「どうしよう、これ一応先生に聞いておいた方が良いかな?」
「うーん、とりあえず今日はもうすぐるもいないみたいだし、別の日にしよう。これはあたいが預かっておくよ」
「大丈夫?落としたりしない?」
「なんだよー。失礼だなー」
そう言ってチルノはお守りを大妖精から受け取った。
あれから少し歩いて僕は『鈴奈庵』に着いた。この辺りではあまり見なかったような店である。入ると一人の少女が店番をしていた。
「いらっしゃいませ!」
店番の少女の元気な声が僕を出迎える。店の中には確かに様々な本が置いてある。だがそれよりも先に目につくものがあった。
「ん?これは....」
見覚えのある紙が平積みされている。恐らく『ご自由にお持ち帰り下さい』のスタンスの類のものだろうが、ほとんど手をつけられている様子はない。
「この新聞は?」
少女に尋ねる。
「ああ、これはさっき射命丸さんが持ってきた物です。何故か少し前にここに置いていったんですよ。もう少ししたら私にあまり見覚えのないお客さんが来る、って言って」
「なるほど、でもそれをそのお客さんであろう僕にバラしても大丈夫だったんですか?」
「あっ....」
マズい、といった表情を店番の少女が浮かべる。
「まぁいいや、とはいえ確かにここは色々本があるな、何故か奥の方は心なしか物々しい感じがするが....」
「き、気のせいですよ」
何故か妖魔本の存在をボンヤリと認識している様子を見て小鈴が少し慌てている。もっともボンヤリとそんな気がしただけでこの発言は僕にとって特に意味の無いものなのだが。
「ん?この本何か見覚えが....」
異世界のはずなのに何故か僕の記憶にある本がある。それを見た小鈴が
「え....?この本をご存じなんですか?」
と、意外そうな顔で尋ねる。
「いや、読んだとかそんなんじゃないとは思うんですけど、なんか図書館かどこかで見た覚えが....」
「えっと、ここでは幻想郷で製本されたものに加えて、外の世界から流れてきた本を少しだけ置いているんです。ということは貴方は....」
「まぁ、外の世界から来た、って感じですかね。最初よりは大分慣れてきましたが」
「そうだったんですか....!」
そういった小鈴は何故か僕に期待の表情を浮かべている。
「えっと、どうしたんですか?何か僕の顔についてたりします....?」
「えっ?い、いやそんな事は無いですよ」
もしかしたら外の世界の本を持っているかもしれない、なんて口が裂けても言えない。
「まぁこっちの世界の本とは言ってもあんまり知ってる本はないかな....ってこれは?」
「あぁ、一部新聞や雑誌なども置いてるんですよ。特に外の世界のそれは普通で走ることのできない外の世界での動向などが分かりますから。とても興味を惹かれるんですよ!」
目を輝かせて小鈴が語る。
「へ―....色々あるんだなぁ。ベルリンの壁崩壊ってこりゃまた中々な....」
「あぁ、それですか。前々から気になってるんですけど、この『ベルリンの壁の崩壊』といい、『ソビエト崩壊』といい、外の世界の建築技術は少し未熟なんですか?」
「あー....うん、この崩壊ってのは建築物としての方かいとはちょっと違って—」
「なるほど!そういう訳だったんですね。そう考えるとその頃の外の世界は大分物騒だったんですね....」
「かも知れないね」
思わず課外授業で主従が入れ替わる。
「しかし、こっちの世界はずいぶん平和なんだな。うちの世界であったような戦争も起こってないようだし」
「んー、それでもこっちでも色々ありましたよ。私が知っている限りでも空が紅い霧に覆われたり、冬が終わらなかったり....」
「なんか、色々次元が違うんだな....」
「まぁ、一応それも解決して今に至るわけですから....」
「ふーん、もう少しこの辺り見てもいいか?」
「ええ、もちろん!」
小鈴の言葉に甘えて雑誌や新聞の記事の所に軽く目を通す。とはいってもほとんどのものが別に大きな事件のものを取り扱ったようなものとは違い、特別なことも書かれていない記事がほとんどである。
少し見ていると、随分と日付の新しいものを見つけた。
「ん?この日付....僕がこっちに来るよりも後のものだ」
「確かについ先日くらいにみつけたものもありましたが、それでしょうか」
僕がいない間、世界はどうなっているんだろうか、と言った風な少しマセた考えでその日の記事を見る。一面から一通り目を通していくも特別なことは起きてないようである。まぁこんなもんだろう。
もう少しでTV欄、といったところまで読んでいたが、やはり特別なものは無さそう....
「ん?」
少し目に留まることが掛かれていたのでそこを注視する。読み進めていくほど汗が噴き出してくる。手が震える。
「あの....どうされたんですか?」
その様子を見て心配そうに尋ねて来た。
「おーい」
向こうから声が聞こえてくる。慧音の声だ。だが記事を読んでいる僕にはその声はあまり届かなかった。
「あっ、慧音さん。こんにちは」
「おお、小鈴か。彼を見るのは初めてだろうな」
「ええ、最近外の世界に来られた方のようですね」
「それで....今はずいぶんと何かを読んでいるみたいだが....」
「ああ、新聞ですね」
「新聞?あの天狗のモノか?」
「いえ、外の世界のですね。あれはあの人がこちらへ来るより後に発行されたようなんでそれで読んでいるのかと」
「なるほど、って何か様子がおかしくないか?」
「ええ、途中までは普通に呼んでたんですけど、あのページになってから何か....気になることでもあったんでしょうか」
慧音と小鈴というらしい少女が話していたが、その内容も今の僕には入ってこなかった。やがてその一角を読み終えた僕は
「すまん!少しこの記事借りる!」
そういって記事を持ったまま走って鈴奈庵を後にした。
「えぇ!?ちょっと!?」
「何やってるんだアイツは!?」
小鈴と慧音が驚いて僕の方を追う。だが僕は待つ気はなかった。今考えると別に突然どこへ行くかの目的地も無いのに、結果として僕は店に置いてあった記事を盗んでどこかへ全速力で走った。
それからしばらくして、寺子屋の授業が終わる夕方、結局慧音は授業のため僕を追うのは後にしたらしい。
「(一体何がしたかったんだアイツは....あの記事に彼にとって何か重大なことでも書いてあったというのか....?)」
「せんせー!さようならー!」
ボンヤリ考え事をしている中、いきなり生徒の声が聞こえてくる。虚を突かれた様子で慧音は
「お、おう。さようなら。気をつけて帰るんだぞ」
と、返す。あの後少し考えたが、結局あの時の優の行動の理由に対する結論は出なかった。その日、慧音は優を探したが、見つからなかった。
「あれ?」
寺子屋からの帰り、不意にチルノが不思議そうな声を出す。
「どうしたのチルノちゃん?」
「えっと....あの時に預かったお守り、無くなってる」
「えっ」