在るべき死に場所を探して   作:開屋

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幻聴の実体

 どうせ今の僕に残っているモノなんて何一つなかった。思えば父を手に掛けてからの僕には何も残されるはずが無かったのだ。それをこのよく分からない世界で居場所を与えられて、それに満足した気になっていて....こんな特殊なケースで僕の存在意義が生かされているのを僕はいつの間にか当然のことだと勘違いしていた。

 

 平常時の倫理観は僕を理性的に生かしてくれた。それが今は何だ、もう自身の均衡を守るための口実なんて残されていない。リミッターが外れた僕には客観的な正常性などあるはずもない。

 

 それならばもう逃げも隠れもする必要もない。悪事なんてものは僕の中にはない。それを僕が悪だと判断しない限りは正しい行いなのである。例えそれが詭弁だったとしても誰がそれを止めてやるもんか。今の僕がどうなろうとも構う奴なんていない。万一いたとして僕の行いに口をはさんだところで今の僕は立ち止まるつもりもない。

 

 ふとポケットに手を入れると何かがあった。あの時のお守りである。....さすがに少し躊躇ったが、いまさら未練を残したところで何になるというのか。

 

 僕は一瞬だけお守りを握り締め、すぐに全てを断ち切るかの如く地面に叩きつけた。その瞬間、人としての生存証明とも言えるような、僕を取り巻く鎖のようなものが音を立てて消えていったのを感じた。

 

  

 

 何をされたって僕は死ななかったんだ。人間だって妖怪だってなんだって構わない。目にモノを見せてやる。

 

 

 

 

『あらあら、今の貴方には力も何も残っていないというのに....』

 

 

 

 

 ....幻聴だろうか。何か声が聞こえてきた気がした。声のした方を振り返ってみるが誰もいない。一体何だったというのだろうか。決意を固めた僕は走り出した。

 

 

 ....おかしい、これまではどれだけ走っても全く疲れを感じなかったというのに今はほんの短い時間を走っただけでもう体力が底を尽きそうなほどである。先程聞こえた幻聴らしきものが脳裏を過る。

 

 それの正体は知らないが、何か指図されているようで気に入らない。さっきの声を振り払うかのように頬を一度強く叩いて自分を鼓舞する。

 

 もう一度走り出したが、間もないうちに激しい横腹の痛みと吐き気で倒れ込む。初めて母のことを新聞で見たその時はこんなことにはならなかったというのに。あの時の方がよっぽど長く走っていたというのに。

 

 その後も何度も体を起こして気概だけで動こうとするも、全く体が言うことを聞かない。喉の奥に染み付いた味だけが今の僕の無力を示す。

 

 結局それからまともに動くことも出来ず数時間くらい経っただろう。もう動ける体力もない。飢えと眠気と疲労でもはや満身創痍である。

 

 ここまで疲弊はしていなかったとはいえ、ここに来る前の状況と今とが重なる。全てを諦め森に入って....それから目を覚ますとここに来て....

 

 ここで眠って、再び起きた時にはもしかすると元の世界に帰っているかもしれないな。その時はその時で好き放題させてもらおう。それこそ誰か一人でも僕以上、もしくは僕よりも不幸な目に....

 

 

 意識が遠のいていく。そのまま僕は深い眠りについた。

 

 

 

 ゆっくりと、意識が戻ってくる。何か温かいものに包まれているかのような....起きようとも思ったがもう少し寝ていたい。春頃の布団の中にいるような温もりを内側から....

 

 

 

 それから少しして目を開けてみる。周りの景色は変わっていなかった。少し休んだせいか、大分体力が戻ってきたような気がする、というよりもこの感じは.....

 

 試しにもう一度走ってみる。しばらく走りっぱなしではあったが、全く疲れを感じなかった。再び以前の僕に戻ったようだった。

 

 僕が里に降りようと再び走り出した時、何かが落ちたのに気付いて足を止めた。そちらの方に行った僕は目を疑った。

 

 

 

 そこにあったのは僕が捨てたはずのお守りである。どうしてここにあるというのか、そういえば似たような状況が過去にもあったような気がする....確かチルノがお守りの事を話してくれた時で—

 

『そろそろ気付いてくる頃かしら?』

 

 またどこかから声が聞こえた。前に聞こえた幻聴らしきそれと同じ声だ。声のする方を一応向いてみるがどうせ誰も....いた。見たことのない女性だ。陽もあんまり当たらないこんなジメジメした場所にも関わらず日傘を持っている

 

「....誰だよ、あんた」

 

 不躾に僕は尋ねる。相手は扇子で笑みを浮かべた口元を隠して

 

「貴方のことをしばらく見ていた者、と言ったらいいかしら?」

 

 と、答えた。正直何を言っているのかよく分からない。一つ言えることがあるとしたら、多分これも人間じゃないだろう。苛立ちを感じて僕はつっけんどんな態度をとる。

 

「要領を得ないな。言いたいことも無いならどっかに行け。そうじゃないと—」

 

「私を倒す、と言いたいのかしら?」

 

 言おうとしたことを言い当てられた僕は少しフリーズする。

 

「貴方が母親探しで人里で騒ぎを起こしたことも、寺子屋で授業を教えていたことも、あと来たての時にこの辺りに住む蟲に呑まれたこと、大体は見て来たけど改めてその辺りの話でも聞かせてもらおうかしら?」

 

 何者だコイツは....!?最後に行っていたことは魔理沙くらいしか知らないはずだというのに....どうせそこから話を聞いたといった所だろう。前にも天狗の情報網が云々と言ってたし、この狭い世界では案外情報がすぐに広まるんだろう。

 

 動揺を見せたくない僕は、そう自分に言い聞かせて無理矢理自分を納得させることが精一杯だった。

 

「それにしても死ねないというのは普通の人間には難儀なことね。どれだけ走ろうが疲れもしない。何を食べても死なない....普通に考えれば良いかも知れないけど死にたい人間からすればありがた迷惑な能力....」

 

「持って回った言い回しだな。何が言いたいんだ。」

 

「こうでもしないと私の言うことを貴方は信じないでしょう」

 

「....分かったよ。話は聞く」

 

 最初は腹の立つ相手だと思った。ブッ殺してやりたいとも思った。だが話をしているうちに、何となく彼女には勝てないような気がしてきた。ある種の勘でしかないのだが。

 

「そういえば自己紹介がまだだったわね。私は『八雲紫』。以後お見知りおきを」

 

「名前なんてどうでもいい。何が言いたいんだ」

 

「そうね、どこから話すべきかしら....とりあえずまずは貴方の持っているお守りについてから話させてもらうわ」

 

 今までは特にこんな怪しい相手の話を聞き入れようとも思わなかったが、紫がお守りについて話すとなるや否や僕は目の色を変えた。

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