奉心祭まで、後一週間。
準備は着々と進んでいる。
しかし、私はどこか悶々とした気分になっている。
きっかけは多分、麗ちゃんの言葉だ。
『意外とモテるかもしれないよね』
冷静に考えたら、それはないと言えると思う。
現状の石上は、言ってはなんだが1年の皆に嫌われている。
本人の前は愚か、周りの人ともそういう話はしないけれど。
石上に理解のある人は少数だし、あの事件の真相を知っている人も限られている。
そういう意味では、ある意味で安心出来る筈、なのだ。
なのに、私はその言葉を聞いてどこか焦燥を感じている。
とられるんじゃないかって…。
だって、石上は優しくて、気が効いて、不器用ながらも良い奴だから。
もし、あいつのことをよく見ている人が居るなら。
もし、あいつのことを噂の偏見を持たずに接している人が居たら。
石上のことを好きになるかもしれない。
そうなったら、石上はきっとその人の方にいくだろう。
だって、私は石上に散々と酷いことを言っていたから。
今は仲良くしているけれど、だからってそれまで言ってきたことがなかったことになる訳じゃない。
石上は優しいから、私と仲良くしているだけで、内心では嫌がっているかもしれない。
そんなことはないと、今までの石上の言葉を信じないのかと、心のどこかが言うけれど。
でも、不安になる。
もしかしたら、もしかしたら、と悪い考えばかりが浮かんでくる。
『もう、想像を信じすぎるなよ。お前の悪い癖だからな』
って、石上が言っていたのに。
駄目だとは分かっているのに、止められない。
そういう悪い考え方が止められない。
どうしたらいいんだろう?
***
一週間前の放課後。
私達、1年B組と合同で企画をする1年A組は1年B組の教室に集まっていた。
「えー、文化祭を1週間後に控え、お化け屋敷の作業進捗は60%以下です。正直、ムッチャヤバいです」
麗ちゃんは言う。
そう、私達のクラス、出し物がお化け屋敷なのだが、皆があまり協力してくれなかった為に進捗がよろしくないのだ。
私達は文化祭実行委員の手伝いも相まって、クラスの方ばかりに時間を割けなかったのもあるのだが、中々と酷い有様だった。
何が酷いって、私や石上と同じ立場の筈の鳴山が本気を出して、進捗の10%位が彼の成果なのだ。
いや、鳴山は本当に凄かった。
釘を一回で刺しきっている様子は本気で凄かった。
周りの皆が、それに見惚れて作業を止めてしまう事態が起きたくらいだ。
文化祭実行委員の仕事でも疲れているだろうに、彼の文化祭にかける熱量を思い知った。
まぁ、それは良いとして。
「現実問題として少し企画を変更しないといけません。何かアイデアはありますか?」
確かに現実的にこれでは間に合わない。
本来なら、一ヶ月前から作業をするのだ。
それなのに、進捗が60%。
普通に間に合わないだろう。
ここに鳴山が居たら、
『休まずに作業したら、どうにかなる』
と、スパルタなことを言うと思う。
いや、普段なら言わないだろうけれど、文化祭マジックというのか。
文化祭にかける情熱の量がヤバすぎて、平然と言ってのけるようになっている。
本人がその言葉を有言実行して働いているのが微妙にたちが悪い。
まぁ、皆が協力していないのが悪いのは確かなのだが、正直、あそこまでの熱に対しては皆引いてしまうのが正直なところだ。
因みに、その当人はA組の教室で強制クールダウンをかけている。
邪魔されない為と休ませる為だ。
と、また鳴山の話で脱線したのを起動修正して。
「ルートを大幅に削減するしかなくね?」
「半分喫茶店にするとか」
「部活の方も忙しいしー」
と、色んな意見がでる。
そこで、ふと麗ちゃんは石上に振る。
「石上、なんか無い?」
「えっ、俺?」
と、石上は少し考えるような素振りをすると、私の方を見て頷く。
「音とか?遊園地とかである立体的な音、バイノーラル音響って言うんだけど」
そうして、石上はバイノーラル音響について説明していく。
それは、新しいCDを探している時に話していたことだ。
私を見て頷いたのは、そのことで思い至ったからか。
覚えててくれて、ちょっと嬉しい。
「でも、それって特殊な器材とか要るだろうし、脚本も用意しなきゃだろうし」
「いや、問題はないな」
と、そこにA組でクールダウンさせていた鳴山が言った。
一体、いつから話を聴いていたのだろうか?
えっ、でも大丈夫って…
「そうだろう?槇原」
「当然っしょ!私に指名を送るってことはやってもいいんでしょ?」
「……やり過ぎない範囲でな」
と、謎のTG部の信頼のある風景を見ていた麗ちゃんが、
「……ええと、任せていいってこと?」
「「勿論」」
と、二人で同時に返事をした。
***
そうして、今、収録現場の視聴覚室に生徒会1年組で向かっていた。
「白兎、本当に任せて大丈夫なのか?」
石上が訊く。
「まぁ、槇原は恐怖を煽ることにかけては他の追随を許さないから大丈夫だよ」
「そうなのか?」
「ああ、そこは保証する」
鳴山はそう言う。
私はTG部で活動している槇原さんしか知らないからあまり分からないけれど。
「というかすまん。ちょっと、情熱を燃やしすぎた」
「いや、いいよ。それだけ、文化祭のことを大切に思っているってことなんだろうし」
鳴山は少し反省しているようだった。
引くぐらいの情熱だったのは確かだが、でも、それを否定するのはやっぱり違うだろう。
鳴山が体育会系のようなノリになれることには驚くけれど。
「後、伊井野。先に言っとく、すまん」
「?何が?」
「いや、まぁ、分からなくていい」
?
どういうことなんだろう?
と、話していると、視聴覚室に着いた。
「さて、じゃあ優。僕達は文実の方に行くぞ」
「おう。それじゃあ、伊井野」
「うん。頑張って」
そうして、手を振って、二人を見送った。
「お、来たね」
と、槇原さんが視聴覚室の扉から声をかけてきた。
「うん。それで、私は何をすればいいの?」
実は、槇原さんに呼ばれはしたけど、私が何をするのかは聞かされていない。
「ええとね。まず、この椅子に座って…」
と、中にある椅子に座らされ、
「はーい、失礼します」
と、背後で手を縛られ…、
縛られ?
「これを付ける!」
と、アイマスクを付けられた。
はっ?
「ねぇ。これなにやるの?」
「バイノーラル音響って、音を取るためには耳の形をした特殊なマイクが必要なんだけど、これは高価で中々手に入らない。そして、それよりももっと簡単な方法があるの」
この時点で、大分、いや、確信出来る位に分かったが、
「その方法は?」
「伊井野ちゃんの耳にマイクを付ければいいの」
「なんで私が!?」
いや、薄々予感はしてたんだけど!
それでも、本当になんで私が!?
「そりゃ、反応が一番いいからっしょ。鳴滝も絶対分かってたよ?伊井野ちゃんがこの役をやるって」
「え!?」
先程の言葉が蘇る。
『先に言っとく、すまん』
あの邪悪がーー!!
分かっているなら、止めるとかしてよ!
なんで、許可してるのよ!
こういう時に、ストッパーとして働いてよ!
「まぁ、男子禁制にする辺りは流石だけどね。さて、それじゃあ始めようか?」
そういうと、槙原さんは私の耳元でハサミをちょきちょきとし始めたようだった。
音しか聞こえないから、実際の状況は分からないが相当近くで鳴らされている。
ちょき、ちょき、ちょき。
「ちょっと!?本当に切らないでしょうね!」
「そうだね。あまり暴れたりしたら、うっかり切っちゃうかも」
「ひっ!?」
軽い口調なのが、余計に怖い!
『槇原は恐怖を煽ることにかけては他の追随を許さないから大丈夫だよ』
鳴山の言葉を思い出す。
あれって、もしかして私に対しての予告だったの!?
これから酷い目に合うっていう予告だった!?
どの道、碌でもねぇ。
「ウソウソ。でーも、マッチで耳を炙ろっか」
ジュボッ
「うきゃー!!」
私の甲高い声が響いた。
マッチに火をつけたようだった。
でも、ちょっ、火は、火はヤバい!
「なんーて、冗談だよ」
「じょ、冗談が過ぎるわよ」
「だって、可愛いんだもの」
うう、怖い。
誰かぁ……、石上ぃ………、助けてぇ。
私は届くことのない願いをしていた。
「ああもう我慢できないよぉー……」
「いただきまーす」
はむっ
「ひゃっ」
もにゅ、もにゅ、ぬちゃ、ぬちゃ
み、耳を噛まれて、舐められている!?
いや、ちょっ、いやっ。
やらしい水音が耳元、というか、耳で響いてくる。
頭がクラクラする。
うう、うう、うう!
「必要ないでしょ!このくだり!?」
思い切り、大声を出した。
やってられるか、こんな苦行!
大体、お化け屋敷から趣旨がずれてきているし!
「ふ~ん。ああ、そうそう」
と、槇原さんの声が聞こえると、耳元の近くに気配を感じて、小さな声でこう言った。
「因みにね。今までの伊井野ちゃんの発言は全部、別に録音してあるんだよ」
「え?」
「つまりね。今までの伊井野ちゃんの恥ずかしい声が色んな人に聞かれちゃうんだよ。例えば……石上くんとかに」
「い、いや…」
そ、そんな!?
私の、あの声が、聞かれ……。
嫌だ!
はしたない子だって、思われる!
「私、知ってるんだよ?伊井野ちゃんがヒーリングミュージックと言っているのがどういう音声か……。しかも、最近。石上くんと会って話す度にその音声を録音して、それで…」
「いやーーー!!」
なんで!?
なんで、そのことを知ってるの!?
駄目。
変な子とかそれ以前の問題になる!
「ふふ、ホラホラ。早く素直になりなさい」
そう言って、槇原さんは羽ペンらしきもので私の耳をくすぐりだした。
「っーーーーー!!」
***
本当に拷問だった。
色んな意味で。
その後も私は数々の酷いことをされた。
しかも、私の声が大きくて、何回もリテイクを食らうことになった。
「うん。OK」
「はぁーー。お疲れ様」
「………伊井野、大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
疲れたし、やつれた。
もの凄く精神が摩耗した気がする。
しかし、私には疲れを嘆く前にやらなければならないことがある。
「槇原さん。さっき録ってたっていう音声を渡しなさい」
「ああ、あれ?勿論ないけど」
「はっ?」
「いやだから、あれは嘘。そういう風に言えば、伊井野ちゃんをもっと楽しめるかなと思って!」
なはは、とどこか誇らしげであえある槇原さんの様子に腹立ちを感じたものの、私には怒る余裕さえ残ってなかった。
後に石上から聞いたが、視聴覚室で別れてから30分位した頃、
「伊井野。お前の犠牲は無駄にしない」
と、空を見上げながら、鳴山は言ったという。
………だから、止めろよ!
***
そんな拷問があった翌日。
今日は文実の方の仕事をしていた。
「それは大変だったな」
「元凶の一人が何を言ってるのよ」
鳴山は他人事のように言っていた。
腹が立つ。
「まぁ、槇原だからな。でも、お陰で心を抉るようなのが出来ただろ」
「別の意味でも、抉れたんだけど…」
確かに、心が抉るようなのが出来たが。
出来たが!
その為に私がここまでされる謂れはない!
「後で優も纏めて夕飯奢るから」
「……じゃあ、焼き肉で」
「分かったよ」
そう言って、約束をした。
しれっと、石上も一緒にする辺りは流石だとは思う。
断る理由がなくなった。
許さないけど。
「さて、それじゃあ、僕はこっちの方だから」
「うん」
そうして、別れていった。
私の今日の仕事は、パンフレットの作成だ。
こういったことは石上の方が上手なのだが、アイツは今別の仕事をしている。
「顔、見たいな…」
なんとなく、口に出す。
自然とそう思える。
いつも教室で会っているのに、おかしいなぁーと思う。
でも、別に嫌じゃない。
むしろ、心地よく感じもするのだから、本当に心から負けているのだと実感する。
そう思っていると、丁度、扉の向こうに石上が見えた。
「いしが……」
それ以上の言葉は言えなかった。
何故なら、隣に子安先輩が居たからだ。
二人は仲良さそうに話していた。
別に、不思議な光景ではなかったと思う。
石上は、前に言っていた。
子安先輩には随分お世話になったって。
それに、子安先輩は明るくて、社交的だから石上と仲良くすることには何にもおかしなことはない筈だ。
そもそも、今は文化祭実行委員の仕事中だ。
だったら、話している内容だって文化祭のことに決まっているのだ。
しかし、そう思おうとする度に、頭にリフレインする。
『意外とモテるかもしれないよね』
石上がお世話になったと言うということは、少なくとも石上の噂に惑わされている訳ではないのだろう。
ならば、偏見も何もなく、石上のことを見れるということだ。
だとしたら、あり得るのかもしれない。
石上に惹かれるということも。
石上のことを好きになるということも。
「おーい、伊井野」
「ふぇっ!?麗ちゃん!?」
「いや、何を驚いてんの。手、止まってるよ」
「あっ、ごめん」
マズイ。
思考の沼に嵌っていた。
扉の向こうを見ると、石上も子安先輩もいない。
いつの間にか、二人とも移動していたようだった。
「……何を見てたの?」
「うん!?ううん!!何でも無い、何でも無い!!」
「何かあるようにしか見えないんだけど」
麗ちゃんは呆れたように、そう言った。
確かに、今の動揺ぷりを見たら、誤魔化せてないだろう。
うう、どうすれば……、
「……深くは訊かないけど、相談したいことがあったらしてよ」
「う、うん」
そう言って、麗ちゃんは自分の仕事に戻った。
ああ言ってくれるのは、ありがたいと思う。
そうだ。
今は、石上のアレコレを悩むのは後にして、このパンフレットを作らないと…!
そうやって、自分を誤魔化した。
***
後日談。というか、今回のオチ。
プルルルルル、プルルルル
スマホが鳴る。
気が付けば、夜も更けていた。
スマホを見ると、鳴山が玄関で待っていると送っていた。
時間も時間だし、どうせだから石上にこのパンフレットの検分をして貰おう。
……その時に、子安先輩とのことを訊こう。
そう思った。
階段を下りて、玄関の前まで行く。
そこには、既に鳴山が居た。
「お疲れ」
「うん。あれ?石上はまだ来てない?」
「どうやら、ちょっと手間取ってるみたいだな」
鳴山はスマホを確認しながら言った。
私もスマホを見ると、確かにちょっと遅れると送られていた。
靴を履き替えると、鳴山の隣に行った。
「で、パンフレットは出来たか?」
「一応は。この後、石上に検分して貰おうかなって思って」
「良いんじゃないか。あいつの目は確かだし」
「うん」
たまに酷いこともするけれど、基本的に鳴山は穏やかというか、普通に仲良く出来る。
私や石上の正義感のこともよく知っていて、そのやり方について指摘することはあっても、その思いを否定することはしない。
そして、彼なりに沢山の手助けをしてくれる。
その手助けの為なのか、上級生とも絡んでいる場面をよく見ている。
逆に、同学年の人と話している場面はあまり見ない、というか、私と石上と話している場面しか知らない。
後は、槙原さん位か。
………面子が色々と危うさを感じるのは気のせいだろうか?
「さて、ただ待っているのも暇だし僕が先に見ていいか?」
「良いけど…」
と、私がバックからパンフレットの原案を見せると鳴山はそれなりの速さで読んでいく。
その様子を見ていると、丁度、石上が来た。
しかし、
「子安先輩…」
子安先輩と一緒に。
子安先輩もバッグを持っているから、途中まで一緒に来ていたのだろう。
仲良さげに話している。
「うぅ……」
……駄目。
なんにも決まっていないのに、勝手な偏見で見ちゃ駄目。
そう考えていると、子安先輩は石上の肩に手をおいて、自分の方に傾けさせると、石上の耳元で何か言っているようだった。
それを聞くと石上は、顔を真っ赤にして、子安先輩はクスクスと笑っている。
それはまるで、恋人のようで…。
「……鳴山」
「うん?何だ?」
「今日はごめん。私、予定入っちゃったからそのまま帰るね」
「はぁ?お前…」
「それ、石上に見せておいて」
「いや、だから…」
「じゃあ!」
私は駆け出した。
後ろを振り返らずに。
鳴山が何かを言っているようだけれど、聞こえないし聞きたくなかった。
そうか。
そうだったのか。
私が思い上がってただけなのか。
本当に恥ずかしい。
勘違いしていた私に。
……こんな時に逃げるしかない私に。
次回から、文化祭、開幕。
8月のどこかの週で全6話を毎日投稿するのでよろしく。