「分かってたこととはいえ高いな、これはこれで神経磨り減らしそうだ....」
「ったく、お前の方から無茶を言ってきたんじゃないか....文句をつけられる筋合いはないぜ」
「ああ、分かってる。だ、だからあまり揺らさないでくれ....」
「注文の多いやつだな。もうすぐ着くからそれまでの辛抱だ。ってお前こそ揺らすな!危ないだろ!」
「そんなこと言われてもこれは流石に....」
「だぁぁぁ!もう全速力で行くからな!しっかりと掴んどけよ!」
「え?ちょっと待って—」
有無も言わさず魔理沙はスピードを上げた。
時は少し遡る。
「はぁ?2人乗りが出来るか?」
「ああ」
僕の質問に魔理沙は首を傾げる。
「一応聞いておくが....どうしたいんだ?」
「僕を人里の方まで運んでほしい。後生の頼みだ」
そう言って深々と頭を下げる。
「なっ....いきなりそんな真剣に頼まれても困るぜ。大体どうしたんだよ。最初に会った時とは大分様子が違ったみたいだが」
「色々あったんだ。一から説明したら長くなるから頼まれてくれ」
僕はそのまま押し通そうとする。最初に会った時と比べて相当に様変わりしたのと、真剣そうな様子に魔理沙は戸惑いつつ
「まぁ、出来んこともないが....」
と、返事を寄越す。僕は頭を上げて
「マジにか!?」
と、興奮気味に魔理沙に詰め寄る。
「お、おい!落ち着け!そんなグイグイ来んな。安心しろ大マジだ」
「それじゃあ、頼まれてくれるか?」
「ったく仕方ねえなぁ。このままだと何しでかすかも分からんし今回は特別だからな」
断っても無駄だろう、と悟った魔理沙は止む無く頼みを受けることにした。
「うわぁぁぁ速い速い速い!死ぬ死ぬ!」
「だからしっかりと掴んどくことだな。頼んだのはお前なんだからな!」
いい気味、と言わんばかりに魔理沙が上機嫌そうに笑う。とにかく僕は全力で柄の部分を握り締め、目を閉じた。どうかこの地獄のような時間が早く終わってくれ!
「よし、着いたぞ。大丈夫か?」
「大丈夫な....訳ないだろ....死ぬかと思った....」
もはや放心状態といった様子で、僕は虚空を見上げて中身のない返事を返す。
「だろうな、お前のために今回はとびきり速く飛ばしてやったんだから。正直私自身も結構ヒヤヒヤしたぜ」
「そうか....はは」
まだこちら側に帰ってこれない僕は絞り出すように声を出す。少ししてようやく意識がこちら側に帰ってくる。
「大丈夫みたいだな。それじゃあ私はこれで失礼するぜ」
「あ、その前に1つだけいいか?」
魔理沙が帰ろうとするのを僕は呼び止める。
「何だ?手短に頼むぞ」
「名前はよく覚えてないがあそこの森にある店、いい加減ツケは返しとけよ」
「うっ....さては霖之助から聞いたな?余計なお世話だぜ....」
そういって魔理沙は飛び立って行った。これで僕の盗んだ服の分くらいは返せるだろう、魔理沙が本当にツケを少しでも返せばの話だが—
とはいえようやく再び人里まで戻ってくることができた。とはいえ僕は、里で大暴れして最悪誰かしらを殺してしまっているかもしれない存在である。いわゆるお尋ね者って奴だ。身を隠しつつ母親を探さなくてはならない。そう考えると骨が折れる。
母が見つかりますように....願掛けも込めてポケットにしまっておいたお守りを出して、目を瞑り握りしめた。
目を開けると、何か様子がおかしい。お守りを握っている僕の手がぼんやりと光っている。一体何が起きているのだろうか。
しばらくそのまま観察してみるが、ぼんやりと光ったまま変化はない。不思議に思った僕はもう一度ポケットにお守りをしまった。
時間帯が昼過ぎのため、人の往来がかなり多い。この状況の中出来るだけ人目に付かないように移動するのは中々大変である。少しだけ移動するのもままならない。
さっき光っていたのもあり、お守りのことがふと気になった。ポケットから出そうとすると相変わらず光っている、何故かポケットの中からでもハッキリと分かる程に。
驚いて取り出してみると、やはり先程に比べてかなり強く光っているのが分かった。一体何が起きているのだろう。
もう一度そのままで観察していると、光がどんどん強くなってきている。かと思えばまた少し光が弱まって―それの繰り返しである。
しばらく見ていたが、埒が明きそうにもないのでもう一度探すことにした。相変わらずお守りは光の明滅を繰り返している。結局それ以上もそれ以下も―
急にお守りが強く光り始めた。今までも多少強く光ることはあったが、それまでとは次元が違う。足を進めるとその光はどんどん強さを増していった。あたかも光が僕を導くかのように。
『その時』は突然に訪れた。十字路を曲がってすぐの所、お互いに目が合う。
ほんの少しだけ時が止まる。こちらに意識があるようには見えないが、果たして向こうは僕に気づいているのだろうか。何か話しかけようとするが言葉が見つからない。
紫の言う通りだとしたら恐れることなんて何も無いのに。本当にあの人が僕の母親だと言うのに。どうにも決意が固まらない。とりあえず何か声をかけないと。えっと、何て言おうとしたんだっけ....
「あの、えっと―」
「居たぞ!アイツだ!」
僕が母に何か言おうとした瞬間、少し離れた方から野太い声が響いた。しまった、注意力が散漫になっていた。
思わず僕は母の手を掴んで走り出した。
「あっ、おい!アイツを捕まえろ!」
マズい、傍から見ればこれって誘拐じゃないか。しかも完全に札付きのヤツが女の人を拐ってるだなんて、最悪婦女暴行だって疑われかねない。
だがここで足を止める訳にもいかない。何となくここで捕まったらもう二度と母に会えない気がした。いや、多分気のせいでは無い、勘を越えた確信に近いものを感じた。
逃げて、逃げ回って、ようやく追っ手は撒けた。ここでふとお守りのことを思い出した。もしかするとこの逃亡で相当に力を使ってしまったかもしれない。
ようやく足を止めて一度落ち着く。
「あの....えっと....」
母は相当に疲弊していて状況を呑み込めてないようである。無理もない。素性も何も分からない人にいきなり走って連れ去られたんだから。
さて、ここからどうしたらいいだろう。その最適解は今の僕には見つからない。それでもただ一つ、僕は万感の思いを込めて真っ直ぐに
「母さん」
と、言った。