僕はまたあてもなく歩き始める。魔理沙いわく食べたら死ぬキノコを食べても平気だったり、バケモノに食われても消化されることがなかったりと何故かこの世界に来て不死身にでもなってしまったかのようである。
小さな子どもだったり、ヒーローを夢見る者とすれば喉から手が出るほど欲しいと思うような力ではあるだろうが、生憎僕は自殺志願者である。この運命を導いた神様がいるとすれば、この上ないありがた迷惑としか感じられない。もしも母といられるのなら別にそれで構わない、いや、母の死に目を見るのはちょっと辛すぎる。
と、そんな他愛もないことを考えていたが、この辺りで流石に自分が一糸纏わぬ状態でこんな瘴気に塗れた所を歩き回っているということが辛かった。寒さは特に感じなかったが、それでもせめて羽織るものの1つも欲しい。
ここに来て気づいたのだがあのバケモノに呑まれてから辺りだろうか、辛くなってきた。元々精神的にしんどいところもあったが、今度は肉体的にもキツい。
ここで自身を放ったらかしにしていても勝手に野垂れ死ぬだろうが何だろう、こんな自分も全く知らないような森で真っ裸で死ぬと言うのも....せめてもう少しマシな死に様を所望したい。
死に場所を探し、死ねればなんでもいいと思っていた僕が今更死に様を求めるなんて傍から見れば僕はどれほど滑稽だろうか。思わず自嘲的な笑い声が小さく零れた。
ずっと代り映えのしない所をずっと歩いていると、ふとこんな森には少し不釣り合いな建物を見つけた....香霖堂?と書かれている。何らかの店だろうか。何と読むのだろうか。
だが店は閉まっている。誰もいないなら衣服の1つ盗んでしまってももう誰も追及しないだろうし、何より外的要因により歪まされてしまった僕の中の倫理観がそれを全く追及することが無かったのであった。
だが幸運なことに店の外には何らかの服が干されている。ポケットのようなものもついており、それなりの着心地であった。と、そこまでは万々歳ではあったが残念なことに下がない。
とりあえずどうしようもないので上を羽織って下も隠せるようにした。これで人前に出れば間違いなく不審者扱いだろうな。とはいえこれから誰かに会うことなど考えていないしどうでもいいんだけどさ。
服を着たからだろうか。再び辛さをあまり感じなくなってきた。さっきまで一糸纏わぬ姿でこんな所をずっと歩き続けていた分、大分精神的に磨耗していたのだろうか。心と体が密接に関係しているというのは案外間違いではないのかもしれない。
しばらく歩いているとさっきよりも道が開けてきた。瘴気や湿気も大分収まってきて前ほどの居心地の悪さもなくなってくる。少しして森を完全に抜けた。ずっと代わり映えのしない景色が広がっていたので少し解放感は感じられる。
目的地もないのでとりあえず放浪でもしようか、と思っていた矢先に
「はぁはぁ....ここにいたか。というかウチのモノまで盗って行って....これではまるで魔理沙が2人いるみたいじゃないか....」
後ろから聞き覚えのない声がする。魔理沙と言っているとなると、声の主もこの世界、もとい夢の世界の人間なのかどちらかは知らないが、僕とは違う人間なのだろう。だが今は誰かと交わりたい気分ではない。無視して進むことにした。
「おいおい、無視かい?ここまで居直ることのない盗人と言うのもいっそ清々しいものだな」
そう言って声の主は僕の肩を掴んだ。振り払うのも億劫なので、抵抗はしなかった。僕はそのままさっきの香霖堂とかいう店に連れ戻された。
「それで、どうして君は僕のところのモノを持ち去ったりしたんだ?」
特に理由もないので僕は何も答えなかった。
「はぁ....このままじゃ埒が明かないな。君ここらでは見ない顔だね。もしかしてどこかから迷いこんだのかい?」
「さぁ....」
吐き捨てるように短く返事する。
「となると....もしかして君は外の世界から来たのかい?」
「さぁ....」
返答も面倒臭くなってくる。物盗りへの対応は向こうの万引きの時とこことで大して変わらないようである。
「しかし魔理沙からは聞いていたが随分と強情だなぁ、何かあったのかい」
....きっとこれ以上ここで取り調べを受けても時間の無駄だ。椅子から立ち上がって帰ることにした。
「おっと、このまま帰したりはしないよ。せめて少しだけでも話を聞かせてもらおうか」
「僕から話すことなんてありませんよ、こんな現実かもどうかも分からないところで」
ぶっきらぼうに吐き捨てた。ここに来て僕は大分人間性が変わってきた気がする。
「夢かどうか、か。魔理沙から話は聞いていないのかい?」
「聞いてようが聞いていまいが、ここが夢かどうかと判断するのは僕自身です」
「そうかい?そう言いつつも君自身が一番ここが夢じゃない、と実感しているんじゃないかな?確かにこの辺りに棲むワームに呑まれて今もこうして五体満足でいられると言う状況じゃ、信じたくない状況にとって都合はいいかもしれないけどね」
「言いたいことはそれだけですか?僕はもう出て行きますよ」
今度こそもう忠告も何も耳にいれるつもりはなかった。
「それが君の選択かい?それなら僕はもう止めはしないよ。ただし君もいつかは今君の生きている世界が現実だと言うことを直視しなければならなくなるだろう。とりあえず今だけはその服をあげるとしよう。それが無ければ身動きもそうそう取れないだろうからね。とはいえいずれ代金は払ってもらうよ」
....どうもこの店主は食えない奴だ。彼が何を言おうがここが現実か否かは僕の匙加減である。頭の片隅にツケの話が残っていたのは僕の中にまだ良心的な気持ちがあったからなのかもしれない。
だがすぐにその感情は無くなった。というよりも無理矢理押し込もうと思ったのだろうか。ツケなんか誰が払うもんか。そう思った僕は店の戸口に唾を吐きかけた。