【完結】遅咲きブーゲンビリア   作:パン de 恵比寿

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想像以上に長くなってしまったため、前後編に分けての投稿になります。
後編もなんとか今週中には上げるつもりです。


未来 前編

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりは

 

 

 

 

 

「デートに行くぞ。早坂」

 

 

 

 

 

 彼が放った、そんな一言からだった。

 

 

 

 

 

 

 

遅咲きブーゲンビリア 第8話 「未来」

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 顔をあげれば、広がるのは雲一つない青空。緩やかな碧の丘陵に囲まれたこの地域は、こういうカラッとした秋晴れになることが多く、どこまでも続く透き通る青に吸い込まれそうな心地になる。風も適度に吹く心地の良い日和ではあるが、しかしやはり直射日光は辛いため、唾の広い帽子は欠かさない。

 

 

 

 約束の時間まであと30分。待ち合わせ場所ーーといっても、家の玄関を出たすぐそこなのだけれどーーに立ち尽くしたまま、心中穏やかではいられない胸を何度も宥め直す早坂。

 

 

 

(本当に、どういうつもりなのでしょう)

 

 

 

 飲み会があったあの日から約3週間。大学内は既に夏季休暇真っ盛りといった空気に包まれ、実家に帰省する者やサークルメンバーでバカンスに行く者など、皆往々にして休みを謳歌している。

 

 しかし我が家に至っては特に変わらぬ日常で……いや、変わりはあるか。講義が休みということもあり、今までに無かった空き時間というものが生まれたことで、かえって拗らせていたミユキ君のワーカーホリックぶりが爆発。研究室の手伝いやデータ整理の労働など、数多くのバイトを請け負っては、テスト期間時以上の多忙さに身を窶していた。

 

 ここ2週間程に至っては何処かへ通っているのか、朝早く出かけては毎夜遅くまで家を開ける始末。帰ってくる頃には心底疲れたというようにソファへと突っ伏してしまうものだから、どうしたのかと尋ねもしたが、頑なに理由を教えてくれないのだ。

 

 

 

 まだ1教科残っているとはいえ、テスト期間も終えたのだから、ゆっくりと休んで欲しいと思ったのに……此れではまるで、家に居たくないようだと、どこか不安な気持ちが浮かんでくる。

 

 憂いの根底。3週間前、例の交流会でベツィーと御行くんが交わしていた密談。あれ以降、彼の様子が著しく変化したのも確かだ。

 

 

 いったい彼女と何を話したのか。どんな会話を交わしたのかは、雑踏あふれる会場内では聞きとることはできなかった。御行くんに直接尋ねようにも……本来、私はあの場に居なかった筈の人間。変装してまで様子を伺っていたなどと知れれば、要らぬ不信や疑いを抱かれかねない。今ある日常を壊したくない自分としては、それはどうしても避けたいリスクであった。

 

 

 いいや。理由はきっとそれだけじゃない。

 

 

『アンタがどんな目的でコイツと一緒に居るかは知らないけどね。……それに気づかないほどコイツは馬鹿じゃない』

 

 

 未だ胸の奥に残る言葉の棘。

 

あの密談の中で御行くんが吐露したであろう本音。それを確かめるということは……聞き出すということは、あの人が私へ抱く後ろ暗い感情と直面することに他ならない。それが今の私には、どうしようもなく恐ろしくて……足がすくんでしまってまう。

 

 

 

『嘘を通して、何かを我慢して。そんな生活を続けていたところで……いずれ間違いなく破綻するわよ』

 

 

 分かっている筈だった。けれど見ないフリをしていたかった現実。それを改めて否応なく目の前へと突きつけられたようで……以来、胸の奥には重く暗い影が渦巻いていた。

 

 

 

 

 ああ。そんな不安を抱えていたからこそ、だろう。

 

 先の一言は……デートに行こうと誘ってくれた彼の申し出は、とても唐突で、驚愕ではあったけれど。沈んでいた心に暖かな光が差し込むようで、素直(ほんとう)に嬉しかったのだ。

 

 

 良かった。嫌われて、避けられていたわけではなかったのだと、柄にもなく心からの安堵を浮かべてしまったりもした。

 

 

 無論、戸惑いがなかったわけでもない。

 

彼にしては珍しく強引なスケジュール調整。予めこちらの予定を把握してくれていたのだろうが、それでも直前の通知というのは、らしくない急な申し出に思えた。

 

 加えて、「デート」というあまりにも直接的(ストレート)単語(ワード)。かつては恋愛頭脳戦などと、回りくどい事この上ない争いをしていた彼の性格を思えば、あまりに攻めた発言だ。

 

 

 ――やはりベツィーの入れ知恵だろうか。

 

どうにも彼女には、アダムとイブにリンゴを食べるよう唆した悪い蛇のイメージがこびりついて離れない。

 

 

 それでも。未だ疑いの想いは晴れなくとも、喜びに舞い上がりそうになっている心。

 

 我ながら一体なにをはしゃいでいるのか。昨日の夜から何度も鏡と見比べては選んだとっておきの服。カジュアルながらも清楚さを前面に押し出した純白のワンピース。身支度一つとて、気がつけば2時間近くも費やしてしまっていた。

 

 久方ぶりのお出掛けという事もあっただろう。何より……どうしても意識してしまう。彼との、人生二度目のデート。ダメだと心で律していても、高鳴る気持ちを抑えられないでいる。

 

 

 ああ、何を勝手な。初めからそんな■■など、持ち合わせていないというのにーー

 

 

 

 

 

 期待と緊張が入り混じるような溜息を零しながら、チラリと腕時計を見れば、時刻は午前7時45分。待ち合わせまでは後15分あるものの、未だに彼の姿は見えない。

 

 

 時間に余裕を持つ彼にしては珍しい。そも家の前で待ち合わせなどするくらいならば、初めから一緒に出かければいいのに……今日という日に向けて、何かしらの準備をしているのか、明朝、まだ空が瑠璃色に染まらないかという頃には、彼の姿はもう家の中から無くなっていた。

 

 

 

 クロスストラップの靴で背伸びしては、いまかいまかとその姿を探す。しかし見えるのは路上を走るハイブリットカーが一台。他に人影らしいものも見当たらない。

 

 

 何かあったのだろうかと、ふと不安を覚え携帯を取り出すも、メールや着信に何の通知もない。こうなれば一度電話して確かめた方が早いかと、通話ボタンに手を掛けかけたその折———先ほど路上で見かけた車が、ピタリと家の前で停車するのが見えた。

 

 

 

「すまん。ギリギリになってしまったな」

 

「ーーー」

 

 

 カーウインドウが開いた先。運転席から顔を出した御行くんの姿に、危うく携帯を取り落としそうになる。

 

 陽光を跳ね返すCR-Vの煌びやかなボディ。外車特有の左ハンドル。シックなブラウンのレザーに包まれた内装。無論それがレンタカーであると分かっていても、目の前の光景に思わず言葉を失ってしまった。

 

 

「い、いつ免許なんて取ったんですか?」

 

「ここ数週間、教習所に通い詰めてな。ようやく昨日DMVから免許が届いたところだ」

 

 

 DMV。日本でいうところの運転免許試験所。確かにアメリカでの免許は日本のソレとは違い、安価かつ比較的短期……最短二週間も有れば取得できるとも聞く。受講可能年齢は16歳。飛び級で1歳若く大学に通う御行くんでも十分取得可能ともなれば、資格中毒者である彼が見逃すはずもなかった。

 

 

「もしかして、最近帰りが遅かったのは……?」

 

「ああ……教習所の講師に随分厳しくあたられてな。猛特訓をする羽目になった」

 

 

 どこか疲れような顔で語る彼。なるほど、毎夜の憔悴した顔もそれが原因か。私に黙っていたのは、おおかた彼が大好きなサプライズのためだろうが……。

 

 

 

「それはまあ大変でしたね。

 

 で?取得するまでに何人病院送りにしたんですか?」

 

「……質問の内容おかしくないか?なんでそんな」

 

「何・人・ですか?」

 

「……2人」

 

 

 やっぱり、と手を額に盛大に溜息をつく早坂。

 

 

「い、いや、別に事故は起こしてないぞ?ただクラッチの切り替え感覚が難しくてだな。急に動いたりエンストしたり、車がガクンガクンとロデオのように暴れるものだから、気がついたら助手席の人が白目剥いてて」

 

「それで済んだと見るべきか……教官さんの鬼訓練にも感謝納得ですね」

 

 

 弁解になってない弁解にまた一つ溜息。しかし彼という人間の性質上、それだけの犠牲を生み、修練を積んだ以上は、しっかり人並み超えた実力を身につけていることは確かだ。ただでさえ危ない車の運転だが、少なくとも命を脅かされる危険は排除してもいいだろう。……たぶん。おそらく。Maybe。

 

 

「ああ。今ならコップに並々注いだ水を溢さずに停車、発進できるぞ」

 

「ほんとに、どうしていつもそう極端なんですかね」

 

 

 冷めた視線と共に助手席に座れば、運転席(となり)の困ったように笑う彼の横顔がよく見える。

 

 ……なんだか、とても新鮮な光景。運転時の視野を矯正するためだろう、その瞳に掛けた縁の細い銀の眼鏡はよく似合っていたし、悠々とハンドルを操る姿は何処か大人びて見えた。

 

 いつぞや雑誌で見た『彼氏のカッコいい姿ランキング』の上位に、『車を運転する姿』というのがあったけれど……なるほど、その気持ちも少しだけ分かる気がした。

 

 

 

「それで。今日は、デート、という事ですけど……どちらに向かうんですか?」

 

 

 ゆっくりと走りだした車に、努めて平静を装い尋ねたつもりが、やはりどこか言い淀んでしまう。家の中とは違う特殊な環境。常にすぐ側に感じる互いの存在に、どうしても緊張を隠せない。髪をいじる所作(ルーティン)で気持ちを落ち着かせながら、泳ぐようにカーナビへと目を移す。

 

 

 考えられる候補しては……彼が前々から行きたいと言っていた、『グリフィス天文台』あたりだろうか。米国内でも指折りに数えられる天体観測所。ロサンゼルスの街を観光できるあの場所ならば、デートにももってこいの環境ではある。ただーー

 

 

「それも考えたんだがな。だが移動だけで車のなか片道5時間は流石にキツいだろう?だから今日はあくまで日帰り行ける範囲。近場のサンノゼで昼をとって、その後は大学の中を見て回ろうと思う。ロサンゼルスは……また今度だな」

 

「大学を、ですか?」

 

「ああ。今まで忙しくて、なんだかんだと一度も案内出来なかったからな。学生用のパスがあれば研究室やもっと奥まで見学することもできる。だから……まあ、デートというには味気ない観光がメインになってしまうんだが……早坂も今年末には受験するんだ。どんな場所かは興味あるだろう?」

 

「……。そう、ですね」

 

 

 何処か煮えきらない、曖昧な返事。彼の厚意に対する罪悪感か。重ねている嘘への後ろめたさか。厳密にはデートではない……そう語る彼の言葉にも、落胆と安堵。自分でも整理できない複雑な感情の波が、胸の中で渦巻いていた。

 

 

 

そんな心情を知ってか知らずか、彼は徐に懐から3.8mmカセットテープ……マジックでタイトルを手書きした明らかに手製のソレを取り出すと

 

 

「なに。道中退屈なら、このお気に入りのナンバーを流せば」

 

「嫌、やめてください。一体いつの時代の人間ですか」

 

アメリカ(こっち)ではまだ割と人気(メジャー)なんだぞ?レトロブームというか、アナログブームというか……」

 

「“お気に入りの”の時点でもう死語なんで却下です。ほら信号変わりますよ。行って行って」

 

 

 ぬぅ……とちょっと不満げな顔を浮かべながらもアクセルを踏み出す彼。少しだけ勇み足なのは、彼もまた今日という日に舞い上がってくれているのか……そう思うと、ほんのりと胸に温かさが蘇る。

 

 

 

 背中越しに伝わる揺れ。耳に触れるエンジンの音、オープンガラス一杯に広がる満天の青空。

 

 ああ、今日も暑い1日になりそうだと、その眩しさに目を細めた。

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 スタンフォードからサンノゼまでの距離は車で数十分。その間ラジオをつけるでもなく、ここ最近の出来事など他愛もない会話を繰り返す二人。

 

 やはり習慣というのは偉大というべきか、初めは抱きすぎていた緊張も、彼と話しているうちに段々と解れていった。窓から入ってくる麗やかな日差し。涼しい風。そして絶叫。

 

 

「凄い悲鳴ですね」

 

「ああ。アトラクションの大半が絶叫系らしいからな。おまけに何故だかは知らないが、夏季の半年間だけしか営業してないらしい」

 

 

 サンノゼへと向かう道会いに覗く巨大遊園地『カリフォルニアズ・グレート・アメリカ』。その名が冠する通り、カリフォルニア州を代表する一大テーマパークであり、東京ディズニーランドに匹敵する敷地面積内に所狭しと絶叫系アトラクションが並んでいる。車道から見えるのはコースターの端っこ部分ぐらいだが、それでも遠く離れた此処まで悲鳴が届くほど。

 

 

「今が正にシーズン真っ只中だからな。ウチの生徒も相当遊びに行ってるんじゃないか?」

 

「だからこんなに車も多いんですね。……ちなみに御行くんはどうなんです?そういう絶叫系。個人的には、凄く弱そうなイメージありますけど」

 

 

 本当は超絶苦手で、アトラクション入場までの並び時間も、顔を真っ青にするほど震えているのに、それでもプライドにかけて頑なに逃げまいと踏ん張っているイメージ。

 

 

 

 

「いや。正直どうだろうな……うちは貧乏だったから、まず遊園地に行けた機会が」

 

「ごめんなさい、この話は無しにしましょう。すみませんでした」

 

「そんな矢継ぎ早に謝らんでも。早坂の方はどうなんだ?個人的には、凄い強そうなイメージだが……いや。一見何事もなく平然を装っているけど、自己暗示で恐怖心そのものを押さえつけて実際はかなり余裕無いイメージ」

 

「あー……」

 

 

 我ながら、いかにもやりそう(・・・・)だと苦笑いを零しながらも、しかし冷静に考えてみれば、自分もそういったアトラクションには過去一度も乗ったことがないことに気付く。幼少より四宮家の近従として仕える身。誘拐の危険もあるかような大衆施設に主人を連れて行けるはずがなく、つまるところ、その楽しさというのは私も……

 

 

「今度、一緒に回るか」

 

「はい……宜しくお願いします」

 

 

 妙にしんみりしてしまった空気の中、そんな約束を交わしながら、また聞こえてきた悲鳴をBGMに車は長い下り坂をひた走って行くのだった。

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

 

 

 Apple 。Facebook 。Google 。誰もが耳にした事のある一大企業をはじめ、数多くの技術系グローバル企業が密集するシリコンバレー。そのお膝元であるこのサンノゼ市も、街全体が清潔感と解放感に包まれた美しい街である。

 

 同3大企業も本社をかまえるハイテク感溢れたガラス張りのオフィス街に、同じくらい自然(ミドリ)に富んだ街並み。休日となれば多くの人が往来し、中にはこれも一種の最先端なのか、携帯電話片手に電動キックボードを蹴って移動するビジネススーツ姿のサラリーマン等も見られた。

 

 

 

 

「待ってください、これって日本じゃまだ発表すらされてないモデルですよね!?こっちは……Home Podの最新版!?」

 

 

 Apple本社内に飾られた大小様々な展示品を眺めては、マジやばー♡と興奮冷めやらない様子の早坂。流石は電子機器大好きっ子。専門用語入り混じる英語で書かれた紹介文も難なく読み上げては感嘆の声を上げている。

 

 

「やっぱり米国(こっち)ではもう、6G普及に向けた開発が進んでるんですね。最先たーん♪」

 

「けどまだ通信会社ごとで改善項目は定まってないんだろ?カバレッジ拡張や高信頼通信……航空衛星間通信の分野に力を入れてくれると助かるんだが」

 

「そうですけど……ちょっと意外。御行くんもそういうこと興味あったんですね」

 

「後々の研究でも必要になる知識だからな。と言っても、まだほんの基礎部分しか学べてないから、早坂にも色々と教えて貰えると助かる」

 

「それは……はい。喜んで」

 

 

 少し嬉しそうに口元を緩ませては、通信システムやその仕組みについて、あれやこれやと解説を加えてくれる早坂。過去こんな話題を触れる相手に恵まれなかったからか、あるいは単純に興奮のためか、途中からやけに早口になって聞き取りづらくはあったが、なんとか付いていくことだけは出来た。

 

 

「でも研究なんて、普通は三期生になってから始めるものですよね?どうして一年目(いま)から……」

 

「まあ今のところはバイトの傍、先輩の手伝いをしているだけだけどな。何せ本気で研究しようと思ったら、実験方法の立案から装置の作成まで全部自分で行わなければならないんだ。時間や知識はいくらあっても足りないし、始めるなら早い方がいい。だから今は、後学のための勉強、兼、研究室の皆に顔を覚えてもらう……まあ点数稼ぎみたいなものだな」

 

「そんな卑下した言い方しなくても……大切なことですよ?」

 

 

 今という時期。彼の年齢でそこまで考えられる人間がどれほど居るだろう。たとえ考えたとして、それを実際に努力へと移せる人間が果たしてどれほど……

 

 

「早坂だって、これだけの知識があれば直ぐにソフト開発にも取り組めるんじゃないか?」

 

「私の方こそ、ただ趣味が嵩じただけの偏った知識ですよ。そんな甘い世界じゃないです」

 

「好きこそ物の上手なれとも言うし、しっかり学ぶ環境さえあれば上へ登り詰めていける才能だと思うんだがな……。それこそ、妥協するような性格でもないだろう。

 

実際どうなんだ?こういうの、好きになる切っ掛けみたいのはあったのか?」

 

「切っ掛け……」

 

 

 虚空を見上げては、糸を手繰るように過去の記憶を掘り返す。といっても、詳細はもはや思い出せない。動画を観たり、調べ物をするのに便利だと覚え始めたのかもしれないし、それらもパソコンに触れている間にいつの間にか身についていた知識だった。もともと流行り物が好きだったし、忙しい日常のさなか、個人(ひとり)で楽しむのには都合が良かったというのもある。

 

 

 ああ、けれどそれと同じように……毎年の如く更新されていく機器。

 

姿形を変え、次々と機能を拡張して。今まではあり得なかったとされる技術で、過去の常識を置き去りにしていく。そんな目まぐるしいまでに発展していく電子機器の世界に驚きを覚えていたのも確かだ。

 

 

 なにせ一昔前までは携帯電話にカメラ機能なんて付いていなかったし、パソコン一台置くなら、ディスプレイだけで机一つを丸まる占領していたのだ。それがソフト、ハード、通信技術……全てがほんの十年でどんどん発展して、小型化して……スマートホンのような、かつてならSF上の産物でしかなかった物を、今では誰もが当たり前のように持ち歩いている。

 

人の技術の発展や進歩。そういうものを一番身近に、如実に感じられるのが、この電子機器業界(セカイ)だったのかもしれない。

 

 

「ですから、まあそんな知識も持っていたら格好いいなと……気付いたら熱中していたというか……。」

 

 

 次第にか細くなっていく声。無闇に熱くなる頬。話しているうちに酷く恥ずかしい気分になってくる。

 

 自分の「好き」を語る機会なんて今まで無かったし、冷静に考えてみれば女子で自作のパソコンを組み上げているなど、世間一般で見ればかなりオタクへと足を突っ込んでいる部類だ。実際かぐや様(あの子)にも相当引かれていたし、もし彼にも同じ表情(かお)を向けられたらと思うと、羞恥や不安を覚えずにはいられなかった。

 

 

 しかし彼はおかしそうに笑うと。

 

 

「まさか。そんなことを言いだしたら、大学に通う連中(俺達)は皆一人残らずオタクだよ。

 

寧ろそうでもなきゃやっていけない」

 

「……そんなものでしょうか」

 

 

 疑い気に呟く私に、俺を見てみろと、鼻上の眼鏡を中指でわざとらしくもクイッと押し上げて見せる彼。そのなんとも様になっている姿に、思わず吹き出しそうになった。

 

 確かに、大学で一つの専攻に通う生徒は、その分野の知識を切り詰めた専門家(オタク)のようなものだし、そういう場所だからこそ新しいアイデアも生まれてくるのだろう。そう考えると、ほっと安堵が浮かぶと同時…・・・彼の通う大学という場所にも、少しだけ興味を引かれた。

 

 ……ほんの少しだけれど。

 

 

 

 

「——と、話してるうちに、もうこんな時間か。そろそろ次の場所に向かおうと思うんだが」

 

「え……()だ。もう少しだけ……あとこのフロアだけ」

 

「この時間になると、やたらと道が混むようになるんだけどな……まあ2、30分くらいなら大丈夫か」

 

「あと3時間だけ」

 

「此処だけで一日終わるつもりですか。ほらパンフレット全部持って帰っていいから。なんなら来週もまた連れてくるから」

 

 

 新型機種のタブレットに齧りついては子供のような駄々をこねる彼女にツッコミ一つ。けれどこんなに浮かれた彼女を見るのは本当に久方ぶりで……やはり連れ出して正解だったとほっと息を零しつつ、白銀はまたスケジュールを組み直すのだった。

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

 

「うっわ……滅茶苦茶な構造してるなコレ。話で聞いたより5倍は入り組んでるぞ」

 

「ここまで来ると、もう豪邸より迷宮って名乗った方が正しいんじゃないですかね」

 

 

 サンノゼ市街に数多く存在する観光名所。その中でも一際異彩を放つのが、此処『ウィンチェスター・ミステリーハウス』である。

 

 

 元々は銃ビジネスで栄えたウィンチェスター家。亭主の死後、彼の妻が霊媒師の助言をもとに建てたというその屋敷は、彼女が亡くなるまでの38年、それこそほぼ毎日にわたり昼夜問わず増築に増築を重ねた結果、今では“ガイドの助けがなければ二度と外に出られない“と評されるほど、複雑怪奇な迷宮へと成り果てていた。

 

 現在は住まう人もおらず完全な幽霊屋敷。その成り立ちや痛烈すぎる見た目のインパクト故に、カルフォルニア州の歴史的重要建造物として登録されているほどである。

 

 

「部屋数およそ160室。暖炉の数47戸。窓ガラスの数だけでも1万枚以上って……聞いただけで気が滅入る。掃除するだけでいったい何人要るし」

 

「そんな所帯じみた感想(こと)を……いや、どちらかというと職業病の方か?」

 

 

 近従時代の多事多端を思い出してるのか、悩ましげに俯く早坂の頭をそっと撫でる。

 

 

「けど(うち)だって、一人で掃除するには正直キツい広さだろう?こっちの生活にも十分慣れてきたんだ。そろそろ家事の分担を考えてもいいと思うんだが」

 

「うちはいいんです。二人しか住んでない分、汚れる箇所も少ないんですから。私の楽しみとアイデンティティを奪わないでください」

 

「いや、だが掃除や料理の手伝いぐらい良いだろう?暫く包丁や鍋に触ってないと、腕が鈍ってしまいそうで」

 

「そんなこと言って。この前一緒に料理した時だって大変美味しいものを作って下さったじゃないですか」

 

 

 不満気たっぷりな表情でごてる早坂。

 

 

 そう。同じ食材。同じ調理器具を使っているはずなのに、どうしてあそこまで味が変わってくるのか。食材の持つ旨味を極限にまで引き出す技量とでも言うべきか。それが黄金炒飯の件しかり、彼が長年に及ぶ苦しい貧困生活のなかで培ってきた技術なのだと分かっていても、やはりプライドを負かされたようで悔しいものは悔しいのだ。

 

 

「だから私の腕が其処(・・)に追いつくまではダメです」

 

「いや、だが」

 

「あれだけ普段“ありがとう”とか“美味しい”とか言ってくれるのに、実は内心自分で作った方が美味しいとか思われるの、ほんと嫌なんでダ・メ・で・す」

 

「思わんって」

 

 

 というかそんなに言っていただろうか。意識していなかっただけに、若干気恥ずかしい思いに駆られながらも、拗ねたように先を行く彼女の背を慌てて追いかける。まさかこれほどまでに抉らせていたとは。これは昼食の店選びも慎重に行わねばと、密かに気持ちの糸を引き絞る白銀だった。

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

 

 

 

 香ばしい珈琲の香りが鼻を擽る。ビターカカオを生地に混ぜた、ふんわり大人の味わいが魅力のパンケーキ。メインストリートの外れにひっそりと佇むその喫茶店は、店主のこだわりなのか入口の看板が非常(ヤケ)に小さく、人目につきにくいいで立ちではあるものの、昼時でも喧騒も遠く忘れられる落ち着いた風情のある店であった。

 

 

「ん、生地にナッツが入ってる。食感もすごく美味しいですねコレ」

 

「この域地(あたり)にしては値段もリーズナブルだし、おまけに昼限定でパンケーキ一枚がおかわり無料らしい」

 

「じゃあ早速頼んじゃいましょうか」

 

 

 少しご機嫌斜めだった彼女も、流石のプロの技量を前には刀を下ろすのか、フンフン♪と舌鼓を打ちつつご満悦の様子だ。紹介してくれた研究室の先輩に胸の中で何度も感謝を述べつつ、また珈琲へと口をつける。

 

 

「そういえば、この近くにも天文台があるんですよね。そっちは寄らなくてもよかったんです?」

 

「ああ、『リック天文台』だろう。世界で初めて山頂に作られた歴史的にも有名な天文台だ。まあただ今の管轄はカリフォルニア大学だから、イベント期間中でもなければ望遠鏡は覗かせてもらえないらしい」

 

「それは……ちょっと残念でしたね」

 

「いいや。元々今日行く気は無かったからな。なにせ天文台までの道中が相当に入り組んだ山道のうえ、細いカーブだけでも300以上越えて行かなきゃならないらしい。元々はロバの通り道。着いた頃にはみんな車酔いでグロッキーになってるそうだよ」

 

 

 先輩の体験談だ。そう語る彼に、なるほど、それはデートで行く場所じゃないなと肯く。それに星空を眺めるのならば、行くのは夜になってからだろう。

 

 

 

 一度目を閉じれば鮮明に蘇る。頬をなでる冷たい風の感触。虫の微かな声だけが響く静寂のなか、空一面を覆い広がる星屑の海。

 

 

 

「………」

 

 

 

 およそ一年前。彼との初めてのデートで見上げた星空。その輝きは、今でも色褪せることなく瞳の奥へと残り続けている。

 

 もっとも彼が覚えているかどうかは、定かではない。デートと言っても、それは一方的な感情(もの)で、彼自身にその自覚は無かったかもしれないけれど……

 

 

「それにな。今は望遠鏡を覗くより、もっと熱中できることがある」

 

「……?それってもしかして、さっき言ってた研究のことですか」

 

「ああ。まあ詳しくは大学に帰ってから話そう。午後からはそれがメインだしな。

 

けどその前にもう一ヶ所。サンノゼ(ここ)で見ておきたい観光地(ばしょ)があるんだが、いいか?」

 

「別に構いませんけど……どちらへ?」

 

 

 不思議そうに小首を傾げる早坂に、白銀はどこか悪戯気に微笑むと

 

 

 

「なに。ちょっと日本までな」

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

 

 視界を包む艶やかながら侘び寂びのある緑の景色(いろ)

 

 カコンッーーと。水の重さに柔らかな音を響かせる鹿威し。

 

 

「はぁ~~」

 

「口、開いてますよ?」

 

「いや、これは開くだろう。凄いなここ」

 

 

 周りに生茂るは緑溢れる松林。池にかかる赤塗りの桟橋に、苔の生えた石造りの灯篭。池には赤や金色の鱗を纏った色取り取りの錦鯉が泳いでいたりと、その風景はまさに伝統的な日本庭園そのままである。

 

 

 あまり知られてはないが、サンノゼ市と日本の岡山市は姉妹都市の関係にあり、ここ『日本友誼庭園』もその友好の意を込めて、かの後楽園を模して造られた。その再現度は素晴らしくも凄まじく、整えられた砂利と石畳と歩道に、木と瓦作りの長屋門。思わず米国にいることを忘れそうになるほど、見るも立派な御庭なのである。

 

 

「おお、合鴨まで泳いでる。中で飼ってるんだろうか」

 

「これまたほのぼのと……緑茶とか飲みたくなってきますね」

 

「それな」

 

 

 また一つ零れる弛緩した息。たとえ作り物だと解っていても、緑の色や匂いに心安らいでしまうのは、やはり自分は根っからの日本人なのだろう。

 

 

「でもせっかく米国にまで来て、わざわざ日本のものを見るというのも変な話ですね」

 

「いや、でも……あるだろう?旅行に行ったはいいけど、目に映るもの全てが真新しいものばかりで。せめて見知ったコンビニやチェーン店のものでも食べて、少し落ち着きたくなる気分の時って」

 

「ごめんなさい、ちょっとよく分からないです」

 

「そうかー」

 

 

 残念そうに溢しながら、池垣から鯉用の餌をひとつまみ池へ落とす白銀。途端に口を開けた鯉達が我先にと集まってきてはバシャバシャバシャバシャ、ココココ、ココココと波立たせるものだから、水面は瞬く間に大盛況となるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……まだ、帰りたいと思いますか?」

 

 

 その喧しさに紛れるように。あるいは聞き逃してくれたらというように。不意に、小さく囁くほどの声でポツリと呟く少女。

 

 “何が”とも、“何故”とも聞かない。酷く自分勝手な問いかけ。

 

 それでも、彼はただ静かに頷くと

 

 

「そうだな。残してきた圭ちゃん達(家族)のこともあるし、時折、無性に寂しくなることもある。まったく帰りたくないって言うのは……まあ強がりだろうな」

 

「……」

 

「でも、それも以前ほどじゃあない。ここに来たばかりの頃……孤独に打ちのめされて。周りの全てに怯えて。只々泣き帰りたかったあの胸の冷たさは、もう無い」

 

 

 それは、ふとした時にも思うことだ。

 

 息も詰まるような膨大な量のデータ整理。いつ終わるかも分からない研究の手伝いに心が疲れ果てた時、思い浮かぶ“帰りたい場所”は、いつしかあの家になっていた。

 

 足の重い帰り路。寒々とした心を抱えるなか、家の窓から漏れ出る暖かな灯が見たときの安心感は……とても言葉では言い表せない。その温もりに、その存在に、いったい何度心を救われたことだろう。

 

 

「………」

 

 

 

 水面を眺め呟く少年の言葉に、キュッと唇を噛みしめる少女。揺れる瞳の色。嬉しさとも哀しさとも分からない、複雑な色を湛えながら

 

 

「……それ、は…」

 

「うおっ!?」

 

 

 バチャリと。水を弾くような音と共に、突如目の前へと飛んでくる幾滴もの雫。餌を求めた鯉が一際大きく跳ねたか。

 

 思案に呑まれ動けなかった少女だが、寸での所で少年が庇ったことで事なきを得た。

 

 

「大丈夫か?……というか、うおっ、とか言っちゃったよ、たかが水に驚きすぎか」

 

「い、いえ……ありがとうございます」

 

 

 恥ずかしそうに呟く彼に、けれどそれ以上に顔を朱色に染めて俯く。

 

 突然迫った彼の顔を直視することができない。庇われた際、抱き留めるように両手で掴まれた肩が熱を帯びて仕方がなかった。

 

 

 いつまでも鳴りやんではくれない鼓動。

 

 何を考えているのか。何を、期待してしまっているのか。

 

 危うくも抑えが利かなくなりそうな心を、必死に抑えることしかなかった。

 

 

「う……。ちょっと藻の匂いがついたか。染みとかできてないよな?」

 

「……別に。目立つような所は何処も」

 

「ああ、なら良かった。デートも問題なく続行できるな。時間も良い頃合いだ、そろそろ車に戻るか」

 

 

 そう言っては背を向け歩きだす彼に、貼り付けた仮面をようやく崩せる。必要以上に張り詰めた表情(かお)。動揺を伝えないにしてもやり過ぎか。

 

 密かに息を吐き、顔の熱を振り払いながら……けれど薄れゆく肩の温もりに、どうしようもなく寂しく覚えてしまう自分がいた。

 

 

 

 

 

『……それ、は…』

 

 

 何を言いかけてしまったのだろう。

 

 何を問いかけたかったのだろう。

 

帰りたい家。戻りたい場所。そう想えるのが……“私のおかげ”とでも言って欲しかったのだろうか。

 

 

 

 それだけは、一番望んではいけないと誓った筈なのにーーー

 

 

 

 

 追いかける彼の背中。未だ高鳴りを抑えられない浅ましい心に、少女はまた唇を噛みしめるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




デート回……というよりはサンノゼ観光回。
あんまり初々しすぎない雰囲気を目指したつもりですが、どうだったでしょう
こういう場面がポンポン変わる描写は苦手ですねorz
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