鳴山白兎、つまり僕は現在神である。
秀知院学園の神様。
幸運の神であり、呪いの神である。
しかし、単純に秀知院学園を治めるとはいっても知識面での不足がある。
怪異的な知識という面ではなく、神様として統治するための知識。
あるいは心構えか。
八百万も神はいて、それぞれで在り方は違う。
人とどう関わるかどうしたいのかも違ってくる。
それでも、経験者からそれを聞くのは間違いではないだろう。
これから先をどう進むのか。
何をもって進むのか。
まぁ、僕が一人で治めるんじゃないんだけど。
あいつと一緒に進むんだけど。
***
春休み初日。
僕は引っ越しの準備をある程度整え終えた後、飛行機に乗って千花と共にある街を目指していた。
目的は新人研修である。
いや、この場合は新神研修が正しいか。
兎も角、今月の始め頃、神様になった僕、鳴山白兎と藤原千花は神様として統治するのにあたって学ぶべきことを神になった人に教わりに行くことになった。
本来は臥煙さんによる指導になるらしいが、あの人も玉枝によって行動不能になっていた期間に溜まった仕事を片付ける為に時間が取れず、元神様の撫子はまずそういうことを学ばずに君臨していたので教えられないという理由もある。
因みにある街とは、かつて撫子が住んでいた街らしい。
地味に怖いと思う。
「それにしても、よく家の許可が取れましたね」
「大変でしたよ。理由が理由なだけにそのまま説明なんて出来ませんし、あんまりにぼかした説明じゃ不純なことじゃないかって疑われますし。最終的に友達との旅行で誤魔化しましたけど」
「まぁ、そうですよね」
普通の家庭はそうだ。
きちんとした理由があるなら兎も角、訳の分からない理由で夜に帰ってこないなど許さないだろう。
大事な娘なら尚更。
まぁ、家の方針次第ではあるけど。
優の家みたいに放任している所も、ミコの家みたいにそもそも親が中々家に居ないという所もある。
けれど、それはけして子どもに愛情がない訳ではない。
子どもがそれを正しく汲み取れるかはまた別の話だけれど。
「そういう白兎くんのおうちはどうなんですか?」
「まぁ、うちに関しては主に
「それは普通に仲が悪いんじゃないですか?」
千花は疑問に満ちた表情で言う。
今の言葉だとそう思うか。
「あの事件がありましたから。結局、事件の真相も世間的には解明されていない。でも、どういう人が被害者になったかは伝えられてますから。それなのに僕が何も言わないから、両親が距離のとり方が分からなくなったんですよ」
「……そういうことですか」
「まぁ、そういう話はここまでにして。新しいTRPGのシナリオでも考えません?」
「白兎くんが言い出したんじゃないですか。別にいいですけど。因みにどんな話ですか?」
「聖杯戦争」
「なんか、危険そうなシナリオですね……。色んな意味で」
***
飛行機が着き、電車に乗ること30分。
僕たちはその街に到着した。
「いやー、大分時間がかかりましたね」
「でも、ここからも長いですよ。あの山を登るんですから」
僕は山を指す。
その山にはとある神社がある。
その名も北白蛇神社。
長らく空位であり、一時期千石撫子が君臨していた神社。
現在は、迷子のカタツムリの少女が治めている神社だ。
と、そんな風に思った所で千花は面倒くさそうな顔をして、
「グェーー。あそこまで歩いてですか?」
「良いんじゃないですか?良い運動になりますよ」
「でもー…」
千花は乗り気ではないらしい。
流石に都会っ子。
というか、自分に甘い。
なんというか、ダイエットというのに電動自転車に乗ってそうというか。
仕方ないな。
「分かりましたよ。そんなに言うなら山の麓まで歩きましょう。その後はお姫様抱っこで運んであげますよ」
「さぁ、行きましょう!」
「調子良いな」
すぐに元気に歩きだした千花に呆れながらも僕も後に続く。
「それにしても、結構普通の街だな」
「どんな街を想像してたんですか?」
「なんというか、ただのドーナツ店に行くまでに荒野みたいな道を歩くような街ですかね」
「それは街って言うんですか?」
言わないね。
確実に。
でも、何かそんな感じがしたんだよな。
「そう言えば、千石さんって昔、神だったんですよね?どんな神だったか聞いてます?」
「ああー……。まぁ、あいつの黒歴史にも絡むことだからあまり言えないんだけど、神の座から降ろされたってことからね……」
「そんなにヤバかったんですか?」
「う~~ん。全体としてはそうでもなかったみたいだけど……、元々の原因に痴情のもつれがあって、更にそこに別のもつれが絡み合って、解決したみたいだよ」
「なんかドロドロしてそうですね」
「まぁ、僕たちに言えたことじゃないね。最初から最後まで拗れた恋愛だったし」
なんなら、オチのついた現在でも拗れてるし。
本当にヤレヤレといった感じだ。
そんなだからお気に入りが減るんだよ。
「それはまた別件だと思うんですけど」
「いや、ちょっと補足入れたらまぁまぁ減ったのが大分堪えたらしいから、言わせておいて」
「はぁ、ここじゃなくてあとがきに話してほしいですね」
全くだ。
***
そんなこんなを話しつつ、山の麓まで来た。
そして、約束通りに千花をお姫様抱っこし、思い切りジャンプした。
「ちょっと!」
千花から何やら抗議の声が上がっているようだが、全力で無視する。
そもそもでいくら田舎の方に入る街とは言っても、人の通りはある。
そんな中でお姫様抱っこで山なんて登ろうものなら、SNSで拡散されたりで身バレしそうだし、それ以上にクソ恥ずかしい。
それは嫌だ。
ならどうするか?
最短時間で移動すればいいのだ。
という訳で、山門近くで着地する。
「最初からそのつもりだったんですか?」
「睨まないで下さいよ。可愛いだけですから」
「可愛いって言えば許されるとか思ってません!?」
「ないですよ~~。思ったことを言ってるだけですし~~、千花が可愛いだけじゃないですか~~」
「むぅぅぅ~。バカバカ」
そうして、千花は顔を赤くして胸を辺り叩かれる。
いや~、可愛い。
「ええと、何をしているんですか?」
ふと、上の方を見るとそこには大きなバッグを背負った、子どもらしい姿をした神様が既に居た。
「何って、イチャついてるだけだよ?」
「簡単に認めないで下さい…!こっちが恥ずかしいです!」
***
と、そうした対面を迎えた僕たちとこの神社の神様は本殿の方で全員正座で座った。
「という訳で初めまして。鳴山白兎と言います」
「私は藤原千花です」
「私は
うわ、斧乃木か……。
嫌だな、あいつ情報なの。
絶対、碌な情報が回っていないじゃん。
「あの、私はその斧乃木さんを知らないですけど、どういう人なんですか?」
「いや、あいつは人じゃなくて死体人形の付喪神だよ。無表情の超イラッとくる少女の怪異」
「白兎くんが珍しく刺々しく言いますね」
「いや、中3の頃にちょっと色々とね」
「斧乃木さんは結構シビアな言い方をしますからね」
八九寺という神様は正座がきつかったのかすぐに足を崩して話す。
ふむ。
神様にしては、かなりユーモアがあるというか軽い感じだ。
威厳のあるタイプではないが、子ども故の明るさが神としての適性があるということかもしれない。
「ええと、そちらの鳴山さんはやりたい放題した末に二股して神様になったと聞きました」
「やっぱ、ろくでもねぇ!しかも、あながちそんなに間違ってないのが死にたい!」
「それで藤原さんはその彼女で、千石さんと同じ感じでご活躍なされたと聞いています」
「いやいや。撫子とはケースやら被害状況の前提が違いますから」
一応は神様だし、実年齢を換算すると年上そうなので口調は気をつける。
まぁ、怪異に、しかも幽霊に年齢の蓄積という概念はないだろうから11歳は11歳のままではあるんだろうけど。
「千石さんのことを名前で呼んでるんですね」
「まぁ、よく仕事を一緒にするビジネスパートナーですから」
ここ最近は見てないけど。
なんというか、今回の件で有用性の高さが際立ち過ぎて大出世したって話だし。
コンビ解消とかにもなりそうなんだよな。
まぁ、あいつの方が才能があったから当たり前だけど。
「彼女さんとしてはどうなんですか?」
「正直、思う所はありますけど、白兎くんはたらしな所もありますし仕方ないと思ってます」
「いや、たらしじゃないよ。撫子だってあれ、話が合うだけで仲良いだけで異性としてはこれっぽちも意識してないし、されてないよ」
「そんなこと言って、早坂さんだってたらしてじゃないですか!」
「いや、早坂先輩もあれ、男との関係慣れしていないからそれっぽくなっただけで、ちょっと違ったら白銀先輩相手にでも似たような感じになってましたよアレ」
「というか、一番に私と鬼ヶ崎ちゃんをたらしこんだじゃないですか!」
「むしろ、僕がたらしこまれたんですよ!」
「いや、私達の方が先に惚れてるんですから、やっぱりたらしこんだのは白兎くんですよ!」
「美青は兎も角、千花に関しては僕そんなに関わってないじゃないですか!」
「白兎くんが魅力的なのが悪いんです!」
「うわー!僕も何回か使ったけど、実際に自分に使われると照れる!」
「あのー……、その喧嘩に見せかけたイチャつきはそろそろ止めて貰えませんか?阿良々木さんと忍さんのそれよりも糖度が高くて、見てて恥ずかしいんですけど」
小学生神は恥ずかしそうに視線を反らしていた。
何故だろうか。
頬を指で突き合いしている程度なら、そこまでじゃないと思うのだけれど。
「恥はないんですか?」
「ありますよ。ただ、僕の場合は人のイチャイチャしている姿が好きな時点で自分がいちゃつくのが嫌な訳がないということであんまり躊躇わないだけですよ。まぁ、変に広めたりしない人限定ですけど」
「私は特に意識してないです」
「なんというか、凄まじいカップルですね…」
小学生に呆れられてる。
なんか、それはそれで心にクるけど、まぁ気にしないようにしよう。
別に千花とそういう風に見られるのが嫌な訳じゃないし。
「はいはい、それじゃあ講習を始めますよ」
***
と、そんな感じでスタートした講習だが、進み自体は順調だった。
まぁ、僕も千花も怪異の知識はかなりあるし、そもそもで僕は専門家だし、個人的には復習に近い感じではあった。
「私からの講習は大体こんなものですかね」
「ありがとうございます」
「疲れましたよ~。肩が凝っちゃいます」
千花は怠そうに伸びをする。
まぁ、しばらく正座で話していたから、確かに疲れもするか。
「そろそろもう一人の講師が来るので、それまでくつろいでいて下さい。私はちょっと日課に行ってきますので」
「分かりました」
そう言って、八九寺ちゃんは出ていった。
千花はグデーと背中を床に付けて、ゴロッとする。
「くつろいで良いって言ってましたけど、流石にゴロッとしちゃ駄目だと思いますよ」
「足が痺れちゃいました。だから、仕方がないんです」
「いやいや駄目ですよ」
「ていうか、白兎くんは余裕そうですね」
「まぁ、こういうのには慣れていまして。多分四宮先輩も慣れてると思いますよ」
「かぐやさん、茶道もやってますからね。白兎くんもやってるんですか?」
「いや、正座で時間を忘れて、思考するときがありますから」
「お坊さんみたいですね」
「職種が違いますって。……で、そこに居る奴は一体いつまで見てるつもり?」
「あらあら気づかれましたか」
変に男っぽい声をしていたそいつは一言で言うなら黒だった。
全てを飲み込みそうな黒。
どこか見覚えがあるようで、その実まるで違ったもの。
その人物は学ランに真っ黒な手袋をしていて、男のようだが果たして本当に男であるかどうかは疑わしかった。
印象が意図的にずらされてそうだ。
千花も起き上がって、眉をひそめている。
「こんにちわ。僕は忍野扇って言うんだよ」
「はぁ……」
「つれないね。さっきまで随分とイチャイチャしていたようだったじゃないか」
「見世物じゃないですよ。……講師の方ですか?」
「そうだよ。よろしくね」
どことなく軽薄そうで馴れ馴れしい。
なにより胡散臭い。
「なんだい、僕はただフレンドリーに接しようとしているのに、随分と睨んでくるじゃないか」
「臥煙さん以上の胡散臭さを出しておいて何を言うんですか?フレンドリーと言うなら、さっきの八九寺ちゃんみたいな感じにしてから言ってください」
「これは手厳しい。あの小学生らしい天真爛漫さを要求されても困るよ」
「そりゃあそうですよね。あなた、青少年の闇って感じですし」
僕がそう言うと、忍野扇は驚きつつも、不気味な笑みを浮かべると、
「なるほどなるほど。流石に臥煙さんが重用する高校生なだけはあるね。会って数分で僕のことをよく捉えている」
「まぁ、あなたがどういう怪異であるかを突き止めても仕方ないので、講習内容に入って下さい」
「そして、その割に深くはこだわらないと。中々とユニークな個性だ」
忍野扇はうんうんと頷き、
「いいでしょう。では、今回は思考実験として
妖魔令。
妖しい謝りと誤りの絶対命令。
***
その人が語ったことは、実際に妖魔令を使役した女子高生の受験生の話だった。
それも2年前の話になるようだけれど。
内容自体はそこまで長くはならなかったが、しかし、少し考えさられる話ではあった。
「さて、この話を聞いて君たちはどう思ったかな?」
「どっちから話します?」
「千花からどうぞ」
もう少し、思考を深めたいし。
「そうですね……。私にはよく分からない話ではあります。私が受験したのなんて幼稚園の時位ですし。音楽コンクールの時もそういうのには無縁でしたし。私はその人にとって恨めしかった側の人なんでしょうね。ですから、何か言える訳ではないですけど、でも、結局は動かなければ変わらないというのは揺るがざる事実だとは思います。諦めればそれまでですし。ありきたりに努力するしかないとかそういうことしか言えなさそうですね」
「確かに成功者の意見と言った感じだね。自分の道を迷わずに進める人とも言えますね。本来、そういう人は怪異とは無縁の筈なのにこうして関わっているのは興味深い所ではありますが。それでは、本命の兎くんに話して貰いますか」
「そうですね」
僕は数瞬、出だしに迷ったが。
「まぁ、隣の芝生は青いんじゃないですか」
「いきなり、酷いですね」
「だって、その通りじゃないですか。結局、それは私には出来ないことだって諦めちゃってる訳ですし。経験はただ経験としてあるだけでは役に立たなくて、そこからどのように活用するか、利用するかが肝でしょうに。実際、本心からキツイ状態だったのは確かだとは思いますけど、それは相手の人生を滅茶苦茶にしていい理由にはならないでしょう。まして、関係のない人を巻き込んでいい理由には」
「どこかの巨乳先輩に聴かせたい言葉だね。でも、そういう君だってそうなんじゃないのかい?他人の人生を滅茶苦茶にして、奪ってきたんじゃないのかい?」
「ええ、そうですよ。だから、止めるんじゃないですか。他の人が同じ過ちを犯さない為に。僕が専門家としてしてきたことはそいうことですよ。取り返しのつく範囲までで被害を収めて、加害者も被害者もどちらも進めるようにする。それが僕のスタンスです。これは専門家だろうが神様だろうが変えるつもりはないです」
「成程、だけれど、もし、どうしようもない位取り返しのつかない状態ならどうする?」
「その時は被害が最小限になるようにします。どういう手段を講じることになっても」
「それを真っ直ぐに言い切るのか。成程、これは容易には切り崩せない。専門家としては中々と有用な人材だね」
忍野扇は納得したように胡散臭い笑みを浮かべている。
ふと、千花の方を見ると、少し思いつめたような表情をしている。
……まぁ、『専門家として』のスタンスは語ったけれど、『普通の高校生として』のスタンスはまた別にあるからな。
「しかし、その強さは弱さにもなり得ますよ」
「でしょうね。その時は千花に任せますよ」
「わ、私ですか?」
「元々、2柱の神を据えるっていうのはそういう時の為にあるんですよ」
それも一概には言えないが。
三位一体という言葉もあるし、安定したバランスにするためには色々な調整が必要だ。
「多分、アレも闇にばかり引きずり込むタイプだし、それだけじゃ上手く回らないんだよ」
「確かにその通りですが、初対面でそこまでいいますか」
「だって、Mっ気ありそうですし」
「偏見ですよ」
おや、これはどうやらマジの怒りらしい。
まぁ、性癖云々は流石に地雷か。
そこから、いくつかの事例でディスカッションを行い、講義は終了した。
「それじゃあ、その、……」
「僕はちょっと山を見て回るから、千花は寺の中に居て大丈夫ですよ」
「分かりました」
普段なら、僕に付いてくるとか言うがまぁ、何も言うまい。
ぶっちゃけ、僕のこれも半分位その為の理由づくりに過ぎない。
もう半分は純粋に山を見たいからだ。
霊的にはもちろん、普通の山の空気を楽しみたかった。
外に出ると、もうすぐ日が沈みそうだった。
あんまり長居は出来ない。
「随分と綺麗だな」
「そうでしょう。これも八九寺真宵神がこの山を正常化した成果なんですよ」
と、山を歩いていると隣に忍野扇が居た。
凄い嫌だ。
「なんでお前と山を眺めないといけないんだ」
「そんなに露骨に嫌わないで下さいよ。僕の何がそんなに気に食わないんですか?」
「僕って、自分の内側に勝手に踏み込まれるの嫌いなんですよね。そうゆう所、僕の裏面を覗いているようで気持ち悪いんですよ」
「思った以上に高い能力ですね」
忍野扇はにやりと笑う。
それが凄く気持ち悪い。
見てもいない深淵に覗かれている気分だ。
「お前は何を見ている?」
「私は何も見ていませんよ。あなたが見ているんです、鳴山くん。あなたの裏面をね」
そんなお決まりの文句みたいなことを言って、雑談ですと切り出す。
「あなたは藤原千花さんとの関係があのまま続くと思っていますか?」
僕はその言葉に眉をひそめる。
忍野扇が僕に関して、どの位の情報を抱えているかは知らない。
けれど、この質問は確実に僕の深い所に食い込んでいる。
つまりは
僕の裏面、あるいは闇を側面にしているのか。
「……僕にどうこう出来ることじゃ、ないですよ」
「それは責任逃れじゃないですか?相手に責任を押し付けるのはアンフェアですね」
忍野扇はニヤニヤしながら、愉快そうに言う。
一方、僕は凄い苦々しい表情をしていただろう。
痛い所を突かれた。
「今のあなたと藤原千花との関係は、はっきり言えば共依存です。それを続けるのは今は良くても、将来的には破綻します。それが人間関係的になのか社会的になのかはまた別の話になりますが。ですが、そのどちらでもお互いにとっての利点なんてないでしょう。ただ崩れる。千石ちゃんが可愛いを続けたままでは破綻していたように。そして、あなたはそれを自覚しているのにそれが出来ない。それは愚かですよね」
確かにその通りだ。
ここ数週間でもよく感じていた。
この関係は無理があると。
でも、取り敢えず、
「他人がどうこう言うな。これは僕と美青と千花の問題であって、他の人が簡単に立ち入っていい領分じゃないんだよ」
「刺々しいですね。嫌悪感丸出し。あなた、普段から他人に対してこんななんですか?」
「うんな訳ねぇだろ!普段は穏やかで通ってるよ」
「絶対に穏やかじゃないでしょ。なんというか、逆撫子を連想するよ」
「同僚だから似てきたかなあーん!」
「本格的に逆撫子じゃないか」
「まぁ、冗談はこれまでにして。僕と千花の関係はそんな簡単に割り切れるようなものじゃないんですよ。互いに呪った仲ですから」
近くで聞いていることも分かった上で僕は話す。
「どういうことですか?」
「だから、本当は僕が千花に離れて欲しくなかったんですよ。お見舞いに来てくれた時の言葉も許す意味なんてない。千花にまた僕を呪わせるように誘導した呪いの言葉なんですよ。大切なものを離したくなかった。それはもう耐えられなかったから。色々と言いはしても、本当はそれを一番望んでいたのは紛れもない僕自身で、だからこそ、僕はそれを変えたくない」
それは身勝手な僕自身の願望だ。
愚かにも程がある願いだ。
元々はあの時の喧嘩で明確にフッて、さっさと思い出になるのが正しい選択だった。
千花はああいう人だから、きちんと清算が終わればちゃんと次の恋にいけて、僕よりもよっぽど良い人と付き合えるだろう。
あるいは僕が消えたとしても、しばらくは意気消沈しても支えになってくれる人は沢山いるから、どうにでもなった。
でも、僕がそれで満足出来なかった。
もっと千花と近くに居たかった。
満足出来ずに、だからこそ重荷になるような
そういう一面があるから、僕は僕のことが嫌いだ。
「でも、ワガママを押し通したからにはいつまでだってそれを押し通しますよ。だって、自分で分かった上で選んだことだから。最低でもクズでも破綻することになっても後悔しても」
僕自身の為に。
「融通の効かない頑固な人ですね。私は嫌いじゃありませんけど」
忍野扇は呆れたような口調で肩を竦めた。
***
夜。
「ええ~~~」
千花の叫び声がホテルに響き渡る。
正直、静かにしろとも言いたいが、叫びたい気持ちは本当に分かるのでスルーする。
まぁ、要するに、
「なんで同じ部屋なんですか!」
「臥煙さんが間違えて、一部屋しか頼まなかったみたいですね」
「間違いじゃ、許されませんよ!」
いやいや全くその通りだけれど、しかし、わざとなのであった。
撫子の時もそうだった。
なんだろう?
あの人は僕に何を期待してるんだろう?
視聴者サービス?
「まぁ、仕方ないじゃないですか。一緒に泊まりましょう」
「ていうか、なんで白兎くんは冷静なんですか!」
「焦ってる人がいると逆に冷静になるんですよ」
嘘である。
実際は、撫子で一回経験しているからだ。
しかし、それは千花にしても美青にしても伝えたら碌なことににならないことがよく分かっているので言わないが。
「それにその、そういうのは色々と…」
「心配しなくても、煽らなきゃ手は出しませんよ」
「それもそれでなんですけど!」
そういう風に顔を赤くしながらも付いてくる。
……さて、僕はこの可愛い生物相手にどのくらい持ち堪えられるだろう。
とか考えながらも部屋に着き、荷物を用意した後、それぞれで集団浴場に向かった。
「プファ~~~~」
湯に浸かる。
今日はエラく消耗した。
それもこれも、あの忍野扇とかいう奴の性だ。
臥煙さんも臥煙さんでそれなりだが、あいつはそれ以上に拒否反応が出てしまった。
そこら辺、前ならもう少し抑えられたとも思うのだけれど。
やっぱり、何事も連動してるな。
元々、長湯をするタイプではない為、それなりに早く湯を上がり、部屋に備え付けてあった浴衣に着替えて、部屋でテレビを見ながらフルーツ牛乳を飲む。
どうせなら、マッサージがあると良さそうだと思った。
そうして、ゆったりしていた所、
「いい湯でした~」
と、部屋に入るまでのあれやこれやはなんだったのかと思わせるほどにゆったりとした浴衣姿の千花が居た。
可愛い。
「頭、おばあちゃん巻きにしてないですね」
「私にどんな印象を持っているですか」
「いや、そういう巻き方をするよなって」
「偏見ですね」
とは、言うものの、どこか図星のような雰囲気もあった。
個人的にはどちらでも構わないことだけれど。
どっちでも可愛いし。
「それじゃあ、今日は疲れたのでそろそろ寝ますよ」
「えー、お話とかしましょうよ」
「それなら、寝転がりながら、自然と眠るまで」
「分かりました」
そうして、電気を消して、互いのベットに入る。
これで良い。
これなら、変なことも起きないだろう。
目を閉じて、ゆっくりとまどろんできている中で千花は聞く。
「白兎くんは私のことが好きですか?」
「好きですよ。言うまでもなく」
「白兎くんは私に恋人が出来て欲しいんですか?」
「僕は千花に幸せになって欲しいですよ」
「それ、答えになってませんよ?」
「そうですか?」
「恋人が居ることは幸せになることではないですよ」
「でも、千花はその辺を間違えないでしょう」
「どうですかね?」
千花はそう言って、僕のベットの方に入ってきた。
僕は頭をぼぉーとさせたまま、
「何やってるんですか?」
「白兎くんの内側に入りにきました」
「物理的に?」
「どちらともにです。……白兎くんは私が鈍感だと思ってませんか?」
「そんな訳ないじゃないですか」
「だったら、なんで私が聞いているのを知った上であんな話をしたんですか?」
「……鈍感じゃないからですよ」
僕が何を思ったかなんて、僕にもよく分からない。
苦しくて、思いのまま言った言葉だ。
本音なのはそうだけれど。
ただ、自分の感情を吐き出して、言い訳をしたかっただけなのかもしれない。
僕は強い人間じゃない。
どこまでも弱い人間だ。
「白兎くんは本当に甘えるのが下手ですね」
「甘えるようなことじゃないですよ」
相手に甘えちゃいけないことだ、これは。
「白兎くん。私と家族になりましょう」
「……訳が分からないんですけど」
「家族は、寄り添って支える人ですよ。白兎くんに足りないのはそういうのじゃないですか?だから、そういうのを求めたんじゃないんですか?」
「別に全肯定して欲しい訳じゃないですよ」
「別に全肯定なんてしてませんよ」
僕は寝転がり、千花の方を見る。
「ただ、私も白兎くんと同じ気持ちだから」
そうして、苦笑いするような笑みで穏やかに笑った。
それが本当に同じ気持ちであるかは分からない。
けれど、結局いつもの如く、僕はそれに救われる。
本当にこいつらには敵わない。
手を伸ばし、千花のうなじに触れる。
「えっ、はくと……ん」
そして、そのままキスをする。
舌は入れずに、唇を吸い、腰に手をやり抱きしめる。
浴衣だからだろう。
千花の体温をより感じられる。
余計な所を触ったりせず、ただ温もりを感じる。
唇を離すと、千花は物足りなさそうな顔をしている。
「手、出さないんじゃないですか?」
「言いましたよ。煽らなきゃって。心配しなくても今日はキス以上のことなんてしませんよ」
「むぅ」
そういうと、千花はむくれる。
まぁ、そういう雰囲気もあるがそれに流されるのを良しとする訳にもいかない。
せめて、ちゃんと準備がしたい。
それに、
「キスを舐めすぎですよ」
「なんですムッ!」
今度は唇を重ねてすぐに舌を入れる。
舌を絡ませ、歯茎をなぞり、吸って、味わう。
千花からは砂糖のような甘い味がした。
息も出来ない位に貪る。
「ハッ、ン、ファ、んん、ん、あっ」
色っぽい声が上がる。
千花は身体を離そうとするが、僕がキッチリ固定しているため、動けずに僕の口撃を甘じて受けるだけだ。
支配欲と征服欲が満たされて、ついでに性欲が溢れてきたがそこは理性で押さえつける。
そうして、まともに声も出なくなった所で唇を離す。
「ハァハァハァハァ」
千花は全力疾走した後のように息が乱れて、顔を赤くしていた。
ついでに若干浴衣がはだけていた。
「ごめん。でも、千花が悪いから」
僕はそう言って、千花の頭を撫でた後、浴衣を直して抱きしめて眠りに入った。
人肌を感じる眠りは普段よりも心地よかった。
***
後日談。というか、今回のオチ。
「白兎くんのエッチ!ケダモノ!」
朝、目覚めた時は千花が僕の腕で寝ていたのでそれを眺めていたが、千花は起きた途端、飛び退いてさっきのセリフを言った。
いや、まぁ、一切の反論の余地なく僕が悪いのはそうだけれど。
それはそれとして、寝起きは寝起きで可愛いという考えに頭が支配された時点でなんかもう色んな意味で駄目だった。
「そうですか。それじゃあ、これ以降僕は千花にキスしません」
「なんでそうなるんですか!?」
「だって、僕のキスが嫌なんでしょう?」
「そんなこと言ってないじゃないですか!!でも、するならするでもっとちゃんと…!」
と、言い切られる前に一瞬千花の唇を塞ぐ。
「こんな感じに?」
「んん~~~~~!」
千花は顔を真っ赤にした。
本当に可愛いと思う。
「そんなんじゃ、誤魔化されませんからね!」
「大人しく誤魔化されて欲しいですけど」
そう言って、僕は朝食に向かう。
はてさて、この先はハッピーエンドなのかバットエンドなのか。
まぁ、使える手は全部使ってハッピーエンドをもぎ取るとしよう。
それが、普通の高校生としての僕のスタンスだ。
千花のヒロインエピをご所望する。