生徒会選挙。
それは、私にとって因縁のイベントである。
何故なら私は一度も
小等部の頃から生徒会長に立候補しているが、一度もなれていない。
理由は分かっている。
私にとっての正しさは、他の人にとって
私の正義は、皆にとって自由を奪うものにしか感じないのだろう。
だから、私を疎ましく思う。
だから、意地悪をされる。
私はただ
本当は怖い。
意地悪されたら、傷つく。
私は強くない。
私は元々、人前が苦手だった。
選挙に負ける度に酷く成っているあがり症もある。
そんな駄目な所ばかりが見えるイベントだ。
イベント
でも、今回は
今年の生徒会選挙。それは、私にとって忘れられない前進と敗北の生徒会選挙。
***
夜の10時。
石上から送られてきた公約の書かれたビラの見本を確認し、問題ないことをLINEで伝える。
そして、そのままスマホを充電器に繋ぐと、クマのぬいぐるみに抱きついた。
「はぁ~~~」
息を吐き出す。
駄目だ。落ち着かない。
ソワソワしてしまう。
それもこれも全部石上のせいだ。
昨日、石上に両方を応援したいと伝えられた。
それだけ聞くと、まるで二股する男みたいで印象が悪いけれど、石上は本気の言葉で
石上にとっての会長がどんな存在なのかは、私では計り知れない。
私は、疎まれているとは言っても、生徒ぐらいで家族も先生も友達だっている。
けれど、石上の
生徒も家族も先生も、皆が石上を非難していた。
それでも、真相を知っている人から見れば、世界の理不尽を見せられるようなものだ。
きっと、普通の人なら、耐えきれないだろう。
全部を話して楽になろうとするか、或いは自殺しようとさえ思うだろう。
それでもあいつは自分の正義を貫いたけれど、辛くないわけがない。
辛くて、苦しくて、それでも誰にも言えない。
そんな中で、あいつは戦い続けた。
そして、そんな石上を助けたのが会長だ。
石上は彼のことを恩人というけれど、その実態は
そのぐらいのことをした。
比べて、私はどうだろう?
事件当時はあいつが悪いのだと思っていた。
先生に直談判したのだって、課題を提出しているのに復帰させないのは理不尽だと思っただけでそれぐらいしかしていない。
夏休みから仲良くはなっていると思う。
けど、どう考えたって会長の方が信頼も仲の良さも恩の大きさも大きい。
どっちを応援したいかなんて、聞くまでもないことだ。
それでも、石上は律儀な奴だから、私のことを手伝ってくれるかも知れない。
でも、そのためにあいつが意に沿わないことをするのは間違っている。
だから、私はあいつに会長を応援するように言った。
それが正しいのだと言い聞かせた。
それでも、あいつは私のことも応援すると言った。
嬉しかった。
と、同時に疑問も覚えた。
だから、聞いた。
聞いてしまった。
その時のあいつの返答は、たどたどしくて、纏まってなくて、それでも今出来る最大を答えたのだと感じさせた。
誇らしい恩人と言ってくれた。
支えていきたいと言ってくれた。
あいつは天然な所があるから、他意はないのだろう。
それでも、嬉しかった。
小躍りしたくなった位だ。
流石にあいつの前ではしなかったけれど。
そして、今日。
会長の方の応援を一段落させて、こっちにきたときに、石上はこう切り出した。
「公約を調整しよう」
「な、なんで!?」
普通に驚いた。いきなり、公約の調整ってどういうことだろう?
「伊井野の公約の書かれたビラを確認したけど、これだと駄目だと思う。色々な内容をもう少し盛り込みつつ、親しみやすくする」
「ぐ、具体的にはどうするの?」
「そうだな。まずは、……
そこから、石上が問題点を洗い出した。
まず、ビラには公約について書かれているものの、これをしたからじゃあどうなる?という具体性がないことを挙げた。
確かに、そうすることで風紀は守れるけど、じゃあ何故
だから、簡単にでも、そうすることへの利点を書く必要があると言った。
確かにその通りだ。ゴールも分からないのに、走り続けることが出来ないように、目標がないのに、達成できることなんてない。
そして、目標が書かれていない以上、票が入らないのは当然だ。
次に、公約の内容自体に触れた。具体的には、公約の具体的なものを抽象的なものに変えた。
例えば、男女の50センチ以上の接近禁止を過度な接触は控えるに変え、男子は坊主頭、女子はおさげか三編みを、華美な格好の禁止に変えた。
こうすることの意義は、本人が言うには、
「こういうのは厳しすぎてもいけない。例えば、日本で治安維持法が出来た時に不満が生まれたように、あまりに締め上げすぎると不満は当然生まれる」
「それに、自由も奪いすぎると奴隷と一緒だ。だから、風紀を乱さない程度の自由は持たせないといけない」
「それにある程度抽象的にすれば、
「元々そこそこ真面目なやつも厳格なルールから開放されるし、残るのは、元々ルールを破りまくる奴だから気にする必要はない」
実際に一理あるし、私一人では浮かばない考えだった。
一緒に居た、こばちゃんと鳴山はうんうんと頷いていたから、二人も石上のこの解説に感心したのだろう。
あるいは、元々思ってたことを代弁して貰ったのか。
後者だと、こっちが馬鹿みたいなので、前者だと思っておこう。
そうして、公約やビラの話し合いを一段落させた後、今度は選挙での台本とスライドについての話し合いを始めた。
まず、私がこれまでしてきたことを私やこばちゃん、自身の経験から大まかに書き、そこから内容について深堀りしていった。
その中で、石上は、
「お前の一番アピールできる所は、真っ直ぐに頑張るところだ。そういった姿勢が先生や近隣の人たちに評価されているし、聡明な人なら分かってくれるはずだ」
そう言ってくれた。
この話し合いは3時間に及び、気づけば下校時間になっていた。
「結構長いこと話したね」
「そうだな。取り敢えず今日は話し合った内容を大まかに纏めよう。ビラの制作、頼むぞ石上」
「おう」
そう言って、今日は解散した。
たったの数時間でここまで、可愛らしく、けれど、きちんと内容の盛り込まれたビラの見本を作るのだから、改めて石上も優秀なのだと分かる。
……ホント、私は石上のことが分かってなかったんだな。
でも、今は石上のことをもっと知りたいと思う。
同時に、わたしのことを知って欲しいと思う。
そろそろ、石上と会う時、話す時、顔を見る時に感じるこの気持ちにきちんと名前をつけるべきだ。
石上と、自分と、向き合うべきだ。
その時はもうすぐだ。
***
生徒会選挙当日。普段早くに来る石上がまだ来ていない。
まぁ、普段と言ってもここ最近の普段なんだけど。
それにしても遅い。
何かあったんだろうか?
そんなことを考えていると、石上がやってきた。
……のだが、明らかに顔色が悪い。
若干フラフラしてるし、目つきも凄いことになってる。
「お、おい。大丈夫か?いや多分、大丈夫じゃないだろうけど」
「……お、おう。いや、スライドの編集してたらいつの間にか朝になってた」
返事が遅れるくらいにぼっーとしているのだろう。
しかも、スライドを作り出したのは三日前からのはずだから、普段の石上ならとっくに終わらせていた筈だ。
つまり、それだけ本気で作ったのだろう。
嬉しい反面、流石に申し訳なく感じる。
「…うん?気にすんなよ伊井野。こっちが好きでやってんだから」
「で、でも」
「大丈夫だって」
どうやら顔に思いっきりでてたらしい。
でも、本気で心配なんだけど。
大丈夫かな。
体育館に来た。
いよいよ、演説だ。
事前調査では、白銀先輩が7割、私達が3割だった。
正直、劣勢だろう。
何よりも先輩方が本気だ。
不安になる。
「大丈夫だよ、ミコちゃん。落ち着いて」
そうやって、こばちゃんが抱きしめてくれた。
こばちゃんは暖かくて、ちょっと安心した。
「うん。ありがとう」
石上が作ったスライドの最終確認をして、本番に臨む。
***
本番、何故か辞退した本郷先輩のお陰で私と白銀先輩の一騎打ちになった。
まずは、こばちゃんの応援演説だ。
「が、がんばって」
私が言うと、こばちゃんは祐作を食べた。
こばちゃんの応援演説には言い淀みがなく、練習していた。
それでも、真面目に聞いてくれる人は多いとは言えない印象だ。
次は、四宮先輩の応援演説だ。
私が緊張を解くために人の字を書いていると、当然キィーーンという音が響いた。
ビックリした。
その後は、私は大きくなる緊張を解くのに精一杯で、あまり聞けてないけれど、それでも言い淀みがなく、理路整然と述べているのは伝わった。
そして、私の番。
緊張が酷くなってきた。
壇上に登る。
けれど、まるで自分の足じゃないような気がした。
頭が真っ白になってくる。
駄目だ、声が出ない。
クスクスと笑い声が聞こえる。
皆の目が怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
助けて。
「大丈夫だ」
声が聞こえた。
石上の声が。後ろから。
「周りの目線なんて気にするな」
「もしも、気になる僕の目を見ろ」
そうして、石上の方を見る。
やっぱり目つきが悪かった。
けど、優しさを感じる表情だった。
そうだ。私は一人じゃない。
こばちゃんが、鳴山が、そして石上がいる。
だから、大丈夫。
ちゃんと話せる。
「私の名前は伊井野ミコです」
「皆さんは私の公約を馬鹿らしいと思っているかも知れません」
「ですが、この公約は全然アホらしくなんてありません!」
「いいですか、こちら各高校のブランドイメージのアンケートです!」
「我が秀知院のブランド力は年々、下降の一途を辿っております!」
「その原因はいくつかありますが、その中でもモラルの低下が強く印象付いているようです!」
「世間には『偏差値だけ良いボンボン共』、そんな風に思われてきているのです!」
「同時に近隣住民の印象もあまり良くなく、最近は行事において地域団体の協力を得られない状況が続いております!」
「例えば文化祭でのキャンプファイヤーは3年前まで恒例行事でしたが、深夜まで居座る生徒やポイ捨て問題が取り沙汰され、夜間活動に町内会の許可が下りなくなりました!」
「風紀の乱れが引き起こした問題の一つです!」
「周囲の不評は校則緩和の時期と符合します!」
「ルールはモラルを育てるのです!」
言いたいことがちゃんと言えてる。
やりたいことがちゃんと言えてる。
皆の前で。
今まで出来なかったことが出来ている。
これがどんなに嬉しいことか。
「ご清聴ありがとうございました」
言いたいことは言い切った。
後は、なるようになるだけだ。
壇上を降りると、石上が居た。
石上はただ、
「お疲れ」
と、言った。
私はなるべく笑顔で、
「ありがと」
と、言った。
***
後日談。というか今回のオチ。
白銀先輩の演説はしっかり聞けた。
理路整然としていて、緊張のようなものを感じない。
内容もしっかり纏まっていて、元生徒会であることを生かした具体性もある。
強い。積み重ねが滲み出る確固たる強さが確かにあった。
そして、結果は発表された。
白銀御行 300票
伊井野ミコ 299票
たったの一票差だった。
石上や皆にあれだけ手伝ってもらったのに。
悔しい。悔しい。悔しい!!
でも、会長の演説を聞いた時に思い知った。
私はまだまだ未熟だ。
足らないものが多すぎる。
それでも、勝ちたかった!
負けたくなかった!
視界が霞む。
何も見えなくなる。
「おーい。伊井野~」
誰かの声が聞こえた。
「惜しかったなぁああ!俺、お前に入れたのによー!」
「同じ1年なのにあの会長に一歩も引かずにカッコ良かったです!」
そんな声が、私の周りに溢れていた。
去年まででは、笑われてばかりだった。
それが、今年は皆に応援されている。
思わず笑みが零れた。
「みこぢゃ~ん、よがった…、よがったよっお…」
何故か隣のこばちゃんが本気で泣いていた。
場面は変わって、めでたく会長となった白銀会長と顔を合わせていた。
「これも真剣勝負の結果だ。恨んでくれるなよ伊井野」
「とんでもないです」
そう、対等な条件の勝負だ。
恨む道理なんてこれっぽちもない。
「それでも悔しそうだな」
「悔しいですよ!皆が協力してくれたのにこんな結果で…」
そう、悔しいものは悔しいのだ。
この気持ちを抑えることは出来ない。
「そうか。それはそうと伊井野。生徒会に入るつもりはないか?」
会長はそう言ってくれた。
「まだ生徒会長を目指すなら、実地で学んでおいた方が都合がいいだろう。そのつもりがあるのなら…」
会長はそう言ってくれた。
生徒会に誘われたのは初めてだ。
嬉しい。
返事なら決まっている。
「はい!是非、入らせて下さい!!」
「そうか」
白銀会長は微笑みながらそう言った。
「さて、会長として初の仕事を頼みたい」
「な、なんですか。確か生徒会の初仕事は体育館の椅子の片付けだったと思いますが」
「いや、石上が結果が分かってすぐに倒れてな。今、保健室で寝ている。その看病をして欲しい」
「えっ!?」
やっぱり無理をさせていたのだろうか。
いや、してるに決まっている。
それもこれも私のせいだ。
なのに私、結果を出せなかった。
「あまり、落ち込むなよ。石上はお前のそういう顔が見たくて頑張ったんじゃないからな」
「はい」
それでも、気落ちしながら保健室に向かう。
中に入ると確かに石上が寝ていた。
静かに寝息を立てる姿は子供のようだった。
音を立てないように、椅子に座る。
そっと顔を近づける。
目の下に隠していたようで、隈が出来ていた。
なんでそんな、心配をかけないようにするのよ。
余計な気遣いよ。
本当に馬鹿なんだから。
…でも、そんなあんたの協力があったからここまでやれた。
だから、起きてなくてもいい。
ちゃんと伝えよう。
「ありがとう石上」
「あんたのお陰で、あの会長に一票差まで追い詰めた」
「壇上でのあの言葉が無かったら、私は言いたいことを一つも言えなかった」
あれも、こばちゃんが演説前に抱きしめた時に、背中に小型のスピーカーを付けたから聞こえたのだ。
演説のあとでこばちゃんに聞いたら、石上に頼まれたらしい。
本当に、お節介だ。
でも、それに救われた。
「それと、ごめんね。あんたがこんなになるまで追い込んじゃって」
「あんたは好きでやったことだからって言うんだろうけど、それでもごめん」
「それに、今までも嫌なことを沢山言ってごめんね」
そして、謝る。
これまでのことを。
ちゃんと口に出す。
本人の寝てる前で言うのは卑怯だなと我ながら思うけど。
それでも、言いたかった。
きちんと、けじめをつけるために。
これまでの石上との日々を思い出す。
沢山叱って、言い返されて。
助けながらも助けられて。
仲良く話して、あいつの笑顔を見れて。
いい思い出も悪い思い出も浮かぶ。
その中である言葉を思い出す。
なるほど、確かにその通りだと思う。
私は石上に
私は石上優のことが好きだ。
もう、どうしようもない位に好きなのだ。
石上のことを思うだけで、石上の顔を見るだけで、体が燃えるように熱くなる。
全然冷めそうにない。
我慢できない。
この気持ちを石上に伝えたい。
けど、それは
この気持ちだけは、ちゃんとこいつが起きている時にこいつの顔を見て、
言いたい。
伝えたい。
だから、今はこんな言葉を贈ろう。
「これからもよろしくね。石上!!」
とびっきりの笑顔で寝ている石上にそう伝えた。
まだ、私の恋は始まったばかりだ。
票数に違和感がある?
大丈夫。裏で語るから。