鳴山白兎は語りたい   作:シュガー&サイコ

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文化祭編の2日目。


せいとかいフェスティバル 其の弐

「鳴山先輩はどこに居るのかな?」

 

私、鬼ヶ崎美青は高等部の文化祭に来ていた。

来た理由なんて言うまでもない。

好きな人に会いに来たのだ。

 

「だからな……」

 

鳴山先輩の声が聞こえた。

近くに居るみたいだ。

そうして、声のする方に行くと、

 

「だから、作っておいてくれ」

「うん。分かった」

 

鳴山先輩と、千石さんが居た。

確か、体育祭の時も仕事関連で来ていたから、その為に来たのかな?

 

「こんにちわ」

「よっ、美青」

「久し振り、美青ちゃん」

 

二人とも、すぐに返事をしてくれた。

 

「何のお話してたんですか?」

「「仕事の話」」

「相変わらず、仲が良いですね」

 

本当にこの二人は仲が良い。

私の知らない間でも一緒に怪異退治をしているビジネスパートナーのような関係らしい。

正直、ちょっと妬ましい。

何をしなくても、自然と隣に立てる立場なのが羨ましい。

いや、今はいい。

それよりも訊かないといけないのは、

 

「先輩のシフトはどうなってます?」

「ああ、今日はそんなにシフトは空いてないな。今の2時間位だな」

「じゃあ、一緒に回りません?」

「おう。いいぞ」

 

よし!

いや、この先輩に限って断るということはないというのは確かにそうなのだが、取り敢えず安心する。

 

「撫子はどうする?」

「う~ん、私は…」

「あれ?そこで何をしてるんですか、鳴山くん?」

 

低い声が響いた。

声のした方を見ると、藤原先輩とその隣に友人らしき人達もいた。

 

「いや、知り合いに会ったから話してただけですけど」

「へぇー、そうなんですか」

 

軽く棒読みで話している。

中々と威圧感がある筈なのに、鳴山先輩はまるで気付いていないかのように振る舞う。

少し冷や汗が出ているけれど。

 

「……なぁ、鳴滝」

「何?槇原」

「お前はハーレム系の主人公か何かか?」

「いや、違うし。そもそもで友人が多いタイプじゃないからな」

 

鳴山先輩はそう言う。

けど確かに、この場面だけを見たら、普通にハーレム系の主人公だ。

男と女の割合が、1:5だ。

 

「所で、藤原先輩以外の二人は誰ですか?」

「ああ、同じ部活の部員」

「こんちわー、マッキー先ハイです」

「どうもー、ギガ子です」

 

……個性的な動きをしながら、多分、本名じゃない名乗りをした。

この人達と藤原先輩と鳴山先輩。

……その部活、相当に変人の巣窟なのでは。

 

「巣窟だね。絶対」

 

千石さんが同意する。

ナチュラルに地の文に絡んでくるのは置いておくけど。

 

「……さて、初日は今の2時間位しか無いんですけど」

「「一緒に回りましょう!」」

「まぁ、そうなる気はしてた」

 

咄嗟に、藤原先輩の方を見る。

互いに睨み合う。

ここで引く訳にはいかない!

 

「そうだなー。分かった。全員で回ろう」

 

ズルー

 

女性陣全員が滑った。

 

「いやいや、鳴山。それはないって」

「うん。流石にそれは…」

「ないよね」

 

私と藤原先輩以外の全ての女性陣から批判が出る。

いや、でもこれは出るでしょ。

色んな意味で。

分かった上で言ってるのが質が悪い。

 

「?いや、皆で一緒の方が楽しいに決まっているじゃん」

 

などと、純朴そうに言うがこの面子にその誤魔化しは通用しない。

 

「いい加減、はっきりした方が良いと思うぞ」

「うん。私もそう思う」

「そうだよ。白兎」

「「「白兎!?」」」

 

千石さんの発言で、部活の人達が驚きの声を上げる。

確かに、名前呼びをあまりさせない鳴山先輩を名前呼びしている時点で相当に仲が良いこと伺いしれる。

しかも、女性!

 

「ちょっと、鳴山くん!彼女とはどういう関係なんですか!!」

「友人です」

「だったら、何で名前呼びしてるんですか!?」

「親しい友人だからです」

「だったら、私も名前で読んだって良いじゃないですか!?」

「いや、それはちょっと…」

「なんでですか!?」

 

と、言い争いしながらしれっと移動しだしている。

 

「ちょっと、待て下さいよ!」

 

***

 

結局、鳴山先輩の願い通りになった。

今、全員仲良く話しながら移動している。

 

「つまりだよ。バトル漫画っていうのは都合・インフレ・根性で成り立っていてだな…」

「でも、きちんと努力しているのも…」

「いや、最終的に才能じゃ…」

「そもそもで、…」

 

……なんか、子供の夢を壊すような会話してるけど。

でも、私にしても、千石さんにしても、あの部活メンバーに短時間で仲良くなれる辺り、結構な変人なのではないだろうか?

 

「つー訳で、ここだよ。僕のクラス」

 

そうして案内されたのは、鳴山先輩のクラスの出し物、お化け屋敷こと立体音響ホラーハウス。

 

「……ハーレム系主人公か何か?」

「いや、だから違うって」

 

なんかギャルっぽい子の言葉に、返事を返す鳴山先輩。

 

「あのさ、友人が恋愛関係でがん凹みしてる時に何やってんの?」

「いやだから、違うって。TG部のメンバー+友人だから」

「……ハァーー。アンタってそういう奴だったんだ」

「だーかーらー、勘違いだって言ってんでしょうが!?」

 

鳴山先輩が軽く怒った。

どうやら、鳴山先輩の友人の方でもトラブルがあったようだけれど、この先輩に限ってそれを放置するはないと思うので、既に解決策を行っていると思う。

その辺は私からの信用だ。

だから、そこは特に気にしてなくて、問題がその後の発言。

確かに嘘は言っていない。

好意を持っている人は約二名ほどいるけど…。

というか、私がその一人ではあるんだけど…。

 

「つーか、あいつらなら大丈夫だよ。どうせ今頃、仲直りしてるよ」

「その自信は何?」

「というか、ここで堰き止めてると後ろに迷惑じゃない?」

 

と、後ろを見ると確かにそれなりに列が出来ていた。

 

「……それもそうだね。じゃあ、この人数だし二人一組に別れて…」

 

はっ!

ここで、先輩とペアになれば!

 

「ただし、男女は別ね」

「知ってるよ」

 

え~~~!

いや、でも、この辺のアトラクションって…、

 

「どうしてですか!そこは男女でも入れるようにするのが普通じゃないですか!?」

「ああ、不治ワラ。それは……」

「そうするように指示出したからね。僕が

 

ハッ!まさかの男性からの意見だったの!?

というか、先輩の方からフラグを折ってたの!?

 

「どうしてですか!?」

「神ップル等、狭い空間を盛り場と誤解しているアホ共の動きを抑制する為です」

 

そうだった!

この人、最近ゆるゆるな一面ばかりを見せていたけど、根本的にTPOを弁えることを基本としている人だった!!

 

「ぐぬぬぬ、仕方ありませんね。どうやって別れます?」

「じゃあ、グーとパーのチョキ有りで別れましょう」

「「「「「グとパーで別れましょう!!」」」」」

 

***

 

「よろしくお願いします」

「うん。よろしくね、千石ちゃん」

 

「まさか私一人とはなぁ」

「まぁ、ネタを知ってるし妥当なんじゃね?」

 

「どうして、あなたと一緒なんですか?」

「こっちのセリフですよ」

 

ギガ子さんと千石さん。

マッキー先ハイさん。

そして、私と藤原先輩で別れた。

正直、恋敵とペアって色んな意味で気まずいんですけど。

そんな調子で、お化け屋敷の中に入る。

中はだいぶ暗いものの、どこかチープな感じの作りだ。

前を黒子のような服を着て歩いている人が、なにやら怖そうな話をしながら歩いている。

 

「……どういう所が好きになったんですか?」

 

あちらが訊いてきた。

 

「……何を言わなくても、自然と気づいて動いてくれる所」

 

……正直に答える必要なんてなかったと思う。

でも、なんとなく、正直に答えようと思った。

理由は分からないし、理由なんてないかもしれない。

そもそもで恋愛は理屈じゃないのだから。

 

「こっちも言ったんですから、そっちも言って下さいよ」

「……どんな相手でも、どんな手を使っても、最良、とまではいかなくてもそれなりに良い結末を持ってくる所ですかね」

 

……なるほど。

分かる気がする。

相手が妖怪変化だろうと、財閥のお嬢様だろうと、決して真っ当な手段ばかりじゃないけれど、それでも必死に結果を求めて戦う。

そういう所は確かにある。

 

「いい趣味してますね」

「そっちもね」

 

私達は微かに笑う。

相手の想いがよく分かったから。

お互いに想いの強さで負けるつもりない。

でも、相手の想いの強さを侮ることは出来ないと感じた。

だからこそ、

 

「負けませんよ」

「こっちこそ」

 

この時、私達は確かにライバルになったのだ。

 

「あっ!この音はチョキ子さん…」

「みんなこのロッカーに隠れて!」

 

どうやら、大分奥まで来ていたようだ。

皆、ロッカーの中に入っていく。

 

「入りますか」

「そうですね」

 

そうしてロッカーに入った。

二人分。

 

「……狭いですね」

「……そうですね」

 

ロッカーの大きさが結構キツイ。

特に胸の辺りが………、、

…………。

…………デカイ。

思っていた以上にデカイ。

 

「……アレレ?アレレレレ?もしかして、私の胸の大きさに驚いてます?そうですよね。そんなにサイズ無いですものね」

「ふ、ふん。胸の大きさじゃあ女の価値は決まりませんし、あの人は胸の大きさは選定の基準になっていませんし、むしろ大きすぎるのは苦手だって言ってましたし!」

「な、何を言うんですか?本当に彼に訊いたんですか?そんなことを。痴女じゃないですか。それに、私の胸は綺麗ですし、彼だって触れたことがないからそう言ってるに違いありませんし」

「す、好きな人の胸の大きさの好みを訊くことのどこが痴女だって言うんですか?というか、別に本人に聞いてませんし。前に聞いた人に訊きましたし!」

「それを痴女だって言うんですよ!なんですか、そんな回りくどい方法でしか聞けないから、胸が小さいんですよ!」

「それと胸の小ささは別でしょ!それに、別に私の胸だって小さい訳じゃないんですよ!」

 

ヒートアップする会話。

醜い罵り合いが続き、その結末は5分後。

 

「だから、彼が好きなのは巨乳じゃなくて美乳なんですよ!」

「どっちにしたって、私のほうが上ですもんね!!へへん!」

 

ギィィィ

 

何かが開く音がした。

周りが明るくなった。

開いたのは、私達のロッカーだった。

そこには、苦笑いをする千石さんとギガ子さん。

珍しく少し照れた様子の鳴山先輩に大笑いをするのをこらえる様子のマッキー先ハイさん。

そして、顔が真っ赤以上に真っ赤になった私達だった。

 

「「キャーーー!?!?」」

 

……私達は少しだけ仲良くなった。

 

***

 

ステージ近く。

私、四条眞妃はどこに行こうか考えていた。

翼くんと渚は今頃、文化祭デート中だろう。

最初は、二人に一緒に行かないかと誘われたけれど、

 

『ううん、良いよ。私は一人で回りたいの』

『でも……』

『渚。これ以上、言わせないでよ』

『……ごめん。マキ』

 

ということがあった。

二人との友人関係がなくなったわけじゃないし、もう渚を呪うことはないけれど、それでもまだ、二人が仲良くしている所を見るのは、辛い。

だから、私は一人で居た。

 

「一年生は休憩入って!」

 

ステージ上から声がした。

確か、彼女は子安つばめだったか。

四大難題美女と呼ばれる人物。

確かに美人だ。

モテるのも頷ける。

ただ、彼女は何やら焦っている様子だった。

作業をさっさと終わらせようとしているような……

 

「あの子安先輩!自分と文化祭を回りませんか!」

「ゴメンナサイね。私はしなくちゃいけないことがあるから…」

 

そう断っていた。

なんか訳ありそうだけど、私に出来ることはなさそうね。

そう思って、私はその場を後にした。

 

***

 

本当は屋台とか回るのが良いんだろうけど、なんとなく、そんな気分になれなくて私は体育館裏に来ていた。

 

「はぁーーあ」

 

あの時に告白したこと。

それ自体に後悔はない。

確かに、あそこで区切りをつけていなければずっと引きずっていたと思う。

それでも、いきなりパッと切り替えられる訳じゃない。

失恋の痛みは、まだまだ痛み続けている。

 

「でも、この痛みが大切なんだろうな」

 

そう思えた。

 

「ウッ…、グェッ…、ヒック…」

 

……どこかで聞き覚えのある泣き声が聞こえた。

声のする方を向くと、

 

「オェッ…、グスッ…、ヒック…」

「ええと、伊井野ちゃん、だっけ?」

「………四条先輩?」

 

私の存在を認識をすると、伊井野ちゃんはフラフラと立ち上がるとここ立ち去るように歩こうとする。

しかし、動き方的にも精神的もどう考えたって、駄目っぽい。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!そんな状態でどこにいくの!?」

「……どこでしょう?」

「取り敢えず、色々と危なっかしいからどこか居ちゃ駄目!」

 

***

 

「ごめんなさい。私、頭が一杯で…」

「いや、別に良いわよ。私も似たような時あったし」

 

どうやら落ち着いたようだ。

見た感じ、というか直感的に分かった。

これ絶対、恋の悩みだ。

 

「それで、どうしてこんな所でえずいてた訳?」

「………誰にも言いません?」

 

私の様子を伺うように、切なげな視線でそう言った。

私はその目に既視感を覚えていた。

それは、あの時の私の目。

渚と翼くんが付き合いだした時にしていた目。

辛くて辛くて仕方なくて、それでも誰にも言えなかった時の目。

だったら、私の言うべきことは決まっている。

 

「言わない。四条の名にかけてね」

 

伊井野ちゃんは少しだけ笑うとありがとうございます、と言った。

 

「私、石上のことが、好きなんです」

「優のことが?」

「………はい」

 

少し睨むような目線を感じた。

………、ああ。

私が優のことを下の名前で呼んだからか。

 

「それで?」

「それで、私としては少しずつ仲良くなっているって思って、いつか告白出来たらって思ってたんです」

「うん」

「でも、文化祭の準備をしていく中であいつがモテるかもしれないって話を聞いて、それで見ていたら子安先輩と仲よさげで好きなんじゃないかって思えてきて…」

「うん?」

 

優が子安先輩を?

なんか、それは違う気がするんだけど。

優は確かに、誰か好きな人が居るんだろうとは思っていたけど…

 

「それで、ある帰りに鳴山と石上が来るのを待ってたんですけど、石上は子安先輩と一緒に仲良さそうに話しながら来て…」

「うん」

「それで、子安先輩が石上の肩を引いて耳打ちしたら、そしたら石上の顔が真っ赤になって、子安先輩はそれをクスクスと笑っていて……、まるで恋人みたいで」

「だから、優が子安つばめのことを好きなんじゃないかと思ったと」

「はい。そうなったら、石上の顔も見るのも辛くて、ここ最近はずっと避けていて、でも、それが石上に申し訳なくて…」

 

それで泣いてたわけか。

なんか似たような雰囲気を感じてはいたけど。

この子は私以上に繊細なんだ。

だとしたら、私の経験から出来ることは………

 

「ねぇ、伊井野ちゃん」

「は、い!?」

 

ギュッと抱きしめた。

そして、頭を撫でてあげる。

 

「あの……」

「確かに辛いかもしれない。好きな相手が他の誰かと、他の人と仲良くしているのを見るのは辛いかもしれない。でも、それで逃げちゃいけない。きちんと向き合わなきゃいけない」

 

そう言うと、伊井野ちゃんはまた泣き出して、私の胸の中で言う。

 

「なんで、向き合わなきゃいけないんですか!?なんで、逃げちゃいけないんですか!?こんなにつらい想いをしているのに、こんなに嫌な想いをしているのに!!どうして……」

 

伊井野ちゃんは、思い切り涙を流す。

確かに、気持ちは分かる。

でも、私はそれを肯定する訳にはいかない。

 

「確かに辛いと思う。でも、恋愛ってね、そうやって傷ついていくものなの。傷ついて、傷ついて、その先に欲しい物を手に入れるの。そのためにも、耐えなきゃいけない。どんなに辛くたって、我慢して進んでいった先に手に入るの」

「……でも、そうじゃない人だっていますよね」

「確かに居るね。でも、付き合うことがゴールじゃない。付き合ってからが本当の始まりで、付き合う中でも傷つくようなことはある。でも、その度に乗り越えて行くの」

 

どの口が言うんだろうとは、思う。

こんなのは鳴山の受け売りだし、私もその時は否定した。

でも、きっと。

今、言わなくちゃいけない。

この子に今必要なのはきっと、そんな言葉だから。

 

「………私には、そんなに傷つくことは出来ません」

「平気よ。いざとなったら、私でも他の誰にも言えばいい。少なくとも、私はいくらでも聞いてあげるから」

「……もう少し、胸を借りてもいいですか?」

「そのぐらい、お安い御用よ」

 

そうして、また伊井野ちゃんは私の胸の中で泣き続けた。

その間、私は伊井野ちゃんの背中をポンポンと叩いた。

ふと、鳴山もこんな気持ちだったのかと、そう思った。

 

***

 

30分位、ひとしきり泣いた後、伊井野ちゃんは顔をあげた。

 

「ありがとうございます」

「うん。それでこれからどうするの?」

「はい、私は……

「ああ!ミコちゃん見つけた!!」

 

大きな声を出す方も見ると、そこには子安つばめが居た。

 

「子安先輩!な、なんの御用でしょうか…」

 

伊井野ちゃんはどこか距離を取るように言う。

でも、それはそうだろう。

伊井野ちゃんの話だと、子安先輩こそが優の相手なのだから。

 

「ごめん!!なんか勘違いさせちゃったみたいで!!」

「……へ?」

 

子安つばめの今にも土下座しそうな勢いの謝罪に、伊井野ちゃんの思考が止まったようだった。

 

「私と優くんが話している所を誤解したんだよね?大丈夫だから!優くんも私もそんな気持ちは一切ないから!」

 

手を合わせて、全力で謝る様子の子安つばめに脳の処理が追いついていない様子の伊井野ちゃん。

ここは、私が訊いた方が早そうだ。

 

「伊井野ちゃんは4日前にあなたと優が話しているのを見て誤解しているようなんだけど、何を話してたの?」

「えっ。ああ、アレは…

 

『へぇー、つばめ先輩、劇をやるんですか』

『うん。奉心祭の伝説を元にした劇だよ』

『そんなに有名な話なんですか?』

『えっ、うちの学校では有名な話なんだけど……、ということはもしかして知らない?』

『何をですか?』

 

この時に私は耳元にこそこそ話すようにして、

 

『奉心祭中にハートのものを渡すと告白になるってこと』

『そ、そうなんですか!?』

『フフフッ、良かったね。勘違いしたままでしなくて』

 

って、言う感じなんだけど」

 

「…………」

「…………」

 

伊井野ちゃんはしばらく放心した後、いきなり顔が真っ赤になった。

 

「え!?それじゃあ、私……!!酷すぎる勘違いを……!!」

 

そう言って、顔を手で覆うと物凄い勢い顔を振っている。

まぁ、確かに恥ずかしいよね。

的外れなことを考えて、勘違いしていたら。

子安つばめが大分疑わしい動きをしたのが悪いけど。

 

「私!石上に色々と謝ってきます!!」

「うん。それで良いよ」

 

伊井野は宣言すると、走りだそうとしていた。

でも、行く前に一言。

 

「頑張れ」

「はい。ありがとうございます、マキ先輩」

 

そう言って、走り出す伊井野ちゃんを私は手を振って見送った。

………。

………一つ気になることがある。

 

「子安先輩」

「何?」

「本当は優とそんな話をしたんですか?」

「どうして、そう思うの?」

「だって、先の話だと内緒話にする必要なくないですか?」

 

そう、内緒話にはならない筈なのだ。

優が仮に本当に知らなかったとしても、そもそもであの奉心伝説の話は有名な話。

仮に周りに聞かれていても、石上、知らなかったのかー位で流される笑い話にしかならない。

そりゃ、優は恥ずかしがるだろうけど、うわ~恥ずかしいー位だろう。

ということは、だ。

何か別の話していたと考えるのが妥当だろう。

 

「…もうミコちゃんがいないからいっか。実はね…

 

『だから、伊井野は凄いやつなんです』

『うん、優くんは本当にミコちゃんのことを見てるんだね』

『えっ!?いや、それはまぁ……』

 

この時に、私は耳元にこそこそ話すようにして、

 

『本当にミコちゃんのことが好きなんだね』

『ええ!?どうして!!』

『フフフッ、分かりやすいからね…ッ』

 

というのが、本当にあった話」

「うわー……」

 

これは恥ずかしい。

自分への惚気話していたのをからかわれてた様子を勘違いしたとか。

というか、優が好きなのはやっぱり伊井野ちゃんなのか。

正直、子安先輩って言われてもしっくりこなかったもんね…。

なんというか、

 

「可愛いわね…」

「本当に、可愛い後輩達だよ」

 

私達は笑い合っていた。

 

***

 

この時間だったら、石上は多分自由時間の筈!

私の酷い勘違いで、あいつに酷いことをしてしまった。

謝りたい。

あいつが行きそうな所……、

 

「ここ!」

 

そうして来たのは、パソコン部。

ここでは、部で制作したゲームの展示をしている筈。

石上はここに居た。

 

「い、伊井野!?お前、何で……」

「ちょっと来てくれない?」

 

そう言って、問答無用で引っ張っていく。

ゲーム中なのは悪いと思うけど、今はそんなことを気にしていられない。

 

「ちょ、せめて、イヤホン外させて…!」

 

そう言いつつも、ついて来て、私達は生徒会室に来た。

 

「それで、なんだよ、伊井野」

「ええと…」

 

い、今更になって恥ずかしくなった。

あんたと子安先輩の関係を誤解して、それで距離とってましたーなんて、そのままじゃ絶対言えない!

じゃあ、なんて言うのが正解なの?

 

「ええと……」

「……伊井野、最近なんで俺のことを避けてたんだ?」

「えっ?」

 

石上の方から訊いてきた。

でも、それはおかしなことではないんだろう。

それで、石上を傷つけたことを私は謝りたいのだから。

だから、ちゃんと言わなきゃ。

 

「私ね。この文化祭の準備の期間中にアンタについて、一つ大きな誤解しちゃって、それで避けてたの」

「その誤解は何なんだ?」

「……言えない。聞かせられない位に恥ずかしいことだから」

 

言える訳がない。

言ったら、殆ど告白みたいなものだ。

 

「それで、……ごめんなさい!!石上のことを避けるようなことをして!!」

 

私は大きく頭を下げた。

その位、謝りたい気持ちがあったのも確かだが、それ以上に今、石上の顔を見れる気がしなかった。

恥知らずだって、思われたりしてないかな?

今更、何を言ってるだとか思われてないかな?

 

「……伊井野」

「はい…」

 

声をかけられ、ゆっくり、顔を上げていく。

それでも、やっぱり石上の顔は見れない。

自然と視線が下になる。

 

「明日、文化祭を一緒に回ったら、…許してやる」

「!!」

 

顔をバッと上げる。

石上は片手で口元覆いながら、顔を背けて赤くなっていた。

でも、今のはつまり、で、で、デー……!!

だとしたら、私が言うべきことはひとつしかない。

 

「そ、それでいいなら、いくらでも…」

 

石上の顔がこっちを向くのとほぼ同時に、今度は私が顔を背ける。

顔が熱い。

絶対に、赤くなってる。

 

「な、なぁ。そろそろクラスの方のシフトの時間じゃないか?」

「そ、そうね。行きましょ」

 

そう言って、二人で生徒会室を出てクラスの方に向かうけれど、やっぱり今は顔を見れる気がしなかった。

 




マキちゃんはいい女である。

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