「うぅ…」
「だからアイスの食べ過ぎは身体に悪いと言ったのに…」
歩きながら頭を抑えてうーんと唸っているみほにまほが心配しながら声をかける。結局当たり棒は引けなかったようで、食べ過ぎで頭がキーンとなってしまったようだ。
「うぅ、ごめんね、お姉ちゃん」
「全く…仕方のないやつだ」
みほも久しぶりに姉に会えて甘えたかったのかもしれない。
「…あ」
ふとみほが立ち止まる。その意味は言われなくてもその建物を見れば一目でわかるものだった。古風ながら立派な屋敷、表札なんてなくても西住の実家の前まで来たのだろう。
「………」
門の前まで来て、みほは立ち止まる。思えば大洗でみほが帰省する事は今まで無かった。あの黒森峰の決勝戦の一件から大洗に来て、一度も家に帰らなかったみほの帰省がこんな形になるとは思わなかっただろう。
立ち止まったまま、みほは動かない。それを見たまほはみほより先に一人門を潜った。
「…お姉ちゃん?」
「おかえり」
そう言って優しく微笑みかけ、みほに手を差し出す。
「…うん!ただいま、お姉ちゃん」
みほはそんな姉の手を嬉しそうに掴むと門を潜る。まほが黒森峰から帰ってきてて良かった。久しぶりに実家で再開した二人を見てそう思える。
「…あ、えへへ、ごめんね秋人さん、なんか恥ずかしい所見られちゃたかも」
ふとみほが秋人やな気付いて少し顔を赤くしている。まぁ知り合いに姉に全力で甘えている姿を見られるのは恥ずかしいものだろう。
「いや、気にするな。あんな形で家を出たんだ、入るには勇気がいるだろ。・・・・・・それじゃ、みほさん。俺はこの辺で」
そんな姉妹の仲睦まじさを見届けたので軽く手を上げてその場から立ち去ろうとする。
「え?えぇ!?秋人さんどこ行くの?」
「どこって…とりあえず近場を散歩でも」
そう聞かれてもあては無いのでふと思い付いたように答えた。
「…なんで?」
「いやなんでって、まだ蝶野教官からアポの連絡が来てからな」
二人が頑張ってアポ取ってる中、西住家の前まで来ちゃったんだが。それでは、予定と違ってしまう。
「その、今日は暑いし、家で待たない…かな?」
「その家に入る為に待たされてるんだがなぁ、許可なく勝手に入るのも悪いだろ」
「…そっか、うん、そうだよね」
しゅんとした表情を見せるみほだが、納得はしてくれたのだろう。
「…勝手に、ではないだろう」
そんな俺達の様子を見てまほが声をかけてきた。
「君は私とみほの友人だ。その…友達を家に招待するのに、許可は必要ないのではないか?」
「お姉ちゃん…うん!そうだよ秋人さん!!お友達をうちに呼ぶだけだもんね!!」
からっと表情を変えたみほは嬉しそうに秋人に向き合う、今度は強きに、ぐいぐいと積極的だった。
「いや…しかしだな」
「ね!」
「そうかな?…じゃあ、お邪魔します?」
「えぇっと…うん、どうぞ?」
みほからしても久しぶりの我が家という事でお互い少し気恥ずかしくも感じながら、西住家の門を潜る。
「いいの?」
「ここはお前の家だ。戻ってくるのに何の遠慮がある、こっちだ」
そう言いながら先を歩くまほを見ると玄関とは違う方へ歩いていく。
「まほ?」
「!?」
「はい」
ビクッと心配全体が硬直したのがわかる、声の主は間違いない。みほとまほの母親のしほだ。
しかしその声は障子で仕切られた奥から聞こえてきたので、秋人達の姿が見られた訳ではないのに少し安堵した。
「お客様なの?」
まほを見ると彼女は大丈夫だと言いたげに頷いた。先ほども心配しなくても良いと言ってくれたくらいだし、きっと何か策があるのだろう。
「学校の友人です」
視線を再びまほへと向けると彼女は無表情で頷き返してくれた。
「…そう」
だが、障子の奥からの声はそれだけの短いもので、その障子が開かれる様子は無かった。
「………」
先を進むまほの後をついていくとやはり裏口が見えた。
「おかえりなさいませ、みほ様」
「菊代さん!!」
出迎えてくれたのは西住家のお手伝いをしている和風美人の菊代さんだ。
「すいません、せっかく帰ってきていただけたというのにお出迎えもせず」
「ううん、私もきちんと連絡してなかったから」
「しかも男性の方を連れてとは…そうと知っていれば私も存分に準備をしていたんですが」
「え?ち、違うの、秋人さんとはさっき偶然会ったっていうか…その、えぇっと…」
「ふふっ、大洗からお客様が来る、という話は聞いてますよ。やはりあなたでしたか、日向さん」
「…知ってたんですね」
これは、絶対に確信犯だったと思う秋人。
「本来はこちらの準備が出来るまでもう少しお待ち頂く予定でしたが…」
「菊代さん、彼は今は友人として家に招いています」
「えぇ、わかっています。日向さん、まほ様とみほ様のご友人として、歓迎しますよ」
物腰柔らかに菊代さんは秋人に家に入るよう促してくれる。
「…さて、しかしそうなると待つのにどの部屋を使うのが」
「でしたらまほ様、みほ様のお部屋はどうでしょう」
「…え?わ、私の部屋なの!?」
驚くみほだが、それ以上に秋人の方が驚きというか、戸惑いが大きい。
「みほ様のお部屋なら、奥様が不意に訪れる事もないでしょう」
「…いや、お手伝いさんとして良いんですかそれ?」
「ふふっ、奥様には内緒ですよ」
そう言って菊代さんは片目だけ閉じて人指し指でしーっとポーズを取った。
「えと、でも…ほら、私の部屋もちょっと…恥ずかしい、かも」
「あら、みほ様は大洗で日向さんをお部屋に呼んだ事があると聞いたのですが」
きっと以前に大洗のみほの部屋に行った時に聞いたのだろう。
「…ほう?」
「…あれ?そういえばあの時はそんなに抵抗無かったかも。…なんでだろね?秋人さん?」
「いや、俺に聞かれても…」
一人首を傾げてうーんと考えるみほ、
「…だが、そうだな。みほの部屋ならお母様もそう来る事はないだろう」
「う、うん…そうだね。…大丈夫かなぁ、き、汚くない?」
まぁ、当の本人でさえずっと帰ってなかった部屋だ。いきなり他人をあげるのは抵抗はあるだろう。
「心配はいらない」
「う、うん…秋人さん、こっち」
「お、おう…」
みほに案内される形で、みほの部屋へと向かう秋人。そして、部屋に到着すると秋人はスマホを取り出して蝶野へと連絡を入れる。
「…そんな訳で今ちょっとみほさんの家にお邪魔してるんですが」
『日向少佐、困ります私達は今その西住さんのお宅に伺う為の約束を取り付けていたんですよ!?」
電話越しから蝶野教官の困惑が伝わってくる。…いろいろと根回しして貰ってる間に勝手に本丸にご到着してしまった訳だし、連絡くらい入れようと報告してる訳だが。
『んー、日向くんはアレだね、一人にさせとくと何するかわかんない所あるから』
「なんですかそれ、人をトラブルメーカーみたく言わないでください」
『みたいじゃなくてそうなんだけどなぁ〜。ま、今は西住ちゃんが一緒に居るなら問題ないか。いやー、まさか実家に一緒に帰るなんてね』
この人わざとやってる。絶対やってる。
「…さっきも言いましたけどお姉さんも居ますよ」
『まさか姉妹連れて一緒に実家に帰るなんてねぇ』
おや、これはもうどう見繕っても詰んでるのでは?
「角谷会長、みほさんはーーー」
『わかってるわかってる。…西住ちゃんの事は任せたよ』
少し乱暴に杏は秋人の言葉を切る。何を言いたいのかはなんとなく察しているんだろう。
『ま、私達は駅前の売店でアイス食べて待ってるから』
『角谷会長、すごいのよ?さっきからアイスの当たりを連続で引き続けてるんだから』
と蝶野が神にでも愛されているんじゃないかと思える程の強運さを自慢げに語り出す。
「会長、大丈夫だったの?」
杏や蝶野教官との電話を切るとみほが少し心配したような表情を見せる。
「むしろあの人が大丈夫じゃない場面を見てみたいまである」
「あはは…大丈夫そうだね」
秋人の適当な返答に安心したのか、みほは改めて自分の部屋を見直した。
「なんだか不思議、懐かしいけど…何も変わってない」
沢山ある包帯ぐるぐる巻きの熊のキャラクター、ボコのぬいぐるみ。おそらくだが大洗には持っていけなかった分だろうか。少しの戦車関連のアイテム、壁にかけられた黒森峰の頃のみほのパンツァージャケット。そして、机にある西住姉妹の小さな頃の写真。
別に西住の部屋に入るのは初めてでもないはずだが、やはり気持ち的にはどうにも落ち着かない。
「…みほ、書類は?」
「え?うん…これだけど」
まほに言われてみほが転校手続きの書類を取り出す、それを受け取ったまほはしげしげと書類を眺めると。
「ん、ちょっと待っていろ。日向、君もな」
「あ、うん」
「…はい?」
書類を持って出て行ったまほ、部屋には秋人とみほの二人っきりとなる。
「えーと、秋人さん。とりあえず座って、ね?」
「お、おう」
そもそもシチュエーションがシチュエーションだけに、みほの実家の部屋に、母親に内緒で二人きりとか…字面だけ書くと完全アウト。
「…えぇっと」
みほもそれがわかっているのだろう、先ほどからどうにも動きがぎこちない。
「…そういや、ボコのグッズはここにもあるんだな」
「!?、うん!そうなの!!この子なんてとくにお気に入りでね、本当は大洗にも持って行きたかったんだけどさすがに大きくて」
ベッドに置かれたひときわ大きなボコのぬいぐるみの頭を撫でながらみほは嬉しそうに話し出した。
「秋人さん」
「ん?」
みほはお気に入りらしい大きめのボコのぬいぐるみを持ち上げるとひょいと自分の膝元へ。
「…秋人さんはお母さんを説得する為にここに来たんだよね?」
そのままいじいじとボコのぬいぐるみを撫でたり、手を掴んで動かしたりしつつ、やがて意を決したようにこちらを見つめた。
「…まぁ、そうだな。文科省と話し合うにしても西住流の協力は必要不可欠だからな」
だから、その為にここに来た。
「だったら…私も手伝う、一緒にお母さんを説得しよう!!」
事情を知れば大洗の為に立ち上がるのがみほだ、彼女が隣に居てくれればなにより心強いだろう。
だから、秋人は。
「いや、今回みほさんはここで待機しててくれ」
きっぱり、彼女の助けを断る事にする。
「…え?えぇえ!?」
当の本人も断られるとは思ってなかったのか、驚きの声をあげる。
「な、なんでなの?」
「そりゃ…まぁ、みほさんがここに居たのは偶然だし」
そもそもがみほの実家帰りと秋人達の西住家訪問は偶然重なっただけで、元々みほの存分は考慮していなかった。
だから杏も秋人に任せると言ったのだ、あの人の真意は知らないし、任せると言ったなら、みほの事は任せて貰う。
「…私、そんなに役に立たないかな?」
「…いや、そういう話じゃなくてだな、そもそもみほさんと家元との確執はまだ解決していない」
「それは…、うん」
去年の黒森峰の一件でみほは一度戦車道から離れた。
だったら母親との確執の方は、みほが実家に帰る事を伝えていない事がなによりの証拠だろう。
「なら、説得より先にその問題に決着をつける事を優先するべきだ。だが、それは今回のついでで解決して良い話じゃない」
むしろそれは西住流に大洗の後ろ楯になって貰うより難しい問題なのかもしれない。
「で、でも…」
「それに、これは俺個人が納得しない」
「…秋人さんが?」
「大洗の廃校を全面に押し出せばあの人だって何かしらアクションは起こしてくれるかもしれない。だが、もしその場にみほさんが居れば、“和解せざるを得ない”状況さえ作れてしまう」
みほにお願いされればしほは大洗の為に動く、だけではなく娘の為に動く事にもなる。しかし娘の為に動くには、今のわだかまりを中途半端のままお互いに飲み込んで、和解せざるおえないだろう。
「…正直、たぶんそれが一番効率が良いし、合理的だ」
みほの親子問題と西住流が大洗の後ろ楯になる理由。その2つは上手くやればお互いがお互いに納得させる言い訳を作れる。西住親子が和解すれば西住流が大洗の後ろ楯になる理由になるし、西住流が大洗の後ろ楯になる事は親子問題を和解する理由にもなる。
問題は解決しないが、問題をうやむやにして解消するくらいは出来るだろう。
「だから、家元との決着はこんな形じゃなくて、みほさんが自分で決めた時にすれば良い」
「あ…でも私、転校手続きの書類があるからお母さんには会わないと」
別に印鑑証明や筆跡鑑定をする訳でもないんだから。
「…どうした?何かあったのか」
コンコンとノックされて姉住さんが戻ってきた、だいぶ時間がかかっていたが、どこに行っていたのやら。
「…いや、そっちこそ何かあったんですか?」
だがそれ以上に気がかりだったのは姉住さんの格好だ、先ほどのラフな格好からが一変して着物姿に変わっている。
「えと、その格好は?」
「…これはお客様を出迎える正装だとでも思って貰えれば良い、つまり君達だ」
「…それって」
「あぁ、お母様の準備は出来た」
ここからは西住流として迎えてくれるという事だろう。この着物姿はこの人なりの意思表示なのだろう。
「あぁ、それとみほ、これを」
ゴクリと思わず唾を飲んだ俺の隣でまほは先ほど預かって持っていった書類をみほに返した。
「えっ!?お姉ちゃん!」
その書類にはしほの名前が書かれ、判子ががっつり押されている。
「そのサインとハンコは?」
驚くみほにまほはイタズラをするように人差し指を立ててしっーとジェスチャーを送る。
「蝶野教官と角谷もすでに到着している、後は君だけだ」
「…わかりました」
まほに促されて立ち上がる、ふと後ろから心配するみほの声が聞こえてきた。
「…秋人さん、本当に大丈夫なの?」
「別に何かされる訳じゃないんだから、そこまで心配する程じゃないだろ」
「…そう、だね」
それでも心配そうに見つめてくるみほ。
「入った時から思ってたんだが…部屋、思ったより綺麗だな」
「…秋人さん、私の部屋が汚いって思ってたの?」
突然の秋人の言葉にみほが少しムッと頬を膨らませる。
「いや、そうじゃなくてだな…、みほさんはずっと部屋に帰ってなかったのに、埃とか全然無いんだよ」
「…あ、うん。そう言われればそうかも」
ずっと誰も使ってなくて、誰も入らない部屋だとしても埃は自然とどこからか落ちてくる。
「…誰かがちゃんと定期的に掃除してくれてたんだろ。っても、まほさんは学校ある」
「…菊代さんがやってくれてるのかもしれないよ」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。…たぶん大丈夫だろ」
みほの言う通り、菊代さんが掃除をしているかもしれない。それだって自主的にか、言われてかはわからない。だが、どちらにせよ家を出ていった娘の部屋を綺麗に残しているんだ。まほの後をついて歩く。目当ての部屋の前でまほは立ち止まる。ふと視線を背後に向けると心配そうに遠くからこちらを見るみほが居た。
「………」
まほはちょいちょいとみほを手招きするのでみほは恐る恐るこちらに近付いてきた。
「…襖越しで悪いが、ここに居るといい」
そっと優しく、小さな声でみほに耳打ちをする。
「…良いの?お姉ちゃん」
驚くみほにまほはイタズラをするように人差し指を立ててしっーとジェスチャーを送る。
「…いくぞ」
「御意」
「お母様、大洗女子学園から最後のお客様を連れてきました」
「わかりました、入りなさい」
しほの言葉を待ってまほが襖を開ける。部屋にはすでに蝶野教官と杏が正座で座っていた。秋人は腰に吊るしている日本刀を右脇に置き、用意されている座布団に正座する。
相対するように向こう側では中央にしほ、その左右をまほと菊代が座る。
「………」
ふと、しほさんの視線は秋人というより。秋人よりも後ろ、襖の先に向けられた。
「お母様」
「…いえ、なんでもないわ」
だがそれも一瞬の事でしほの鋭い眼光はこちらへと向けられる。
「では、話を聞きましょう」