藤原さんは私にとって、大切な友人です。
そんな藤原さんには好きな人が居る。
鳴山白兎。
この秀知院の生徒会庶務。
私にとっての彼は厄介な人だ。
人の考えを読んで、人のことを見透かして、知った風な口をきく。
そういう所で、私は彼のことを信用できない。
彼には、裏で早坂のことなどを色々と助けてもらったけれど。
それでも、好悪の話では悪と言えてしまう位に彼のことが好かない。
彼は、あまり人に好かれる人間ではない。
本人も自覚しているようだけれど、こういうことを言う人間が基本的にいけ好かないと思うのはごく普通のことだ。
2月の件も問題の焦点はそこにある。
彼がそういうことを言うから、腹が立ち、嫌がらせしたくなる。
……石上くんの時と違って、その件に関しては私は当然だと思っている面もある。
それでも解決に向けて動いたのは、彼に借りがあるのと、……私の友達と生徒会がどうしてもと動いたからだ。
彼のそういう性格を嫌う人も多くいる。
彼の本来の職も考えるなら、他にも色々な恨みを買っているだろう。
そんな彼のことを藤原さんは好きになっている。
……正直、気づいた時は随分と物好きだと思った。
やめておいた方がいいとも思った。
勿論、彼にも良い所は多くあるのだろうけど。
でも、それ以上に彼は欠点が多い。
藤原さんは、どうしてそんな彼を好きになったのだろうか。
***
3月3日。
石上くんと藤原さんの誕生日。
私達、生徒会メンバーは誕生日会を開いていた。
「はっぴばーすでーとぅーゆー」
「はっぴばーすでーとぅーゆー」
「はっぴばーすでーでぃあいしがみふじわら~」
「はっぴばーすでーとぅー……」
「やっぱりこうなった!」
藤原さんが大きな声で叫びます。
やっぱり、こうなりましたか。
全員が白けたような表情で藤原さんを見ます。
「やっぱり石上くんといっしょくた!ケーキもまとめて一緒!見てください。石上くんと私が仲良く並んでまるでウェディングケーキ……!なんで、石上くんとなんですか!」
「へぇーー……。因みにそのケーキを作ったのは僕とミコなんですけど?」
「なんで、一緒にしたんですか!分けて下さいよ!」
「いや、だって、このホールのサイズを2個は作るのも食べるのもしんどいですし、だからといって、誕生日ケーキのサイズがあまりに小さいとそれはそれでってなりますし」
「丁度いいサイズはなかったんですか!」
「なかったんです。ミコのイメージするケーキを描き起こして、形にするまでの時間的にも」
鳴山くんと藤原さんが言い争いをしています。
そして、その流れ球で伊井野さんが赤くなっていますね。
白兎くんが誕生日ケーキについて暴露するほど、伊井野さんの色々な工夫や想いが晒されていく。
私達も鳴山くんが一人で作ったものだと思っていましたが、伊井野さんが結構関わっていたんですね。
そういう所はお可愛いですね。
「そもそも石上くんはなんでこの日に生まれたんですか!せめて一日ズラしてくださいよ!」
「その手の不満は僕の親に言ってください。というか、白兎も藤原先輩もこれ以上はミコが保たないので言い争いは止めて下さい」
「それもそうだな」
と、白兎くんは納得したように頷きました。
石上くんも澄ました顔をしていますが、口元のニヤケが見える。
かなり嬉しいようですね。
「どうせ誕生日プレゼントの予算も情熱も半分こなんでしょう!」
「そんなことないですよ。きっちり友情も愛情も200%ですよ」
「言いましたね!ちゃんと審査しますからね!」
「また妙な事を」
全くですね。
本当に藤原さんは……。
「じゃあ会長から」
「いやまぁ…、やっぱどっちのが高価とかで揉めて欲しくないしな。似た系統のを二人には用意した。藤原には赤いマグカップを。石上には青いマグカップだ。これなら不公平ないだろ?」
「だからこういうの!!」
藤原さんが叫びます。
「こういうのは双方に気を遣うことで双方から不評なプレゼントになるものなんですよ!!」
「先輩……。人からの贈り物にとやかく言うなんて親の教育が疑われますよ?」
「ごめん優。正直、僕も同意見だわ」
「なんですって?」
鳴山くん。
あなたは会長のプレゼントにケチをつけるんですか?
あなたがその気なら、沈めますよ?
「同じ系統にしても、こう、柄を相手の好みに合わせるとかもうちょっと差別化する要素はあったと思いますよ?そもそも、プレゼントの良し悪しは値段じゃなくて、相手の喜ぶものかどうかなんですから。だから、多少の値段の差はあっても相手が好きそうなものを選んだ方が良いですよ」
「そうか……」
会長はしょんぼりとしている。
全く……。
こういう所が好かないのよ。
ちょっと正論で黙らせてくる所とか。
「ミコちゃん!ミコちゃんなら私がどういうものを求めてるか分かるよね!」
「は、はい。私からのプレゼントは『口紅』です」
「口紅ですか……。良いですね!」
「それ今話題の落ちない口紅なんですよ」
へぇー……。
口紅自体は人によっては色々と拘る人もいるので一概に良いとは言えませんが色的にも無難な色である程度の話題も取り入れていて、いいですね。
「優へのプレゼントはこれ」
「靴かぁ!」
「優の今の靴、大分傷んできてたでしょ?だからそれにした」
「あっ、これ品薄のやつだ……。コンバースの限定色」
「たまたま買えたから」
「良いじゃん!ありがとなミコ!」
伊井野さんは中々といいプレゼントを贈りますね。
それに石上くんのことをよく見ている。
靴なんて、意識しないと見ないものです。
それに気づいているということはそれだけ見ているということ。
本当にいい関係を築いていていますね。
じゃあ次は私ですね。石上くんにはこれを…」
そう言って、私はプレゼントを出す。
「えっ!スーファミミニ!?四宮先輩がゲームを僕に?」
「ちゃんと調べたのよ、石上くんが好きそうでまだ持ってないもの。試験も頑張ったからご褒美。適度に息抜きなさい」
「普通に嬉しいー…」
そうして石上くんは喜んでくれている。
藤原さんはどこかそわそわしている。
「藤原さんにはこれ」
「クルーズレストランの招待券!?でも、かぐやさん…」
「元々それにしようって決めていたのよ。最近は二人で何かする事も無かったですしね、一緒に行きませんか?」
「こういう事!私を大事にしてくれるっていう気持ち!」
今にも泣き出しそうな顔で藤原さんは言う。
喜んでくれているみたいですね。
よかったです。
「で、最後は僕ですか。それじゃあ、まずは優に。ちょっと四宮先輩とネタ被りしてそうだけど」
そう言って、鳴山くんは石上くんに紙袋を渡す。
石上くんはそれを見ると驚愕の顔をする。
「こ、これは!ゲームボーイアドバンスの新品!えっ、嘘、まじ?」
「ハッハッハ、凄いだろう。因みにソフトも20個位入れてるだろ。まぁ、流石にそっちに関しては全部が全部新品って訳にはいかなかったけど」
「いやいやいやいや。これはヤバいだろ」
「……石上。それが何かのゲーム機であるのは分かるがどういうものなんだ?」
「これはDSよりも前の携帯ゲーム機で既に生産が終わってる商品なんですよ。20年ぐらい前のもので新品のものだとそれなりに値が張ります」
「そうなのか」
私も知りませんでした。
元々、ゲームに関しては殆ど知らなかったですけどそんなのもあるんですね。
「うわ、どうしよ。これ開けるのもったいない気がする」
「単純にコレクションとしてもいいしな。その辺はお前に任せるよ」
「わ、私にはどんなプレゼントを?」
「これです」
そうして藤原さんに渡したのは、
「綺麗なプリザーブドフラワー……!」
「色々と考えたんですけど、やっぱり藤原先輩には花を贈りたいなって思ったので」
鳴山くんは口の所に握りこぶしを置いて、照れた様子で目線を反らしていました。
プリザーブドフラワーにしているのは、色々な色のガーベラ。
赤にピンク、白に黄色。
今まで私もいくつかプリザーブドフラワーを貰ったことがありますが、流石にプロには少し劣るようではありますが、傍目から見れば大差なんてないでしょうね。
普通の店ではこのクオリティーは出来ないでしょうから、これは彼自身がやったのでしょうね。
本当に器用ですね。
「嬉しいです!」
「それなら良かったです」
「僕からはこれを…」
石上くんはcorianderと書かれた箱を取り出す。
「藤原先輩が喜ぶのはこういうのって分かってますよ」
「分かられちゃってるぅ~~っ!」
藤原さんは今にも泣き出しそうな顔になって言う。
「皆ありがとう。ごめんね変な茶々入貯金れて……。本当は全部嬉しいよ~」
「で…、藤原から石上には何も用意してないなんて事は…」
「そんな訳ないじゃないですか!はい!ブタさんの貯金箱!」
「真面目に悩んだのが馬鹿らしくなるじゃないですか」
***
夜。
私と藤原さんはとあるホテルの個室でディナーを食べていた。
「それにしても良かったですか?私よりも鳴山くんの方が良かったじゃないんですか?」
「今日はかぐやさんとゆっくりディナーを楽しみたかったんですよ」
藤原さんは美味しそうにお肉を食べながら、笑顔でそう言った。
この話は誕生日の3日前にお願いされた。
誕生日に一緒にディナーを行きませんか?と。
私はそれに驚きながらもOKした。
「美味しいですね、かぐやさん」
「そうですね」
味はまさに一流といった感じですね。
まぁ、藤原さんも総理大臣を輩出している政治家一家の子ども。
食べることも好きな藤原さんですから、こういう店も知っているんでしょうね。
しばらくはお喋りをしながら、食べていましたがある時藤原さんは少し俯くようにして、
「……かぐやさん。私はかぐやさんのことがずっと羨ましかったんですよ」
「!……そうなんですか?」
「一見クールなようで結構ウブで、恥ずかしがり屋さんな所もあって、頭は凄く良いのに結構可愛い所があって……。それでいて、段々と変わっていくかぐやさんが好きで……、羨ましいんですよ」
藤原さんには珍しく、自嘲するような苦笑いを浮かべてそういった。
私は目を見開く。
藤原さんはそんな風に思っていたのかと驚いた。
でも、違う。
羨ましかったのは私の方だ。
私は藤原さんみたいに普通に笑ったり泣いたり叫んだりしたかった。
普通の女の子になりたかった。
私にとっての普通の女の子が、藤原さんだ。
だから、違う。
「どうして急にそんなことを言うんですか?」
「なんででしょうね。いつかは言わないといけないことだからかもしれません」
「言わないといけないこと?」
「意味合いは色々とあるんですけど、あまりポジティブな意味じゃないのは確かです」
藤原さんは笑みを浮かべつつも、どこか悲しそうだった。
この感じ、どこか覚えがあります。
「……鳴山くんと何かあったんですか?」
「彼に影響されて、ていうのはありますけど違います。ただ、私が引っかかって、すっきりしたいだけですよ」
何かがおかしい。
普段の藤原さんならこんなことは言わない。
らしくなさ過ぎる。
まるで、別の人を相手にしているみたいな。
「何か悩み事でもあるんですか?」
「そうですね。白兎くんが中々告白してくれないんですよ!」
「そうではなく!」
「いえ、私の悩み事は白兎くんのことだけですよ。ずっとそのことに悩んでいるんです」
藤原さんは真っ直ぐな目で言う。
確かにそこに嘘偽りは感じられない。
「……彼の何に悩んでいるんですか?」
「彼も大分脈はある筈なんですけど、中々言ってくれなくて。だから、上手くいっているかぐやさんに色々言ってしまうんです」
「別に私だって、順調にいった訳じゃありませんよ」
「知ってます。だからこれは、勝手な嫉妬です」
嫉妬。
藤原さんには似合わないような単語だ。
勿論、藤原さんも普通に嫉妬する人間なのは分かっているけれど。
どうしても、その単語から連想されるドロドロとした感じは似合わない。
どちらかと言えば、ヤキモチというか、カラッとしたようなのが似合うのが藤原さんだ。
「世の中って中々上手くいきませんよね。どうにかしてあげたかったのに、何も出来なかったり、相手のことを想っても、必ずしも報われる訳じゃなかったり」
「それが世の中じゃないですか。上手くいくこともいかないこともどちらも経験するものでしょう」
「そうなんですよね。それらを経験して人は変わっていくんですよね」
藤原さんは飲み物を飲み干す。
「……でも、それで納得出来ないこともありますよね」
***
後日談。というか今回のオチ。
帰りの車に揺られながら、少しだけ話をする。
「かぐやさんは空を跳ぶ兎が居ると言ったら、信じますか?」
「空を跳ぶ兎ですか?」
空を跳ぶ兎。
一年前なら、まず信じなかったでしょうね。
でも、今は鳴山くんの存在もありますし。
「信じる、とは言いませんが、否定する理由もありませんね。世の中にはまだまだ色んな生き物は居ますし、今後の品種改良で生まれる可能性もあります」
「品種改良もそこまでいくと、動物愛護の精神に反しそうな気もしますけどね」
藤原さんは苦笑いをする。
もしかして、
「藤原さんは見たことがあるんですか?」
「……皆には内緒ですよ?2年前の冬の日。車の中に居たら見たんです」
藤原さんは不思議そうな、懐かしむよな顔で言う。
「綺麗な白い毛並みで、ビルからビル跳んでいく可愛らしい兎」
「最初は目を疑いましたし、今でも幻なんじゃないかって思います」
「でも、私はその兎に目を奪われました」
「魅了されたとも言えます」
「もし、もう一度会えるなら、会いたい」
「そう思うほどに」
「ただ綺麗でした」
藤原さんはあくまで不思議そうな顔で、しかしどこかうっとりしたような顔だった。
夜に光に惹かれる蝶のような。
怪しいものに惹かれているように。
どこか危うい感じに。
……今、私の目の前に居るのは本当に藤原さんなんだろうか?
どうにも、違和感しかない。
何かがおかしい。
「って、こんな話信じないですよね」
「確かに不思議な話ではありますが、藤原さんが見たというなら見たんでしょう」
「信じてくれるんですか?」
「ええ。でも、なんで急にそんな話をするんですか?」
彼のことを考えれば、あり得ない話ではない。
しかし、2年前の兎。
白い兎。
鳴山白兎。
彼は2年前の冬にある事件で入院している。
けれど、その事件は不可解な点が多く、今も迷宮入りしているという。
彼の職業。
ここに全く繋がりがないとは考えづらい。
もしかしたら、その兎は……。
だとするなら。
「そうですね。……夕食の時と一緒で、言い残しというか言い忘れみたいなものをなくしたいんですよ」
「言い忘れって、なんですか?まるでもうすぐお別れみたいに」
「だって、かぐやさん。半年後には会長と海外じゃないですか」
「!……藤原さんに言いましたっけ?」
「言わなくても分かりますよ。これでも、白兎を見てきましたから」
「はぁ、彼からの悪い影響ね」
本当に。
察しが良いのは悪いことじゃないですけど、なんでも見抜かれるのは気分が悪い。
……ただ私が本当に海外に行く訳ではないけれど。
しかし、そうして動いていたのも事実。
彼の場合、それを悪用はあまりしないから問題にならないけれど、それでも気になるのよね。
藤原さんも、その鈍さ、実際はバレていましたけど、が良い所でもあったからそこがなくなるのはなんだか微妙な気分になるわね。
それに……。
「それは言い残しになるものなんですか?」
「はい!私にとっては、大事な、とても大事なものなんです!」
藤原さんはここで、弾けるような、それでいて大切そうな笑顔を浮かべた。
……本当に大切なのね。
「もしかしたら、その兎にはもう会っているかもしれませんね」
藤原さんはいい笑顔で言う。
「そうでしょうね」
それは確信している声だった。
次回最終回。
大晦日に投稿するよ。
PS.間違えて番外編投稿しちゃったけど内容は全て忘れてね。