2学期期末テスト。
5回ある秀知院の試験の4回目に辺り、今回も順位が張り出される。
私、伊井野ミコにとって、この試験は大きな意味を持つ。
私はずっと、学年1位を取り続けている。
周りからは、涼しい顔で学年1位を取り続けているように見えるかも知れないけれど、そんなことは全然ない。
本当は怖くて、怖くて、仕方ない。
私にとっての学年1位の称号は、自分を認めるための屋台骨。
学年1位の称号があるから、周りに強く言える。
もし、学年1位から転げ落ちたら、誰も私の話を聞いてくれないのではないかと不安になるのだ。
その事を、鳴山に話したら、
『そんなことはないと思うな』
『確かに、学年1位の立場は皆からの尊敬を集めることは出来るかもしれない』
『けど、それは人からの支持を支えるものでしかなくて、それ自体が支持を得ることにはならない』
『重要なのは、その人がどんな信念を持って、そしてどう行動するか』
『それを示していくことだと思うよ』
まぁ、それはそれとして学年1位をキープすることは自信にも繋がることだから良いと思うけど、とそんな風に締めていた。
確かに、石上のあの体育祭での頑張りと、応援団で得たものを考えれば、その通りなのだろう。
あれ以来、応援団の人達とは、同学年の人でもかなり話せているらしいし。
確か、小野寺さんが石上と話すようになった。
……正直、妬ましく感じる時もある。
今まで、石上がまともに話せる同級生なんて、私か鳴山、後はこばちゃんぐらいしか居なかったのに。
……嘘だ。
1学期の頃は、私はガミガミと石上を叱っていたので、他の人よりも話すことはあっても、石上的には、あんまり話したくなかった筈だ。
閑話休題
兎も角、だ。
取り敢えずは、今回も学年1位を取る為に頑張ろう。
***
「今日から暫く、生徒会も試験休みを取る」
会長の宣言が聞こえた。
今は、期末テスト1週間前。
その生徒会室。
「あら…。今までは試験前でも通常営業でしたのに」
四宮先輩の疑問が飛ぶ。
中間の時も通常営業していた筈だけど……
「俺としては別に今まで通り生徒会室で勉強しても問題ないんだが、前と違って人数も増えたからな。全員の事を考えれば、休みの方が良いだろう」
「会長…。ちゃんと皆の事を考えてくれてるんですね」
「まぁな」
そう言って、ハハハと笑う会長。
成程、確かにこちらとしてもその方がありがたい。
……鳴山が、苦笑いしているのは何故だろう?
「まぁ、中間でもかなり時間が足らなくて困りましたし、正直助かります」
そう鳴山は言う。
あれ?
「鳴山って、中間に50位以内に入ってなかったけ?」
「いや、確かにそうなんだけど、睡眠時間がかなり削られてキツかったから、睡眠時間も確保できるのはありがたいわ」
「そうなんだ」
そう言えば、中間の時はかなり目つきが悪くなってたね。
大分、苛立ってもいたし。
日頃が規則正しい生活だから、無理をするとキツくなるのかもしれない。
「大変そうですね~」
「いや、口調にそんな感じがないんですけど。千花先輩」
「いえいえ、そんなことないんですよ?」
藤原先輩がそんな風に言う。
鳴山も藤原先輩の名前を呼ぶようになったし……。
鳴山は……、藤原先輩の事、どう思ってるのかな?
色々とはぐらかされているから分からないけど。
「どうですかね」
「なんでそんな疑うんですか。もう」
プリッとした顔で、顔を背ける藤原先輩。
そんな様子の藤原先輩は普通に美人だ。
……石上も、ああいう表情豊かな美人がいいのかな?
もしそうだとしたら……。
正直、自信がない。
だって、そんなに可愛げのある方じゃないし…。
「でも、そうですね。今回は試験勉強頑張らないといけません……」
「私も、これ以上成績落としたら、お父様にお小遣いなしって言われてるんです」
「欲しいもの、一杯あるのに…!」
「お父様からのお小遣い、無くなったらおしまいです!」
大変そうですね。
何か手伝えることでもあればとも思うんですけど、流石に2年生の範囲をどうしようもないし。
「とか言って、本当はおじいちゃんからお小遣いをこっそり貰ってたりするんじゃないですかね?」
「そ、そそ、そんな訳ないじゃないですか!?」
……図星みたいですね。
でも、確かに藤原先輩はそういう人でしたね。
「全く、藤原さんは…」
「いや、違いますからね!信じてくださいよ!かぐやさん!!」
藤原先輩が四宮先輩の肩を持って、ぶんぶんと前後に揺らす。
心なしか、白銀会長も四宮先輩も鳴山も呆れているようだった。
「そういえば、今日、石上は?」
「ああ、なんか用事があるとか言って帰りましたよ」
「まぁ、家で勉強してるんじゃないですか?」
「まっさかー」
藤原先輩が思い切り笑う。
勉強かぁー。
確かに真面目になってきたけど、それでも勉強に関してはそこまでモチベーションがあるようには思えない。
いや、勉強自体は確かにしてるとは思いうけど。
それでも、生徒会に参加しない程ではなかったと思うんだけど。
「ま、試験日になったら分かるんじゃないですか」
鳴山はそう言った。
……なんでドヤ顔なんだろう?
***
期末の2日前。
生徒会も休止期間に入り、私は図書室で勉強していた。
「ふぅ~~。こんなものかな?」
ふと、外を見ると大分暗くなっていた。
もう、冬と言える時期で暗くなるのが早くなっているとはいえここまで気づかなかったとなると、大分集中していたようだ。
時計を見ると、針は七時を超そうとしていた。
「早く帰らなきゃ」
家まではそこそこかかる。
今日はお手伝いさんもいないし、何かしらの店に寄って帰ろうか。
そんな風に考えて歩いていると、
「つまり、ここでは4を選ぶのよ」
「成程」
私の居た席からでは見えない位置に石上と四宮先輩が居た。
どうやら、石上に四宮先輩が勉強を教えていたらしい。
その話自体は聞いていたけれど、なんというか、仲の良さを感じる。
まるで、教えを乞いている弟とその弟に教えている姉のようだ。
……なんだか羨ましいな……。
「あら、伊井野さん?こんばんわ」
「えっ!?伊井野!?」
「……こんばんわ。石上はなんでそんなに驚いてるのよ」
「いや、居るとは思わなくて」
僕が来た時には居なかったからさ。と言う石上。
ということは、私が来る前には居たということか。
私も早めに来たつもりなんだけど。
それだけ、こいつも本気でやっているということなんだろう。
「さて、時間も大分経ちましたし、外も暗いです。石上くんは、伊井野さんを送っていってください」
「えっ!?別に……」
「遠慮しなくてもいいぞ。四宮先輩は迎えの車ですか?」
「ええ。そろそろ来る頃よ」
「分かりました。ほら、いくぞ。伊井野」
「えっ!?ちょっと、待ってよ!」
そう言って、石上の背中を追いかけた。
***
そんな訳で、帰り道を一緒に帰っている。
「どうしようかな?」
「なにが?」
「いや、晩ごはん」
今日はお手伝いさんがいないので外食になるのだが、どこの店に入ろうか悩む。
今の気分は…
「ラーメン」
「へ?」
「いや、僕も外で食べようと思って。浮かんだのがラーメンだった」
「そうなんだ。いや、私もラーメンが食べたいなって思ったから驚いた」
本当に驚いた。
仲良くなって、よく話すようになってから気づいたことだけれど、私と石上は考え方が似ている。
意見が一致することも多々あるし、鳴山にツッコミを入れる時も声が被ることがある。
……だからといって、こいつの考え方が分かる訳ではないのだが。
「…じゃあ、一緒の店入るか?」
「…そうね」
なんとなく、顔を見ない。
今見ると、こっちの顔も見られそうだから。
冬だと言うのに、妙に熱い、こんな顔を……。
「店は僕がよく行く所で良いか?」
「大丈夫よ」
「じゃあ、こっち」
そうして、石上について行く。
「………」
「………」
なんとなく、会話がない。
話掛けづらい。
クラスや生徒会で話す分には問題ないのに、こういうときに話すことには緊張してしまう。
あるいは、藤原先輩ならこういうときでも話題を提供出来るかもしれない。
こんな調子で、告白なんて出来るのだろうか?
「………」
「………」
と、そのような思考も結局は現実逃避でしかない。
どことなく、気まずそうなこの状況から逃れようとしているだけ。
ホント、このままでは告白どころではない。
「着いたぞ」
石上の声がかかった。
そこには、美味しそうなラーメン屋があった。
二人でその店に入る。
「よう、目隠しのあんちゃん。今日は彼女連れかい?」
「違いますよ、大将」
照れることもなく、食券を選ぶ石上。
対して、彼女発言に赤面してあたふたする私。
差は歴然と言えた。
鳴山からも時々、似たようなことを言われることがある。
最初は二人で顔を真っ赤にして否定していたが、段々と石上の方は慣れていき、私の方は全然慣れなかった。
なんだか、悔しい。
私ばかりが意識してるみたいで。
「……そんなにむくれてないで、選べよ」
「分かってるわよ」
そう言いながら、私は味噌ラーメンで、玉替え分も買う。
「おいおい、嬢ちゃん。替え玉までいって大丈夫かい?」
「平気です」
「ああ、気にせず出してください」
「まぁ、いいならいいがよ…」
そう言って、店長と思わしき人はラーメンを作り出した。
さて、少しの間、時間が開いた。
今の内に聞きたかったことを聞こう。
「そういえば石上」
「なんだ?」
「どうして、あんなに必死で勉強してたの?」
「うっ!」
石上は気まずそうに目を反らす。
そう、四宮先輩の解説やチラッとテキストを見た感じ、基礎的な内容というより発展的内容がメインであるように感じた。
勿論、四宮先輩のことだから基礎的な内容は大丈夫だと判断してのことだとは思う。
しかし、ただ赤点にならない、平均的な点数を求めるなら、発展的な内容をやるよりも基礎的な内容をした方が確実なのだ。
つまり、石上が求めているのは平均的な順位ではない。
それよりも上の、そう、掲示される学年50位以内を目指していると考える方が自然なのだ。
私が知る限りでは、石上は勉学に対して、そこまでの向上心は持っていなかった筈だ。
ならば、これにはきっと理由がある筈なのだ。
そして、私は
「どうして?」
「………」
じっと石上の方を見る。
石上はどう答えたものか、考えあぐねているようだった。
ここで催促しても仕方ないだろう。
だから、じっと見続ける。
「………」
「………」
それなりに時間が経っただろう。
「僕は…」
と、石上が口を開きかけた時、
「へい!お待ち!!」
と、目の前にラーメンが置かれた。
そして、ラーメンを見た瞬間、
ぐぅぅ~~
と、お腹の音が鳴った。
鳴ってしまった。
「ククク」
石上が笑いをこらえていた。
恥ずかしい!!
好きな人の前でお腹鳴らすとか!!
乙女として圧倒的にNO!!
その時点でゲーム終了するレベル!!
「ううぅ」
本当に恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
「クク、まぁ、そんなにお腹空いているなら早く食おうぜ」
「……うん」
実際、お腹空いているのは確かだ。
箸で麺を持ち上げると、そのままズルルっといく。
これは…
「美味い!」
「だろ!本当に美味いんだよな、このラーメン」
「おいおい、そんなに褒めるなよ」
店長は照れているが、これは本当に美味い。
いくらでも食べれそうだ。
箸が進む。
「……それでな、伊井野」
「何?」
食べながらも、石上の話を聞く。
「僕はな、自信がないんだ」
「どういうこと?」
「叶えたいことがあるんだけど、その目標を叶えているビジョンが全然浮かばなくて」
「………」
「そのことを白兎に相談したら、今までのことで根底の自信が薄いから、そこを持ち直せって言われた」
鳴山はそんなことを言ったのか。
でも、確かに石上は全体的に自信が無いように感じることがある。
きっとその原因は、中等部時代のことなんだろう。
乗り越えたと本人は言っていたけど、それでも、影響はどこか残るだろう。
石上には、それが自信という形で残っているんだ。
「それで、期末試験で50位以内を目指しているの?」
「……まぁ、そんな所だよ」
そう言って、喋っている間は食べなかったラーメンを啜りだした。
私も、替え玉を汁の中に入れて啜る。
啜りなら考える。
でも、鳴山に相談するし、四宮先輩には教えてもらって、……私には頼らない。
それがなんだか悔しい。
「それじゃあ、私が教えようか?同学年の方が教えやすいと思うし」
「いい」
「なんで?」
「なんでもだ」
「ムゥゥ、鳴山には相談するのに私にはしないし、今のこともそうだし、私って頼りない?」
少し、強めの口調になったかもしれない。
それでも、言わずにはいられなかった。
頼りないと思われているなら悲しいし、そうでないなら、私のことを信用していないということになるから。
「違う。頼りないことなんてない」
石上が力強い声で否定する。
思わず、ビクッ!と、体が震えた。
「じゃあ、なんで……」
「これに関しては、お前の手を借りることはしない。出来ない。それは、僕自身の決めたルールなんだ」
詳しい理由は聞かないでくれ、と言うと、石上は食うペースを早めた。
私は替え玉まで食べ終えて、考える。
石上のあの言葉の理由を。
私だけが、石上の手伝いを出来ない理由。
恩?
違う。
恩があるのは私の方だ。
見栄?
違う。
単純な見得で考えるなら、四宮先輩の手を借りることなんてしないだろう。
下心?
違う。
その場合、私が手伝えない理由にはならない。
その他にも色々と挙げていくが、どれも納得のいかないものばかりだった。
「ごちそうさま」
そうこう考えている内に、石上も食べ終わったようだ。
その言葉を聞いて、私は上着を着る。
「それじゃあ」
「おう。また来いよ。そこの大食いの嬢ちゃんも」
「……はい」
……大食い認定された。
嬉しくない。
「そう、拗ねるなよ」
「拗ねてないもん」
「いや、拗ねてるだろう」
石上は呆れたように言う。
でも、女の子としては大食いと思われるのは嬉しくない。
ていうか、恥ずかしい。
それはさておき。
石上が私を頼らない理由は思いつかない。
でも、せめて、
「ねぇ、石上」
「なんだ?」
「理由は分からないけど、私はあんたを手伝っちゃいけないでしょ?」
「……おう」
「でも、それでも、応援ぐらいはさせてよ?ちゃんと見てるから」
「……そうだな。見ててくれ伊井野」
そういう石上は、覚悟に満ちていた。
***
後日談。というか、期末テストの結果発表。
私は1位をキープした。
鳴山は、70位まで落ちた。
実は、の話。
鳴山は試験当日、明らかに体調が悪そうな顔をして学校に来ていた。
顔は青いし、腹を抱えているようだった。
あまりにも体調悪そうなので、学校休んだらとも言ったが、
『いや、そうはいかないから』
と、そのままテストを受けていった。
何があったのかは分からない。
ただ、それなりの何かはあったんだろう。
分からないけれど。
そんな中でも、70位になっているのは凄いと思う。
因みに、今日は普通に登校している。
顔色も戻っているから、大丈夫だと思う。
石上は……
「……のってない、か…」
四宮先輩と並んで見ていた石上は無感情にそう言った。
いや、無感情の様に装っているが、それは激情を押さえつけているように見えた。
「自己採点では、ギリギリ400点。50位の点数が412点であることを考えると、54位ぐらいはでしょうかね。前回が100位ぐらいであると考えると、十分伸びたと思いますよ」
「……はい」
「……悔しい?」
「……いえ。自分の実力通りの結果が出ただけですし」
そう言うと、石上はトイレに向かおうとする。
私をそれを慌てて、引き留めようとして、
「ここは四宮先輩に任せるべきだよ」
と、鳴山に止められた。
「でも、石上は明らかに…!」
「だから、そこで発破をかけるのは、四宮先輩に任せておけって話だよ」
と、四宮先輩も石上を追いかけたようだった。
……確かに、石上にも私には頼らないって宣言もされている。
納得は出来ないけれど、ここは引くしかないのだろう。
「……ねぇ、鳴山」
「なんだ?」
「私は石上に何をすればいいの?このままだと、私は何の恩も返せない」
石上に協力を拒否され、応援も四宮先輩が行った。
確かに、私と比べたら四宮先輩の方が頼りになると思う。
でも、私だって、石上の役に立ちたい。
役に立たなきゃ、恩を返さなきゃ、私は進めないのに。
でも、今のままじゃそれは出来ない。
それなら、どうすればいいのか。
私には分からない。
「ちゃんと見ることだな」
鳴山は言う。
「ちゃんと優を見て、出来たことを素直に褒めてあげて、出来なかったことでも励ます」
「そんな当たり前のことを言えばいい」
「今、あいつは助けがいらないなんて言ったかもしれないけど…」
「優が目標を達成するにはお前の存在が必要不可欠なんだから」
そう、鳴山は言った。
「……そうなの?」
「そうだ。相談を聞いた、
「……分かった」
正直、納得は出来ていない。
何の根拠もない発言だから。
あいつにとっての私がどういう存在なのかは、私には分からないから。
でも、石上を応援すること。
それは確かに私のしたいことだ。
石上に協力出来ない以上、私に出来るのはそのぐらいしかないから。
次回、裏サイド。