「…………あの、すみません練習は?」
「貴方の練習はここでじっとしておくことです」
「いや、それ練習じゃなくて」
「貴方の練習はここでじっとしておくことです」
「その…………」
「い い で す ね?」
「……………………ハイ」
みんなが練習している中、たった一人だけ監督の横で座っている野球部員がいる。言わずもがな逆巻である。
なぜこんなに監督から目を付けられているかというと、この男は基本的にオーバーワークしかしないのである。一応、体力の調節は上手く行えているようだが体を壊すような練習を続けていたら元も子もない。
逆巻からしたらスタミナと筋力をできるだけ上げたいのだが、どうしても練習量が足らないという。いくら何でも贅沢過ぎる発言だ。
限界を超えそうなオーバーワークを重ね続けるため無理矢理休みの時間を与えたのだ。
「練習馬鹿って言葉が似合うよね。いきなり何やってるんだか」
「確かにな。だがよく見ろ、手にハンドグリップを握ってるぞ」
「私達もあれくらいやるべきなのだろうか?」
「すっごい筋肉痛になるからやめといたほうがいいよ。というか動けなくなった」
「あおい、まさかこの前休んだ理由って…………」
女三人寄れば姦しいというが、この世界では当たり前である。むしろ男を襲う前触れから『姦』という言葉が作られたという話があるくらいなのだ。では嬲るという字は?どう見ても逆ハーレムです。
それはそうと今日の練習はみな一層励んでいる。なぜなら練習試合が決まりメンバーに選ばれようと必死なのだ。
練習試合の相手は天空中央高校。甲子園に出場経験は少ないが地区予選決勝には必ずと言っていいほどの出場率を誇り、なぜ甲子園に出られないんだと言われるほどの実力を持った選手がそろっている。
油断すればあっという間にやられてしまう相手と分かっている以上、ぬるい練習をしていたらメンバーになれるかどうか危ういのだ。
「しかし、対戦相手は天空中央高校かぁ」
「友人でもいるのですか?」
「いえ、でも天空中央高校と言ったらあれでしょう?あの男たらしで有名な…………」
「ああ、なるほど」
世間知らずと思っていた少年も多少は物を知っていたようで安心した監督。逆巻もやはり今の虹谷誠がどうなっているか心配だった。
(虹谷誠は女好きだったけど、ここじゃ男好きになってるって話だからな。こっちのマネージャーにも手を出しかねないな。本当に自分の欲で動くもんね。下手な事したらマネージャーを取られかねないな)
かつてのループで天空中央高校に所属していたことがあるからこその危惧である。あの時はさらっと自分もエンジェル探しに参加したが、すごいことやっていたんだなと彼は思う。無いとは言いたいが、こちらには御厨真歩(男)がいるため引き抜かれたら困る。
既に本人とある程度の話はしていた。性格は猫被っている時の御厨と同じであざとく(男であざといのはどうかと思ったりしたが)今のところ何か企んでいたりはしないと思う。今のところはだが。
流石に魔法使いであることについての尻尾は出してくれなかった。なんやかんやで話術はかなり巧みでごまかすことに関しては変わらずだった。
「監督、練習がしたいです」
「ダメです、今日は休みなさいと何回言えばわかるんですか?」
「いやでも…………」
「貴方はなぜそんなに焦っているのですか」
監督にその言葉を言われた瞬間、彼は口を閉ざしてしまう。彼のように上限を超えた練習して早く力を付けようとする選手はたまにいるのだ。いくら不興を買おうとも壊れてしまうことを防ぐのも監督の役目である。
「…………ダメなんですよ、今のままじゃ」
「ダメとは?既に守備や投球は基準値以上の成果を上げているのに足りないと?それはあまりにも贅沢と思いませ…………」
「これじゃあ追いつけないんです!」
いつもへらへらしている逆巻が怒鳴った。普段彼を見ているなら驚いてしまうだろうが監督はポーカーフェイスのまま、自分を追い込み過ぎている選手を説教をしている最中に逆切れされることはよくあるため動揺はない。しかし、内心は…………
(この気迫…………やはり何かおかしいと思いましたが、何か抱え込んでいますね)
高校一年生に出せる感情の爆発ではない。心が弱ければしりもちをついて震えてしまうくらいの気迫を逆巻は放っていた。それもすぐに収まり静かになる。彼の顔に笑顔はない。
「泣いても笑ってもこれが最後なんだ。妥協も諦めることもできないんだ。…………と……に…………」
誰かの名前を呟いたように見えたが聞き取ることはできなかった。逆巻の憧れの人物なのか、それともコンプレックスを抱いているのかまでは分からない。
「すみません、言っても意味ないですよね」
先ほどの気迫と真剣な表情はどこに行ったのやら、またへらへらした顔に戻りハンドグリップを握りだす。
(これは思ったよりも重症かもしれませんね)
想像以上に追い詰められている。何を追い詰められているのか、そもそも追おうとしてるのかすら恐らく彼は語ってくれないだろう。
ならば監督として行うことはただ一つ。
「逆巻君、貴方には頼れる仲間達がいます。貴方がどう思おうとも頼るときは頼りなさい」
彼が壊れないように助言するのだった。
なお、その頼れる仲間達はずっと逆巻のそばにいる監督に嫉妬の目を向けていた。なんともオチのつかない話である。
気づけ逆巻、お前の戦いはもう終わっていることに。