷え切ってしまうようだった。

 

「い、いやあ、オオモト様、()()()()()かなあと思ってぇ、遊びにきちゃいました」

 

燐は慌てふためいた拍子に、自分でも良く分からない言葉を口にしていた。

 

「ご、ごめんなさい、やっぱり、うるさかったですか?」

 

隣で蛍が謝っていた。

これでも一応、練習しておいたのだが、そもそも真夜中にやるようなことじゃないし、オオモト様には到底受けないだろうとは思っていた。

 

「二人とも家で家族と過ごさないの?」

 

オオモト様の疑問は割と一般的なものだった。

この冬の時期は、家族そろって聖なる日を楽しむのがこの地域での一般的な慣習であった。

 

「家に居るより、本当に好きな人達と過ごす方がいいかなーって思ってね」

 

「わたしも燐と同じです」

 

蛍も燐も同じ心持ちだった。

二人は意思を確認するように、顔を見合わせてにっこりと微笑み返す。

眠気も疲労も感じることはなく、少女達はまだまだ元気いっぱいだった。

 

「ようするに、朝まで騒げる場所が欲しかったのね」

 

オオモト様は頬に手を当てて少女達の気持ちを察してくれた。

 

「ま、まあざっくり言っちゃうとそういうことかな。食べるものもいっぱい持ってきたから、中に入れてもらえるとありがたいかなーって……」

 

「……だめ、ですか?」

 

燐も蛍も心細そうな瞳を向けてオオモト様の返事を待った。

 

「……ここに立っていても寒いだけよ。二人共早くお上がりなさい」

 

オオモト様はため息をまたつくと、二人に被っていた雪を払って歓迎してくれた。

その言葉に燐と蛍は顔を綻ばせるのだった。

 

部屋の中は暖炉を焚いているためとても暖かく、銀世界の外とはまさに別世界の様相を呈していた。

 

「それで、可愛いサンタさんは何のプレゼントを持ってきてくれたのかしら?」

 

「あ、はい、ええっと……」

 

蛍は二人で抱え持ってきた大きな袋から、様々な料理やケーキを取り出した。

それはクリスマスマーケットの屋台で仕入れてきたものだった。

 

「あら、ありがとう、いいプレゼントね。燐、ちょっといいかしら?」

 

「なんですかオオモト様?」

 

燐は持ってきたホオズキ型のライトをテーブルに置きオオモト様に尋ねる。

何となく嫌な予感はしていたが、一応聞いてみることにした。

 

「二人とも体が冷え切っているでしょう、だから暖かいスープを作って欲しいの」

 

「えー、でもわたし達、今さっき雪の中を歩いてきたばっかりなんですけどぉ?」

 

「あなたの作るスープはとても美味しいわ。だからお願いするわね」

 

オオモト様は燐の言い分を聞き流して、持ってきた屋台料理を物色し始めていた。

心なしかオオモト様の黒い瞳の奥が輝いているように見える。

どんな人でも食欲には勝てないということだろうか……?

 

これ以上言っても無駄だと悟った燐は、渋々スープの支度をし始めた。

 

「燐、わたしもなにか……」

 

蛍も燐を手伝おうと椅子から立ち上がろうとしたのだが、オオモト様が蛍の手をやんわりと取って止めていた。

 

初めてオオモト様と直に触れ合うことが出来たが、その手は意外にも暖かく、絹の布の様なふんわりとした肌触りをしていた。

 

「大丈夫よ、燐に任せておけば良いわ。それより先に食べてしまいましょう」

 

「えっ、でも……」

 

「ねっ?」

 

珍しくオオモト様が笑顔で微笑んでいた。

その慈しむような笑顔に、蛍はそれ以上問答を続ける気にはならず、オオモト様に折れることにした。

 

「あ、はい……ごめんね燐、先に食べちゃってるね」

 

蛍は小声で燐に謝罪する。

その声に応えるように、燐はこちらを振り返ることなくレードルを弱々しく振って諦めたような合図を送っていた。

 

燐が一人でスープを作っている間、蛍とオオモト様は、いそいそと料理を盛り付ける。

改めてみると、結構な料理がテーブル狭しと並んでいた。

 

「それじゃ、いただきましょう」

 

「い、いただき、ます……」

 

オオモト様は食欲旺盛な素振りを隠そうともせずに、燐を待つこともなく、食事の前の祈りを捧げている。

蛍は少し戸惑いつつも、両手を組んで食事の前の祈りを捧げる……。

だがその瞳は一人で頑張る燐の背中を見続けていた……。

 

「えーん、なんでわたしだけこんな目に~」

 

一人、料理を仕込んでいる燐のお腹の虫が空腹と孤独を訴えるように、ぐぎゅるー、と切なく鳴いていた。

 

「あら、結構な量の料理を持ってきたのね。お金は大丈夫だったの?」

 

「はい、なんか、お金いっぱい貰っちゃいましたし、無償で頂いたものもあるんです」

 

蛍は燐と二人でやったあのステージの事を思い返していた。

あの時の自分はどうかしていたと思う。観客の熱気が凄かったからか、それとも期待されていたから?

いや、そうではなく燐が一緒にいてくれたことが大きかったんだと嘆息する。

 

燐が一緒にやろうと手を引いてくれたからやれたんだ。だから好奇の目を気にすることもなく二人で楽しめたんだと、つくづく思った。

 

(燐と一緒だと何でも出来ちゃいそうな気がしちゃうよ。燐がいれば何でも……)

 

近くで料理を作っている燐に、想いを馳せる。

それを感じ取ったのか否か、突然、燐がくちゅんと、小さなくしゃみをした。

この想いが燐に伝わったのだろうか?

 

だったら、とっても嬉しいな。蛍は心の中で微笑んだ。

 

「楽しかったのね?」

 

不意の問いかけに、蛍は慌ててオオモト様の方に向き直る。

 

「え、あ……はいっ」

 

「ふふ、良かったわね。ねえ蛍、燐のことは好きかしら?」

 

オオモト様は話題を変えて、一番聞きたかったことを尋ねてくる。

 

「えっ……」

 

あまりに唐突な質問に、蛍は面食らったように固まってしまっていた。

 

「もう、ちょっと、何言ってるんですかオオモト様! 蛍ちゃんに変なこと聞かないでください!」

 

燐が勢いよくキッチンから飛び出してきて、顔を真っ赤にして抗議してきた。

まだスープは完成していないが、さすがにこれは黙って聞いてはいられない内容だった。

 

「ふふっ、燐、照れることはないのよ」

 

突然の燐の乱入にもオオモト様は動じることなく、ワインを片手にチーズを食べていた。

 

「照れるとかそーゆー問題じゃ、もうちょっと捻った質問にしてください! ほら、蛍ちゃん困ってるじゃない……って、蛍ちゃんどうしたの!?」

 

蛍は二人のやり取りを微笑みながら見ていたが、目には涙を流していた。

燐は慌ててポケットからハンカチ取り出して、蛍に握らせた。

 

「あ……ごめんね、ありがとう燐。ごめん……そうじゃないの、なんか凄く楽しくて幸せだなって思ってたら、なんか、泣いちゃってたみたい……」

 

涙を拭う蛍の姿に燐は何故か、どきっとして目が離せなかった。

蛍の健気な仕草に心を鷲づかみにされたようで膠着してしまっていた。

 

「もー、蛍ちゃんビックリさせないでよ~」

 

燐は軽口を叩くが、内心はひどく動揺していた。

 

「そうよ。泣くほど燐が嫌いなのかと思って驚いてしまっていたわ」

 

オオモト様は、ローストした鳥の足を頬張りながらしれっと話していた。

驚くとは一体、何なのだろうか。

 

「まったく……オオモト様は変なこと聞いてないで黙って食べていてください! ごめん蛍ちゃん。もう少しでスープ出来上がるから。あとちょっとだけ待っててね」

 

燐は呆れ気味にオオモト様を嗜めると、即座に蛍を気遣って、ウィンクした。

燐の細やかな気遣いがすごく嬉しかった。

 

「あ、ううん。わたしこそごめんね。あ、その……燐のことは勿論、大好きだから……ね」

 

「あはは、あ、ありがと……わ、わたしも、蛍ちゃんのこと好き、だよ。大好き」

 

燐は恥ずかしさのあまり、即座にキッチンへと引き返してしまった。

 

ベンチでの時も告白を受けていたが、恥ずかしくてつい誤魔化してしまっていた。

だが、同時にその事をとても後悔していた。

 

(蛍ちゃんが一生懸命告白してくれたのに、わたしはどうして逃げちゃうんだろう……)

 

燐は愛され方が分からなかった。

両親の愛を受けて育ってきたはずなのだが、今はもう微塵も感じられない、父も母も自分の事だけを優先するようになってしまった。

だから燐は誰も愛さない、誰からも愛を求めない、”赤ずきん”となりきる時にそう決めていたのだが……。

 

蛍と出会ってからは、ほんの少し世界が変わったように見えた。

まだ知り合って一日も経っていないのに何故かそれを実感できる。

 

十年、いや百年に一度現れるかどうかの親友と出会えたのだ。

 

だから蛍の気持ちを受けて、なんとか告白をすることが出来た。

恥ずかしかったけど、すごく嬉しい。

胸の奥が甘く切ない感情に満たされる、これは恋、なの、かな?

 

元気な燐が見せる繊細な乙女の恥じらいは、蛍をとても愛おしく、そして狂おしくさせるほどに健気だった。

 

それは恋の始まりに似た、微かな胸の高鳴りを蛍は感じずにはいられなかった……。

 

 

 

 

 





はい、結局またも終わりませんでした。計画性ないのは何時ものことですね……すみません。

今回は、四、五話連続投稿で完結させる予定ですが、もし間に合わなかったら……もうちょっとだけ続くぞい、という逃げる気まんまんの方向性となっております。

前回、終わりは見えたとドヤってましたが、全くの気のせいだったようです……。

あれからかなり加筆していまい、余計ごちゃごちゃになってしまったかも、このままだと一ヶ月コースになってしまう……いやもうなってるかな?

だから今のうちにちょっと──書いてみます。

この四話は、一応、マッチ売りの少女の話の続きになるのかな? 
なんか冬の花火が書きたかっただけで、後は全然関係ない話になっちゃったなあ。
予定では工房にもう一度行って終わりにするつもりだったのに……そこからが無駄に長いなあ。
前回の小説の時もそうなんですが、どうしてこうなるんでしょう? 
まったく不思議ですね──自分の事ながら……。

さてさて、予定を大幅にオーバーしてますが、何とかそれなりな形にしたいと思っております。

それではでは。



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