在るべき死に場所を探して   作:開屋

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苛立ちと激昂

 僕は彼女が教鞭を執っているらしい学校に連れて来られた。正直言って学校というものにいい思い出はそう無いのであまり見たい場所ではなかった。

 

「そういえば自己紹介が遅れた。私は『上白沢慧音』だ。ここの寺子屋で教師を務めている」

 

 そう言って慧音は手を差し出す。僕はその手を取らなかった。

 

「むぅ、中々強情だな君は。まぁそれは会った時から思っていたから構わないが」

 

 別に彼女に何を言われようが僕には構わない。どうせ深く関わることもないんだから。それに経験上僕はどうも教師と言う存在に対してあまり信頼を持てていないのである。ただでさえ他人と関わりたくないのにその上教師と来た。正直バケモノの胃の中とは違ったベクトルで居心地が悪い。

 

「とりあえずこの部屋にいると良い。狭いのは申し訳ないがそこは勘弁してくれ」

 

 苦笑いを浮かべながら慧音が部屋を指す。僕にあてがわれたのは、ちょうど寺子屋の教室の上の階に当たる場所のやや狭めの部屋だった。

 

 今はもう既に陽もほとんど落ちており、間も無く夜の帳が降りる寸前であった。

 

 結果として意志の無い僕はとりあえず居候することになった。空っぽになった僕はひたすら流されることになった。少なくともこのまま行き着く先にハッピーエンドは待っていないだろうよ。

 

 僕の目指すハッピーエンドは誰もかもがバッドエンドとして思い描くモノに違いないだろうけれど。と、ボンヤリと考えて僕は床に大の字になった。隅に重ねられていた布団は放ったらかしにた。

 

 

 

「おはよう、って布団敷かなかったのか」

 

 目を覚ますとちょうど慧音がいた。

 

「ああすまない。すぐに出るから気にしないでくれ」

 

 慧音はタンスから何かを取り出してそのまま部屋を出た。それからしばらくすると下の方から子供の声が聞こえてくる。寺子屋と言っていた訳だし、おそらく授業が始まったのだろう。まさかこんな世界でも学校を感じることになるとは文字通り夢にも思わなかった。

 

 聞くに基本的に僕が小学校にいた時辺りと学んでいる内容はあまり変わっていないようであるが、ちょくちょく珍妙な名前も聞こえてくる。

 

『こらチルノ!寝るんじゃない!』

 

 こんな具合である。特にこの『チルノ』とやらの名前がしばしば聞こえてくる。たまに『ルーミア』?とやらの名前も聞こえてくるが。

 

 下の授業風景は校内のカーストも、嫌なしがらみも無いもののように思えた。何となく授業を聞いていると昔が懐かしい。まだこの辺りの頃は僕も世界を信じていただろう。穢れもなく純粋に物事を受け入れて....

 

 おっと、そんな無駄なことを考えたって何の生産性もない。どうして今更過去に未練を残せようか。まだ完全に過去を捨てきれない自分が何か腹立たしい。こんな宙ぶらりんの状態で果たして死ぬことができるのだろうか。

 

 森で彷徨っていた時の僕は死に対して微塵たりとも躊躇はなかった。あの時に死ねていたら僕はきっと今思い悩むこともなかっただろう。そうなっては今こうやって宿借りをしている自分は何を考えていたのだろうか。何も考えていなかったのだろうか。昨日の僕は様々な出来事を通して最終的にどんな考えに行きついたのだろうか。

 

 今僕がほんの少しでも昔のことを懐古しているのなら、結局僕は人としてまだ生きているのだろうか。それなら結局僕は何がしたいのか。結果として僕は死への決心を鈍らされたのだろうか。僕があの時目指していた死のそもそもの目的は何なんだろうか。現世からの苦しみを逃れるための都合のいい手段なのだろうか。それなら別に死ななくたっていいんじゃないか。

 

 でも果たして僕にはそれ以外に道が残されているのだろうか。世界に絶望するくらいなら別に逃げても構わないはずである。じゃあこの世界に果たして二度と絶望することが無いのなら、死ぬこと以外の選択肢は残されているのか。じゃあ結局死ぬというのは何なんだろうか。

 

 考えれば考えるほど頭痛がする。今なら哲学者かぶれにでもなれそうだ。とりあえず一人で考えたい気分になった。もし慧音とやらが戻ってきたら嫌みの一つでもぶつけて出て行ってやろう。僕は久しぶりに感情に素直な気持ちで笑った。傍から見ればきっと謀りをする盗人のような歪んだものだっただろう。

 

 

 

 しばらくすると授業の方が一段落ついたらしく、再び下の方から子供たちの活気のある声が聞こえてきた。こちらへ来る足音も聞こえてきた。慧音だろう。

 

「すまない、時間が時間だからきっと腹も空いただろう。これでも食べなさい」

 

 そう言って慧音は藁に包まれたいくつかの大きなおにぎりをこちらの方へ置いた。僕はそれに手を付けず

 

「どうして僕を助けたりしたんですか」

 

 と、慧音を睨み付けて言った。

 

「だから昨日も言っただろう?今君を一人にする訳にはいかないんだ。」

 

 慧音は真っすぐこちらを見てそう返す。

 

「どうしてそう思ったんですか」

 

「それは、何だ、きっと良からぬ事を考えているんじゃないかと思ったんだ」

 

「余計なお世話です。僕に声を掛けたのは教育者としてのエゴですか?」

 

 皮肉たっぷりに僕は言う。

 

「....確かにそれもあるかもしれないがそれだけじゃない。私の個人的な感情だ」

 

「子供のしたいことを阻んでおいてそれがあなたの個人的な感情の行動ですか」

 

「君だけの問題じゃないだろう」

 

「もしかして僕の周りの心配ですか?そんなこと心配しなくても構わないですよ。僕には—」

 

 ここで僕は言葉に詰まった。恐らくその先を言うのは僕にとって簡単なことだろう。だがその先を言ってしまうと、ぼくにとってかけがえのない存在を完全に手放してしまうように思えたのだ。確かに大切な人は僕の前から姿を消した。だが、それが必ずしも今生の別れを意味しているわけではない。僕はどうしてもその希望を捨てきれなかった。

 

 突然黙り込んだ僕を見かねた慧音は心配そうに声を掛けて来た。

 

「どうした、何が—」

 

「うるさい!!」

 

 色々内に秘めた感情が堪えきれなくなり、とうとう僕は感情を爆発させた。ここまで不愛想で表情を出しなかった僕しか見てこなかった慧音は驚いて少しの間、口を開かなかった。

 

「アンタに僕の何が分かる!こんな訳の分からない世界でどうして素性も知らないアンタにこんな話を....!アンタに僕のことは関係ない!僕がどうなろうとアンタに関係ないんだよ!もう放っておいてくれ!」 

 

 そう言って僕は足早に部屋を出ようとする。

 

「ま、待て!」

 

 慧音が僕を止めようとしたが僕は聞き耳を持たなかった。

 

 

 

 

 

 一方少し時を遡りここは寺子屋の教室内。いつもの人間に加え、チルノとルーミア、大妖精が授業を受けていた。

 

「ふー、やっと昼休みだ。やっぱけーね先生の授業は退屈だー....」

 

「チルノが暇だからあえて寺子屋に行こうって言ったんでしょ。結局寝てたし」

 

「そうだよ、来たからにはちゃんと起きとかないと。....ルーミアちゃんもね」

 

「う、うるさい!どっちにしろ湖にいたってやることもないからいいんだよ....ってあれ?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、けーね先生がいつもと違う方に行ってたからおかしいなーって」

 

「たまたまじゃない?気にすることじゃないと思う。」

 

「私も別に大したことじゃないと思うけど....」

 

「いや、これはきっと何かあるに違いない!ちょっと後ろの方着いていこう!今日は探偵ごっこだ!」

 

「えっ!?やめときなよ!」

 

「私はあまり気乗りはしないけど」

 

「じゃああたい一人で行くから。それじゃあ。」

 

「....まぁ私も暇だからついていくか」

 

 慧音の後ろをチルノとルーミアが尾ける

 

「えっ!?....私は....やっぱやめた方が良いよ」

 

「それならあたいとルーミアだけ行くから大ちゃんはそこで待ってたらいいぞ。

 

「え....う、うん....」

 

 大妖精だけは教室に残った。

 

 

 

 

「いいか、バレないように静かに行くんだぞ」

 

「分かってるってば、にしても先生どこ行くんだろう?」

 

「さぁ....っと、階段か。足音には気をつけろよ」

 

「はいはい」

 

 

 

 

「ここの部屋、か。あんまり見たことない部屋だな」

 

「ここに何か用だったんでしょ。多分何か道具でも取りに来たんじゃない?」

 

「しっ!何か聞こえる....」

 

 チルノがルーミアをたしなめる。ルーミアは少し納得いかない表情を浮かべたが一応静かにしていた。

 

「(けーね先生、だけじゃない....誰かいるみたいだな)」

 

「(何話してるんだろう?)」

 

 2人はそっと部屋に聞き耳を立てる。どうやら慧音は誰かと何か口論しているらしい、時間が経つにつれ少しずつヒートアップしていくのが聞いてて分かった。

 

 

 

 

『うるさい!!』

 

「!?」

 

 突然の大声に2人はブルッと体を震わせた。何とか物音は立てずに済んだ。その後も慧音の相手は何か大声でまくし立てている。

 

『もう放っておいてくれ!』

 

 最後にその声が聞こえてきて、こちらの方へ足音が近づいてくる。

 

「やばっ!バレる!」

 

「どうするの!?これ無理だって!」

 

 小声で2人は叫ぶ。そのすぐ後に一気にふすまが開けられた。 




 

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