「円卓の騎士達よ、二度は言わぬ。故に心して刻むが言い…………我々は死ぬ」
最果ての門に向かう前、あの方は言った。
「それが正しい事なのか愚行なのか私には分からない。しかし、敵軍は質、量共に一流を越え個にして我々に比肩する怪物ばかりだ」
それは、報告で受けた信じたくもない悪夢の真実。整合騎士が一撃で再起不能にされ、最果ての壁を乗り越える度に目にした大樹、『ギガスシダー』。膨大な天命を持つあれをただの一兵ゴブリンが欠伸をしながら斬り倒したというのだ。
過去に暗黒騎士やゴブリンやオーク、ジャイアントなど、一通りの種族と剣を交えて勝利してきた彼らだが、奴ら中でも充分な修練と装備が与えられた暗黒騎士の戦闘力は整合騎士が一人に対して五人がかりでやっと対等といった所。
時と状況から整合騎士を下した者やそのゴブリンが例外だったとは考えられず、何らかの方法……我々には理解出来ない方法を用いて奴等が異常な力を身につけたのは分かるが、ギガスシダーを片手間に斬り倒すなど我々でも不可能だ。
確かに一撃で斬り倒す事は出来る。それでも数十秒ほど全神経を集中させる時間が必要だ。
「我々は死ぬ。それは逃走が許されず人界の明日の為に出来るだけ多くの敵を道連れにするからだ」
アドミニストレータ様は過去に円卓の騎士を整合騎士の百倍の戦力を持つと称した事がある。
円卓と同等かそれ以上か。敵軍の総数は此方の守備兵を加えた約二倍。
「―――行くぞ」
絶対な死を前に死相すら見せずに歩き出した円卓の騎士。
「お止めください!円卓の騎士様!
逃げましょう、こんなの勝てっこない!負け戦だ!」
整合騎士レンリ・シンセシス・トゥエニセブンはたまらず叫んだ。
「あれだけの数を前にあまりに無謀な話だ!
人界最強たる貴方々を時間稼ぎの駒に使おうなんて間違っている!!!?
逃げましょう、貴方達さえいれば……今は無理でもきっと、いつか奪われた土地を奪い返すことだって」
彼はアドミニストレータが過労に耐えなね少しでも円卓の注意を逸せればと……それだけの理由で凍結状態から解き放たれた未熟な整合騎士だ。
神器すら使えず、円卓の騎士に勝てなくとも数分、数十分と粘ってみせる
(何を言ってるんだ僕は。この人達の覚悟を、侮辱するような事を口走るなんてっ)
彼自身、何故そのような発言をしたのか分からなかった。
円卓の犠牲は辛い決断かもしれないが、暗黒界の軍勢を押し止める事が叶うのは彼らぐらいで、守備軍や整合騎士では薄っぺらな紙と変わらない。
優先させるべきは人界の民とアドミニストレータ様のお命。
「あ、僕はッ」
謝罪しなければ、と口を開こうにも言葉が出てこない。
口ごもる彼に業を煮やしたモードレッドは最後に特大のカツを入れてやろうかと前に出る。
「―――いいえ」
けれど、彼女はそれに答えた。
初めは怖かった。
死ぬことも、痛みも、敵と殺し合い命を奪う事も。
使命も力もない小娘ごときに何が出来るのかと不安だった。
「多くの人が笑っていました」
飛竜の上から初めて人界を見下ろした時の事だ。
豊かな大地で育つ作物は腹を膨らせ、柔らかな星草は汗水ながす仕事の疲れから微睡みを誘い、夜空は満天の星に色づき、それを眺める彼らはとても心満ちた顔をしていた。
この人界で暮らす誰もが生き生きとしていた。
その時に彼女は使命や責任などを思考から放り出して純粋に
―――美しいと感じた。
この幸せを守る為なら――何でも出来る。そんな気がした。
今私がここに立てているのは、仲間達の存在もあるのでしょう、ですがこの私が死ぬ覚悟を固める事が出来たのは人界の人々のお陰だ。
「だからそれはきっと間違いではないと思います」
「貴方という人は……」
レンリはその言葉を受けて溢れでる涙を拭うこともせず嗚咽を止めることもしなかった。
「……アルトリア」
「ベルクーリ、後の事は任せましたよ」
レンリの後ろに立つ全ての整合騎士はこの日の事を決して忘れないだろう。
「まっ、オレたちが全部倒しきっちまうかもしれないけどな!」
「柄にもなく死亡フラグですか……まぁ私なら、もしかしたら全て倒してしまえるかもしれませんね」
「未来のお嫁様候補になりうる女性全てを守りと通してみせます」
「いいですね、腕がなります」
「…………皆、初心を忘れてはいけませんよ」
「王を生かせ、例えその身を滅ぼす事になろうと必ずだ」
円卓が消え、人界の八割が暗黒神ベクタの手に堕ちたその絶望の日を。
残された二割の希望はたった七名の騎士によって成し遂げられた大偉業である事実を。