体育祭。
僕はこのイベントを学校の大きな行事の一つとして認識している。
元々、文化系の僕にとっては体育祭はそこまで好きではなかった。
むしろ、小学生だった頃はちょっと嫌だった。
その頃の僕は、まぁ、運動が出来ないものだから、体育そのものに苦手意識を持っていた。
どのぐらい運動が出来ないって、かけっこでクラスで下から二番目とか、いつまで経っても平泳ぎが出来ないとか、そんなレベルである。
そりゃ、嫌になるよな。って、レベルだ。
笑われるレベルであったと言ってもいい。
これが、中学性の時に怪異と出会い、怪異の後遺症が残ったことで僕の運動能力はかなりの上昇をみせて、体育祭も楽しめるようになった。
……本当は、その前に体育にも体育祭にも苦手意識は無くなっていたのだけれど。
端的には、何事も楽しむことが大切なのだと、学び、実感した。
それはきっと、学校の先生が当たり前のように言うことだ。
しかし、ある程度成長した子供には嘘のように聞こえることだ。
大人が嘘をついているように思うことだ。
実際に、僕自身も実感するまでは嘘だと思っていた。
けれど、本当のことであった。
何事も楽しむことが大切であると。
そのために、努力することも大切なのだと。
だから、今回も精々楽しむとしよう。
友人の進みを応援しながら。
***
ザワザワと皆の話し声が聞こえる。
本日はここ、秀知院学園の高等部の体育祭である。
ギラギラと照りつける太陽は、某テニスプレイヤーのように周りを熱くさせている。
体育祭自体はそれなりに楽しみにはしていたが、こうも熱いとややゲンナリするというのが本音である。
「いやー、熱いな。周りの空気が」
「そうだな。正直、そこまでテンションは上がらないな」
と、答えてくれたのは石上である。
わざわざ、陽キャの集まる応援団に立候補して入ったので、少しはテンションが上がっているかと思ったが、そうでもないようだ。
……いや。テンション自体はそれなりにあるらしい。
目が笑っている。
石上ほどでは無くても、僕は僕で人のことを見ているつもりだ。
石上は元々、そこまでテンションの上げ下げが目に見えるタイプではない。
かなりテンションが上がったり、下がったりすると分かりやすいが、そうではない場合は分かりづらいのだ。
「まぁな。確かにテンションは上げづらいが、でも折角応援団にも入ったんだし、楽しむものは楽しんだほうが学べることが多いぞ?」
「……そうだな。頑張ろ」
「その意気よ」
『そろそろ開会式を始めます。皆さん。整列して下さい』
放送でそんな声が聞こえた。
「さて、じゃあ行くか、石上」
「おう」
横目で、石上を見ながら僕は思う。
この文化祭、果たしてどうなるのかね。
***
僕の出場する種目は、玉入れ、100m走、部活・委員会対抗リレーの3つである。
現在の僕の足の速さは、石上と0,1秒の差で負ける程度を
本気でやれば、ウサイン・ボルトもぶっちぎりで抜けるぐらいの走力を持っているが、しかし、所詮は怪異の後遺症なので自慢出来るものでないし、アスリートの頑張りを馬鹿にするのも良いところなので隠している。
しかし、それでも、結構な高順位をつけているのは、速さを本気風に見せつつ、遅くするのに難儀しているからだ。
演技は苦手である。
因みに、石上の方は僕が実力を隠しているのに気づいている。
しかし、聞いてはこない。
何か事情があるのだと汲み取ってくれているらしい。
本当に良い友達である。
という訳で、100m走。
白銀先輩も石上も僕も、普通に1位を取った。
走りの描写はカットする。
話すことなど無い。
普段から長距離を自転車で通学する白銀先輩や中等部時代に陸上部で相当な速さを見せていたらしい石上が速いのは、分かりきっていることだ。
強いて挙げるなら、1位取った時の反応を挙げよう。
白銀先輩の場合。
「「「ワァァアア」」」
と、赤組が凄く盛り上がっている。
流石は生徒会長である。
混院と言えど、確かな信頼と人気を持つのが彼である。
それも、元々は、
確かに、会長としてボロを出さないように必死になっている。
尻の青いガキかも知れないが、それでも努力し続けている彼だからこそ、
だから、職業不定のダメ親父に言えることはないと、校舎側の四宮先輩と白銀先輩の父の会話を聞きつつ思ったのだった。
石上の場合。
シーン……
無関心にスマホとかいじってる。
全く、酷いもんだと思う。
少しは興味持てよ。
相も変わらず、この辺は変わらない。
石上のことをよくも知らずに、批判する。
こういうのを見ると、芸能人のニュースで批判するものじゃないな。と感じる。
実際を知らないのに、ただ批判することの愚かしさをよく感じるのだ。
なんて、僕も人のことを言える人間ではないのだけれど。
……余談だが、クラスの方に戻ると、伊井野が石上に、
「やったね。石上」
と、可愛い笑顔で言って、石上を赤くさせている。
こういうのを、尊いと言うんだろうなー。
僕の場合。
まぁ、可もなく不可もなくだ。
皆、ふーんで流す位だ。
関心は有るものの、大した反応もない。
ここら辺は、白銀先輩と石上の中間位だ。
こっちも反応に困る。
まぁ、人気のあるタイプでもなければ、友人の多いタイプではないのは確かだからな。
と、言った具合な100m走だ。
そして、現在。
石上と伊井野が無自覚にイチャイチャしていて、居場所がない。
あの中に入るには、ライオンの頭の上にある宝石を素手で取ろうとするくらいに難しい。
そんな無謀かつ邪魔なことはしない。
なので、取り敢えず飲み物を買おうかと自販機に向かっていると、
「だーれだ」
と、テンプレな台詞と共に目を塞がれた。
勿論、正解は分かっている。
「何やってんだ、撫子」
「せいかーい。何やってるんだと聞かれたら、仕事なんだけど」
千石撫子。
僕の友人の一人であり、また、怪異の専門家でもある。
現在の彼女の格好は、パンツルックでボーイッシュな感じであるが、これがまた似合っている。
服装をそんな気をつけるタイプではないが、何着ても似合うタイプの人物ではあるだろう。
と、ここで来た理由を聞いて納得する。
「ああ、臥煙さんの寄越すって言ってた専門家はお前か」
「そう。結界の練習も兼ねて、やってきなーって言われた」
「なるほどな」
ここで、忘れられてはいないと思うが、説明。
ここ、秀知院学園は元々、エアスポット一歩手前の
また、試験期間になると恨みを募らせたり、呪いをかけたりして、秀知院学園が怪異の動物園になる。
これは、要するに高い能力を持つものへの嫉妬やら僻みやらが絡むのだが、これは体育祭でも発生する。
要するに能力をパフォーマンスする場で行いがちなのだ。
ほとほと面倒くさい限りだが、これでも試験期間のそれよりも少ない。
しかし、行事進行時に怪異が発生するので、怪異発生を抑制する結界を貼りつつ、発生した怪異を潰すという手法が取られる。
ここの生徒で競技への参加もしなくてはならない僕一人では手が回らないので、専門家を一人寄越すと臥煙さんは言っていたが、それが撫子とは、
「なかなか、アレな選出だな」
「そうでもないよ。私の守備範囲には呪い系も含まれているから」
「ああ、蛇切縄とか正にソレだもんな」
「そうそう。後は漫画のネタに出来ないかなって思って」
そう、こいつは漫画家でもある。
僕も愛読しているが、ゴリゴリの少女漫画の体を装っているが、結構闇が深い作品を描いている。
まぁ、闇が深い作品はそれなりに好みなので好きなのだが。
「しかし、僕の知り合いは清純なラブコメばっかだし、そんなにいいネタにならないと思うぞ」
「いいよ、いいよ。どんなに綺麗でも汚しちゃえば良いんだから」
「やめろよ。うちの子達に変なことを吹き込むとかするなよ」
「せんぱ……」
うん?
今、背後から声がしたぞ。
この声は、
「せ、先輩。彼女居たんですか?」
と、そこにいたのは美青だった。
鬼ヶ崎美青。
僕の一個下の後輩であり、
その彼女が顔を青くさせて、絶望に浸るような顔をしている。
「いや、居ないぞ。こいつは仕事の同僚だ」
「あ、そうなんですか。…そうなんですか。良かった……」
…何か聞こえた気がしたが、聞こえなかったことにしよう。
こいつ自身が明言をしていない以上、こっちからどうこう言うのは違うだろうしな。
と、そんなことを考えつつ、
「この子は誰?」
「ああ、一個下の後輩で、鬼ヶ崎美青だ」
「ああ、あの監視対象の」
「あれ?今サラリと変な事言われてませんか?」
「気のせいだぞ」
この子は自身の怪異譚のお陰で、一応の監視対象になっている。
とは言っても、後遺症の類は無いし、目立った動きもないので、そろそろ監視も消える予定だが。
どの道、これは重要なことではない。
今後の伏線ではない。
「私の名前は千石撫子だよ」
「あ、どうも」
お互いに会釈はするものの、会話は無い。
どちらも人見知りがあるからだろう。
しかし、だからと言ってこちらが構う理由は無いので、
「そんじゃあ、飲み物買ってくるから」
「「ここで、二人きりにしないでよ!」」
ダブルでツッコミをもらった。
もう少し、構うとしよう。
***
「しかし、最近人気のラブコメは終わりつつあるよな。残ってるの『桃缶』ぐらいだし」
「そうだね。まぁ、下手に伸ばしててヒロインを量産しまくった挙げ句に失敗するより、流れ通りに綺麗に終わらせた方が良いと思う」
「そうですね。でも複数のヒロイン系だと綺麗に終わるのが難しいんですよね」
「ああ、そうだな。丁寧な失恋とかキャラのヘイト管理とか難しいよな。最初から、もうこいつとくっつくのは確定で誰にも一切靡かないタイプの主人公はそりゃ好感度が高いし好きだけど、作劇上、誰が好きだか分からない方がストーリーは進行しやすいんだよな」
「でも、それが理由で下手に救出イベントとかするとクズ扱いされたりするんだよね」
「ホントな。だから、3人とか4人とかヒロインのいるラブコメは終盤に変に叩かれたりしますよね」
「でも、それでも決まったものに文句を言わなくてもいいと思うけどな」
と、そんな風にラブコメの話をする僕たち3人。
ラブコメに対しては皆それぞれで意見は違うとは思うし、これも僕の一意見でしかないが、しかし、本当にそう思う。
マジでその辺は弁えたほうが良いと思うのだ。
全員とくっつける訳では無いのだから、負けヒロインがいるのは当然なんだから、そこにグチグチと文句を言っても仕方ないのだ。
そこに文句があるなら、自分で作ってみろと言う話だ。
失恋系が見たくないなら、一対一のくっつくのが確定のラブコメを読んでればいいのだ。
「なんか恋の話してませんか!?」
「いいえ、漫画の話です」
突然飛び出してきた、ラブ探偵こと藤原先輩。
「えー、そうなんですか?……というか、女子に囲まれて楽しそうですね」
美青がビクッとなり、撫子の方も肌寒く感じたらしい。
藤原先輩の雰囲気が恐ろしくなっている。
発言を笑顔で言っているが、(笑)の文字が感じ取れる。
これは内心、怒っているということを指す。
何に怒っているのか、察しない。
僕は知らん。
「ねぇ、この人も好きなの?」
「知らんし、分からん」
撫子が小声で聞いてきたが、知らんものは知らんの主義を通させて貰うことにした。
そんなことを言っている時点でお察しだとしても知らない。
ちゃんと向き合えよと言われるかもしれないが、今はしない。
「それで誰なんですか、この子達は?(笑)」
「後輩と友人ですよ」
「ホントに?(笑)」
会話文に感情が乗っている。
美青の方も、いらんことに気がついたらしい。
若干、気まずそうだ。
はぁー、取り敢えずどうにかしないと。
「本当ですよ。なんでそんなに機嫌が悪いんですか?」
「ええー(笑)。そんな事ないですよ(笑)」
「そんな事有るでしょう」
と、言って藤原先輩に近づき、
「折角、可愛いのに台無しですよ?」
と、耳元で言った。
ボンッと爆発した音が聞こえた。
正直、キモいと自分でも思うのだが、したのはそれなりに理由がある。
藤原先輩はどうやら押し倒されるのが好みらしい。
なら、それまがいのことをすれば機嫌が治るのではないかと思い、やってみたが、効果はあった。
「そ、そんなに言うなら直しますけどー。別に怒ってもいないですし」
と、機嫌が良くなった。
これでも、演技の可能性もあるので十分に注意しなくてはならないが、一先ず安心だ。
……さっきの発言は、やっぱり駄目だと思う。
「さて、それじゃあ、飲み物買ってきます」
よし、このままこの場を離れれば、こっちに被弾することは無かろうって。
これ以上、変な発言したくないし。
そう思い、その場から離れようとした時に、撫子が、
「そう言えば私達、一緒に寝たことあったな」
と言った。
急いで、撫子の方を振り返る。
彼女は、からかうように舌をだしていた。
チクショウ!!なんてことしやがる!?
「「ねぇ。どういうこと!!」」
と、ほか二人の目線が突き刺さる。
絶賛、修羅場発生中だった。
***
後日談、というか今回のオチ。
「ぐへぇー。キツい」
あの後、見事に二人から質問攻めにあった。
誤解を解く(と言っても実際に一緒に寝たので嘘だ。しかし、別に一線は越えてない)のに、2競技も挟むことになるとは。
撫子はやっぱり、性格が悪い。
悪女と言っていい。
一体、誰譲りなのだろう?
そして、あの二人も随分と嫉妬深い。
知らない振りをするのにも、限度のある行動をしないでくれ。
こうなってくると、気づいてない設定でやるにも、もう少し距離を考えたほうが良いのかもしれない。
「でも、まぁ、ひとまずここまでくればいいか」
と、来たのは校舎裏である。
ここなら、人もあまり来ない。
「出てこいよ。ずっとつけているのは分かっている」
「あら?いつからバレてました?」
そこにいたのは、美しいぐらいの金髪をもつ少女だった。
服装はこの学校の体育着だから、つまり秀知院の高等部の生徒ということになるだろう。
まぁ、今まで見た覚えはないが…。
「そうだな。視線はこの学園に着いた時に気づいたが、誰かという点では、100m走の後だな」
「なるほど。流石に気配には敏感ですか。それもまた、
と、その少女は笑う。
きれいな顔つきだった。
それは誰も彼もが羨むような笑顔だ。
だからこそ、僕は警戒しながら聞く。
「
「おっと、それはまだ名乗れませんね。怪異は
怪異という単語を知っている。
何よりもその言い方、そして、この匂い。
「いずれお話することになるかもしれませんが、私については今の所はノーコメントです」
「それに、私の今の使命はあなたに嫌がらせをすることですから」
「精々楽しむとしましょう?私が楽しんで使命を果たせるように」
「取り敢えずは、今日の楽しみを存分に堪能してくだい」
聞き終えたのと同時に走った。
手加減なしの本気のダッシュをした。
しかし、消えた。
跡形もなく。
消えた跡すら残さずに消えた。
「逃げられたか」
僕がこうも容易く逃げられるとは、今までこちらをずっと監視して、能力を知っていたのだろうか?
そうして、動きを把握していたのか?
というか、何の怪異だ?
呪い系ではありそうだが、言動から物凄い自由度を感じる。
いや、今はそれよりも、
この後、何をしようというのだ?
兎に角、気を引き締めなくてはならない。
この体育祭を妨害させる訳にはいかない。
なんとかして、阻止しなくてはならない。
……これが彼女との出会い。
今はまだ、金髪で、美しく、そして怪異であるということしか知らない。
彼女との戦いの物語。
ラブコメは、鷹揚な心で読むのが大切だと思うんだよね。