鳴山白兎は語りたい   作:シュガー&サイコ

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過去の部分を入れたいけど、引っ掛かりそうで怖い今日この頃。


ゆうフィーリング

今の僕があるのは、生徒会の皆のお陰だ。

会長や四宮先輩、藤原先輩は僕を停学から助けてくれた。

僕の言えなかった過去を見つけ出して、事もなさげに問答無用で引き剥がしてくれた。

会長は、その後も仲良くしてくれるし、話していて楽しい。

仮に会長に一緒に付いてきてくれるか?と、問われれば迷うこと無く、付いていく。と言える。

その位、尊敬しているし、あるいは忠誠心とも言えるものを会長に対して持っている。

四宮先輩は、最初は怖く感じていたが、今はそこまででもない。

なんだかんだ、面倒見が良い先輩だ。

実力テストの時に手助けしてもらったことや服を貸してもらったことに対しても感謝している。

それでも、怖い時は本気で怖いので内心の警戒を解ききれないが。

…会長とお似合いだよなとは、ずっと思っている。

藤原先輩は、まぁ、殴りやすいボディしている。

いや、いい先輩ではあるのだが、色々と珍妙なことするし、自信満々に間違ったこと言うし、結構邪悪な性格してるし、色々と問題がある先輩である。

しかも、その上で本人は改めないのだから、酷いのだ。

変わらない先輩だ。

まぁ、ムードメーカーだし、助けてもらったことも多々あるので必要な存在だ。

そして、それとはまた別の同じクラスで同じ生徒会役員の二人。

一人は鳴山。

最近はからかいの一面がでている気がするが、基本的に真面目で苦労人だ。

物事を何でも早く進めようとする一面があって、暇だったからと言って、他の人の仕事もしてることがある。

それに、先日の中間で、ギリギリの50位にランクインしていて勉学も努力を続けている。

TG部でも、何やら企画をしたり、色々やらかす藤原先輩達の代わりに謝ったりしてるらしい。

それに、生徒会選挙でも会議ではあまり案は出さなかったものの、裏で票を集めるために頑張っていたようだった。

そしてそれを、表にだそうとはしない。

なんで、言わないのかを聞いてみたら、

 

『別に。自分がやりたいようにやってるだけだよ』

『僕が気になったからやった。それがたまたま、人の助けになっただけ』

『だから、別にわざわざ言う必要はないってだけだよ』

 

そう言っていた。

あるいは、そういう側面があるから、僕や伊井野と仲良くなれたのかも知れないと思う。

本当に良い友人だ。

そして、もう一人。

伊井野ミコ。

努力家で、勉強にも風紀委員にも真面目に取り組んで、でも、不器用で、空回りもよくしてる。

まぁ、最近は空回りも減ってきているけれど、どことなく、不安定な所がある。

そういう所が心配で、昔からあいつの事を陰ながら見ていたし、助けていた。

そんな風に言うと、上から目線になってしまうけど、僕だって人のことは言えない。

僕だって、散々あいつに助けられてきた。

停学してたときも、家族のことも、あいつが助けてくれた。

それに、今回も応援団のことで心配しながらも応援してくれてる。

そんなあいつのことを誇らしく思っている。

けど、最近はそれだけじゃないのかな。って、思ってる。

それ以外の何かが僕の中にあることに気づいてきた。

僕もそろそろ、向き合おう。

過去のことを見続けることなく、今と、そしてあいつと。

 

***

 

本日は、秀知院学園高等部の体育祭。

皆。特に、体育会系は盛り上がっている。

僕自身、盛り上がっている雰囲気が嫌いということはないが、しかし、それでもテンションをアゲているのをデフォのようにされるのはキツい。

そして、そんな風に一番盛り上がるであろう応援団に一時の気の迷いで参加してしまった僕のテンションは、やる気はあるんだけどいまいち上がらない状態だった。

 

「はぁー」

「なにため息ついてるのよ」

 

開会式も終わり、最初の競技である玉入れに参加するために集合場所に移動している途中で、後ろから声をかけられた。

横を見ると、伊井野がいた。

 

「体育祭、楽しみじゃなかった?」

「そんなことないけど、なんか、周りの熱量にあてられてなー」

「ふーん。でも、ここまで応援団の練習、頑張ってきたじゃない。だから、頑張ろ?」

 

笑顔でそう言うと、伊井野は先に集合場所に行ってしまった。

選挙が終わって、新しい生徒会になってから伊井野のあの表情をよく見るようになった。

一学期の終わり頃まで見ていた表情は、真顔か怒り顔か軽蔑するような顔ばっかだから、ああいう顔は新鮮に見えた。

普段からああして笑顔でいたら、皆にももっと好かれるのにとも思う。

でも、あの表情は多分、仲の良い人達位しか見れないんだろうな。

……心のどこかに、周りに見せたくないと思う気持ちもあるけど。

取り敢えず、あいつに応援されてるんだし、頑張りますか。

 

***

 

最初の種目、玉入れ。

カゴの中に落ちている玉を入れるというよくある競技だ。

ただ、高校生で玉入れってどうなんだろう?

しかも、男女混合。

皆、入れられるだろうし、競技としての発展性に欠ける気が…

 

「全然入らない……」

 

……いや、皆が入る訳ではないようだ。

伊井野…。

身長が足りてないのか。

確かにこのかごは、男子でも入れづらくするために高めに作ってあるが、それ故に背の低い人達にとっては不利になる。

僕は比較的身長はある方なので、問題なくかごに入れているが、伊井野は大変そうだ。

 

「私…足手まとい…」

「ミコちゃんは身長が低いからね」

 

そう言うと大仏は伊井野を肩車した。

 

「じゃあこうしよう!」

「ルール的に大丈夫!?」

 

伊井野のツッコミが冴え渡る。

しかも、土台が安定しないから投げづらいらしい。

そりゃそうだろうと言った感じだ。

しかも、落ちている玉も肩車姿勢だと取れない。

そもそも、普通に入れられる大仏を減らしてやる作戦じゃない。

完全に悪手だろう。

そう思っていると、伊井野の方に鳴山が近づいた。

 

「大変そうだな」

「う、うん。迷惑だよね?」

「そうでもない。こういうのはやりようだ」

 

そう言って、あいつは伊井野に作戦を伝えた。

伊井野と大仏の身長は足して3m位ある。

なら、かごの近くで軽くぽいっとする感じなら入るのではないかというものだ。

拾うのは、鳴山が自分のを投げつつ渡すらしい。

色々と反則くさいというか、僕なら反則だと言いそうな作戦だ。

まぁ、レフリーが特に反応しないから大丈夫なんだろうが。

流石に、只真上に投げるだけなら問題なく出来るらしい。

鳴山もキビキビ動いて、自身も玉を入れつつ、伊井野にも渡している。

その結果。

見事にウチのクラスが勝った。

 

「やったね!伊井野さん」

「ルール的には微妙なラインだけどやったな!」

 

クラスの奴が、伊井野を褒めている。

伊井野も満更でなさそうだ。

 

「ふぅー」

「お疲れ」

 

丁度、近くにいた鳴山に声をかける。

こいつも結構動いていた気がするが、特に誰も声をかけない。

 

「なんか理不尽だな」

「そうでもないさ。きちんと結果を出したのは確かにあいつだよ」

 

僕はただ、そのサポートをしただけさ。と、気取ったように言う鳴山だ。

本当にこいつは。

無駄にカッコつけなのだ。

まぁ、僕も伊井野も似たような面があるだけに否定しにくいのがまた困る。

取り敢えずは、僕だけでもこいつを労おう。

 

「頑張ったな」

「…ちゃんと伊井野にも言えよ?」

 

ここで変な気遣いが出るのも、こいつだ。

 

***

 

次は、100m走だ。

正直、ドラマも何もないので結果だけ言うと、1位になった。

これでも、中等部時代は陸上部だ。

他の文化系よりも早い。

なのだが、周りの反応が薄い。

なんか、スマホとかいじってるし、会長が盛り上がった分、落差が酷い。

いや、もう判ってるけどね。

一応、赤組の仲間なんだけどね?

正直、結構きついな。

そうして、鬱々とした気分でクラスに戻ると、伊井野が待っていて、

 

「やったね!石上!」

 

と、花のような笑顔でそう言ってくれた。

うっ。可愛い。

結構褒められると嬉しいものだな。

 

「ありがとう」

「石上って、あんなに早かったんだね」

「まぁ、中等部では陸上部だったし」

 

そこから、周りから少し離れた場所で話した。

こいつと喋るのが結構楽しい。

先までの気分が嘘のように、晴れていった。

……こういう風に、これからも過ごしたいな…。

 

***

 

そうして話していると、伊井野と話していると子安先輩に声をかけられた。

 

「優くん!いい感じの所、ごめんね。二人三脚の相手が今日病気で…、代わりに出てくれないかな!」

「えっ…、僕がですか?」

 

聞いて、横を見ると、伊井野は少し、寂しそうな顔をしたが、

 

「行ってきなよ、石上。私のことは気にしなくていいから」

「そうか?本当に?」

「先輩だって困ってるし、また後で話せるしね」

「…お前がそれでいいなら…」

「本当にごめんね!」

 

と、いった流れで二人三脚に参加した。

どことなく、漫画とかなら女子と組む流れになりそうだが、現実はそんなことはなく、見事にムキムキな先輩と組むことになった。

まぁ、これで女子だと伊井野に色々言われそうだから良かったが。

それで、流石に急ごしらえだけあって1位は取れなかったが、そこそこの順位だった。

 

 

そして、元の所に戻ろうとすると丁度、伊井野と会長が仲良さげに話していた。

……なんだか、ざわついた気分になる。

どうやら、体育祭あるあるについて話していたようだった。

 

「どうも」

「おお、石上。いい走りだったぞ」

「うん!」

「ありがとうございます」

 

そのまま、僕も体育祭あるあるに混ぜってもらった。

所で、鳴山の姿を100m走以降見ていないが、どうしたのだろうか?

何か、変なことに巻き込まれるとか……は、ないな。

と、現在やっている種目は、借り物競走。

 

「よく漫画とかだと借り物競走で好きな人って紙、入ってるじゃないですか」

「入ってるな」

「でも実際。入ってたら大問題ですよね」

「まぁ、ああいうのはフィクションだからね」

 

そんな風に話していると、競技に参加している四宮先輩がこっちに近づいてきた。

 

「石上くん!石上くん!」

「えっ、僕!?」

 

そのまま、先輩は僕を引っ張っていく。

えっマジ…。

ちょっとええ~~~

そうして、そのままゴールした。

ど、どんな内容だろう?

四宮先輩が見せてくれた紙を見ると、

 

『後輩』

 

と、書かれていた。

うわっ、また普通なの来たな…。

まぁでも、嬉しいは嬉しい。

そうして、会長達の所に戻ると、

 

「な、なんか照れてるけど、どんな内容だったの?」

 

と、伊井野が聞くので紙を見せる。

 

「えっ、じゃあなんで照れてるの?」

「今までこういうので呼ばれた事なかったので」

「なんかごめん…」

 

会長が若干申し訳無さそうな顔をした。

伊井野はなんかほっとしたような顔をしてる。

なにに動揺していたんだろうか?

 

***

 

さて、昼食を挟んで、次は応援合戦。

それでまぁ、女装することになるんだけど。

マジで女装するのか…

周りからのキモォォとかの反応が目に浮かぶようだ。

……不安だな。

 

本番

 

「「「えっ、もしかしてウチら入れ替わってる~!?」」」

「きゃああ、つばめせんぱーい!」

「団長かわいいー!!」

「待って待ってヤバい!!」

「風野くぅぅん!」

 

うわぁー、すげぇ。

流石は陽キャの人達。

なんか心配してたのが馬鹿みたいだ。

そうして、応援も本気でやった。

応援合戦を終えると、生徒会の皆が待っていた。

会長が似合うなと言う。

四宮先輩はそうでしょと微笑む。

藤原先輩がかわいーっ!!って、写真を撮る。

鳴山が、良かったぞ。と背中を叩く。

伊井野が頑張ってきたもんね。と褒める。

皆、僕のことを受け入れてくれてる。

なんか、今まで一番楽しい体育祭かも。

やっぱり応援団に入ってみてよかった、かもしれない。

いい加減、僕は前を向きたい。

失敗を悔やんで、後悔を積み重ねるよりもう少し、心躍る生き方を…

そう考えていた時に、声がした。

 

「石上くん?」

 

そうだ、こういう時に来るんだ。

 

「ずいぶん楽しそうにやってるんだね。…石上くん」

 

一番忘れたかった過去は。

 

***

 

授業中に自分の携帯が鳴った時みたいに、手足から寒気がきた。

猿が目の前をよぎった気がした。

周りの景色が色褪せていく感じがした。

僕の過去(失敗)の象徴である大友京子は、何か一言呟いてから、期待はずれな顔を浮かべて、仲間の所へ消えた。

鉢巻を解きながら、思う。

二度と会いたくなかった。

忘れてしまいたかった。

勘違いしていた。

僕は大丈夫だと。

何を僕は浮かれていたのだろう。

ただ、顔を見ただけで、こんなにも…

 

…み!石上!

 

呼ばれている気がするが、聞こえない。

認識出来ない。

どうやら、小野寺さんがいるようだ。

 

「小野寺さん…?どうかした?」

 

駄目だ。

表情が分からない。

何か、言われたような気がするが、全く聞こえない。

そのまま、小野寺さんに引っ張られる。

 

「スカートだって忘れて、柵、飛び越えようとしたらな!」

「引っかかって、盛大に足首やっちゃって!」

 

イマイチ、聞き取れないけど、どうやら、足首をやったらしい。

明るそうな雰囲気だが、今の僕には何も見えない。

何も、聞こえない。

 

「で…俺、団体対抗リレーのアンカーだったんだけどこれじゃ走れないから、石上。代わりに走ってきて」

 

何を言われているのか、分からない。

僕が、走る?

どうして?

 

「いや、アンカーなんか無理ですって…」

「…、聞いたぞ。中等部の頃の話」

「え……」

 

ドキリとした。

寒気が止まらない。

表情が、分からない。

 

「部じゃ一番速かったらしいじゃないか。さっき、二人三脚で良い動きすると思ったんだよ」

「ほらほら、もう集合始まってるから着替えないと!」

 

子安先輩に背中を叩かれた。

駄目だ。何も分からない。

着替えて、グラウンドに行く。

そこで、会長に声をかけられた。

 

「石上!応援団の代表は石上か。アンカーとは大任、任されたな」

「石上くんの逃げ足は中々のものですから、大丈夫ですよ。二人とも、頑張ってくださいね」

 

駄目だ。目の前が暗くなる。

会長達の顔さえ見えなくなる。

 

「石上?」

「どうかしました?顔、真っ青ですよ?」

 

心配の声が聞こえる。

でも、なんて言われているのか分からない。

 

「えっ、アンカー石上なの?最悪じゃん」

「なんであいつが…」

「団長は?」

「ありえないー」

「風野君じゃないの?」

「マジでないわー」

「つーか、誰だよ?」

 

周りの非難の声はよく聞こえる。

僕を蔑み、下に見る声ばかりが聞こえてくる。

ああ、そうだった。

僕が余計な事をするたびに、いつも失敗してきた。

あの時もそうだった。

 

***

 

大友京子は只のクラスメイトだった。

知り合いとさえ言えないし、恋なんてもっと無かった。

ただ、漠然と良い人なんだろうなと思った。

打算的なのかそうでないか。

空気を読まないのか読めないのか。

アホ丸出しな顔を浮かべて、いつも彼女は笑っていた。

どうか、いつまでもその笑顔を曇らせないで居て欲しいと、そんな事を願った。

…でも、大抵願いは叶わないものだ。

大友にある時、彼氏ができた。

あいつは、荻野コウという名前だった。

全国常連演劇部の部長。

僕とは完全に真逆のタイプでいつも人の輪の中に居る人気者だ。

最初はそれを普通に祝福していたし、珍しく幸せを願ってもいた。

だけど、

 

『わかってるって。部屋、取っといたから、大丈夫だって』

『彼女?』

『うおっ、居たの?』

『ははっ、聞かれた?はずかしー。そう、彼女とね~』

 

それは、嘘を吐き慣れている奴の嘘だった。

軽く調べてみたら、ごろごろ証拠が出てきた。

笑える位に。

そして、当時の僕は過剰なまでの正義感を抱えていた。

浮気や一方的な加害といった…、とにかく不条理が許せなかった。

良い人が傷つくのは許せなかったのだ。

あるいは、恋をしてたのならもう少し話はシンプルだったと思う。

 

余計な事をした

 

それが僕の失敗だった。

奴は交渉材料に自分の彼女を差し出したのだ。

こういう()()を、いざ目の当たりにすると頭の中が真っ白になった。

冗談みたいなことを飄々と語る荻野を前に、僕は呆然と立ち尽くし、一言質問した。

 

『お前は大友をなんだと思っているんだ?』

 

そこから先はよく覚えていない。

覚えているのは、とりあえず、こいつを女が寄り付かない顔にしてやろうと思った事だけ。

そうして、あいつの顔を何度も何度も何度も何度も殴りつけた。

そして、周りに生徒が集まった頃。

奴は、大友の無事を交渉材料に僕を悪者にした。

いや、実際に方法が間違っていた。

 

僕はおかしかった

 

僕は一ヶ月の停学処分となった。

僕はおかしかった。

頭で何度もあの時の状況を反芻したけれど、殴るべきではなかったし、対話で決着をつけるべきだった。

彼女を差し出すなんてのは、只のエサ。

主導権(マウント)を取る為の発言で本気じゃないと冷静になって気づいた。

あの手の男がそんなリスクを取る筈がなかった。

あれはただの駆け引きだった。

僕はそれに乗ってしまったのだ。

 

『課題と反省文を絶対にこなせ』

 

僕は、そう言われた。

書かなければ。

僕がおかしかったのだから。

厨二病をこじらせ、安っぽい正義感を振りかざし、たいして関わりの無い女子の為に余計なことをした。

何もしなければ、何も起きなかったかもしれないのに。

イタいし、キモいし、普通に考えておかしい。

自業自得だ。

思っていることをそのまま反省文にすればいい。

簡単だと、そう思っていた。

母さんの泣きそうな顔を見た。

親父に死ぬ程怒鳴られた。

生活指導の教師に毎回説教を受ける。

教科書を持って帰ろうと、ロッカーを開けたら、まるでゴミ箱のような有様だった。

無根拠の自信と自尊心が消えて、みじめさだけが残った。

それでも、反省文だけは書けなかった。

そして、学校で先生のお叱りを受ける中で言われた。

 

『荻野はよぉ。チャラチャラしてるが性根の悪い奴じゃない』

『お前がきちんと謝るなら許すって言ってくれてるぞ』

『優しい奴じゃないか』

 

ふざけんじゃない。

告発文だ。

証拠も添えて、ぜんぶ、ぶち撒けてやる。

しかし、そう思うほどに大友の笑顔が浮かんでくる。

一刻も早く、開放されたい。

そう思った。

書いてやる。書いてやる。書いてやる。書いてやる。書いてやる。書いてやる。書いてやる。書いてやる。書いてやる。書いてやる。書いてやる。書いてやる。書いてやる。書いてやる。

秋が終わり、冬が過ぎ、そして、春が来て、中学卒業の日を迎えた。

結局、僕は告発文なんて書なかった。

そこにあったのは、媚びるような謝罪を並べただけの、反省文とはいえない何かだけ。

ごめんなさい。

僕が間違っていました。

許してください。

 

イタくて、迷惑な、おかしい奴でした

 

***

 

リレーは続いている。

 

「アンカー石上とかマジで下がるだけどー」

「勘弁してよ」

「やなんだけどー」

「なんで、あいつなのー」

 

帰りたい。

 

「アンカーの人!準備してくださーい!」

 

ふと、鉢巻がないことに気がついた。

そもそもで、自分が何組かさえ、分からなくなった。

僕、赤組だっけ、白組だっけ?

どっちからバトンを受け取ればいいんだ?

…僕は、ぼくは、どこに居たら…

 

「石上ーー。頑張れーー」

 

声が、聞こえた。

伊井野の精一杯の大きな声が。

 

「あんたなら大丈夫!私達だっている!だから、頑張れーー」

 

そこにあった伊井野の顔には、必死さと熱意と確かな信頼があった。

とても、綺麗な顔だった。

 

「その通りだ、石上」

 

鉢巻が巻かれるのを感じた。

 

「行ってこい。周りの視線など気にするな」

 

鉢巻に触れる。

汗でしっとりしてて、少し気持ち悪い。

そうだ。

そうだった。

忘れる所だった。

僕にはちゃんと、理解(わかって)くれる人達がいる。

僕を認めてくれる人がいる。

その人達がいるなら、例え周りに、どう思われようと、なんと言われようと、どうでもいい。

 

「顔からコケちゃえ!クソ石上!」

 

大友が言う。

 

「アンタが変なことしたから、私、振られたんだからね…!私、結構根に持つタイプなんだから…」

「全部アンタのせいだ!!」

 

大友とその友人の睨みつけるような視線が当たる。

本当に、どいつもこいつも、好き勝手に言ってくれるよな。

こういう時は、、そう、あれだ。

 

「うるせぇばーか」

 

後ろから鳴山が来る。

TG部としての参加だ。

 

「石上!」

 

大きな声で僕の名を呼ぶ。

そして、確かにバトンを渡す。

そして、空いている手で僕の背中を思い切り、叩く。

 

「行ってこい!()()()()()のお前で!」

「おう!」

 

ふと、猿が横切った気がした。

でも、そんなのは気にしない。

悪いけど大友。

もう後ろだけを見るのはやめる。

振り払っていく。

僕は走る。

ただ真っ直ぐに。

ここで勝って証明してみせる。

僕はこれでいいのだと。

会長の応援が聞こえる。

周りのブーイングが聞こえる。

だけど、お前等がどんなに怖い言葉で僕を否定してきたって、曲げられたりしない。

お前等がどう思おうが、どれだけ脅しをかけようが、ビビって屈したりなんかしない!

伊井野の応援がよく聞こえる。

あいつの応援が背中を押してくれる。

証明してやる!

証明してやる!

ここで勝って、僕はお前等に証明してやる!

 

パン、パン!

 

ピストルの音が聞こえた。

僕は確かに、テープを切った。

 

***

 

一瞬の静寂の後、ワァァアアアと声が聞こえた。

大の字になって倒れた。

 

「ハハッ」

 

変な笑いがした。

空が青い。

 

「優ぐん!優ぐん!」

「よがっだよ!!ゆぅぐぅうん!!」

 

そこには泣いている子安先輩がいた。

 

「石上、良い走りだったぞ!」

 

褒めてくれる団長がいた。

 

「やるじゃん。石上」

 

認めてくれる小野寺と、頷く周りの団員がいた。

 

ああ、そうか。

この人たち。

 

良い人だ

 

見ようとしてなかったのは僕だ。

なんだ。

ちゃんと見るだけで、こんなに風景は変わるのか。

 

「立てるか?」

 

団長が手を伸ばす。

 

「勿論」

 

そう言って、僕はその手を取る。

そして、立つ。

真のリア充は性格も良いというのはどうやら本当らしい。

周りを見渡す。

親指を立ってて、頷く会長と鳴山がいた。

喜びのあまり、ジャンプして胸を揺らす藤原先輩がいた。

静かに微笑む、四宮先輩がいた。

そして、息を切らしながらも喜ぶ伊井野がいた。

応援団はまだ続く。

 

「さぁ次の選抜リレーで最後だ!」

「ここで勝てば赤組の勝利!!」

「気合いいれて応援するぞ!」

「赤組~マジ卍!」

 

「「「卍!!」」」

 

…これは死ぬ程滑ってるとは思うけれど。

それでも、この応援団に入って良かったと、本当にそう思った。

 

そして、選抜リレーを応援する。

 

「フレッフレッアカグミ!」

「フレッフレッアカグミ!」

「フレッフレッアカグミ!」

 

見事、赤組が1着と2着でゴールする。

周りの応援団と一緒に全力で喜んだ。

 

「赤組の大勝利!!」

 

***

 

後日談。というか体育祭後。

応援団の皆は打ち上げについて話している。

 

「打ち上げはカラオケなー!!」

 

ふと、笑みが零れる。

ちゃんと見ると、世界って広いんだな。

…それに、見れるようになって、この気持ちにも気づけた。

 

「優くんも行くよね!」

「あ、はい!」

 

折角だから、打ち上げにも参加しよう。

だけど、その前に、

 

「でも、すいません。ちょっと遅れます。やらなくちゃいけないことがあるので」

「うん、分かった。早めに来てね!」

 

そう言って、周りに伝えてくれる。

そして、僕は目的の場所に向かう。

それにしても、子安先輩は良い人だな。

人当たりも良いし、素で優しいのだろう。

もしかしたら、何かが違えば、惚れていたかもしれない。

だけど、僕の気持ちはもう、決まってる。

 

「あーいたいた。伊井野ー!」

「あれ?石上、どうしたの?」

 

伊井野は会場の撤回作業を手伝っていて、今も長机を持とうとしている。

 

「手伝いに来た。僕も生徒会のメンバーだからな」

 

そして、二人で長机を運ぶ中で話す。

 

「なぁ、伊井野」

「なに?」

「ありがとうな。応援してくれて。嬉しかった」

 

僕は、お礼を言う。

きちんと言葉に出して、目の前のこいつに。

 

「大友さんに、会ったんだよね?」

「あれ?知ってたのか?」

「うん。鳴山が教えてくれた。大丈夫だった?」

 

なるほど、それがあったから、あんなに声を出して応援したのか。

僕が、落ち込んで、悩んでいると思って……。

……いや、違う。

きっと、こいつは。

そんなもの無くても、応援してくれた。

というか、応援してもらっていたんだ。

僕は、それに勇気づけられたんだ。

なら、ここは正直に言おう。

 

「最初会ったときは、駄目だった。目の前が真っ暗になって、皆がどんな表情してるかも分からなくなった」

「自分の居場所がどこにあるのかさえ、分からなくなった」

「でも、生徒会皆の応援が、お前の応援があったから、自分の居場所がどこなのか、思い出すことが出来た」

「本当に感謝してる」

「大友のことなら、大丈夫だ。もう乗り越えた」

「これからは、きちんと前を向いていきたい」

 

僕は伊井野の方を向いて言う。

 

「だから、これからもよろしく頼むよ。色々と」

 

伊井野は顔を赤くして、でも、可愛らしい笑顔で、

 

「こっちこそ、よろしくね。石上!」

 

咄嗟に前を向く。

ヤバい、ニヤけてしまいそうになる。

感情を制御出来ない。

 

これまでの伊井野との日々を思い出す。

ギャァギャァと喧嘩してきたこと。

一緒に花を見ていた時のこと。

一緒に生徒会の仕事をしたこと。

水族館にデートした時のこと。

そして、笑顔の伊井野のこと。

良い思い出も悪い思い出も色々と思い浮かんだ。

そんな中である言葉が頭の中に浮かぶ。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

なるほど、確かにその通りだ。

僕は伊井野に()()()()()

 

僕は伊井野ミコのことが好きだ。

 

もう、どうしようもなく好きなのだ。

伊井野のことを思うだけで、伊井野の顔を見るだけで体が熱くなる。

燃え盛るように熱くなる。

でも、不快感はない。

全然冷めない。

我慢できない。

今すぐにでもこの気持ちを伝えたい。

でも、()()()()()()

僕はまだ歩みだしたばかりだ。

まだまだ、こいつと釣り合う位の自分には程遠い。

だから、そう思える自分になるまでは伝えない。

代わりに、この言葉を贈ろう。

 

「お前のことを誇りに思ってるぞ」

 

出来うる限りの気持ちを込めて、伊井野に伝えた。

まだ、僕の恋は始まったばかりだ。

 




原作のことから、リレーの敗因はTG部であることが語られています。
なので、やらかさない白兎くんがTG部として参加したのが今作の勝因。


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