私、鳴山白兎は懺悔します。
今までのことを。
散々と引き伸ばしにしてきた恋愛事情を。
本当に懺悔します。
私は知っていました。
物事は後回しにすればするほど、拗れて戻ってくるのだと。
逃げることと目を背けることは別意だと知っていました。
いや、別に逃げる気は欠片足りともなかったけれど。
しかし、目を背けていたのは事実であり、それはもう疑いようのない真実、赤い真実と言っていい真実です。
その結果の今が、ここまで拗れているのです。
一難去ってまた一難、というか、物事の解決が同時にまた新たなる問題の発生になるのは、最早僕自身の性分になっているのかとも思う。
碌でもない性分だ。
死んでしまった方がいいんじゃないだろうか?
いや、中学時代にある意味一回死んではいるんだけど。
人として、死んでいるんだけど。
現状も人間成分が多いというだけで、ちょっと怪異だし。
化け物というのも、別に間違っていない。
まぁ、別にそれは気にしていないけれど。
とにかく、僕はこの問題を早急に片付けなければならない。
じゃないと、色んな意味で身が保たない。
***
「という訳でちょっと愚痴を聞いてくれない?」
「なんで私?」
2月も中旬に入る頃。
僕は撫子の家で夕食を作りがてら、愚痴を零しにきた。
こういうことは本当に撫子に愚痴るに限る。
「ていうか、今月ちょっと来すぎじゃない?殆ど毎日来てる気がするだけど」
「心配するな。今月の3分の1は来ていない」
「それ、残りの3分の2は来てるって意味なんだけど」
仕方ない。
色んな意味で気楽に話せるのだから。
「そんなに信用されても困るんだけど」
「まぁ、確かに面倒をかけてるな。ごめん」
「美味しいごはん作ってくれてるからそれはいいけど…」
撫子は呆れたように言う。
でも正直、ご飯で釣り合いは取れていない。
今月のことだけで、随分と貸しがついている。
なのに、こうして来てる時点で色々とアレなんだけど。
「今月は、随分と自虐してたよね。仕方ないだの。自分が悪いだの。挙げ句の果てに、美青ちゃんに話す役割まで任せて」
「美青に関しては自発的に来ただけでしょ」
「原因はそっちでしょ」
「その通りだよ。ハァーー」
なんの否定の余地もない。
僕に反論は許されない。
基本的に自業自得。
なるべくしてなった事態が、これまで一体いくつあったことか。
今の悩みもそうなんだけど。
「で。今日は何?」
「いや、漫画のネタにしていいから、ちょっと恋愛関係の愚痴を吐かせて欲しい」
「ええーー……」
全力で嫌そうな声をする。
色々と今更とか、嫌だとか、面倒くさいとか、そういう感情が入り混じった声だ。
いやもう、本当にぐぅの音も出ない。
自分でも思う。
本当にこいつはなー!って思う。
腹立たしいことこの上ない。
しかし、そんな情けない男はつまり、僕なのであった。
いや、本当に死んどけよ。
「正直、ここまで相手の気持ちに気づいておきながら放置する男は売れない」
「だろうね」
「本当に、こんな人のどこがいいんだろうね」
そんなのは僕が聞きたい。
そんなに魅力的に映るかのね、僕みたいなやつが。
***
まぁ、そんなこんな言いつつも、一応話は聞いてくれるようなので、夕飯のスパゲティーを食べながら話す。
「で、結局、どっちにすることにしたの?」
「その辺の気持ちも定まってない、ていうか、そもそも恋愛する気がないで優劣だとかそういうのは考えてなかったからなー」
「これが駄目なんだよね。ちゃんと向き合え」
「返す言葉もない」
自分の気持ちにも目を逸らしてたしね。
だから、今の現状で目を背けなくなった途端にこうなっている自分に本当に辟易する。
「気持ち的にはどうなの?」
「そりゃあもう、好きと好きが好きで好きの好きへ好きな好きは好きを好きだよ。完全にべた惚れ状態よ。積み重ねは自分が思っている数倍はあったことを実感させられたよ」
優やミコもそうだけど。
なんでこう、僕の中での好感度が高い組はとんでもないクリティカル叩き出すかな。
あんなこと言われて惚れないって、どんなに情緒がないの?って感じじゃん。
余計に自分が情けない。
なんていうか、本物と偽物の違いって感じがする。
いや、別にそこから偽物がどうやら本物がどうやら言うつもりはないんだけど。
「今日とかもう、顔を見るだけで『あっ、好きだな』って何回か頭を駆け巡ったよ。自分でもドン引きするレベルだわ」
「それ、元々の気持ちよりも反動できている感じするけど」
「ぶっちゃけ、中学時代よりもデカイ感情なのが分かるから、爆発した時が本当に怖い」
「本当に信頼してないね」
いや、もう心のセーブがなくなるってこんな怖いのかと戦々恐々としている。
が、それはあくまで思考がそう考えているだけで、頭は今、年中お花畑でうさぎたちがディ○ニーの音ともに踊り明かしている状態なんだけど。
ずっとパレード状態で、いい加減住人の中の人が休ませてっていうレベルだけど。
そんなに色んな意味でアガっている状態から引きずり降ろされた時は、中学時代以上の被害が出そうで怖い。
いや、そんなことが起こらない信頼の元、成り立ってるんだけど。
「なんていうの?人は信頼しても、自分は本当に信頼しちゃいけないってなる」
「そこで、信頼出来ないのが自分な辺りが、徹底した自虐脳だよね」
「いくら幸せを掴むようにするとは言っても、罪は罪だからな。そこを信頼しない位はしないと罪悪感が湧き出す」
「本当に生きづらい生き方してるなー」
例え生きづらくても、それは決定していることだ。
自分のことは、ちゃんと自分で把握しなくちゃいけないんだから。
閑話休題。
「で、まだ引き伸ばしするの?漫画家的には無駄に長期連載入って、読者からいい加減終わらせろって言われるくらいの佳境だけど」
「批判続出の打ち切り間際かよ。いや、傍目から見たらそうなるのも分かるけど」
「そっちの場合、変な所でフラグを立っているのも理由だよ。今年度で何の位の女子と関わってるの?」
「いや、一年生だし、関わること位あるだろ。密接さって言ってもそこまで密接って言えるような人はそんなに居ないし」
「陰でフラグ王とか呼ばれてるよ」
「いや、そんなにフラグは立ってないよ」
基本的に僕とある程度関わった女子にそんなフラグは立っていない。
四宮先輩とか、白銀先輩と優に対する態度と僕に対する態度がかなり違うし。
あいつらが例外なだけだ。
なんで、例外になってるのかは知らないけど。
「自分の魅力に対しての自覚がない」
「そんなものがあるなら、僕は小中で孤立してない」
「魅力と人気は比例しないよ?」
「いや、表立つ魅力は人を引きつけるぞ。いい意味でも悪い意味でも。お前もあるだろ、一番見て取れる魅力からして。まぁ、僕はもう可愛いとか欠片たりとも思えなくなったけど」
「いいんだけど、それはそれで腹が立つな」
まぁ、その辺の成功例は子安先輩、失敗例は大仏かな。
でも、大仏は毒の吐き方が下手なんだよな。
毒を吐く人間は、結構な割合で毒を吸ってきた側の人間だ。
あくまで確率的な話だから、そうでない人も居るんだけど。
四宮先輩はその最たる例だ。
毒を散々と吸い、そして、その毒の力の使い方を心得ている。
毒も薬も、本質的には同じもので使い方次第だ。
優しさが凶器となるよう、邪悪さや残酷さは時として救いにもなり得る。
薬の代表は、まぁ、白銀先輩だろう。
人の悪口とか言わないし、温厚でいい人だし。
ぶっちゃけ、四宮先輩への愛が元で発生している変な行動を除けば、結構普通の良い人だ。
だから、自然とそんなに仲良くなれない感じになるんだけど。
まぁ、それはそれとして。
撫子の目立つ特徴として、見た目の可愛らしさがあるけれど、撫子はそれが理由でアレな事態が起きたし。
問題的には大仏と撫子は似ている。
まぁ、その時に大人に説得されているかしないかで大分その後が分かれた印象があるけど。
残念ながら、僕はまだまだ大人には程遠いからそういう風には言えなかった。
あんまり、変わってる様子もないし。
まぁそれはそれとして。
撫子も意外と本人の容姿とかの可愛らしさとは関係のない魅力もあると思うけど。
個人的にはそう思う。
「でも、白兎は表立った魅力ではなくても、魅力はあると思うよ」
「かもしれないけどな……。元が元なだけに、自分じゃ分からん」
「そうじゃなかったら、誰も助けてくれないよ?」
「中学頃の僕に言ったら、ブチギレそうだな、それ」
なんだかんだ、努力をしていたからな。
人に好かれる為の努力を。
それで、単純に実らないなら努力の仕方を間違ったとか色々と理由を並べられるけど、一回実った風に見せかけられたのがキツかったからな。
まぁ、どの道僕自身が悪かったというだけなんだけど。
「だからこそ、あいつらにはそういう風に思って欲しくないってのが原動力なんだろうけどな」
「だから、そういう所でしょ」
「?何が?」
「こういう所で天然なんだよね」
「元々変人なのを、無理に改造してるからな」
いや、本当。
演技も素になる位には続けてきたからな。
まぁ、今でもそれは重宝している。
結構、使えるものではあるし。
「白兎って、そういう所あるよね」
「使えるものをなんで使えるって話か」
「ううん。自分のそういう嫌な思い出と直結しそうなものを特になんとも思わずに使う所」
「ああー……。いや、大した理由はないけどね。自分の力で身につけたものは、それがどういう経緯で身につけたものであれ、否定する理由も拒否する理由もないからな」
3学期始まってすぐに、広瀬っていう平行世界のカウンセラーに会った。
彼は感情視と呼ばれる不思議な眼、正確には共感覚が極度に高くて感情が視える人だった。
まぁ、詳しい話なんかは聞かなかったからどうやってそういうのを身に着けたのかは分からないけど、でも、努力で身につけたものではないというのは確かだ。
生まれつき、あるいは突然変異で身につけた力だろう。
そういう天才の話は、世の中にも意外とある。
この仕事をやっていると、嫌でも会う。
ある意味、僕もそういう人物であり、目の前の千石撫子もまたその一人だ。
だから、ぶっちゃけ僕は彼のことを特別なんて全く思っていないんだけども。
でも、そういう突然変異や生まれつきで人よりも優れていると色んな思惑に絡まれる。
彼の場合は、それは家族だったんだろうけど。
一番身近だからね。
それはまぁ、キツイだろうよと思う。
だから、彼はその力に対して、否定的な感情もあったし、そういう風に思うのも分かる。
彼のそういうのを見ていて、連想したのは撫子だ。
撫子もまた、『かわいい』という才能の持ち主だ。
天然でかわいい。
魔性の女。
自分のそういう所を嫌いつつ、けれど自分では中々切り離せない才能。
ある種、自分を形成する根幹になっている部分だからこそ、切り離せないものだろう。
どんなに嫌っていても。
それが良いことか悪いことかの議論は今はしない。
重要なのは、そこの対になる努力して手に入れたものだ。
努力して手に入れたものは、その力が足らないことに思うことはあってもそれそのものを否定することは滅多にない。
何故なら、自分で積み上げていったものだからだ。
才能とは関係のないものだからだ。
『努力は裏切らない』というのは案外そこからきていて、努力したことが必ず結果に結びつくという意味ではなく、努力して積み上げたものは簡単にはなくならないという意味だと僕は思う。
才能は存外、歯車が外れれば使いようもなくなるが、努力は早々にはなくならない。
最初は才能からでも、徐々に努力を積み上げれば例え才能がなくなってもそれは出来るみたいな話だ。
だからこそ、裏切らないものだから、僕は努力で積み重ねてきたものを否定しない。
「裏切らないものを否定はしないでしょ」
「そうかもね」
***
こう撫子と話していると自然と話が脱線してしまうけれど、そろそろ本題に戻ろう。
「で、僕はどうすればいいと思う?」
「自分で考えて」
「いや、自分で考えることはし続けるけど、それはそれとして女子の意見が聞きたい」
「他の女性を頼れば?」
「他の人にこんなこと相談したら、軽蔑される」
「私はいいんだ」
「ある意味、ずっと軽蔑してるだろうからな」
怪異譚を語った段階でそうだろうと思っていた。
僕自身の自虐傾向、自罰傾向を抜きにしてもそこはやっぱり揺るぎないだろうから。
どう考えたって、碌でもない話だ。
軽蔑されるようなことはしたから。
「別に軽蔑はしてないけどね」
「そうなの?」
「私には他人事だし、反省もしてるからね」
「確かに」
当事者と第三者の違いというやつだ。
人が本当の意味で理解出来るのは、自分が経験したことみたいな話でもある。
他人から見たら、意外とどうでもいいことも多々ある。
当事者からしたら、たまったものじゃないけど。
「それでだけど……、どっちも好きなんだよね?」
「うん」
「優劣もつけられない位に」
「うん」
「だったら、付き合ったら?2人と」
「うん。ここ現代の日本なんだけど」
それは二股というものだ。
世間一般では余裕で吊し上げを食らう、駄目な行いだ。
っていうか、普通に最低の所業だ!
「どう考えても、ギルティな案件でしょ。許されないよ」
「今だって、似たようなものじゃん」
「いや、そうなんだけどさ!」
そうだよ!既に最低なんだよ!
でも、そのままじゃあ駄目だからどうにかしようって話だからな!
「じゃあ、一週間ごとに恋人を交代するってのは?」
「二股と変わんないし、場合によってはそれ以上に最低だろ」
「だったら、こどもでも作って皆家族とか……」
「僕はまだ高1だし、謝罪会見いくつ開いても足りない事態だろうが…!」
許されるわけがない。
法律的にも、道徳的にも。
最終的にこどもも含めて不幸コースだ。
いつだか、優にどっちも選べないなら両方選べばいいなんて言ったことがあったけど。
こればっかりは、そうもいかない。
現代社会でそれは許されない。
きちんと恋人を選ばないといけない。
結局はそういうことを言っている。
「いや、ちゃんと一人を選べよって意味なのは分かるけどさ」
「言っとくけど、退路なんてないからね」
「分かってる。今月中にはちゃんと結論だすよ」
そこはちゃんと決めてる。
結論は出す。
自分の中の気持ちにも。
で、それと関連もするんだけど。
「……
「後少し。……もしかして、そういうこと?」
「ああ。それで決着だ」
僕の一年間の集大成だ。
色々とあったこの一年の全ての因縁に決着をつける。
例え、どういう結末になったとしても。
「だから、もうちょっと付き合ってくれない?」
「だったら、もうちょっと料理を作り置きしておいてくれる?」
「その位なら喜んで」
本当に漫画家は不摂生だよな。
***
後日談。というか、今回のオチ。
「ふぁぁぁ~~ん」
「珍しいですね。白兎くんがあくびなんて」
「いえ、ちょっと夜中まで料理を大量生産していたもので」
「また、誰かの面倒ですか。ちゃんと言って下さい」
「いや、相談料なので」
生徒会室。
今は、僕と千花先輩しかいない。
「あんまり無理しないで下さいよ。無理するようなら、私の膝で休ませます」
「膝なんですか?」
「膝です」
「それ、逆に休まりませんよ」
隣のえらく近くに座ってきた千花先輩から少し目線を反らして僕は言う。
「アレレ?随分と素直ですね。そんなにドキドキするんですか~?」
「僕は元から素直ですよ。美青や千花先輩だからドキドキするんです」
「……そこで鬼ヶ崎ちゃんの名前も出すのはどうなんですか?」
「分かりやすいでしょ。それが一番」
僕は千花先輩の方を向きながら言う。
………。
駄目だ、可愛い。
悶そう。
「白兎先輩!」
と、もう片方の対して隙間のないスペースに座り込みにかかる中等部の後輩。
「美青、そこは狭くないか?」
「だって、ここしか座れる場所ありませんし」
反対方向のソファへの指摘などしない。
する意味もない。
嫌だ、色んな意味で非難が殺到するよこの状況。
僕自身はこの状況が嫌じゃないのが余計に嫌だ。
「白兎先輩」
「何?」
「休んでくださいよ?なんなら、私の膝貸しますから」
「お前もか」
早く、どうにかしないと。
結末は考えてあるけど、心配な結末だな、これ。