俺は四宮かぐやを愛している。
それはもうどうしようもなく。
どう表現をしても足りないぐらいに愛している。
永遠の愛などないとしても。
真実の愛はあると信じている。
だけれど、現実はどこまでもそびえ立っている。
四宮家は彼女を実家に連れ戻し。
彼女を縛り上げた。
子どもの力ではどうすることも出来ない壁を築くように。
そして、四宮に別れを告げられた。
それが一番ベターの結論だと。
世の中の人は失恋を繰り返して強くなるのだと。
……それが普通なのだと。
そう、言った。
俺はどうするのが正解なのだろうか。
その答えが分からない。
*****
四宮との通話を終えた生徒会室。
中には四宮以外の生徒会メンバーが揃っていた。
俺は先程の通話の内容を皆に話した。
石上と伊井野は沈み込むように重苦しい表情をして、鳴山と藤原はどういう感情なのか分からない能面のような表情して聞いていた。
俺は話しを続けるごとに情けなさと悔しさが湧き上がる。
だけど、どうしようもない。
所詮、俺はただの子ども。
大人に勝てる余地なんてない。
話し終える頃には悔し涙がでそうになっていた。
「で?」
「は?」
鳴山はあっけからんと疑問の声を出す。
まるで大したことない悩みを聞いたかのように。
「四宮先輩が秀知院学園を辞めて、結婚することになりましたーー。で、それを言って何をして欲しいんですか?」
「何って……。生徒会の仲間だから……言わないと…」
「それに何の意味があるんですか?どうせ、早かれ遅かれで分かることですよ?」
「………」
何も言えなくなる。
確かにこうして話したとして、何が出来るんだ?
何か画期的なアイデアを求めていたのか?
いや、違う。
結局は何も考えつかなくて、悔しくて、それを誰かに吐き出したかっただけだ。
何も出来ない情けない俺が露呈しているだけだ。
そんな俺を鳴山は呆れたような目で見ていた。
「……白銀先輩。僕が前に話したこと、覚えてます?」
「話したこと?」
「その様子だと覚えてなさそうですね……。まぁ、この状況で何も言わないような人が覚えている訳ないですか」
そう言って、鳴山は席を立つ。
別段、話すことなどないと言うように。
「なんていうか、間抜けもいい所ですよね。白銀先輩もそうですし、四宮先輩も。たかだかスキャンダルの一つや二つ握った程度でどうにか出来るなんて考えてたとか浅はか以外の何者でもない」
「!?」
「おい、白兎!」
「事実だよ。大体、将来的に四宮家で高い立ち位置になる?出る杭は打たれるのが目に見えてるよ。そういう所、将来設計がガバガバというか先を全然見透せてないというか」
「白兎!」
「それに四宮先輩も今まで散々と四宮家の力を使ってきたでしょ。今更、私は被害者だーみたいなノリになられても自業自得としか思えないですし」
「白兎、それは言いすぎだぞ!」
「そうよ!」
「言い訳を言うなら、お前らじゃなくて白銀先輩がしなきゃ意味ないだろ。これはお前たちの問題じゃない。白銀先輩と四宮先輩の問題なんだから」
その言葉に石上と伊井野が黙る。
それは鳴山の言葉が正しいからだろう。
反論をするなら、俺の口から言わなくては意味がない。
だが、俺には反論を、いや言い訳を言うことは出来なかった。
だって、鳴山の言う通りだ。
四宮ならなんとかするだろうと勝手な信頼を置いて、具体的な行動を起こしていなかった。
四宮は努力をしていた。
だが、俺は努力らしい努力など出来ていなかった。
四宮の意志を尊重しているようで、責任をあいつに押し付けていた。
二人で考えれば、もっといい方法が浮かんだだろう。
二人で向き合っていれば、もっと良い結末に出来ただろう。
四宮が貶める発言に怒りは感じる。
だが、俺にそんなことを言う資格などない。
「………」
「だんまりですか。まぁ、別にいいですけど」
そう言って、鳴山は生徒会室から出ていった。
誰も言葉を発さない。
藤原も特に何も言わずにお茶を飲んでいる。
「……俺は今日はもう帰るよ…」
「会長……」
石上は何かを言いたそうだったが、結局は何も言わなかった。
きっと慰めの言葉だろう。
しかし、俺にそんなことを言われる資格はない。
何も出来ない俺には。
*****
会長は生徒会室を出ていった。
「それにしても、会長は意気地なしですねー」
「藤原先輩までそういうこと言うんですか?」
「だって、白兎くん。どう見ても会長が啖呵を切るのを待ってましたし。二人も気づいてたんじゃないですか?」
「そりゃあ、まぁ…」
「白兎のことだし……」
そう二人とも気づいている。
白兎くんのあの言葉は本音。
それでも、その本音は相手にぶつかって欲しいというアピールだ。
諦めて欲しいんじゃない。
戦って欲しい。
その為なら、自分が悪役になっても構わない。
そういうことが出来る人。
そういうお節介を焼く人だ。
「本当にそういう所が不器用というか、それがカッコいいとか思ってるのかな」
「いや、あれは天然だよ。天然でああいうことしてるんだよ」
「ふふ」
「?なんですか、藤原先輩?」
「いえ、二人が白兎くんの親友で良かったなって」
二人とも、白兎くんのことをよく分かっている。
彼が求めていたものは確かにある。
それを再認識するのがとても嬉しい。
でも今は
「さて、それじゃあ、二人とも。ちょっと協力してくれませんか?かぐやさんを助ける為に」
「やっぱり、何か計画はしてるんですね」
「白兎だったら、やるわよね」
「ええ。今回もいつものように、です」
二人は顔を見合わせると苦笑いをする。
言わずとも分かっているようだ。
それもそうだろう。
白兎くんには実績がある。
それも無茶苦茶してきた実績が。
それでも、二人は
「「勿論」」
と声を合わせて返事をした。
私はその様子についつい笑みを浮かべてる。
「それじゃあ、ついてきてください」
*****
家に帰り、自室に入って部屋の鍵を閉める。
明かりも点けていないから部屋の中はとても暗い。
ベッドに倒れ込むと、手足が鉛のように重くなった。
体はまるで動かない。
部屋から感じ取れるのは男くさい匂いと……。
僅かにある、甘い匂い。
綺麗に洗濯している筈なのに、僅かにこべりついたこの匂いは……。
「四宮……」
そう、これは四宮の匂い。
ここ数ヶ月の間にそれなりの密度で訪れた、四宮の、匂い。
「うっ、うう……」
口から嗚咽が漏れる。
気づけば、枕は濡れていた。
どうして……。
どうして、こうなってしまう…。
俺はただ四宮と一緒に居たいだけなのに。
でも、その為には深い堀があった。
子どもではどうあっても埋められないものがあって。
それはどれだけ努力しても埋められないもので。
だから、これ以上の答えなんてない。
そう、納得するしかない。
納得するしかない。
納得、するしかない。
……………。
…………。
………。
……。
……納得なんて出来る訳がない。
認められる訳なんてない。
俺が望む結末はそんなのじゃない!
「御行」
ドアが開く音がした。
そこに立っていたのは、親父だった。
「親父……。俺」
「……別に言わなくていいさ。その顔だけ見れば十分だ」
「十分って」
「男の顔になった。覚悟を決めた男にな。その顔になったのなら、この先何があろうが進めるだろう」
親父は俺の顔をまっすぐに見て、そう言った。
安心した様子の親父の表情。
思えば、こんな顔の親父は初めて見たかもしれない。
俺は服を着直し、部屋の外に出る。
「外には出迎えがいるぞ」
「出迎え?」
「行けば分かる」
「?そうか」
玄関の前まで行き、靴を履く。
扉を開ける直前、親父の声がした。
「……御行」
「なんだよ」
「子どもは非力だ。社会的な立場に置いても、経験に置いても、何に置いても大人に勝る子どもなど殆どいない。仮に勝る子どもが居たとしてもそれは親の力ということも多いだろう。だがな」
「子どもは夢を抱くもんだ」
「例えそれが滑稽だろうと、非科学的であろうと、不可能であろうと夢を大声で口に出来るのが子どもだ。そして、親の、大人の仕事はそんな子どもの夢へと続く道を作ってやることだ。だから、大人のことなど気にせずにお前はお前の夢を存分に叫べ。それが子どもの仕事だ」
「……ありがとうな、親父」
「それが親の仕事ってもんだ」
扉を開ける。
そして、俺の夢を口に出す。
「四宮との未来を掴む!」
*****
マンションを出ると、そこにはいつかの時に見た黒塗りの車と
「遅いですよ、白銀先輩」
悪い顔をした、鳴山が立っていた。
*****
「ぶっちゃけた話をしちゃうとですね、1月の早坂先輩の任が解かれるという段階でここまでの展開は予測してたんですよ」
黒塗りの車には、俺と鳴山、早坂に四宮家の三男、四宮雲鷹が乗っている。
行き先は四宮家本家。
そして、その道中で鳴山からの話を聞いているのだが。
「予測してた!?」
「ええ。今の所、外れてる所はないですね」
「そうですね。私も4月頃に今後の予測を鳴山くんに聞いていましたが、概ね当たっていました」
「マジでか……」
俺にとっては予想外の展開だったのだが、こいつにとっては分かりきった結果でしかなかったっていうのか?
なら、
「なら、なんで俺たちにそのことを言わなかった?」
「それはあなた達がとっくに監視されてたからですよ。知らなかったでしょうけど、四宮家に情報を送るスパイはあの学院にはそれなりにいるんですよ」
「なっ!?」
「だから、早坂先輩がどれだけ情報を抑えても、肝心な部分は既に筒抜けだった。ついでに言うなら、早坂先輩を1月時点まで放置していたのは、私達は情報を抑えて、逆に情報を握れていると勘違いさせる為のものだったでしょうね」
その言葉に早坂は苦虫を噛むような顔をしている。
そのことはきっと早坂にとって、辛い現実でもあるのだろう。
「でも、なんでお前はそんなことが分かったんだ?」
「なんでって……。う~~ん。戦う相手のことを信用してないからですかね?まず相手はレギュレーションに沿った戦いなどしない、という前提で相手の思考を読んでいったら、自然とそうなりしたよ」
「………」
「納得出来ません?」
「それはな」
四宮でさえ、想定出来ていないことをさも当然の如く見抜く。
前々から、その片鱗を見せてはいたがやっぱりこいつはおかしい。
「まぁ、だから僕がまず真っ先に取り掛かったのは、そういうスパイ連中の抱き込みだったんですけど」
「抱き込み!?」
「そうですよ。抱き込み、味方につけた。存外、味方につけるのはそんなに苦労はしませんでしたけど」
「……なんで味方に」
「表面上は相手の思惑通りだという風に見せかけないといけませんし、相手側の情報を得る為にもそういうパイプ役が欲しかったっていうのがありますからね。お陰でストーカー連中も一網打尽にさせて貰いましたから、白銀先輩も連れ出せるんですよ。因みにストーカー連中は今頃、パトカーの中です」
「……なんか怖いんだが」
「そうですか?もっと怖いことなんてこの世界いくらでもありますよ?」
あっけからんとそう言い切る鳴山に俺は恐怖を感じていた。
なに、こいつ、怖っ!
人の皮を被った化け物みたいだ。
「それで相手の情報を制限させてから色々とセッティングし終えたから、四宮家に向かってるんですよ」
「色々とは?」
「色々は色々です」
「えー………」
正直、恐怖しか感じないんだが。
「私もその策を初めて聞いたときは正気を疑いましたけど、でもそれを現実にしちゃっているのでもう何も言えません」
「早坂がそういうレベルのことなのか……。だが、それならどうして四宮家に向かっているんだ?」
「僕は単純に話したいなーと思って行くだけですよ。早坂先輩の方は別の目的があるでしょうから、白銀先輩が何かするなら、そっちでしょうね。それじゃあ、僕はその時までちょっと寝かせて貰いますね」
そういうと、鳴山は目を閉じすぐに眠ってしまった。
「はぁ、図太い奴だ。しかし、やったことを考えるなら、これが
「……アンタはなんでこうしてるんだ?」
「これが一番だったからさ。こいつの策に乗ってなきゃ、俺も潰されるからだ」
「………」
雲鷹はそう言ったきり黙った。
何に潰されるかは言っていない。
だが、なんとなく分かる。
「それで御行くん。私達の本家に向かう目的ですが」
「ああ」
「かぐやを連れ出すのが目的です。手筈通りになれば、かぐやは雲鷹さんが保護者であると面目上はなります。しかし、長男や次男が最後の抵抗でかぐやに手を出す流れを防ぐことが目的です」
「なんだか、不穏な話だな」
俺も正面から切った張ったをするとは思わなかったが、全体として見れば大分裏方になりそうだな。
それにしても、ここまでの話を聞いて思うのは、
「早坂、お前は鳴山のことをどう見てるんだ?」
「どうって……、ただのお節介焼きですよ」
「これでただのお節介焼きなのか?俺にはもっと…」
恐ろしいものに見える。
「ああ、そういうことですか」
「?うん?何がだ?」
「いえ。いや、普通にお節介焼きですよ。お節介でそしてそれを貫こうとしている人です」
「どうしてだ?だって、お節介でこんなことをするのは…」
「おかしいですか?」
「……おかしいだろ。ものにも限度がある」
確かに早坂の時、俺は早坂の助けに応じた。
だけど、荷が重いと感じたし、実際に大したことは出来なかった。
今度のことも、もしも俺が部外者だったなら助けたいとは思っても実際にどういう行動を起こせばいいかなんて分からない筈だ。
今の鳴山と同じような行動など、思いついてもやらないだろう。
しかし、早坂は笑う。
「ふふ」
「なにがおかしいんだ?」
「いえ。そうですね、彼はおかしい人です。おかしい人だから彼のことを信用できるんです。きっと、鬼ヶ崎さんも藤原さんもこういうことをする彼だから好きになったんでしょうし、この人ならこうするのだと思っていますよ」
その早坂の目元はどこか羨むような目になっていた。
*****
そうしていると、いつの間にか四宮家の本家に着いていた。
家は何坪あるのかまるで分からないような広さの和の屋敷だ。
「ここが四宮家の本家……」
「四宮かぐやの生まれ育った家です」
「さて、二人は少し伏せていてください。中には僕と雲鷹さんしかいないように見せかけといてください」
「分かった」
そうして、駐車場で止まると外に出ていく。
ここが四宮家の本家だというのに、鳴山は緊張などまるでしていないように歩いていく。
それが何気なく怖い。
「二人が出てから、10分後に出ますよ」
「分かった」
そうして、10分が経ち、二人で周りを確認しながら車の外に出る。
「ここから様々な所に監視カメラがあります。気をつけてください」
「気をつけてと言われてもだな、俺にその手の心得は全くないぞ」
「ともかく、私の指示を聞いていれば大丈夫です」
そう言われて、取り敢えず早坂の後をつけていく。
所々にある監視カメラを早坂の指示で躱していく。
「なんか手慣れてないか早坂?」
「これで四宮かぐやの元近侍ですから。四宮家の近侍にはこの程度が当たり前に求められたんですよ」
「本当に四宮家は……」
「でも、私もかぐやもそんな四宮で過ごしてきました。私もかぐやも多分四宮家の学びというしがらみからは早々には抜け出せない。そのことを好もうと好むまいと一種のアイデンティティになっているから」
「………」
「御行くんにはそのことを忘れられないで欲しいんです」
「どうしてだ?」
「そのときになったら分かりますよ、多分必要なことになりますから」
ドッカーン
そんな会話していたら、巨大な爆発のような音がなる。
「なっ!、なんだ!?」
「しっ!」
早坂に口を塞がれると、横を警備員というには明らかにヤバそうな人達が通り過ぎていく。
そいつらが全員通り抜けた後、早坂が手を離す。
「なんなんだ?」
「分からないですが、まぁ、彼でしょうね」
「おい、それ大丈夫なのか?」
「まぁ、彼なら大丈夫ですよ。だって、鳴山くんですから」
「理由になってなくないか?」
早坂は本当に気にすることなく、進んでいく。
そうして辿り着いた部屋。
「恐らくはここですね」
「……」
そこに着いた時、早坂は一歩足を引いた。
そして、俺に進むように促す。
そうだ。
ここから先は俺と四宮の問題だ。
俺は部屋のドアを開けて、中に入る。
中には月を眺める四宮の姿があった。
「四宮」
「……会長、ですか。どうして、来たんですか?」
その問いかけはまるで責めるような口調だった。
けれど、俺は臆することなく近づく。
「俺には、出来なかったからだ。四宮との未来を諦めることが」
「でも、ここに会長が来てしまったら会長がより傷ついてしまいます。四宮家はそういうことが出来る家です。会長には幸せになって欲しい。好きだから。どうしようもない位に好きだから。でも、私では幸せには出来ないんです。私はどこまでも
それは耐えている声だった。
四宮は、かぐやは苦しんでいるんだ。
悲しんでいるんだ。
辛いんだ。
そんな涙を俺は止めなければいけない。
惚れた女一人の涙も拭えないような男はタマナシと言われたって文句は言えない。
それに、俺は伝えなければいけない。
クサくても、恥ずかしくても、俺自身の確かな気持ちを。
「四宮、去年の秋に生徒会の皆で月見をしたのを覚えているか?」
「……ええ」
「あの時、かぐや姫の話をしたな。そして、俺は確かに言ったぞ俺ならあんな結末にはしないと。かぐや姫の話は別れて終わりだった。
「でも!」
「かぐや、言ってくれ。お前が本当はどうしたいのかを。どうありたいのかを!」
「私、私は……」
「かぐや!」
「会長!」
かぐやは泣きながら俺に抱きつく。
そして、俺はそれを優しく抱きとめる。
「私も一緒に居たい!ずっと、一緒に居たい!離れたくなんかない!」
「俺もだ!絶対に離さない!離したりなんかしない!」
そうして俺たちは抱きしめながら、目を合わせて唇を重ねる。
少しでも相手のことを感じられるように、深く深く。
体だけでなく、心まで感じられるように。
どの位の時間が流れたのか。
一時間のような、10分位のような、あるいは一生分の時間が流れたようにも感じた。
「あの……、感動的な場面なのは分かっていますが、そろそろ移動しないとまずいんですが」
「あ、愛!?あなたも居るの…!?」
「詳しい説明は移動しながらするので、とにかく移動しましょう」
*****
そんな二人が感動的な再会をする数十分前。
僕こと、鳴山白兎は四宮家の長男、四宮黄光と対面していた。
「雲鷹、お前こんな忙しい時に何しに来たんだ?」
「俺もしたくてしてるじゃねぇ。どうせ、俺の頼まれごとはこいつをここに連れてきた段階で終わってる。俺は退出させてもらうぞ」
「それで済む訳がねぇだろ。大体、なんだよこのガキは」
「あらあら、妹の交友関係を探っていたのにその顔は覚えていないとは、所詮は三流の人ですね」
僕のその言葉に黄光は明らかに苛ついた様子でこちらを見る。
僕はというと完全なリラックス。
目上どころか大人として敬うような態度など欠片もない態度でいる。
まぁ、必要性も感じないが。
雲鷹さんはそんな兄貴の言葉も特に気にする様子もなく、外に出る。
正しい判断だ。
「口のききかたがなってねぇな」
「没落する家の当主様に必要なものでもないでしょ?まして、僕はこれからあなたに
「命令?俺をなんだと思ってやがる!今すぐ沈めてやろうか!?」
「だから、没落する家の当主様ですよ。それにあなたに僕を沈めることなんて出来ませんよ」
「ふん、なら教えてやる」
「だって…」
黄光はすぐに携帯を取り出す。
恐らくは部下に指示を出すためであろう。
だが、何の意味もない。
だって、
「
『私は四条の下につかせてもらいます。今までありがとうございます』
「あっ?」
そこで黄光の思考は止まる。
しかし、すぐに次に切り替えたのかまた違う部下に連絡を取る。
けれど、どれにかけても、誰にかけても、返ってくる返事は同じものばかりだ。
そして、その度に明確な苛立ちと焦りが加速していく。
「テメェ等!俺が誰だか分かってんのか!?俺は…」
「何の力もないただの中年、ですよ」
『元・主人です』
冷徹なまでの声が響く。
そこには何の親しみもない、機械的な声。
仕方なく従っていただけの部下の声。
そして、
「ふざけるんじゃねぇぞ」
哀れでちっぽけな中年の声があるだけだ。
「何しやがった!」
「僕はただ新しい就職先を勧めただけですよ。それを選びついて行ったのは本人たちの意志。そして、選ばれなかったのはあなた自身の人望のなさですよ」
「そんな裏切り者など、とうに切り捨てた筈だ!」
「切り捨てるから駄目になるんですよ。人を使うだけ使ってアッサリと捨てる。そんなことを繰り返すような人に人望などない。同じ給料で待遇が良いならそっちを選ぶのは何もおかしくないですよ」
詐欺師に狙われる人とは誰か。
それは、金を持っている人ではなく心に余裕のない人だ。
心に余裕がないから、付け入りやすい。
そして、四宮家で働く人物に余裕がある人物などいない。
人を利用し、簡単に切り捨て、待遇の悪さが明確に現れるような家について心からついていこうとするほど、人はMではない。
だからこそ、手を回すのは簡単だった。
因みに秀知院学園の人には千花に当たってもらった。
千花のあの人脈は中々と侮れない。
詐欺師のやり方を使ってはいるが実際は詐欺でもなんでもない交渉だ。
だから、心を痛める理由もない。
だって、本丸以外は誰一人として損などしないのだから。
「だが、俺がそれに気づかないなんてこと…!それにそんな動きをしているなら、すぐに報告が…!」
「ハッハッハ。こんな手口をするというのに、一番身近な相手を抱き込んでいないとでも?それにですね、例え気づいたとしてもとっくに手遅れでしたよ。関ヶ原の戦いって知ってます?信用の揺れている組織に裏切りの流れを作ってしまえば、簡単に崩れていくんです。そういう意味では、四条家によって見事に揺らされた財閥にそんな流れを作るなんて簡単でしたよ」
「このガキが……!お前自身が偉い訳でもない癖に!」
「ええそうですよ。それが何か?状況打開の為に自分以外の力を貸してもらうのなんて、社会においては常識ですよ。そんな当たり前のことをあなたは学んでいなかった。それが敗因です」
「ッッッ!やれ、こいつを殺せ!」
子どもに手のひらで踊らされたことがそんなに悔しいのか、ボディーガードらしき人物に殺害を命じる。
しかし、こちらとしてはそれは願ったり叶ったりだ。
ボディーガードは拳銃を構え、打つ。
僕は打たれた弾を簡単に掴み、下に落とす。
「は?」
間抜けな声が響く間に、僕はボディーガードの懐まで近づき、鳩尾に一撃を叩き込む。
「グハァ!」
「なっ!?」
強靭なボディーガードが一撃で沈んだことにまだしても驚きが隠せず固まる黄光。
しかし、周りに控えていたボディーガード達はすぐに切り替え、拳銃は跳弾が怖いのか素手で殴りかかってくる。
「さぁ、天下一無双をやるぞ!」
*****
そうして、次々と襲いかかるボディーガード、警備員、その他もろもろを10分ほどで制圧し終える。
刺叉、日本刀、サーベル、薙刀、レイピア、ランス、弓、スタンガン、銃、マシンガン、ピストルなどなど武器の見本市というべき数々の武器に関心を覚えたものだ。
しかし、身体スペックはどれも平常の範疇だった。
こっちは影縫さんみたいなのが来てくれると思ってたのに。
これではっ倒し甲斐がない。
これはどこで影縫さんと組み手をしなければ。
まぁ、あの人相手だとオールを使わなければ、まともな相手にもならないだろうが。
そんな感想を考えながら、黄光に向き直る。
「ヒィッ!」
すっかり怯えきった様子で黄光は僕を見る。
「ば、化け物が…!」
「ええ、化け物ですよ?」
一歩一歩近づく度に、怯えたようにその男は後ろに下がる。
「お、俺は悪くない!四宮家はそういう家なんだ!そうしなきゃ生きていられないんだ!だから…」
「でも、その家は今やこの有様です。そんなもの縛りなんてない。いや、そもそもでそんな縛りは初めからなかったんですよ。……もしもあなたが好きになった女性と添い遂げたかったなら、抗い続ければよかった。自分に出来ることを最大限にやって、家をぶち壊す位の気持ちですればよかった。でも、あなたはそうしなかった。そして、自分が諦めたからと妹にも同じように強要した」
黄光の後ろにはもう壁しかない。
これ以上、逃げることは許さない。
「本当にあなたがそのことを苦しく思っているなら、妹に同じように強要しようなんてするべきじゃなかった。同じことを繰り返すべきじゃなかった。結局は四宮家を否定するようなことを言っても、四宮家なんて箱に執着した」
「ヒィィィ!」
「自分が今までしてきたことの全てがこれからあなたに返ってくるでしょう。それは死ぬよりも辛く苦しいことの連続になる。でも、あなたはそこから逃げてはいけない。逃げれば逃げるほど、苦しみが増すのだから。当然、妹やその周りに手を出せば、より一層、ね。そのことを決して、忘れてはいけないですよ?」
黄光の額に指を置く。
黄光は恐怖が遂に頂点にまで登ったのか、失禁しながら失神してしまった。
しかし、体は既に呪いを得た。
これで僕の仕事は後一つだ。
「さて。取り敢えず、あっ、もしもし?小島先輩?」
*****
兄の運転する車がサービスエリアに停まっている。
兄はどこからかと電話をしており、会長も愛も寝ている。
あの兄はこのように手を貸すなどとは思いもしなかった。
しかも、自分で運転するなんて。
話のあらましは会長と愛に聞いたけれど、それでも信じられない気持ちが強い。
兄は電話を終えると、端的に事実を伝えた。
四宮家の長男、黄光は捕まった、と。
そして、四宮家は事実上の壊滅状態になった、と。
つまりは、もう私が「四宮かぐや」ではなくなったのだという、事実だった。
実感は沸かない。
沸くわけもない。
自分の知らない間に事態は終結し、解決していた。
自分のことなのに、自分は何もしていない。
そのことに何の不満も抱かないということはなかった。
「お兄様はどうするんですか?」
「俺の派閥はあいつが交渉を持ちかけた段階で、四宮家から離脱した。大幅な弱体化を受けることになったが、四宮家として纏めて潰されるよりはマシな結果だ。俺は俺のやり方でまた派閥を広げる」
「そうですか」
「だから、俺はこれから忙しくなる。青臭い未成年の面倒など見れられん」
その言葉の意味することは私は完全に自由になったということだ。
何のしがらみもない。
だけれど、私はそれをあっさりと受け入れていいのか。
こんなことを安易に信じて良いのか分からない。
「……かぐや、お前はアホになった。子どもっぽくなり、感情的になり、まるでそこいらにいるガキと同じだ」
「………」
「俺は今更そんなものを必要とはせん。だが、お前はアホになったのだから、一々疑う必要もないだろう」
「……どういう意味ですか?」
「お前がアホになったから、お前は今ここにいるってことだ」
アホになったから、ここに居る。
四宮家にとってのアホとは、他人を信じること。
他人に優しくすること。
そうだ。
四宮家にとってのアホとは、会長のような人のことを言うのだ。
つまり、私はそういう人になれたと、少なくともこの人には見えたということだろうか。
そして、それが私を救ったのだとこの人には見えたのだろうか。
本当の所は分からない。
けれど、確かにそう思うことが一番幸せだろう。
それにしても、
「お兄様がそういうことを言うと思いませんでした」
「どうせ、これが俺たちの最後の会話だ。口を滑らそうが構いやしない」
「……そうですね」
言う通り、きっと私達は会うことはない。
兄は仕事が忙しくなるだろうし、既に兄にとって私の利用価値はない。
だから、きっとこれで終わり。
………。
終わりなのなら、私も少し口を滑らそう。
「お兄様、私に色々教えてくださりありがとうございました」
「ふん」
不快そうに鼻を鳴らし、しかし、それ以上は何も言わなかった。
と、ここで再び兄の電話が鳴る。
「なんだ、は?」
滅多に聞かない兄が素で驚いたような声。
「親父が回復した!?」
「はい?」
*****
後日談。
生徒会メンバーと私達の友人達が会長、いや御行さんと私の見送りに来ている。
「がぐやざーん。ええんーーー!」
「もう藤原さん、これじゃあ、行けないですよ」
「いがなぐでいいでずー!がいぢょうにまがぜられないでずー!」
「おい」
藤原さんが号泣してしまって大変だ。
その他にも色々な友人とお別れの挨拶をする。
「四宮さん、あっちでも元気でね」
「伯母様、今度遊びに行くから美味しい紅茶の用意をしときなさい」
「かぐや、何かあったらいつでも言っていいから」
本当にいい友人に囲まれたものだ。
会長も一人一人と挨拶を交わしている。
その様子を見ている内、私はあの日のことを思い出す。
会長達が私を助けに来た日。
お父様が目覚めたという報を聞き、すぐに病院へと向かった。
そこには意識のはっきりした四宮雁庵その人が居た。
ことの結末を聞いたお父様は、そうかと、ただ納得した様子だけを見せていた。
そして、お兄様と私にそれぞれ話をした。
四宮家当主としてではない、ただの親子としての話を。
そこで具体的に何を話したかは御行さんにも内緒だ。
お父様は意識は回復したとはいえ、未だ安静を保たなかればいけない状態である為、逮捕という風になっていない。
いつかはその罪を償う時がくるらしいがそれはまだ先らしい。
「結局、お父様が回復したのはあなたの差し金よね」
「ちょっと待って下さい」
いい加減離れない藤原さんを引き離そうとしている鳴山くん。
私がこうして会長と飛行機に乗れるのも、私が取り下げた受験を校長に頼み裏で継続させ、私がアメリカで生活出来るだけの資金を提供した彼が居るからだ。
そんな彼は、
『きっちりと利子8%つけるんで、返してくださいよ』
と、言っている。
流石にお節介すぎて引いたが、ありがたいのは確かなので大人しく受け取った。
こうして、彼を信頼できるようになったのも変化の一つなのかもしれない。
藤原さんを引き離し終えた彼は雑談のように言う。
「別に何もしてないですよ。ただ…、そうですね。こんな一説があります。曰く、月の兎がついているのは餅ではなく薬草であると。つまり、薬を作っていたとする説があるんですよ。まぁ、薬も毒も紙一重。そうなったことが薬なのか毒なのかは僕の与り知る所ではないですね」
「そう」
恩に着せることはしない。
ただ、自分がしたいからお節介を焼く。
なるほど、今まで分からなかったけれど、これが藤原さんが鳴山くんに惚れた理由なのかもしれない。
敵対していると恐ろしいけれど、仲間に居ると存外頼もしい人なのだろう。
「かぐや、そろそろ時間だ」
「ええ、そうですね」
いよいよ出発の時だ。
「元気にしていて下さい」
「いつでも、連絡してください」
「利子、忘れないで下さいよ」
「グスッ。かぐやさん、会長、お元気で!」
「お兄、かぐやさんに迷惑かけちゃ駄目だからね!」
「しっかりやれよ、御行」
そうして、皆に見送られる。
私達は手を繋ぎ一緒に進む。
私達の願う未来へ。
白兎くんにやらせるとこうなるという例。
全体的に白かぐが何かをしたという風に出来ないや。