白兎先輩は中々本音を言わない。
嘘をついて、よく誤魔化してばかりいる。
辛くても苦しくても、顔にさえ出さずに振る舞い続ける。
本人は押し込まずに言えと言うのに。
他人に対してはいくらでも気遣える癖に。
自分に対してはそう出来ない。
矛盾だらけだ。
矛盾だらけで面倒くさい人だ。
でも、そんな先輩のことを私は愛おしく思っている。
ほっとけなくなっている。
肝心なことを誤魔化すあの先輩には何度も言い続けるしかない。
言い続けて、話続けるしかない。
そうじゃないと、あの人の隣には並べられないから。
***
「全く!ちゃんと言ってくださいよ先輩!」
「ああ……、ごめん」
「反省してないですね…!」
とある放課後。
私はこの前の1件について白兎先輩を問い詰めていた。
白兎先輩の疑惑事件。
本当に腹立たしい事件だ。
白兎先輩に向けて、そういうことをするのも不愉快だし、それでいて、助けを求めない先輩にも腹が立った。
肝心なことは本当に何も言わないんだから。
「そうですよ!本当に白兎くんは…!」
「いや、もう止めて。そろそろ耐えられない」
「そうだな。そろそろその辺にしておけ藤原書記と鬼ヶ崎」
「なんですか会長!ここでちゃんと言っとかないと、またやりかねないですよ白兎くんは!」
「そうですよ!」
きっと、なんど言い聞かせても足らない。
根っこの部分からそういう風に固まってるんだろうし。
「だが、流石に2時間も言い続けるのはどうかと思うぞ。確かに、鳴山は今回の件で十分に反省すべきだとは思うが」
「いや、あの、白銀先輩。今そのことを言うと……」
「そうです!十分に反省させないといけないんです!」
「こうなるんで止めて下さい」
「すまん」
白兎先輩は少しゲンナリしたように言う。
……これ以上はどこ吹く風で聞かないか。
「今日はこの辺りにしましょう」
「仕方ないですね」
「ははーー。有難き幸せ」
そうして白兎先輩は一礼をする。
全く。
「それじゃあ、久々にゲームしましょう!」
「まぁ、今日はいくらでも付き合いますよ」
「そう言えば、石上先輩と伊井野先輩は?」
「ミコは今日は風紀委員。優は四宮先輩とちょっとな」
「……伊井野先輩のこと、名前で呼んでるですね」
「まぁ、友人だからな」
別にただの友人を名前呼びなんてしないでしょうに。
あの日、石上先輩と伊井野先輩に何を言われたんだろう?
多分、今までの不満なことを言われたんだろうけど。
「はい、トイレで勝ちです」
「くっ!?強い…!」
「はっはっは。そんな大したことじゃない、です、よ」
何故か急に白兎先輩は真っ青な顔になると、
「すいません。ちょっとトイレ行ってきます」
「おう」
と、走っていってしまった。
これを普通に考えたら急に下ってきたとか考えるけど、
「これで何回目ですか?」
「多分、4回目だな」
「まだ何か抱えているんですか、もう」
流石に今日だけで4回目はおかしい。
いや、本当にお腹を壊してるならあり得るけど。
でも、多分そうじゃない。
不思議とそんな直感があった。
***
「うっ!、オエッ。はぁ、はぁ、はぁ」
『お前に幸せになる資格なんてあるわけないだろ』
『この愚か者』
『この人殺しの化け物が』
「うるさい……。うっ!オロロロロッ!」
***
15分位経つと、白兎先輩は戻ってきた。
「いやー、もう、あれかな。焼きそばの土方スペシャルのバチが当たったかなー」
「昼にそんなもの食べたんですか?そりゃ、お腹壊しますよ」
「土方スペシャルというとあれか中等部の文化祭の時の…」
「アレです」
「懲りろよ」
話は合わせているが、嘘であることは分かる。
だって、別に先輩は土方スペシャルが好きな訳じゃない。
どちらかというと、ミツバスペシャルを好む人だし、大体学校にそんなもの持ってこれる訳がない。
だから、きっとトイレでは別のことをしている。
別の何か……。
なんだか、良くないことしか浮かばないけど。
「そうですね。今度、巣鴨に辛いラーメン食いに行くんで、それまでは避けるようにします」
「そういうのを食べるから腹を下すんだろ?」
「辛いものは別枠ですよ」
「白兎くん、そういうラーメンはカロ爆なので止めた方がいいんじゃ…」
「大丈夫です。千花先輩みたいに合間合間にアイスを食べたり、タピオカを飲んだりしないので。運動量も違うので」
「なんですか!どういう意味ですか!」
「なんで自分から自爆しにいく話題を出すだろうって思っただけですよ」
千花先輩が腕でドンドンと叩くのを、されるがままにしている。
なんかイチャついてる……。
けど、白兎先輩の顔が途中で少し険しくなっていた。
「どうかしました?」
「うん?何が?」
「変な顔してましたよ?」
「えっ、マジで?アレかな。お腹がきついのかな…」
そうして、また誤魔化していく。
***
帰る時間になって、先に帰ろうとする白兎先輩とそれを追っていった藤原先輩を私は追いかけた。
簡単に抜け駆けはさせない。
先輩の問題については意気投合はしても、根本的に私達はライバルなのだから。
そうして追いついたと思ったら、千花先輩は白兎先輩に問い詰めていた。
「ここまで来たら、もう逃げることも誤魔化しもなしです。なにが辛いんですか?なにが苦しいんですか?言ってくださいよ!!」
「……なんの話ですか?」
「誤魔化しはなしだって、言った筈です。トイレにだって、別に腹を下したから行ってるんじゃないですよね?口から酸っぱい匂いがしますよ」
「どこの匂い嗅いでるんですか」
「吐いてたんじゃないですか?」
白兎先輩は隠し事がバレたような顔をしている。
吐いていた。
つまり、病気でないのなら、相当のストレスが白兎先輩にかかっているということだ。
藤原先輩も気がついていた。
いや、むしろ、私よりもよっぽど早くに。
「一体まだ、何を抱えているって言うんですか?何がそんなに怖いんですか?私は白兎くんじゃないので、……言ってくれないと、分からないですよ」
藤原先輩は悲しそうな顔をした。
白兎先輩は申し訳なさそうな、悲しそうな顔をしている。
「……千花先輩。僕はその言葉がとても嬉しいですよ。そんな風に言って貰えることがとても嬉しい。思わず抱きしめたくなる位に。でも、そうしたら僕はまた吐き出してしまう。耐えられなくなるんです」
「……もしかして、幸せが怖いんですか?」
「……どうしようもないんです。優やミコに、皆に救われて、心の底から幸せだって感じて。……でも、その時から僕の中にいたそれは延々と責め続けるんです。……だから、今の間は少し落ち着かせて下さい」
「……何があったかは、話してくれないんですか?」
「………ごめんなさい」
そう言って、白兎先輩は走っていった。
藤原先輩はその場で崩れ落ちるように座り込むと、悔しそうに唇を噛んだ。
「……なんで白兎くんばっかりがこんな辛い目に遭わなくちゃいけないんですか……」
……今までのあの人なら、無理矢理にでも誤魔化していたと思う。
でも、今回は何が理由かは言わないけど、確かに今自分に起こっていることを言った。
あくまで拒絶する為のものかもしれないけど。
……独りになんて、絶対にさせない。
***
「千花先輩に酷いことしたな……」
でも、なんと言ったらいいか分からない。
怪異譚であることを差し引いても、あんなこと…。
あんな愚か者の話。
『そうだよ。お前にそんな資格なんてないんだよ』
『許してもらう資格なんてないんだよ』
『まして、幸せになる資格もな』
「……うるさい」
***
と、決意したは良いものの。
「結局、原因が分からないままで会っても先輩を苦しませるだけなんだよね」
先輩の発言が確かなら、今の先輩は幸せになること自体が苦しませる要因になっている。
闇雲に励ましても、逆効果になりかねない。
というか、ひたすらに面倒な性格ですね、本当!
もうーー、よっぽどの世話焼きでもないならほっときますよ!
…………。
……そういうことなのかもしれない。
そうやって、ほっとかれたからこんなに拗れたのかもしれない。
「やっぱり、聞きに行くしかないよね。千石さんに」
あの人なら、白兎先輩の原点を知っている筈だ。
それを知らなきゃいけない時がきたのだと思うから。
千石さんに連絡した所、
『すぐに家に来ていいよ』
と、返ってきた。
私はすぐに撫子さんの家に着いた。
「……いらっしゃい」
「失礼します」
そうして中に入る。
なんだか職業漫画家の家って散らかってるイメージがあったけど、結構小綺麗だ。
「家、綺麗ですね」
「いや、それは白兎がここ一週間ぐらい家に来てた時に片付けてたから…」
「本当に何やってるんですかあの人」
いくら学校に行けないからって、掃除って……。
いや、まぁ、引きこもってる感じもしないですけど。
「まぁ、今後の仕事の話とか私の仕事の手伝いとか、色々とあったけど」
「仕事はともかく、漫画の手伝いって……」
こっちが必死になって動いてたっていうのに。
なんで面倒を見てるの。
「色々とあるんだけどね。……それで今日はなんの用で来たの?」
「実は…ー」
と、今日あった出来事を撫子さんに話す。
千石さんは話を聞いていく内にどんどんと呆れと面倒くさいという顔になっていった。
「だから、白兎先輩に何があったかを聞きたいんですけど……って、どうしたんですか?」
「いやー、もうー、本当にー、面倒くさいなーーって」
最終的に、背もたれに全力で体重を預けて、椅子をブランブランさせていた。
そ、そこまで面倒くさいのだろうか。
「まぁ、こうなることは分かってたけど。まともに向き合うのも難しいんだろうしね」
「何があったんですか?」
「その前に。……鬼ヶ崎ちゃん。人の命ってどの位の価値があると思う?」
「え?」
人の命の価値?
なんで急に……。
「人が人であるための条件って、なんだと思う?」
「人が人であるための条件?」
「人の罪は、どうすれば贖えるのかな?」
「人の罪?」
何の話だか、見えてこない。
いや、本当は何の話だか検討はついてきている。
でも、信じたくない。
あの人が、そういうことをしているなんて、信じたくない。
「ねぇ、鬼ヶ崎ちゃん。私達、専門家って皆大なり小なりそういう過去を持ってるものなの。私も結構大概な過去を持ってたりするし。まぁ、あそこまで抱え込んでいる人はそんなにいないけどね」
大して気にしていないように、千石さんは言う。
……秀知院学園には
でも、自分で直接何かしている人なんて知らない。
そういう人も居るのかもしれないけど。
白兎先輩はそういう人も把握しているんだろうけど。
「まぁ、同情の余地もあるけど、……でも、同情して欲しい訳じゃないだろうね。どちらかと言えば裁いて欲しいんだろうし。裁いて、否定して欲しいんだろうけど」
そう言って、千石さんは話してくれた。
白兎先輩の過去を。
***
「……結局、僕はどうすればいいんだよ」
高い場所から、景色を眺める。
本気で思い詰めた時にここに来てしまう辺りが呪い的というか、どうしようもない位に逃げられないことを自覚させられる。
過去からは逃げられないことを自覚させられる。
今も頭の中に声が響き続ける。
お前にそんな資格はないと。
お前は許されることはないと。
お前は惨めに何も得られないのがお似合いだと。
僕は、
でも、僕はそれを否定出来ない。
あの時と同じだ。
どこまでいっても、否定できない本心。
でも、そうでいたくない自分も居て。
「でも、どうやって助けを求めればいいのかなんて分からない」
***
千石さんが話始めて、2時間。
千石さんの話が終わって、私は呆然自失としていた。
白兎先輩は、何も言わなかった。
けど、これは確かに誰かに言えるようなことじゃない。
救いようのない話で、どうしようもない話だ。
仕方なかった、なんて話にもならない。
ろくでもない話だ。
人には言いたくない醜さがそこにはあった。
でも、どこかで納得もしていた。
だって、あの人がしてることってつまり、過去の自分にしてくれなかったことを他の人にしてるってことだから。
先輩の話は、誰かが寄り添って、傍に居るだけで、多分起こらなかった。
ただ、独りじゃないって伝えて、その通りにしているだけで起きなかった。
だから、寄り添う。
相手の事情を汲み取って、何を言わなくても行動に移す。
きちんと相手に必要な言葉を、欲しい言葉を言う。
本当はそうして欲しかったから。
自分が嫌なことを人にしてはいけない、の逆。
自分がして欲しいことを人にしている。
押し付けがましくても、それでも自分のようになって欲しくないから。
結局は、お人好しだ。
自分勝手だけど。
「……千石さんは、いつその話をあの人から聞いたんですか?」
「会って、4日目位かな。まぁ、私が先に話をしたから、彼も話してくれた感じだけど」
「その時、千石さんは何か言ったんですか?」
「なーんにも。正直、私の過去も大概だし、こうして生活をしている以上はある程度は区切りがついてるってことだから」
解決しているとは言わない。
実際、何も解決はしていない。
解決も乗り越えることもしていない。
本人が真面目だからこそ、乗り越えられない。
「それに、どうしたって私じゃ無理。枠組み自体が決められちゃってるしね」
千石さんはそう言った。
呆れるような顔をして。
「でも、千石さんが何も言えないなら、私が何も言っても…」
「それじゃあ、諦める?まぁ、白兎も時間が経てば精神的な誤魔化しを効かせられて元通りだと思うけど」
それは、白兎先輩が幸せになることを諦めることと同義だ。
それは駄目だ。
例え過去に何があったとしたって。
今、誰かのことを想って、その人の為に動けるような人が。
今、他人の為に出来る限りの努力が出来る人が。
今、幸せを掴みたいと願っている人が。
……幸せになっちゃいけないなんて、そんな訳がないんだから。
「……私、行きます」
「そう。多分、あそこに居るから」
「ありがとうございます」
私は千石さんに一言礼を言って出ると、走ってその場所に向かう。
東京タワーに。
***
「……本当に、本当に、本当に、本当に、本当に面倒くさいなー」
『……らしい結末だよな』
「何がらしい結末だよ。結局は本音は『幸せ』になりたいだけだろが、アアン」
髪を弄くりながら、漫画を描く。
面倒な男を助けようとする女の漫画を。
***
東京タワーに着いた。
現在の時間は8時。
まだいるかどうかは分からないけれど。
チケットを取り、屋上へ向かう。
エレベータ内には、私以外誰もいない。
少し落ち着いて、頭を整理する。
これから、私が何を言うべきなのかを纏める。
エレベータが止まる。
エレベータの扉が開くと、そこには黄昏れている白兎先輩だけが居た。
「……美青か」
私が来ていることには気づいているらしい。
「ここが分かったってことは、僕の過去も聞いたんだろう」
「……はい」
「……なんでここに来たんだ?」
白兎先輩はこっちに顔を向けないまま、聞く。
「なんでって……」
「やっぱり、何をどう考えた所で僕に幸せになる資格なんてなかったんだよ。今も頭の中で言われ続けてる。お前にそんな資格はないって。生きる価値のない人殺しの化け物だって。結局はあの時と同じで、否定することなんて出来ない」
鏡越しに見える白兎先輩のその顔は酷く歪んでいた。
その背中は酷くちっぽけに見えた。
いつもの、人をからかって、マウントをとって、いつも余裕があって、人のことをさり気なく気遣ってる人はそこには居なくて。
今目の前にいるのは、寂しそうに、辛そうに、余裕なんてまるでない、自分を助けれない人がそこに居た。
先輩の弱い部分。
先輩の醜い部分。
先輩の隠していた本音の部分。
私は今、それを見ている。
……なんていうのが正解なのかは分からない。
ただの優しさは傷つける凶器にしかならず、ただの厳しさは今の生き方を肯定することと変わらない。
だから、私はただ私が思ったことぶつけるしかない。
なので、
「とう」
「ちょっ!」
とりあえず、思いっきり後ろから抱きつく。
「いや、そこでその抱きつき方する!?もうちょっと、こう、あるだろ!?」
「そもそも、先輩のシリアスは重苦しいんですよ。ここらでコメディー要素を足さないと」
「いやいやいやいやいやいや!重要な場面だぞ!?ここ!!そこ、シリアスにやんないと!」
「調子が戻ってきた所でアレですけど、ちょっと黙ってくれません?キスで黙らしますよ?」
「男前だけど、勝手だな!」
反転して、前を向きながら先輩は言う。
やっぱり、先輩はこうじゃないと。
グダグダと悩んでいる姿なんて似合わない。
ていうか、体がっしりしてるんだな…。
意外とギャップある。
「で。僕のシリアス崩してどうするつもりだよ?」
「次、急に喋ったら本当に黙らしますからね。まぁ、言いたいことなんて幸せになっていいに決まってるしかないんですけど」
「!………」
ここで声を上げたら、本当にキスするって分かってるからか、声には出さない。
絶対、何か否定的な台詞を言ってただろうし、このまま黙ってて貰おう。
今は私が言いたいことを言う時間なのだから。
「罪を償うことと幸せを得ようとすることは別物ですよ。確かに罪は償うべきもので、一生かけても償いきれるものじゃないかもしれない。でも、幸せにならないことは償いにはならないし、幸せにならないことは頑張っていることとも違いますよ。償いは続ける。でも、それと同時に幸せも追い求める。……それでいいじゃないですか?」
「……でも、僕は他人の幸sムグッ!」
強制的に口を塞ぐ。
正直、この辺はもっとロマンチックにしたい気はしたけど、そんなものよりもこの人を幸せにする方が重要だ。
「人を言い訳にしないで下さい。他人の幸せを奪ったってあなたは言いますけど、それよりももっと他人の幸せを与えて、守ってきたんじゃないですか。なら、権利はあります。ていうか、そもそも幸せになるのに権利なんて必要ないでしょ。人は幸せにならなくても生きていけますけど、それでも幸せになろうとしてもいいんですよ。もしも、それでも幸せを掴む気にならないなら。いつまでも、自分で自分を縛るっていうなら。私も、藤原先輩も、石上先輩も伊井野先輩も皆と協力して無理矢理にでも幸せにします」
「………!」
「自分だけ例外にしないで下さい。あなたが今まで言ってきた言葉は、全部自分で
言いたいことは言い終えた。
白兎先輩は、泣いていた。
嬉しそうな、悲しそうな、顔をして。
静かに泣いていた。
***
後日談。というか、今回のオチ。
「…………恥ずかしい」
翌日の朝。
起きて、昨日の自分を振り返り、消え入りそうな声でそう言った。
テンションが凄いことになっていた。
勢い任せだった。
ていうか、ファーストキスがあれで良かったんだろうか?
感慨も何もなくないだろうか?
あの時、本当にそれしかなかったのか?なんて聞かれたら、いえ、全く全然そんなことはございませんとしか言えない。
あれで嫌われたり………、はしないだろうけど。
しないから、あの先輩なんだけど。
でも、正直、ミスったし、トチった気がする。
まぁ、あの言葉に関しては訂正する気なんて全然ないけれど。
そうして、思っていた以上の早い目覚めの元、私は早めに学校に向かう。
私は通学路的に高等部を通る。
ので、その光景を見てしまうのは朝早く起きたが故だった。
「千花先輩。昨日は本当にごめんなさい。突き放すようなことを言ってしまって……」
「……そういうことを言うってことは、問題はある程度は解決したんですね。良いことではありますけど、ちょっと不満です」
白兎先輩と藤原先輩が校門の木の陰の方で話していた。
藤原先輩は少し拗ねたように、唇を尖らせて、そっぽを向いている。
白兎先輩は少し気まずそうな顔をしている。
藤原先輩は白兎先輩の両頬を抑えると、
「でも、これだけは覚えておいて下さい。幸せになる資格は誰にだって合って、それはあなたも例外じゃないですからね」
「……はい」
「それはそれとして、昨日もしかしてキスされましたね?」
「いや、どういう理屈でそういう話になりました?今」
「頬を抑えた時の反応がそんな感じでした。言っておきますけど、私は白兎くんの気持ちを100%見抜くまでは出来ませんけど、それが嘘であるか、そうでないか位の判別は簡単につけるようになりましたからね」
えっ?
なんか、色々とバレてる?
「大方、鬼ヶ崎ちゃんに口封じで無理矢理されたんだと踏んでるんですけど」
「いやいや、そんな…」
「そうなんですね?」
「……はい」
私には分かる。
これ、ほとんど女の勘で当ててる。
理論とか推理とかそんなちゃちなものじゃない。
もっと恐ろしいものの片鱗だ。
「ふ~~ん」
「あ、あの千花せんpムグッ!」
ああ。
あああ~。
ああああああ!
「藤原先輩!それは流石にレギュレーション違反っていうか、駄目だと思うんですけど!」
「んんっ!プファー。先にそのレギュレーション破ったのはそっちの方ですよ!むしろ、これでおあいこにしてるんです!」
「大体、私はそんなに長い時間してませんよ!何をそんなに堪能してるんですか!」
「良いじゃないですか!白兎くんとのが思ってた以上に心地よかったですよ!」
「私なんて一瞬しか出来てないのに!」
「いや、あの、すいません。9割9分、僕が悪くて、色んな意味で言う資格がないことを重々承知の上で言わせて下さい。もうすぐ生徒が来るから、そういう色んな意味で大問題になりかねない喧嘩を止めてくれ!!このままだと、今回は誤解でもなんでもないことになるから!!」
……確かに、このままだと白兎先輩に悪い噂、もとい悪い真実が流れかねない。
それでまたトラブれば幸せにする所でもないか。
藤原先輩も同じことを思ったようでひとまず、この論争は収まることになった。
だけど、これだけは言っておかなくてはならない。
「白兎先輩。絶対に幸せになることからは逃げさせないので」
「……うん。分かってる」
白兎先輩は苦笑いしながら、手を振った。
これが鈍チンでもないのに、いつまでも話を引き伸ばした男の酷い伝説である。