力任せに部屋のふすまを開けると、2人の人間....じゃない、何か羽が生えている。
「何だよ、何しに来たんだ」
さっきまでの怒りに任せて2人に凄む。そのただならぬ様子のせいか、2人は少し押し黙る。すると
「どうしてお前達がここに居るんだ?」
という声とともに言い知れぬ殺気を後ろから感じた。
「あ、えっと....け、けーね先生?」
2人は怯えた表情を浮かべて震えている。そしてすぐに
「ごめんなさい!」
と、頭を下げた。それを見た慧音は、やれやれと言った様子で
「はぁ、まぁ今回は大目に見てやろう。もうするんじゃないぞ」
と、言って2人の頭をポンポンと叩いた。頭に触られた途端何故か2人が少しブルッとさせていたのは気になったが。どうやらさっき2人が黙っていたのは僕の様子を見たせいではなくて、後ろの慧音の殺気にあてられたせいだったんだろう。
「ところでお兄さん誰?人間?」
何やかんやであの後、僕はチルノとやらに連れ出され、教室に引っ張り出された。ルーミアが僕のことを妙に人間なのかそーでないのかを気にしているようだが、何となくその理由は知りたくない。
今は丁度昼休みの時間帯のようで嫌でも僕は注目の的となってしまった。もう好きにしてくれ。
「それにしてもどうして慧音先生と同じ所にいたんだろう....もしかしてそういう関係だったりするのかな?」
人間の子供たちはそんな風な話で盛り上がっている。どこの世界でもこういう話はいい酒の肴になるようだ。正直鬱陶しいが相手したくない。相手をするにも値しない。
「それで結局お前はナニモノなんだ?もしかしてけーね先生の弟なのか!?」
チルノと言ったか、正直コイツだけ色々感覚とか何かしらが大幅にズレている。
「んな訳無いだろ」
思わず返事してしまった。
「おおっ、しゃべった。となると....いとこ?」
「お前ひょっとしなくてもバカだろ」
小傘に会ったとき以上に哀れみの目を向けてチルノに言う。
「なっ!あたいはバカじゃないぞ!お前よりずーっと天才だからな!」
僕は悟った。コイツは真性だ。真性のバカだ。いっそこのくらいバカであれば僕はこんなに思い悩むこともなかっただろう。これくらい本能に忠実にいられれば僕の人生はあとどのくらい彩りを添えることができただろう。考えるだけ虚しいものだ。
ずっと空っぽで満たされなかった僕は退屈をほんの少しでも凌ごうと思い、チルノに
「なぁ、さっきお前自分のこと最強だって言ってたよな?」
と、尋ねる。
「おお、そうだぞ!」
期待通りの返事をチルノが返してくる。
「それならここの先生だって倒せるってことか?」
「え?」
僕の発言を聞いたチルノは予想外、といった顔で聞き返す。
「いや、最強っていうくらいならきっと相当強いだろうなぁって思ってな。でもさっき見た様子だと相当あの慧音とかいう先生にビビってたみたいだし....」
「び、ビビってなんかないぞ!」
「それなら倒せるよな?」
「ぐぅ....」
言葉尻を捕らえてジリジリと追い詰めていく。最後に僕はニヤリと笑って
「僕は最強のチルノが見たいなぁ」
と、呟いた。
「そ、そうか!それならやってやる!」
勢いづいてしまったチルノはそう言って慧音のいた方へと向かう。
「ダメだよ!」
突然チルノの手を誰かがつかむ。見るとその子も羽が生えている。
「大ちゃん!放して!」
「ダメ!勝てる訳ないって!お兄さんもチルノちゃんに変なこと言っちゃダメです!」
そう言って大ちゃんと呼ばれた子がこちらをじっと見る。なんだ、マトモな奴もいるのか。作戦失敗である。面白くない。
「一体どうしたんだ騒がしい」
騒ぎを聞きつけたのか、慧音が教室の方へ来る。
「あっ、けーね先生!ここで会ったが100年目!いざ尋常に—」
「チルノちゃん落ち着いて!」
少しの間騒ぎは収まりそうにない。これを見た慧音は一瞬で物事を理解したのか
「頼むからチルノに余計なことを吹き込まないでくれ....」
とだけ、僕に言ってきた。なるほど、慧音は先生としての器量はかなりあるようである。しっかり人を見ているんだろうな。もう少しマトモな先生がいれば僕も楽しい学生生活が遅れたんだろうな。不意に理不尽な嫉妬が込み上げてくる。
「お前は良かったな、ちゃんとした『先生』に出逢えて」
皮肉を込めてチルノに伝える。
「そーか?けーね先生の授業って退屈だしよく分かんないからそうは思わないぞ」
言葉の表面だけを拾ったチルノが返す。ダメだ、皮肉さえも通用しない相手に真面目にに叱る気にもなれない。
「そうか、それならもっと私の授業が理解できるように補習を組んでやる。これで私の授業も分かるようになるだろう」
言うことを失った僕の代わりに慧音はチルノを見て笑って言った。目の奥が笑っていない。
「うー....で、でも寝てるのはあたいだけじゃないじゃん!それならあたいだけじゃなくて皆も—」
「チルノは特に酷いからな。テストに2桁の数字をつけた覚えがない」
「ぐぅ、そ、それならあたいがコイツとテストでしょーぶする!それであたいが勝ったら補習は無し!じゃあダメ?」
そう言って僕の方を見る。どうやら身の丈という言葉を知らないようである。もしかするとそういうフリをしていたんじゃないか....とか考えていたが、自らの首を絞めているこの様子ではやはり『真性』のようである。何となく考えるフリをしつつ僕は慧音の方をちらっと見る。
「....分かった、いいだろう。今回は特別に過去問を使用するぞ。チルノも1回解いたはずの問題だ。それなら尚更負けるわけないよな?」
慧音はチルノの方を向き直って言う。
「おう!のぞむところだ!」
案の定も案の定チルノは乗って来た。慧音は僕の耳元で
「すまん、少しだけ付き合ってやってくれ」
とだけ囁く。何となく面白く思えて来たので僕も乗っかることにした。
「なっ....100点だと!?さては何かズルしたな!?」
「いやこれめっちゃ簡単じゃん。むしろ1回解いたこの問題でどうしてこの悲惨極まりない点数が出るんだ。」
「ぐぅっ....」
ぐうの音『しか』でないチルノを見て慧音は
「と言う訳だ。もちろん補修の事を忘れたなんて言わないな?」
そう言ってチルノの肩をポンと叩く。チルノは全身をブルっと震わせて
「うぅ....くっそー!次会った時は覚えとけよ!」
捨て台詞を吐いた。周りにいる子たちはその様子を見て笑っていた。しかしここは何とも平和だろう。学校内のしがらみというのも無く、種族を問わず社会に溶け込み、そして人間もそれを迎合する....
ここでもう一度僕が死にたいと思っていた理由を考えてみる。僕の死にたい理由は多分世界に幻滅していたせいだろう。こことは違って僕がこれまで生きていた世界は筆舌に尽くし難い苦しみと苛立ちが僕の周りを取り巻いていた。それなら当然そこから脱却をしたいと思うのは自然の摂理とも言えよう。
だがここはどうだ。死に場所を探していた僕の前に突然現れたこの『夢』と僕が形容する世界。結局ここが現実なのかそれとも夢の中なのかは分からない。先程慧音に毒づいた直前に僕がグルグルと頭の中を巡らせていたことを思い出してみる。
....結局今の僕がここを死に場所とする理由はなかった。もちろん過去のことを一切合切忘れて、それを引きずらないといったことは全く保証できない。いや、きっと無理だろう。母のことだってある。
さて、これからどうしよう。あそこまで慧音に啖呵を切った僕がどの面を下げてここに居られようか。
「失礼。さっきは....」
そこから先は言えなかった。敬語を使うのは決まり悪かった。その一言を残してここを出ようとすると
「ちょっと待ってくれ。少しだけ話、いいか?」
慧音が僕を呼び止め、僕を連れて奥の部屋へ向かった。