寺子屋内で色々あった翌日、いつもの人間の子ら、さらにはチルノと大妖精とルーミアに加えて、今日はリグルも来ていた。
「いやー、昨日は大変だったぞ。見たこともない人間のせいでけーね先生の補習がいつにも増してひどかったんだからな。今度あいつにあったらガツンと言ってやるんだ!」
「それはチルノちゃんが悪いんじゃないかなぁ....」
「私もそう思うけど。チルノがちゃんと授業受けてたら少なくとも引き分けかいい勝負に持ち込めたというのにさ。もっともその相手とやらをまだ見てないから何とも言えないけど」
「なっ....リグルまであいつの味方なのか!?」
「いやでもそうなっても仕方ないんじゃないかな。どっちにしろ勝てはしなかっただろうけどねー」
「ぐぬぬ....お前らー―」
「ハイハイ、 もうそろそろ今日の授業始めるぞ。チルノ、座りなさい」
ヒートアップしてきたところで慧音が手を鳴らす。
「さて、今日はお前たちに話しておかなければならないことがある」
いつもと違う慧音の導入に教室内が色めき立つ。
「なんだろ....もしかして抜き打ちのテストとか!?」
「いや、もしかすると今日は早く帰れるとか?」
人妖問わずザワザワと噂をする。
「まぁ実際に見てもらった方がいいかもしれないな。おーい、もう入っていいぞ」
慧音が『僕』を呼ぶ声がする。ここで僕が出てきたらみんなはどんな反応をするだろうか。特にあのチルノとやらは相当に驚くのではないだろうか。もしかするとまたあの時のように決闘を申し込まれるかもしれない。
奥から教室に入ってきて僕は小さく頭を下げる。
「あーっ!お前は!」
案の定チルノが真っ先にリアクションする。指差すなんて失礼な奴だな。
「まぁほとんど皆知ってるとは思うが、改めて自己紹介を頼む」
慧音に紹介を賜り簡単に自己紹介をする。
「へー、おまえ『すぐる』って言うのか。よろしくな!次のテストは負けないからな!」
チルノはまた僕を指差してくる。
「もしかしてこの人がさっきチルノが言ってた人?へぇ~、男の人だったんだ」
昨日は見覚えのない妖怪?がいる。触手生えてるしマント?をつけていて滅茶苦茶目立っている。ザワつく中慧音がとうとう言う。
「えーっとなチルノ、やる気があるのはすごく喜ばしい事なんだが....彼は今日から生徒じゃなくて私と同じく『先生』という立場で迎えたんだ」
「ちょっと話、いいか?」
先日慧音に言われ奥へ引っ込んだ僕は開口一番
「その、1つ頼みがあるんだが聞いてくれないか?」
頼み?一体何だろうか。首を傾げる。
「実は君をここの先生として迎え入れたいんだ」
「....へ?」
よく言ってることが分からない。僕が先生?一体何を言っているんだ。
「唐突で無茶な頼みだとは分かっている。だが、頼まれてほしい」
「一体どういう風の吹き回しで?」
当然の疑問を投げ掛ける。
「まぁなんだ、生徒らにとって新鮮な刺激があるとよりいいと思った、というのもあるが、仮住まいのまま何もしないというのも君に退屈だと思ってな。大丈夫だ、君の知識があれば教えるのに苦になるような事はきっとないはずだ」
慧音はそう説明する。しかし何というか、本当に藪から棒と言った風である。小傘とやらが出て来た時よりも数倍もびっくりである。
「いやでも分かると教えるって大分違うと思うんですけど....それにいきなりそうなった所で向こうは受け入れられるんですかね....」
「あいつらに関しては心配ない。そんな排他的なもんじゃないさ。それに関しては私が保証しよう。教えることだって最初は誰だって不慣れなものだ。きっと慣れていくに違いないさ」
慧音から説明は受けるがどうも腑に落ちない。とはいえ完全なる居候でずっとここに居るのも正直どうかとは思う。異世界でリアルニート生活は正直笑えない。少々考えて
「分かりました。多分色々失敗はあると思いますが....宜しくお願いします」
と言う訳で今に至る。新入生が来たとき特有のザワザワしていた空気が一瞬で変わったのを僕は感じた。
「へ?先生?」
キョトンとした顔でチルノは僕の顔を見る。
「ああ、そうだ。まぁいきなりでお互い躊躇うところもあるとは思うが....そういうことだ」
「ぐっ....これで勝ったと思ったら大まちがいだからな!すぐる!」
どうしてわざわざ下の名前で呼んでくるのだろうか。一応ちゃんと自己紹介はしたはずなんだが。
「というわけで、今日の算数の時間は私じゃなくて彼が先生だ。というわけで早く1時間目の準備をしておくんだぞ」
そう言って慧音は奥の方へ行った。とりあえず僕もそっちの方へついて行った。
「これ大丈夫ですかね....明らか空気が変わってたような気がするんですけど」
不安と不安と更に不安で慧音に尋ねる。
「構わないさ。それに君の思う『先生としての像』なんてあくまで偶像に過ぎない。授業が進むのであれば別に気味の好きな風にやればいいからな。向こうの世界では君は恐らく『先生』というものの在り方が気に食わなかったのではないか?」
図星である。こちらの抱えている問題に一切干渉せず火中の栗を拾いたがらない先生というものが、僕は大嫌いであった。とはいえつい昨日までは気にかけてくれる存在にまで悪態を吐いていた僕がそれの善し悪しを語る資格があると言えるのかどうか分からないが。
「この経験を踏まえて先生というものに対する見方を180度変えてくれと言う訳じゃない。ただ君にとっての憎悪の対象になっているものがあるということが私にとって残念でならない。そしてそういったイメージを持っていた君だからこそ出来ることもあると私は思った。それこそそのイメージを大きく壊すようなものでも構わないさ」
まっすぐに僕の目を見て慧音が説く。周りが見えている人だと思っていたがなるほど、僕の知ったつもりでいる先生なんかとは全然違う質のもののようだ。
「色々考えてくれてたんですね。ここまで先生が人のことを考えてくれているということが今まで無かったので」
「そうか?別段特にそんなことはないと思うが....まぁ私も長い間ここで『先生』をやってきたからもしかしたら向いているというのもあるのかもしれんな」
「へぇ、長い間ってどのくらいですか?」
「そうだなぁ、私自身君の数倍かそれ以上は生きているだろうし、ここに住む人間は大体見て来たと思うから多分—」
....ん?
「え?」
何か聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
「ん?」
僕が素っ頓狂な声を出したのを聞いて慧音が首を傾げる。
「僕の数倍って....先生20代くらいじゃないんですか?」
恐る恐る尋ねる。
「20代....?ハハハ!まさかそんな風に見られていたとは思わなかった。そういえばまだ詳しく私のことを話していなかったな」
そう言って改めて慧音は言う。
「私の名前は上白沢慧音、ここの寺子屋の教師、そして『ワーハクタク』だ」
ワー....ハクタク?
「すみません、後半よく分からないんですけど....」
「そうか、やはりあまり馴染みが無いか....それじゃあ狼男というのは知っているか?」
「まぁ、はい。満月の夜になったら人間がオオカミになる、みたいなやつですよね?」
「ああ、そして私もそれに近い存在だ。簡単に言えば『半人半獣』といった所だ。半分人で半分獣。別に狼になると言う訳ではないんだがな」
「」
さらりと明かされる衝撃の事実に僕はあんぐりと口を開ける。確かに奇妙な帽子とか被ってるし、聞き覚えのない名前をしているとは思ったのだが。
「別にそんなに驚くこともないだろう。チルノや大妖精みたいな妖精もいれば、ルーミアのような妖怪だって寺子屋にはいる。君が思っている以上にここは人間と妖怪が共生しているんだ」
あの羽はやっぱりコスプレじゃなかったのか。というかルーミアも人間ではなかったのか。もしかして執拗に僕が人間か否かを聞いていたのはその為だったのか?
「まぁそんな感じだ。とはいえ妖怪が無闇に人に手を出そうもんなら大事にもなるし心配することはない。っと、そろそろ授業が始まるな。君の担当はもう少し後だからゆっくりしているといい」
そう言って慧音は教室の方へ行った。どうやら夢での想像なんかよりもよっぽどの世界に来てしまったようである。
イレギュラーな形とはいえ、死に場所を探していた僕に皮肉にも居場所が見つかることになった。