【完結】遅咲きブーゲンビリア   作:パン de 恵比寿

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一応『早坂さんは明かしたい』シリーズの続編となる予定ですが、あんまり繋がりは無いかも……。
毎度のごとく、原作不順守、自己解釈盛々の内容になっておりますので、ご注意を。
加えて本作品に登場する人物・施設・法律等の概要については、実物とは異なる点が多々ございます。

ぶっちゃけスタンフォードに行く金も時間もないので、ほとんどwikipedia頼り……是非もないよネ!


遅咲きブーゲンビリア
貴方がいない物語


 

 

 

 

 

 

あるいは何かが違っていたら

あるいは、ほんの少しの勇気を持てていたなら

 

今とは違う、もっと別の未来を歩めていたのかもしれない

 

そんな虚想に溺れながら、幾度眠れぬ夜を過ごしたことだろう。

募る想いが大きいほどに。忘れ消し去ろうともがくほどに。重く縛りついて離れない心の鎖。

 

夢みる過去は暖かく、だからこそ一度瞼を開ければ否応なく飛び込んでくる見慣れた天井に、グッと瞼の奥が熱を帯びる。決して変えられぬ現実の姿。かつて己が選んでしまった道の果てに、たどり着いた当然(お似合い)の末路。

 

 ――嗚呼。自分はこんなにも弱かったのだと。

 

 目の横を伝う生温い何かに、また声にならない哀咽が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 

遅咲きブーゲンビリア 第1話 『貴方がいない物語』

 

 

 

 

 

 

「ふうー……」

深く。 胸奥に溜まった熱を吐き出す。じりじりと乾きを訴える眼球。凝り固まった肩は大きく回せば甘い痛みを返し、それほどに長い間、自分はこのPC相手に格闘を続けていたようだ。

 

椅子の背もたれに身を預けながら、ふと時計を見れば針は既に午後6時。窓の向こうに広がる景色。木々の奥に聳え立つ白く巨大な塔(フーバー・タワー)の背後には、夕色に染まった太陽がゆっくりと身を隠し始めていた。

 

 

「やあ。待たせてしまったね」

 

冷めた珈琲を口に運ぶさなか、背後から届いた声に慌てて振り返る。その嗄れた声が持つイメージ通り、年季の入った顔皺と白く長い髭を蓄えた小柄の男性が、黒木の長杖を片手にひょっこりと奥の部屋から顔を出していた。

 

「い、いえ。丁度頂いていた資料を整理していたところなので」

「ほ。さっき渡したやつかい? もう始めてくれているのか」

 

数枚のA4用紙を手に、杖を突きゆったりと歩み寄る男性。皺の入った瞼の奥に覗く碧色の瞳が、微かな輝きを湛えながら白銀が触れるPCのモニタへと移っていった。

 

「すまないね、雑務ばかり頼んでしまって。君は仕事が早いし正確だから、私もつい甘えてしまう。……なんと、もうこんなところまで」

「いいえ、自分に出来ることであれば」

 

 答えながらも知らずピンと背筋を伸ばしてしまう。入力内容に誤りが無かったことを安堵する反面、休憩中のダラけた姿を見られはしなかったかと、内心冷や汗も浮かべていた。

 

 緊張も当然。本大学においては……いいや。現代天文物理学の世界では、その名を知らぬ者はおらず。学内有数の研究施設に加え、スタンフォードが誇る大型電波望遠鏡の運営までをも一手に担う、名誉主教授を前にしているのだから。

 

 

「今の進捗であれば、明日の10時までには終わる予定です」

「ん、感心感心。日本人は勤勉だというが……その真面目さは、ウチの院生にも見習ってほしいものだ」

「あ、ありがとうござ「そいつを一般の日本人(ジャポネ)と一緒に見ちゃダメよ、教授」

 

遮るように。まるで異議を申し立てるかのように、突如響いた凛とした声。その良くも悪くも聴き慣れた声に顔を顰めて振り返れば、案の定深いウェーブのかかった黒髪の女生徒が立っていた。

 

「コイツの生真面目さは半ば病気みたいなものだもの。

 こんな七面倒臭い数値データ入力、禄に休憩も入れず、半日ぶっ通しで続けられる精神構造が異常なのよ」

 

「……べツィー…」

 

「だいたい何で貴方まで研究室(ここ)にいるのよ。またデータ整理のバイト?それとも勉強だけじゃアピール足りないからって、とうとう直接ごまスリにきたのかしら」

 

 侮蔑と嘲笑を隠そうともしない物言いに、じっと少女を睨め返す。

遠いかの日、フランス校交流会で初めて顔を合わせた時と同じ。不遜に満ちた笑みを浮かべた彼女は、ふふん、と息をこぼしながら益々と舌の勢いを早めていくのだった。

 

「相っ変わらず口が悪いな」

「何言ってるのよ、これでも十二分に加減してるわ。敬愛する教授の手前。まして今は貴方と同じ共用語(イングリッシュ)。母国語で切り刻んで(話させて)たなら、今頃あんた涙とゲボに塗れて床に倒れ伏してるわよ」

「そういうこと平気で言うしさぁ……!」

 

 彼女と一度顔を合わせれば、もはや口戦は避けられない。叶うことならば、関わり合いを持たず、黙秘一辺倒を貫きたいが、殊、彼女を相手取る上でソレは愚策。腹を空かせた大蛇を前に、蛙のように身を縮めていては、瞬く間に彼女の腹の中(ペース)へと飲み込まれてしまう。

 故に今為すべきは専守防衛。彼女の口からマシンガンの如く放たれる口撃の数々を、どうにか急所に当てぬよういなし(・・・)、回避する。これまでの経験を経て身に付けた防護策。この遠い異国の地にて再会して以来、何故か目を付けられ。決して慣れたくはない、しかし既に恒例となってしまったやりとりに、白銀は辟易の想いで身を窶すのだった。

 

 

「こらこら。この研究室で肩を並べるもの同士、そんなに邪険にするものじゃないよ」

 

 見かねた教授の鶴の一声。決して大きくはない相変わらずの嗄れ声だったが、2人はピタリと口をとめた。

 共に尊敬する人の手前。しかしそれ以上に、彼が発した言葉、その真意に思うものがあったのだ。

 

 

「教授、それって……」

 

 驚き固まる二人の様子に、老教授は満足したように微笑むと、手にしていたA4用紙を差し出した。

 

「『ミユキ=シロガネ』ならびに『ベルトワーズ・べツィー』。

 君たち2名が将来我が研究室にて研学に励めるよう、学長に推薦状を出したところだ」

 

「「――」」

 

ヒュッ、息を飲む自身の声が聞こえる。十数秒と感じる驚愕と放心の末、真っ白になった頭は、やがて溢れんばかりの幸福に満たされていった。

 

 

「あ、ありがとうございます!」

「君は何度も此処を手伝いに来てくれたからね。うちの学生達からも推薦が挙がっていたんだよ」

「……わ、私はあんまり歓迎されてないと思っていたのだけど」

 

 湧き上がる喜びを抑えきれぬまま、老教授の皺がれた小さな両手を握っては、何度も握手を交わす白銀。対してべツィーの方は、未だ信じられないというように、難しい表情を浮かべていた。

 

「何でそう思うんだ?」

「それは……まあホラ。私、結構誰にでもズバズバ物申しちゃう方じゃない?一度熱くなると加減できないっていうか……実際、ここの院生(せいと)とも何度か口論になったことがあったわ」

 

 いつにもなく自信の無い声を零すべツィー。弱気、臆病とも映る彼女の姿に驚き目を丸くする白銀だったが、教授の方は変わらず柔らかい笑みを湛えていた。

 

「そんなことはない。君が持つ観察眼、相手の急所を的確に見抜き、論理の矛盾を突く力は私たちが立つ学会(セカイ)では、大きな武器になる。

 皆壇上に立ち、一度はその恐ろしさを味わっているからね。君から技術を学びたい者、競いたい者も大勢いるのさ。」

「……ふーん、そう」

 

 短く、それなら仕方ないとばかりに肩を竦めて見せる彼女。素っ気ない、無愛想とも見えるその姿だが、微かに覗くその口元は喜びに緩み綻んでいた。

 

 

「週末には正式な届けが着くだろう。

 …うん。今日はもういい時間だ。早く家に帰り、友人やご家族の方にこの知らせを伝えてきなさい。

 これまで支えてきてくれた感謝、そしてまだまだ此れからも世話になる奉謝を、決して忘れずにね」

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

 

 宵闇迫る紺色の空。遥か遠くに沈む茜の雲を仰ぎ見る。街灯(あかり)が点くのはもうそろそろか、ほんのりと暗がりに染まり、微かに枯葉舞うレンガの道を、二人肩を並べて歩いてく。

 

 

「良かったじゃない。念願叶った研究室に入れて。

 長い下働き(ごほうし)の苦労が、ようやく報われたところかしら?」

 

 僅かに先いくべツィーが振り返りもしないまま嘯く。相変わらずの憎まれ口に、またか、と言い返しそうになる白銀だが……やめた。

 彼女が敢えて挑発的な言動をとるのは、今に始まったことではない。何より彼女という人間は、そうすることでしか他者との会話を切り出せないということを、白銀は長い付き合いの中で学び知っていた。

 ああ、嬉しい気持ちは互いに同じだろうに、まったく素直ではない。

 

 

「何よ。溜息なんかついて。これでもちゃんと褒めてるのよ?わたし」

「褒める?ダウト(ウソだ)

真実(ビリーブ)、よ。だって貴方、大学(ここ)に来たばかりの頃は酷かったじゃないの」

「——……」

 

 近くに舞い落ちてきた枯れ葉を掴みとりながら、思い出すように呟くべツィー。

普段とは異なり、悪意も込められてない何気ない呟きだったにもかかわらず、その言葉は白銀の胸奥にズシリと響いた。

 

「……そんなに、だったか?」

「ええ、そうよ。正直はじめ顔を合わせた時、貴方だって気付かなかったくらいだもの。あの討論大会で私とやり合った気概なんて何処にも無い。死神の2、3匹でも背負い込んでるような顔だったわ。」

 

 そんなことはないと言い返そうとするも、意味がないことに気づく。

それは否定しようのない事実。変えようとも変えられない、自らの過去だからだ。

 

「ま、そんな姿を見てきたからね。よくもまあ今では学年主席(ワタシ)に追いつけたもんだと、素直に感心してるのよ。コレも、『彼女』のお陰ってやつ?」

「………」

「またダンマリ?これからは同じ研究室に通うんだから、もうちょっと愛想良くして欲しいわぁ」

「其れ、アンタが言うのか?」

「それもそうね」

 

 クックッと笑いながら、手で弄っていた枯葉を放り捨てるベツィー。それを合図としたように一斉に街灯が灯り、視界の奥に見慣れたバス停の姿を浮かび上がる。会話に想いを馳せている間に、知らず目的地に辿り着いていたようだ。

 

「私はこの後も講義があるから、此処でお別れね。あの子に、貸し一つって言っておいて」

「貸し?何のことだ?」

「言えばわかるわ。じゃあまた明日ね、ミユキ=シロガネ。」

「―—ああ。また明日」

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

 バスに揺られながら、窓外の移りゆく景色を眺め見る。

完全に日が落ちた後でも、大学内はまだ明かりと活気に満ち満ちている。

 

 そも敷地面積だけでも東京都を悠に越える広さを誇るこの大学。キャンパス内には大型ショッピングモールを始めとした日常百貨店も立ち並び、学内で消費する電力を独自に賄うための電力発電所まで備えているのだ。まさに生活基盤を内包した一個として機能する都市。未知への探求と技術の革新を目指し、世界中から集まった人、機材、その叡智の粋をもって日夜挑戦が為される研究機関。それこそが此処、スタンフォード大学という場所なのである。

 

 大学敷地内にある学生寮に着くまでの約20分。家路につく安堵感や未だ冷めやらぬ歓喜と興奮など、白銀は胸の内で沸き立つ様々な感情を味わいながら、遠く窓の外に見える列棟の明かりを景観していた。

 

 

『だって貴方、大学(ここ)に来たばかりの頃は酷かったじゃない』

 

「ああ……そうだな。」

 

 耳に残る彼女の言葉に、一人ごちる。

故郷から遠く離れ、このあまりにも広大で荘厳な街にて、独り暮らすことになった自分。

その圧倒的な規模(スケール)、意識の懸隔、文化の違い(カルチャーショック)など。襲い掛かる緊張と不安に、心が押し潰されそうになったのは一度や二度ではなかった。

 

 そんな始まりだった。

 そんな……竦むことしか出来なかった自分が、尚も此処まで走り続けて来れたのは

 また、以前と同じように己に自信を持つことが出来たのは

 

 

『コレも、『彼女』のお陰ってやつ?』

 

 

 ハッ、と。浮かんだその横顔に、急いで携帯をポケットから取り出す。

かねてより希望であった研究室への配属が決まったこと。今まで努力してきた成果がようやく形になったこと。

その喜ばしきニュースを、彼女にも伝えなくてはと思ったのだ。

 

 開いたメール画面に、指は滑るように文章を刻んでいく。いいや、少し震えているだろうか?どうやら思う以上に、自分は喜びを抑えられないようだ。

 

 

夢が叶ったことにだけではない。

此の報告を彼女に出来ること。

其の幸福を共に分かち合えること。

 

ああ、彼女はいったいどんな顔で、自分を迎えてくれるだろうと

 

 

「———……」

 

 メールの文章も打ち終わり、後は送信ボタンを押すだけというところ。しかし、後それだけというところで、ピタリと指が止まった。

 

 胸の中に微かに芽生えたイタズラ心。サプライズを行いたいと思う気持ちが無かったわけではない。

 ただそう、何となく。彼女と面と向かわずして。こんなメール一つで今までの感謝を伝えるのは、『間違いだ』と思えたのだ。

 

 

(ほんと。我ながら、なんて)

 

 自嘲と共に溢れる懐かしい記憶。3年前。まだ日本にいた頃。

あの輝かしき思い出の中で言われた……決して言われたく無かった あの少女の言葉が、耳に蘇るようだった。

 

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

 

 バスを降りたのち少し歩いたら、生徒たちが住まう学生寮一帯が見えてきた。

一言に学生寮といってもその様式は多数有り、此処いら一帯は、学内でも高位の成績を修めた者のみが住むことが許される特別待遇区域だ。

 通常の寮がマンション状の建物であるのに対し、此処では少し大きめのバンガローが一定間隔で並んでおり、間には遮光・景観用の木々も植えてある。それら一件一件の戸帯が丸々学生に与えられ(2〜3人でルームシェアすることを義務付けられているものの)、おまけにマイカー駐車用の小さな庭まで備え付けられているのだから、改めて日本とのスケールの違いに驚愕させられる。

 

 白銀が此処に住めるのは、秀知院学園時代に生徒会会長を就任したことで得た『秀知院理事会推薦状』のおかげである。

遠い此の地においても、彼の学園が持つ権力(ちから)は大きく、白銀は寮費半額免除、光熱費水道代無料という破格の条件に寮に暮らし住んでいた。

 

 実家を後ろ盾にするわけにもいかず、資金面での不安も大きかった白銀としては正に渡りに船。

これ以上ないというほど良質の生活環境を持ったわけだが……しかし同時に。だからこそ得た苦悩というものもあったのだ。

 

 

 

「———?」

 

 自宅である17番バンガロー。憩いの我が家まであと数メートルというところで、違和感を覚える。

部屋の明かりがもう点いている。家の扉前に立てば、美味しそうな料理の香りも。

 

 その正体に心当たりがないわけではない。真っ先に浮かぶのは『彼女』の姿だ。

しかし……はて?『彼女』は、講義で帰りが遅くなるはず。だからこそ急いで家に帰り、サプライズパーティーの準備をしようと息巻いていたのだが……

 

 鍵を開けて家の中に入れば、より一層濃い料理の香りが鼻と腹の中をくすぐる。その中には牡蠣フライといった白銀の好物も混ざっていた。

 荷物を抱えたまま、白銀が玄関で立ち尽くしていると、奥からパタパタと聴き慣れた足音が近づいてくる。

 

 

「おかえりなさい、御行くん。どうしたんです固まって。

 ……ああ それとも、『おめでとう』の方が良かったですか?」

 

 腰にかけたエプロンで手を拭きながら、悪戯混じりの笑顔ではにかむ少女。

 いいや、この国では互いにもう成人しているのだから、『少女』と言うのは語弊があるのだろうが……それでも、そのいつまでも変わらない麗しさ。少し幼さを残した名前通りの愛らしさには、やはり可憐な少女であると言い得てしまうのだ。

 

 

「今日は遅くなるんじゃなかったのか?」

「出張先の空港で、天候不良により飛行機が足止め。教授の到着が間に合わなくなったとかで、急遽自習に変わったんですよ。……でも代わりの講師もいない。レポートも出ない。ただ90分椅子に座って自習するだけの授業に、わざわざ顔を出す必要はないでしょう?だから出席の代筆だけはべツィーに任せて、先に帰ってきたんです」

 

 フライ返しを片手に臆面もなくシレッと言ってのける彼女。同時に蘇るベツィーの言葉。

 

「貸しっていうのはそういうことか……。不良生徒は、演技だったんじゃないのか?」

「楽できるところは楽すべき。楽しむべきところは楽しむべき、でしょう?むしろ御行くん(あなた)はいつまで経っても真面目すぎるんですよ」

 

 

 少しだけ怒ったような口調に、ああと納得する。べツィーと話したということ。何よりこの様子では、件の報告のことも既に知られてしまっているのだろう。

むしろ何で一番に連絡をくれなかったのか、とヘソを曲げているに違いない。

 

 そうだった。自分が彼女に悪戯を仕掛けようとして、上手くいった試しなど一度とて無いのだ。

 

 

「それよりも、です。帰ってきたなら、先ず言うことがあるんじゃないですか?」

「……ああ、そうだな」

 

 肩まで伸ばした長い髪を揺らし、どこか期待に満ちた表情で囁く少女。その姿に、白銀はこの3年間、もはや何度言い続けてきたかもわからない言葉を呟く。

 

 

「————ただいま。早坂」

「はい。おかえりなさい、御行くん」

 

 

 そうして彼女は、白銀が抱いたどんな笑顔よりも眩しく美しい、大輪のような華を咲かせるのだっだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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