「....へ?」
キョトンとした顔で魔理沙は気の抜けた声を出す。
「帰りたくないです、あんな世界。それならここでバケモノに喰われた方がよっぽどマシです」
改めてきっぱり魔理沙に言った。
「おいおい、あんまり冗談言うもんじゃないぜ」
魔理沙は少し語調を強める。
「冗談じゃありません」
負けじとこちらも返事をする。
「さっきも見たろ?ここには普通の人間じゃまず太刀打ちできないヤツらがうじゃうじゃいるんだ。実際にここに来て魔物にやられたヤツだっていたさ。お前にとってこんな実感のない世界で死んでもいいのか?」
「構いません。失礼しました」
そう言って僕は家を出た。
「お、おい!」
後ろから声は聞こえたが無視した。
しかしここは本当に居心地が悪い場所である。瘴気、というかなんというか。長く居たら何処かおかしくなってしまいそうである。
遠くから不気味な声なども聞こえてくるが、僕は一心に歩き続けた。夢から醒めないために―
しかし、どこまで行ってもバケモノは見つからない。しかもかなりの時間何も食べていないのに空腹を感じないのである。喉の渇きもない。
どうしてだろう、と考えていたがそれと同時に1つ考えが浮かんだ。その辺にキノコがウヨウヨ生えているなら、毒キノコのひとつでもきっとあるだろう。とりあえずそこらに生えてるモノでもつまんでいこう。
手始めに足下に生えた見たこともない小さなキノコを口に運ぶ。
「うっわ、マズッ」
正直食えたもんじゃない。それでも目に留まったものはとりあえず食べた。どれもマズくて吐き出しそうにはなったが、とにかく無理やり飲み込んだ。
おかしい、確かにマズさに吐き出しそうなことはあるが、それ以外には全く身体に異常を来てしていないのである。ここに生えてるものが全部食用だと言うのだろうか。少なくともこの暴力的なマズさで食用となればある意味凶器とも言えよう。
やがて食べ続けるにも精神的な限界が来た。飢え死にすることを考えると、下手に食べ物を口にしなければ良かったのだろうか。もしかすると、よもつへ食いのようにここの食べ物を食べたせいで戻ってくることができなくなったのかも知れない。そうなりゃ万々歳だ。
と言うよりも、ここが仮に現実だとしたら僕の回りにいる人は皆が僕のことを知らない人ということになるであろう。いっそここで暮らしてもいいんじゃないか?
そんなことを考えながら歩いていると、最初にここに来たときと同じようなあの草を掻き分けるような音が聞こえてくる。やがて僕の前に現れたのはさっきと同じような芋虫の姿のような、バケモノであった。声にならない呻き声を上げてこちらに襲いかかってくる。
ここで改めて僕の目的を思い出した。今度はきっと魔理沙が来ることもないだろう。そして運命の全てを受け入れよう。
ソイツは奇妙な動きをして僕のことを丸呑みにした。モワァッとした感覚が非常に気持ち悪い。そこから胃までの道はどこまでも耐え難い湿度と異臭に包まれていた。
ようやく胃に辿り着いた頃には僕の胃液が逆流の限界を迎えていた。ものすごく強い酸の臭いを放つバケモノの胃液に浸からされた僕はとうとう耐えきれず、胃の中のものをぶち撒けた。
やがて来ている服が溶け始めた。終を迎える場所としてはこの上なく最悪とも言えたが、これで最後を迎えられるのなら何でも良かった。バケモノの胃液が僕をドロドロに溶かして、この世から消え失せるのも時間の問題だろう。
しばらくして様子がおかしいことに気づいた。服は上も下も完全に溶けきって、素肌で液に浸されているはずなのに、僕の体が溶けきる様子が無いのである。少々ピリピリした感覚はあったが、僕の体はずっと形を保ったままであった。
さらにさっきまで活発に動いていたはずのバケモノの様子もおかしい。どんどん動きがなくなってきているのである。
やがてドシーン、と大きな音をたてて僕の宿主は倒れ臥した。そこから動く気配も全くない。居心地の悪さに気も狂いそうだし、バケモノの胃から食道にかけて口までが平道になったため、とりあえず地上に出ることとした。何かが落ちていたようだったが、早く出たいと思っていたので無視して進んだ。
地上に出ると急に体がピリピリしてきた。痛い! その一心で、僕は近くにあった水溜まりで体を洗った。
幸いにも痛みは治まった。
「おいおいどうした!?何かデカイ音が聞こえたんだが....ってうわっ!どうしたんだお前!?」
出るとすぐに魔理沙がいた。そりゃついさっきまでいた男が全裸になっていたのを見ればさっきの反応は当然だろう。むしろ可愛いくらいだ。
「....アレに食われました。けど何か戻ってこれました」
とりあえずさっきあったことを話す。
「いやそうじゃなくて....とりあえずその格好だと話そうにも話せん。向こうの水溜まりで体を洗ってくれ。こっちで適当に服は持ってくるから。それとなんだが....あと一つ聞かせてくれ」
怪訝な顔をして魔理沙が尋ねる。
「なんですか?」
「お前、うちの家の近くにあったキノコ....もしかして食ったのか?」
「あー....はいまぁそうですね。空腹だったんで」
とりあえず適当に嘘を吐いておいた。
「....どうもないのか?」
「まぁ特には。味は食えたもんじゃないですけど」
「当たり前だ!あんなの食うヤツがどこにいるか!そもそもあれは生身の人間が食えば5分も経たずに死ぬようなもんだぞ!」
「じゃあ僕はどうして無事なんですか?」
「それは....それはまだ知らん。とりあえずその格好だと話すのもアレだ。少し待ってろ」
そう言って魔理沙は僕が行った道を戻る。僕はポツンと森に取り残された。
「....もうどうでもいいや」
魔理沙の指示を無視して僕は再びあてもなく歩き始めた。