未来編 はくとティーチャー
「化け物と人は紙一重ではあるけれど、全く別の存在だ」
俺の恩人、鳴山白兎はそう言った。
曰く、化け物は見かけだけ。
どれほどの力があろうと、どれだけ凶暴に見えようと、本質は人の願いである。
化け物は人なしではいられないし、化け物は周りの人物の想いで容易に形を変え、本質を変える。
そう言っていた。
「だから君が本当に
そう語った。
そう言ってくれたのは嬉しかった。
けれど、それなら俺はやはり化け物なのだろう。
人からそうあれと思われ、生まれたこの体は。
そして、今は人からそうあれと望まれた心は。
紛れもない化け物なのだろうから。
******
私立秀知院学園。
貴族制が廃止された今でも多くの富豪名家からの生まれが通う由緒正しい名門校、というのは今は二十数年位昔の話らしい。
いや、表向きはそのままと言えばそのままだ。
この学園の偏差値は依然として70台であるし、多くの富豪名家が通っているのも事実。
しかし、その中身は相当な変化が起きている。
主に俺の恩人兼担任の先生の性で。
そう、俺はこの秀知院学園の高等部に通っているのだ。
俺は編入という形で入っているが、試験らしい試験を受けてはいない。
全ては鳴山先生の意思一つで俺をこの学園に編入させた。
実際の試験をした所で受かってはいただろうがそれでもこうもあっさりと入学させられると少し引く。
『まぁ、分かる。僕も最初に入学したときは臥煙さんに引いたからね』
とか、言うのだからなんか恐ろしい。
そして、俺こと
「そして、四宮家壊滅から3年後に四条家は取り込んだ四宮家勢力に対する反発や不和によって空中分解を起こし、複数の企業に分裂しました。この分裂した企業というのが現在でいう、火鼠グループ、蓬莱グループ、御石グループ、竜珠グループ、安貝グループになる訳です。これを四条家騒動と言います。そして、これが起きてから2年後にその他の財閥も同様のことが発生し、こちらは分裂も行えずに倒産することになります。これを財閥崩壊と言います。これらはテストでもよくでる範囲なので覚えておくように」
と、図を見せながら説明をしていた所でチャイムの音が鳴る。
鳴山白兎。
秀知院学園高等部の教師であり、オカルト研究部の顧問。
年齢としては40代なのだけれど、外見年齢は20と言われても誰一人疑問を持たないレベルだ。
授業は内容をコンパクトに纏めて覚えやすい授業が多く、教師としては生徒一人ひとりを気にかけている。
「おっ、時間になったので本日の授業はここまで。物を置いたらすぐにホームルームを始めるのであまりバラけないようにね」
そう言って、鳴山先生は教室を出ていった。
俺は銀色の水筒から飲みながら隣を見る。
「はぁ……」
「どうした、白銀?」
「いや、なんかこの辺の話を聞くのはむず痒くて」
彼の名は
白銀家の3男である。
3男なのに四郎なのは、上に一人長女がいるからである。
眼鏡をかけて目がキリッとしている顔が整っている男で、学業成績も学年4位であり、生徒会会長でもある。
性格はたまにひ弱のところも見せるが、基本的には真っ直ぐに自分の意思を良くも悪くも貫くタイプという感じだ。
「そういえば、親周りがそうなんだっけ?」
「母さんの家系がね……。この手の話を聞く度にノロケを思い出して嫌気が差すというか」
「ラブラブだもんね、御行さんとかぐやさん。今何人目だっけ?」
「18人目だよ。もう野球チームの二組目も作れるし、下手すると
「本当にね、お金大丈夫?」
「……仮に駄目だとしても、恋人からは借りない」
「別にそういう意味じゃないわよ、ただ買い出し行くときに変に気を遣わせたくないだけよ」
「相変わらず仲が良いな、石上」
彼女は
石上家の一人っ子で、白銀とは幼馴染で恋人。
少し髪色が明るく三つ編みのやや童顔の子で、学業成績は学年3位の生徒会副会長。
基本的には規律を重視しているが、楽しむべきときは全力で楽しむをモットーにしており、若干ツンデレのケはあるが素直な子である。
白銀とは元々幼馴染で意識し合っていたらしく、二人で遊園地に遊びにいった日に白銀が怪しい二人を見つけ、一人で後を追った所で怪しげな取引を目撃し、それを見るのに夢中になっていた所を背後から来た仲間に襲われ、あわや殺されそうになった所にたまたま通りかかった(微妙に怪しいが)鳴山先生がその仲間と取引相手を拘束し、その後、石上に泣きながら10回ビンタされた後キスをして恋人になったらしい。
いや、そんな展開ある?とか思うけど実際にあった話らしい。
俺も大概なエピソードがあるから文句はないけれど。
ちなみにこの話は学年の中でも有名なエピソードだ。
「そりゃあ、昔から家族ぐるみで付き合いがあるし」
「……そっか」
「はーい、ホームルームを始めるよー」
と、話をしていた所に鳴山先生が来たので話は中断し、ホームルームを終えて放課後になった。
白銀や石上と分かれて、俺はとある教室に入る。
オカルト研究部の部室へと。
******
「よう、牛若だけか?」
「おう、滝は新人の子を連れてくるらしい」
彼の名は
鳴山先生の息子で、髪色は少し白味がかかった黒で一見白髪を染めているようにも見えるが地毛で丹精な顔立ちをしている。
学業成績は学年2位で、運動も専門の人には負けるものの大体はオールマイティーにこなせる。
基本的に真面目で率先して仕事を片付けるタイプだが、分かりやすい貧乏くじはなくすように行動している。
「ああ、そういえば新しい人が増えるんだっけ?」
「
「まぁ、たしかに」
そうこの部活に関しては人と呼べる人は顧問も含めていない。
元々は純粋にオカルトについて適当に調べるような部活だったらしい。
しかし、十数年前、対象Tと呼ばれる何者かによって世界中に様々な新種の怪異が出現し、新種の怪異である為、対処方法も見つからずに専門家の数も減少した。
そのことに専門家の元締めが元々は個別に鍛えていた子ども達を一箇所に集めて教育する施設を設立することに決め、怪異関係の問題を抱えた子どもを引き取り面倒を見ていた、教師でもある鳴山先生にその施設のモデルケースの確立を依頼した。
鳴山先生はそのことを受領し、元々あったオカルト研究部を隠れ蓑にそのモデルケースの構築を行った。
そして、俺こと破魔勇気もそう言った理由で秀知院学園に編入することになった。
ここまで話せば分かる通り、つまりはこの俺もオカルトに関わる存在なのだ。
「こんにちは、破魔くん」
「こんにちは」
と、そこに毛色の明るい女の子が入ってきた。
彼女は
鳴山先生の娘であり、牛若と同い年の妹だ。
学業成績は学年1位で、石上とは反対に秩序よりも混沌を好む傾向にあり、彼女が関わると大体はおかしなことになるがそれでも事態は綺麗に着地するという何故そうなるのか分からないが凄いことになる。
因みにそれでも石上はかなり仲が良い。
この辺は幼馴染であることも影響しているらしい。
ところで牛若とは同い年で生まれた日付も同じだが、双子ではない。
つまり、鳴山先生は二人の女性と関係を持ち、子どもを作っているのである。
そのことは
一昔前は問題だったのかもしれないが、今では法律が制定され複数人での結婚が許されている。
一夫多妻でも多夫一妻でも多夫多妻でも勿論一夫一妻でも良いという法律が制定されている。
その法律を作った立役者がこの滝姫の母親、鳴山千花。
日本初の女性総理大臣として半分以上私利私欲な政治を行ったが、もう半分は画期的なアイデアで日本経済を大幅に改善したことから偉人にはなるだろうとされている人物だ。
そんな人が妻なのが鳴山先生だが大丈夫なのだろうか……。
「基本は幸せだから大丈夫だと思うよ」
「俺は何も言っていないが」
「大体は分かるよな」
「うん」
「なんだよその以心伝心」
「まあまあ、取り敢えず新人の子を紹介するね」
俺の疑問をあっさりとスルーしつつ、滝姫は女の子を部屋の中に入れる。
入ってきた女の子はつまらなさそうな目をしたキレイな髪の女の子だった。
「という訳でこの子が新しい子」
「……
「おう、よろしく」
「……よ、よろしく」
******
「はいはーい。それでは本日の部活を始めますよーー!」
そう宣言したのはここオカルト研究部の部長である蓬莱玉枝。
透き通るような金髪でその姿は「絶世の美女」、「傾城」、いや、どんな褒め言葉を並べても足らないほどの美しさを持っている。
最初に見たときは自然と見惚れてしまったほどだ。
一応、2年生であるのだがどこのクラスに所属しているのかイマイチ分かっていない。
「あれ、とう、鳴山先生は?」
「いつもの如く
にこやかにそう話す様子は少しでも気を抜くとすぐに惚けてしまうほどの美しさだ。
現に隣の新しい部員こと、星永さんは若干惚けたように蓬莱を眺めている。
因みに鳴山兄妹は全く惚ける様子がない。
どんだけ精神が強いんだこの二人。
「それはそれとして、新しい部員こと星永音呼さんの紹介といきましょう!それでは星永さん!」
「……ぽぉーー…」
「星永さーん……」
「ぽぉー……」
「星永、さん!」
「はっ、はい!」
「紹介、お願いしますね?」
「はい」
少し恥ずかしそうな様子で皆の前にでると
「星永音呼。今日から秀知院学園に通うことになった2年生です。よろしくお願いします」
「確かクラスはE組でしたね。となると同じクラスの人がいないのは残念ですねー」
「私はA組」
「僕はB組」
「俺はD組」
「本当にバラバラですよね~~。鳴山さん達は兄妹なので当たり前なんですけど。というか二人は別クラスの方が良いですもんね」
「あの二人、兄妹なの?そこまで似てる感じはないけど」
「見た目はそうですけど、中身は結構似ていますよ」
「確かにそうだね」
鳴山兄妹は顔を見合わせると、
「う~~ん」
「確かにそうかもね……」
結構、微妙そうな顔している。
確かに兄妹と似ていると言われると微妙な気持ちになるものかもしれない。
「まぁ、挨拶はこの辺にして、さっさと仕事に向かいましょう!」
「あれ?仕事の説明は……」
「それでは行ってらっしゃい!」
蓬莱はそう宣言すると、目の前は真っ白に染まった。
******
そうして視界が戻ると既に別の場所に居た。
恐らくは何かしらの廃ビルの中だとは思うが。
確かに
「あの……、これどういうこと?」
「……はぁ……」
なんで、新人と二人きりなんだろうか……。
どうせ二人きりにするなら、同じ女性の滝姫の方が適任だろうに……。
「現状の説明って意味なら、今は蓬莱……、あの部長の女の子の力で仕事場に移動させられたって状況」
「移動って……。
「出来るらしい。理屈の説明はされたことないけど」
「そうなの」
そう返事をすると、それ以上は特に聞くことはせずに歩きだす。
「あれ?仕事内容は分かってる?」
「そりゃ。いきなり仕事場に送れるのは聞いてなかったけど」
少し不貞腐れたのような口調でずんずん歩いて行く。
動きに迷いがない。
本当に仕事内容は分かっている感じだ。
そう仕事なのだ。
先程述べた通り、俺たちの部活の目的は怪異の専門家の育成と育成機関の構築。
当然、育成するのだから実地で学ぶのが一番早いということでこうして運ばれたりする。
が、怪異譚を一日二日で解決することはかなり少ない。
少なくとも、部活中で終えられることはまずない。
なので、基本的な部活内容は今まであった怪異譚の勉強と技術の実践を行うことだ。
そして、今回は恐らく部活に入る際のテストと言った所だろう。
技術面のテスト、そして精神面のテスト。
「それにしたって、なんで俺なんだ?」
「あなたが一番
「分かりやすい?」
「だって、あなた吸血鬼でしょ」
「………」
動揺する。
今までの会って話す中で吸血鬼を示唆するような行動は一切取っていない筈だ。
というより、吸血鬼じゃない反証の方が多い筈だ。
なのにどうして。
「日中の陽が指してる中でも平然と動けているってことは普通の吸血鬼ではなさそうだから、ヴァンパイアハーフって所?」
「怪異に詳しいのか?」
「ま、1万回生きてればね」
不機嫌そうな声をして、こちらを向くでもなく、前を歩いてる。
嫌なことが。
あるいは悩むことがそこにはあるんだろう。
それはきっと、多分、恐らく、怪異譚に関わった人間が誰しもが持つものなのだろうと思う。
強いて例外というなら、鳴山家族位なものなのだと思う。
「ま、鳴山先生がわざわざこの部活に招く位だしな……」
「そうなの?あの人、かなり雑に誘ってそうだけど」
やっとこちらを向いたかと思ったかと思えば、完全に不機嫌というか仏頂面だ。
というか、ここまで仏頂面しか見ていないのだけど。
「誘う人は選んでるらしいよ、少なくとも現状の部員は君含めて5人な訳だし」
「そんなにゴロゴロトラブルが残ったままの人なんて居ないでしょ」
「いるらしいよ。少なくとも数十人は」
「科学全盛のこの時代に?」
「鳴山先生的には総合的な数は変化する訳がないと考えているらしい」
よく知らないが。
というか、対象Tというのが原因でもありそうだけども。
「ま、そんな話はここまでにして。ここね」
「ん、そうだな」
扉の前に立つ。
扉の向こうからはたしかに気配を感じる。
「じゃ、入りますか」
「あっさりと入るな……」
あっさりと彼女が扉を開けると中には猫がいた。
「猫?」
「…………」
俺は疑問に持ちつつ、猫を眺める。
猫もまたこちらをジッと眺めている。
いや、正確には俺ではなく彼女、星永音呼だ。
彼女は無言でその猫を眺めている。
「おい、どうした?」
「…………」
「おーーい」
「…………」
返事がない。
当然ながら屍ではないが、しかしこれはどういう状況なのだろう?
というか、俺は手を出していいんだろうか?
「………はぁ」
「おっ、戻ってきたのか」
「どこに居てない。どこにも…」
ここまででも大分不機嫌な顔だったが、今度こそハッキリとした苛立ちを見せていた。
なんなら、今にも壁を叩きそうな位だ。
「というか性格が悪い…!なんだって、こんな猫を……!」
「そんなにヤバい猫か?変な気配はあっても危険性はそこまでなさそうだけど」
「……この猫は永猫。そして私自身」
心底苦々しい顔をして、彼女はその猫を抱きしめる。
いや、その様子は絞め殺そうとしているようにも見えた。
しかし、猫はなんの反応もしない。
喜ぶようにも嫌がるようでもなく、ただ、彼女を見つめている。
「お前自身って……」
「……ふん」
特に話すことつもりもないようで何も言わずに猫を苛立たしい目つきで見ている。
……何か話すべきなのだろうか。
しかし、背景など全く分からない。
裏に抱えるものなど分からない。
俺は鳴山先生ではない。
あの人のように全てを簡単に察し、当たり前のように言葉を投げかけることなど出来ない。
そもそもあの人のようになど出来る訳がない。
あの人の凄さはただ
その凄さはきっとあそこに居る人達はよく分かる。
そして、あんな風にはなれないのだと分かっている。
でも。
だとしても。
見たくない。
何故だかそう思った。
その理由は分からない。
でも。
確かに。
そう思った。
「お前は自分が嫌いなのか?」
「嫌いよ。むしろ好きなんて言う人が居るの?」
「いるだろう。それは確実に」
「でも、私はなれない。なろうとも思わない」
「ならなくてもいい。でも、否定ばかりしなくてもいい」
「私の何を知ってるっていうの?」
「何も知らない。勝手なことだけを言ってる。でも、そういう顔を見たくないって思う」
彼女はふと苦笑いを浮かべると、
「……なにそれ?告白?」
「違う。ただそう思っただけだ」
「変なやつ」
彼女は相変わらず苦笑いだったけれど、それでも笑顔だ。
ただその顔を見れたことが嬉しく感じた。
「あっ…」
「おっ…」
猫はいつの間にか消えていた。
まるで最初からいなかったように。
「これ、解決したってこと?」
「今回のノルマって意味ではしたかもね。本当の意味ではしてないけど」
「それは……」
「今はいい。どうせ今すぐ出来ることじゃないし」
「そっか」
ただそれだけで会話は終わった。
きっと今回は精神面のチェックだろう。
あの猫も蓬莱が生み出した怪異にも満たないよくないものを固めて作った程度の虚像だろう。
自分はこれからどうするのか。
自分はどうしたいのか。
それを確認するためのテスト。
いや、それにしてもわざわざ俺も一緒に来る意味とは?
「それじゃあ、帰る?」
「ん、そうだな。取り敢えず、蓬莱に連絡…」
ドグジャジャジャ
その爆裂音と崩落音と共に明確に自覚する。
それまで守られていたものを。
そして理解する。
それは絶対的なものだということを。
******
それは虎だ。
大きく白く獰猛な虎だ。
一瞬たりとも気を抜けない。
気を抜いた瞬間、命はないと感じるほどに。
「なるほど」
「「!?」」
「似た匂いを感じてみれば、その猫か……」
「猫?」
「しかし、アレも随分と厳重、いや過保護なものだ。よほど吾輩を警戒しているようだな」
その虎は別の何かを見据えるようにそう話す。
決してこちらを見てはいない。
だが、俺たちは足もまともに動かせない。
「厄介な種は早々に潰させてもらおう」
その言葉が聞こえた瞬間、その巨体は大きく飛翔する。
そして爪は彼女の方に差し迫る。
「あっ、ああっ…」
「っっ!」
ドグシャッ!
地面の砕ける音がけたたましく鳴り響く。
ギリギリで彼女を抱えて避ける。
「キャッ」
「グッッ!」
地面の破片が背中に刺さる。
口から血が零れそうになるのをギリギリで抑える。
「私を庇って…」
「気に、すんな、俺は吸血鬼だ」
強がりもそこそこに、振り向くと虎が叩きつけた先には大穴が空いていた。
アレで
このままでは生き残れない。
「………」
……覚悟を決める他ない。
例え、忌まわしい記憶と向き合うことになっても。
今ここで死なせる訳にはいけない人がいるのだから。
「スッーー。ハァーー」
「どうするの?」
「少しだけ貰うぞ」
怯えの混じった目でこちらを見つめる彼女の首筋に顔をうずめる。
そして、
カプッ
「あっ」
彼女のくぐもった声が漏れる。
彼女の血は今まで飲んだ中で一番甘く、甘美に感じた。
ごくん、と血を飲み込む。
「
「……やっぱり、鳴山先生のことを知ってるんだな」
「渡り歩く怪異で知らぬものなど居ないだろう。そうでなくとも、奴は吾輩の敵だ」
そして虎は足元を叩きつける。
その瞬間、地面が燃え上がる。
「熱っ」
「ん」
念動力で彼女の周りを覆う。
空気の通りだけは確保しておく。
「これって……」
「いいから動くな。多分、すぐに来る」
虎は次の瞬間、横薙ぎに俺の身体を叩きつける。
俺は瞬時に身体を硬化させる。
身体を硬化させてなお、意識が飛かける。
気づいたときには壁を3つほど貫通していた。
「ハァハァ」
息が乱れる。
受けた左腕はピクリとも動かない。
「その程度か?」
「ッッ!」
腹から突き上げるように打ち上げられる。
意識が飛ぶ。
******
目を空けるとオレンジ色に染まった空と煙が見える。
意識が少し飛んでいた。
時間にして数秒だろう。
腹は焼けている。
再生はしているだろうが、全く間に合う様子がない。
差は歴然。
血を吸った状態でさえ、まるで歯が立たない。
どうしようもない。
どうにも出来ない。
「そうだ。貴様ではどうにも出来ない。何もやれない。それにお前は…」
「……分かってる。そんなこと」
腹に力入れる。
焼けた腹が痛む。
ただ苦しい。
でも。
それでも。
立ち上がる。
「でも、ここで立たなきゃいけない。ハァハァ。ここで立たなきゃ俺がここに居る意味がないんだ」
「奴のお節介以上の意味などないだろう」
「あの人もそう言ってたよ」
でも、あの人は……
『これは僕にとっての意味だ。でも、君にとっての意味はこれから君が決めるんだ』
『意味なんて……』
『生まれるさ、進み方次第でどうとでも。だから意味を見つけにいこう。そこで見つけた意味がなんであれ、きっと君の糧になる』
そう言った。
だから、
「俺は進むんだ」
「ならば、今ここで意味を与えてやろう」
虎は飛びかかる。
俺は右腕振り絞り、そして、
「そこまでにしろよ。虎」
そこに立っていたのは、鳴山先生だった。
「大丈夫じゃなさそうですが生きてますね、破魔くん」
「いや、これは流石にまずいでしょ!?」
後ろにニコニコとした顔でこちらを眺める蓬莱と焦った様子の星永がそこに居た。
「玉枝。取り敢えず治療しといてくれ。僕はこの虎を殴り飛ばしてくる」
「分かってますよ。やっちゃってください、白兎くん」
蓬莱は俺たちの周りを木で覆うとどこからか壺を取り出し、腹に何やら塗りだす。
「えっ、これなんです?」
「霊験あらたかな塗り薬ですよ。大体3時間位で治ると思うので安静にしていてください」
「そんなもの常備してるんですか?」
「他にも色々とありますよ」
柔らかな笑顔で蓬莱は言う。
……やっぱり部長なんだな。
ドゴン!
大きな音が鳴ったのを見て、そちらを見る。
姿が見えない。
ただ、周囲に凹みが出来ていく。
周りを包んでいた筈の業火はいつの間にか木によって消化されていた。
燃え上がった火を消化してしまうほどの質量の木。
そんなものを当たり前に振るうのがこの部長。
そして、地面を叩きつける音と共に正面から向き合う鳴山先生と虎。
だが、虎は明らかに弱っていた。
逆に鳴山先生は擦り傷がある程度。
それだけで実力を物語っていた。
「貴様は本当に面倒だ」
「面倒?僕の領域に入った時点でこうなるのは分かりきっていたことだろう」
「貴様の言う領域に範囲などないだろう」
「あるさ」
それ以上の問答は止めたのか、虎は身体を光らせる。
「やはり、貴様とは分かりあえんな」
「当たり前だ」
そのやり取りを終えた瞬間、虎の光は更に強まり、けたたましい爆音と共にこのビルは爆裂した。
******
後日談、というか今回のオチ。
「結界貼ってて良かったですね」
「全くだよ。流石にこの規模を後から目立たなくするのは無理があるし」
ビルのあった所の外側でビルの爆裂したものの残骸を見ながら、呑気な会話を鳴山先生と蓬莱はしていた。
ビルの残骸はビルの敷地から出ることはなく、土煙や爆裂したことで発生した煙は上から少しずつ放出されている。
俺たちは強烈な光を見た瞬間、いつの間にかビルの外側で居た。
恐らくは蓬莱の力だと思うが。
因みに俺は怪我が治っていないから横になっていて、同じように脱出した星永は完全に腰が抜けたようでまるで身体が動かない様子だ。
「先生、あの虎はなんですか?」
「あの虎?あれは対象Tの怪異だろう。その中でも特に厄介な部類の怪異」
「退治は……」
「できてない。あの爆裂を隠れ蓑に上手く逃げられた。虎の癖に逃げ足が早いもんだ」
声にわずかな苛立ちを見せながら、鳴山先生はそう言った。
あの鳴山先生が厄介と評する虎。
恐らくはアレでも強い部類ではなく特性が厄介な部類だと鳴山先生は言っている。
……マジでレベル違いすぎる。
「まー、あの虎は後で臥煙さんに報告するとして。取り敢えず、帰りませんか?星永さんは見事にバテてますし」
「そうだな。じゃあ、星永さんの方は頼んだ。僕は破魔の方を送るから」
「了解しました」
蓬莱は可愛らしいほどの笑顔でそう述べると星永の肩を掴み、一瞬光ると消えていた。
初めて外側から瞬間移動を見たが、全く理屈が分からん。
「因みに本来は光る必要はないんだよ。光るのは玉枝の趣味」
「そうなんですか!?」
余計に分かんなくなった!
光ることは一切条件に入ってないのかよ。
俺も瞬間移動、というかテレポートは使えるけどああいう感じじゃないし、一体どういう理屈なんだ?
「ほら帰るぞ」
施設の名前がそういう名前なのだ。
施設としては孤児院、というのも少し違うが訳ありの子達を引き取り育てる施設だ。
因みに俺がここに住んでいることが察せられる通り、この訳ありは大体怪異絡みである。
「……えっ?」
「今のが君の言ってた瞬間移動。その本来の使用だよ」
「何がどうなったのか全然分からないんですが」
「その辺を見抜けるようになると、専門家として更にワンランク上にいけるかな」
鳴山先生は笑顔でそう言うとチャイムを鳴らす。
するとバタバタと足音を鳴ると、ドアが開く。
「鳴山さん、破魔くんに何かあったんですか!?」
「何かありはしたけど、この通り無事だから安心していいよ、幸在」
「大丈夫!?」
心底心配そうに駆け寄って俺の身体のあちこちを見る。
この女の人は幸在睡。
このてぶくろの家をほぼ一人で管理している保母さんだ。
「だ、大丈夫ですよ。少し身体が痛い位ですから」
「そう?でも、無理しちゃ駄目よ。ほら」
そうして幸在さんは俺の肩を持つとゆっくりと俺の部屋まで寄り添ってくれる。
それが少し申し訳なく、少し照れくさい。
でもちょっと嬉しい。
この人は、当たり前のようにここに住む子ども達を心配し、考え、思い遣ってくれる。
その当たり前が凄く嬉しい。
「ほら、横になって」
幸在さんは俺を部屋のベッドにまで寝かしてくれる。
「後でお粥と水筒を持ってくるからそれまで寝てなさい」
「はい」
「うん」
それだけのやり取りを終えると、幸在さんは部屋から出ていく。
俺は言う通りに目を瞑る。
身体がより重くなるのを感じながら、今日のことを思い出す。
彼女……星永のこと。
虎のこと。
そして、鳴山先生の凄さのこと。
それを思いながらいつの間にか意識は沈んだ。
きっとこれが色んなことの始まりだった。
自分とはなんなのか。
何故、あのとき鳴山先生に助けられたのか。
その意味を得る為の。
******
「鳴山さん、あの子吸血してましたよね」
「そうだな。流石にあの虎相手だ。吸血しなきゃ生き残れないだろう」
「でも、あの子にとって吸血はあまり良いことでは……、いえ、そもそも手立てはどうなっているんですか?」
「千花が主体でやってる。この分ならあと半年位で作れるとは思うけど、これに関しては本人がそれを望むかどうかだからな。僕はその選択をどうこう言える立場じゃないからな」
「私としては生きて欲しいです」
「それは僕もだ。でも、簡単なことじゃないんだ。
恐らくは全4話位になりますが、未来編やっていきます。
結構不定期になると思うのでのんびりお待ち下さい。