3学期が始まり、それなりに日にちが経った。
どうやら、今東京の方で発生している怪異はこの秀知院学園だけになっていることが判明してから、大分楽にはなった。
要するに探索の範囲が減って楽になったという意味だが。
しかし、現状、あの金髪の少女に対する打開策は見えていない。
流石にそろそろ、どうにか手を打ちたいところだけれど。
だが、まぁ、取り敢えず今はこの日常を保っていかないといけない。
忙しい限りだが、頑張っていこう。
***
とある放課後。
「わーっ、サクランボのゼリー!」
「校長先生から皆さんへって…」
「わーい!皆で食べましょ」
柏木先輩がサクランボのゼリーを持ってきた。
ついでに今日は、美青も来ている。
案の定、皆で食べる流れになった。
幸い、8個入りだから問題ないが。
これで6個入りとかだと、醜い争奪戦になるところだ。
遠慮と無遠慮と食べて欲しい欲による争いが起きるところだ。
「ところで皆さん。サクランボの茎を口の中で結べます?」
千花先輩が煽るような口調で宣言する。
あっ、いつもの流れきましたわ。
「ああ……、結べるとキスが上手いっていうアレか」
「折角茎が付いているサクランボですし、ちょっと皆さんでやってみましょう!」
やっぱりか。
いつもの流れというか、分かりやすい話だ。
まぁ、千花先輩が好きなだからな、そういうの。
これに関しては、特に影響はでないだろうしやるか。
「いったん口に入れた物を見せ合うなんて行儀が悪いですよ」
「あらあら、自信がないんですか?」
「いや自信がないとかじゃなくて…」
「まぁ石上くん見るからに下手そうですしね」
「やってやらぁこのイモ女!!」
なにやってんだ?
アホかよ。
「おい、優。お前最近千花先輩への沸点が低いぞ」
「いや、今凄い馬鹿にされたからな?自分だって、下手そうな癖に!」
「人を見かけで判断しないの。実は無茶苦茶上手い可能性だってあるし、そもそもそういう罵倒は後々自分に返ってくるぞ」
「最近、鳴山が藤原を擁護することが増えている気がするな」
「そうですね」
は?そんなことないですけど?
と、言うと周りからのアレやコレや喰らいそうだから言わないで置くとして。
「所詮、サクランボーイの石上くんは結べませんよ」
「はぁ~~、聞き捨てならないんですけど!結べたらそのサクランボーイって単語を撤回して謝ってもらいますからね!」
「いいでしょう」
そう言って、二人は火花を散らしている。
………くだらな。
そもそも、優はサクランボーイじゃないし、正しい意味で。
「ええと、皆さんで一斉に開始した方がいいですかね?」
「ああ、いや、美青。もう結んじゃったんだけど」
「私も結べましたよ」
「「「「「「は?」」」」」」
皆から一斉に疑問が挙がる。
現在、結べているのは僕と柏木先輩だ。
「え?もう結べたんですか!?」
「ほら」
「おお…、結べてる」
「鳴山は器用だもんね」
「まぁ、別に器用とかは関係ないと思うけど」
「流石ですね先輩」
「やるわね。鳴山くん」
なんか皆が口々に褒めるけど、実際は大したことはしていない。
ていうか、中学時代に散々やったんだよな。
まぁ、あの頃はねぇ……。
彩と恋人になった時に、
いやー、随分と可愛らしい悩みだなー、今考えると。
そもそもで付き合わなきゃ、するもなにもないのになぁ…。
………。
ぶっちゃけ、舌先が器用であることか小手先の技術なんて二の次でいいんだって、今は思うんだけど。
そんなことを考えている内に四宮先輩も出来たようだ。
しかも、すぐに解体して騙してやがる。
結構、エグいな。
「あっ、出来ました」
「俺も出来た」
どうやら優と伊井野も出来たようだ。
まぁ、そりゃそうだろうな。
こいつら、飲み込み早いタイプだし。
「ちょっ、石上くんにミコちゃんまで出来たんですか!?」
「はい。藤原先輩はまだ出来てないんですか?」
「グッ!」
「ほらほら藤原先輩。謝って下さい。録音しますから」
「グ、グヌヌヌ…!」
優は意識的に煽り、伊井野は無意識に煽ってやがる。
本当に千花先輩に対する態度が酷いなぁ…。
「ず、ずびまぜんでじだ……。わだじがばかでじた…」
「はい。知ってます」
「泣かせるギリギリまで追い詰めるのは関心しないんだけど?」
全く。
そういう風に千花先輩を舐めるとどうなるかを分かってないんだよな。
これでも、生徒会のメンバーの一人。
並の天才よりも凄い人なんだから。
「さて、後結べてないのは……」
「私と会長。藤原さんと鬼ヶ崎さんですね」
とか言ってる本人は結べてるから、後は3人だな。
しかし、その3人か…。
正直、白銀先輩はどうでもいいんだけど。
問題は、
「あ、あら、鬼ヶ崎ちゃん。結べてないんですか?」
「ふ、藤原先輩だって結べてないじゃないですか」
この二人なんだよな。
千花先輩は元々の敵がいなくなったことで、対象をこっちに移してる。
多分、本人達的にはここで先に結べた方が一歩リードするみたいな考えになってそうだけど。
全然関係ないからな。
キスなんて、回数重なれば自然と上手くなるし。
そもそも、舌を使いだすのってディープだし。
普段のことを考えるなら、ソフトが上手い方が良いし。
まぁ、こんな思考がバレるとあれなんだけども。
「二人とも、まだ時間がかかりそうですね」
「むむむ。白兎くん!」
「はい。何でしょう」
「どうすれば出来るんですか?ちょっと教えて下さい!」
「千花先輩、近いです」
「私にも教えて下さい!」
「美青、お前も近い」
最近、遠慮なく近づくようになったなこの二人。
いや、まぁ、現状それが一番効くんだけどさ!
「えー…、ああ、そうですね…。僕とかは空間的にどういう場所にあってっていうのを意識してしてるのでアレですけど……。まぁ、当たり前ですけど歯を上手に使うんです」
「歯を?」
「歯で茎を固定するんです。そして優しく撫でるように茎を結ぶんです」
「「へぇーー…」」
二人は感心するように声をだし、他の面子がうんうんと頷く。
まぁ、僕としては本当にサクランボの茎の結ぶやり方を教えているだけなんだけど。
他の人みたく、キスしたことないし。
「う~~ん。あっ!結べました!」
「私も!」
「「むむむ」」
「そんな睨み合わんでも」
「「黙ってて下さい!」」
二人に怒られた。
しかし、他の人からお前がなんとかしろという圧力を感じる。
いや、この場合の正解なんて知らないんですけど。
僕の為に争わないでって、どこの最低な男だそれは。
いや、既に大分アレなのはそうなんだけどさ!
色んな人からギルティされる側なんだけどさ!
もう死ねばいいんじゃねぇの、
「まぁ、引き分けでいいんじゃないですか。ドベは別なんですし」
「え?」
「ああ、そう言えば会長さんが出来てませんね」
「はぁ!?」
お前ここで俺に振るか!?みたいな顔されている。
人任せにしたツケです。
しっかり払ってくださいよ。
「会長さんって、不器用なんですか?」
「そうだな。かなり不器用だよ」
正確にはなまこなんだけど。
そこは武士の情けで見逃してあげますよ。
「おい、失礼だな」
「でも、大体事実でしょう?これまでの色んな遍歴を言った方がいいですか?」
「お前は俺の何を知ってるんだ」
「いや、まぁ、何も知らないですけど。ただ知っていることがあるだけです」
白銀先輩と四宮先輩の出会いとか、どうやって初めて会長になったのかとか、そういうことは知らない。
僕が知っているのは、僕がこの秀知院に来てからの白銀先輩だ。
それだって、全部じゃないけど。
「俺は単純にやってないだけだよ。食べ物で遊ぶのに感心しないだけだ。それに重要なのはテクニックではなく、相手の気持ちを汲んだキスが出来るかどうかだろう」
まぁ、確かにその通りですよ。
現在進行系で茎を結ぼうと頑張っていることに目を瞑れば。
ぬちゃぬちゃ響くんですよね、音が。
結局、テクニックを凄い気にしてるんですよね。
「確かにそうですね。さっきは藤原先輩の挑発に乗っちゃいましたけど、結局、好きになった相手となら上手いとか下手とかどうでもよくなるんですよね」
「うん。ただ触れるようなものでも十分ていうか、心地いいんです」
「そうです。大事なのはして欲しい時にしてくれる空気の読み方というか押し引きのタイミングとかじらしの緩急みたいなのですよ」
「つまりですね!キスの満足度はテクニックに依存しないって事です!」
キス経験者がなんか深そうなこと言ってるな。
非経験者にはよく分からんわ。
「わかったらそろそろ帰りの時間だ。撤収準備」
……本当に、今も茎を結ぼうとしてなければカッコいいんだけどな。
***
翌日。
生徒会室にて。
今日はまだ男性陣しかいない。
「それで、結局白銀先輩は何時間ぐらいでサクランボの茎を結べたんですか?」
「な、なんの話だ?」
「いやいや。誤魔化さなくていいですよ。男ですもんね」
白銀先輩は明ら様に動揺している。
男はテクニックを無駄に気にするからな。
というよりも、カッコつけなんだよな。
「会長、どうだったんですか?」
「……5時間位だよ」
「へぇ、思ったよりも早かったですね」
「早かった!?」
白銀先輩が驚きの声をあげる。
いや、まぁ……。
毎回の如く、あれだけ千花先輩にトラウマを植え付けたんだから今回もそれぐらいかかると踏んでたんですけど。
これが四宮先輩の言う努力の努力ってやつか。
「そう言えば、気になってたことがあるんだけど」
「なんだ?」
「ぶっちゃけ、白兎ってサクランボーイか?」
「いきなり何聞いてんの?」
そういうデリケートな話は18禁の方でして欲しいんだけど。
「普通にサクランボーイ、ってかそもそも女子と付き合ったことないしキスだってしたことないよ」
「じゃあ、なんでさも分かったように言えるんだよ?」
「付き合ったことがないだけで、恋愛経験はあるんだよ」
「そういえば、言ってたなそういうこと」
白銀先輩も乗ってきたな。
ふむ。
……たまには話してもいいかもな。
それ自体が嫌な思い出って訳でもないし。
「白兎の昔の話って、聞いたことないな」
「じゃあ、少しだけ話してあげますよ」
***
ささっとお茶だけ用意して僕は話始めた。
「これは中学時代の話なんですけどね。僕が好きになった女の子、仮にSさんとしますか。彼女は同じクラスの人でした。話すようになったのは、3学期の始まり頃だったんですけど」
「因みに話すようになったきっかけはそのSさんが先生相手にある漫画を布教してたことなんですけど」
「Sさんは結構なオタク気質、というか、オタクを自認している子で布教している漫画を僕も読んでたからそのまんま意気投合して休み時間一杯まで語り合ってたよ」
「それから、朝の時間とか昼休みとかでよく話すようになった」
「布教してた漫画の話もよくしてたけど、他にもテストの話とか世間話とか色んな話しましたよ」
「思考そのものが大分似通ってたこともあって、凄く話があって」
「あいつと居ると居心地が良くて、自然と傍にいたくなって」
「それで、ふとした瞬間に気がついたんですよ」
「ああ、好きなんだなって」
「それから、あいつと同じ委員会に入ったり、帰る時間を調整したり、デートに誘ったり、色んなことをしましたよ」
「僕の知り合いが実はあいつの幼馴染でそいつは名前で呼ばれてるのに自分は呼ばれてないことに嫉妬したこともありました」
「あいつがあるイベントのチケットを2枚とったからって、一緒に行かないかと誘われたことにドギマギしたりもしました」
「まぁ、でも、あいつは僕のことなんて仲の良い男の友だちとしか思ってなかったですけどね」
「周りには公認みたいな雰囲気がありましたけど」
「一回、教室移動で二人で先に着いて、窓の方で話してたことがあって」
「気持ちよく話してましたけど、途中から他の人が来てないことに気づいてドアの方を見たらドアの向こうから覗いてたみたいなこともあって」
「まぁ、その時はツッコミで扉を蹴ったら、扉が外れたりして」
「すぐに直しましたけどね」
「でも、中学校の頃で一番楽しかった時間はその時間ですね」
「相手に好きになって貰いたくて、その方法に悩む」
「それって実はとんでもなく贅沢な悩みだって思うんです」
「人間、色んな悩み抱えていて」
「どうしようもないことばかりで」
「それでも、好きな人が居たらそれだけで頑張れる気がして」
「ちょっとしたことが幸せだって感じて」
「だから、恋愛って良いものだと思うんです」
「青春を否定して、ぐだぐだと言い訳をこねるよりも」
「自分なりに動いて、自分なりの青春を楽しんだ方が楽しいに決まってますから」
***
後日談。というか今回のオチ。
その後の結果は明示していない。
まぁ、前提の条件から既に結果は出ているからだけど。
「まぁ、そんな感じです」
「なんだか楽しそうな中学時代だったんだな」
「他にも色々とあったんですけどね」
本当に、色々とあった。
むしろ、僕という人間を考えるなら他の要素の方が重要というくらいには。
中学時代は、酷いことの方が多かった。
僕も酷かったし、周りもちょっと酷かった。
でも、幸せを感じていたことは。
あの日々の中にあった、幸せを否定する理由はない。
辛かったことを否定出来ないように。
正も負もどっちもあったことは否定出来ない。
どちらもあったから、僕は愚か者なのだから。
「さて、そろそろ女性陣も来るでしょうし、この話はここまでということで。……言わないでくださいよ。特に美青や千花先輩には」
あの二人に知られたら、余計な嫉妬が生まれるかもしれないからな。
もう終わった話を蒸し返して、彩に迷惑がかかってもあれだ。
というか、こういう話はあいつらにしたくない。
「分かってる」
「それならいいです」
バン!
「こんにちわ~」
「あら、男性陣は揃っているんですね」
丁度、女性陣も来た。
まぁ、足音が聞こえてたから気づいてたけど。
これで女性陣に聞かれてたら大惨事になる。
「なんの話をしてたんですか?」
「いえ、ちょっと白銀先輩って見栄っ張りですよねって話をしてたんですよ」
「いや、そういう話じゃなかったろ」
「最初はそういう話だったじゃないですか、5時間の白銀先輩?」
「ちょっ、お前な」
「どういう話なのか、詳しく聞かせてもらっていいですか?」
「いいですよ。白銀先輩がいいなら」
「ダメに決まってんだろ!」
四宮先輩が白銀先輩に高度な情報戦を仕掛けていく。
本当に仲の良い限り。
青春してるなー。
「なぁ、白兎。ひとつ聞いていいか?」
「なんだ優?」
「……お前の中学時代の話、本当にただ楽しかっただけなのか?」
………。
そういう鋭さは白銀先輩よりもあるよな。
まぁ、僕の影響も多少はあるんだろうけど。
「良いことも悪いことも、色々あるのが人生だからな。悪いこともそれなりにあるよ」
「それはそうだろうけど、お前…」
「なん~の話をしてるんですか?」
と、僕と優の間に千花先輩が入ってきた。
この様子だと、僕と優の話を聞いてたぽいな。
まぁ、だからどうと言うわけでもないけど。
「いや、優も優で一体、何回
「いや、その話は本当にしてないだろ!」
「さぁて、仕事仕事」
これが僕の日常だ。
白兎くんは本音を吐かないね。
物語シリーズを見たあるいは読んでる?
-
ある
-
ない