「早坂…」
「眞妃様ですか」
一人でキャンプファイヤーの火を眺める。
その火はゆらゆらと燃えている。
「一人?叔母様は?」
「……かぐや様は怪盗を捕まえに行きました」
「そっ」
怪盗…。
今日の騒ぎの中心になっている人物ね。
叔母様がわざわざ捕まえにいくなんて、怪盗の正体は
「全く、随分と人騒がせね」
「ええ、全くです」
早坂も肯定する。
あの叔母様も、あれだけ好き好きなオーラを見せておきながら、こんなことになって…。
どっちも好きな癖に、面倒ないたちごっこを繰り返して…。
……でも、羨ましい。
私は、、出来なかったから。
そういう関係は築けなかったから。
向こうを見ると、渚と翼くんが踊っている。
見るからに仲良しだ。
「ふっ」
ふと、笑いが溢れる。
さっきまで考えていたことが馬鹿らしく思えてくる。
悲しい気持ちが無いわけじゃない。
でも、不思議と今は応援したい気持ちになっている。
鳴山が言っていたのは、きっと、こういうことなんだろうな。
「はぁーー」
近くからため息が聞こえた。
「あれぇ?書記ちゃんどうしたの?」
早坂がギャルの擬態をしている。
何度か見たことあるけど、やっぱり違和感が凄いわね。
「いえ、怪盗の正体は分かったんですけど、どうにもテンションが下がっちゃって」
「ええー、どうして?」
「……いや、気づかれてたんだなーと思いまして」
藤原にしては珍しい位にローテンションだ。
でも、私の予想が正しいなら、そこまで低くなる理由はない気がするんだけど。
「えー、なになに?教えてよー」
「いいえ。言いません」
藤原は断固として言う。
こういう時の藤原はけして何も明かさない。
だからこそ、叔母様の友人が出来るのだけど。
「まぁ、切り替えて!キャンプファイヤーを楽しみましょう!」
「……そうね」
確かに、楽しまない理由はないものね。
***
「……盛り上がってるわね」
「……だな」
私と石上は、二人で一緒にキャンプファイヤーを見ていた。
本来だったら、周辺の安全確認の見回りをしなきゃなんだけど……、
『それは僕が行くから良いよ』
『えっ、でも…』
『このキャンプファイヤー。一番の功労者はお前だろ。大人しく、お前は石上とイチャイチャと踊ってればいいんだよ』
『なっ!』
『じゃあ、行ってくるわー』
って、鳴山が懐中電灯を持って行ってしまった。
……あいつだって、この文化祭の為に頑張ったのに…。
「酷いこと、しちゃったかな…」
「……そんなことないだろ。あいつはあいつでお前をねぎらいたいんだろ。人の好意を無碍にするものじゃないぞ」
「分かってる」
分かってる。
あいつだって、人の為に動いている。
そのためなら、貧乏くじだって引きにいく。
でも、それを誇ろうだなんてしていない。
本当に、良い奴ではあるんだよね。
「あいつにも、何かお礼しないとね」
「そうだな。今度何か奢るか」
そう言って、二人でキャンプファイヤーの火を見続ける。
「………」
「………」
気まずい。
話す話題が出てこない。
どうしよう…。
「な、なぁ…」
「何?」
「あの怪盗誰だと思う?」
「う~ん。こんなことをしそうな人が思いつかない」
最初は藤原先輩なのかもと思ったけど、怪盗探ししているみたいだから違うみたいだし。
他のTG部の人達の可能性もあるけど、あの3枚目がばら撒かれた時、鳴山以外の3人は校庭にいたし、鳴山は言ったことを守らない人じゃない。
でも、そうじゃないなら誰がするんだろう?
「鳴山が関わってそうではあるんだけどな」
「えっ。そうなの」
「朝、意味深なこと言ってたし」
「そうなんだ」
そう言えば、今日は石上が妙に早かったけど、それが理由なのかな。
「鳴山と何を話してたの?」
「……色々だよ、色々」
石上は誤魔化すようにそう言った。
でも、どこか照れているようで。
一体、何の話してたんだろう?
「あっ、クッキー食べるか」
「そうね」
数時間前、石上が取ったクッキー。
正直、ああ言われた時はドキドキしていた。
告白されるかも知れないって。
まぁ、実際の所は違ったけど。
……でも、もしかしたら。
もしかしたら、とは思った。
……いや、多分可能性は思っている以上にあるんだとは思う。
じゃなかったら、きっと誘ってはこないだろうし。
でも、自信はない。
もし、違ったら。
もし、フラレたら。
マキ先輩は傷つくのが恋愛だって言っていた。
でも、今の私が傷つくのに耐えられる気がしない。
だって、勘違いしただけでアレなんだから。
本当に、辛くて辛くて仕方なかったから。
もしも、それ以上のことがあったら……。
どうなるか分からない。
本当に臆病で弱虫だ。
こんな私が、好かれているなんて思えない。
クッキーを食べるけど、そんなに味がしない。
元々味が薄いのか、それとも味を感じなくなっているのか。
折角綺麗なキャンプファイヤーなのに。
「……おい、大丈夫か?表情が暗くなってるけど」
「うんうん。なんでもない」
本当はなんでもなく無いけど。
でも、石上には言えない。
というか、石上だからこそ言えない。
石上は私のこと、どう思ってるんだろう?
「あっ!なぁ、伊井野」
「何?」
「上」
「上?」
石上に言われて上を向く。
そこには、何か大きいものが浮かんでいて、次の瞬間。
それは開いた。
そして、中から無数のハートの風船が…!!
「スゲェなぁ。あんな数の風船」
「……えぇ」
ハートの風船がキャンプファイヤーの火による上昇気流で上に広がる。
ここでも凄くいい雰囲気だけど……。
あの時計台の上なら……。
「……もしかしたら、あの時計台の上に怪盗がいるんじゃないか?」
「……かもしれないね。告る為のシチュエーション作りに」
もし…、もしホントにそのためにこんな手の込んだ準備をしたとしたら…。
本当に、その人のことが好きになんだろうな。
「……なぁ、伊井野」
「な、っ!!」
何?って訊こうとしようとした時、石上の手が私の頭に乗って、そのまま撫でてくる。
「お前はよく頑張ってるよ。勉強も、風紀委員も、生徒会も」
「生徒会のみんなはちゃんとそのことを分かっているし、僕も凄いって思ってる」
「それに、周りを見てみろよ」
色々と混乱した頭で周りを見る。
そこには、ハートの風船が空に浮かんでいて、皆が肩を組んだり、踊ったりして、笑顔が溢れている。
そうだ。
これが、私の見たかった景色だ。
「これも伊井野のお陰だ」
「伊井野が頑張ったから、伊井野が声を挙げたから、これが達成できたんだ」
「みんなが笑って、楽しんでいるんだ」
「確かに僕も鳴山も手助けはしたけど、それはお前の熱意に応えたに過ぎないんだ」
「だから、その、頑張ったな」
そう言って、頭を撫でてくれる。
なんだか恥ずかしくて、でも心地良い。
今まで、どのくらい撫でてて貰っただろうか?
パパもママも中々家に居なかったし。
それを今、好きな人にして貰っている。
私の努力を認めてくれて、褒めてくれる。
嬉しい!嬉しい!嬉しい!!
きっと、私はずっと前からこうして欲しかった。
よくやったなって、頑張ったねって、褒めてほしかった。
あーあ。
駄目だ。
私、石上に勝てないや。
涙が溢れてきた。
「えっ、ちょっ…、そんなに嫌だったか!?」
「ねぇ。石上」
「ええと、何だ?」
「私は石上の事が好き」
「………え?」
気づけば、私は言葉に出していた。
自分の気持ちを、想いを。
「見返りも求めずに人を助けてくれる石上が、いざとなったら真面目に何にでも取り組む石上が、いつも私のことを見てくれる石上が、好き」
さっきまであんなに弱音を心の中で言っていたのに、いざ言葉に出したら止まりそうになかった。
不思議と緊張はなかった。
それよりも先に、自分の言いたいことが溢れ出ていて、我慢できそうになかった。
もっと、石上に触れたいと思った。
手をつないで、抱きしめて、キスだってしたいと思った。
この人が欲しいと。
一緒に居て欲しいと。
そう思ったのだ。
「だから、私は石上が好き」
「…………」
石上は何も言わない。
顔を見ると、表情が変化していく。
赤くなったと思ったら、青くなって、青くなったらと思ったら、赤くなって。
どうやら、感情の処理が追いついていない様子だった。
上から降ってきたハートの風船をキャッチする。
やはり、ここは奉心祭の伝説に則ってするとしよう。
「ねぇ、石上。受け取ってくれる?」
今度は私から、石上に
「……喜んで」
石上は、赤くなったまま、私のハートの風船を受け取ってくれた。
***
後日談。というか、僕の後夜祭。
僕は校門の前の木に背中を預けて、聞き耳を立てていた。
「……遂に告ったか」
白銀先輩と四宮先輩、優と伊井野、それぞれの関係が次のステップへと進んだ。
次のステップ、恋人ととしての関係を。
「ハァーーーー。それにしても、今回は何もしなかったな」
「ええ。文化祭ではあまり悪意が発生しませんでしたからね」
後ろには、金髪の少女がいつの間にか居た。
この場合のいつの間にかは本当に気配もなく、急に現れたという意だ。
後ろが明るくなっている。
月明かりが彼女を照らしているだろう。
その綺麗な髪が反射しているのが分かる。
「文化祭には順位付けの概念もない。争うものではなく、全体として楽しむものであるが故に生まれにくいのもありますが、あなたも結構誘導したでしょう?」
「何の話だ?」
「とぼけないで下さいよ。あなたが会長の手伝いをしていたのも、会長の文化祭の私物化を利用して、全体でのフォローする為なんでしょう。随分と頑張っているなーと尊敬の念さえ覚えますよ」
「……覗き見とは趣味が悪い」
「そっくりそのままお返ししますよ。地獄耳」
……まぁ、確かに人のことは全然言えないな。
いくらそれを有効利用した所で、嫌なものは嫌だろうしな。
まぁ、今更だ。
「まぁ、そんなにも頑張っているあなたに免じて、今回は何もしなかったんですよ。感謝して下さい」
「黒幕が何言ってんだ」
「その通りですね。ですが、私とあなたの戦いはまだまだ続きます。こんな程度でバテて貰いたくないですね」
「……いつ、バテたって?」
背後にオールを叩き込む。
しかし、そこには既に何もなかった。
金髪の少女は校舎の屋上の所に立っていた。
その美しい姿は神々しく、まるで神のようにも見える。
「空元気はよくないですよ」
「………」
「そういう所は素直ですよね。可愛い人ですね」
そう言って、クスクスと笑う。
「まぁ、今日の所は休んで下さい。まだまだ、私の
そう言うと、彼女は校舎の方に向かった。
既に匂いも音もしない。
ひとまず、消えたのだろう。
「ふぅぅ~~。疲れた」
また木の幹に背中を預ける。
正直、大分キツイ。
伊井野と代わったのも、伊井野にキャンプファイヤーを見て欲しいというのは勿論だが、この調子を勘付かれたくなかったのが本音だ。
一人になりたかった。
「……ヤバッ」
頭がクラっとする。
流石に3徹は駄目か。
白銀先輩のようには、いかない。
そのまま、目が閉じていき、体が思い切り傾いた。
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
目を開く。
そこには校門の風景は横向きに広がっている。
そして、顔の横に柔らかいもの感じる。
「あっ、目が覚めたんですか。鳴山先輩」
少し高めの声が聞こえる。
目を柔らかさから反対の方向に向けると、そこには美青が居た。
「何やってるの?中等部とかはもう帰ってる時間でしょ」
「こんな所で倒れそうになった先輩に言われたくないですよ」
美青は反論する。
いや、それぞれの理屈がぜんぜん違うだろうとは思うが、しかし、今はまともに思考が働いていない。
思ってた以上に疲れているらしい。
「いやぁ、恥ずかしい。後輩に倒れそうな所を支えてもらうとか。威厳もへったくれもないじゃん」
「……それで誤魔化しているつもりですか?大体、先輩は自分の限界のラインはきちんと認知するタイプでしょ。そんな先輩が無理をするなんてよっぽどのことが起きているでしょ」
「そんな大層なことは起きてないよ」
「嘘です。先輩は、人には言って楽になれと言うくせに自分のことは全然言わない。ずっと自分の中で抱え込んでいる」
……反論出来ない。
普段の僕なら反論出来るだろうけど、今は頭が働かなさすぎる。
いや、本当に駄目駄目だな。
「………」
「ほら、こうして反論も出ない。普段ならぱっと出る癖に。そんなに抱えているなら言って下さいよ!怪異のことなら、私にも言えるでしょう!どうして、そんなに自分に厳しいんですか!」
「……自分に厳しくなんかないよ」
そう、厳しくなんてない。
むしろ、自分に甘い位だ。
あんなことをしておいて。
こうして、のうのうと生きているんだから。
「……僕はね、駄目な人間なんだよ。周りに理想ばかりを押し付けて、自分には出来ないことを押し付けるような人間なんだよ。常に余裕ぶって落ち着かせておかないと、何をしでかすか分からない危険人物なんだよ。そんな、本来は誰かに好かれることさえないような人間なんだよ。そんな人間が、自分の身勝手な気持ちを、相手に押し付けて言い訳はないでしょ」
我ながら、何を言っているんだろう。
そんなこと言われたって迷惑するだけなのに。
人の自虐的な言葉なんて、周りの人が聞いてもイライラするだけだと言うのに。
……こういう風に話すこと自体が相手に押し付けているのと変わらないというのに…。
何も変わっていない。
あの頃から、何一つ。
僕は僕のままで、進めていない。
美青の顔は見れない。
こんな状況でも眠気は続いていて、目を開け続けることが出来ない。
「……ごめん。忘れて…
「やっと、言ってくれましたね」
「はぁ?」
間抜けな声が出た。
え、どういうこと?
思考が全然定まらない。
「先輩の本音。ようやく訊けました」
どうにか顔を美青の方をに向けると、美青は笑みを浮かべていた。
「ねぇ、先輩。先輩に助けられてきた人は面倒くさくない人ばかりでしたか?」
「自虐をしない人ばかりでしたか?」
「危なさがない人ばかりでしたか?」
「きっと、違うでしょう?」
「みんな、面倒くさくて、自虐的で、危なさを抱えた人ばかりだったんだと思いますよ」
「だから、先輩だって同じですよ」
「先輩だって、辛いと思ったことを、嫌だって思ったことを、我慢できないと思ったことを、言って良いんですよ」
「大丈夫です」
「あなたがそうしてくれたように、みんなはあなたを受け止めてくれますよ」
「少なくとも、私はいくらでも受け止めますから」
美青は笑顔で頭を撫でながらそう言った。
……後輩に諭されるなんて、それこそ恥ずかしいことこの上ない。
ホント、先輩の立場が揺らぎまくってるし。
……でも、嫌じゃない。
……本当に僕は自分に甘い。
「それで、鳴山先輩。そろそろ後夜祭も終わりみたいですけど、どうします?」
「もう少し寝ないとふらつくだろうから、後5分だけ。それと…」
これは僕にとっての信頼の証だ。
「白兎でいいから」
「………はい!白兎先輩!!」
そうして、僕は本格的に目を瞑る。
こうして、色んな人達の思いが絡み合う、文化祭が幕を閉じた。
そして、クリスマスが近づく。
結構、書いてて楽しい文化祭編だった。