青き空は蒼く遠く   作:鳥籠のカナリア

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お役目

大赦の資料によると、過去に勇者になれたのはみんな女の子だったそうだ。

 

なぜ僕がこうなったのか。その原因はなんなのか、大赦でも研究が進められている。

 

大赦書史部・巫女様検閲済

神世紀二百九十八年 五月 二日


 

 勝利を喜び合っている三人の横で、瑞己は茫然としていた。本当に帰ってきたのかという疑いから周囲を観察してみたが、ここは四国と本土を繋ぐ大橋、その近くにある公園に間違いなかった。

 

 戻ってこれた……。

 

 安心感から腰に力が入らず、座り込んだまま立ち上がれそうにない。情けない姿ではあるが、あの現象を知っていた彼女ら三人と知らなかった彼では心境が異なる。こうなるのも無理はない。

 

 ようやく現実として認識が出来た頃、唐突に車のブレーキの音が聞こえてきた。そちらを向いてみると、リムジンが停車しており白い装束を見に纏った女性が出てきた。

 

 それは、瑞己のクラスの担任である安芸先生だった。

 

 先生は鷲尾たち三人を見て安堵の表情を見せた後──瑞己を見て、驚いたような表情を浮かべた。

 

「四人とも、この車に乗って」

「あの……」

「……今は色々聞きたいこともあるでしょうけど、私の言うことに従って」

 

 何故自分を見て驚いたのか。疑問に思った彼は質問しようと口を開いたが、有無を言わさない口調に口を閉じた。

 

 

 

 

 車に乗って数分、会話は一切なかった。

 

 気まずいのは苦手だと話を切り出そうとしても鷲尾はもの難しげな表情、乃木はニコニコ笑顔で三ノ輪は難しそうな顔をして首を傾げている。そのうえ、担任の目があるため瑞己から話を切り出すのは阻まれた。

 

 気まずい空気を続けること更に数分、車が停車したようで降りるように担任に促されて降車すると、大きな建物が見えた。

 

 普通に生活しているだけではなかなか訪れない場所──。

 

(大赦本部……)

 

 つまり、彼女ら三人と担任──瑞己以外の三人は大赦の人間なのだろう。

 

「三人は私と一緒に。葵くんは別の者が迎えに来るから、その人を待っていて」

「……分かりました」

 

 立場の違いからか、彼女らとは分けられるらしい。彼自身仕方がないことだとは分かっている。しかし、知らない人間と話すのは嫌なのか苦い顔をした。

 

 そんな彼には目もくれず、先生は歩き出す。その後ろ姿を見て慌てて三人がついていくのを見てため息をひとつ落とす。鷲尾や三ノ輪が表情を曇らせているのに対し乃木はというと、やはり自身のペースを崩さずにのほほんとした笑顔を見せて手を振ってきた。

 

「またね〜」

 

 乃木のおかげで少し緊張が解れるのを自覚しながら手を振り返す。彼女らの背中が建物に消えていくのを見て大きなため息を吐く。

 

「どうしたらいいんだろ……」

 

 急に連れてこられた挙句、ここで待っていろと言われて放置されるとは酷い扱いではないだろうか。まるで異物のような扱いに、彼は訝しんだ。

 

 しかし、あの三人とは人の立場とは違うのだから異物で間違いはない。

 

「葵瑞己様ですね?」

「うわっ!?」

 

 後ろから急に声をかけられて驚きながらも後ろを振り返ると、安芸先生と同じ白い装束の人間が立っていた。

 

 声からして男だろうが、先生と大きく違う点は、フードを被り、木のような模様があしらわれた白い仮面を着けていること。 顔に傷でもあるのかもしれないが、表情を窺えない。そしてなにより……声が平坦すぎるのだ。多くの場合、話すときは抑揚がつくものだが、この男にはそれがない。そのせいで、瑞己は男に対して疑いが生じていた。

 

「驚かせて申し訳ございません。……ですがどうかご容赦を」

「いえ……大丈夫です。それよりも、安芸先生に言っていた迎えの方はあなたで間違いないですか?」

 

 相手の年齢こそ分からないものの、声質や背丈から歳上であることは予想出来たため、咄嗟に敬語に変えた。

 

「はい。それよりもこちらに。あなたをお待ちです」

 

 変わらず平坦ではあるものの、少々急いでいるように口調が早まる。よほど高位な人物なのかもしれないと気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 通された部屋は豪華絢爛といった様子だった。素人目にも分かるようなシックでありながら光沢のある家具の数々。その部屋と融合したような窓の障子。洋の様相を見せつつも、和と共存している部屋だった。

 

 その部屋の中央、二脚の椅子の片方に座りこちらを見つめている人影がひとつ。その姿には見覚えがあった。

 

「お連れいたしました」

「ああ。ご苦労だったな。下がっていいぞ」

「かしこまりました」

 

 彼が一声かけるだけで、特になにか言うでもなく仮面の男は下がってしまう。この男の権力は本物だ。少なくとも、平凡なものではない。それが間違いないことは、今まで流れを見ていれば分かることだった。だからこそ、彼は信じられない。何故なら──。

 

「お父さん……」

 

 ──彼は、瑞己の父親だから。普段見ている父親の姿とはあまりに似つかない雰囲気に困惑する。

 

 彼にとって普段の父親とは、遊び心を前面に押し出してからかってくる人間だが、今の父親からはそんな様子は微塵も感じられない。

 

「さて、瑞己。驚いているだろうが……色々見て疲れただろう。まずはそこに座るといい」

「でも……」

「聞きたいことがあるのはその顔を見れば分かる。私の答えられる範囲で答える。だからまずはそこに座りなさい。立ち話は好きじゃないんだ」

 

 そう言って朗らかに笑って見せるが、分かった上でこの対応をしているとなると疑わずにはいられない。もしかしたら、自分を気遣ってくれているのかもしれないが実の父とはいえ信用出来そうになかった。

 

 とはいえ、このまま立っていては話が進まないのは事実。渋々座って姿勢を正す。

 

「瑞己、一度確認しておきたいことがあるんだが、いいか?」

「はい」

 

 背筋が伸びる。言葉が固くなる。父親は確かに目の前の人物なのに、別人のように思えた。

 

「あの世界を見たか?」

「……はい」

「……そうか」

 

 やはりか、という呟きと共にもの悲しげに瞳を伏せる。そんな父親の行動に彼は首を傾げたが、あの世界を見てしまうことは、親として良くないことだったからだ。

 

 何故なら、彼女ら以外に誰も動けないはずだから(戦える事の裏付けになるから)。息子が戦禍に巻き込まれようとしている。一人の親として複雑な心境だった。

 

 しかし、それも一瞬の出来事。どうやら父親は切り替えが上手いらしい。彼のことを父親は真っ直ぐ見て、話を続ける。

 

「……なあ、瑞己」

「なに?」

「お前は、選ばれた。いや、選ばれてしまった」

「……?」

 

 主語がないせいで言っている意味が分からない。いったいなにに選ばれたというのか。続きの言葉を待つように、静かに父親を見る。

 

 父親は迷ったように一度開いた唇を戻し──決心したのかゆっくりとその言葉を口にする。

 

「異形の怪物と戦える唯一の者。または人類の希望……勇者に」

「勇者?」

 

 伝説上の物語にしか登場せず、現実に居るなんて思いもしなかった勇者という存在。彼らはいつだって主人公で、危険を顧みず困った人々を助けていった。男の子なら一度は憧れるであろう正義のヒーローとも言える。

 

 しかし、彼は違う。彼は何も出来なかった。強大な力に平伏し、抵抗するでもなく立ち竦んだ。挙句の果てに他の人に迷惑をかけたのだ。勇者とは程遠い。

 

「この世界を護るために戦う人達のことで……御役目のひとつだよ」

「御役目……!」

 

 その言葉に、目を輝かせた。彼には責任感がある。同時に、なにかを成したいという欲もある。そんな彼が御役目に選ばれたというのだ。喜ぶのも無理はない。

 

 御役目という言葉で彼の心を釣った気がして、父親は心が痛んだ。それをなんとか表情に出さないように瑞己に気付かれないように目を伏せる。

 

 戦に駆り出す親の気持ちは、いつだって晴れないものだ。

 

 

 

 

 

 

 あの奇妙な世界は、敵が侵入してきた際に本来の世界を守るために神樹様が作り出した世界らしい。

 

 あの世界では全てのものが敵が持つウイルスから世界を守る免疫力に役立てられる。そして、その敵を撃退するのが勇者という御役目のようだ。

 

「……ここまででなにか質問はあるか?」

 

 その説明の最中で先程までの厳かな雰囲気は薄れ、いつもの父と息子の関係に戻っていた。話している内容はともかく、二人の間にある空気は柔らかい。

 

「……ひとつだけいい?」

「なんだ?」

「撃退するって言ってたけど、倒すことは出来ないの?」

 

 その瞬間、父親の表情は陰り、苦虫を噛み潰したような表情に変わる。

 

「出来ない」

「そう……ですか……」

 

 倒せない。即ちそれは、あの戦いが何度も繰り返されるということ。それはすぐかもしれないし、もっと先のことかもしれない。終わりがあるかも分からない。

 

「……さて、お前に与えられた選択肢は二つだ。何も聞かなかったことにして、いつもの我が家に帰るか。それとも……」

 

 戦うか。その言葉は父親の口から語られることはなかったが。

 

 ……正直、瑞己自身も悩む。移動してきたとき、横目で彼女たち3人を見た。生傷が痛々しさが、戦いの激しさを物語っているようで、思わず目を背けてしまったけれど。

 

(あんな怪我、したくない……痛いのはいやだ)

 

 人は痛みを恐れる生き物だ。それを避けられる道があるのなら、それを選んだ方が賢明なのは確かだ。しかしそれ以上に彼にはひとつの考えがあった。意思といってもいいかもしれない。

 

(あの三人が、友だちが痛い思いをするのはもっといやだ……)

 

 友達があんな目に遭うのは、見たいものではない。

 

 彼にとって、自分の身に危険が及ぶことよりも、友達が傷つかないことの方が大切だった。それがたとえ、取り返しのつかないことになるとしても。

 

 ──実際のところ、彼の頭は目先のことだけで頭がいっぱいだった。自分がいかに無力であろうと、力をあわせればなんとかなるのだと信じていた。

 

「急な話で、無理な話なのも俺たちは分かっている。だから──」

「戦うよ」

「──」

「戦う。僕がみんなの、あの三人の力に少しでもなれるなら、僕は戦うよ」

 

 拳を握りしめ、少しでも頼りになるような姿を父親に見せる。すべては自分で選択するのだと、父親は悪くない、決断したのはあくまで自分だというように。

 

 

「……そうか」

 

 そんな息子を見て誇らしそうに、それでもどこか悲しげな笑顔を浮かべた。

 

「勇者、瑞己。これからよろしく頼む」

 

 その言葉(呪い)を告げる。全ては人類を守るため。守護者を創るため。一人の人間より世界を優先するのだ。それが、大赦の人間である父親の仕事だ。

 

 


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