もしも、感情視がなかったら。
そんな仮定をしてみる。
もし、感情が見えずに、当たり前にいる子どもだったら、どうなっていただろうと考える。
そうしたら、まず家庭崩壊は起こらなかったような気がする。
父も母も、母の妹、つまり俺にとって叔母にあたる女性の死を悔やみ続けるかもしれないけれど。
それでも、どこかで踏ん切りを付けて前に進んでいたかもしれない。
そして、俺もこの眼を持たないのなら、幼稚園の頃から色んな所に働きに行くこともなく、どこにでもいるような子どもとして日々を過ごしていけただろう。
どこにでもいる。
普通の。
しかし、もしそうなら秀知院に行く手段はなく。
愛にも出会えなかっただろう。
あのどこまでも様々な感情を持つ、けれどけして偽りのない。
あの『愛』に出会うこともなかっただろう。
家族に未練がないかと聞かれれば嘘になる。
きっと、いつまでも未練を抱き続けるだろう。
けれど、今の愛との関わりを思えば。
どうだっていいことなのだと。
そう思うのだ。
***
3学期が始まって数日の昼頃。
俺、広瀬青星は恋人である愛と日向ぼっこをしていた。
「暖かいな……」
「そうですね……」
肌寒さは感じるものの、陽は暖かい。
何より、愛の体温が温かい。
とても心地良い。
「でも、そろそろ昼休みも終わりますよ?」
「そう、だな」
「眠たそうですね。ちょっと暇しすぎですかね?」
「まぁ、あの殺人的なスケジュールと比べたら遥かにマシだからな」
小学校入学前から昨年の10月まで俺は仕事をしていた。
カウンセラーとしての仕事だ。
身近な所から海外まで、週4時々週7のペースで色んな人のカウンセリングをしていた。
現在は休業中みたいな状態でボランティア感覚の軽い校内カウンセリングをしている。
流石に忙しさは比べるまでもない。
「そうですね。私の方も仕事が大分なくなりましたし、私ととしてはより一緒に居られるようで嬉しいですけど」
「そうだな。今は学校生活を優先していきたいな」
「あら、それは残念。今日の授業はお休みで仕事に行って貰いますから」
誰もいないと思った所から、声がかかった。
俺と愛は咄嗟にそちらの方を見る。
そこに居たのは、一人の金髪の少女だった。
透き通るような白い肌、きめ細やかに整えられた長い金髪、少し長めのまつ毛、目を細めている綺麗な金色の眼。
その全てが整っていた。
「綺麗……」
愛からそんな言葉が漏れる。
愛から視える感情は不審と怯え、そして感嘆と羨望。
不審と怯えは分かりやすく、急にこんな所で知らない人物から声をかけられたが故の警戒。
しかも、何やら仕事についても知っている素振りであるのが余計に警戒するのだろう。
つまり、その少女の容姿に見惚れている。
俺も危うく見惚れそうになった。
例えるなら、天女か、あるいは天使か。
女性への比喩でよく使われるような言葉ではあるが、この場合はそうとしか言いようがない程、神々しく美しかった。
しかし、
「お前は誰だ?」
俺は愛を庇うように前に出て、その少女に訊く。
その少女は美しい顔で綺麗に、だが邪悪に笑う。
「そうですね~。今回の依頼相手、ぐらいの認識で十分です。私の正体もあり方もあなた達では到底辿り着けはしないでしょうし」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味です。今回の依頼はですね~。
「だから、こっちの質問に答えろって言ってんだよ!!」
「それでは、いってらっしゃ~い」
そう金髪の少女が言うと、周りが真っ白な光に包まれ、そしてー
***
ふと、目が覚めた。
そこは先程まで愛と一緒に日向ぼっこをしていた場所だ。
愛も横で同じように目を覚ましていた。
夢、なのだろうか?
この暖かさが原因で寝ていた、のだろうか?
愛の方も疑問と不安の感情を持っている。
「なぁ、愛。もしかして…」
「青星くんもですか?」
お互いに同じような夢を見たことについて、不思議と疑問はなく、あったのは確信だった。
同じものを見たという確信。
その確信があった。
それよりも気になったのは、その彼女自身。
この眼を持って以来、直接見た人物で感情が読み取れなかった人物など一人としていなかった。
それは四宮家の当主、四宮雁庵であろうと誰であろうともだ。
当たり前に視えるものの筈だった。
しかし、
感情がない、という訳ではない。
感情がない場合でも空虚な箱のような、そういったものは感じ取れた。
しかし、それが視えない。
感じられない。
なにか、機械を相手に話しているようなそんな感覚に陥った。
勿論、ただの夢なのだから視えなくともおかしくないと言ってしまえると思う。
けれど、どうにもそうは思えなかった。
「少し気になる所ではありますが、ひとまずは教室に戻りませんか?」
「……ああ、そうだな」
愛の方も疑念の感情が渦巻いてはいるようだが、ひとまずは置いておくことにしたらしい。
確かに、今は移動するのが先決だろうと移動しようとした時。
「「あ」」
ふたつの全く同じ声が重なり合う。
そこに居たのは、愛と瓜二つの
***
世の中には同じ顔をした人間が3人居るという。
実際的に本当に3人居るかどうかはさておき、似たような容姿を持つ人間は確かに居る。
分かりやすい例で言えば、双子、特に一卵性双生児は遺伝子情報が同じであるため、容姿が似るというのがある。
身近な人物で言えば、四宮かぐやと四条マキも容姿が凄く似ている。
髪色や表情などが違うから、そうは感じづらいが改めて見れば、よく似ている。
これも遠縁とはいえ同じ血統だからだろう。
しかし、この秀知院学園に愛と全く同じ顔を持つ人物は居ない筈だ。
「…………」
「…………」
「…………」
三者三様に何の言葉もでない。
俺と一緒に居た方の愛は、驚きと困惑。
そうじゃない方の愛も、驚きと困惑、それに加え、察しの感情が視えた。
何を察したのかは分からない。
というか、こんな急にこんな状況になったら困惑するに決まってる。
どういうことだ!?
愛が二人居るって、まだ夢の中なのか!?
いや、もう、マジで分からん……っ。
誰か説明してくれ…!
「……まずは、あなた達の名前から聞きましょうか。あなた達は誰ですか?」
「広瀬青星、だ」
「……早坂愛です」
あっちの方の愛が聞いてきたのを、取り敢えず答える。
しかし、皆が皆、困惑と疑問が晴れずにいる。
「あっ、早坂先輩。………ああ、はいはい、成程成程」
「誰だ!」
「鳴山くん……。やっぱり、あなた案件なんですね、これ」
丁度、そこに黒髪の…、比較的にどこにでも居そうなそんな顔の男がやってきた。
その男はこちらを見た時に、一瞬驚きが視えたものの、しかしすぐに納得と呆れの感情に変わった。
もう一つの感情は意味が分からなかったが。
あちらの愛も、彼の発言を聞いて、呆れと納得と信頼の感情が新たに生まれた。
どうやら、訳知りのようだけれど、こちらの方は何がなんだか分からなかった。
「彼らはなんなんですか?」
「取り敢えず、ドッペルゲンガーとかスワンプマンとかではないのは確かです。
「いや、お前は誰だよ」
「僕ですか?秀知院高等部1年、生徒会庶務、鳴山白兎です」
「は?生徒会?」
生徒会の庶務って空席じゃなかったか?
この男、鳴山は当たり前のように言いつつ、何かを考えているようで悩みの感情を浮かべている。
「生徒会庶務は空席じゃありませんでした?」
「ん?ああ、ということはそういう……。ふ~む。いや、
「さん?」
「先輩だと被っちゃいますし。取り敢えず、移動しましょうか」
***
「ひとまず、放課後の下校時間過ぎるまではここに居て下さい」
そう言って、案内されたのは生徒会室にある隠し部屋だ。
あちらの愛は、鳴山が何かを耳打ちした後、軽く頷いて離れた。
鳴山の感情は思案。
今後どうするかを考えている様子だ。
ここまで様子を見ていたが、この男、
感情の変動する場合も一瞬で、すぐにまた元に戻る。
お陰で思考が分からない。
しかし……
「まだ何も説明されてないだけど!?」
「こっちもまだ説明出来るほど理解している訳ではないので。取り敢えず、今僕に言えるのはこのまま授業を受けにいかれても、
「!!」
席が、ない?
どういう意味だ?
「ちなみに生徒会室のカメラ映像はここから見られるので見るのならご自由に」
そうして、タブレットを渡すと鳴山は去っていった。
「随分と、勝手に話を進める方ですね」
「全く。何がなんだか分からないんだが」
きちんとした会話になっていない。
あっちばかりがなんでも把握していて、こちらは何も分からない。
「しかし、あの人の言った『あなた達の席はない』という言葉の意味はなんとなく分かりますが」
「どういうことだ?」
「”私”が既にいるからですよ」
「……なるほどな」
あちらの愛。
いや、分かりやすく『早坂』って呼ぶことにするか。
早坂がこちらに居るから、愛はその席に座ることが出来ない。
俺も同様で既に俺が居るから座れないってことか。
………。
いや、理屈は分かるけどありえないだろ。
正直、まだ夢の中って言われたほうが納得がいくぞ。
けど、匂いもするし顔をつねっても痛い。
つまり、現実だ。
事実は小説よりも奇なりとは言うけど、どんな現実だ!?
「……正直、展開に頭がついていけないんですが」
「同感だ」
愛も起きてからずっと、困惑が続いてる。
それもそうだろう。
起きる前の変な夢で金髪の少女に会うわ、起きたらなんか自分に会うわ、よく分からないまま生徒会の隠し部屋に入れられるわ、もう本当に訳がわからない。
アレかな。
これが異世界転生みたいなものなのかな。
その辺はあんまり読まないけど。
なんというか、思考を放棄してしまいたくなる。
「……もう一回寝るかな……」
「寝るのには向きませんよ、ここ。それとも寝るんですか?」
「そういうのよくないと思うよ!?」
「そうですね。地面は固いですし、終わった後とかも……」
「そっちのよくないじゃないからな!?」
なんでこんな時にこういうこと言うの!?
若干、照れもあってモジモジしているのが余計に際どい。
「そんなことばかり言って、青星くんだって…」
「ああー、ああー、ああーー!聞こえない!聞こえない!」
「……少しは冷静になれましたかね?」
「あっ、ああ、まあ。……別の意味で冷静じゃなくなったけどな」
これもまたルーティンの一環だ。
付き合う前からしているからかい。
日常的にしていることをすると自然と落ち着きが出てくる。
お陰で若干の困惑や疑問は残っても、安心が出てきた。
……下ネタなのはご愛嬌だが。
「しかし、これは一体どういうことなんだろうな?」
「ここまでの経緯について纏めると、私達が同じように金髪の少女の夢を見た。そこから起きたら何故かもう一人の私が現れて動揺し、そこに鳴山白兎という人物が現れ、事情も分からずに今生徒会室の隠し部屋に押し込められている」
「……本当に流されっぱなしだなー…」
状況的に後手後手に回るのは多分良くない。
しかし、どうにか出来るような感じじゃない。
今までの人生でこんな不思議体験はない。
いや、俺の眼が大分不思議だろうとは言われればそうだろうけど。
「しかし、正直情報不足は否めないです。現状で何かを判断出来るような材料はあまりありません」
「確かに。強いて挙げるなら、鳴山っていう男が何かを知ってるってこと位か」
こういう時、愛は心強い。
元々が色々と警戒せざるおえない四宮家の近侍。
異常な状況への対応は、愛にとって必須なことだろう。
それこそ、表沙汰に出来ないようなことも経験してそうだし。
「ええ。恐らく、彼がこの事態を解決する鍵です。出来れば、彼のことを知っておきたい所ですね」
「つっても、考えられるような情報がないしな……」
「感情視の方は?あなたがそこから何も得てないというのは経験上ないんですが」
「うっ…!それは嬉しんだけど……、なんというか凄い平坦というか冷静だったんだよ」
鳴山はあの状況の中で常に冷静で動揺というものがあまりなかった。
普通、全く同じ顔の人物を見れば、双子などの情報がなければ動揺するだろう。
けど、あいつはそんな感情はほとんど視せなかった。
あったのは、呆れと納得と思案。
それは日常的にそういうことを体験していることの示唆。
それは山を登ってヒィーヒィー言ってる中でぐんぐんと進む登山家を見るような感覚だ。
経験者が故の冷静さ。
恐らく、こういった事態に対しての専門家、プロフェッショナルと呼べる存在なんだろう。
しかし、分かったことは逆にいえばそれだけ。
他の感情が動いていないから、どういう考えか推測することが出来ない。
「……さして、追加できるようなことは分からなかった」
「そうですか…」
愛から若干の落胆の感情が視えた。
期待が外れたのだから、どうなるのはおかしくないけれど、なんか格好悪い所見せた気分だ。
しかし、名誉挽回できるような材料はない。
「取り敢えず、彼が来るのを待つしかなさそうですね」
「……そうだな」
***
で、2時限が過ぎて放課後になった。
その間、俺たちは何をするわけでもなく生徒会の隠し部屋に居た。
推理した所で何もでないし、他に何か出来るわけでもなかった。
……本当に何もしていない。
それは断言しておく。
「それで、そろそろ出られるかと思ったんだけどな……」
残念ながら世の中はそんなに上手くいかない。
俺は愛と二人でタブレットを覗き込む。
『しかし、今日は冷えるな。四宮』
『そうですね。今すぐ紅茶でも淹れましょう』
放課後始まってすぐに、白銀と四宮が生徒会室にやってきた。
一見、以前と変わらないように見えるが実態は大分違う。
やはり、明確に付き合う前と雰囲気が大分違う。
「……なんか出て行きづらいな」
「ええ。それにあの二人の様子から考えるに、私達がここに居るのは知らせられてないのでしょう。なら、もうしばらくはここに居たほうがいいんでしょうね」
「だよなー」
だって、普通隠し部屋に人が居るのが分かってたら、こんなに落ち着いて話している訳がない。
あの二人がそれを知っていたなら、まず扉を開いてこっちにくるだろうし、そうでなくても、人に見られているのを気にしてそわそわするだろう。
如何に表に出せなくても、こっちには伝家の宝刀『感情視』がある。
簡単に見抜ける。
それが、今はあのリラックスムード。
どう考えても、知らされていない。
報連相を弁えていないのか、それとも敢えて教えていないのか。
個人的には後者だと考えるのが妥当だろう。
『こんちわー』
『こんにちわー』
と、ここで新たに二人が入ってくる。
入ってきたのは、優と伊井野。
この二人も生徒会の役員で同じクラスだ。
だから、一緒に入ってきてもそこまでおかしくはないのだが……。
「うん?」
なんていうか、あれ?
この二人って
『あら。紅茶のお湯が足らないかしら?』
『いいですよ、四宮先輩。自分で作ります。優はコーヒーで良い?』
『おう。コーヒーでいいぞ、ミコ』
『仲が良いな』
『会長達に言われたくないですよ』
アハハハハ、と笑っている。
それがごくごく自然な雰囲気なのだと言うように。
しかし、こっちは恐怖映像を見せつけられたような気分だ。
えっ、今なんて言った?
優って言った?
ミコって言った?
仲が良いって言った?
それでいて、この感情?
この好き好きオーラ?
しかも優と伊井野の二人がお互いに?
俺の知ってる二人は、目が合えば喧嘩をし、大体伊井野が一方的に嫌悪し、分かりやすいぐらいにギスギスして敵対しているのがあの二人だ。
それがなんだアレは?
最早あれはただのカップルじゃないか?
「なんだアレ?」
「……分かりません。少なくとも、私が知っている二人はこんな風な会話しませんし、あんなカップルみたいな雰囲気を醸し出さないです」
「だよなー……」
正直、早坂が現れたとき並に困惑している。
愛ももの凄く困惑している。
この二人の変化はその位にインパクトがある。
ええ、いや、マジでなにあれー……。
『おはこんにちばんわー』
と、そこに今回の事件の重要参考人(仮)の鳴山が来た。
というか、おはこんにちばんわーって…。
なんかの動画の挨拶っぽくないか?
しかし、結構明るそうな声で言う割に感情は思案と笑いと疑問ともう一つ。
それでいて、装いも偽りもない。
なんかちぐはぐだ。
そんな風に考えていると鳴山はこっち、つまりカメラの方を見てウインクをした。
『どうしたんだ?鳴山庶務』
『いいえ、虫が飛んでいるのかと思って』
『おっ、マジか……』
『ああ、そう言えば白銀先輩はアレでしたね』
『あっ…、グッ!』
白銀からは恐怖と悔しさの感情が、鳴山からはからかいと思案の感情が現れている。
先程のウインクは明らかに俺たちに向けられているものだ。
つまり、しばらくはそこにいろという意図なのだと思う。
まあ、これに関しては…。
「これ、そこに居ろという合図ですね」
「どうしてそう思うんだ?」
「なんとなくではありますけど……、しかし、この手の手合いはそういうサインの出し方を好む傾向にあるので…」
それは四宮家の近侍としての意見だろう。
俺にはあまりよく分からない。
何せ、あいつの感情は緩やかだ。
感情からだけでは、相手の意図は読み取れない。
そういう意味で、こういうことを察するのは愛の方が上手いのだろう。
「俺、あんまり活躍出来てないな……」
「あなたの出番はもう少し後ということでしょう。大丈夫です。私の彼氏ですし」
「おま……、うぅぅぅ、ハァーー」
感情的には、同情と励ましと確かな恋愛感情。
同情されていることが悲しいというか悔しいし、それを励ますのは情けない感じがするし。
そして、最後の恋愛感情で全部どうでもよくなるんだから、恋煩いって怖いもんだよな…。
そして、何やら急に笑いの感情が現れている鳴山が急に振り返る。
『こんにち殺法!』
『こんにち殺法・改!』
『………いや、真・こんにち殺法返し!とかしませんからね?』
藤原と何やら中等部の生徒が謎の挨拶をするのに、鳴山は若干冷ややか目付きで眺めている。
が、その感情は呆れと楽しみと愛情があり、思案がない。
ちなみに他の皆は伊井野も含めて呆れ一色だった。
呆れに関しては本当に呆れていたということなのではあるんだろうけど。
楽しみと愛情。
この感情の意味する所はつまり……
『しかし、鬼ヶ崎はすっかりここに慣れたな』
『はい。皆さんが優しくしてくれましたから。……まぁ、一人が違いますけど』
『あれ?それは誰のことを言ってるんですか?』
『さて、誰のことを言ってるんでしょうね?』
ん?
えっ、これはどういうことだ?
なんで敵対感情を向けてるんだ?
よく見てみると、皆視線が一点に集中している。
しかも、呆れの感情を持って。
その行き先は鳴山だ。
その鳴山は、初めて装いを持ってまるで気付いていないように振る舞う。
内面に、悩みと気まずさを持って。
『別に喧嘩をしていてもいいですけど、ここに今朝、あまりに時間を余らせて作ったクッキーがあるんですけど…』
『『食べます!』』
『………』
『結構作っちゃったから、伊井野の分も十分にあるけど?』
『な!別に私、食べたいなんて…!』
『優、今度から軽めのおにぎりなどを持参することを勧めるぞ』
『……そうかもな』
『優まで、何言ってんの!』
伊井野は羞恥の感情に悶ている。
それで、結局生徒会の全員で食べているけれど、一様に感情は感心と満足。
つまり、美味しいのだろう。
あの四宮さえ、素直に美味しいと認めるのだから相当だ。
「それにしても、平坦な感情の持ち主かと思ったけど、そうでもないのか……」
「今は違うんですか?」
「ああ。感情自体は普通だ。最初会ったときみたいな、まるで凪みたいに動かない感情じゃなくて揺れ動いている」
他にも気になる感情が視えるが、それ以外は至って普通だ。
どこにでもいるような、そんな普通な男って感じだ。
そんな風に見ている内に、鳴山は手を動かしていたようで。
『はい。本日の分の仕事は終わり』
『ふむ。相変わらずだな』
『いえいえ。さて、皆に聞きたいんですけど』
鳴山はそう一拍置き、こう切り出す。
『もし、感情が視えるならどうします?』
***
その言葉に俺は息を呑む。
それはつまり俺のことで……。
鳴山の感情は思案と疑問。
感情が視えるというものに対する疑問だろうか?
でも、おかしい。
だって、感情視のことなんて一回足りとも話していない。
たまたま似たようなことを考えたのか?
このタイミングで?
それは……、出来すぎじゃないだろうか?
「青星くん」
「ん!……愛?」
「落ち着いて下さい。彼が
「……ああ。そうだな」
一旦、冷静になろう。
冷静にならなければ、きっと判断出来ない。
『感情が視えたら?急にどうしたんだ?』
『いえ、昨日読んでた本にそのような内容があって、みんなならどうするのかを聞いてみたんですよ』
鳴山は自然な口調で話しているけど、感情の方は嘘と期待と疑問。
つまり、建前としての本で読んだという嘘をついたということだ。
期待と疑問は皆の答えがなんであるかに対しての感情だろう。
『う~~ん。どうだろうな……。感情が視えていれば人間関係を円滑には出来そうだが……』
『僕は欲しくないです。なんか見たくないもないものを見ちゃいそうですし』
『同感ね。私もあれば便利だと思うけれど、それよりもリスクの面の方が高いでしょう』
『私もちょっと……、知りたい人限定なら欲しいとは思いますけど……』
『私は欲しいです!だって、面白そうじゃないですか!』
『私は……、微妙、ですかね……』
『まぁ、そんなものですよね』
鳴山は大して意外でもなさそうに言う。
否定的な意見が多い。
特に否定感情が強いのは優と四宮。
この二人は人の感情に敏感で悪感情をもろに受ける側の人間だ。
その二人が否定的な意見をだすのは当たり前か…。
……まあ、そんなものだよな。
普通は否定的になるよな。
『鳴山はどうなんだ?視たいのか視たくないのか』
『僕ですか?まぁ、欲しいものかと聞かれたらそうでもないですけど、あればあるで有効活用のしがいがありそうだなーとは思いますよ?』
『活用のしがいな……』
軽そうな口調で言っているが、実際に軽めにそう思っているらしい。
こいつの性格、イマイチ分かりづらいな。
『しかし…』
『まあ…』
『けど…』
『どう考えても…』
『やっぱり…』
『普通に考えて…』
『『『感情どころか思考さえ読んでくるあなた(お前)(アンタ)が言うことじゃないよな(ですね)(でしょ)(だろ)』』』
『失礼な。僕は別に思考読みなんてしてませんよ』
と、さも心外そうな口調で言ってるがどう視ても否定の意思がない。
むしろ、納得の感情、つまり、ですよねー…みたいな感情になっている。
しかし、思考を読めるのか。
俺も元々の噂では思考が読めるって言われていた。
実際は感情を読めることを利用して、思考を推測してるんだけど。
あいつも同じように感情が視えるのか?
「これは……、中々と厄介そうな相手ですね」
「そうだな……」
俺も人から見れば、大概なんだろうけど。
しかし、あの鳴山って男はどこかおかしいと感じた。
***
そうして、生徒会での仕事、という名の惚気大会じみた日常を見送り、
『白銀先輩はそのまま帰って下さい。もう少し、片付けに時間がかかるので』
『ん?そうか?では帰るが、お前も早めに帰ろよ』
『大丈夫ですよ。それじゃあ、また明日』
『ああ。じゃあな』
と、生徒会長を見送った。
それを確認し、鳴山は隠し部屋をノックする。
「もう出てきて大丈夫ですよ」
許可が出たので、俺たちは外に出る。
「それで、ちゃんと説明してくれるんですよね?」
「ええしますよ。ただ、まだ役者が足りてないですね」
「役者?」
「お待たせしました」
と、そこに早坂が出てきた。
「どのくらい時間取れました?」
「1時間位ですね。それ以上は増やせません」
「そうですか。だったら、ちゃっちゃと説明しますか」
そうして鳴山は特に迷った様子もなく、緑茶を振る舞う。
「取り敢えず、座って下さい」
促されたので座る。
愛と早坂は互いに気持ち悪さを感じている。
それはそうだろう。
自分と恐らくはほぼ同じ人物が目の前に居るんだ。
気持ち悪くない筈がない。
俺としても凄く居心地が悪い。
この中でリラックスムードなのは鳴山だけだ。
「まぁ、結論から言いますとあなた達は
「はっ?」
「えっ?」
「……はぁー」
俺と愛はあまりにも突拍子もない発言に思考が停止した。
鳴山の感情はリラックスはしながらも至って真面目。
だからこそ、これは嘘ではないことは読み取れるんだが。
はっ?
何言ってるんだ?こいつは?
「しかし、鳴山くん。パラレルワールドとは言いますがそれはオカルトではなくSFの範疇では?」
「そうでもないですよ。例えば、UFOがあるのかないのか。UFOそのもののことを思えば、SFに区分されそうですけど、一方で都市伝説とされることが多々あります。他には河童。河童は妖怪としての側面を持ちながらも、しかしUMA、未確認生物とされている。つまり行き過ぎた科学は魔術に見えるように、未知なる神秘は、それが如何に科学的であろうと
「成程。謎のままだからこそ、あなたの領分としてのそれなのですね」
「まぁ、相当に珍しい、というか普通は起きないようなことではあるのでこっちも驚きましたけどね」
ウソつけ。
大して驚いてなかっただろうが!
などと、悪態をつきたいところだったけれど、しかし理解が追いつかない。
えっ?本当にパラレルワールドなのか、ここ?
いや、確かにそれなら同じ人物が二人居ることも、皆の様子がおかしいのも説明がつくけど…。
だけどさ……。
「一つ聞いていいか?」
「はい。なんでしょう?」
「あの優と伊井野はなんだ?」
「ただのバカップルですが?というか、聞きたいのそこですか?」
「いや、いやいやいやいや!なんであいつらがそんなことになってたんだ!?普通に仲が悪かっただろ!?」
「あいつらは互いのことをちゃんと知れば、普通にあのくらい仲良くなりますよ。むしろ、そっちは二人を放置してるんですか?あの状態で?ちゃんと優や伊井野の友人してます?」
さも当然のように言われ、実際の感情も当然と呆れと失望が現れている。
いや、互いをちゃんと知るって言っても、優の方は伊井野のことをちゃんと分かってるし、伊井野の方が拒絶してるだけなんだが。
まぁ、お互いに助け合ってることには気づいていないけれども。
「そういう風に考えてるから理解が甘いんですよ。つーか、やっぱり大仏は何もしないのかよ」
「!」
「あなたは私達のことをどの位知っているんですか?」
「この世界の立ち位置としてなら来訪者です。それ以外となると、二人が恋人であることや広瀬さんが感情を読み取れるぐらいまでですね」
後のことは確信がないので、と鳴山は言う。
しかし、さっきさらっととんでもないことを言っている。
『
完全にこっちの考えを見抜かなければこんな風には言わない。
それに俺と愛が恋人なのは見ていれば分かる範囲だと言われればその通りではある。
しかし、俺の感情視を見抜いていることはそれでは説明がつかない。
あの感情が視えたらの話もやはり分かった上で振っていたことも確定した。
「随分と分かってらしゃるんですね」
「別に大したことはないですよ。何か特殊な方法がある訳でもないです」
早坂の方を見ると、呆れと関心が視える。
となると、特殊な方法はあるのか……。
俺の感情視と似たような何かが。
じゃないと、この短時間で俺の感情視が見抜ける訳がない。
「それで、私達はどうすればいいんですか?」
「……まぁ、方法論も大体言霊の呪いだろってのは察してるんですけど、だからこそ下手な手出しは効かないので現状やりようがないですよね」
憂鬱と思案。
相当に悩ましい事態なんだろう。
表情にも表れている。
というより、そういう表情を隠すつもりがないようだ。
「ひとまず、今日は
「はっ?」
「いや、早坂さん辺りは別にした方が良いかと思ったんですけど、あいつは今日締切らしいし、他に当てもないのでね」
大して気にしてもいないような様子で、というか実際に気にせずにそういうことを言ってやがる…!
年頃の男女が同じ所に泊まるって段階で既にアレなのに、それが更に見知らぬ男子高校生の家に泊まるとか駄目に決まってるだろ……!
「別に僕は早坂さんに手を出すなんてことはないので心配はいらないですよ」
「……鳴山くんなら問題ないでしょうが、しかし、寝所が足りているんですか?」
「一応布団があるので、男二人で布団で寝るか恋人でベットで寝るかの二択になりますね。それがどうしても嫌なら僕が寝床だけ借りに撫子の家に行きますけど」
「その辺はありなんですか?」
「早坂先輩、ただ寝るだけなのに問題あります?」
「流石の距離感ですね」
さも当然のように会話している二人。
いやいやいやいや!
なんだこいつ。
本当に思春期の男子か?
「思春期の男子ですが、何か?」
「いやいや!」
「まぁ、結局早坂さんがどれがいいかですけど?」
「……そうですね。平気ですよ、あなたの家でも」
「愛!」
「恐らくは大丈夫でしょう。それにいざとなったら、守ってくれるでしょ?」
「うっ……!」
100%の信頼でそんなこと言われたら頷くしかないじゃないか…!
「……分かった」
「さて、そろそろ1時間ぐらいですし、家に行きましょうか」
***
ぐつぐつぐつぐつぐつぐつ
煮込まれる音と美味しそうなシチューの匂いが立ち込める。
「後少しで出来ますからね」
「おー……」
現在、俺たちは鳴山の家に来ている。
帰り道で互いの世界の情報交換をしていた。
こうして、話してみると大きな差があることが分かった。
白銀と四宮の関係も微弱ながら変化が起きているが、やはり一番の変化は優と伊井野周りだろう。
まさか、2学期の始まり辺りから両片想い状態とは……。
具体的に何が理由でそうなったか分からなかった。
というか、聞いてはみたが、
『いや、あいつらの甘酸っぱいエピソードを教える気はないですよ』
と、言われた。
そこまで言っておいて言わないのかとも思ったけれど。
なんだかんだ、友人想いということなのだろう。
『でも、優も伊井野もちゃんと気遣って下さいよ。あいつらは頑固で貧乏くじを引きたがるから、ちゃんと見張っておかないと肩の力を抜けずにパンクしますからね、あいつら』
この台詞がその象徴だ。
心配と呆れと不安と信頼と愛情。
様々な感情を持っているが、それらを纏めると優も伊井野もあいつにとって特別で大切な存在であることがよく分かる。
……どうやら、優も伊井野もこっちではいい友人を持っているらしい。
で、早坂の方は四宮の近侍であることを見抜いていて、そこから流れで友好的な関係を築いているらしい。
詳しいことはあまり教えてくれなかった。
恋愛感情などは読み取れないから、恋愛的な何かという訳でもなさそうだが、何かあるのは確かだと思う。
……………。
平行世界とはいえ、好きな人のことを知れないのは思う所はある。
思う所があるが、敢えて言わなかったこともあるように思うのでスルーした。
俺の方は、この秀知院学園には居ないらしい。
これに関しては、
『中等部から秀知院学園に来たんですよね?だとするなら、何かしらの理由が
と、鳴山は言っていた。
理由があるからではなく理由がないからだと言った。
つまり、そうした理由があることに気づいているんだろう。
……ここまで話してきて感じたのは、こいつは感情を読んでいるというより思考を読んでいる。
俺も感情視を使って、思考を読んだりはするけど、あんな精度で思考を読むなんてことは出来ない。
つまり、感情視以上の何かをこいつは持っている。
「はい。どうぞ」
そうして、情報を整理していると鳴山がシチューと食パンを運んできた。
シンプルな料理だ。
「「「いただきます」」」
三人で一緒に声をあげて食べる。
「美味い…!」
「確かに美味しいですね」
「まぁ、四宮家の一流のシェフには遠く及ばないですけどね」
「比べる対象がおかしいですし、これだけ作れれば十分でしょう」
「それなら良かったです」
スプーンでシチューを掬いながら軽く笑う。
こうして見ると、普通の高校生だな。
「そういえば、聞きたかったことがあるのですが」
「なんです?」
「結局、あなたは何者なんですか?」
「ああーー……」
そう言えば、こいつ自身のことをあまり聞いていなかった。
「そうですね。……まぁ、あまり詳しいことは色々な都合上言えないんですけど、簡単に言ってしまうと広瀬さんが心理の専門家なら僕はオカルトの専門家です」
「オカルト?オカ研みたいなのか?」
「ああ、あの部活のはお遊び、ていうか、部長が意外としっかりしていてきちんとラインを設けているから、実践的な範囲にまで昇華していないです。こっちはモノホンのオカルトですよ」
ああ、そういえば生徒会室でも話してたな。
パラレルワールドはオカルトではなくSFじゃないかどうかだの。
しかし、
「オカルトなんて本当にあるのか?」
「どこにでもありますよ。宗教と似たようなものです。人が人でいるうちは何かを信じなければ生きてはいけないし、人がそう願うからこそ、オカルトって呼ばれるものは生まれるんです」
「?」
「まぁ、分からなくていいですよ。重要なのは本当にあるのかないのかではなく、それがあって欲しいのか、どうであって欲しいのかを思う人の心ですよ」
「やっぱり分からん」
宗教も絡んでいるとなると心理学の側面は存在しそうだが、イマイチ要領得ない。
まさか、信じてたら生まれるなんて話じゃないだろうし。
「……随分と大変な仕事のようですね」
「そうでもないですよ。まぁ、僕の話はこの辺にして、食べ終わったら銭湯に行きますよ」
は?
なんで?
***
そうして、今はその銭湯でお湯に浸かっていた。
「なんで銭湯?家の風呂で十分じゃないか?」
「家の風呂は狭いですからね。思い切り足を伸ばせる場所でゆっくり話がしたかったですし」
そういう鳴山はハァーーッーーと爺さんのような声をだして、お湯に浸かっている。
「話ってなんだ?」
「ぶっちゃけ、早坂さんとどこまでいったんですか?」
ニヤけきった顔とからかいの感情が視える。
うわー……、からかう気満々だよこいつ。
「なんで急にそんなことを訊くんだよ…」
「ええー、だって、人のそういう惚気話って聞いてて楽しいじゃないですか」
「お前、相当下世話だろ」
「違いますよ。ただ、お節介を焼きたいだけです」
なんだろうな。
どことなく、藤原を連想をさせるこの感覚。
あいつも人の恋バナとか好きだからなー…。
本人はそういう話を聞かないけどな。
「話さないぞ」
「そうですか。いや、まぁ、ヤることはやってるでしょうけど」
「そういうお前はどうなんだよ?」
「えっ、童貞ですけど?」
「あっさりと言うな……」
何1つ迷うことなく、言ってのけやがった。
そこはためらうとかなんとかないのかよ。
「ためらうって…、別にそうだからって何か問題あります?盛りのついた猿じゃあるまいし、好き合ってないのにそういうことをするのは嫌いなんですよ。それに、そういう経験があるからなんです?それで幸せになれるんですか?そう思っているなら、おめでたい人だと思いますけど」
「随分辛辣だな」
「まぁ、色々と知っているもので」
これが普通の男だったら、経験ないのを強がっているんだろうと判断するが、こいつは真顔だ。
本気でそう言って疑ってない。
……まぁ、碌でもないことで体験する人も居るからよく分かるけど。
しかし、今の会話からも思ったが、
「正直に聞くけど、お前どうやって思考読んでるだ?明らかに普通な方法じゃないだろ?」
「いやいや、これ自体は大したことではないですよ。人格を理解すればそこから派生する思考や感情なんて簡単に読めるでしょうよ」
「人格を読むって……、初対面でそれは簡単には出来ないだろ」
「そんなことないと思いますけどね。究極的に言っていしまえば経験則ですし、人のことを見続けていれば自然と分かるようになりますよ。それに僕のあくまでそれとなく読む程度で支配的にマウントとってくるどっかのなんでも知っているお姉さんに比べたら大したことないですよ」
「そんなやつ居るの?」
「まぁ、ぶっちゃけ、感情が読める
「そんな意見、初めて聞いたわ」
感情が読めるのが特別じゃないって……。
一体、どんな世界観の中で生きているんだこいつ?
……もう少し、聞いてみるか。
「ところで聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「お前がずっと感じてる
「あら…」
驚きの感情を見せている。
が、動揺はしていない。
「えー、嘘、マジでか……」
「いや、感情が視れることは知ってるんだろ?」
「いやいや、自分の感情に驚いてるんですよ。罪悪感なんだー……って」
そうして、遠くを眺める。
驚きの感情は次第に呆れと悲しみに変わった。
「自分の気持ちが分かってないのか?」
「分かっているつもりだったんですけどね。僕もまだまだ青臭い子どもだってことなんでしょうね」
そうだ。
こいつには常に罪悪感の感情が視える。
何か対してずっと罪の意識を感じている。
基本的に人の感情は常に変動している。
傾向として、そういう感情になりやすい、というものはあっても常に同じということはない。
そうして常に同じ感情を抱き続けるのは、優みたいに心に深い傷を負って引きこもっている人位だ。
ただ、そういう人物は引きこもって周りとの関わりを断っている人かあるいは今すぐにでも自殺しそうな人が大半でこうして普通に生活が行えているケースを俺は知らない。
しかも、その上で偽りも装いもなく振る舞っている。
かといって、顔に表れていない。
当たり前のように過ごしている。
だからこそ、異常なのだ。
「お前は何に罪悪感を抱いているんだ?」
「…………分からないですよ。それが分かるなら罪悪感にだって気づくでしょう?」
「嘘だ」
「嘘ではないですよ」
冷めたような表情をしながらこいつは言う。
そこにあるのは明確な嘘と誤魔化し。
そして、明確な拒絶。
「………」
「………」
互いに静かに睨み合う。
だが、鳴山はふと笑いの感情に変わると、
「そろそろ上がりましょうか。いい加減、のぼせちゃいそうですし」
「なぁ…」
「早坂さんもそろそろ上がっているでしょうし、女性をあんまり待たせるものでもないでしょう」
「………」
感情はまるで動かない。
笑いの感情と罪悪感の感情から一切動かない。
「さっさと上がって、バナナ牛乳でも飲みましょう!」
「……なんでバナナ牛乳?」
コーヒー牛乳じゃないのかよ。
***
ぐぅー、ぐぅー、ギャフ
「いや、ギャフってなんだよ…」
どんな寝言だよ。
あの後、銭湯から帰ってすぐに鳴山はすぐに布団を敷き、そしてすぐに寝やがった。
俺と愛は放置したままで。
いや、本当になんなんだこいつ?
「なんというか、藤原さんに似ているというか随分とマイペースな人ですね」
「いや、藤原とは大分タイプが違うってか、内面が思ってたより拗れてた」
「まあ、そんな予想はしていましたが」
愛は納得するような呆れたような反応を示している。
その辺を見抜くのは愛の方が上だ。
「罪悪感をエグい位抱えてる。何が理由かは分からないってか、理由を訊くのを拒否されたけど」
「罪悪感、ですか。あの明るさもそれを誤魔化すための装いですか?」
「いや、装いも嘘もない。というより、あの感じだと装いとか嘘とかが素になるまで押し込んだ感じだな」
「あの調子が素になるレベルって、何があったんですか?」
「それは分からないけど、まあ、経験的にろくでもないことがあったんだろうな」
こんな事例は見たことはない。
白銀がそうであるように、装いや嘘を
その仮面が素になるようなケースはまず見ない。
………。
「……やっぱり、気になるんですか?」
「呆れる話だけどな。正直スッゴイ気になるんだよな。なんか凄いイライラする」
「そうですか。まぁ、あなたらしいですけどね」
そうやって、愛は呆れた様子で同意する。
まあ、ここにいる間ぐらいは面倒みるか。
***
それで、結局俺は鳴山と同じ布団で寝た。
愛と同じベットで寝るのは流石に無理。
いや、寝たことがない訳じゃないけど、でも正直色々と誘惑が酷いし眠れなくなるので勘弁して欲しい。
「まぁ、そのままされてたら洗うのが僕なので、個人的に面倒なくて良かったですけど」
「まだ何も言ってないぞ」
朝のおはようさえ言ってない。
開口一番これだ。
嫌な朝だ。
取り敢えず、既に起きている愛の隣に座って、鳴山が準備していた朝食を食べる。
「朝からご飯に味噌汁に焼き魚か」
「日本の朝ごはんの手本のようですね」
ここにひじきの煮物とかあると完璧だな。
「さて、今日は二人を返すために一働きしますか」
「何か方法があるのか」
「ありますよ」
鳴山は軽そうな口調で言う。
しかし、嘘は見て取れないから、本当なのだろう。
「それでその方法とは?」
「それを話す前に聞きたいんですけど、こっちで早坂先輩に会う前に誰かに会って話してませんか?」
「そうですね。金髪の、綺麗な女の人に会いました。その人は茨に囚われたお姫様の救出とバカにガツンと言ってやれって言ってました」
「ああー……。なんかすいません」
「?急にどうしました?」
「いえ、なんでも」
若干の気まずさが垣間見える。
なんか、心当たりがあるのか?
「『茨に囚われたお姫様』が誰か知ってるんですか?」
「いや、知らないので探しに行くんですよ。その件を解決すれば多分戻れるでしょうし」
「理由を説明して貰っていいですか?」
「前にちょっと言ったと思うんですけど、あなた達がこっちに来た手段は恐らく言霊なんですよ。言葉には力が宿ると言われています。祝詞であったり鎮魂歌であったり、神や霊に捧げる言葉、あるいは歌は世界中に存在します。それに目標は口に出すのも、そうして叶うと口にだすことで力を出せることもあります。まぁ、このときの科学的な論拠そのものはこの場合は重要ではなく、そういう風に考えられてきたというのが重要で、そういう風に信じられてきたからこそ、こうした怪異譚として成立出来るんです」
「それが、先程の言葉とどう関係があると?」
「簡単な話です。言霊として送られた呪いは、その言霊の内容を行うことで解けるんです。つまり、『茨に囚われたお姫様』を助けれればそれで解決する筈です」
成程な。
オカルトなものがあると仮定した場合、今の話はそれなりにつじつまは合うと思う。
だが、気になることが2つある。
「なぁ、2つ訊いていいか?」
「どうぞ」
「1つ目。その言霊自体はお前の力で解けないのか?」
「解けますけど、その言霊自体に行き帰りの呪いそのものが組み込まれているので解くと他の方法を模索しないといけないので。簡単な口調で言ってますけど、世界線の移動なんてそうそう起こせることではないのでこのまま言霊を達成させた方が簡単ですね」
「2つ目。俺たちはお姫様と一緒に、バカにガツンと言うことも言われてるんだけど、それはいいのか?」
「そっちに関しては冗談の部類でしょう。……ていうか、そっちの達成まで含まれたら後1年位はこっちに居ないと無理そうですし」
「そんな難しいことなんですか?」
「……まぁ、そうですね」
……視えるのは気まずさと不安。
もしかして、この場合のバカはこいつか?
自分のことを指していて、その上でガツンと言うことを指示されているのを知って……。
……それは嫌だな。
凄い複雑な気分になりそうだな。
そういえば、
「お前とその金髪の少女はどんな関係なんだ?」
「敵ですよ?」
あっけからんとした口調で特に何を思うこともせずにそう答えた。
「まぁ、そこから先は企業秘密みたいな感じで立ち寄らないで欲しいですね」
「そうか」
結構気になるが、俺の
「それじゃあ、探しにいきますか。茨姫を」
***
「で、外に出はしたけど、歩いて見つかるものなのか?」
「さぁ、分かりません」
「適当だな、おい」
大して気にした様子もなく、鳴山は前を歩く。
感情的には、考え事はしていつつもどこか気楽な感じが垣間見える。
常についている罪悪感を除けばだが。
「………」
多分、ガツンと言うべきはそこなんだろうけど。
けど、昨日の銭湯で既に一回拒絶されてるしな。
あの時は鳴山がすぐに矛を収めるように話を切り替えて、その後触れられてない。
簡単にこっちの思考が読める以上、生半可なカウンセリングじゃあ効果はないだろうし。
ていうか、クソ面倒な性格だな、おい。
「ああ、多分こっちですね」
そう言って、鳴山は大して悩む様子もなく歩く。
「ねぇ、青星くん。この道、見覚えありませんか?」
「うん?ああ、そう言えばここを歩いていったらリナの家か」
「懐かしいですね。あの時は青星くんが少女に手をだそうと……」
「言い方!ていうか、誤解…ってほど誤解でもないけど誤解だろ」
「あの時に賭けをしましたね」
「ああ、中間試験で点数が高い方が言うことを聞くってやつか。本気でやったんだけどな……」
「これでも四宮家の近侍ですからね。本気を出せばあんなものです」
「あれから、白銀と四宮の恋愛頭脳戦の協力関係になったんだよな」
「色んなことがありましたね」
「そうだな」
「……ん」
互いに手を繋ぐ。
こんな時に話すようなことじゃない気もするが。
でも、こういうのも、悪くない。
「へぇー、そうですか。個人的にはその色んなことを詳しく聞きたい所ですね」
と、前を向いて歩いていた筈の鳴山がニヤニヤとした表情と感情でそう訊いてきた。
これはウザいやつだ。
「昨日も言ったが、下世話だぞ」
「僕も言いましたよ。下世話じゃなくてお節介なんですよ。人の幸せそうな姿を眺めるのが好きなんですよ」
そうして、鳴山はそれこそ幸せそうな顔で言った。
その言葉に嘘はない。
ただ、少しだけ罪悪感が強くなった。
……そういうことか。
「それを見るためなら、僕は最大限の努力をしますよ」
「……そういう所は、優の友人なんだな」
「友人じゃなくて親友ですよ。それで聞かせて貰えますか?」
「いやだ」
「それは残念」
そうして、再び前を向いて歩き始めた。
楽しそうな足取りで。
誰かの為に最大限の努力をする、か。
それは単純にそうするのが好きなのか、あるいはずっと視えている罪悪感故なのか。
「ああ、多分ここですね」
そんな風に考えていると、鳴山は立ち止まり、ある一軒の家の方を見た。
俺はその家を知っていた。
そこは、夢理奈莉愛の家だった。
***
俺の世界において、俺がカウセリングした人物の一人であり、言うのはなんだが俺に惚れている人物の一人だ。
とは言っても、重要なのはあくまで『唯一』って面が大きい。
唯一異性の中で触れて大丈夫な人、唯一寄り添ってくれる人と考えていて、それ自体はよくある思春期特有の勘違いでしかない。
だから、ちょっと対応に困っている人物なのだけれど。
まさか、こんな所で繋がるとは。
「……意外な場所でしたね」
「ああ」
「成程。二人と関わりのある人物なんですね。夢里奈って子は。それじゃあ、その子のことを教えて貰えますか?」
鳴山は真面目な顔になった。
そこに居たのは、さっきまでからかい倒していた学生ではなく、一人の専門家の顔だ。
「ああ、分かった」
そうして、俺はリナのことを話した。
リナがどういう経緯で男に触れられなくなったのか。
俺がどうやって、それを治していったのか。
途中途中で、愛から厳しめの視線を向けられたが気にしてたら解決しなさそうなので取り敢えず話しきった。
「ーと言った感じだ」
「成程。つまり、広瀬さんは女たらしなんですね」
「いや、なんでそこに着地した!?」
「いや、そういう話でしょう?女の子の弱みに付け込んで。その癖、きっちりと拒否もださないんだからそういう話になるでしょう?」
「うっ…!」
「本当にそうですよね。そういう所は無駄な優しさというか、私は一回拒否った癖にというか」
「愛まで!?いや確かに反省すべき問題ではあるんだけどさ…!?」
「まぁ、本音はここまでにして」
「いや、本音かよ!!」
ここまでからかいの感情で全力で煽ってくる。
さっきまでの真面目顔はどこにいったんだよ!!
その癖、すぐに感情と話をすぐに切り替えやがって。
「しかし、この家の様子から考えるに相当面倒な状態だな」
「こっちには特に変なように見えないが」
ただのリナの家だ。
別段なんの変哲もない。
愛も家の壁に触れる。
「いや、多分中は色々と凄いことに…ってちょっと早坂さん、そこに触れるのは」
「なんです、か……」
「ちょ……!」
鳴山が話しかけて答えようとした所で、愛が倒れかけたのをギリギリで受け止める。
「おい、どういうことだよ!」
「どういうことって言ったら、まぁ、そういう呪いなんでしょうね」
「はぁ!?」
呪い、呪いって!!
「愛が呪いにかかったっていうのか!?」
「まぁ、そうですね。この事態が解決しないと多分目覚めませんね」
「なんでそんな軽そうなんだよ!?」
「いや、まぁ、危険度的にはそこまででもないので」
危険度が高くないって……。
目覚めないのが危険度が高くない訳ないだろ!
「取り敢えず、中に入りますか」
そうして、鳴山は軽くジャンプするように玄関の柵を超えた。
……はぁ!?
「おま……!」
「まぁ、多分広瀬さんなら普通に入れるので入ってきて下さい」
***
入れた。
えらく簡単に。
愛は俺が担いでいる。
ていうか、これ不法侵入じゃないか?
「大丈夫ですよ。どうせこの辺りに人は来ませんし」
「なんで分かるんだよそんなこと。言っとくけど、俺が来る時は一人や二人は必ず見るぞ」
「来ませんよ。みんな寝ているので」
「はぁ?」
真面目に答えているのは分かるから、判断がつきにくい。
マジで分からん。
「元々の原題は茨姫、あるいは眠れる森の美女なんですよ」
「急になんだよ。今の話と関わりがあるのか?」
「ありますよ。幽霊の正体見たり枯れ尾花。物事を理解しなければ、解決出来ませんからね」
「ああー。じゃあ、お前は分かるのか?」
「恐らくは」
そうして、鳴山は話始めた。
「『眠り茨』」
「茨姫に出てくる茨がこの怪異の原題です」
「あの茨は元々人が100年間、お姫様の所に行かせないように阻むためのものです」
「そして、時間を止める役割もあるんですよ」
「だって、そうじゃなきゃ老いもせずにずっと眠りっぱなしになってならないですし」
「つまり、茨姫の話は一種のタイムスリップの話なんですよ」
「そして、お姫様がどうして眠った原因になったのは紡ぎ車の紡錘に手の指に刺さったこと」
「先端状のものが指に刺さることで眠ってしまう」
「茨もまた先端状のものと言えて、だからこそ
「僕はまぁ、専門家なので茨をちょこちょこ切りながら進んでたりするんですけど」
「広瀬さんが普通に歩けるのは、王子様認定されてるからでしょうね」
「自分のことを助けてくれる存在だと認識されているから入れるんですよ」
「つまり、広瀬さんはこれからその子にキスすることになります」
***
「はっ?」
「だから、キスすることになるんですって」
「いやいやいやいや」
なんでキス?
いや、原題からして王子様のキスで目覚める話だけども。
「だからって、なんで俺がキスしないといけないんだよ!!」
「フラグの管理が出来ていないからでしょうね。自業自得です」
「そもそも俺、この世界の住人じゃないだろ」
「だからこそでしょうね。こっちの世界のあなたがこの子と会わないからこそ、呼ばれたんでしょう」
そうして鳴山が扉を開けるとそこにはリナがいた。
リナは初めて会った頃と同じ姿でそこに居た。
「もしかして、成長してないのか?」
「眠ってますからね。まさしく茨姫という感じです」
俺はベットの近くに愛を寝かせる。
「で、後はキスすれば大体解決しますよ」
「なぁ、本当にしないと駄目か?お前がなんとかするってことは出来ないのか?」
「あなたがなんとかしないと契約不成立で帰れないですよ」
「ぐっ!」
確かにそれは困る。
困るけど。
「それでも、俺には愛が居る。だから出来ない」
「そうですか。……なら、別の方法をしましょう」
鳴山は軽そうな顔でそう言う。
ていうか、はっ?
「……あんの?」
「ありますよ。もしかして、キスだけだと思いました?」
「だったら、先にそれを言えよ!」
真面目な感情で言ってるから、それしかないのかと思ったよ!
ていうか、感情視が意味をなしてない。
「で、どういう方法だよ?」
「いつも通り、カウンセリングしてもらいます」
***
鳴山が言うには、今リナは呪いを受けている状態らしい。
眠り続ける『眠り茨』の呪いを掛けられている。
その呪いをまともに解くには本当にキスするしかないらしい。
しかし、鳴山はここに一部呪いを上書きして、夢という形で俺の意識とリナの意識を繋げてカウンセリングで目覚めさせるようにするらしい。
「そんなことが出来るのか?」
「まぁ、結構ギリギリなラインですけどね。バランサー案件になりかねないですけど、まぁ、なんとかなるでしょう。それよりもこれから仕事なんですから目を瞑って下さい」
鳴山は不安と心配の感情を視せている。
「夢の中なので感情視が使えるかは微妙なラインなのを覚えておいて下さい」
「ん。分かった」
そうして、鳴山が俺とリナの手を掴むと俺の意識は落ちた。
***
目を覚ました。
いや、目を覚ましたというのは語弊か。
意識が繋がっているというのが正しいのだろう。
えらく周りがメルヘンだ。
空の色は青ではあるけど、どこかアニメチックな色だし。
動物も本物というより絵みたいな感じだ。
「ここのどこかにリナが…」
どこに居るんだか分からない。
ていうか、どんな世界観なんだここ?
リナの心の中ってこんな感じなのか?
「こういう世界のものだと、城に居るっていうのが定番だけど」
とか、そんな風に思っていたが。
歩いていった先に、いばらに囲まれた城があった。
その辺は元の童話から取ったっていうことか。
よく分からないが。
ひとまず、中に入ろうと茨に触れたが。
『いや』
頭の中に響くようにリナの声がした。
その声には拒絶的なニュアンスを多分に感じた。
「何がいやなんだ?」
『………』
答えない。
「……怖いか?特に男が」
『………』
答えない。
前もそうだった。
人、というより男と話すのさえ駄目な状態なのだろう。
「大丈夫だ。俺はお前を傷つけたりはしない」
『………』
城の前で本人と向き合っていないから、感情視で視れない。
だから、ちゃんと聞いているのかさえ分からない。
それでも、これまでの経験から出る言葉をかける。
カウンセラーとしての言葉を、掛け続けた。
どの位の時間、言い続けたかは分からないが。
少なくとも、何回か日が登って沈んでいった。
カウンセリングの基本は根気だ。
根気よく、相手と付き合っていくこと。
それが大切なんだ。
***
目が覚めた。
「お疲れ様です。青星くん」
「愛?もう起きてたのか」
「青星くんの大好きな膝枕をしてあげようとも思ったんですが、すぐに目覚めてしまって残念です」
「それは損したな」
「いちゃつくのは、この家出てからですよ」
鳴山から、関心と呆れが視える。
興味はあるのか。
ひとまず、家を出る。
それから、少し町を歩く。
「それで、結局私は眠ってしまって何が起きたか全く分からないんですが、何があったんですか?」
「いつも通りの広瀬さんのカウンセリングですよ。僕はずっとその様子を見ていましたから知ってますよ」
「見てたのかよ!だったら、手助けしてくれても…」
「僕まで入り込むのは無理でしたからね。意外と無茶もしてますからね」
肩がガキンゴキンともはやなんの音だか分からないような音を立てながら、肩を回す鳴山。
「なんだ、その音」
「えっ?早坂さんも似たような音なりますよ?時々、早坂先輩の肩もみとかもやってるから分かりますけど」
「え、マジで」
「……正直、夏休みの花火まではそんな感じでした」
「マジでか……」
この期に及んで、まさかの新事実なんだけど。
ひとまず、それは置いておいて。
「なぁ、リナのことだけど…」
「見てたから分かります。心配しなくてもアフターケアはこっちでしておくので心配ないです」
「そうか」
当たり前のようにそう言った。
強い確信をもって。
「……そういえば、解決したらすぐに帰れるって話じゃありませんでした?」
「ちょっとタイムラグが発生しているみたいですね。どうせだから、少しだけ寄り道しちゃいますか」
そうして、鳴山は俺と愛を横抱きにすると思い切りジャンプする。
「ハァーーーーーーーー!?」
訳が分からない。
なにこの安全装置なしのジェットコースター!
「失礼な。これでも緻密に二人に負担がかからないようにしてるんですけど」
「いやいやいやいやいや!!」
安心出来ねえよ!
信用ならないよ!
「はーい。到着」
体感5分で、どうやら目的地に到着したようだ。
「……正直、体感的な恐怖では今までは一番でした」
「俺も凄く怖かった」
マジで怖かった。
なんで一仕事が終わった後でこんな体験しなきゃいけないんだ?
鳴山はそんな様子も気に留めず、柵に伸し掛かって下を見る。
「ほら。あれを見てみてくださいよ」
「グロッキーな中で無理言うなよ」
「あれは……」
いちゃもんをつけながら、言う通りに下を見ると。
そこには、家族で仲良く話しながら歩く
「見つけるのはそんなに難しいなかったですよ。国家レベルの保護を受けているでもなし、早坂先輩が1時間で見つけ出してくれました。特に身内の不幸もなく、親の学んでいた心理学を少しずつ学びだし、順当に友達のいる不思議な眼も持たない普通の男子高生です」
訊いてもいないのに、勝手に話した。
俺はこれをどう思えばいいのだろう?
こういう未来もあったのだと悔やむべきなのだろうか?
いや、
「でも、あなたとは別人です。顔や姿が似ているだけの別人。平行世界ってのはそういうものですよ。けして同じ人物ではないし、同じようにはならない。だから、もしなんてIF自体は自分とは違う人間の姿を思い描いているに過ぎないんですよ」
「……それを言って、どうするつもりだ?」
「今の自分を誇れって言いたいんですよ。反抗期くん?」
いつの日だったか、愛の言った言葉を再び言う鳴山。
そこには、親愛の感情も混じっていって。
「余計なお世話だっつの」
「そうですね。そういうのにもっと詳しい彼女さんもいますしね」
最後の最後までからかいを忘れない。
体が徐々に透けてきている。
なんか、こんな感じなのか。
アニメや漫画で見たことある構図だけど、実際にそんな感じなのか。
「早坂さんも大変ですね。こんな面倒な彼氏を持って」
「そういう所も好きですからね」
「そうですか」
「……なぁ、鳴山」
お互いに目を合わせていない。
だから、感情は見えないがそれでも言いたいことはある。
「自分の全てを吐露しても良い、自分の弱さを全部曝け出していい。そう思える人物を一人だけ作れ。罪悪感を常に意識して、罪悪感を抱かずに済む相手を見極めろ」
「……ふ~ん。色々と言いはしましたけど、なんだかんだ一流ですね」
そう言って、俺と愛は消えていった。
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
・・
「でも、ちょっと余計なお世話ですよ。僕は誰にもそんなものを押し付くないし、僕は人ではなくただの愚かな化け物ですよ」
***
後日談。
俺と愛は目が覚めた。
暖かい日向の中で。
「おい。そろそろ、次の授業が始まるぞ」
「白銀か。随分と長い夢を見た気がするな」
「ほうー。どんな夢だ」
「なんか不思議な夢だった。でも、悪くない夢だ」
「そうか」
そうして、白銀は少し笑うと先に移動し始めた。
「青星くん」
「ああ、誇りを持って生きていくさ」
そうして二人で背伸びして、歩幅を合わせて歩いていく。
いつもの通りに。
コラボってバランス感覚難しいな。