時刻はまた昼に戻る。勢いに任せてあてもなく飛び出してしまったが、いったいどうしようか。冷静に考えてみれば、僕の起こした行動は店のモノを盗んで逃走している単なる泥棒行為である。
だがそんなことさえも今の僕には考えるにも及ばなかった。この時の僕の感情はそれこそ筆舌に尽くし難いものであった。下手をすれば母を失ったことを知った時以上に。なぜならその時僕の抱いていた気持ちが喜びによるものか、それとも悲しみによるものか、それさえも判別することが不可能であったから。
とにかく走った。最初は人里、またずっと走って人里を抜けた。今自分の居る場所がどこか分からない。ここに最初に来た時に居た森でもない。未知の場所である。
気づくと僕は墓地の近くまで来ていた。あれからかなりの長い時間走っていたというのに、もともと体力のないはずの僕だったが不思議と疲れは感じなかった。これがランナーズハイ、というものなのだろうか。
墓地の所に来た訳だが、だからと言ってなにかしようとも思わない。多分僕が突然走り出したのは『少しの間一人になって考えたいから』なのだと、今になって何となく思い始めた。ここなら人もそうそう訪れることはないだろう。
小脇に抱えた新聞をもう一度広げる。そしてさっき見た記事を改めて読む。....僕の見間違いじゃなかった。やはりこの記事に書かれている名前は―
「おどろけー!!」
不意に聞き覚えのある声がした。
「うわぁ!?」
ガッツリ考え事をしていた中、突然の声に僕は不覚にも驚いてしまった。
「ほ、ホントに驚いてくれた....やったー!一本取ったぞー!」
小傘だ。僕を驚かすことに成功して彼女は悦に入っている。それとは対照的なのは僕だ。
「貴方のアドバイス通りだわ!やっぱリロケーションって大切なのね!よしこの調子で....」
「....おい」
「え?」
真剣に考え事をしていた最中にいきなり虚を突かれた腹立たしさと、八つ当たりついでの小傘に驚かされたことで僕の顔は真っ赤になっていたらしい。
「....二度と僕にそれをするな」
僕の中で人生一凄味のある声だった。それに気圧された小傘は何かを感じ取ったのか
「....はい」
とだけ、素直に答えた。
「それで今日はどうしたの?こんな人気のない所まで来て」
小傘が僕に尋ねて来る。
「まぁ、少し気になることがあっただけだ」
「えっとなになに....『行方不明の女性、未だ見つからず』?」
僕の見ていた記事の表題を小傘が読む。
「ああ」
「でもそれがどうしたのよ、というかこの新聞何か違うような気がする」
「そりゃあ元々僕が住んでた世界のモノだからな」
「てことはやはり貴方は外の世界から来た、ってことなの?」
「まぁ、そういうことになる。もっとも僕からしたらここが『外の世界』なんだろうが今は違うようだな」
「ふーん、よくそんなものこっちに持ってきたね」
「まぁ結果として貸本屋から盗って来たもの、ってことになるんだがな」
「ちょっと、それって泥棒じゃない?」
「まぁ勢いに任せてやってしまった感じだがな。きっと返すよ」
「何か信憑性が無いねぇ....似たようなことを言ってる人間がいるからかな、まぁいいか。それでどうしてその記事が気になるの?」
「....この記事に書かれてる女性っていうのが、僕の母さんなんだ」
「え?」
「さっき言った通りだ。僕がこっちの世界に来る前に僕の母さんは居なくなった。その日の夜に僕はこっちに来たんだ」
「どうしてまたそんなことに?」
「まぁ、色々あったんだよ」
そういって僕は目頭を押さえる。
「ふーん....そうなのね。ってどうして泣いてんの?」
「....この記事に母さんの写真あったから。久しぶりに母さんの顔を見たから」
「そ、そう。よっぽど貴方にとって大切な人だったみたいね」
「あぁ、そうだな」
「じゃあお父さんの方はどうなの?」
「....父の話はしないでくれ」
「....分かった」
気まずい沈黙が2人を包む。少しして小傘が沈黙を破る。
「それで、何か分かったの?」
「まさか、あの時だって突発的に飛び出してしまったわけだし、今も何か考えが纏まればすぐに新聞も返すさ」
「ふーん、私ももうちょっと記事見てもいい?」
「どうせ役には立たないだろうけど、別にどうぞ」
「それじゃあお言葉に甘えて....」
そういって小傘が記事を見る。
「うーん、記事には失踪したとしか書いてないか、他に手がかりは....あれ?」
「どうした?」
「いや、勘違いかも知れないけど....いい?」
「ああ、何か少しでも分かることがあれば頼む。元よりも期待はしてなかったからな」
「ホントに生意気ね貴方....えっと、ひょっとしたらこの写真の女性、少し前にここで見たかもしれないの」
「....え?」
「この写真の女の人が貴方の母親なんでしょ?この写真によく似たような人を見た覚えがあるの」
「どこで見た!?」
「うわっ!?ちょっと落ち着いて!何日か前だから今もいるかは分からないけど....人里で見た。その時も驚かそうとしたけど結局上手くは行かなかった」
「まぁそれに関しては仕方ないな」
「ホントに貴方は....ただ何か少し様子がおかしかったかな」
「どんな風に?」
「驚く以前に、私を見てもほとんど何か反応した感じが無かったの。何か感情が抜けてるというか、文字通り魂を抜かれてるみたいだった」
「ってことは....死んでた....のか?」
小傘からの話を聞いて空っぽになったような声を思わず出してしまった。
「ま、待って。少なくとも普通に歩いてたし、死んでるとはまた違うと思うよ。まぁ幻想郷には幽霊もうじゃうじゃいるからその中の1人かも知れないけど....でもまだ死んでると断言するのは早すぎる。魂を抜かれてるっていうのもあくまで言葉のアヤだから」
「そ、そうか」
「それにここの幽霊は案外騒がしいのも多いからね。ライブするような幽霊さえもいるから」
「ホントにここは常識の尺度では測れないものばっかだな....」
「まぁそれに関してはいいわ。私から言えることはもしかしたら幻想郷にこの女の人がいるかもしれない、ということね。確証はないけど」
「そうか、思わぬ情報だった。ありがとう」
「な、なんか正直にそう感謝されると調子狂うわね....」
「こういう時くらいは素直に感謝を受け止めるんだな。もっともそっちは普段からはベビーシッターとしてしか感謝されることはないだろ?」
「ホント一言余計ね....まぁとりあえず、頑張って」
「ああ、わかった。流石にそろそろ新聞返さないと本物の盗人になってしまいそうだからな。とりあえず人里に戻ろう。....ん?」
何かに気づいて僕は素っ頓狂な声を上げる。
「どうしたの?」
「いや、何かポケットに違和感が....まぁいいや、それは後で確かめるか。そんじゃ」
そう言い残して僕は再び人里へ向かった。
再び寺子屋組に戻る。
「ねぇ、チルノちゃん、結局お守りは見つかったの?」
「いや、見つからない....」
「これ、マズいかも。もしあのお守りが先生のもので、それが大事なものだったとしたら....」
「....」
「ねぇチルノちゃん、次に先生に会った時謝ろうよ。私もいっしょに謝るから....」
「うぅ、すぐるに謝るのは何か納得できないけどしょうがない....あたいは自分の失敗だって認められるんだもん....」
チルノは肩を落として大妖精と歩いた。