在るべき死に場所を探して   作:開屋

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約束と誓い

 目を覚ますと眩しい光が窓から入ってきていた。どうやら昨日はいつの間にか布団も敷かず寝てしまっていたようである。何時くらいに寝たかは覚えてはいないが、普段よりは早い時間に寝たのだろう。そのまま下に寝たせいか寝覚めが特別いいということはなかったが。

 

 いつもより早い時間ではあったが、二度寝なんかもすることなく僕は起きた。しかし何かを忘れている気がする。だが昨日は色々あって最早どこからが『何かを忘れてる』の範疇なのかが思い出せない。

 

 漠然とそのことについて考えたが、思い出せなかった。しばらくすると慧音がやってくる。

 

「おお、もう起きていたか。それでいきなりで悪いんだが....」

 

 昨日の事についての説明だろう。この人の前で隠し事をするのも何となく気が引けるし、シラを切り通そうとしたところでいずれ見抜かれてしまうだろう。僕は昨日見た記事の事からその後の行動についてまで慧音に話した。

 

「なるほどな、それは確かに君にとっては居ても立っても居られない状況になるのも頷けるな」

 

「はい....とはいえ昨日の行動は少し短絡的だったかもしれませんでしたが」

 

「まぁそれについては否定はできないな。それで、君はこれからどうするんだ?」

 

 問題はそれである。もし母がここに居るとなれば勿論すぐに会いに行きたい気持ちではある。しかし本当にここに母がいるかということさえも未だに曖昧である以上、無闇に行動を取るのはあまり良くないのかもしれない。もしかしたら再び突発的な行動で多方面に迷惑をかけることになるかもしれないから。

 

「とりあえず、今はあまり行動は起こさないつもりです。少しずつ何か手掛かりを手探りで見つけていく感じで....でも普通に授業にも顔を出しますし、基本今まで通りで行くつもりです」

 

「そうか、分かった」

 

 その日は今までと同じように授業を行って、終わればいつもと同じように過ごした。度々件のことが頭をよぎることもあったが、自分の仕事に私情を挟むわけにもいかない。その時は気持ちを押し殺して平静を装っていた。

 

 

 

 その日授業が終わると、着ている服に何か違和感を覚えた。そういえば昨日小傘との別れ際に何か違和感があったような気がした。もしかして僕が何か忘れている気がする、というのはこのことだったのだろうか。

 

 少し確かめると、ポケットの所に何かが入っている。僕は中をまさぐって入っていたものを取り出した。

 

「....!」

 

 それを見て僕は震えた。少なくともこちらへ来てからは初めて見るものであった。だが、それと同時にここに在るはずの無いものであった。

 

 

 

 

 寺子屋の授業が終わり生徒らが帰っている。その様子をボンヤリと見ていると、チルノと大妖精、加えてルーミアが何故か僕のいる部屋へやって来た。思わぬ来客に少し驚く。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

 僕は3人に尋ねる。ルーミアが最初に口を開いた。

 

「いや、チルノと大妖精から聞いたお守りの持ち主なんだけど、今日来てる皆に聞いてみたらそんなの失くした人はいなかった」

 

「そ、そうか」

 

 少し濁すような返事を僕は返す。それを見た大妖精が

 

「あの、ホントにあのお守りって先生のものじゃなかったんですか?」

 

 と、追及する。思わぬ状況に僕も少し平静を保つのが辛くなってくる。

 

「ねぇ、すぐるは何か隠してるんじゃないか?あたい達にまだ何か言っていないことがあるんじゃないか?」

 

 チルノとは思えない鋭い指摘に慌てる。正直、このことはあまり生徒には知られたくない。変に広まって騒ぎにでもなってしまえば後々大変だからだ。出来る限りこの問題については僕自身で解決して—

 

「やれやれ、ここに居たのか」

 

 いきなり声がした。慧音だ。

 

「うわっ!?けーね先生!?」

 

「『うわっ』とはなんだ失礼な。3人ともすぐに帰らないでいつもと違う方に行っていたから少し様子を見せてもらってたんだ。」

 

「ご、ごめんなさい....」

 

「別に謝ることはない。今回については彼に謝ろうとしていたんだろう?それを私が咎めることはさすがにできない。まぁいきなり何の連絡も無しに来たのは少し良くなかったかもしれないけどな」

 

「うー....」

 

「さて、少し状況を見せてもらったが、多分こうなってしまえばもう隠しきることはできないと思うぞ?」

 

「え?」

 

 慧音の言葉に僕は首を傾げた。

 

「チルノにこういったことで目をつけられたらどれだけ振り切ろうと思っても逃げ切れないだろうからな。変に隠し通すより今白状した方が身のためだぞ」

 

「白状ってまた物騒な....」

 

「やっぱり何か隠してたのか!すぐる!」

 

 チルノ尋問官からの鋭い追及が続いた。確かにこれがずっと続くとなると厄介この上ない。観念して僕はあのお守りが自分のものであったということ、そして今それが何故か手元にあるということを含めて洗いざらい話した。

 

 

 

「えーと、うーんと....どういうことだ?」

 

 話を理解しきれなかったらしいチルノが頭を抱えている。

 

「チルノちゃんには私が後で説明するよ。つまり先生のお母さんがこの幻想郷にいるかもしれない、ってことですよね?」

 

「まぁ、ざっとそんな感じだな。しかしお守りの件は私もそこまでは知らされてなかったぞ」

 

 慧音が少し納得できないといった様子で言う。

 

「お守りはさっき入ってたことに気づいたんです。最初はチルノたちが教室の中で落としたのを見つけたみたいなんですけど、それがいつの間にかなくなってたらしいです」

 

「てっきりあたいが無くしたかと思って焦ったんだぞ....」

 

「でもチルノの不注意もあったんじゃないかなー」

 

「ル、ルーミア!余計なこと言うな!」

 

「確かにチルノならすぐに失くしそうでもあるな」

 

「す、すぐるまであたいをバカにするな!」

 

 先程と違い、心地よい和やかな雰囲気が場を包んだ。

 

 

 

「でもなんでいきなりお守りが失くなったかと思ったらすぐるの所にあったんだ?」

 

 チルノが疑問符を浮かべる。

 

「それに関しては私にも分からないな。そこを考えるのは保留にしておこう」

 

「それで先生は、どうするんですか....?」

 

 大妖精が尋ねる。

 

「これについては慧音先生にも言った通り、基本的には今までと同じように過ごすつもりだ。あとこのことについてはあまりそちらの方で話を広げすぎないようにしてほしい。どこかで情報の食い違いとかも起こるかもしれないからな。」

 

「分かった、あたいは秘密にしておく」

 

「頼んだぞ」

 

 紅い夕日が窓を照らす中、僕は約束をした。

 

 

 

 その日の夜、僕は枕元にお守りを置いた。改めてしっかり見ると手書きの文字は少し掠れているが、やはり紛れもなくあの時に貰ったものだった。きっと母はここにいる、必ず見つけ出して見せる。雲一つない闇夜の下、そう静かに僕は心に誓った。


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