鳴山白兎は僕の友人だ。
生徒会の庶務であり、クラスメイトだ。
あいつについて語るには、僕はまだ、あまりあいつのことをよく知らない。
あいつはアニメや漫画好きでよく見ているのは知っているし、ごはん類が好きなのは知っている。
でも、過去に何があったとか、だれとどんな関係を築いているとか、そういうことはあまり知らない。
仄めかすようなことをよく言うけれど。
しかし、詳細を語ろうとはしない。
つまり、あいつのことを深いところで知っている訳じゃないのだ。
性格に関しても、最初は寛容な真面目なのかと思ったが、結構からかってくる性格だった。
ていうか、性格悪い。
こっちが悩むようなシチュエーションに持っていく。
しかも、藤原先輩のような天然故でなく、分かった上でやっていることも多々ある。
あの藤原先輩ですら、それなりにからかいの被害を受けている。
……なのに、藤原先輩は多分
しかし、性格が悪いからと言って、良い人でないことでもない。
なんだかんだ、本当に悩んでいることには実際的なアドバイスとかしてくれるし、背中を押して貰ったこともある。
伊井野には勿論だけど、あいつにも返さなくちゃいけない恩があると思う。
まぁ、あいつは…
『そうだなー。それじゃあ、今度ご飯を奢って、そこで伊井野との進捗を教えてくれよ』
とか、言うんだろうけど。
大体、進捗なんて言わなくても勝手に掴んでくるだろ。
それをネタにからかってくるだろ。
本当に、その情報はどこで掴んでくるのやら。
分からないことだらけだ。
まぁ、そんな面倒だけど、それでも居ると何を言わずとも助けてくれる。
そんな友人だ。
***
空中にボールが打ち上がる。
それは上に上がるだけ上がると落ちていき、そこで、タンッ、という音と共にこっちに飛んできた。
それは地面を一回バウンドすると、そのまま後ろに行くのを、その前に僕は自分のラケットで打ち返す。
そのまま、ボールはネットを通り過ぎると、そこでは既に鳴山がラケットを構えていて、バウンドをしてから、こちらに打ち返す。
僕が中央に戻ってきていたところから、すぐに元々僕がいた方向にラインギリギリで入り、僕は打ち返せなかった。
「おし!」
「……なんで相談と言ったのに、テニスしてんの」
「体を動かしたかったからかな」
そう、僕と鳴山は屋内のテニス場に来ていた。
***
ここで経緯説明。
昨日の放課後。
「鳴山相談したいことがあるんだけど」
「相談?」
廊下で歩いていると、鳴山は意外そうな顔でそう言った。
「珍しい。明確に相談という形で言われるとは思わなかった」
「……ああ。そう言えば、成り行きで聞いて貰ってばっかだったな」
そうだった。
生徒会選挙の時も、体育祭の時も相談と言って、相談したことなかった。
悩んでいれば、自然と聞いてくるから気が付かなかった。
「ふーん。この時期で相談となると……伊井野関係かな?」
「……流石だな。ラブ探偵でも向いてるんじゃないか?」
ちょっと皮肉交じりに言う。
本当によく見抜く。
こいつ、観察眼なら生徒会一じゃないか?
こっちの気持ちは既にバレているから、感づかれるのも仕方ないのかもしれないけど。
「いやいや、お前のここ最近の悩みのタネになるのは伊井野しかいないからな。自分で気づいていないかもしれないけど、結構顔に出てるぞ」
先輩方も気づいてる。と、鳴山は言う。
えっ!?マジで!?
そんなに顔に出てる!?
というか、先輩方にも普通にバレてる!?
えっ、ええーー……。
「そうそう、そういう顔だよ。それでバレてんの。まっ、当人にはバレてないから安心しろ」
「そっ、そうなのか?」
「そうだよ。あれは伊井野には、自分が好かれるって状況があまり無かったが故って感じではあるが…」
一番の理由は分からないだろうけどね。と、鳴山は言う。
なんか気になる言い回しだが、この場合、聞いても答えてくれないだろうし、伊井野にバレていないだけいいか。
「それで、その内容だとすると………、よし!明日空いてるか?」
「うん?あ、ああ」
「それじゃあ、明日、少し出掛けよう」
***
回想終了。
そんな訳で、僕たちは待ち合わせをして、ここに来たのだが…、
「ホント。なんでテニスしてんの?」
「今回の悩みを聞くためには、まずは気分をスッキリさせようというのが目的だ」
鳴山は言う。
僕はボールを打ち上げると、サーブを打つ。
鳴山はそれを返しながら、聞く。
「それで、悩みっていうのはアレか?どうしたら伊井野と付き合えるんだろう?とかそんなことか?」
反対側に返されたのを、更に返しながら僕は答える。
「そう……なのかな?……いや、伊井野には
僕が反対側に返すと読んでいた鳴山は、そのまま返されたのに驚き、間に合わずに返さなかった。
「チクショウ!…で、
「……まぁ、そういうことなのかもな」
僕の回答を聞くと、鳴山はサーブする。
体を動かすのがメインだからか、ルールに遵守してするつもりはないらしい。
「正直、自信がない。失敗ばかりの僕が、学年1位を死守して、風紀委員の仕事も一生懸命で頑張り続けているあいつに釣り合う気がしない」
「ううん…?それに関しては考えすぎな気がするけどなー」
鳴山はそう言う。
こちらが返したのを、少し強めに返してきた。
お陰で間に合わなかった。
「グッ…」
「別にあいつだって成功ばかりじゃないだろ。むしろ、失敗の方が沢山してるだろ。その証拠に、未だに生徒会長になれてないしな」
その言葉に、ムッときて強めにサーブを打つ。
「そんなことはない!確かに前回の生徒会選挙では会長にはなれなかったけど、あいつは後1票の差まで詰めてた!きちんと積み重ねてるだよ!」
強めのサーブを軽く返して、鳴山は僕がそう言うのを分かっていたようにあっさりと言う。
「そうだな。でも、それはお前にも言えることだ。お前が失敗だと思ってるだけで、実際には失敗とは言えないことだって沢山あるぞ」
不意に言われて驚き、僕はボールを返せなかった。
「……そうなのか?」
「ああ。お前にはお前なりの積み重ねはきちんとある。後は、それをどう自覚するかが鍵だ」
……そうなのか?
そんな気が全然しないんだけど。
「まっ、言った所で分からないだろうし、本人では気が付かないことというのが一つの美徳のようなものというのもあるからな。少なくとも、釣り合うかどうかなんて、心持ち次第という話だ」
どっかの人達みたいにね、と、そう言って、鳴山は手招きをする。
さっさと打ってこいという意味らしい。
どっかの人達って言うのは多分、あの二人のことを指しているんだろうな。
確かに、身分の差で考えたらあの二人は難しいと思うけど、、でも、それでもあの二人は確かにお似合いだ。
それと同じ、とは言わないか。
あの人達がそうなんだから、お前らのそれなんて大したことはないよって言っているだけだ。
少し、動揺を残しつつも、僕はサーブを打つ。
「まぁ、釣り合う釣り合わないはその辺にして、問題は自信の方かな。これに関しては、お前の努力次第だろうな」
鳴山は、返しながら言うと、更にこう続ける。
「自分は大丈夫だと思えるようになることが大切だ。この時に振られる心配は抱いたままで良い。要するに自信が不安を上回ればそれでいいんだよ」
どんなに自信をつけた所で、不安は消えたりはしないし、それは当たり前のことだしな、と鳴山は言う。
返しながら、聞く。
「それが難しいんじゃないのか?自分に自信なんて持てる気がしないんだけど」
「だろうな」
鳴山はあっさりと言う。
そして、同じサイドにラインギリギリで返す。
僕は、それにギリギリで返す。
そして、ここから長いラリーになる。
「自信っていうのは、明確な結果が出て初めて生まれるからな。結果が出ていないのに自信を持つことは出来ない」
「多分だけど、実際に告白して、OKが出されるまで恋愛的な、明確な自信は生まれないと思う。お前のそもそもの性格も込みでな」
「ただ、自信というのは共有している側面がある。つまり、
「つまり、何かしらのことで成功を収めることで、恋愛的な自信もつくという話だ」
そこまで言って、鳴山は返せなくなり、そのまま2バウンドした。
「クソッ」
「でも、そんなに上手くいくのか?そもそも成功って言ったって一体なにを……」
「そうだな、学年の50位以内に入るということにしようか」
「えっ!?」
鳴山はサラッととんでもないことを言う。
いや、でも、それはかなり難しいんじゃないか!?
「まぁ、難しいだろうな。特に成績が下位のお前には」
「でも、だからこそ、乗り越えた時に成功であることを実感出来ると思う」
「それに、ここでいい成績を取ることは今後のお前の生活を良くするものになる筈だ」
「もっと言えば、伊井野は不動の1位とは言っても、そのために相当な努力をしてる」
「つまり、順位の価値をよく知っているってことだ」
「お前の今の現状を知っているあいつが、お前の名前を見つけた時、どう思うだろうな」
「ハードルの高さに対してのリターンはきちんとある」
「後はお前次第だ」
鳴山は真剣な目でそう言った。
***
その後、二時間程、テニスを続けた。
最初、50位以内に入れと聞いたときは少し鬱々とした気分になったが、テニスをしている内にその気分はなくなった。
今は、昼食にファミレスに入った。
「なんか、色々言われた気がするのにスッキリしてる」
「そうだろう。体と心は繋がっている。体が運動によってスッキリすれば、心もそれなりにスッキリするだろうさ」
「……それが目的でテニスしたのか」
「そういうこと」
意外と考えていたらしい。
それに、相談になるとからかいがでない辺りは、弁えているということなのだろうか。
「まぁ、学年50位になるにはお前だけの力だけじゃあ厳しいだろうし、四宮先輩に頼ることおすすめする。あの人の指導法が一番お前に噛み合うんだろうし」
「……自分一人では、厳しいか」
「最初はそんなもんだ。独学でどうにか出来るやつなんてそれこそ一握りだ。そうして、人から学んでいく内にコツを掴んで応用していき、やがて一人で出来るようになる。だから、今の間は人を頼ったってバチは当たらないだろう」
「……そっか」
確かに、一人でやることには限界がある。
中等部のことだって、誰かに頼れたら何かが変わったかもしれない。
それに、体育祭だって皆がいたから、1位になれた。
もし、皆が居なかったら、大友の存在で僕は走ることはおろか、一歩も踏み出せなかったかもしれない。
僕は、伊井野に、皆に助けられて、ここに居る。
「ふっ。お前は皆に助けられてばかりだと思ってるかもしれないけど、お前だって皆を支えているんだからな」
「……まるで内心読んだように…」
「いやいや、だから顔に出てるんだってお前は」
鳴山は呆れたようにそう言った。
そうなのか。
もっと、表情を気をつけた方が良いのかな。
こんなことで伊井野にバレるのは流石に困るし……。
……折角だから、気になってたことを聞いてみよう。
「鳴山って、どっちが好きなんだ?」
「うん?……ああ、どっちが好きとかはないな。今の所」
なんのことかはすぐに察したらしい。
少し、気まずそうに鳴山は言う。
「……ちょっと、な。中学時代に恋愛的なことで少しあって、そこの整理がつくまで恋愛はしないことにしてるんだ」
「そうなのか。因みにどんな?」
「女々しい理由だよ。自己中な考え方でもある。具体的な内容の開示は避けさせてくれ」
鳴山は、本気でそう言っていた。
心底嫌そうな感じで。
案外、過去とかは簡単に明かすような感じの鳴山がそんな風に言うということは、本当に触れられたくないのだろう。
僕だって、大友のことは乗り越えはしたけど、それでも、好き好んで触れたい話題じゃない。
それと同じなんだろう。
だとしたら……、無理強いは出来ない。
「……分かったよ」
「ありがとう」
「でも、悩みがあるなら言えよ?僕に頼ったって良いんだから」
そう、僕はこいつにも助けられてばかりだ。
こいつはそうではないと否定するけれど、しかし、それでもこいつに頼られる状況はあまりない。
あったとして、TG部のシューティング大会ぐらいだろう。
たまには、頼って欲しい。
少しぐらいは手助けさせて欲しい。
そう思っていると、鳴山は目を見開き、やがてそれを細めると笑顔になって、
「……ありがとうな。
!!
名前で呼ばれた。
会長にも言われたことはないから、意外と恥ずかしい。
「別に良いだろう?友人になって、生徒会も一緒にやって、こうして相談をしている。名前呼びしたっていいだろう?」
「……ああ、そうだな。
そう言って、僕も名前で呼ぶ。
白兎も少し恥ずかしそうな表情を見せたが、すぐに微笑を浮かべた。
こうして、僕たちの友情は更に深まった。
***
後日談。というか今回のオチ。
期末テストまで、後2週間程となった。
今日も今日とて、四宮先輩のスパルタ授業を受けていた。
厳しいが、しかし、確実に分かりやすく教えてくれる。
「突然学年50位を目指すと聞いた時は何事かと驚きましたが、この私の授業にもついてきて、本気だということは分かりました。応援しますよ」
「ありがとうございます」
四宮先輩がそう言ってくいれた。
最初は怖い人かと思ったけど、意外と優しい先輩だ。
鳴山にも、四宮先輩にも、期待されている。
ここできちんと結果をださなければ…!
「それにしても、伊井野さんの為にそこまでするなんてね」
ズルっと滑った。
文字が大きく乱れる。
えっ、えっ!えっ!?
やっぱり……、
「あのー、四宮先輩。やっぱり、気づいてたんですか?」
「気がつかない訳がないでしょう。大方こんな入れ知恵したのは、鳴山くんかしらね」
「そこまで……!?」
驚いた。
そこまで、分かっていたなんて。
鳴山のことを知っているからというのもあるんだろうけど……。
……本当に天才なんだな、この人は。
「まぁ、女は『力』に惹かれるものですからね。腕力であったり、財力であったり、コミュ力であったり。だから、知力を磨くというのは正しい方向だとは思うわ」
「そうなんですか」
女性はそういったものに惹かれるのか。
実際の女性からでないと聞けない意見だな。
「この人なら自分と自分の子供を一生守ってくれそうって感じた時に…この人と一緒になりたいと感情が湧いて……、別に私がそう感じてるワケじゃありませんけど!」
「わかってますよ」
全体的な意見として、そういう考えがあることも。
四宮先輩が
「兎も角!私も出来得る限り、あなたを鍛えるわ。スパルタしか出来ませんが、耐えられますよね」
「ええ!!」
こうして、僕の期末テストに向けた本気の勉強は続く。
お互いの好意に気が付かない理由。
好意が露骨になる時に限って、互いの顔が見れなくなるから。