再びしばらく走って人里に戻った。結構な時間を全力で走ったというのに相変わらず疲れは感じない。とりあえず今は鈴奈庵を目指すことにした。
少しずつ日が暮れてきているが、幸い鈴奈庵はまだ閉まってきていなかった。
「ん?あれは....あっ!」
小鈴がこちらに気づいたらしい。何か言おうとしているのが見える。
「このドロボー!私の記事を返しなさーい!」
小鈴の大声で周りにいた人が一斉に反応する。やがて鈴奈庵の方へ走っている僕の方へ視線が一気に集中した。
「ちょっと待ってくれ!僕はそれを返しに来たんだ。確かにいきなりこれを持ってどこかへ行ってしまったのは謝る!ほら、これだろ?」
そういって抱えていた記事を小鈴に手渡す。
「え、ええ。これですけど....それにしてもどうしていきなりこの記事を....」
「まぁ、ちょっとな....」
「と、とりあえず今回は許しますけど、次からこのようなことは無いようにして下さいね?」
「ああ、気を付ける。本当にすまなかった」
僕と小鈴のやり取りを見てザワついていた周りも少しずつ落ち着いていく。
「さて、とりあえず目的は達成したわけだし.、とりあえず帰るか」
「さて、『おかえり』と言いたいところだが....色々説明してもらおうか」
「え?」
「え?じゃない。一体どんな風の吹き回しであんなことをしたんだ?新聞記事を食い入るかのように見てるかと思えば、いきなりその記事を持ってどこかへ走り去ってしまった。この状況をどう説明する?」
「え....?あの時いたんですか?」
「いたも何もあの時私は小鈴と普通に話していたぞ?まさか気づいていなかったというのか....」
「まぁ、はい。ちょっとあの時は周りが見えてなかった感じですね....」
「とりあえず今日は早くに休むといい。何があったかは明日聞かせてもらう」
「....分かりました、今日は迷惑をお掛けしてすみませんでした。」
「君にも何か理由があってのことだろう、気にし過ぎないことだな」
慧音は僕に優しく言った。言葉通り僕はいつもより早く床に就いた。
翌日の寺子屋、僕の授業の時間になり教室に入ると一人の生徒が開口一番
「せんせー!なんで昨日は泥棒したんですか?」
と、言った。その発言を皮切りに教室がざわめき出す。
「おーい、静かにしろ~」
僕が手をパンパンと叩いて指示を出す。今日は過去のこともあり、割と早くに騒ぎは収まった。とはいえ今日は昨日のこともありあまり授業に身が入らなかった。
授業が終わり、教室を出ようとすると、チルノと大妖精に呼び止められた。
「すぐるー!」
いきなり呼ばれて少しビックリした。
「何だ?というかいい加減お前も僕のことを『先生』と呼んでくれてもいいんじゃないか?」
「そんなことはどうでもいいんだよ」
「どうでもいいってあのなぁ....」
「チルノちゃん、そろそろ本題に入ろう?えっと....その、ごめんなさい!」
大妖精がいきなり僕に頭を下げて謝る。それで教室中の視線がこちらに集まる。昨日のドロボー騒動を思い出して僕も少し焦る。
「え?え?ちょっといきなりどうしたんだ?」
「えっと、実は昨日の授業が終わった後に何かお守りみたいなものが先生が授業をしてるところに落ちてたんですけど、今日それを届けようと思ってたんですけど....それを失くしちゃったんです」
大妖精は目に見えて落ち込んだ様子で僕に言う。....お守り?
あまり身に覚えのないことに戸惑っていると、すかさずチルノが
「待て!大ちゃんは悪くないんだ!それを失くしたのはあたいなんだ....あたいが預かってたのをどこかに失くしちゃったから....大ちゃんは悪くないんだ!だからその....ごめん!」
大妖精に続いてチルノも少し決まり悪そうに頭を下げた。突然の事態に僕はたじろぐ。
「えっと、ちょっと待ってくれ、まずはとりあえず頭を上げてくれ」
僕がそう言うと恐る恐る2人が頭を上げる。
「まず、お守りだっけ。そもそもこっちに来てお守りなんて持ってた覚えは無いんだ」
「え?」
2人が思わず声を上げる。
「だから、お守りなんてこっちに来て持ってなかったってことだ。もしかしたら僕のじゃなくて他の生徒のものかもしれない」
「なーんだ、すぐるなんかに謝って損した」
「あのなぁ....それで、お守りはどこで失くしたかというのは覚えてるか?」
「うーん、寺子屋の授業が終わって外に出てすぐに無いことに気づいたから、失くした場所であり得るのは教室の中かなぁ。昨日は帰るときまで外には出なかったし」
「なるほど、じゃあお守りの特徴ってどんなのかは覚えてるか?色だとかその辺りで」
「うーん、あたいはあんま覚えてないなぁ。大ちゃんは?」
「えっと、私もはっきりとは覚えてないんですけど、確か色は―」
「とまぁ、こんな風だったと思います。もしかしたら少し記憶違いがあるかもしれませんが....」
「なるほど....ありがとう。後でみんなに聞いてみよう」
ざっくりとした特徴を聞いて確信した。このお守りは僕のものだと。
教室を出て裏に引っ込んで考えた。あのお守りは僕がこっちの世界に来る前に母が僕に遺したお守りである。どうしてそれを2人が持っているのだろうか。というよりもどうしてこっちの世界にそれがあると言うのだろうか。
色々分からないことが山積みである。とはいえ僕もこの世界に来てしまった訳だし、もはやこの世界の何が僕の中の常識の尺度で測れるかということから分からない。正直深く考えるだけ無駄なような気がしなくもない。
ただ一つ言えることがあるとすれば、小傘の言っていたことがもし本当だと言うのならば、もしかすると母がこちらの世界に来ているのかもしれない、と言うことである。