鳴山白兎は語りたい   作:シュガー&サイコ

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糖度が高い今日この頃。


ゆうノーセイ

僕は伊井野ミコが好きだ。

なんというか、言葉に出来ない位に好きだ。

いつから好きなのかと考えると、どうだろう?

自覚したのはつい最近だけれど、本当はもっと前から好きだったのだろうと思う。

二学期が始まった辺りでは既に意識してたかもしれない。

振り返って考えると、あいつへの見る目が変わったのは、あいつが中等部時代にしてくれたことを知った時だろう。

それまで、僕はあいつのことを恩知らずだと思っていたけど、僕も大概、というか僕の方が恩知らずだった。

今となっては、本当に恥ずかしい限りだ。

恩知らずで恥知らずだ。

そんな僕のことを何度も助けてくれたのだから、あいつの優しさ、というよりも正義には確かな芯があるのだろう。

僕はそれを、知っているようで全然知らなかったのだろう。

そんなので、知った風な口を聞いていた。

どのくらい反省すればいいのか分からないし、どのくらいの事をすれば恩が返せるか分からない。

中傷の紙を剥がすとか、ステラの花を送るとか、その程度じゃあ返したことにはならないだろうし、自分としても全然足らない。

二学期に入ってからは、あいつとの付き合いも活発になったけれど、全然恩を返せてはいない。

生徒会選挙の時は、両方の応援をしたから確かな恩返しとも言えないし。

その癖、体育祭では応援して貰って、勇気を貰って、背中を押して貰った。

お陰で更に恩が増えた。

本当にどう返せばいいのやら。

そんな風に言いつつも、どこか笑みが浮かぶ。

好きなんだなーと、実感する。

そうやって、見返りを求めずに人を助けることが出来るあいつのことが。

不器用でも、必死に努力するあいつのことが。

仲良くなってから気づいた、笑顔が可愛いあいつのことが。

好きなのだと実感する。

だから、いつかはあいつに告白したいと思っている。

そのためには、まずはあいつにちゃんと恩を返す。

こんな僕が、伊井野に好きになってもらえるかなんて分からないけれど、それでも、まずはそこから始めよう。

 

***

 

「あれ、石上だけ……?」

「ああ」

 

とある秋頃。

体育祭が終わり、徐々に冬が近づいてきて、寒くなってきた。

現在、ここ、生徒会室には僕と伊井野しか居なかった。

 

「ていうかあれ?今日、会長たちは?」

「2年生は学年集会。鳴山は…どうだっけ?」

「あいつは、庶務の仕事で部活の方を回っているらしい」

「ああ、そろそろ大会とかもやる時期だっけ」

 

随分と落ち着いた会話だと思う。

一学期の頃だったら、絶対にギスギスだったろうな。

辛辣に言われるような気がする。

 

「でも、二年生のスケジュール。最近の石上なら知ってると思ってたけど」

「自分の学年のスケジュールも覚えてないんだよ。イマイチ、その辺は覚えようとは思えないんだよな」

「そういう所は中々は変わらないのね」

「そうだなー。……やっぱ、変えなきゃかな?」

「うーん。そうね。その辺は流石に……」

「そっか」

 

うーん。

こういう風に伊井野に言われると、変わらなきゃだなと思う。

褒められたいのか、あるいは失望されたくないのか。

……どっちもだな、多分。

これが惚れた弱みというやつか。

本当に勝てないと感じる。

 

「時間もあるし、勉強しようかな」

 

そう言うと、伊井野はイヤホンをした。

…僕と話したくないのか。

いや、流石に集中するためだろう。

今は仲良くしてるし、声が聞きたくないとかはない筈だ。

大丈夫、な筈だ。

 

ピチュン、ピチュン

サァァァアァァ

ゲコゲコ

 

音が聞こえた。

これは…雨音?

いや、これは環境BGMか。

寝る前とか勉強中に流すやつ。

伊井野の方を見る。

どうやら、BGMを流しているスマホからイヤホンジャックが微妙に抜けていた。

そのことに、伊井野はどうやら気づいていないようだ。

あるある。

イヤホンで聴いてると思ったら、周りにもダダ漏れで恥ずかしいやつ。

教えてやるか?

いや、でも邪魔してもアレだしな。

それに僕も丁度、こういう癒やし系を聴きたい気分だったしな。

ほっといてもいいだろう。

 

ン゛エ゛エ゛エ゛ウ゛アアア゛ア゛ア゛

ンエ゛エ゛エ゛エ゛ウ゛ア゛ア゛ア゛ア

 

思わず、ビクッとした。

え、え、えっ何コレ?

工場現場の音?

いや……

この圧倒的な生命感は……

 

ラクダの鳴き声!

 

いやいや、これを作業BGMにするのはおかしいだろ!

明らかに騒音じゃねーか!

よくて猫の鳴き声とかだろ!!

 

ホワワワワワン

 

いや、でも癒やされてる顔してんな!!

あっ、でも、大きな動物が好きとか言ってたな。

なら、大丈夫か。

……いやでも、ずれてるよな、やっぱり。

しっかし、勉強が出来る癖に要領悪いし、一度決めたら曲がるって事が出来ないし……

今だって、暇を見つけたらこうやって勉強して……

…………

こういう所を尊敬してるし、好きなんだよな。

駄目だ。照れる。

顔背けないと、照れ顔を見られる。

本当に、恥ずかしたらありゃしない。

まぁ、でも、こういう生活はストレスも物凄い筈だ。

これで癒やされるっていうなら、とやかく言うのは止めておくか。

 

Pi

 

『ああ……、君は偉いよ』

 

……えっ?何これ!?

思わず、伊井野の方を振り向く。

 

『とても頑張ってる』

『そのままの君でいいんだ』

『君はいい子だ』

『大丈夫……。大丈夫だから……』

『辛いよね。泣きたい時には泣いていいんだよ』

『大丈夫。僕は君の味方だよ』

 

怖い怖い怖い怖い怖い!!

えっ、なにこれ、洗脳!?

伊井野これを聞いて癒やされてんの!?

驚嘆の顔を隠せないんだけど!?

さっきのラクダといい……

どこでこういうの売ってんの!?

いやいやいやいや、なんか変なサイトのサンプル音声とかが紛れ込んじゃっただけだろ……

そうだ、その筈だ。

ていうか、他の男の声で癒やされてるとか恋する乙女もとい恋する男としても結構クるものがあるんだけど…

伊井野の方を向く。

そうだよな。

別に伊井野も聴きたくて、聴いている訳じゃ……

 

ポワワワワワン

ホヤホヤホヤホヤ

 

今日イチ癒やされた顔してんじゃねーか!!

 

こんなん死ぬ寸前にすがるやつだろ!!

お前はどこまで追い詰められてんだよ!!

そんなに、辛いことばっかなの!?

チクショウ、もう駄目だ!

これでいよいよ音漏れてるなんて言えなくなった!

こんなん人に聞かれたら僕なら死ぬ!

もっと言えば、好きな相手(伊井野)がこんな顔だけのイケメンみたいなボイスで癒やされてるなんて嫌だ!!

スッゴイ、ゾワゾワして気持ち悪い!!

嫌だ!嫌だ!嫌だ!

 

「こんにちわー」

「あーーーーあーーーー!!」

 

こんなタイミングで藤原先輩が来ちゃったよ!

 

「藤原先輩!」

 

伊井野が、音声を止めた。

あぶねぇ!

藤原先輩に聞かれる所だった。

 

「あれ?なんか知らない人の声聞こえた気がしましたけど、二人だけですか?」

「あっ、あーー僕はなんか喉の調子が悪くて」

「あーなるほど。だからへんな声出してたんだ」

「えっ。そうなの?大丈夫?」

「大丈夫だよ」

 

ふぅー。

伊井野にいらぬ心配させちゃったけど、これで取り敢えず誤魔化せたかな?

まだ油断できないけど。

 

「あれっ、ミコちゃんが音楽、聴いてるー。何、聴いてるの?」

「軽いヒーリングミュージックですよ」

 

いや大分重かったよ

まともに聞いていられない位に重かったよ

 

「ごめんね。勉強の邪魔して~」

「いえ、全然です」

 

良いのはそう言って、スマホに手を伸ばす。

!!

また音声を流そうとしててる!

 

「ちょっと待ったー!!」

「な、何よ?」

 

な、なんとか伊井野の興味をこっちに向けさせないと。

でも、恋の相談とか本人にすることじゃないし。

えーと。

えーと。

あ!そうだ!!

 

「体育祭で見たけど、鳴山って意外とモテるのかな?」

「ああー。確かに、美青ちゃんも含めてなんか女子との関わりが多いよね」

「その話の何が楽しいのか?」

「「い、いえ。何でもないです」」

 

ちょっと待って。

藤原先輩が怖い。

ガチでコエー。

普段の脳カラが嘘のように怖い。

え、何、マジで触れちゃ駄目な案件なの?

なにやっての鳴山!?

 

「ええと、勉強を続けても良い?」

 

うっ!

マズイ。

……でも、まあ……

藤原先輩だけなら聞かれてもそんなにダメージ無いかもしれないな…

案外、理解を示しそうだし、変な人に変て言われてもダメージ無いし。

まぁ、僕へのアレが深まりそう……

結構、駄目じゃね?

それはマズくないか?

いやでも、伊井野の恥がこの程度で済むならその方が……

 

「こんにちは」

「遅くなりました」

 

タイミング!!

なんで残りの三人がここに来るんだよ!

この真面目な三人に聞かれたら、ダメージがでかいぞ。

知られたら、絶対に死にたくなる。

どうする?

もう素直にジャック外れる事を指摘するか?

そうすれば、全員バレという最悪の事態は防げる……

 

『えっ、じゃあ、さっきの聞こえて……』

 

いや、多少なりとダメージが負うだろうな……

それに大分心も病んでる伊井野だし、どうなるかわからない。

僕としても、ここでまともに気づかれて良いことはあまりない。

だとしたらどうしたら良いんだ!?

…………………

フーーーゥ。

今あいつは守れるのは僕だけだ。

そう考えて、イヤホンを付けた。

 

『萌え萌えきゅんきゅん!』

『萌え萌えキュンキュン!』

『あなたのハートに剛速きゅん!』

 

「石上くん、石上くん!多分イヤホンジャック外れてる!」

「なんですか。その素っ頓狂な曲……」

「あるある…」

 

先輩たちに呆れらている。

鳴山は、首を傾げてる。

イマイチ、掴みかねているようだ。

この作戦はつまり、『他人の振り見て我が振り直せ』だ。

僕のこの失態を見れば……、伊井野も危機感を覚えてジャックを差し込み直す筈だ。

これで伊井野の秘密は守られる。

本人も気づかないままに…

 

「石上って、こういう曲聞くんだ……。ムゥゥ……」

 

少々、幻滅の様子もある。

正直、結構クるけど……

でも、これで少しは恩も返せている筈だ。

これでいいんだ……

 

「じゃあ私は勉強に戻りますので、お仕事出来たら回してください」

 

ええーーーー!!

ちょっ、それは…

 

「おい、伊井野」

 

と、鳴山が伊井野の肩を叩かれた。

伊井野がそっちを向くと、鳴山は自分のスマホのイヤホンジャックを入れる所を叩いた。

そして、伊井野は自分のスマホを見て、

 

ガン!!!!

 

顔を真っ赤にして、頭をテーブルに打ち付けた。

 

「死にたいので帰ります」

 

伊井野はそう言った。

…………

なにしてくれとんのじゃ!!

 

***

 

後日談。というか今回のオチ。

伊井野は本当にそのまま帰った。

先輩たちは、なんで帰っていったのかを理解していない様子で、首を傾げていた。

これで先輩達に伝わることはないけれど、

 

「どうするんだよ、コレ」

「それなら、今すぐ行ってこいよ。変に拗らせると碌なことにならないぞ」

「言っとくけど!お前のせいだからな!!」

 

そう言って、伊井野の方に走り出す。

たびたび思うけど、あいつ本当に性格が悪いよな。

変なタイミングで追い詰めてくるんだけど。

伊井野がトボトボ歩いていたから、すぐに追いついた。

 

「伊井野!」

「………」

 

無視して、トボトボ歩いている。

聞こえていないのか、聞いているのか判断がつかない。

 

「おい、伊井野。伊井野」

「………」

 

駄目だ。返事がない。

ドラクエ風に言うなら、『返事がない。ただの屍のようだ』だ。

まぁ、現状、生きる屍のようになってるけど。

うーん。

よし。

 

ドン!

 

ぶつかった。

僕が伊井野の前に立ったからだ。

 

「あれ、石上!?どうしてここに!?」

「さっきから声を掛けていたんだけど」

 

どうやら、本当に気づいていなかったようだ。

こんなに注意散漫だと心配になる。

 

「え、ええと」

 

戸惑っている。

いやまぁ、あの音声を聞かれたことを察したのだろうから、どう聞くか困っているんだろうな。

というか、普通に恥ずかしいんだろうな。

そういう音声だし。

一先ず、ここは僕から何か言ったほうが良いんだろうな。

 

「あのな伊井野。別に気にしてないからな。お前のそういう一面は気にしてないから」

「恥ずかしいのは分かるけど、それでお前と気まずい感じになるのは僕は嫌だからな」

「普段からストレス溜まってるだろうし、そういう風なのでストレス発散したいのは分かるから」

 

取り敢えず、色々と気にしてないことを伝えた。

()()、正確には一つだけ気にしてることがあったけど、今はそこには触れないことにした。

 

「ほ、ホントに?」

「そうだぞ」

「ホントに、ホントに?」

「そうだぞ」

「ホントに、ホントに、ホントに?」

「だから、そうだよ!」

 

そう言うと、伊井野は安心したようだ。

伊井野って、メンヘラというか重い一面があるよな。

あの音声も考慮して考えるに、結構孤独と言うか、寂しさを感じてるのかもな。

そこら辺を、僕に何かしてあげられたら良いんだけど。

……あっ、駄目だ。

あの音声のことを思い出すとイライラした。

結構、大事なことを事を考えているのに…。

しばらくはあの音声にイライラすることになりそうだな。

 

「顔がちょっと怖いよ?大丈夫?」

「えっ!?いや、何でも無い」

 

顔に出てたらしい。

駄目だな。

別に彼氏でも何でも無いのに、こういう風に嫉妬するのは間違いだと思う。

だから、…そんな風に思うのは駄目だ。

 

「ねぇ……石上」

「何だ?」

「あの、もしかして、気持ち悪かった?あんな音声を聞く私のこと、嫌いになった?」

「それはない!!」

 

僕は本気で否定する。

それは、それだけはない!!

 

「僕は絶対にお前のことを嫌いになったりなんかしない!!」

「そ、そうなの……」

 

伊井野が顔を赤くして、ぼーとしている。

もう、ここまできたら言ってやる!

 

「ただ…」

「ただ?」

「ただ、あの励ますCDで、知らない男性の励まし声で癒やされるのがなんというか…」

「なんというか?」

「嫌、だった」

「そ、そうなんだー」

 

僕は伊井野から顔を反らした。

無理だ。

結構、恥ずかしいこと言っちゃった!

 

「えへへ、そうなんだー、えへへ」

 

なんか伊井野が嬉しそうだからいいか。

顔は見られないけど。

こっちの顔を見られるし。

 

「一緒に帰ろう♪石上!!」

「お、おう。取り敢えず、荷物取ってくるわ」

 

そう言って、伊井野から離れる。

うわーもう、恥ずかしい。

何この恥ずかしさ。

死にたくなる。

 

「ほーらよ」

「うわっ!?」

 

と、廊下の突き当りに来たら、かばんを渡された。

中身を見るときちんと全部揃っている。

目の前にいたのは、鳴山だ。

 

「どうせ、伊井野と一緒に帰るんだろう?取ってきたぞ」

「本当に性格悪いなお前は!!」

 

完全にこっちを見透かしてんじゃねぇか!!

ムカつく!

 

「ま、頑張れ~」

「お前なー!」

 

そう言って、去っていた。

全く。

フーーーーゥ。

戻るか。

言われなくても頑張るよ。

伊井野に告るよ。

 

…………いつか。

 




マキちゃん登場まで、あと2話。

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