鳴山白兎は僕の親友だ。
親友で恩人だ。
僕が悩んでいたら、すぐに気づいて相談に乗ってくれる。
背中を押してくれる。
見守ってくれている。
当の本人は、
『ええー。お前らのイチャイチャを眺めているだけだよ?』
って、言うんだけど。
ある意味でツンデレだ。
素直じゃない。
しかし、あいつも罪づくりというか働きすぎだ。
僕たちには何も言わないで、色々なことをしている。
中等部の話なんて、聞かなければ絶対に気づけなかった。
……僕はあいつに沢山助けられた。
あいつは中々頼ってはくれないけれど。
本当にあいつが困っている時に助けたい。
そう思うんだ。
***
「言え!お前はやったんだろ!」
「やってません。証拠も偽証です」
修学旅行明けになった月曜日。
白兎は一時間目が始まる前に職員室に呼び出された。
一時間目が終わっても帰ってこなかったから、僕とミコは不思議に思って、職員室を覗いたらそこには生活指導の先生が白兎を責めて、白兎は真顔で否定を続けていた。
「どういう状況なんだ?」
「分からない。鳴山が何かをしたって話なんだとはおもうけど……」
でも、あいつがそんなに怒られるようなことをするとは思えない。
それに、生活指導の先生の態度。
なんとなく、見覚えがある。
あれは、そう中等部の時に見た顔。
お前が悪いんだと。
認めない様子に明る様にイライラをぶつけている様子に。
「んっ……」
「優?」
「いや、ちょっと思い出してただけだ」
「……無理しないでよね」
そう言って、ミコは手を握る。
……そうだ。
今の僕なら、大丈夫だ。
でも、本当に白兎はどうしたんだ?
「どうしても認めないんだな」
「ええ。やってませんし」
「ひとまずは家族に連絡する。お前はしばらく停学だ」
「勝手ですね。していないって言ってるじゃないですか」
「なんだと。先生に逆らうというのか」
「やっていないことでこんな目にあえば、そうも言いますよ」
……どうゆうことだよ。
なんであいつが停学に……。
「今日はもう帰れ」
「その前に校長室寄らせて貰いますけどね」
そうして、白兎は立ち上がると反対側のドアから職員室を出ていった。
僕たちは慌てて、白兎を追いかける。
「お、おい。白兎!」
「……休み時間始まった辺りから聞いてたんだろう?ひとまずはそういうことだ。僕はもう帰ることになる」
「なんでそんなことになってるの!?」
「細かいことは後から言われると思うけど……、完全にやられたってこと位だ」
白兎は苦々しい顔をしていた。
その後は何も言わず、白兎は校長室に寄った後、帰っていった。
***
放課後。
生徒会室にミコと一緒に入る。
中には既に会長達も来ていたが、空気が重々しい。
藤原先輩は僕たちに気づくと、
「白兎くんは?」
「……帰りました」
「そうですか……」
その後も、深い沈黙に包まれる。
……会長達は既に白兎に何が起こったのかを知っている様子だ。
「会長。白兎に何があったんですか?」
「……あいつは俺達の修学旅行の2日目の時に無理矢理そういうことをしたことになっているらしい」
「あいつが?」
いくら会長の言葉とはいえ、何をふざけたことを言っているかと思った。
あいつがそんなことをする筈がない。
「そんなのする訳じゃないですか!」
「分かってますよ!」
藤原先輩が怒鳴るように大きな声を出す。
「彼は絶対にそんなことしないし、そもそも修学旅行中にそんなことをする余裕なんてないですよ!」
「藤原さん、落ち着いて」
「これが落ち着いていられる訳ないじゃないですか!大体、そういうことが目的なら別の誰かなんてリスク取らないですよ!」
「藤原書記!……落ち着け」
「……はい」
藤原先輩は相当に荒れているようだった。
正直、僕も相当に腸が煮えくり返ってる。
でも、ここで我を忘れたらあの時の二の舞だ。
だから、一旦落ち着かないといけない。
そう言えば、気になることも言っていた。
「修学旅行中にそんなことをする余裕がないってどういうことですか」
「あいつは何も言ってないか…。修学旅行中、こっちでも生徒の一人がトラブルになってな。そいつのフォローをしていたんだ」
「えっ…?そんなことをしてたんですか?」
ミコが驚きの声を挙げる。
僕も驚いている。
親戚関係のトラブルだって言ってたのに。
あれは嘘か。
わざわざ、修学旅行にまでそういうことをしに行くなんて。
「俺があいつが関わっていることに気がついたのは、かなり後の方だがな」
「彼は2日目の朝から動いていたみたいですね。詳しいことは別行動だったので分かりませんけど、でも、彼がそういうことで手を抜かないのは今までが証明していますから」
「問題は、その2日目の行動を夜以外誰も証明出来ないことなんです」
うん?
確かに別行動しているなら、明確な証明なんて出来ないだろうけど。
でも、
「それの何が問題なんですか?」
「これです」
そうして、渡されたのはアイパッドだ。
僕とミコはそのアイパッドの画面を眺める。
そこには、胸クソ悪い映像が出ていた。
「……なんですか、これ」
「証拠物品だそうだ。修学旅行二日目の午後2時前後のカメラ映像。鳴山らしき顔が映し出されていて、女性に対してわいせつ行為を働いている」
「ふざけんな!」
本当にふざけてる。
顔が同じ?
体つきが違う。
駐車場らしき場所で撮られているが、あいつはあんなにヒョロくないし、背も高くない。
それに映像が明らかに撮られる為にセッティングされてる。
だから、顔が思い切り写っている。
あいつはそういうヘマはしない。
明らかに悪意的にあいつを貶めようとしている映像だ。
「まさか、先生方はこれを信じたと」
「ええ。顔が同じだからと」
「どう考えたっておかしいんです。顔が同じだからって、白兎くんだって決めつけてる。おかしな所は沢山あるのに」
藤原先輩は声を荒げってしまいそうなのを必死に抑えるように言う。
「指摘はしたんですか?」
「鳴山自身が既に指摘しているそうだ。しかし、服を脱いではいないから誤魔化せると」
「なんですかそれ!そんな体格を誤魔化す考えがあるなら、まず顔を隠すでしょ!」
「伊井野さんの言う通りです。ですが、先生方は鳴山くんがやったという方向で話を進めています」
四宮先輩も怖い目つきで言う。
あれは怒っている眼だ。
「……校長もですか?」
「いや、あの校長はまずは情報を正しく整理すべきだと。事件の詳細を確認するのが先決だと言っている。学校側としても、校内でそういう生徒を出したと知られるのはまずいということで現状、その情報は警察の方にも出してはいないようだしな」
「あの校長も鳴山くんがやったとは思っていない様子でしたが、立場上、公平な立場を取らざるおえないですからね」
「でも、このまま放置したら白兎くんが退学処分、いや、逮捕されちゃうかもしれないです!」
クソ!
本当におかしい。
なんで、あいつがこんな目に…。
いや、今はそれよりも、
「これ、絶対に犯人が居ますよね。白兎を陥れようとした犯人が」
「ええ、居るでしょうね」
「絶対に許さない!」
「思い切り、痛い目に合わせます!」
「うむ。これから事件解決まで生徒会の仕事は必要最低限にして、鳴山を助けるぞ」
***
生徒会メンバーで頭を突き合わせ、ホワイトボードに現状の情報を纏める。
「こんなものか」
会長が大体を書き終える。
「さて、必要なことは2つ。学校側に提出された証拠が嘘であることを証明すること。そして、犯人を見つけ出すことだ」
「まずはこの証拠を提出した人から洗うのが筋でしょうね。複数犯の可能性もありますし、この辺は私が担当しましょう」
「それじゃあ、私は動機周りで探ってみます。前々から嫌な雰囲気がありましたから、マスメディア部の人からも話を聞きます」
「それじゃあ、僕たちは……」
「お前たちには、協力してくれる人を集めて欲しい。正直、時間はあまりなさそうだからな。人手が欲しい所だ」
「分かりました」
確かに、僕の時よりも事態は深刻だ。
出来れば、僕も何か行動したい所だけど。
「会長は?」
「俺は校長と話してくるのと、一応鳴山の家に寄ってみようと思う」
「よろしく言っておいて下さい」
そうして、それぞれで動くことになった。
「優。まずは誰から行く?」
「つばめ先輩からかな。3年生だから校内に居るとは限らないけど」
あの優しい先輩なら、力になってくれる筈だ。
メールで相談したいことがあると送ると、つばめ先輩はすぐに返信を返して、今から行くよと送られてきた。
どうやら、わざわざ学校に来てくれるらしい。
ありがたい。
「後は……、TG部の人とか文実とかか?」
「麗ちゃんにこばちゃんにも協力してくれるように頼んでみる」
そうして、ミコはメールを打つ。
僕たちの人脈はそんなに広くない。
ここ一年で、それなりに人間関係が広がったように思うけれど、それでもまだ他の人よりも狭いと思う。
僕たちの置かれていた立場もあるけど。
でも、白兎はあれでそういうのは広そうだし、一概にどうとも言えないか。
「一応、送った」
「返信待ちか。TG部の人達は今日は帰ったって言ってたし、文実周りも説得するならつばめ先輩の方がいいか」
「待つしか出来ないのって、悔しい」
「俺もだ」
待つしか出来ない。
今、白兎は大変な目に合ってるのに。
僕は自然と中等部の時のことを思い出す。
どうしようもなく、僕自身でどうこう出来るような状況じゃなかった。
その原因は自分にあるけれど。
でも、あの時の苦しさと後悔は簡単に口に出来るものじゃない。
あいつも今、そういう風に感じているのだろうか?
「……大丈夫かな。鳴山」
「どうだろうな」
分からない。
けど、あいつがただやられている様は想像がつかない……、こともないか。
まぁ、千花先輩とのあれはじゃれ合いみたいなものだけど。
***
あれから、30分もせずにつばめ先輩は到着した。
結構、急いできたのか、息を切らしていた。
ちょっと、息を落ち着かせてもらってから本題を話した。
「だから、先輩に協力して欲しいんです」
「うん。分かった。私でよければ、協力するよ」
二つ返事でつばめ先輩は答えてくれた。
優しい先輩だ。
「ええと、まずは文実の人達に協力要請して、情報を集めればいいんだよね?」
「はい。何か分かったら、僕かミコに伝えて貰えれば」
「任せて」
そういうと、つばめ先輩はすぐにスマホを取り出し、ラインを送りだした。
なんというか、凄い意外だった。
つばめ先輩は確かに優しい先輩だけど、こんなにすぐに動いてくれるなんて。
その疑問をつばめ先輩にぶつけると、
「……私もね。彼には色々と言って貰ったの」
「えっ?何を言ったんですか?」
思わずミコが訊いてしまう。
凄いプライベートそうな話題だから、深入りは避けるべきなんだけど。
でも、僕も気になってしまった。
この陽キャでリア充な先輩に白兎が何を言ったのか。
「……そうだね。あれは奉心祭の準備で2人で資材を探しているとき、
『鳴山くんって、私に対して凄いフラットだよね』
『急に何の話ですか?』
『ふっと思ったの。他の後輩達って初対面とかだとどこか一歩引いてるっていうか、距離を取られるけど、鳴山くんは先輩としての敬いはあってもそういう風な引きがないなって』
『ああ。そうですね……。僕って高嶺の花っていう言葉が嫌いなんですよね』
『そうなの?』
『天は人の上に人を造らず。福沢諭吉の言葉ですけど、そもそも人と人に社会的な立場の違いはあっても、人としての上下の差なんてないって思ってるんですよ。最初の言葉は、実際は学問を学んでいるかいないかで変わるって続くんですけど、結局はそういう所で劣等感であったり、僻みであったりを感じるからそういう言葉が生まれるんだと思うんです。それが嫌なら努力しろって思いますけどね』
『へぇー…。でも、実際には特別な人とか居たりしない?総理大臣とか大統領とか』
『居ませんね。別に総理大臣も大統領も必ずこの人でなくちゃいけない訳ではないですし。人間、誰かにとっての特別にはなれても、特別な人間にはなれませんよ。その総理大臣はその国の人にとっては重要でも、全然関係のない国からすれば知らない誰かですから』
『結構、暴論みたいだね…』
『まぁ、この話で重要なのは誰かにとって特別の方で、特別になるためにも特別であると思うのにも努力が必要なんですよ。受動的なだけでは人はくれるものしかくれないですし、例え失敗しても、能動的に動かないと欲しいものは手に入りません。子安先輩も多少は自分のエゴを押し付ける感じで動かないと本当に欲しい物は手に入らないですよ。何とは言いませんが』
『……余計なお世話だよ』
『まぁ、世間話だと思っておいて下さいな』
って、ことがあったの。色々とこの言葉に思う所があってね。実践する機会はまだ先になりそうだけど」
「そんなことが…」
あいつらしいというのか。
誰にでもそういうことするのか。
僕たちの時も、そうだったのかもしれない。
「私達もそうなのかな?」
「うん?それは違うと思うよ?」
ミコが零した言葉につばめ先輩は疑問を浮かべる。
「どういうことですか?」
「鳴山くんにとって、優くんとミコちゃんは特別だよ。それは、誰の目にも明らかな位に」
「そうですか?」
「そうそう」
そうなんだろうか?
イマイチ、分からないけど。
「ともかく、今日の夜を使って調べるね」
「はい」
「ありがとうございます」
そうして、その日の僕たちの活動は終わった。
***
次の日。
校内である噂が流れていた。
曰く、『鳴山がそういうことをした』という噂だ。
つまり、あいつが今現在訴えられている事案が広まっていった。
けど、そのことに関してはきちんと伏せられていた筈だ。
多少の噂になるにしても、こんな全校単位ですぐに広まるとは考えがたい。
生徒会室で集まり、この噂について話すことになった。
四宮先輩は言う。
「人のいい噂は中々と広まらないのに、悪い噂は随分と簡単に広まりますね」
「それにしたって早すぎますよ!これ、絶対…!」
「ああ、犯人達の策略だろうな」
そうだ。
身に覚えがある。
あの時の荻野の言葉で全体の流れが決められていく流れ。
これが真実なのだと、騙すような流れ!
思わず歯噛みしてしまう。
そこまでして、鳴山を貶めたいのか!
「……石上くんの時とは違って、計画的な運びです。恐らくは計画自体はだいぶ前に練っていて、鳴山くんが隙を見せる瞬間を狙っていたのでしょう」
「早坂の件で謀らずもその隙を作ってしまった訳か」
会長も四宮先輩も深刻そうな顔をしている。
実際、事態は大分悪化している。
先生達だけでなく、校内に居る生徒まで敵になった。
勿論、皆が皆それに流されるとは思えないけど…。
プルルル
スマホが鳴る。
ラインを開くと、つばめ先輩がメッセージを送っていた。
そこに書かれている内容は、
『ごめん。
例の噂がもう流れてるみたいで、みんながそっちに引っ張られてる。
出来る限りのことはするけど、そんなに味方が作れないかもしれない』
クソ!
文実の人が流されてるのか。
でも、どうしてだ?
つばめ先輩と簡単に絡めるからって理由なら、ガリ勉の奴らがあまり手伝ってくれないのも分かるけど。
体育祭の時のメンバーも居るし、そういう人達が協力してくれない筈ないのに。
「……こっちの進捗はよろしくないです。そちらの方はどうですか?」
「ひとまずは、犯人と思わしき人物は見つけました。映像の方も知り合いが心当たりがあると探ってくれています」
「私も調べた感じ、多分複数で情報がばらまかれたようなんです。だから、恐らく犯人も複数でそっちもマスメディア部とTG部で探しています」
「マスメディア部は協力してくれるんだな」
「マスメディア部の人は噂の真意を暴くのが仕事ですから。彼が積み上げてきた信頼もありますけど」
藤原先輩はそう言う。
紀先輩とかそこら辺の信頼なのかな?
でも、この状況で味方になってくれるのは素直にありがたい。
「事件の解決の見通し自体は見えてきましたが、ここで新しい問題が起きてくるのは想定外ですね」
「……そもそも、鳴山はなんでこんなに恨まれているんだ?」
会長はそもそもの原因を聞く。
確かに疑問だ。
鳴山がそんなに恨まれるようなことをしているとは思い難い。
何か、誤解みたいなのがあるんじゃないか?
「ああ、それですか……。藤原さん、どうしますか?」
「……白兎くんの気持ちの方も尊重してあげたいですけど、でも、言わなきゃ彼を助けられないですから。本人としても隠しきれるとは思ってない筈です」
四宮先輩と藤原先輩は共通の認識があるらしい。
2人は互いに頷き合う。
あるのだろうか。
確かな理由が。
「私から言いますか?」
「いえ、これは私から言います。白兎くんはですね。お節介焼きです。ちょっとやりすぎで、時に自分のことを考えずに行動している時があります。修学旅行での出来事もある意味でその一環です」
藤原先輩は言う。
どこか、怒ったような口調で。
「それで、彼がそういう風に動く一番の人物は誰かと言ったら、石上くんとミコちゃんなんですよ」
「え?」
「それって、どういう……」
「最近、気が付きませんでした?他の人から、嫌な視線で見られることが少なくなったって」
「………」
言われてみれば確かにそういう視線を感じることが少なくなっていた気がする。
もうそのことについては割り切ってたし、それにミコや白兎と居ることが多かったから特に気にしてなかったけど。
「それは白兎くんが裏で色々と動いていたからなんですよ。マスメディア部の部長さんと交渉して、生徒会の記事や学校の裏サイト、その他にも裏で色んな人に頼んだりして、2人を正しく見て貰えるように交渉して一人でやっていたんですよ。少しずつ、でも着実に、色々と考えて動いてたんです」
「そんな……」
「でも、なんであいつはそれを…」
「白兎くんは石上くんやミコちゃんにも見返りがあるべきだからって言いました。勿論、方法自体、石上くんやミコちゃんが好む方法ではないことも分かっています。そういう行為を鬱陶しく思う人達が今のような事態を起こすリスクがあることも分かっていました。それでも、大して気にもせずに、それこそ見返りなんて求めずに、実行しちゃう人なんですよ」
皆が静まり返る。
あいつはそんなことをしてたのか。
そうやって、何も言わずに笑って知られないように動いていたのか。
昨日のつばめ先輩とのやり取りを思い出す。
多分、つばめ先輩も白兎に頼まれていたのだろうってことが察しがつく。
あるいはそれは僕たちが言ってきたことをそのまましているだけだ。
黙って、見返りを求めずにする行為。
それでいて、あいつはけして文句なんて言わなかった。
でも、どうしてだろう。
今はその行為に腹が立つ。
凄い腹が立つ!
「会長の方はどうでした?」
「……鳴山の家に向かいはしたが、その時は留守だった。居留守かもしれないが、あいつの性格からいってそれは低いと思う。校長からは少し話を聞かせて貰ったよ」
『白銀クン、鳴山クンは君が思っている以上に大きなモノをカカエてイマス』
『それはどういった…』
『……それはワタシの口からは言えまセン。彼自身の問題だからデス。デスが、彼が今日、この学校から帰る前にワタシと話した時、こうイイマシタ。いざとなったら、僕を見捨てて下さい、ト。自分勝手にやってきたことのツケでしかなく、同情されるようなことでもないト。時として、小を切り捨てないといけないト。彼が帰る直前、ワタシはこうイイマシタ。それでイインデスカ。彼はイイマシタ。良くはないですけど、因果応報ですから。所詮、愚か者の末路はこんなものですト。ムリヤリ笑って、デテイキマシタ』
『………』
『白銀クン。ワタシがこの立場で出来ることはホントにスクナイ。ワタシでは、彼をタスケラレナイ。だから、お願いしマス。彼を助けてあげてクダサイ』
「……そう言ってたよ」
……本当になんなんだよ。
小を切り捨てないといけない?
何を言ってるんだよ!
「ふざけんな!」
「ふざけないでよ!」
じゃあ、お前は何をしてきたんだよ!
僕やミコに対して、あるいは他の誰かに対して、何をしてきたんだよ!
僕やミコだって、元々はその小の部類に入るんじゃないのかよ。
お前はそれを掬い取ろうとしたんじゃないのかよ。
自分だけは例外かよ。
人に散々と言っておいて、自分だけは苦しい思いをして、それを見せないようにして。
そんな自己犠牲されたって、嬉しくないんだよ!
喜べる訳がないだろ!
僕だって、そうだったんだろう。
中等部の時のことも、はたから見たら僕も同じだ。
改めて、外側から見て、その滑稽さに気づく。
こんなの、ただカッコつけているだけだろ。
カッコつけて、駄目な方に流れてるだけだろ。
そうして納得した風な白兎にも腹が立つし、……あいつのそういう所にここまでの事態にならないと気がつけなかった自分にも腹が立つ。
「優。絶対に鳴山を助けよう。そして、……」
「ああ。その上で一発ぶん殴る!」
きっと必要なのは、そういうことだ。
***
3日後の金曜日の昼休み。
僕とミコは生徒会室である生徒達を待っていた。
「なんですか?生徒会が呼び出しって」
「うわー、石上じゃん」
「最悪ー」
来たのは、同じ一年の女子2人と男子1人。
明らかに敵意むき出しだ。
正直、既に腸が煮えくり返りそうだけれど、落ち着かないいけない。
「今日はなんで呼び出されたか分かる?」
「知らねぇよ」
「ねぇー、早くしてよねー」
「どうせ、下らない話でしょ」
「今日呼び出したのは、白兎が今休学になっている原因についてだ」
僕は切り出した。
「ハァーー。あれは噂の通りやらかしたあいつが悪いんじゃないの?」
「ていうか、あいつの友人のあんた達も同類じゃん」
「石上とかろくな奴じゃないしね」
「アンタ達…!……はぁーー。私達は鳴山は無実で嵌められたのだと考えて調査したわ」
「そうしてたら、出てきたんだよ。おまえたちがやっていた証拠が」
落ち着け。
冷静に話せ。
あいつを助ける為に。
「どこにそんな証拠があるのよ!」
「勝手な言いがかりじゃねぇのかよ」
「ちゃんと証拠はあるわ」
「まずは、あいつがやったことにされている証拠の物品の動画からだ」
僕はそうやってアイパッドを取り出す。
正直、見るのも腹立たしいが実際のものがなければ話が進まない。
「これ、どう見たってあいつの顔じゃない!」
「やっぱり、あいつが犯人じゃないの!?」
「いや、この映像をちゃんと見ていると、そもそもで体つきがあいつのものとは明らかに違う」
「体つきはそんなに簡単に変えられないから、それがこの映像が偽証であることの理由の1つ目」
「でも、明らかに顔は鳴山の顔だぞ?どう言い訳つけるんだ?」
「それはこれだ」
そうして僕はあるものを掲げる。
それはある意味で推理モノで出てくるような変装マスクだ。
「犯人はこれを被り、白兎がしているように見せかけた」
「ハァーー!?そんなもの、普通の市場に出回るものじゃないし、まして特定の個人と瓜二つものが見つかるなんて偶然…」
「ああ、それはないだろうな。そんな偶然はない」
「でも、ないなら作ればいいだけなのよ。これは四宮先輩の知り合いが調べてくれたんだけど、ここ一、二ヶ月で特注の変装マスクを作った所で、この秀知院に居る生徒の家に送られているものが1つだけあったわ」
「お前の家だ」
僕は女子生徒の1人を指す。
「そ、そんなの知らないわよ!父さん辺りが頼んだじゃないの!?」
「因みに、頼まれた商品の画像がこれ」
そこには勿論、白兎の顔型の変装マスクがあった。
白兎自体、そんなに癖のある顔の部分が少ないからつくりやすいだろうしな。
そして、この一、二ヶ月で作られた白兎の変装マスクが意味する所は決まっている。
「で、でも!それだけじゃあ、証拠にならないでしょう!?」
「この映像の中にもまだ証拠があるわ。この場所。映像を分析して場所を調べたら、東京のとある
「何を……」
「アンタの家の私有地だったわ」
ミコは男に向けて、軽蔑した目線を向けて言う。
僕も同じような目線を向ける。
3人は明る様に動揺している。
「当然、私有地だから早々に入れるような場所じゃないし、時間的に考えて鳴山が行ける場所でもないわ」
「どうしてよ!」
「その時、白兎は
これで場所の方も崩れた。
つまり、動画が偽証であることが証明出来たのだ。
白兎の無実の証明は出来ている。
そして、これはそのまま犯人達への証拠になる。
後は、あいつを追い詰めた奴らを問い詰めるだけだ。
「……なんでこんな事をしたんだ?」
「……全部、あいつが悪いのよ!混院の癖に!一般の出の癖に!大手を振って、当然であるかのように好き勝手に振る舞って!アンタ達だって、本当は地を這いつくばるのがお似合いなのに、あいつのせいで幸せになって!下の身分の癖に!だから、分からせてやったのよ!所詮、あなた達なんて延々と搾取されるのがお似合いなんだって!」
「「ふざけんな(ないで)!!」」
僕たちは同時に叫ぶ。
「あいつが好き勝手にやっていた?違う。あいつは、あいつ自身の努力でそうしてきたんだ。混院だとか一般の出とか、そんな下らない偏見を受けたって、そんな不利な条件だって気にもせずに行動して、周りの信頼を得てきたんだ!」
「鳴山はこんなことをしていたら、あなた達みたいな人が出てくるのもちゃんと分かってた。それでも、私達の為に、別の誰かの為に、見返りだって求めずに頑張ってきた!それを否定する資格なんてあなた達にはない!」
勿論、あいつの方法の全ては正しかったとは言えない。
個人的に思う所がある方法もあるし、間違っていることもあるだろう。
でも。
それでも。
大切な親友を、その頑張りを否定されて黙っていられる訳がなかった。
それも、こんな人を勝手に決めつけて、貶めるような奴らなんかに。
「でも、状況は既に決定しているわ。例え、この証拠を提出して鳴山が無罪放免になったって、噂は早々には消えない。あいつはこの後の高校生活を一生後ろ指を指されながら過ごすのよ」
「そうはならないよ」
「何言ってんだ?」
「お前達と石上会計と伊井野会計監査の会話が校舎内で聞かれているからだ」
生徒会室のドアを開けて、会長達が高性能の集音マイクを持って中に入ってきた。
そう、ここまでが僕たちの作戦だ。
僕たち2人が相手の自白を誘い、それをそのまま校内に流す。
昼休みだから、生徒は全員校内に居る。
だから、事の真相を全ての生徒に伝えることが出来る。
……そもそも僕の時との違いは、それがバレることで被害者がいることだ。
でも、今回はその真相が明らかになることで不利を被るのは加害者だけだ。
きっちりと因果応報を受けて貰う。
「そんな!」
「クソ!」
これで白兎の事件は校内の範囲では終わった。
***
そうして、その日の授業が終わり。
僕とミコは鳴山の家に向かう。
藤原先輩も行きたそうにしていたけれど、
『今、彼に必要なのは私の言葉じゃないので』
と、言って送り出してくれた。
他の生徒会メンバーは事件の後処理をしてくれている。
ここまで大々的にやった以上は色んな対応に追われるだろうし。
取り敢えず、放送器具を貸してくれたTG部とマスメディア部と校長に感謝しないと。
マンションの部屋の前まで来て、チャイムを鳴らす。
ピンポーン
返事はなかった。
ただ、扉が一回ドンと大きな音を立てた。
背中をぶつけたような音。
聞いてはいるんだろう。
「白兎、中に入っていいか?」
「駄目」
疲れたような、こらえているような、そんな声が聞こえた。
「……色々と世話をかけたな。ごめん」
「それは何に対しての謝罪?今回のことでいうなら、気にするようなことじゃないわよ。私達は当たり前のことをしただけよ」
「何に対しての、か。やっぱり、聞いたんだなあの事。ごめん、気に入らない方法だったよな。でも、僕にはこんな方法位しか浮かばなかったよ」
「そのことは良い。そりゃあ、納得いかない方法だし、色々と思う所はあるけど……。お前が俺たちのことを想ってくれてたことなのは分かってるから」
そのことには怒らない。
ただ、文句は言いたいけど。
「でも、1人で勝手に抱え込んで、何も言わずに諦めたことは怒ってる。なんで言ってくれなかったんだ?」
「そうね。私もそのことに怒ってる。頼ってくれればよかったのに」
いつだか、白兎には言った。
『でも、悩みがあるなら言えよ?僕に頼ったって良いんだから』
でも、こいつは何も言ってくれなかった。
「俺たちって信用ならないか?お前は親友だって言ってくれたけど、それは嘘だったのか?」
「……校長から話は?」
「聞いたわ。あんたは因果応報だって、だから仕方がないって、そう言ったって聞いた」
白兎は少し沈黙した後、ぽつりぽつりと話しだした。
「………僕は昔、独りだった。単純な友達の有無だけじゃなくて、ひどい言葉投げかけられたり酷いことをされたりしてた。誰も、何も、してくれなかった。だから、自分でどうにかするしかなくて、色々とやって友人だって思える人達を作って、でも、それは幻だった。やっぱり、誰も何もしてくれなかった。助けてって言っても、知らない振りをして、聞こえない振りをして、押し付けていったよ。高校になって、秀知院でお前らに会えた。お前らのひたむきな努力を見て、お前らの誰かを助けている姿を見て、何かしてやりたいってそう思った。それで仲良くなるたびに、一緒に居るのが楽しくて楽しくて楽しくて…。でも、心のどこかで信じられていない自分が居た。人に迷惑をかけたくないなんて詭弁だよ。本当は怖かったんだ。人に頼るのが。人に頼って、何もしてくれないことに絶望するのが。今が幻であると言われるのが。それは、秀知院を追い出されることよりも怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、仕方が、なかった。いや、だった。つら、かった」
いつの間にか、泣き出すような嗚咽が混じった声になっていた。
……きっとこれが白兎の根幹なんだろう。
いつも笑って、からかって、気づかせないようにしてきた部分。
あいつが相談もされていないことでも助けている理由でもあるんだろう。
誰もしてくれなかったから、誰かにしてあげたかった。
何を言っても意味がないから、何も言わずに行動した。
……結局、お人好しだ。
だって、自分みたいなのを見たくないからしてたってことだから。
自分にとって辛かった想いを誰かにして欲しくなかったから。
だからこそ、そんな白兎だからこそ、今度こそちゃんと親友になりたい。
「白兎。もう大丈夫だ。お前は独りじゃないし、独りになって絶対にさせない」
「そうよ。ちゃんと近くに居て、助けるから。だから、アンタもちゃんと相談して?」
「因果応報だって言うなら、お前がしてきた分の良いことをそれ以上の良いことで返すから」
白兎は扉を開けると、顔も上げずに僕たちを抱きしめた。
思い切り、強すぎる位に。
小さな嗚咽が聞こえる。
顔は見れないけど。
でも、体は震えていた。
当然、寒さが理由じゃないだろう。
僕はミコの顔をちらりと見ると、互いに頷きあって白兎を抱きしめる。
優しく、でもしっかりと。
そして白兎は、涙声混じりに言う。
「ありがとう」
その後、思い切り泣く白兎を、僕たちは背中を優しく叩きながら、受け止めた。
***
後日談。というか、今回のオチ。
月曜日の学校。
僕が学校に登校し、靴を履き替えていると近くに居た同級生に、
「おはよう石上」
「先週はかっこ良かったな」
と、言われた。
あまりにも突然でお、おうとした答えられなかった。
クラスに移動する間も、似たようなことを何回か言われた。
クラスの中に入ると、それはもう怒涛のように言われる。
既に登校しているミコもそれが続いてたのか、戸惑うような表情をしていた。
「おお、次期生徒会カップルが揃ってるぞ」
「意外と絵になるな」
「パンフでもお似合いって感じだったしね」
そんな声まで聞こえてくる。
恥ずかしい。
しかし、一体どうしてこんなことになってるんだ?
白兎の噂消しもここまでじゃなかった筈なんだけど。
そう思ったが、予鈴が鳴り、授業が始まった。
昼休みにて。
2週間ぶり位に生徒会メンバーが揃って話す。
「そんな感じで、今日はなんとなく居心地が悪いというか、戸惑うというか、そんな状態でした」
「私も概ね似たような感じで…」
「ま、当然だな」
会長はこの事態に納得している様子だ。
僕達が疑問を覚えていると、四宮先輩が説明してくれる。
「元々の悪評なんかは、鳴山くんが徐々に薄めていましたからね。その半信半疑な状態に今回のことであなた達が鳴山くんの無実を証明したことで、一気に考えが変わったんでしょうね」
「いや、でも、別に僕たちだけの力じゃ……」
「確かに石上くん達だけの力ではないです。でも、石上くん達の努力がこの結果を引き出したんです。それは誇っていいと思いますよ」
藤原先輩は言う。
それでも、なんか実感湧かないんだけど。
「そうだぞ優、ミコ。こんな記事まで書いて貰ったんだし、誇って、自分らしくしてればいいって」
「て、その記事!!」
見出しが『生徒会カップル!大活躍!!』と書かれていて、具体的にどう行動しただのに加えて、何故か僕たちの関係の話も書かれている。
会長と四宮先輩の2人が凄いみたいな着地点な時点で誰が書いたのかは分かるけど、でも、これは…!
「「恥ずかしい!」」
「はいはい。そのままの状態で居て?写真撮るから」
「おい止めろ!」
「いやだね。こんな絶好のシャッターチャンスを逃すなんて選択肢は僕にはないから」
「本当にいつも通りね!」
白兎は相変わらず、からかいを入れる。
いつも通りに。
笑っている。
会長達はそれを微笑ましく眺めていた。
でも、まだこれからだ。
「うっ…!」
「?どうした白兎?」
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「お、おう」
そうして、白兎は走って移動した。
でも、下がまずいという割に抑えてたのは口だけど。
「下痢かな?」
やっぱり、石ミコはカッコいいよな。