「あぁぁあぁあぁぁ!!!」
そう叫んだ僕はなぜか立っていなかった。夢うつつが曖昧だった僕はジワジワと現実に引き戻されていく。
「どうした!?」
慧音が急いでこちらへ来る。まだ状況が理解できない。
「....寝覚めはともかく起きたみたいだな。今はまだ夜明け前だ。もう少し寝てるといい」
慧音の言う通り、ついさっきまで寝てたようである。温かい布団の感触がようやく僕をこちらの世界へしっかりと引き戻した。窓から外を見ると確かにまだ真っ暗である。
「じゃあさっきのは....」
ホントに夢だったのだろうか。どこから夢だったのかは分からない。もしかすると.... 僕は恐る恐る
「あの、僕いつから寝てましたか?」
と、尋ねる。
「私が代わりに授業をして、終わる頃にはもうすで君は寝ていた。だから随分長く寝ていたようだね。まぁ前の日そんなに眠れてなかったみたいだから、仕方がないとは思うけどな」
やはり嘘はバレていた。それを聞いて僕は恐る恐る尋ねる。
「....ホントですか?あの後僕は何も変なことは起こしていませんでしたか?」
知るのは怖かったが、ちゃんと知っておかなければならない気がした。そんな僕の思いとは裏腹に慧音はキョトンとした顔で
「いや、特に無かったと思うが。あの時寝て今し方君が飛び起きたと言う訳だ」
....ホントにそうだろうか。もしかするとこちらに気を遣って本当にあったことを話さなかったのかもしれない。とはいえ今の状況からその真偽を明らかにするのは難しそうである。
「とりあえず朝までもう少し寝てた方がいい。今からずっと起きていてもキツいだろう」
そう言って慧音は部屋を出ようとする。なんと言えばいいか分からず言葉に詰まった僕だったがとりあえず
「えっと....布団、ありがとうございます」
とだけ言っておいた。それを聞いて慧音は少し笑って部屋を出た。
その日の朝、十二分に寝ていた僕は頭の回っている状態で目を覚ますことが出来た。だが、なまじ頭が回る分モヤモヤした気持ちが収まらない。
「おはよう、流石によく眠れたみたいだね」
「ええ、まぁ。今日に関してはホントに大分スッキリ目が覚めたと思います」
「それで....今日はどうする?今日も私が出た方がいいか?」
それが問題である。そりゃあ出る分には相当な勇気もいる。だからといってずっとご隠居、と言うわけにもいかないだろうし。
ここで退いたらどうなる?時間が解決してくれるか?いや、そんな都合のいいことがある訳がない。僕だって昔は『いつかは何とかなる。』と、自分に言い聞かせて自分から何もしようとしなかった。その結果僕はどんな顛末を迎えた?母はどうなった?
確かにどうしようもない状況ではあったかもしれないが、結果的に後悔と苦悩しか残らなかった。次の僕もそんなんでいいのか?それで満足すると思うかよ。
「....ちゃんと顔合わせて謝ってきます。そうしないと、何も進まないと思いますから」
「そうか。なら君にできることをやって来い」
少し頼り無さそうではあっただろうが、毅然とした態度で答えた僕を慧音は力強い言葉で後押ししてくれた。後悔しないようやろう。ここで逃げに徹したら僕はまた『死ぬ』かもしれないから。
いよいよ僕の持つ授業の時間になる。表向きはああ答えたものの内心バクバクである。とりあえずどうしよう。色々プランは考えたが、いざその時となると何も体が言うことを聞かない。こうなったらもう出たとこ勝負だ。
震える足を無理やり進めて僕は教室へ入る。生徒はみんな僕を見るなり話す口を閉ざしてこちらの方に注目する。やっぱり普通通りには行かないよな。
「....」
「....」
双方に沈黙が続く。こういう時何て言えばいい?どんな顔をすればいい?とりあえず突っ立ったままでは何も事態は好転しない。それだけは分かっていた。少し目を閉じて深く息を吸う。そして—
「すぐる!どうして昨日は来なかったんだ!」
僕が何か言おうとしたその瞬間に大きな声が聞こえる。発言主はチルノだ。
「へ?」
虚を突かれた僕は気の抜けた炭酸の様に張りのない声を漏らす。
「お前!なんで来なかったんだ!おとといからはお前が算数の先生だろ!昨日お前が来なかったせいで結局昨日はけーね先生のひまな授業を聞くことになったんだぞ!」
ポカンと口を開けたまま僕は何も言えない。チルノ以外の生徒は当然この奇妙な空気に唖然とし、傍観に回っている。
「何も言えないのか!このバカ!」
このバカ。この『チルノ』の言葉が一気に僕を奮い立たせた。今思えば言いたい放題言いやがって。
「んだと!?こちとらお前達にどんな面下げてここに来ようか散々悩んだというのに....なにが『暇な授業を聞くことになった』だよ!そんなのそっちのエゴじゃねえか!」
瞬間湯沸かし器と化した僕は一気に抱え込んでいたものを爆発させた。夢の中であったような薄汚いそれとはまた別の何かだ。
「えご、ってなんだよ!あたいに分かる言葉で話せ!」
「だぁぁぁぁ!このバーカ!大体一昨日僕が叱ったのはお前達のほとんどが授業が始まったってのに静かにしなかったからだ!一体僕が何を決まり悪くする必要があったんだ畜生!」
この僕の言葉を聞いて大多数の生徒が全身を震わせる。多分そのメンツが一昨日の狼藉に心当たりがある奴等だろう。
「お前は何を言ってるんだ!?あたいらが何か言われてると思ったらいきなり自分にキレて....」
「あぁもう!そもそも今日はこんなこと言いに来た訳じゃねーんだよ!一昨日は悪かった!」
完全に勢いに任せて突っ走り流れるように頭を下げた。
「な、なんだよ!急に」
突然謝罪をした僕を見てチルノは混乱している。元々頭のキャパが広い感じではないし、それが尚更状況を飲み込むのを遅れさせているのだろう。
「この前はいきなり怒鳴って悪かったってことだよ!」
「今も怒鳴ってんじゃん!」
「こ、これとあの時のとは話が別だ!とりあえず今日はちゃんと授業するからな!」
あまりにも手荒ではあるが目的は果たせた。これで大丈夫だっただろうか。正か否かは結局のところ今は分からないが、少なくとも胸のつかえは取れた気がした。
何とか『自分の意思で』授業を終え、裏に引っ込む。ちょうど昼休みに入るようで、教室内がガヤガヤし出す。何て言われてるんだろう。慣れない授業だし、夢の中の様にボロクソに言われているかもしれない。もしそんなことにでもなろうもんなら赴任とかこつけてまたどこかへ放浪することになりそうだ。
「今日の授業さー、」
来た。この後に続く言葉は何なのだろうか。
「何か今までとは違ってよかったよねー」
思いがけず好評だったようである。その後もそれなりに好意的な意見が聞いて取れた。度々不慣れゆえの苦い指摘もあり、心に刺さるものもあったが。
「お疲れ様。まぁ大分無理やりな形だったみたいだが、心配無さそうだな」
「すみません....どうしてもこういうのは器用なものじゃなくて」
「何、それが君のやり方ならそれでいいさ。それに授業の方も大丈夫そうだな」
「大分辛辣なご指摘を生徒様の方から受けてますけどね....」
「はは....まぁそれはこれから直していけばいい。この様子なら明日も大丈夫かな?」
「ええ、1日サボった分これからはしっかりやらせて頂きます」
この一癖ある世界でも僕は何とかやっていけそうである。そう心の中で僕は期待していた。